馬頭鬼の誤算 蛇女郎の失敗
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:09月22日〜09月27日
リプレイ公開日:2006年09月30日
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●オープニング
小柄な肢体のすばしこさとなめらかさ。銀の毛並みの仔猫が垣根をくぐりぬけるようなふうに、旋風をたててするりと暖簾を潜り抜けて来たのは、銀の髪の幼いエルフ。知る人は、知る。彼女の名は、出雲阿国という。
「たいへんなの!」
‥‥‥‥。
続かない。
いや、本人はまくしたてたいのだろうが、抑えようのない焦りや狼狽が、気管をふさいでしまっているのだ。頬にのぼる薄い桃色が次第に紅葉を散らしたようになっても、言葉は形にならないらしく、腕や足をじたばたと無闇にふりあげる様子は、端からみれば、見当違いの独楽と大差ない。思うようにならない口上や現状が悔しいらしく、またいっそうばたつきながら紅潮するのは、月道渡りの南国の尾長鳥のようでもある。
「な、ほら。おちついて。これでもゆっくり呑んで気を落ち着けて、それからでも遅くないから、順を追って」
ギルドの手代からわたされた白湯に、そっと口を付ける。一口、二口、押し込むようにひたって、どうやら気の済んだらしい。ぷふ、と、小さく吐き出したあと、ようやっと大事な用件を張り上げた。
「つなでちゃんがさらわれちゃったの!」
「つなで‥‥? あぁ、あの、喋りの不自由なガキ」
と、言い掛けて、ギルドの手代、はたと我に返る。
喋りの不自由なのはひとりだけだったろうか?
地団駄踏んでいた、この、エルフ。たしかこの子も、元々は異国の出身で、ジャパン語はあまり達者でない、「たいへんなの!」この一声で冒険者ギルドに飛び込んできたからには助けを求めに来たのだろうが、始終をくっきり説き明かすだけの語彙があるかどうかは、たしかひじょうに怪しかったはず‥‥。
――予想どおりだった。いちおうはじめの恐慌は鎮まったようだが、それからの阿国の講釈も、やぶれかぶれ、手代が正しく用件を呑み込むまでにどれくらいの手間を要したか、あきらかにするだけ野暮というものだから、省く。とにもかくにも、ざっと、主題だけを抜こう。
つなでと阿国。おんなのこ同士、友だち同士。彼女ら二人は、連れ立って洛外へ遊びに行った。――‥‥いや、正しくは、阿国が身を寄せる芸能一座の興行に、つなでが無理遣りひっついていっただけなのだが、阿国もそれを喜んでいたし、一座もまぁ気のよいものが多かったのでそれを許し、特に大事にはいたらなかったようだ。さて、取り上げるべきはここから。興行の合間に、彼女ら二人、そうぅっと一座を抜け出し、その村の近くの洞窟へ遊びに出掛けたのだ。それが、いけなかった。日本語の不自由なものばかりだったので、言い付けをよく分かっていなかったというのも不幸であった。
そこは、二本脚の馬の化け物の住処であった。
阿国はつなでの助けを借りてようよう逃げ出したものの、つなでは捕まってしまったらしい。だから、阿国はここまで駆けてきたのだ。
「二本脚の馬の化け物‥‥。そりゃたぶん、馬頭鬼だな。あいつら、繁殖期か?」
馬頭鬼という種には雌がいないので、人間型の生き物の女性を捕らえて子孫を設けるのだが――あれを嫁さんにしようと?
それに、この手代は知らぬことであったが、つなでは人ではない。蛇女郎で、本性に戻れば、下半身はぞろりと長い蛇になる――それを?
‥‥それはたぶん、馬頭鬼の勇み足というものだろう。が、それを忠告してやってもしかたがない。まぁ、危急の事態であるのは嘘ではないのだから。
だから、洞窟に潜む馬頭鬼から囚われの花嫁を救出する、という、依頼ができあがる。
――まちがってはいないよな?
