●リプレイ本文
ことのおこりの数歩手前。巫女服だから、と、ジュディ・フローライト(ea9494)は生真面目にも白鳥氷華の案内のもと、お稲荷さんの鳥居をくぐる。
社頭でのお作法は、二拝二拍手一拝。参道は神様の通り道なので、真ん中を歩いてはいけません。つかわしめのお狐さまに見入られながら、ジュディはそれらの所作を、一挙手一投足、異教でも神は神なのだからと、学童の書き取りのように用心のうえに用心をかさねて、つぶさに上出来にしあがったと知ったときはとても嬉しく、だが、そこで気が抜けた。
「できましたっ」
むろん大声を出してもいけないのだ。だからだろうか、社殿から揚揚と引き上げようとしたときには、早々と、
――鈴へととどく踏み段から、ころん「だいじょうぶか?」と、転げ、氷華の声が、遠い。
すねこすり、は、すねをこする、それだけといえばそれだけだけど。何故かは誰も知らない、妖怪だから、おそらくそれが趣味とか性状とかなのだろうが、しかし、なんとまぁ、けったいな。
「きっと変態らしく、醜い姿なのでしょうね。捕獲などと生ぬるい事は言わず、いっそ退治してしまえばよろしいのに」
とは一条院壬紗姫(eb2018)で、いかにも規行矩歩に生きてきましたといった凛々しい顔立ちを、つまらなげにひずませる。結城冴(eb1838)は、そんなことありませんよ、と、いっぺん「それ」を見た(どころでなかったけど)ときのことを思い返そうと、蒼銀の双眼を昼の月のあたら遠くにかすませる。のんびりたゆとう浮き雲たちは、たしかに何かによく似ている。
「すねこすりというのは‥‥」
ねこ。
ねこ・ねこ・こねこ。そして、みこ(冴の愛猫)「にゃぅん?」
「ねこ、ねこ、にゃあ、にゃあ‥‥」
恍惚とする――まったく説明にならなかった。さしあたってはギルドの説教にすがるしかないようで、皆本清音(eb4605)は、ふむ、と、あのいいかげんな言辞を思い返す。
「犬っぽいし、猫っぽい‥‥っていうことは、犬派と猫派どちらにも対応できるわけか」
とはいっても犬一筋のわたくしには関係ないわね、ねー?と清音、ダッケルを抱えて、まだ名前の決まってないフランク原産の思春期の狩猟犬、やれやれ御主人様がまたなにかをのたもうてるぞ、とやけに達観した目をしている。さてその清音、常の「業務」のときの――というのは清音は京都見廻組雇という境遇にあり、必要とあらば例の羽織に着替えるときもある――とは異なる赤と白、端的にいわば、巫女装束。ダッケルを掻い込む格好で空に泳ぐような身を巡らせながら試運転――と、こちらに優しく見入るマナウス・ドラッケンと視線が行き会い、額や頬にかすかな熱量が過ぎた。
「そんなことをしているまえに助けてほしいんだけど!」
そして、ルスト・リカルム(eb4750)は、巫女装束を着込む以前から紅灯の巷、散々さんざめいていたが、着付けた以降もまるで小さな嵐である。物語のような不思議さの瞳を、知己のマナウスにひたりとよこした。
「え、えぇと。こっちが右でこっちが左‥‥だな?」
「‥‥着る服によって左右が入れ替わったら、世界は迷子だらけだと思うが」
「だ、だって私は初めてだから。‥‥うん。『だいたい』分かったわ!」
がつん、と、仁王立ち。たしかに「だいたい」分かったようで、要するに残りの二割ほどがけっこうな問題なんである。巫女装束はどうにか無難に着こなせていたものの、上着代わりの法衣はまだいいとして、あたまのウィンプルが提灯に釣り鐘。曰く、これがないとおちつかないそうだが、あってもどうせおちつかないようだったので、とりやめる。
「どうかなっ?」
