骨の宿

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月09日〜07月14日

リプレイ公開日:2006年07月17日

●オープニング


 とある旅宿をしらべてほしいという依頼のもので。
 その旅宿は街道沿いではあるけれども、人の聚落からはいくらかあいだをおいたところにある、まえにもうしろにも道、ただ道、うねうねと、宿というにはいささかどころでなく辺鄙なところ。気をふるって街道をもう少しすすめば、もっともっとあかぬけしてずっとずっと真心のゆきとどいた旅籠がいくらでもならぶ宿場町に出るから、そこここ毛羽立ち、埃っぽく、虫の食ったような、獣の胃壁のような、シミの浮かぶ汚らしいそこでまにあわせようという旅客はあまりいない。
 要するに、それへ係留しようというのは「もう少し」に耐えられぬほど順行にへたりきった旅客か――宿の内儀に魅せられたか、の、どちらかになる。
 あぁ、片田舎にはまれなうつくしい女。
 ――蜘蛛みたいに。
 椿の油を擦ったわけでもないのに髪は烏の濡羽色、それにもまして深い、夜の海のような瞳。三十路を過ぎた肌はしんなりして吸い付くかのよう、かつてのはちきれんばかりの張りの代償に、ひたひたとくるむ温みを手に入れた。たまに町の男をひっぱりこむという風聞もある――いや、かくすわけでもない現実なので。では、良人やら恋人やらをとられて嫉妬に狂った女子衆が道外れの懸想をあばきたててくれ、というあらましかとおもえば、そういうわけでもなく、宿場町をひととおり逆巻いたもうひとつの噂が依頼の発端。
「あの女は旅客を殺し、荷を剥いでいる」
 のだと。
 どこから出たたわむれかはしれぬ。けれど、それは宿場町の女たちには格好の材料となった。そうして冒険者ギルドに依頼がもちこまれた、ひとまずはこのような次第。――冒険者らの健闘を祈る。


 骨。
 これだけは、どうしてもいけません。燃やせもしないし、どこかへうっちゃっておくのもそれはそれで、またたいへんな難儀です。しかたがありません、さしあたっては手元に囲っておきましょうか。
「あぁ、ほんとうにどうしようかしら」
 血。
 肉。
 ‥‥人はずいぶんいろんなものでできています、不気味と面容、複雑怪奇、それがどうして口から吐くことばといったらあんなにつまらぬ退屈ばかり。彼女は世に倦んでおりました。だから、ひとまず人を殺してみることにしました。彼女の住むところは、ちょうどいいところにありましたから、それはまるで竹を割るように、なにもかもがすんなりすすんでいきました。
 かつん。
 骨の音は、けれども澄んできれいです。――かつん、かつん、と、拍子木みたい。なにが始まるや、それを知るのはうすっぺらい銀色の、天空の一枚鏡のみ。

●今回の参加者

 ea1636 大神 総一郎(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3567 真神 美鈴(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3880 藤城 伊織(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4687 綾都 紗雪(23歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6433 榊 清芳(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7864 シャフルナーズ・ザグルール(30歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb3062 ティワズ・ヴェルベイア(27歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

