●リプレイ本文
●予告(始まってもないけど)
「次は姉さん女房や幼な妻はいかがでしょう? 」
「リューシャ様のもよいですけど、雪紫は巫女茶房や忍者茶房がいいと思いますです☆」
あるのか!? やんなきゃいけないのか!?
アミ・ウォルタルティア(eb0503)の疑問「水茶屋は、お水を出すお茶屋さんですか」が解消される日が来るのか!? ちなみに、ただの茶屋ではまぎらわしいので、茶っ葉をさばく店を「葉茶屋」煎れた茶を売り出す店を「水茶屋」と、分けてるのです。
「次回! 『新妻は祝言から二年までは、許可される』をお楽しみに!」
それはあんたの現状だ、天螺月律吏(ea0085)。
●やっと本編(準備編)
ぺかぺかと澄み切った青空を眺めれば、我が身の周辺も徹底的に磨きたてたい心映え。年の瀬には合間があれど、今のうちから手を付けておくのも悪くはあるまい、ましてそこが客商売の遣り場なら。
「きゅっきゅっきゅっ。トンテンカン〜♪」
依頼人から拝借した木槌をいとも楽しげに、こぉん、こぉん、と、ふりまわす――そして、たまに道具を墜落させて、下で見守る伊庭馨の人生までをも削ぎとる――林雪紫(ea6393)は、依頼人の『がたぴし』な店舗の屋梁にあがって修繕にいそしみ、いや、これは雪紫が言うには、
「お掃除です☆」
文句無しの「家事のさしすせそ」の一つをやっつけているだけで、
「花嫁修業の成果を見せるときなのですよ☆」
板葺き屋根のてっぺんからでも、京都盆地をにぎやかす様々な物事が目に映る、たとえば、レベッカ・オルガノン(eb0451)が呼び込みに励んでいるのやら。辻占い師に扮した彼女は、赤い髪の侍、しかしてその正体は新撰組一番隊隊士その他(省略)、を呼び止める。
「そこの貴方、そこの茶屋で運命の出会いが待ってますよ」
「それは興味深いな(というか、なぜ私が‥‥)」
けれど、相手は律吏だったりして。だって「どうせなら、爽やかで顔の良さげで出世が確実で(以下、略)」つーから。
「(しっ、サクラなんだから、真面目に相手して。ほら、なんだか黄金虫ーっぽい人が来たみたいだから)」
「(うむ。しょっぴけばよいのか)」
「(‥‥ちょっと違うけど、それでもいいや)」
雪紫、さらなる脇見に乗り出そうとすれば、案の定、屋根をごろごろんと転げて落ちかける――だが、問題は、ない。雪紫はこれでも伊賀の忍び、とても身軽だから、くるくるしゅたっと着地するので‥‥くるくる(まわっているうちに、頭が下になる)しゅたっ(もとい、ぐしゃっ。頭から激突した)。
「‥‥‥‥」
「すなおに痛いと言ってしまったほうが、気が紛れると思います」
「ものすごく痛かったですー」
もはや個性だった。想定ずみ、実に達観した所感で、馨は雪紫を介抱する。
ところで、せっかくの新妻茶房なのだから衣装もきちんとしておきたい、リュドミーラ・アデュレリア(ea8771)をはじめとした、各位の御意見。
「色とりどり、様々な格好した人が居るお店にすると、賑やかになる気がしますですー」
ひよこが背伸びするように、という連想は彼女の菜の花色の髪からきているのだろうか、ぱたぱたと両の手をはためかせながら、アミが案を出す。リュドミーラ、物憂いように黒髪を垂らしながら顔をかたむける、だが、ひたひたと湧き出す、楽しい予感やとりどりの連想で、蜜色に双眼は煌めいた。
「振袖は未婚の方の着物らしいですから、かといって、留袖ではちょっと堅苦しいかもしれませんし。小紋‥‥でしょうか。沢山の色柄がそろえられますし」