「出せーーっ。出すのーっ。出すんだよーーっ」
ごろごろごろん、と、地面を双方向に転倒する蓑虫――ではない、荒縄でぐるぐる巻にされているのだ――少女、つなで。それを飽かず一刻以上も繰り広げていたら、どうやら馬頭鬼はなにかを勘違いしたらしく、ぽいと何かを投げつけてきた。
通草だ。どうやら、食え、と云われているのだろうか。だいたい手も足もきかないから、魔法だってどうしようもない、こんな様子でどうやって――‥‥。
「がぶ」
まぁ、食べるんんだけど。‥‥おいしい。つなでは器用に舌と歯を追い回し、手を使わずにあけびをたいらげる。
「がぶ、がぶ。おなかいっぱい。ぽんぽん。‥‥出すんだよーっ」
というわけで、花嫁(まちがい)は元気いっぱいです。
●リプレイ本文
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「お久しぶりどす、阿国様」
香辰沙(ea6967)、ほんのわずか腰を屈めて、出雲阿国と目線の高さを均しくする。赤いまなじりを柔らかくたわめ、親愛あふれる微笑をふわり、と、そそげば、阿国も彼女に倣って、ふわ、と、微笑み返す。それはたしかに、いつかよりも成熟して、親しみをただ顕すだけではなく与えることもできるようになった、そういう笑みだ。殻を付けたままの雛が飛び翔るときを見掛けたような心持ちで、辰沙、色付く目縁をよりいっそう上気させる。
「ジャパン語も上手ならはって‥‥約束守ってくれて嬉しおす。やけど‥‥お友達をお助けする為、阿国様からようお話聞きたいんどすわ」
ジャパン語でもゲルマン語でも、阿国さまが説明し易い方使うておくれやす。以前、阿国に、ちゃんとジャパン語を覚えるように云った辰沙がそう云うから、阿国は、んー、と、小首をかしげる。
「まぜこぜでもいい?」
「ええどすよ。逸らんでもいいさかい、ゆっくりお話しやす」
「そーそー。どっちにしろ、俺はわからねぇんだから」
と、やはり阿国に付き添う藤城伊織(ea3880)、潰れる寸前にだらしなくうずまり、綾都紗雪(ea4687)が贈った着物の裾も、地べたにぞろりと引き摺って。心根そのままに背の髄ぴんとそばだてる紗雪からみれば、あまりに我慢ならない恰好だ。
「藤城様。その、よくお似合いなのですが」
「紗雪ちゃん、なに、これのこと? ん、いいかんじ。ありがとうな」
目の醒めるような女物を無造作に打ち掛ける、傾奇者を号するだけはあってそんな伊達拵えがよく似付く、伊織というのはそういう丈夫だ。だから、しまいに紗雪も諦めた。そんなものなのでしょう、と。これを切り上げてからでも、お説教は遅くはありませんから、と。
――‥‥阿国と辰沙の聴き取りは、今暫く、かかりそうだ。暗がりを退けるための灯りも、とうに、用意した。ならば仕上げはこれだけだ、と、備前響耶(eb3824)、供儀のように、砥石を真剣にあてがう。平生ならば鬼切りの太刀をえらぶところだが、今日の得物は霞の刀。鎬地にひろがる色艶までもが軽い刀は、石に梳かれるごと、晴れやかにはばたこうとする。だが、神楽龍影(ea4236)がぐるぐるとギルド屋内で轟かせる跫音が邪魔になり、刀は霞と変じず、やはり角々しい刀のままなのであった。
「異種族間で関係したり、他を襲うて子を為すなどと‥‥禁忌云々では御座いませぬ、考えただけで怖気すら感じる!」
柵の中の役牛がやるせなくうろつくように、龍影もまた、せわしなく右往左往する。云うことは正論であり正義なのだが、彼自身の見掛けときたら――というよりは、『彼』でなくなっている。巫女装束を基礎にしてそろえた、右手と左手の仲のよう、もうすっかり懐いた、女物。伊織のように男振りをたたせるための相対として被さっているのではなく、それの使い道どおり、手弱女ぶりを際立たせる身拵え。なにか思惑があってのことらしいが、響耶、なんとはなし聴き出すことはしなかった。鬼気ばしって前後の見境をなくしてかけている龍影の様子から、訊かれたくなさそうだと察したので。
