●リプレイ本文
●練習
ざあっと一雨が去るごとに、コトゴトシク、と百舌鳥がはしゃいで迫り上げるから、秋の空は高くなる。暑気もようやくぬけた今日この頃は、シャラ・ルーシャラ(ea0062)にとっちゃ、はりきりどきだ。だから、今日の依頼だって、まず恰好からちゃんとしようと、シャラは知ってるだけの礼装を詰め込んだつもりで――でも、なんだか、やっぱり、ヘン。
手始めに、祭式には付き物の鉢巻を雛形どおりにきりりと捩じった、それはよい。――あんまり捩じりすぎて、ばたんきゅう、と、人事不省をやらかすまでは。天螺月律吏に手を借りて締めなおしてもらったが、あれはきつすぎる、これは髪の毛がひっかかる、で、ようやく辿り着いたのは――額に揚揚と蝶々結び。視界、ちょっと邪魔っぽい。
「えへん。あねさまにむすんでもらったんです」
まぁ本人は気に入ってるようなので。枡楓(ea0696)、ほぅ、と、つくづく眺め回す。
「ずいぶん独創的じゃな」
――‥‥こちらも「心眼」の二文字が颯爽と額をいろどる鉢巻に、人にもっとも身近な赤に染まったハリセンを両手にひとつずつかまえて、しかし身を包むは清らかな巫女服というのも、総合してじゅうぶん独創的といえそうだが、独創的すぎたせいだろうか、ツッコミの機会はとっくの昔に失われている。
「まぁ、祭りじゃからな。少しくらい羽目をはずすのもよいもんじゃ」
「ハメをはずしてるんじゃないんですー。今日のシャラはタイコのタツジンなんですっ」
「うん、うん。お祭り、お祭り」
おまつりだ♪ と、裳裾をひるがえしてはしゃぎだしたい気分なのを忍んで、リゼル・メイアー(ea0380)、こと、こと、と、小振りの太鼓で練習中。堀田小鉄(ea8968)もいっしょになって、こととととと、と、こちらはどことなくせわしい連打。
「どうしてそんなに速く叩くの?」
「ニギヤカシをやるからですー」
リゼルに問われて、小鉄は、えへん、と、胸郭を反らす。いつも教えられてばかり(より正確には、ある特定の他者から余計な知恵を付けられて、というかんじで、いうまでもなく、これからの彼の発言もその類だ)いる立場だから、教える側へ立ったのが心地好く、ちょっとだけ鼻も高く、えばりんぼ。
「太鼓を賑やかに連打するのが、ホントの「太鼓持ち」っていうんですよー。お祭りは神様への奉納が主旨ですからー。賑やかにして神様へのオモテナシするんですー」
「へえ。そうなの」
胡乱な言い分に疑念をさしはさむこともなく、リゼル、む、と、彼女なりに気負い立つ。じゃ、私もがんばろう、と。だが、リゼルの小枝のように細っこい腕首では、ことと‥‥、ぐらいで息が上がってしまい、ふぅ、と、いったん一休み。額に玉の汗が反射する。練習の数刻とはいえ、こうして皆と、音や律を合わせる楽しみは、苦労に代えてでも得難い。せめて、ことととと、になるぐらいまでは、がんばってみるつもりだ。
「シャラも、シャラも、がんばるんですっ。どんどこどん」
「僕も負けませんですよー。とんとんとん。とーとーとー」
それ、鶏の追い込み。‥‥徹底的にツッコミ不足ななかに、けれど、ようやく別の人出がくわわるようだ。
「よ、お稽古どう?」
下方はシャラの十歳、上方は楓の二十一歳、育ち盛りの始まりから終わり頃までのとりどりの取り合わせは、しかし、不思議と年齢の齟齬をかんじさせない。声をかけた狩野柘榴(ea9460)も、とりたてて変調をかもしだすことなく、『太鼓、各自で自習中』の輪に親和した。
「柘榴さん、どうでしたー?」
「うん、ばっちりばっちり」
