士道に背キ間敷事
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月30日〜07月05日
リプレイ公開日:2006年07月08日
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●オープニング
一、士道に背キ間敷事
一、局ヲ脱スルヲ不許
一、勝手ニ金策致不可
一、勝手ニ訴訟取扱不可
一、私ノ闘争ヲ不許
右条々相ヒ背候者ハ切腹申シ付クベク候也。
●
「犯罪じゃねぇって、これは価値観と自尊をかけた真剣勝負。段平ふりまわすんじゃなく、叡智でもって斬り合って、度胸でもって受け流す。かーっこいい!」
毎度お騒がせします。新撰組五番隊・日置正次が本日、冒険者ギルドに割り込ませる依頼はこのような。
――ある人物に立派な負債をしょわせてほしいというもの。
それは犯罪じゃなかろうか、と、至極もっとも諫言に対して、日置は以上のような訓話を弁士のごとき喋々さで、立て板に水、おそらくは前もって段取りしておいたのだろう論旨を手前勝手にぶちまけたかとおもえば、じゃあ決まり、と、手前勝手に〆にする。
「あ、標的は、新撰組の近藤勇付副長、土方歳三だから」
びゅおおおおお、というたぎる蜃気楼。
時季外れの木枯らし、先走りの台風、刃の竜巻。寒さと痛みとすさまじさ、あるはずのないものがギルドの屋内一帯を吹き荒れる。
「えーっと、念のために念を押します。土方歳三とは、あの、その、鬼の副長、土方歳三ですよね?」
「うん。その土方さん。とってもこわい、土方さん」
「それって、夜討ち朝駆けをしかけるほうが、よっぽどマシだとは思いませんでしたか?」
「うん、思う。じゃ、そーゆーことでっ」
脱兎しようとする日置の襟首、そろそろ手慣れたらしいギルド手代はくの字に曲げた人差し指でひっかける。
「待てぇい。すくなくとも事情だけは説明してってもらおうか、とくとじっくり、膝つき合わせてこんこんと、納得するまで帰さねぇ!」
●
昨今、新撰組のお台所はよろしいとはお世辞にもいいがたい。前京都守護職・平織虎長暗殺の嫌疑をかけられて以降、洛中での人気は落ちる一方。こういう言い回しは不謹慎にせよ、先の叛乱は名誉挽回の絶好の機会かと思いきや、うまみのほとんどは援軍として駆けつけた三河軍にもってかれた。新撰組の後ろ盾である源徳にしろ昨年の大火の傷痕はいまだひきつれも生々しく、上州征伐の支度をはじめているという噂もあっては、京の新撰組へろくなお手当はまわってこない。なんらかの融通や措置――それでも、まだなまぬるい――抜本的な見直しをせまられていた。
「今までがどっちかっつうと、隊士の大幅な補充だったり新隊の設立だったり、えらい拡大策だったろ? でもそろそろ、そんな余裕もなくなってきてさ。人員切り捨ても現実味を帯びてきてる」
が、日置の上司にあたる新撰組局長・芹沢鴨は、そのようなことを気にする性格ではない。神皇を第一とする彼は新撰組の足掛かりが右へ寄ろうが左へ曲がろうがたいした問題ではなく、
「で、土方さんは、新撰組内部の規律強化を推し進めたいほうだな。不穏分子はとっとと始末してしまいたい――っと」
そのための、局中法度の制定というわけだ。鴨派を称する日置がそれに異をとなえるのは一見自然だが――‥‥、
「もしや自分が現在、寸借の心当たりがあるから、反対にまわったわけじゃないですよね?」
「それはまぁ、空の彼方に置いておいて」
「してるんですね?」
「平山さんも局中法度にゃ反対なんだよな」
ごまかしとしては、あまりに程度が低い。新撰組四番隊組長・平山五郎の名を出したかとおもえば、いきなりしかつめらしく顔付きになり、声も低めて、
『精神を明文化して縛ろうというのは愚考もいいところ。取り決めねば守れぬ行いなどに意味はなく、ただ我らは神皇さまを守る為にあればよい』
物真似のつもりだったようだ。
「似てる、似てる?」
「‥‥夜道には気をつけたほうがいいですよ」
では、肝心の近藤勇の立場はといえば、これがかなり危ういところにある。新撰組に多大なる責を負う彼だから、ある程度の規律の強化には賛成だろう、だが、彼は行き過ぎを好ましく思わない。いわば、和をもって尊しとなす性質なのだ。目的のためには方法をえらばず、ときに鷹の遣り様となる土方のふるまいには、日頃から頭を痛めているらしいとも聞く。――どうも日置の発言は新撰組の内情をあばきすぎのきらいがあるが、それぐらいは調べればすぐに足がつくことなのだろう、と、思いたい。
「まぁ、とにかく俺は――ちゅうか俺らは――局中法度は取り下げさせたいわけよ。で、考えたの。提案者の本人がやぶっちまえばおしまいじゃね? 借金がダメだちゅうなら、提案者本人に借金させりゃあいいんだよ、これを奇策ってゆんだよな!」
「たしかに奇妙奇天烈奇々怪々ではありますが‥‥」
いうまでもないが、奇策は名案にあらず。日置の案は、絵に描いた餅、猫の首に鈴をつけにゆく鼠、指針はあっても道具がない。ふつうムリじゃね?