マキリ(eb5009)、ルストに釣られて、彼を査定の係とみたか、マナウスの目先でくるりとやる。むろんきちんと巫女装束、ちょいとぶかつき気味なのを組み紐でくくってたくしあげる。コロポックルの服飾には、実のところ、さほど形象上の男女差がないから、「これってふつう女物だ」という承知のないらしく、ジャパンの民族衣装を扮したのを無心に喜んで。
「本来、男は許さないところなんだが‥‥まぁよかろう」
「えへへ、ありがとっ」
褒められてはいないのだけど、マキリははにかんで。マナウスにとってむしろ許容範囲でなかったのは、別の、
「‥‥さすがにあかふん君の分の巫女装束はないのか」
と、剣呑に呟く華宮紅之(eb1788)の相方の――身替わり人形の‥‥。
――あかふん君のがないなら、つくればいいじゃないっ。すでに痺れるような赤色は着付けているのだから、あとは醒めるような白さえあれば、そこで、只の白布をもちいるでなく、すでに形のある褌からどうにかしようというのが、紅之の紅之による紅之のための、あかふん君。よく分からない。つかそれではむしろ、しろふんク(消去)。
「オ姉サン、縫イ目ガガクガクダネッ」
「‥‥(みにょーん)」
「うっうっ。巫女を見ようと思ったら、褌まで目に入る」
泣くな、マナウス。明日が、ある。たぶん、ないけど。
「あら、みんな。上手に着こなせたみたいねぇ」
くす、と、梔子陽炎(eb5431)があでやかに笑む。
「クロウ君から調査結果を拝聴したことだし、さっそく捕まえに行きましょうか」
てのひらを朝顔の花のかたちに丸めてあーだこーだと、彼方からお知らせするクロウへ秋波「だって側に来てくれなくっちゃお礼ができないじゃない?」でもこのたび捕まえる対象はあくまでもすねこすりなわけで、たった今、クロウ・ブラックフェザーは捕まえなくてもいいのだけども。
「そうだ、そうだ。礼はいらない、平和をよこせ!」
「あらぁ。そんなこと言われると、是非ともイイことしたくなっちゃうじゃない?」
そして、少しばかり遅れてきた、何故だかてんから衣装のそちこち毛羽立ち気味のジュディもくわえ、巫女変態「オ姉サン、ソレハ『戦隊』ダヨ!」「‥‥(平仮名なら)一文字違いだ、許せ。巫女善哉よりは、的を射ている」意外とおいしそう、は今日も行く。
あさだ、あーさーだーよー、往来には魚群のようにじわじわと人の集う。そこへ、八人ばかりの巫女姫、って姫? マキリに、それから冴も、そして冴の哀れむ生類たちも引き続き、亀のかめ(名)猫のみこ(名前だってば)、彼等もきちんとおしゃまして、うん、きっぱり妙だ。壬紗姫は体裁の悪さを隠すように、真っ赤な顔をうつむけた。
「父様が生きていらっしゃれば‥‥きっと大笑いされるのでしょうね」
すると紅之、ずばりとすげない口ぶり。彼女らのまわりを遠巻きに野次馬が囲むのを、あごでしゃくって、
「気を落とさなくともよい。私には死者の事情は分からぬが、生者はほれ、あちらからなまぬるく見守ってくれている」
「うぅぅっ」
幽霊の浜風、止めを押された。壬紗姫、もうこうなったらヤるか、ヤるしかないのか、ヤの字は噂のほこづくり、隷下の荷馬の桜花から刀や小太刀をいまにも引き抜かんばかり、と、そこへ、
「来ましたか?」
ジュディの云うように、
どこからともなくぱらぱらと、白いの白いの、きゅーうきゅーう、ふわふわふわ、時折つぶらに煌めくのは御影石のような彼等の目玉。
『きゅん♪』
そして、謎の効果音。――壬紗姫はおもむろに客気にはやった右腕をおろす。きゅん。どうやらそれ、壬紗姫のみぞおちからまろびるようで、きゅんきゅんとどろく胸を押さえる。
「これが、すねこすり‥‥」