小鉄の問いに、柘榴、片手で輪っかをつくってこたえる。彼は村人から風祭の手順をさらってきたのだ‥‥いや、細かいことを言えば、太鼓の特訓が気になってしかたがなかったから、あとを藤野羽月(ea0348)やリラ・サファト(ea3900)に任せ、途中で抜け出してきたのだけど。
「あとからゆっくり、話すからさ。それより先に、シャラちゃん、リラちゃん、俺に太鼓の叩き方教えてくれないかな?」
「はーい。シャラ、タイコのタツジンします!」
蝶々結びがいきり立つ。バチはこう、と、二刀流もかくや勇ましく、はじっこでたたくとかたいおとがするんですよー、と、渾身でバチを打ち付ければ、あ、手から抜けて跳ね返った。反射の棒っきれ、シャラのどたまに弾着する。
「‥‥きゅう」
だから、がんばりすぎだって。
「それでは、私はこれにて」
西へ――京へ向けて馳せ戻る神楽龍影(ea4236)の背を、羽月は意味ありげに透きとおった青い目で見やる。
龍影が黒虎部隊隊長・鈴鹿紅葉を誘おうとしたところ、いちおう村の祭りなのだから村人の容赦があれば――と、鈴鹿は条件を付けた。で、龍影は律義に村全体の許可を取り付けてから、またも京へ蜻蛉返り。徒歩きでも一日足らずでまかなえる道のりとはいえ、騎馬をもたぬ身に、二倍の往復はさぞ苦労だろう。
「まぁ、若いうちの苦労は買ってでもしろ、というからな」
自分のほうがよっぽど若いくせに、羽月、志士の先達をそう評する。うそぶいた口振りが、道行きの安全をねがっての裏腹だとは、月魔法テレパシー持ちだろうと気付くまい。それを知るのは、太陽の恵みに愛される異国の娘。リラは、そっと笑む。
「はやく、練習の場に向かいましょう。‥‥きっと柘榴さんも、そっちですわ」
村長は話好きな御仁だった。祭の作法を糾していたはずがいつのまにやら、退屈な村の謂れに立ち寄った頃、そういうときばかり本領を発揮していつのまにかこっそり場を抜け出した忍びを思い、リラは二度、くす、とほころんだ。
「あぁ」
羽月がかるく領解するのと丁度、一陣、涼風が彼の前髪で遊ぶ。秋の風にも匂いはある。酸い柑橘を齧ったときのように、鮮やかで清冽だ。
風祭の詳細をリラに教えたのは、羽月だ。素敵な名前‥‥と思ったら、風害の風、という意らしい。太陽のお目付けもゆるくなる秋になって、風もはしゃぎたくなってるのだろう。どうしたらおとなしくなってくれるのでしょうね、と、わずらうリラの目にふと停まる。さやや、とたゆとう、小鳥の胸の羽毛を思わせる穎果。
「あ」
「どうした?」
「いいものを見付けました。採ってきますから、」
「分かった。が、あんまり遅いと、シャラ殿が待ちくたびれてしまわれるぞ」
その、シャラと柘榴が、そのときどうなったかっていうと。
「ねぇ、シャラちゃん? あ、あの、俺、音楽を聞くと自然に体が動くものだと思ってたけど‥‥さっきから、どっちかっというと、シャラちゃんのバチを避けるために、動いてるような」
「かんがえるな、です。『そうる』でかんじるんですー!」
「御、御主人っ。この店の甘味をすべて所望しまする。‥‥代金? む、むろん払いまする。財布をたたいてでもっ」
京都――とある志士が、甘味屋の店主から、不審げに尋ねられる。馬もないのにどうやって運ぶの、と。小熊の又鬼がぺとぺとがんばりました。御駄賃は、水飴一巻き。
●本番
その日の青空も、突き抜けるよう。植物が水を求めて茎を育てるように、柘榴も、ぐい、と背丈を伸ばす。
「やぁ、やぁ。いーいお天気。お祭り日和で、きっと太鼓日和!」
今日こそ、叩くのだ。今日は最高の節奏を奏でて、天国の父や母にとどけるのだ。
練習のでない、本物のを。練習もなかなか楽しかったけど、そして意外にくたびれたけど‥‥その理由には触れないでおこう。
