ラーシェンの竪琴
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:鳳千輝
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月19日〜04月24日
リプレイ公開日:2008年04月27日
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●オープニング
千里の土地を彷徨う旅人は語る
何と地上の美しきかな
何と自然は美しきかな
緑の大海原を泳ぎ
天高く聳える山々を通り抜け
砂の大地に降る星の欠片を拾う
遥か彼方 まだ見ぬ地上の楽園を目指し
旅人は語る…
澄みきった美しい声音が語り終えると、周囲から余韻に浸るように溜息が漏れ、賞賛の言葉が誰からともなく贈られる。
中央に座り竪琴を長い指で弾きながら詩人は静かに頭を下げた。
「ラーシェン」
細い猫毛の長い髪を緩く三つ編みにして肩から流している青年は名前を呼ばれて振り返った。
そこには豊満な肢体を煌びやかなドレスで飾る女性がいた。この屋敷に住むトルソータ夫人である。
青年は彼女に招かれて足を運んだ吟遊詩人だ。
「素晴らしい催しでしたわ。皆様も貴方の事を褒めていたわよ」
「身に余る光栄です」
慎ましく目礼するだけに留まる見目麗しい青年に、夫人は高潮した頬を隠すように扇を軽く仰いだ。
「貴方の評判は兼々耳にしていたの、呼び寄せて正解でした」
「ありがとうございます」
「…それで、私が持ち掛けたお話のことだけれど、考えてくださったかしら?」
「……」
うっとりと見つめても青年は楚々と佇むだけで夫人は次第に焦燥に駆られた。
「難しく考えることはないのよ? その美声を私の為だけに聞かせてくださればいいの。勿論、不自由はさせないわ」
「トルソータ夫人」
断わられるわけがないといわんばかりに声を弾ませる夫人を、青年はやんわりと遮った。
「とても魅力的なお話ですが、謹んで辞退させていただきたく存じます」
「まあ!」
夫人は紅く染め上げている唇をわななかせた。それでも優雅に微笑んでみせる。
「断わるというの? お金なら気にすることはないのよ、欲しいだけあげましょう」
「いいえ、夫人。そういうことではないのです。私はより多くの人に詩を届けたい。より多くのものをこの目で見たいだけなのです。一定の場所に留まっては、まだ知らぬ世界を歩くことが出来ません」
「それがなんだというの? ここにいれば贅沢が出来るのよ? 望むならばより多くの客人を招いてあげます」
ぴしゃりと青年の言葉を遮って夫人は睨んだ。青年は哀しそうに視線を伏せて首を振った。
「申し訳ありません。やはりこれ以上の滞在は出来ません。明日の朝にでも発ちます」
「そんなことを言っていいのかしら? 後悔するわよラーシェン」
自分の言うことを聞かない青年に苛立ち夫人は意地悪く唇を吊り上げた。
今日も賑わう冒険者ギルドに一人の青年がやってきた。
ギルドの受付係はにこやかに声をかける。
「今日はどのようなご用件ですか?」
「実は…大切な竪琴を取り上げられてしまいとても困っているのです」
青年の深刻な顔を見て受付係は顔を引き締めて詳しく話を聞くことにした。
どうやら事の発端は、青年がある夫人から愛人関係を迫られてそれを断わったことだという。
夫人は逆上し、その腹いせとして青年が寝ている間に竪琴をどこかへ隠してしまったらしい。
青年が抗議しても証拠がないので取り合ってもらえず、屋敷を追い出されてしまったのだという。
吟遊詩人である青年にとってその竪琴は仕事道具であると同時に、今は亡き父の形見である。
「とても大切な竪琴なのです。取り戻してもらえないでしょうか?」
●リプレイ本文
●準備