「えぇ、すねこすりです。あぁ、ねこねこ‥‥」
「わー、ほんとうにもふもふしてるー。もふもふって呼んじゃダメかなぁ?」
月光の幻術の糸を切るのも忘れて翼のような横列にひろがるすねこすりにうっとり見惚れる冴、鷺色の真綿が十ほどきゅいきゅいするのを楽しい舞台でも興じるように見やるマキリ、ルストは、ほぅ、と珍しそうに見下ろす――のも物足りなくなって、うずくまる。
「へー、こいつらがすねこすり。かわいいな。ほら、来い来い♪」
ちょいちょいと人差し指でさしまねく。と、彼女の意中がつたわったのだろうか、ただし彼等のお目当てはやっぱり下腿なのだけれども。一匹、それとも一羽か? よちよちと滑るように駆けてきたかと思えばするすると、幸運のつっかえ棒もすねこすりの愛らしさのまえにはかなうまい、ごてん、と、ルストはごく自然にのめる。ところを陽炎、まずは一体捕獲。
「んふ、積極的な子は好きよ。でも、ちょっと焦りすぎねぇん?」
ちょん、と、すねこすりの鼻面を突く。と、きゅい、と、まるで玩具の笛のような鳴き声をたてる。
――壬紗姫の闘心、ぼっと火が点いた。
「一条院の名に懸けて、必ずやこの手で捕獲してみせましょう! そして思う存分、抱きしめてさしあげます!」
「きゃんっ」
たぶんそろそろ本気で壬紗姫の父君、草葉の陰で泣いている頃(「一条院の名はすねこすりと同値か」ってな?)、巫女特訓の成果だジュディ、いっぺんに四体も引き寄せる! ‥‥で、逃げられるわけが、ない。
「ちょ、ちょっとっ、一斉にこっちにきゃんっ、つ、捕まえなくてきゃんっ。やだ、袴の中にきゃんっ。助けきゃんっ」
と、しまいに小さくうなされたときのこと。とうに転倒の犠牲になって、真っ白な毛皮のすずなりのただなかどこか幸せそうに行き倒れる。すねこすりの摩擦がゆきすぎたか、ずるっと袴がゆるけて滑り落ちて――‥‥、
紅之は、おぉ、と拳を打つ。
「なるほど。袴をたくしあげておいたほうがすねこすりのためかと思ったが、それも良い手だ。見習わせていただこう」
「だ、ダメよっ」
清音、すねこすりを絡げるために用立てておいた鞭を、紅之がずらそうとしたから、そちらにしゅるりと流すように滑らせて――たいへんですね見廻組、京の風紀のために今日も努めてくださいませ。とかやってるまに、すねこすり、ざしゃー。清音も、ざしゃー。眉間からごそりと打ち付ける。
「ふぎゅ‥‥っっ痛〜〜。か、かおが〜〜でも、負けないわよ!」
「だいじょうぶですか?」
女性の容貌に傷をつけては一大事とばかり、冴、清音に手を添えて、
「焦らず、逸らず、順々にこなしていきましょうね。すねこすりは逃げてゆきませんから」
微笑む。あぁ、それは薔薇の莟のおっとりとろけてゆくような――すまん、正直浅薄だ。だって冴、やっぱり赤と白、巫女装束、薔薇になぞらえるのは浅はかだった。
陽炎の、濡れ羽の瞳が妖しく、ぬめるように光る。
「‥‥あぁら。私がそっちで負けるわけにはいかないわね」
清音の目を盗み、陽炎、はらりと巫女装束の身頃をそろりとくずす。氷の山を減らすように、そうぅっとそうっと音もなく一枚ずつを、と、間近なすねこすりの一匹、何事?といった好奇心のいっぱいの目で陽炎をみとめたかと思うと、彼女もいちおう巫女装束、見えぬなにかに気圧されながらも詰め掛ける。が、すねこすりにもきっと経験値というのがあるのだろう、生きとし生けるものは等しく心得ておいたほうがいい、綺麗な花には棘がある。
「あれぇ‥‥やん、血が‥‥はい、捕まえた」
「もらってくねー」
すねこすりのふわもこ感おもいきり愛でようと、だきゅ♪するマキリ。綿毛へ顔をうずめれば、大地の香りにくすぐられる。
