●リプレイ本文
江戸復興祭。いともあでやかな光と色、ありったけの魂の熱狂と交歓が江戸という器にそそがれる。
新撰組の役職をいっとき投げてまで東都へと駆けつけた、あぁいやむろん内緒、天螺月律吏(ea0085)、渾身をふりしぼり、欣喜雀躍、くーる・くるくると倣わすのである(謎)。
「久々の江戸! 祭り! 燃えっ! 呑むぞ、踊るぞ、墓参りもするぞーーっ!」
「え。萌えてもらえないから、燃えてるの?」
まぁマテ。心をひろくもて。人妻なんだから。余談ですが、お堀盆踊り狂騒(←もとい競争)優勝おめでとうございます。
「‥‥‥‥」
刃傷沙汰がいけないのなら『例のモノ』ならばよいのだろうか、と、柳花蓮(eb0084)、子鳩のようにあどけない表情にそんな思いを秘めて、しかし彫塑のごとき流転にとぼしい面差しにはそんな片影はちらともきざさず。せっかくの座興のひととき、流血はよそう、喜楽をはじめよう。風斬乱(ea7394)が一寸見つっけんどんながら、実に分け隔てなくふるまう、蝦夷の御酒と紀州の梅干しは人々の耳目をそそり、喉の首尾をなめらかにする。
「どうだ?」
「私ももらって、よろしいのでしょうか」
「かまわん。あとで奏曲をきかせてもらえるのだろう? 前払いだ」
雑踏へとろとろと壺天の夢を見るまなざしを送っていた、レーヴェ・ジェンティアン(ea3886)の白い頬に、ぱっと薔薇色が咲く。梅干しを小さくかじり、丸呑みにするものだ、と、からかわれたりもしたけれど。
では、道具供養の初っ切りはどなたがおこなう?
「あぁ、俺」
馬の世話もあるから先に済ませてしまいたい、と、湯田鎖雷(ea0109)が背嚢をあさるあいだにも、衆評は背なに容赦なく――‥‥。
「抜けた頭髪の供養だぜ」
!
「案外くたばった地肌の祈祷かもしれない」
!!
「それとも、効かなかった養毛剤の成仏をねがって‥‥」
「俺は寝た子も起こす、立派なふさふさだーーっ!」
「ミーのように認めてしまえば楽でござろうに」
暮空銅鑼衛門(ea1467)が盆の窪のようなてっぺんを撫で付けながら、ぼそりとひとりごち。
――‥‥鎖雷、ぜい、ぜい、と肩で息。話が前後した。これ、について語ろうとする手前にぶんぶんやらかしたため、ひとまず尋ねたかったそれを先に口に出し、
「ど、どうだろう。獣くさくはなかったろうか?」
鎖雷、石部金吉をあざむく一途さだが、つうか、あの状況で聞きわけられたら、それこそ狐狸。聴衆の、薄氷を目の当たりにしたような、しん、となんとも剣呑な静粛をどうとったのか、鎖雷、満足げにひとつきり合点。
「これは、今は無き「湯田家」に(「湯田『毛』?」というツッコミが入ったが、洒落にならんので割愛)鏝で、銘を『夏切丸』という‥‥というのは真っ赤な嘘で、たんに幼い頃からの愛用品なのだが‥‥一昨年の夏祭りで妖狐退治に使って以来、どうも獣臭さが抜けなくなったようでな。が、気のせいならいいんだ!」
花蓮、一連の所行を見つめる、深閑な青い瞳に波がひときわ高まったようであった。
「世はあまねく鈍器です‥‥」