「‥‥かといって、鬼の女なら許せる、というわけでもないがな」
響耶、つくづくと感じ入る。近頃、比叡山にたむろする鬼の首魁の、その右腕、茨木童子がなにかと見廻組に水を差しているらしい。まして、響耶、京都見廻組雇の一人なれば。
なお、ギルドをせわしなくさせているのは、もう一人、いた。依頼を聞き付け、ギルドに飛び込んできたと思ったらすぐに掻き消えたクロウ・ブラックフェザーの姿を求めて、シャフルナーズ・ザグルール(ea7864)があちこちを浚っていたからだ。ねんごろな調査の末に、たしかに帰ったのだ、と、了承したシャフルナーズは、陽気な笑顔をしかめて、ち、と、いくらか下品に舌を打つ。
つなでを真底心配し、鷹のような機敏さでシャフルナーズに言付けまで頼んだクロウは、退出までも迅速だった。ずっと割賦や後払いでは、損をしているような気さえする。たまには前金をせしめよう、とシャフルナーズがクロウに言い寄ろうとする頃にはぱっと失せて――なんてすばやいのだろう――もしかしたら、彼の適正は黒虎部隊ではなく借金取りだったりして。
「そんな、もったいない! 私がちゃんと更正させたげるからね、クロウ」
幼女(=蛇女郎)に熱心な分の矯正もふくめて。
おそらく、今、京のどこかで、盛大なくさみが立て続けに巻き上がっていることだろう。しかし、それも、辰沙の「よぅ云えましたなぁ。ほな、必ずつなでさんを助けたるさかい」となぐさめる声や、響耶が仕上げたばかりの刀を中にすべらせる刃音にまぎれ、一切はまやかしとなってしまうのだけど。
●
阿国は馬頭鬼の基地の手前まで誘導した。辰沙は飽くまで断ろうとしたが、入り口まで、と、彼女の譲歩と、それぐらいなら勘弁してあげよう、と、他の者のなだめを受け入れる。彼女と、伊織の尾花をはじめとする家畜ども、もののついでに伊織の斗酒の世話は伊庭馨にまかせられる。伊織、どうして酒までひったくられなければいけないのか、と、抗弁はしたが、よけいな荷はないほうがいいでしょう、ともっともらしく道理を説かれれば、渋々納得せざるをえない。
「しゃあねぇ。じゃあ預けるから、利子はトイチな? ちゃんと増やせよ?」
「‥‥十日もこもってどうするんです。さっさと出てきなさい」
――お説教はあとからでも充分出来ますから。弱者をいたわるのと、伊織個人をいたわるのとでは、まったく領域が違うのだ。学習したくもないそんな留保、本日、八度目、かすれるようなつぶやきに隠して、紗雪は、待っててくださいね、と、阿国の手をにぎる。少女の手は、懐炉を握ったわけでもないだろうに、あたたかだった。
「きっとお助けいたします」
「えぇ、すぐに終わらせますから。ここで待っていてください」
一寸見したところはとても志士とは思えぬ、生地の少なく裸出の多い、異国の踊り娘をおもわせる軽快な装束の神有鳥春歌(ea1257)。この姿はこの姿で意味がある。シャフルナーズと同じく、引いては阿国と同じく、彼女も神謡を愛する踊り手であった。その阿国が友人を奪われて、難儀している。とても見捨ててはおけなかった。
覚悟を謳うように片足をしかと踏みしめれば、小枝のように白い足首に結わえた鈴が、凜、と、秋風にそよぐ。
「馬頭鬼の痛打に気を付けて、俺は距離を取って戦おうと思います」
ジャパンの秋の風情とは思えぬほど、今日は、沙よりもはかないのをまとった薄着の女性が多い。女物を着た男性、という余計な身支度も多かったがそれは見ないこととして、なんて眼福、いやいや、戦いの前には目の毒だ。伊達和正(ea2388)、そういう内心を鬼を模す面頬に囲って、ではどうするのか、と、尋ねられれば、
「オーラショットがありますから」