高槻 笙(ea2751)/ 伊庭 馨(eb1565

●リプレイ本文


「美人の女将? ふぅん。どうでもいいや、どうせ僕の美貌の足元には及ばないだろうし」
 藤城伊織(ea3880)、別嬪さん・別嬪さんねぇ‥‥、と呟くのを制して、ティワズ・ヴェルベイア(eb3062)がなんでもないことのように言い切るから、あぁそうかよ、適当に透かせば、ティワズ、宝冠にも似た豪奢な金の髪を揺すぶって、了諾を意味するらしいしたり顔。
「そうだよ、よかったね。誘惑されたい、なんて思わずにすむでしょう?」
 ――よかったな、と。辛くも応じる以外なにができたろう? 伊織、あやふやな相槌でどうにか気を取り直す。ぐるりと首をねじむけた向きでは、彼、旅装束の上から羽織った単衣のすれるのを直すのに入れ込んでいて、伊織の呼びかけにも生返事で。
「だとよ、『お龍』。残念ながらいい仲にはなれそうにないぜ」
「はぁ‥‥それは残り惜しいございますね‥‥。な、なにを云っておられますかっ」
 むしろ自分がなにを云っているかなのだが、その日の神楽龍影(ea4236)、愛馬の匈奴丸もともなわず、ではどうしてたかといえば――平生どおりといえば平生どおり。般若の面のあがないに市女笠を付けているのだけが違っているが、常の、月のような秋波はそのまま
 シャフルナーズ・ザグルール(ea7864)は、そんな彼の前や後ろを蝶のように入れ替わり立ち替わり、眺めつ眇めつする。
「もっと淡いほうがよかったんじゃないかなぁ」
 要するに、口紅の色合い。龍影、このたびは女形でいくというので化粧や着付けをてつだったから、監督の気分が抜けやらず、入念な仕上げと検査に余念がない。冒険者でないときは能楽士にたずさわる龍影だから、それぐらいはできないこともなかったのだけど、シャフルナーズはシャフルナーズでまた奇矯なこだわりが。
「大陸風のおしゃれをみせますっ。‥‥あれ、ほんとにいいの? 神楽さんてば、すなおすぎてつまんない」
 同じ年の端を龍影をそんなふうにあつかう。
 ――と、いうところに、
「じゃあ、ここでお別れか」
 二手に分かれて――さしあたり対象の宿所を訪ねるもの、もよりの宿場町に寄るもの。京都から来た、とするのでなく、京都をおとずれた、というふうにするため、ひとかたならぬ遠回りになった。宿場町へ先に寄ることになる。シャフルナーズ、旅の踊り手と生きる彼女にとっちゃそれほど事新しいものはないだろうけど「ほうほう、ここがそう」と物珍しそうに目配りしてみせる。京の都を雑然と煮詰めて竹の葉に敷いたような、都鄙どちらの味わいも欠けた、半端な賑やかしの町並み。
 真神美鈴(ea3567)供の三毛の仔猫(「ひじょうじよう保存食」というらしい‥‥その、なんだ。効率の悪い保存食だな、と)を、にゃあん、と、かかげて、足元には熊犬「えくすかりばーじゅにあ」伊織や龍影に挨拶する。
「拳闘を祈るっ」
 健闘だって、拳で闘っちゃいかんでしょ。誰もいってくれないので、とりあえず自分で自分をなぐさめる。
「この難事件、見事解決してみせる! 伊がふがふ‥‥冒険者の名にかけてっ」
 とうとう相手が来た。美鈴お待ちどおさまの拳がうしろから、なだらかながら手厳しく沈められる、大神総一郎(ea1636)、そんなときでさえも謹厳な顔立ちぴくりともさせず、引いた手をはらはら仰ぐ。能役者にとっては爪の先まで髪の毛一筋までもが道具立て。行為にどこも痛めていないのをみとめてから、口にした。
「冒険者とあばいてもいけない。それだけで警戒されるおそれがあるからな」
「そういうもん?」
 そういうもん、だった。目先に迫る町へ二人を残して、彼等――冒険者は入ってゆく。歓迎の笛の響かぬ町に。