ラーシェンと顔をあわせた冒険者達はその風貌に、なるほど夫人に言い寄られるのも頷けると感心した。しかし、その美しさも今は風に吹かれて散ってしまうような花弁のような儚さが際立ってしまっており、本来あるべき人の生命力に欠けてしまっている。
これはなんとかしなければ、と冒険者達は決意を新たにして、さっそくラーシェンから詳しいことを聞くことにした。
「竪琴を返してくださいるよう何度も夫人に懇願しましたが、竪琴のことなど知らないと素気無く追い払われてしまいました」
「それじゃあ夫人を説得するのは難しいね‥‥」
「やはりなんとかして取り戻すしか方法はないようです」
アイリリー・カランティエ(ec2876)と紫堂紅々乃(ec0052)は、力なく肩を落としているラーシェンを気の毒そうに見た。
「夫人が駄目ならば、男爵さんのお力は貸してもらえないでしょうか?」
「ふむ‥‥噂によると気が弱いとのことじゃが、もし協力を仰げるならば心強いだろう」
リーディア・カンツォーネ(ea1225)の提案にガラフ・グゥー(ec4061)は頷いた。
「その案には私も賛成だよ。でも問題は男爵様が今どこにいるか、だよね?」
アイリリーの疑問は全員が考えたことだった。その言葉にラーシェンが顔を上げる。
「‥‥あの、男爵様ならばご友人のお屋敷にいらっしゃるはずです」
全員の視線がラーシェンに注がれた。
「おぬし、男爵の居所を知っておるのか」
「はい」
目の前まで移動してきたガラフにラーシェンは静かに目礼した。
「私は七日ほど前からトルソータ男爵家のお屋敷に滞在させていただいておりました。初日にご挨拶に伺ったとき、男爵様にも御目通りしています。あの方は確かにお優しい方ですが、理不尽なことを好まれる方ではないと感じました」
「なら、事情を説明すれば力を貸してもらえるかもしれませんね!」
「男爵様のご友人のお屋敷というのは何処にあるのですか?」
「ここからなら歩いて一日程、でしょうか‥‥。なんでも昔から仲のよいご友人が怪我をしたとか、そのお見舞いをかねて出かけられたのです。おそらく明日にでもこちらにお戻りになる予定のはずです」
「じゃあ、接触するなら明日ってことだね」
「ふむふむ。夫人が居る屋敷に戻る前に接触したいところじゃのぅ」
ラーシェンは「そういえば‥」と、口を開く。
「確か‥‥男爵様が出かけた際には、いつも花をお土産にされているとか‥‥。夫人がご自慢されていたのを聞きました」
「それじゃ!」
ガラフはぽんと手を打った。
リーディアとアイリリーが視線を交わす。
「男爵さんとの交渉には私達が赴きます」
「任せておいて!」
胸を張る二人に、紅々乃は頷いた。
「後は、情報収集ですね」
「そうじゃな、夫人が雇ったという荒っぽい連中も気になるしのぅ‥‥。竪琴が何処に隠されているのかの大体の見当もつけたいところだな」
「私は占いも多少出来ますので、お屋敷の見取り図があれば‥‥多少は情報が判ると思うのです」
話を進める二人にラーシェンが身を乗り出した。
「私ではお役に立ちませんか?」
紅々乃とガラフが顔を見合わせた。リーディアとアイリリーも目を見張る。
「記憶力はよい方だと自負しております。見取り図を作るお手伝いができると思います」
真剣な様子のラーシェンにガラフが微笑ましいものを見るように顔を綻ばせた。
「うむ。では、わしと一緒に見取り図を作るか?」
紅々乃もにっこり笑う。
「それなら見取り図ができるまでは、情報収集を中心に行動しましょう」
それぞれの役割を決めた冒険者達は、行動を開始した。
●それぞれの調査
紅々乃と一緒に情報集めをしていたリーディアとアイリリーは、トルソータ男爵がよく贔屓にしているという花屋を見つけた。
男爵が帰ってくる予定の日、リーディアとアイリリーはその花屋へと足を運んだ。
行き交う人を観察しながら、ラーシェンから聞きおよんだ容姿のそれらしき人物を探していると、ゆったりと歩いてきた一人の男性が目についた。