そこが練気の生成の中心であるかのように、反り身の刀剣と、獅子の楯をささげる。ふぅん、と、シャフルナーズ、彼になぞらえて、たいまつを颯爽と掲げる。
「とすると前衛になるのは、備前さんと藤城さんかな。私はそのあとから付いていくね」
冒険者らは龍のあぎとを潜るような心持ちで、洞窟の――結論からいえば、シャフルナーズの松明が半分も盛らないうち、彼等は馬頭鬼のもとへ辿り着いた。もっと深いような心構えをしていたのだが、洞窟には慣れていない阿国の主観のせいらしい。胃の腑のよう、だしぬけにぽっかり開いたところに、馬頭鬼が生活したあとらしい野卑に充ちた用具、この場の主人である馬頭鬼、それから――馬頭鬼の背後、片隅にうっちゃられた粗筵もどき。いや、むずむずぐだぐだと虫のように這いずっているのだから、ただの筵であるはずがない、と、薄暗がりのなかで辰沙がみとめる。
「こちらだ、馬頭鬼!」
響耶、研いだばかりの霞刀、道化じみた大仰な振りで捩じる。威力よりは威圧、威勢、に過ぎた身ごなしは、馬頭鬼の気を惹くに充分だった。闖入者に女性が数名いるのを勘付いたか、馬面に、ニタリ、と、凶がよぎったふう。馬面であるが故の悟りにくい変質であったが、自身もそれにふくまれているらしい、と、目賢く知った龍影の髄が嫌悪に波打つ。――所詮は人と鬼か。化粧と身繕いと薫物、元々の龍影の少女めく妙味にころりと欺される。新たな教養を得た喜びは、嫌悪を大して薄めはしない。ただ、ひとつだけ、救いがあるとすれば、ああまで頑丈に括られていては、本人もなにもできなかろうが、他者とてそうたやすく手は出せまい、ということだ。むろん「事後」の可能性はなきにしもあらずが――今はあるかなきかの不幸にかかずらってる場合ではない。
辰沙が暗黒の天蓋を馬頭鬼にむかって押し出せば、具合よく、たったの一度に、馬頭鬼の視野が夜籠もる。紗雪もコアギュレイトで馬頭鬼を閉ざそうとするが、馬頭鬼がすでにほとんどものの見えなくなった以上、その隙につなでをこちらを引き寄せた方が手っ取り早い、と、シャフルナーズや辰沙と共に、馬頭鬼の腕の下を駈けすぎる。洞に横たわる闇よりまだ根深い闇に投げられた馬頭鬼、方向の統制もなく滅茶苦茶に腕を振り回せば、紗雪
「こっちだっつってんだろ?!」
どの生き物の急所も、ここ一点にあるという。伊織、馬頭鬼の鼻先めがけて霞刀を打ち上げるが、あらかじめ油でも塗られたように、それ、するりと馬頭鬼から抜けていくのだ。それはさすがに鬼といおうか。人ほどやわな皮膚はしていない。急所狙いはたいして効用のないらしい、と、知って伊織、響耶を見倣い、恒常の剣技にとりかえる。
馬頭鬼の無調法な生活にそぐって広々とした立地であるとはいえ、しかし、所詮はそこは日から遠ざけられた洞。十歩もつかわぬうち、無事に三人は到着した。人の来訪をよろこんだつなでが、ぐるん、べたん、と、そのまま勢い込んであれほど嫌がっていた馬頭鬼へぶつかりそうなかんじでもあり‥‥おちつけ。
「こんにちはー、つなでちゃん。阿国ちゃんに頼まれて助けに来たんだよ。なんだかすごいおしゃれしてるねぇ」
シャフルナーズは縄の塩梅を閲する。どうもなかなか強かにできているらしい。
「こりゃ、ほどけないや。切ろうか。小太刀なら私が持ってるよ?」
「せやけど、この縄、すさまじく頑丈やさかい‥‥」
「たしかに、いちいち切っていては時間がかかりすぎますね」
――‥‥三人寄らば文殊の知恵、という。しかし、文殊からの授かりにしては幾分悪どい思慮が、そのとき、三人のなかを胡蝶のようにかすめさる。約束を確認し合うように、三人、思わず、頷きあう。
せぇのっ。
ごろん、ごろん、と、俵を運ぶようにそのままのつなでを転がした。かよわい女性ばかりとはいえ三人がかりだ、早い、早い。紗雪、今度は用心深くコアギュレイトで『つなで』を結わえていたため、俵からは文句のひとつもあがらない。