「えい、えい。すねこすりこすりしちゃうよー」
「マキリ君、もっと大きくなったらお姉さんとも遊びましょうねぇ?」
「ん? うん、俺立派なカムイラメトクになるよっ」
「すねこすりたち、御覚悟! 夢想流の神速の技をから逃げられるなどと思わないことです」
夢想の真義は、火を抜き水を断つ居合いにあり。壬紗姫は地につくばいながらも一途にそれを閃かせる、右を左を余すところなく尽くし、掬って、飽満する。
「うふふふ‥‥ふわもこ‥‥もふもふ‥‥」
――草葉の陰に、夢想流の開祖を追加してもよいかも。
「‥‥悪いが、もらっていくわ」
「あ」
ひょいとルストが壬紗姫のをとりあげて、袋詰めして一丁あがり。
「狭いだろうが、勘弁してね。あとでお詫びに私のすねを好きなだけこすらせてやるからな」
「きゅう」
「もし。よいか?」
つかつかとそこへ詰め掛けて、紅之、泡沫の夢の銀砂をふりまく。
「うぅむ、寝顔も愛らしい」
紅之、つくづく袋の中身に、銀砂あざむく溜息を。
「あかふん君はふわもこでもなければ、くぷくぷと寝息もたてないし、ひなたぼっこの昼寝の相手もしてくれないからな」
「ガァンッ!?」
「よし、次ばっち来い! 巫女艦隊の底力を見せてやろう」
「オ姉サン、ソレジャ七ツノ海ヲ制服(誤字にあらず)シチャウヨ」
てな顛末の末に十匹つかまったわけだが、あとはどこぞに放逐するばかりだけれども、まずは念のため、冴が月の銀を借り、彼等の本心を問うてみた。
『みこーすねーみこーすねーにゃー』
「‥‥はぁ。にゃーって、にゃーって」
ぽわんと冴が頬をかがやかせるのは当然月精以外の理由で、もはやなんでもよくなってるのだろうか。要は論理だてて動機を解けるぐらい、すねこすりらの知能はよろしくない。
「以前巫女様に助けられた事がある、とかでしょうか。それとも‥‥人とすねこすりの壁を越え、巫女様は憧れ。永遠の浪漫、というものなのでしょうか‥‥」
深いです、と、しみじみ呟くジュディ、深いですねぇ、と清音。
「にゃーって、にゃーって。‥‥こほん、とにかく山にはもっと素敵な巫女がいますから、いっしょに付いてきていただけませんか?」
『すねーみこーいいよーにゃー』
「はぁぁ、にゃーってにゃーって」
――まぁ、とにかく逃がすところをどこにするかというのが肝要なわけで、いろいろな手伝いがそちこち巡ってきてくれたのだが、レーヴェ・フェンサーは小柄よりまだ小さい体をいっぱいはためかせて、アルベル・ルルゥはイギリス伝来の箒にまたがってそちこち巡り、たとえば秀真傳などは、
「いいところがある。それは我が家ぞえ、住処に友達も用意できる」
「ひとりじめはうらやましすぎるから、却下。私だって一匹くらい持って帰りたいもの」
いけないんだよ、清音。見廻組がそんなこといっちゃあ。
帰する所は高槻笙が足をはたいて得た地、それでそこへ連れて行くことになり――こころよく引き受けられることとなって、めでたし、めでたし。いや、この幸福な結末にはいくばくかの続きがあった。
「え、ジャパンの着物って男の人と女の人で分かれてるの?」
そう、ようやくマキリが事実を知ったのもまたひとつ。
――後日、
「あれ、」
「おや、」
複数の冒険者ら、依頼なんぞあるわけもない日付、やけに懐かしくも顔を見合わせる。それはあのときと同じように、信心深げな、紅と白の抱き合わせ。名実ともの巫女のいる地で、巫女の真似事にいそしむばつの悪さよりも、ふわ・もことの再びの接見のほうが勝る。夏の山は青く、夏の空は澄み、すばらしきかな、みねこすり?
「うむ、さすがは巫女漫談」
「オ姉サン、モウ『ん』シカ合ッテナイヨ‥‥」