 榊清芳(ea6433)は伊庭馨と宿場町の通りを巡行する。二人は夫婦ということになっている、そこまでしなくともべつに清芳はひとりでもできるだろうに、が、馨が附いて来るといったのだからしかたがない。
「しかたがないじゃないか」
 清芳が誰にともなく弁明をこぼすのは、罪悪感とも少々ことなる決まり悪さへの理由付け。しかし次第を塗するたび、拭うどころか、それはいっそう深まっていくばかりなのだけど、清芳は自己の真相に気付かないでいる。
「男女二人で流石に似てないのに兄妹、と言うわけにもいかないし」
「私は役じゃあなくてもよいのですけどね」
 馨のかるい応答に、清芳、‥‥よし、となにかを深く決意したようである。
「では伊庭さんは、今から、私の兄の大家の師匠の従兄弟の幼馴染みの上司の愛犬だ」
「それ、最後のほうは、そもそも人間でなくなっているのですが」
 綾都紗雪(ea4687)や高槻笙がくすくす、と喉をふるわせる。ほんとうにこの二人はあいかわらずであいかわらずで、いとおしい。
「私たちはここで失礼いたしましょう。雲水がいつまでも御夫婦と旅をつづけるのもおかしいでしょうから」
 すぅっと音もなく離れてゆくのを清芳、取り残された仔犬のような青青した瞳で見送る。隣で馨がしんなりした笑みを閼伽のように綿綿たたえているのが、不思議と気にくわない。イヤというのも異なるけれども。
「‥‥骨惜しみしているからだな」
 それ、の出所を依頼への怠慢だという罪悪感だととった清芳、ずかずか、仏へ参るときとは似ても似つかぬ大雑把な歩きぶり。が、馨はほんの二、三歩でそこまで及ぶ。だから悔しいのに。
 で、七人の冒険者らがそれぞれに風聞の収集にいそしんだ。紗雪は通りをながしながら、シャフルナーズは水茶屋らしい店へ入っていった、ティワズは宿場町には付き物の日影へ、清芳と馨は前述したとおり、そして総一郎――‥‥、
「いらっしゃーいっ」
 どんな大舞台でも怖めず臆せずの総一郎が、ほんの束の間、たじろいだ。しかし、それは皮膚を粟立たせるわけでもなく、冷や水がつと伝うわけでもなく、静かな、草木のごとく従容とした息の根がいっときじたりとわなないただけ。凍った娥眉はゆるやかに約束をとりもどす。
 吹聴が飛び交うなら大店だろうと、いっとうの旅籠に至った総一郎。しかしそこでは何故だか美鈴が、人遁の術に染まらぬそのままの美鈴が、まるで小僧のようにくるくる立ち働いているのである。けれど、総一郎は声を掛けたりはしない。旅装の合わせ目からの、竹の歌口までもがおとなしくする。
「この先に向かうのだが、ここが最後の旅籠だろうか」
「そういう商売敵に塩を送るようなことはあまりお教えしたくないんですけどね」
 苦ったような正味だが、ほんとうに気を悪くした形振りをみせない。
「この町を出てもう少しいったところにも安宿がありますよ、これは良心からお勧めしませんが。蚤や虱と枕をならべてもおもしろくないでしょう?」