「すまんな、一日しか身が空かず」
「い、いいえっ。お忙しいところをわざわざいらして」
伸びやかな柘榴に対して、言葉遣いがこんがらかるほど、かちこちにこわばっていたのは龍影だ。彼は、鈴鹿を前にすると、いつも、こうなる。言いたいこともろくにいえず、誤解や失敗がうずたかくなる(まぁ、半分以上は、勘違い達人の鈴鹿の責任なんだが)。
「神楽殿は舞いを舞われるのか?」
「は、はい。よくお分かりになられましたね」
いや、そりゃ見掛けがそれだから。
龍影のか細くたおやかな面立ちに、白と赤が女物の出で立ちは、似付く、というより、紙に水が沁みるよう、よく馴染んでいた。まともな志士の恰好よりこちらのほうが近頃多い、のは龍影にとって悩みの種でもあったが、鈴鹿はよくそぐう、と言う。‥‥どうしよう。
さて、山車を引く。小鉄の飼っている、ジャイアントパイソンに曳かせてもよいか、という案は、けっこうすんなりと受け入れられてしまった。まぁ、そもそも依頼の前提ともいえる鎌鼬だってさほど人里には降りてこない存在なわけで、それに比べりゃ大蛇くらい、ってなところなのだろう。
「にょろすけくん。ゆっくり、しっかり、どんどん、ですよー。太鼓をたたきながら、行くんですからねー」
「で、誰が太鼓をやるの?」
「‥‥私か?」
小鉄と柘榴は、まず手始めにニギヤカシだし、シャラはお唄で、リラやリゼルは舞いにいそしむそうで、龍影もしかり。楓には血染めのハリセンにふさわしい仕事が待っている。
「うちは、太鼓は不得手じゃしのぅ。警護とか、そういうのにまわらせていただくのじゃよ」
「では、僭越ながら。口切りをつとめさせていただこうか」
鎌鼬の姿はまだ見えず。どこかで様相をうかがっているのだろうか?
羽月は撥をとりあげる。そして、普段の彼の物柔らかさからはまったく懸け離れて雄大に、撥も折れよ、と、ばかり、力強く皮を打つ。
――地を渡り、風がなびく。光がうすらぐ。打楽器の反響は、遠雷の鼓動を思わせた。
♪風はふゆふゆ 歌うに早い
木枯らし連れるは も少し待って
はにかむように、リラが口ずさむ。シャラは仔猫のようにおそるおそる、口馴れてきたころからは、誇らしく張り上げて。
低音が、だん、だん、と、続く。綽然と風を蹴立ててただよう、音の波。
「僕も負けませんですよー」
「俺だって」
少年が赤蜻蛉を追いかけるがごとく、鉦や笛がそれを追い。
綿毛のような花房が、風にまぎれて、たわむれる。その正体は、リラの積んだススキの穂だ。リゼルと二人で分けて持ち合い、二人は舞う。くるり、と、舞う。ゆらり、と、舞う。動と静の巧みな交替、円と線の見事な連結。
「うん。やっぱり一人で踊るより、みんなといっしょのほうが楽しいな☆」
「私も、リラさんといっしょで、嬉しいです」
翼を打ち下ろすように、振り上げるように、穂をゆらめかし。空へ立ち上りそうで、けれど、あなたがいるから地上につながれる、この気持ちのほんの半分でも、羽月には伝わるだろうか。
そして、龍影も唱和する。
買い物に翻弄されていたときとはまるで違う顔付きになって、龍影は舞う。白と赤が風に添って揺らめく。それは丁度、奇妙で柔和な炎が、風のわるふざけになぶられているようでもあった。だが、龍影の表情は懸命ではあったが、苦しそうなところは一つもない。
受ける、流す、受け止める、送り出す。
ここへ、来るもの。風、音、匂い、光、まにまの夢。それらすべてへ、溺れるように。
それが、舞い、だ。
「楽しそうじゃのぅ」
警戒にまわった楓は、それを端からつくづく見守る。