じゃあ僕も、と、コンルレラがひらめかす小刀を越してなお、夢見る少女のつぶやきは物騒な微熱を帯びていたが、それは誰にも気付かれることなく。
「よろしくおねがいいたします」
御神楽絢華(eb5727)。太陽にまで突っかかりそうにたわわな胸をうっとうしげにやりくりし、頭を下げる。すると、これです、と、彼女がひらめかすそれとはちがえる方角に視聴がつどってきたが、絢華、いったんこぼれるように満開の笑みを咲かせてから、め、とわずかにきつくし、
「この鈴‥‥我が家の蔵にあった品なのですが、わたくしより大分早くに冒険者を始めた妹と二人で分け合ったものなのです」
法力をいただく神楽鈴、朱色の把手のみよしの三段、鈴鐸。かろくひねると、涼しく輪が広がる。
「我が御神楽の家は志士の家系。わたくしは風、妹は火、それぞれ操る精霊は違いますが共に学んでおりました‥‥その折り、蔵からこの鈴を見つけ、互いの精進のためと分け合って今に至っております」
往時へふければ「ああ、懐かしいですね、あの修練の日々」絢華の片手、おぼえた印契をゆらゆらとたどる。
「妹は飲み込みが悪く、よく雷剣で仕置きなどもしましたが‥‥っと、今はがんばっているものと思いますよ、はい。しかし、風の噂に聞けば妹も京で名をあげているようですが‥‥そういえば、鈴を持っているのを見た話を聞きませんね。‥‥姉との絆をなんだと思っているのでしょうね、えぇ 」
あ、なんか。やばい。
手。風精の緑、雷電の紫。光は回転灯籠めき、ふらふらゆれる。
そこで、どくたーすとっぷ、ならぬ、銅鑼衛門がすかさず、
「鈴仲間のよしみ、ミーの『秘滅道具(ひめつどうぐ)』で鎮めてしんぜよう!」
乱、一手でおくれたので、舌うちしつつ鍔に置いた手を下げる‥‥みなさま、らぶあんどぴーすをたいせつにね?
それはそうと、鈴仲間、というのは銅鑼衛門の被服にあった。死闘(嘘、大げさ、紛らわしい)の末にある京都のハーフエルフによってもたらされた『まるごと猫かぶり』は、全体を水色で統一、胸から腹にかけての楕円が真っ白い、耳ないし、おまけになんといっても襟首のあたりを鈴つきの赤い首輪、本人曰く「不良品?」それはそれ・これはこれでっ。
彼は、その、なんちゃら道具をとりだすべく、荷袋をてさぐりしてみれば、と、
ちゃらららー♪てな、虹色の効果音。
「ここが祭りの会場か。苦しゅうない、余にも馳走をもってまいれ」
「銅鑼衛門さん、余所様に迷惑はかけてませんか? 羽目をはずしすぎてはいけませんよ」
「ど、どうりで重いと‥‥いや、思わないでござるよ。ミーのばっくぱっくは四示現(よじげん)でござるからな!」
示現とは、示現流。とどのつまり、銅鑼衛門のばっくぱっくこそ、第四の示現流奥義だったんだよ! な、なんだってー(いろいろ省略、そもそも大嘘)。
「‥‥まとめて斬り捨てていいか?」
「ぜひ鈍器で‥‥」
「雷剣でしょう、雷は西洋で神の裁きだそうですから」
らぶあんどぴーす。
ヤングヴラド・ツェペシュや黒者栗鼠ごと、銅鑼衛門連れ去られて、一件落着?
