【乱の影】 露の答/荷役

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:09月30日〜10月05日

リプレイ公開日:2006年10月12日

●オープニング

●五条の乱
 京都守護職・平織虎長が新撰組一番隊・沖田総司に暗殺され――胡乱な風説が種々雑多に都を駆けめぐっているようだが、京都守護職の座がむなしくなった現実は、まず確かだ――さて、その後。
 空席となった京都守護職をいずれが埋めるか。亡くなった虎長の握っていた権力に着意すれば、これは一筋縄ではいかぬ問題であった。強力な統率力と支配力で志士を束ねた虎長だ、平織の内部においてすら後継者をたてるのは容易でなく、いまだ膠着状態である。まして、京都守護職。神皇の御座、京都、の実質的な警察と軍備を兼ねる京都見廻組の総括。
 そして、あれやこれやの駆け引きの末に守護代に着任したのは、皇族出身の五条の宮。あえて野暮な表現を用いるとすれば、この任官は「無難」といえよう。摂政・源徳家康、関白・藤豊秀吉、どちらの息もかからず、且つ、どちらの正面から抗することができる、武士ではなく公家階級の出身。それを特に慶んだのは、一説には、神皇であった、という見方もある。同年代の親族が彼にとって近しい京都守護代におさまるというのだから、まぁ、ムリなはなしでもない。
 市井の反応は、熱狂的でもなければ悲観的でもなかった‥‥というところだろうか(一部の冒険者のぞく)。五条の宮というのがどのような資質をもつ御仁か、ほとんどのものが了解していなかったのだから。‥‥これは少々奇妙な事態ではある。いくら政治とは隔てられた庶民のあいだとはいっても、京都守護代に就こう、というほどの御身についてまったくと言っていいほど知るものがおらぬ、という事態はやはり納得しがたい。祖父の代になんらかの制裁を受け、長らく中央から忘れ去られた存在であったらしいが、では何故いまさら呼び戻されたのだろう。五条の宮の京都守護代就任が適材適所であるのはまちがいなかったが、どうも、どこかがしっくりこない。
 が、その後、それらの些細な疑念すら一時にふきとばすような出来事が起きる。
 着任後たったの一箇月で、京の守護をになうべき京都守護代、五条の宮が京都・神皇家に謀叛をくわだてたのだ――
 幸い、冒険者をはじめとする各位の尽力あって、この政変はからくも鎮圧された。が、それで全的に決着が付いたわけではない。何故、彼はかのような逆心をいだくに至ったか。たったの一人で仕組めた計略ではない、誰が、何が、背後にあったか。そして彼は審理に対し、何故、それを最後まで包み隠したか。これらの疑点にはほとんどがけりが付けられないまま、五条の宮は、周防大島(屋代島)へ流罪となった。
 そして、九月。
 爽やかな青空澄み渡る行楽日和に――‥‥。

●京都から・壱
「酒をもらってきてくれないか?」
 それ、そのもの、は、単純な依頼だ。根気さえあれば、どうにか勤まる。
 気になるのは、これをふっかけてきた当人の正体だ。
「京から一日離れた村の酒蔵だ。群盗が出るともきかぬ道中であるし、安全な労役だろう。それを指定する船へ詰めるところまで、おねがいしたい。ちと手違いがあって、数を頼みすぎたから、酒に余分が出るようならもらってくれてもいい」
 それも、いっそ不気味になるぐらいの大盤振る舞い、と、いおうか。奉仕の精神で無賃で商品をふるまおう、というのならともかく、注文の数量をしくじっての損失を後始末、というのは、商売人にとって痛恨の過失であろう。けれども、彼女は商売人ではないから、いろいろと胸に巣くってそうな案じ顔はしていたけれど、苦虫をかみつぶすよう、とまではいかない。おそらくは心配事の種は別の場所にある。だから、容貌を難しくしていても、心は目前をすりぬけて遠いどこかに置き去りにしている。
 ――‥‥黒虎部隊隊長・鈴鹿紅葉であった。何故、彼女が酒の手配に翻弄されるのか?
「‥‥まぁ、種々あるのだよ、だから。私が此度、付ける条件はひとつだけだ」
 少し、笑った。悪戯を課すような、試すような、そういう片笑み。
「何を見ても、何を聞いても――何を知っても、暗黙を保つこと。それだけ。薔薇の下に葬るように‥‥私だって、それくらいの言い回しは知っているぞ」
 私が依頼人であることも秘密にしてくれ、酒蔵のほうにもな、と、付け加えた。

●京都から・弐
 長州藩の藩士・周布政之介――が、冒険者ギルドの敷居を越える。
「‥‥今し方、黒虎部隊の隊長が来ていたようだが」
 依頼の内実は他人にあばくことはできませんから、と、断られて、そうか、と、周布はべつだん頓着する気味のない。あべこべに用向きを問い掛けられると、そう改められても困るのだが、と、あまり彼らしくないあやふやな返答のあと、ふいに、所作をしゃんとする。
「たいした用事ではない。久方ぶりの京だ、挨拶にまいっただけよ。同僚の顔も見飽きた‥‥そうだな、ここは流儀にしたがい、依頼としようか。京の話を聞かせてもらいたい。それでよいか?」