「‥‥それにしても、うち、黒の宗派やからええ思いますけど、紗雪はんはこんなことして大丈夫どすの?」
「さぁ? い、いえ、信じるものは救われるのです」
それ、かなり、まちがい。
ときならぬ転送を垣間見た春歌、ふ、と、もしかしたらアイスコフィンはあっちの側に役に立つかしら、等と、考える。アイスコフィンは氷塊で包み込む術だから、上手くすれば摩擦をへらして転がしやすくなって――‥‥。
「い、いえっ。救出対象を実験的に凍らせたい、なんて、ちっとも考えてません!」
そ、そう、下手に狭いところへ人数が向かっても迷惑なだけですから。だ、だから、私はこちらでなすべきことをするだけです。
眩惑をふりきるように、春歌、彼女自身に似て癖なく伸びる腕を、さらなる向こうへ差し伸べる。と、アイスチャクラ、氷輪は魔法でできたものらしい青白い燐光をふりまきながら、馬頭鬼の腕を湾曲にえぐった。和正が不可視のものたちを導くように剣を振れば、オーラショットは箒星に似、薄闇を走る。だが、やはり馬頭鬼の皮膚は鉄でも仕込んだように分厚く、牽制としては間に合うのだが、ひるませたりすくませたりするほどの強梁はそなえない。響耶ほどの上手をもってして、どうにか浅手を彫りつけられるが、せいぜい。
「鬼はここらで討っておきたいのだがな‥‥」
忌嫌程度の違いがあるとはいえ、響耶の無念は、龍影も同様。彼の上着をいろどる椿の色より、よほど赤く塗り上げても飽きたらぬ。
「口惜しゅうございます」
「いつか、あなたがたの無念を晴らすべきときがくるでしょう。ですが総員が無事な今こそ、撤退の機でしょう」
そう、女性がたの玉の肌に、残る傷がひとつもつかなかったことこそ、この作戦の最大の成功とみるべきです。
――‥‥と、和正は云わない。云ってなるものか。
云わなかったことが功を奏した。承知いたしました、と、うぶな龍影は和正の口を信じ込む。シャフルナーズから、いまだ朱のきざす松明を借り受けた。唄にもとどかぬ呪が閉じられる頃、松明の尖端が石槍のごとく幾枝にも裂いて、ファイアーコントロール。魔的なものは帯びてないから、ただならぬ鋭気がありそうで、実はただの見かけ倒しだ。が、馬頭鬼の隙を縫いつけるぐらいならば、充分。かくて、冒険者らは――‥‥、
「つなで様、堪忍おすな。阿国様が前で待ってますさかい」
約一名を転がしながら、逃げ出した。や、蛇女郎だから、けっきょくぜんぜん傷つかないんですが。
●
「ただいまーっ」
「おかえり、つなでちゃん。だいじょうぶ?」
‥‥エルフと人間、異種族の禁忌どころでない。エルフと蛇女郎。生まれも育ちもまったく相容れぬ同士だ。しかし、その当人らはなんの屈託もなさそうに仲良くしている。
こうだったらどんなによいことか、と、龍影は彼女らの交歓をながめながら、花があえかに薫るがごとく淡く思う。なにが、どうだったらよいか、とは、考えない。そこまでの思慮はちっとも湧かない。ただ、なんとはなし、期待や希望を欺く、そういうものが。
「望まぬ婚儀を台無しに出来てよかったですね。でも、あなたがたも悪いんですよ」
「そうどすえ。おとなになんも云わず、危ないとこ行こうなんて、これから絶対したらあかんの」
辰沙のきつい睨みにも、少し大きくなった阿国はもう辟易しない――なんだか、あの方々を小さくしたようなものを見た気がしますね。と、紗雪が黒い目を流した先に、じゃれつく伊織と馨。
まぁ、説教はいつでもできますから。
「じゃあ、みんなで京都に帰ろっかー。そろったことだし、ちゃんと自己紹介しながら行こうよ」
はい、じゃ、これお近づき、と、シャフルナーズが手渡した生魚は、つなでを心底欣躍させる。その後、京都まで、男性一名をふくむ数名の踊り娘たちが舞いじゃれるように街道をつきすすむ光景がみられたらしい。