「ふぅん、そうなんだ」
 と、こちらは美鈴。たまたま行き摺りに会話を洩れ聞いたそぶりで、それを肴に女給たちと会話をはずませる。
「どんなとこ? ん、味噌くさい? 味噌っていえばねー、米味噌と豆味噌、どっちのおみおつけがおいしいと思う? え、豆味噌なんてのもあるの?」
 よっしゃばっちり、と、美鈴はたいへんご満悦。玄人だから! なんの、味噌の?
 ‥‥さて、時間は経過する。
 三々五々、冒険者らは町からはそうたやすく見通せぬ影のあたりに寄り合う。シャフルナーズは飲み屋で食事をしながら聞き込みをするつもりだったが、実際に寄ったのはどちらかといえば堅実な水茶屋で、
「だって、ああいうところっておじさんばっかりだもの」
 酒場だし。
「でもー。ちょっと小生意気なかんじの、クロウみたいなクロウがお酌してくれるお店を期待してたんだけどなぁ」
 ――そりゃあ、おそらく世界中のどこにもないんじゃないか。ともかく、添え物のお団子がとってもおいしかったよ、という話題に、清芳がいたく興味をしめしたのはまた別の語り草。
「お内儀は余所者のようですね‥‥。何処から流れてきたか、詳細はどなたも知らないようです」
 紗雪、彼女はとりわけ真剣にかぎまわったほうだろうが、しかし世俗の垢を熱心に掘り出す尼僧というのも少々微妙で、邁進ほどに結果はともなわなかったが、それでも最低限の噂は聞き出せた。元々彼の地所に宿っていたのは変わり者の一族、だがそこへ彼女が嫁入りしたのを機会に、姑が消え旦那が失せ、ついに残された彼女ひとりが、どうみても地の利のあるとは思えぬ宿泊業をいとなみはじめたという。
「噂のたったのも同時期のようだな‥‥」
 ふむ、と、機関人形のような奇妙に折り合いのついた組み合わせに、総一郎に最後のひとりがようやく顔を出す、出迎えの花の咲かないのをしきりに惜しみながら。
「やぁ、みんな僕を待っていたのかい?」
 ティワズ、日影とはつまり、宿場町で女性を――春をひさぐところ。大あれ小あれこの手の町にはつきもので。しかしティワズ、いともさっぱりした気配だが、一風呂浴びてきたのとはちと趣を別にする。
「遊んできたわけがないわけじゃないか。僕よりうつくしい娼妓がいるわけないしね」
 ――あぁ、そう、としか応じ様がない。ひとまず、銘々が持ち寄ってきた灯火を合わせて雷火へするのに発起しよう。清芳、そこへ「行った」ものと「帰った」ものとの誤差をわりだそうとしたのだが、旅人の数をあげるのは、雀の気まぐれを並べ立てるようなもので、いまいち期待どおりとはゆかなかった。ふむふむ、と、まじめくさって皆の話に耳を澄ます美鈴の結論は、ひたすらぶっ違いに前向きである。
「よくわかんない♪」
 思考停止もときには得難い転進を生む。総一郎、はぁ、と、感情を間引いたわりに、熱の大きい溜息おこす。
「あとは藤城たちだが‥‥」
 ――出向くとしよう。