「‥‥ま、うちは隊士も多いですからね。果報までは請け合いませんが、いちおう呼びかけてみますか?」
「頼む」
日置の依頼はともかくとして、だ。
新撰組が、生き残りの岐路に立たされているのは、事実。手をこまねいているだけもつまらない。水に墨で文字を書くような、あてどない蟷螂の斧だとしても、あがいていくのもまた一興。
まぁ、その後の安泰、気楽に請け合えるわけでもないのだが。
●リプレイ本文
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「土方さんが欲しいのだと偽って、どこかの店でツケまくりというのはいかがだろうか」
言うだけならば、無罪立証、地獄の閻魔様も浄土の阿弥陀様もそれぐらいのお目こぼしはしてくれるだろう。とはいっても、とうの藤野羽月(ea0348)が実際、新撰組五番隊組長・日置正次へぼそりとほのめかしてみせたときにさえ、ほんの与太、朝顔の花一時、ずいぶん頼りない心持ちがした。
あの、浅葱のだんだらを借り受けて、無銭飲食でもしようか、と。軽口じみたやりとりの翌日、
「ばれたぜ」
日置はいともすこやかに言い放ってみせるが、あたまに札付きの体液を沁ませた薄布を巻きつけ、唇は血色、貴様今すぐ寺行ってありったけの布施を払ってこい、どういう前後でそうなったか知りたいような知りたくないような、羽月、提案の責任としてそれだけはたしかめた。
「‥‥試したのか」
「うん。ちょうど軽弓が欲しかったところで」
こうして泡銭擦ったのだろうな、と思わせる。ただひとり、アンジェリーヌ・ピアーズ(ea1545)のみ、日置のてっぺん、約十寸の段差からぐるりぺたりと撫で回す。
「おつかいですか? よくできましたね」
ぜったい、ちがう。日置も「いや俺の‥‥」と抗するが「親御さんに御駄賃はいただきました?」だから、まるっきり違う。本日、御駄賃を冒険者らに払うべきは日置である。羽月、とりたてて修正する気も起こらず、もうひとつの懸念をしっかりさせる。
「手元にはのこったのか?」
「目ぇかすめて、弓弦の一本は」
「ふむ‥‥。先日リラによく似合いそうな帯締めをみかけたのだが、これがいささか値が張って」
「藤野殿」
はっと醒める。やんわりと伊能惣右衛門(eb1865)に諭され、大事を仕組みかけた己をようやく勘付く羽月、だいいちそのような流通で手に入れたものを贈り物にするなど、天下にほこれることでなく。ならば、自前ならいいのだろうか。たとえば、どこぞの骨董屋の店先に置かれていた、翡翠の釉のうつくしい水差し。
「い、いや」
自分はそういうキャラじゃないって。で、キャラってなんだ?