楽器つながりなら、というわけで、お次は御影祐衣(ea0440)。そこにいたるまで、ちらとでも口の端にのぼらすことすら気の引けて――けれど、そんなことはおくびにも出さず、乱のもてなしを相伴になりながら一隅でじっとしていたのだけど、順番がまわってきたと知るや、浮き足だってそれを特急で飲み下す。
「うっ、がほっ」
「そこまで慌てなくても、誰も急かしたりしないから。ほら水」
で、ほぼ自然の摂理でのどにつまらせたところへ、大神森之介が背をさする。――しばしお待ちを。
「不格好なざまを示して、すまない。私が供養してもらいたいのは、これだ」
だから、祐衣の目の色が白いような黒いような、顔色が赤いような青いような、半々の奇妙なわりあいになっているのは先程のほとぼりがまだ冷め切っていない、それだけのことなのだ。祐衣はとりあえる、琵琶を一面、「檜皮雅」の銘の、濃やかな檜色の表に帯と伸びる螺鈿の紋がうつくしい。
これは京におられる従兄弟におゆずりいただいたのだが、と、言い掛ける祐衣、歯切れはよかったが、琵琶を支えるのとは別の手で、森之介の袂をぎゅっとかいこむ。むろん観衆からは目に付かないよう最大限の気はつかった、つもり。
「京に程近い所に雅の某という琵琶の上手がいたらしい。宮中で奏した程の腕で更にその琵琶が良い音を出したとか。然し妬み嫉みに巻き込まれその地位を追われた某は庭の檜で首を吊ったという。その直前口惜しさの余り唇を噛み慙愧の血の涙が琵琶にかかった。その血はどうしても落ちず濃い茶色に塗りなおしたという」
戦場での名乗りのように息継ぎらしい息継ぎも入れずにまくしたてれば、どうしたって喉が渇く。森之介にもらった水がまだ余っていたな、と、ごくりと再び流し込み、どうだ云えたぞとばかり森之介を振り返る。――しかし彼の手元で、祐衣に渡したはずの湯飲みがほっこり。
「祐衣、それはお酒」
「えぇっ!?」
武士の十八歳は飲酒をするにやぶさかでない――‥‥、
「そうだ、私はおとなだから怖くない。ほんとうに。総一郎兄様からいただいた琵琶が、怖いわけあるものかっ!」
その証憑に、
ざんっと撥をおろせば、木枯らしが朽ち葉をさらうように、せつない物の音、嫋嫋と、うずをえがいて周縁をすくう、だが哀しいかな、律動を成すまでにはいたらない。ぐでっと、
「申し訳ありません、あちらで休ませてきますね」
祐衣がうつぶせてしまったので。森之介はよいしょと祐衣を抱え上げて、一時退場。
「かの立派な鳴り物のまえではお恥ずかしいばかりですけれども」
と、レーヴェが立てるのは、なんの変哲もない、蟻の隊列から借りてきたように並みの三味線だ。それをレーヴェ、まるで我が子のように大事にさばく。
「私がジャパンに来たのは、ジャパンの楽器の、音色の素晴らしさに惹かれたからなのです。故郷に訪れたジャパンの方が弾いていた三味線が、ジャパンの音色との出会いでした。その音色に心奪われて、私はジャパンの地を踏んだのです」
話の合間に糸巻きをくるくる回す。わっぱが独楽いじりするような、無邪気。
「ジャパンの楽器は‥‥三味線の他にも、箏に琵琶、鼓、横笛や笙‥‥どれも素晴らしい音色で、正直を申しまして、初めは何をとるべきか迷ったほどです。ですが、やはり憧れの三味線を、と思い定めて手にしたのが、この三味線です」
これを手に出来て幸いだ、と、レーヴェはあわい肌色が酒もないのにのぼせて、桜桃のかぐわしさ。
――私の鍛錬の成果に、しばしお耳を拝借ください。
撥音、琳琅して竹林をわたるように、聴衆のまにまを凛々駆け抜ける。
さてレーヴェの楽の音のとぎれぬまに、幕間をば。
「フェネック。おまえってずいぶん小さかったんだな」
「‥‥え?」
「ほら、これ」
フェネック・ローキドールからまた逢う約束にと受け取ったリリスの指輪を、鎖雷は指の先でころりと引っ掛けた。輪っかの透き間から、鎖雷のめひひひひん、フェネックのサライ、二頭の馬はなかよく飼い葉をつつく。
「俺の小指がどうにか入るくらいじゃねぇか。少しは鍛えろよ」
「じゃあ鎖雷さんは、僕の指が腸詰めみたいに太いほうがいいと思いますか‥‥?」
「い、いやっ。そうじゃなくってだな。骨と皮も嫌いじゃないぞ」
「‥‥僕って骨と皮ですか?」