「ふみ。小紋も面白そうですけれど、私はちゃんと支度してきたですから、そっちにするですよー」
「楽しみにしております」
リラ・サファト(ea3900)が心の底から賛助する。アミが嬉しそうに、いよいよもって、ぱたぱた、と。リラ、微笑みに目を細めると、私にも工夫があります、と、彼女にしては情熱的な言い回しで提言した。
「でも、抑揚をつけるために、どこか一つだけ、お揃いにしてみるのもよいかもしれませんね。真っ白な前掛けやたすきを、透かし編みで飾ったり、ふんわりと襞を寄せたり‥‥」
「フリルにレース‥‥。素敵ですね。では、結い髪にリボンを飾ってみるのはいかがでしょう?」
「いいですね。きっと、かわいいですよ。そうですね、リューシャさんでしたら色は瞳に合わせて‥‥」
種族や故郷を問わず、女性とは、やはり、この手の主題を好むらしい。どちらかといえば談判の受け手に回りがちのリュドミーラや、いつもは空木のほころぶようにおっとりと笑むリラが、人目がないというのもあったけど、そのときばかりはまるで、打ち寄せる波のざわめきがいつまでも続くがごとくに切れ目なく話をはずませているのを、御神楽澄華(ea6526)、ぼぅ、と、それを眺めやる。
‥‥レースというのは、西洋織りの一種でしたでしょうか。西洋貴族のこぞって惚ける糸の宝石すら、澄華にとってはこんな具合。だけど、知らんぷりではすまされないようだ。手ぶらな彼女がどうするのか、を放っておくほど、気の回らぬ面々ではない。
「澄華様はどうなさいます?」
「わ、私は。え、えぇと‥‥献立でも考えようか、と」
「いえ、そうではなく。どのようなお召し物になさいますか?」
そういえば、これ、と、考えていなかった。心象に近いのはある、かつての両親がそうしていたように――そのとき母はいったいどんな着衣をしていただろう?
「え。えぇと」
「私と色違いの着ますですかー?」
アミの申し出にも、澄華、咄嗟には答えられぬ。えぇと、えぇと、口籠もるうちに、風向きはアミのほうへ流れているようだ。
「そうしましょう、そうしましょうですー☆」
澄華に懐くエレメンタルフェアリーの出雲まで、何を気に入ったか、ましょーましょー、と誘いを重ねて、これでは引くに引けぬ。澄華がこくりと俯くと、リラ、もう一度、楽しみにしております、と繰り返した。
●本編その弐(本番編)
アミは、ジャパンと、ジャパンを潤すよもやまのが大好きだ。だからこの依頼を受けたとき、とても、とても、どきどきわくわくした。大根(←未婚、と云いたかった)ではあるが、頑張って新妻さんになってみよう、と、心に決めた。
「新妻さんというのは、清潔な感じがしますから、そういう服装がいいですー」
というアミの見立ては――巫女服。澄華はそれだけでどうにか堪忍してもらったが、アミ自身の気付けはこれに、市女笠や薄絹の単衣までがくわわる。
――‥‥清潔には、違いない。けれども、やっぱり、なにかが違う。この依頼の内訳を聞かされたときとよく似た違和が、アミにそれを見せられたときから、澄華の中にあったのだけど、まさかアミがそんな悪巧みをするわけはなく。アミと同じく、澄華も決める。
「引き受けた以上は、全力でこなすのが士の務めです」
今、巫女だけど。新妻、どこいった。
一方、雪紫は――‥‥、
「じゃん、ですっ☆」