「ところで、他の隊士の方々はこの件をどう思っておられましょう?」
「まだ確定じゃねぇから、下の方だったら知らないのもいるんじゃねぇか」
自己同一性を喪失しかかっている羽月はいったん放置、惣右衛門、事実の疎通をはかる。日置のいうとおりなら、高槻笙(ea2751)は市井から局中法度制定の評判を聞き込もうとしていたけれども、おそらくその大多数、局中法度という語幹すら、耳新しいものとしてとらえるだろう。だいいち議会制でもない世で一組織内のみにしか詮のない規律など、関心をもつほうが物好きだ。ただし逆に考えれば――見廻組、黒虎部隊、等、新撰組との関係が卵殻をわたる際疾いところへ焦点をしぼれば――また違った所感をひきだせたやもしれぬ。
「それでは、そちらの伍長殿はいかがでしょう」
惣右衛門の問い、引き続く。
「そういや教えてねぇなぁ。でも、あいつだったら内心はともかく――喜びそうだけどな――表向きはきっと俺をたてるだろうけど」
「そうですか‥‥」
「そういうじいさんは?」
「本来わたくし如き、ゆかりなき百姓上がりの田舎坊主が口を挟むことでも挟めることでもございませぬ。ですが‥‥」
――されどそれが故に道を外し、世を憎んだ方を存じておりますれば‥‥ただ座して過ごすことも出来ませぬじゃ。
老翁のしわがれた声音、風鐸を欺き、よく徹る。
それが符牒だったかのよう、伊庭馨(eb1565)、碧の瞳をぱちりとまたたかせる。ぱち、ぱちっと。瞬きに切り取られる十万億土はあいかわらず、青くも、赤くも、白くもある。季節は、移ろった。冬枯れの樹木は青々と葉を付け、身を切る寒気は息苦しさの熱れに、けれどももはや誰かを失った、それだけが。
笙は「それですね」と顎を引く。
「現在の書式では『士道』の定義が記載されておらず、実に曖昧なのが、気に掛かります」
「うん、うん」
「違反したか否かの厳密な判断・切腹の決定は土方さんが下すのですか?」
「今のままだと『現場の判断』ってことになるだろうな。で、現場に立つのは当然、制定者の息の掛かったヤツ」
「‥‥諒解しました」
まぁ表向きはもっと穏やかになるだろうな、と、日置は添えるけれども。
が、いったい何が表なので裏なのか、それすらどこかで糸を引いて繰られていそうで――手を返すように不実と道義が入れ替わる――考えただけで、気が滅入る。十七歳、蘇芳正孝(eb1963)が深々と汲み出す吐息のほうがよっぽど、惣右衛門のそれより老いをかさねているようだ。
「小芝居は苦手だ」
腐腐した感情、そのまま波長に転換するとき、わずかに未熟がうらがえる。
が、依頼は受けてしまったのだから、と努めて自らを慰撫する。流浪の身がどうしてこのようなどさくさに巻き込まれたのだか、否、だからこそ人の世の人情不人情には人一倍敏くなる。規律の必要に反するつもりはないけれど。
が、とにもかくにも、遂行を。
――馨をはじめ、土方の面談をねがったものは多かった。けれど、個別にきっかけをとりもつのは難しいだろうと、日置はいう。
「じゃ、土方さんが出掛けそうになったら、俺は急いでギルドに連絡を入れる。あとの出会いはそっちもち。真っ向の対面にいどみたかったら、そのとき頑張ってくれ」
たったの五日間にどしどし冒険者らが詰め寄れば、あとのものほどそれだけ不審をもたれるようになる。ならばいっそ、いちどきにたたみかけたほうがまだマシでないか、という教訓――それが正解かどうかはあとの判断に任せるとして。
そうして冒険者ら、不可解で奇怪で煙に巻かれることだらけの挑戦、ぷろじぇくと×(ばってん)がはじまる。
――ところで、壬生桜耶、一日だけのおてつだい、みょうにかいがいしく立ち働いておる。
「蝋燭と線香と数珠とお花と‥‥あと、お祈りに必要なものってなんでしたっけ?」
「それ、どっちかとゆーとお葬式」
●
第一の作戦。
その日、御伽のようにおだやかな雨上がり、天空一面に尽くす浅葱を幸運とみるや不吉とみるやは自由自在。身の丈以上のあいまをへだてて対称の陸上、表土は随処にぬかるみや水溜まりを置く。