息子よもうすこし話法をみがけ。がけー(さら・フェアリー分)。湯田直躬の祝祷は空回りに終わりそうだ、罰当たりが多すぎる。
「はっはっはっ。仲良きことはうつくしきかな」
呑むぞ、の宣言どおり、じゅうぶん呑み尽くした律吏、馬らの向こうで、新撰組から刺客をおくられてもおかしくないような大回転の芸事を疲労、もとい披露している。
きゅう、ばたん。
「俺の番か‥‥」
専門五を上回るのってどんな呑み方したんだ律吏、祐衣もいまだめざめず夢魔の中、そしていちおう酒を饗した乱としては、どことなく責任感も感じてしまう。途中で倒れるならともかく、はじめから倒れてるヤツはどうしよう? しかも己の呈した酒で(でも、半分以上は当人らの負いがある。まちがいない)。墨色の目に剣よりするどい光を刷きながら、これで義理堅いところも多いのだ。
「これを‥‥」
花蓮が、代わりに使ってください、と供したのは、聖ニクラウスを模した、ドワーフ人形。
――‥‥断るのは、たやすかったはずだ。
「俺は‥‥この日本刀について語ろう」
殺る男、乱、ほんとうにやった。人形に刀を――深山のごとき霊気を放射する漆黒の刃を、突き付ける。それはほのぼのと殺伐の、世にも珍しい融合体――見学の皆様にご連絡です。緊張感が迷子です。
「といっても話すべきことは多くない。この刀で守りたかった男は、この刀で刃を交わしたかった男はもういないからな。勝ち逃げされたものでね。この黒刀はアイツとの誓いだ、『必ず追いつく』と言う」
「ん‥‥」
「起きたか‥‥。よかったな、またひとつ尊い命(サンタクロース人形)が救われた」
「は?」
律吏、なにがなんだか知るわけがない。その律吏の送るのも、また、乱とおなじく功徳あらたかな刀剣だ。これはある人喰樹にささっていたものだという、むろんその喬木はもはや人をおそったりはしない。
「元の持ち主は誰かは分らない。その人喰樹を倒そうとした冒険者たちの誰かがこれを使っていたのだと思う」
しかし、今、剣をもつのは律吏だ。
「この刀には、その人喰樹ならびにその周囲にいた死人憑きに屠られた、気高き意思を持った冒険者たちの心が宿っている。私はこの刀を見るたび、彼らの思いを心の内に蘇らせ、そして自分のあるべき道を見定めようと心する。これは私にとって戒め――そして希望」
だから、ぜひ清めて欲しい、と。
そういうことなら、僧侶におねがいするがよかろう。黒派だけど、の、花蓮。彼女にあずけるやいなや、律吏、数度目のばったりと塞ぐ――酔ってたんですかっ。
「その前に、私もおはなしを‥‥」
ものは、花蓮が乱からとりもどした、西欧の、幸せをもたらす妖精を模した鈍器――なのか、お人形なのか。
「ゴブリンに投げつけてゴブリンを追い払ったことももあります‥‥」
「はぁい。竹子蓋、竹でできてないでござるけど!」
「このように‥‥えいっ」
鈍器、なのに、放り投げたりして。
それももののみごとに、フライングブルームで絶賛飛空中の銅鑼衛門にど命中したりして。
錐揉みを描いて落下する銅鑼衛門を背景に、このようなものもございます、と、陶器の招き猫をあきらかにするが、状況的にどうみたって、彼の墓標。
「‥‥唄もあります」
鈍器を買うならこのお店〜♪ あなたの街の鈍器屋さん♪
ど・ど・ど・鈍器〜♪ 鈍器宝店♪
「これはペットのドンキー。そして次回予告‥‥『ひらけ! 鈍器っ忌』をお送りします‥‥」
「止めて欲しい?」
「‥‥ほんの少しだけ」
楽しませてくれた礼に、と、地下空洞から掘り出された少々奇特な面頬はレーヴェにゆずられた。これも律吏の剣のような忘れ形見なのか、それともたんなる落とし物なのかは定かでないけれど。
「心を痛めても、人々のために痛める懐がないのが悔やまれますけれど」
少しは気晴らしになったでしょうか? 絢華ぐるりを見渡せば、晴れやかななかに、どことなく不穏。熱射病(ということにした)から醒めた祐衣に、花蓮が、いっけんは硬質な顔付き同士が、なにやら胡散な話し合い。
「祐衣さん。よろしければ、その琵琶で鈍器宝店の唄を弾いていただきたいのですが‥‥。幸せもいいですが、呪いと鈍器‥‥すてきです‥‥」
「(ものすごく逃げたい)(だが、逃げられない!)」