そのとき誰もが顎を落とした、もしくは、間欠泉のごとく茶を盛大に噴き上げた。あぁそういえば雪紫はこのまえ頭を打っていたな、と、思い返した。彼女の服装はたった一言でまとめられる。秘技「はだかえぷろん」。
「‥‥そうか、秘技か。その破壊力は、この目でしかと見届けた。リラのようなふりふりはつらいが、これなら私も」
「律吏さん、私は、貴女が屯所で腹を詰められるところは見たくありません。雪紫さんも、こっちにいらっしゃい」
馨に引きずられて雪紫、強制退場。店が始まるまでには、帰っておいでね。
奇しくも律吏のつぶやいたとおり、リラやリュドミーラは揃いのひらりふわりと、けれど、リラがレースの要素を多めにしているのに対し、リュドミーラはリボンが焦点だ、見せ合いや挨拶の交わしっこは女性特有の社交、けれど、それにもかまけてられない。
「お、客がもう来てるみたいだ。待たせるのも気の毒だ、開いてしまおう。リラ、行ってこい」
律吏がリラを押し出すようにして、店内に放り出したのはわけがある。最初の客が、藤野羽月、だったからだ。
「い、いらっしゃいま‥‥じゃなかったです。『おかえりなさい、あ・な・た』」
リュドミーラに教えられたとおりの口上を切った途端、リラはもう真っ赤になって、木盆に顔を隠す。ここは、家じゃない。彼女の後ろでは、これからの接客の参考にしよう、と、息を詰めて見張っているのがよく分かる。正気ではいられない。
「じゃあ、注文を」
「は、はい、どうぞ」
「我が妻を」
また羽月があんまりさらりと云いのけるので、リラは完全に茹で上がってしまった。厨房へ逃げるように舞い戻ってしまったリラに替わって、リュドミーラが喉をしめらす分のお冷やを羽月に注ぐ。
「ふぅふぅしてさしあげましょうか?」
お冷やはお冷やだから、これは、からかい半分だ。また羽月もしれっと「その幸せは他のものに分けてやってくれ」となかなか堂に入っている。これがお手本なのだ、と、リュドミーラは感じた。
「あれこそ新妻というかんじですねぇ‥‥」
あぁいう、はにかみ、や、はじらい、といおうか。そんなものが「新妻」には必要な気がする。
えぇ、誰とは云わない。
――可愛いだけが新妻じゃないのさ、と、やさぐれていた女侍とは云わない。どうせ私は二年目、執行猶予、と、いじけていた侍とも云わない。そのくせ、皿を運ぶのはやけに活き活きと楽しそうな誰かとも、云わない。
「しかし、こればっかりというのも、ちとなぁ。どうだ耳掃除ぐらいなら? だいじょうぶだ。万が一、耳朶を切り離しても、寺院がクローンできっと継ぎ接ぎしてくれる。傷は男の勲章だから、かえって箔が付く! おい、こんなに残して、どうした!?」
と、新妻のピンク通り越して、流血の真紅がよく似合うことやらかしてる侍とは云わない。えぇ。
リラが厨房が出てくるのは、案外早かった。「我が妻」なる献立を完成させたらしい。そしていまさらだが、なんとリラ、今日はここまで一歩も転んでいない。愛の力だ!
「は、はい、たんと召し上がれ」
でも、リラはリラだった。正しい皿を置けば、並んだのは砂糖を焦がしたような菓子の数々。いや、ほんとうに砂糖を猛烈に焚べてできあがったそれは‥‥えぇと。この時代の砂糖っていうのは原価が××で――この時点で、もろに赤字決定。羽月はしゃくしゃくと、茶の助けも借りずに、それを噛み砕いてみせる。
「ほろ苦いのも恋の味だね‥‥」
「あなた‥‥!」
愛の力だ。
そう、愛。
‥‥愛で金は超えられるのか?