――‥‥村の内々の儀礼であるから、人の数は多くない。まして、悪さを企むものも少ない。だから、意に介するべきはただひとつ、鎌鼬。風は、まだ、ただの風。むろん、そっちのほうがよいに決まってるのだが。
「‥‥この分なら、もう酒でもふくんでもかまわんかもしれん」
ぺろ、と、楓が舌なめずりすると、幼い顔がいっそう幼くなる。せめて香りだけでも味わい尽くそうと、神酒『鬼毒酒』の詰まったとっくりをこっそり抜き出し、気色だけでも嗅ごうと――と、そこへ。
そこに、がさり、と草をまとめて折る気配。ひょい、と、細い目をさらに細めて面白げにこちらを窺っているのは、二匹の狐だ。楓は気さくに、彼等へ、とっくりを突き出す。
「あんたらも、呑むじゃろか?」
――‥‥二匹がこっくり、と、肯く。大抵は、そこで気が付くものだ。普通の狐は、受け答えをしやしない。が、楓というのは、純真なのか、それとも単に鈍いのか、事実はただ厳然粛々たる事実でしかなかった。
「うん、まぁ、呑め。よい風じゃ、よい音じゃ」
じかに口を付け、がぶり、と呷った。
●その後・宴
「ぶーっ。かまいたちさん、こなかったですーっ」
シャラ、ぷくっとむくれてみるが、しかたがない。彼女のそばまでは寄らなかったから、見えなかったのだし。
「でも、邪魔もされませんでしたね‥‥。これでよかったのでしょうか?」
「そういうことにしとこうじゃ。ささ。終わったのじゃから、宴会。宴会♪」
ただ一人、知っているはずの楓ですら、そんなことを言うので。飛び出し気味の酔っぱらいは気まぐれに、羽月から借り受けた撥で、がーん、と、シメを打つ。
「清めの音撃(おと)を叩き込めーっ!」
「まか、もうもう、いないですよー?」
「これを呑んだら、見えるのかな?」
はじめての、お・さ・け。柘榴はわくわくしながら、一口すする。それは思ったよりも舌にぴりぴりしたし、喉にごりごり引っかかった。
「‥‥にっがあ。なに、これ。甘酒とか冷やし飴のがぜんぜんおいしいのにっ」
「えぇ? おいしーですよー?」
「へぇ、こてっちゃん。見掛けによらず、酒豪。‥‥って、こてっちゃん、俺より三つも年下なのにーっ」
「わ、私にも一杯、お貸しください!」
酒なのだから、借りるも借りないもないだろう。なのに、生まれ付きはそうそう取って替えられやしない、酒の力をもって、龍影、そう、今日こそは。龍影が神皇に懸想している、という、勘違いをただせねばならぬ。ようやっと正装にもどった龍影、面に隠した面立ちを、きりり、と出来うるかぎり引き締める。
「鈴鹿殿、折り入っておはなしが」
「なんだ? あぁ、神楽殿。すばらしい舞いだった。これは招いてくれた礼だ」
「ほほぅ。これは、立派なひょっとこ面‥‥あ、あの、これが私に似合うと?」
「ん?」
似合う、と、思っているらしい。どうやって打ち消せばいいんだ、それは。こと鈴鹿に絡もうとすると八方手詰まりになる‥‥龍影は、せめて、酒の火を頼ろうと、ぐいぐい、深浸りする。そして、龍影は飲み過ぎに耐える体質ではない。打てば響く鐘のように、どっと鈴鹿にもつれて倒れる。
「紅葉にゃまー、にゃー、うにゃにゃ」
「神楽殿? あぁ、そういえば、神皇様は猫を飼っていらっしゃったな‥‥。成る程、猫となってもお傍にいたい、と」
「みんな、おもしろい☆ やっぱり、みんなといっしょが楽しいな」
リゼルは酒の代わりに、果実水をいただく。収穫の時期ならではの、贅沢だ。これはほんの一瞬に尽きる蕩尽だけど、大切なものは続いてほしい。
――優しい風がこの村を包んで、農作物さんがすくすく育ちますように☆
こん、と、太鼓にどこか空似した残響が風の中にひとつ、響いた。