仕立てのよい服を着た恰幅のいい男性だ。目尻は柔らかく髭をはやした人の良さそうな男性は、どうやら馬車から降りてわざわざ花屋まで歩いてきたようだ。
店の前で色とりどりの花を物色している。
リーディアとアイリリーはさり気なく男性の近くまで移動すると声をかけた。
「何か探している品種でもあるんですか?」
男性は顔を上げて、リーディアとアイリリーを見るとにこりと微笑んだ。
「とくには決めていないんだがね、女性が好むような可愛らしい花はないかと探していたんだよ」
「どなたに花を?」
「ああ、私の妻さ。どうも私はこういうことに疎くてね、毎回悩むんだが‥‥そうだ、よければお嬢さん達、選んでもらえないかな?」
きょとんとするリーディアとアイリリーに男性は照れたように頭をかいた。
「たまには女性から見て好ましいと思う花を贈ってやりたいんだ」
リーディアとアイリリーは二人で気に入った花を男性に教えた。男性はその花を指差して店の人間に声をかけた。
「この花をもらえるかな」
「あら、トルソータ男爵様、いらっしゃいませ。すぐに用意します!」
この男性が探していた男爵だ。間違いない。
買った可憐な花を満足げに見つめていた男爵だったが、不意に二人の方へとに振り返った。
「さて‥‥、可愛らしいお嬢さん方」
男爵はにこにこと微笑んだまま、目だけを悪戯っぽく輝かせた。
「私にいったい何の用かな?」
リーディアとアイリリーは思わず顔を見合わせた。
屋敷の近くにある酒場へとやってきた紅々乃は、屋敷の護衛について聞込みを開始する。そこで夫人に雇われたのは、やはり噂どおり荒っぽい連中のようだということがわかった。
更に詳しいことを知るために、次の日からは、屋敷から外出する者達に探りを入れることにした。
子供っぽく見える容姿が活かされたのか、屋敷の使用人達は特に警戒心も持たずに答えてくれた。
その殆どは愚痴交じりで、どうやら新たに雇われた護衛らは、使用人達からよく思われていないようだ。
大体の人数がわかったのは大きな収穫だった。
雇われた護衛は全部で六人。屋敷の外周りの見張りだという。
紅々乃は、にっこり笑って使用人達からそうとは知られず情報を引き出すことに成功した。
一方、ガラフは茂みの物陰に身を隠して屋敷内外の人の動きや警戒態勢を把握していた。
人気の無くなった頃合を見計らい上空へと舞い上がり、上から屋敷の間取りを確認すると、素早く茂みへと姿を隠した。
そして持っていた見取り図を取り出し簡単に間取を修正する。
ラーシェンと一緒に製作した屋敷の見取り図である。
一通りの調査を終えると、人の気配に注意しながら屋敷を後にすることにした。
これから見取り図の複製を仲間の分だけ作成しなければならないからだ。
●竪琴の奪還
四日目に集まった冒険者達は、各々が集めた情報を交換した。
男爵と接触し、交渉に成功したリーディアとアイリリーの話を聞いていたガラフは感心したように頷く。
「では男爵は協力してくれるということか?」
「ええ、裏門の鍵を事前に開けておいて下さるそうです」
二人は男爵との打ち合わせを綿密にしてきた。
「どうやら男爵は噂だけの気弱な男ではないようじゃのぅ。さて、それなら後は竪琴じゃが」
ガラフの視線を受けて紅々乃は頷いた。
作成した見取図でダウジングをした紅々乃は、竪琴があるであろう場所に見当をつけていた。
「おそらく隠されている場所は夫人の部屋です」
「ふむ‥‥」
「男爵様は夫人の部屋を確認することはできなかったそうです」
「その代わり、私達が潜入する時間帯に夫人を部屋から離してくれると約束してくれました」
「では、今日の夜、潜入することになりそうじゃのぅ」
全員が頷いた。
深夜。静まり返っている空気の中、辺りを注意しながら動く影があった。
「ではラーシェンさんはここで待っていてください。アネモネさん、ラーシェンさんの護衛をよろしくお願いします」
アネモネは了解と言うようにラーシェンに寄り添った。
「皆さん、どうかお気をつけて‥‥」