 そうして視野をうつして――件の旅宿。龍影と伊織は連れ立ってそこをおとなうが、室房はおのおの別個に変えてもらった。
「男の方は野獣! とまでは申しませんけど、いちおう‥‥」
 しおらしくそぅっと龍影、単衣に散った紅椿で鼻梁を着せる。するとかたわら、俺がケダモノかよ、と伊織がひそかに肩をすくめた。‥‥――そうかもな。どうしてだか悪い気はしない。
「ですが、お夕食はごいっしょでよろしいでしょう?」
 木賃とまごうほどの捨て値のであったが、夕餉がつくという。そこに不穏が麝香をあやしくかぐわせるのをききとりながら、「えぇ、もちろん」龍影はざんざんと首を縦にする、そのごと、とぎれた記憶のように少々不揃いの蓬髪、彼の純心を写してそよぐのを、女将、おもしろそうに、朱唇をほころばせて眺めた。――釣られて脂肪がやわやわと笑うのを、伊織、深閑と冷えた心映えに、見て。
 夕にとば口をくぐったせいか、すぐに配膳するという。彼女がくりやに姿を消すのを見計らい、伊織はことさら下卑たにやけがおを龍影の耳朶へ寄せる。
「‥‥なんなら夜這いでもしてってやろうか?」
「では今晩は襖を開けて‥‥ふ、藤城様、なにをおっしゃいますかっ」
「だよな。俺も男と分かってて、わざわざ寝所にもぐりこみたくねぇや」
 伊織、カツン、と真鉄の煙管の雁首、障子の、ひびわれた框へ突き当てる。龍影が寸刻びくりと狼狽するぐらいそれは甲高く、稲妻のようにつらぬくが、しかし伊織はさきほどと打って変わって硬質の目鼻、みじろぎもさせず。
 すぐ、とはまこと、すぐであった。かけられた手間どおりの愛想のない冷え込みと干涸らび、肉はないが菜とて気持ちがいいとはいえぬ、それから瓢箪に充満する、これは食事に比すればけっこうまともな酒。
「あ、俺ぁいい」
 伊織は懐から白木の神杯をとりあげる。
「酒はもらうけどよ。馴染みの椀でねぇと、濁る気がしていけねぇんだ。濁り酒もそれはそれで乙だけどよ」
「あら」
 冗句ととったか、ころころと内儀、龍影は酒は匂いから不得手だからと、
「しばらく表で落ち着けてきまする。馳走はあとからでかまいませんから、ごゆっくり」
 ――外は枠に填めたように、すっかり、とぷんと暮れて。月の船は夕闇のうずまる天蓋を揺りかごのように覚束無くゆらゆらと。‥‥孤独とは思えなかった。人の気配がある、冒険者らがどこかにそれとも笙の用いたステインエアーワードの残滓が気体に変じたか。龍影は依頼のはじまりと、己のはじまりを考えていた。世の胡乱な噂に、己の精密な過去。扇の表と裏のように、いつか同一になりそうな‥‥。
 と、
 ゴト、と、巨大な岩石の昏倒するような損壊の轟きが、そこいらをいっぱいに広がる。
 はっと、冒険者ら、地を蹴った。駆け出す、めざすところを一にして。
「‥‥酒か? ベタだけど確かだな、狂わせる」
 悪いが、と、伊織が白木の神杯を逆さにする。めれんを濃いめにしたらしい酒は月光を吸って、蛇の瞳のように妖しくきらめきながら、ぴちゃりぴちゃりと墜落する‥‥白木の神杯は、酒徒の、注いだ酒の植物の毒を外す効き目がある。杯を持たぬほうの腕で彼女の右腕をかためていた。が、あました片腕にぎらりと犀利な光線、それが伊織の――‥‥
「お待ちください!」
 紗雪、文殊の数珠を上げて、ふわりと停止の網を引き伸ばす。総一郎、固定した彼女からそれを奪った――出刃。よくよく、あまりにも、研がれている。食材を生かすが目当ての刃が、伊織の腱を断とうとしていた。しかし、冒険者らの考えていたより彼女の動くのが速い。これはあとの証言から判明したことだが、実は回り回って、ティワズのせいなのだ。ティワズは見世にも行ったが、宿に出入りする男性にも話を聞こうとした、そのうちのひとりがどうやら告げ口に走ったようで。
「なっさけないよねぇ。すがるようにしちゃってさ。僕が太陽だとしたら差し詰め彼等は石ころだね」
 これもあとでティワズが言い放った評言だが、今はさておき――‥‥。
 紗雪は彼女の横に膝を折る。
「何故このようなことをしたのでしょう」
 訊きたかった、そして聴きたかった。首と足との処を異にす、それで得られるものの価値を紗雪は知らなかったのだ、だから。
 清芳はいっさいを問わず、湖のような青い瞳をただひたひたと、思いは紗雪とおなじ、だが口にはできない。彼女もおなじだった。痙攣する器官はついに何事も事実にしなかった。
 ――さて、彼女を役所にひきわたした、その後のことだ。
 美鈴の「熊犬わんわん」が宿の周囲を捜索した。そして沢山の骨の一番下に、ずいぶんな狼藉を受けたただ一組だけ女の骨と、そこから切り離されて遠く埋められた男の骨を発見した。その男の骨の埋め土には花が生けられるなど、とても周到に供養を受けたあとがある。もしや‥‥と冒険者ら、それぞれに手元に寄せた情報から思うことはあったが、総一郎、
「知らぬな」
 なんと飽食な者の多きこと、しかしそれは満たすでなく虚無をうがつばかりで、憶測では補填することはできぬ――総一郎は般若の面を裏に伏せる。そうして句点を付けたので、そこでこの依頼はけじめとなる。