低く飛ぶ糸蜻蛉、折々銀翅をひるがえらせるのを、柴の仔犬が不思議そうに見上げる。やがて何かを覚悟したらしく、仔犬、翅虫めがけて、鞠のように飛び上がる。たちまちの滑翔、しかし、天神はまだまだ彼へ翼をあたえるつもりはないらしい。べしゃりと着水、誤字ではない。泥水の平面に胴ごと落ち込み、きゃぅんと、つぶらな瞳を白黒させる。
「おや」
行き掛かった侍風の男性の袴にも、泥はおもいきり模様を塗った。彼はかまうことなく仔犬を抱き上げ、それの後ろ足をたんねんにただす――骨は折れておらぬようだ。
「あいすみませぬなぁ、うちのポチが御迷惑をおかけしたようで」
と、杖をつきつき、履き物の音高く、土方に迷惑を詫びるのは、いかにも御隠居風情といった御老体――いうまでもなく、右衛門。
「これは今すぐ水洗いしたほうがよろしいでしょう」
「かまいませんよ、お気遣いなく」
「いえ、いえ。折良く知人と近くの店で待ち合わせしておりましてな。そこでなら着替えも支度できますじゃ」
惣右衛門、常ならばこれほど取って付けた様な言い訳はすまい。聞き手にまわるほうが自然な風体の老人が、あれこれ構い付ける、それになにか感ずるところがあったのか。
「では、ご厚情に甘えるといたしましょうか」
片手を口元へやって、くす、と、婉然に笑み映ゆる。荒波のたぎる切り岸をへりのすれすれから見下ろすときの、そらおそろしいような快楽。
で、それらのやりとりの蔭になって、
「‥‥仔犬に先手をとられたか」
牙狼の銘の漆黒の妖薙刀、柄頭で地表にのの字を幾つ描けるか、ひじょーにムダな試みにいそしんでいるのが蘇芳正孝、そして、そのまたまた物陰で、いまだにぐらぐらと、煩悩、百八つの鐘に悩まされるのが藤野羽月。役者はそろった‥‥というか、最後のふたりは、なんかおかしかったが。
板敷きの間ですむようなものを、惣右衛門、奥座敷へ遮二無二ひっぱりこむ。そこで座していたのは志士が二名、陰陽つかぬ上辺の伊庭馨、菖蒲のごとくたおやかながら菖蒲のごとく直ぐに背をただした高槻笙。
「待ち合わせというのは、こちらの御仁らですか?」
「えぇ、まぁ」
これまた、惣右衛門にしては不得要領にして挙動不審な返答。――それも、やむをえまいか、惣右衛門が彼等と約していたのは端から会見にあらず、ここへ土方を引き込むことであったのだから。土方は億劫そうに二人の腰へ目をかけた‥‥はっと、馨、笙、不手際を悟る。佩刀をはずすの、うっかりしていたのだ。が、土方は気を悪くした風はなく、二人の正面に――やはり剣はそのままで。
「もってまわった真似をします。ひとまずお話をうかがいましょうか?」
馨、笙、互いを小突きあう。‥‥二十を過ぎた男性どもが人前でなにをいちゃついてるか、ではなく、どちらから言い掛けるかの謀議、けっきょくは馨が引き受けた。息の根をすっからかんに干してから、一言。
「以前、脱走隊士の最期を森で見届けた事の報告に併せて」
隊規を外部の人間が口出しすることへの詫びを入れ、
「独断で決定履行すれば反発を呼びます。それが狙いだとしても、不信感や悪感情を抱かせれば、土方さんご自身の身も危険です」
「‥‥それはつまり、強迫でしょうか?」
は、と。その言い様では、そうとらえられてもしかたがない。が、土方は頓着しなかった。
「独断、とはまた、おだやかでない。それはどちらの御意見でしょう? 近藤の許可はとっておりますよ」
――土方だって表層をつくろうぐらいはする、独断というならむしろ平山のほうだ。次いで、増えすぎた隊員に財政難を公表し、今後給金の支払えぬ旨を詫びて穏便に脱退願う旨も提案してみたのだが、
「できませんね」
淡々とした、否定。
「今までの働き扶持をなかったことにされるのです。意趣返しをもくろまれても当然でしょう? そうなるまえに手を打とうというだけです」
「‥‥必ずそうするとは、いいきれないでしょう」
「ないとも、いいきれない。そして、あってからでは遅い」
さて、土方、あいもかわらず断崖の冷笑。
他人を攻撃するでなく、哀れむような、駕籠の小鳥を哀れむような――これは事によると誰彼の手回しか、気付いているのだろうか。そうなった場合、馨、責任はきっと日置さんですよね、と、散々な風采を思い返す。口をつぐんだ笙が、