紅々乃から念の為と渡されたベゾムを持ち、ラーシェンは屋敷へと潜入する冒険者達の後姿を心配そうに見送った。
紅々乃は裏門までリーディア、アイリリー、ガラフを誘導し、鍵が開いていることを確認すると、そっと忍び込んだ。
屋敷の中に入れば、やはり見張りの気配がする。
しかし、二日目以降からは夜間の警戒態勢を中心に把握することに務めたガラフのおかげで、見回りの抜け道はわかっている。
警戒しながらも見取り図どおりの場所にある夫人の部屋まで何とかたどり着く。
部屋の扉を静かに開けて足を踏み入れれば、綺麗に片付けられている部屋が広がっていた。
「問題はどこに隠されているか、ですね」
「竪琴を隠せるような場所といえば限られてくるようなものじゃが‥‥」
「見たところそれらしきものはないみたいだけれど」
「ちょっとまって下さい」
紅々乃は大きな衣装箪笥に見当をつけ、エックスレイビジョンを使用した。
暫くして紅々乃は小声で囁いた。
「見つけました!」
音を立てないように慎重に開ければ、ドレス等がしまわれている。
その奥に手を伸ばして探っていた紅々乃は小さな溝を見つけてそれを引いてみた。
すると底の部分の板が外れた。
息を呑んで見守っていると、紅々乃は布に包まっているものを取り出した。布をめくれば銀の繊細な装飾が美しい竪琴が顔を出す。
「綺麗です‥‥」
「これがラーシェンさんの竪琴‥‥」
「ふむ、これは驚いた‥‥、芸術品としても文句なしの一品じゃのぅ」
竪琴を包み直してリーディアに手渡すと、紅々乃は衣装箪笥も元に戻した。
屋敷を内心ハラハラと見守っていたラーシェンはこちらに近づいてくる気配に気がついて身を隠そうとした。
しかし、一歩遅く、相手に気づかれてしまう。
「だれだ!?」
振り向けば、こちらを睨んでいた厳つい顔をした男が眉を寄せる。男は顔を赤らめ、片手に酒瓶を持っていた。
どうやら屋敷の護衛のようだが、休憩時間だったのだろう。酒場からの帰りといった風体だった。
下手に取り乱せば騒ぎになり、屋敷に潜入している冒険者達に飛び火するかもしれない。
そう考えてラーシェンは静かに男と向き合った。男はラーシェンをじろじろと見た。
「お前‥‥もしかして噂の吟遊詩人かぁ‥‥?」
眉を寄せたラーシェンに、男はニヤリと笑う。
「雇い主から聞いてるぜ。この屋敷に戻ってくるようなことがあるかもしれないってな。こりゃあいい! 捕まえれば賃金を奮発してもらえらぁ」
ラーシェンを捕まえようと近づいた男に、それまで静かに身を潜めていたアネモネが勢いよく飛び出した。
驚いて身を引いた男とラーシェンの間に立ちふさがったアネモネは低い唸り声をあげる。
怯んだ男が喚き散らかすが、アネモネは引かない。寧ろ、牙をむいた。
騒ぎが大きくなってしまうと危惧したラーシェンだったが、突然男が動きを止めて倒れこんだので驚いた。
「大丈夫ですか?」
アイリリーだった。コアギュレイトを使用したので男は動けない。
「やれやれ、間に合った」
「無事ですね、よかった」
ガラフ、リーディア、紅々乃と続いてやってくる。怪我もない冒険者達の様子にラーシェンも安堵した。
「こちらに向かっておった見張りの男達の動きは止めてあるのでな、安心せい」
「さあ、今のうちに」
念の為、男をロープで縛り物陰に転がすと屋敷を後にした。
●至上の詩
太陽が空に昇り、燦々と光が降注ぐ中、美しい澄んだ声音が空気に溶けるように響き渡る。
竪琴から流れ出る音と重なりあい、時に甘く、時に激しく震えた。
清らかでありながら荒ぶる自然を表現し、聞く者の心を奮わせる。まるでそこに詩の風景が広がっていくようだ。
奏でられる詩をうっとりと聞きながら、リーディア、紅々乃、アイリリー、ガラフは演奏者を見る。
そこには生き生きと顔を輝かせて至上の詩を紡ぎあげるラーシェンが居た。
「ありがとうございます、皆さん」
大切に竪琴を抱きしめて、ラーシェンは幸せそうに笑った。