「そう、今日の貴方のらっきーからーは黒!」
「きゃあ!」
が、さすがの愛も、突如の宗教襲来にはわずかなりとも仰天した。先の顔合わせには揃っていなかった――レベッカだ。墨染めの衣を頭で引っ被るという曲芸に、これで時間を食っていたのだろう、その上からリラたちの支度した前掛け。おまけに、もったいなくも、卒塔婆。「夫があんまり帰ってきてくれないんで宗教にハマった新妻」という設定らしいが、むしろ、自分が宗教そのもの。卒塔婆がいきなりぬっとあらわれたなら、そりゃ、怖い。
「え、あたし空気読めてなかった? ごめーん、まちがえた。お二人様ごゆっくりー」
てってってっ、とレベッカはその場は逃れて、やけに疲れ切った面立ちの客のひとりに目を留める。お、いいかんじだぞ。鴨葱だね。
――馨だが。
「ねぇ、貴方。やっぱ出世するには『どんぺり』を飲まないと」
「は?」
手のかかる義娘(気持ちだけ)から逃れて少憩をとっていた馨、しかし、場所が悪すぎる。店の中は、ぼったくり・入れ食い状態と等しくあった。レベッカは片手をあげて、赤髪の給仕を呼び止める。
「すみませーん、どんぺり一つーっ。って、『どんぺり』ってなんだろ。うどんがぺりっと剥がれて、どんぺり、とか?」
ははは、まさかそんなのないよねー。
が、今日の給仕を舐めてはいけない。律吏なのだ。
――なんでも運ぶ、と云ったからには、運んでみせる。それが現実にないものであれば、この場で作り上げるだけ。折良く切っ先に乗せる芸当を披露しようとあつらえておいた――なんで茶房で芸をしなきゃいけないんだ――刀まで携えている。
「ぺりっとしたうどんだな? 任せろ、私が今ぶったぎって!」
「うどんがぺりぺりですー。寺田屋にもない新しいジャパンの食べ物ですか? 私も楽しみです☆」
うわぁ、アミの純情がまだふつうに見える。
と、そこへ、
「えぇと、お水です‥‥」
澄華がお冷やを運んできた。助かった、と、馨は、一瞬、思った。澄華は今日の面子でまだまともといおう、巫女服はなんだが、本人には悪気はないようだし。
「あなた、あーん、してください」
「あーん?」
「はい、あーん」
澄華は湯飲みからお水を、馨の口内へじかに注ぐ。‥‥世の中には、あーん、していいものと悪いモノがあり、完全な液体は確実に後者に位置する。母上は父上に水まではあーんしていなかった気がする、と、肝心要のことを澄華が思い出したのは、両者ともにぐっしょりと濡れしょげたあとの祭りである。
馨は、まだ、よかった。が、慣れないうえにおそらく寸法も合っていないらしい巫女服を着た澄華は、ふっくらした胸の輪郭が指に触れそうなくらいにあらわになって――天国だが地獄だ、と、馨は音を上げる寸前。
「そんなときこそ、『わたし』です」
と、雪紫、こういうときばかり忍びの迅速を生かして、しゅたた、と、どこからともなく、今度はまともな小紋姿で現れる。
「『お茶にする? ご飯にする? それとも、わ・た・し?』」
「お風呂がいいです」
「わたし、ですね!」
はい、わたしです。と、手渡したそれの名は。
「たわしじゃないですか!」
「まちがえたです、こっちです」
と、普通の芋羊羹。たわしのほうが、まだ、実情に合っていたかもしれない。リュドミーラが、黒文字で取り分けてあげよう、という。あぁ、ちょっと待ってください。今、照明を付けますから。リュドミーラ自身が、ぽぅっと、桜色を燃やす。
「‥‥それ?」
「新妻の色です。はい、どうぞ‥‥あ、ごめんなさい。崩れてしまいました」
そりゃあオーラパワーで強化してたら、な。羊羹、崩れるわな。ってゆうか、皿まで切れるわな。粉々の木っ端微塵、まるで砂を掻き集めたようになるわな。
「でも、雄々しいあなたなら、きっと、陶器の欠片もあまさず食べてくださいますわね♪」
「あ、あははははは。はーっはっはっはっはっ」
「あなた、行ってらっしゃいませ。お帰りは左足からーっ!」
レベッカの、こんなときまで託宣がむなしく。運命を共にしながらどこかがずれた、そんな二人の男性は、肩を寄せ合わずにはいられない。
「あの店、繁昌するのでしょうか」
「リラがいれば、なにも問題はなかろう」
「‥‥すいません、訊いた私が莫迦でした」