「独裁は『勝手に訴訟』には当てはまらぬものですか? これは私の私見ですが‥‥内部の雑然は外から広い視野で捉えた方がよろしいかと思います」
「さっきも云ったように、近藤の許しはもらっております。それに、市井から幅広く? 理解しがたい。宝物庫の戸を開け放つようなものでしょう。見知らぬ他人の嘴を受け入れろというのは、間諜の勝手を許せ、というに等しいですよ。‥‥実のある意見なら別ですが」
なるほど「鬼」と呼ばれるだけはある。
繊細な見かけに反して、実に、気の強い。土方は席を立つ。
「おもしろい話ではありました。時間の無駄だったとは、思いません。衣服も乾いたようですしね」
と、彼のいうように、惣右衛門のさしだす袴からは泥水がすっかり抜けていた。惣右衛門は彼へそれを渡しながら、静かに――静かに。
「『苦楽中道』という言葉をご存知ですかな? 琴の弦は締めすぎると切れてしまう、絞め方が弱いと音も悪い、中くらいに締めるのが丁度良い。それは人の世も同じ‥‥とのお釈迦様の悟りにございますじゃ」
それに対して、土方、こう答える。
「切れる刹那にいっとう美しい玄妙をかなでる楽器もあります。ポチくんに、よろしく」
去る。
「‥‥歌合わせに誘う間もありませんでしたね」
「私は、徹夜でしあげた近藤×土方本をさしあげるすきもなく」
「馨さん、今までいいお友達でいてくださってありがとうございます」
「適当なのが入手できなかったので、しかたなくですよ」
呆然とする冒険者ら、それぞれに思うことはあったであろう。けれど、馨、我を取り返し、天井裏に呼びかける。
「第三の作戦(つまり、第二の作戦がこの会見であった)いきますよ、柘榴さん」
「はーい。銀砂、しゅっつどう!」
銀砂は笙が狩野柘榴からあずかった猫だ。百草は馨の愛猫、そして。
「今こそドジっ娘属性の発揮のしどきですね」
会見なった料理屋の手前で、おかしな決意に煮えるアンジェリーヌ、これでほんとうに役者の勢揃い。アンジェリーヌ、ウィンプルの隙間からじっと見やれば――あぁ、来た来た。浅葱のはためきを、まちがえるわけがない。アンジェリーヌ、料理屋の支払いを立て替えようと財布をとりだす土方に向けて、彼女にしてはせいいっぱいの――背嚢が重すぎたのでかなりのよたよただったが――突進。
「あ‥‥Sorry‥‥ごめんなさい‥‥」
アンジェリーヌ、土方と視線を付き合わせたとき、ふと胸のときめきを。
――あら、いい男。
慎みのメッキがほろりとはがれかけれるほど、かぐわしいような蠱惑。だから「お金がないなら、ホ○トク○ブ(ジャパン語でないことは、たしかだ)を運営すればいいじゃない」とか言われるんだよな新撰組。あ、けっこう繁盛しそう‥‥げふがほ。
――とても鬼といわれるようなお方には、見えませんわね。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「お嬢様だなんて、そんな‥‥」
――もしもこの出会いが、どこかの絵物語のように、恋のはじまりとなったらどうしましょう。エルフと人間、クレリックと新撰組。禁断も禁断、許されぬ愛、しかしだからこそ若い二人は燃え上がる。
そりゃドジっ娘ゆうより妄想属性ですがな。
「いけません。神は、人をだます罪はお許しになっても、神をたばかる罪には裁きをおあたえになるでしょう」
「‥‥藤野殿、アンジェリーヌ殿がなにかラテン語でつぶやいているようだが」
「いや、ジャパン語だ。しかし、意味は分からない」
どの言語になおしても、分からなかったと思うよ。やはり物陰の正孝、羽月、とりのこされたような困惑に。
が、武士の二人よりすばしこかったのは猫二匹。さっと馳せたかとおもえば、土方の懐を突く、標的は土方の巾着、持ち去らせようと、だがしかし。
ぴぃーんと細く張り渡す――紐ぉー? おつかいの子どもがするように、首に紐付きの巾着、猫の膂力では持ち去れぬ。
土方、ようやっとほんとうの笑まいをみせる。茶目っけ多く、瞳をくるりと。紐付きの財布をざかざか横に振ってみせると、蜻蛉のように音もなく立ち去る。
「‥‥存外、せこいお人だったのだな」
正孝が寡言からようやく絞る、それがすべての冒険者らの感想と疲労を代弁した。