●今回の参加者

 ea2454 御堂 鼎(38歳・♀・武道家・人間・ジャパン)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4141 鷹波 穂狼(36歳・♀・志士・ジャイアント・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2064 ミラ・ダイモス(30歳・♀・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb6967 トウカ・アルブレヒト(26歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)

●サポート参加者

藤城 伊織(ea3880)/ 無双 空(ea4968)/ 和久寺 圭介(eb1793)/ ステラ・デュナミス(eb2099

●リプレイ本文

●荷役
「お、御薬酒だ」
 受け取った樽に鼻先を寄せ、御堂鼎(ea2454)はニヤリと朱唇を吊り上げる。いかにも罠や企みに満ちたその笑みが、鰻の匂いを御菜に昼餉を喰った男のごとく、単に、純に御酌の予感にほくそえんでいるだけなのを知るのは、思いの外、多いのだろうか。鷹波穂狼(ea4141)は、ずらりと立ち並ぶ荷の前で組んだ腕を解き、鼎を不思議そうに眺めやる。
「分かるのかい?」
「うちぐらいの酒水漬くにもなりゃあ、匂いだけで分かるようになるのさ」
「どれ、」
 自身もそれなりに呑み助の気がある、という自意識のある穂狼も、負けじ、と、鼻をきかせる。ぷん、と、心地好く肺腑を押し広げる芳醇は、云われてみれば、記憶に引っ掛かるところがあるかもしれない。トウカ・アルブレヒト(eb6967)やクロウ・ブラックフェザー(ea2562)、ミラ・ダイモス(eb2064)もつい気になって真似に及ぶ。トウカは未知の事象に遭遇したときと同じようにふぃと首をひねる。ミラは手持ちのワインや発泡酒との聞き比べに及ぶ。伊庭馨(eb1565)は、そういうことは友人に任せていますので、と、大事な埴輪をあずけたはずの藤城伊織を思い出しながら、帰する所はにこにこと他人行儀。クロウはまた異なる反応をとった。
「‥‥えぇと、麦?」
「米だよ」
 だって俺の祖国にゃ米の酒なんてねぇんだよ、と、言い散らすクロウをさておき、鼎は、さぁて、と、はっぱをかける。
「さぁ、とっとと車に積んじまおうか。このごろは大分涼しくなってきたからって、日に灼けちまったら、台無しだ」
 大八車――という語の由来は、元々、八人分の荷をいっぺんに積み込めるから、という説がある。来た道の平坦さからもよろず難事の乏しい仕事と分かってはいたが、この、量だけはたしかに問題だろう。車に移すだけで、大仕事。だからって慌てず揺らさないよう丁寧にな、と、穂狼の説教に皆、首を縦に振って、仕事にとりかかる。しかし、そうなってくると、できあがるまでヒマをかこつのが彼等の連れてきた動物らだろう。なに、これも、特筆する面倒はない。ちゃんと世話役がいるのだから‥‥ん?
「あ、あはは。別にそんなの、いらない?」
 ステラ・デュナミス、トウカの連れてきた狐の子、ヘルプストを構っているところを見とがめられる。とっとと力仕事をすませてしまえば、もとより世話役なんぞはいらないだろう。ただ、ヘルプストがまだまだ子どもなのも本当で、人見知りをするくせに情の強い狐の子は、自分にどこか似た、鼎の柴犬、三水を好敵手に見定めたのか、たまにちょっかいをかけては吼え返されて、そのたびに、飼い主の足元にささっと転げ込む。寸秒なりと、じっとしていない。エルフの自分は荒仕事には向いていないから、と、荷の固定を主に担おうとしたトウカだが、それすらもなかなか満足にできないでいるようだ。
「お酒を運ぶだけなのに、色々秘密‥‥変わった依頼もあるものなのですね」
 おや、と、穂狼はトウカを一瞥する。この子は知らないのだろうか。まぁ、屋代島といって、ぴんと来る方が稀だろう。冒険以外の日々は猟師として忙しく過ごす穂狼だが、それでも立派な志士の一人だから、ほんの数ヶ月もしない最前に起こった、一連の出来事に思い当たる節はある。そういえば他にも志士がいたな、と、馨に目を向ければ、彼は黙って、秋の色を思わせる涼しいふうで、荷をしつける腕をいっかな止めようとはしない。
「うん、まぁ、なぁ」
「世の中にゃいろいろしがらみがあるってことさ。お嬢ちゃんにゃ難しいかな?」
 からかうように鼎が構うと、トウカ、気圧されたように、顔色を僅かにかげらせる。
「私、二十三歳です」
「あぁ、すまないねぇ。機嫌を悪くさせちまったなら、謝るよ」
「いえ、そんなことないです。ただ、そうですね。‥‥色々ありますよね」
「そうさね、色々あるよ」
 組織ってヤツが性に合わず、のらりくらりと用心棒暮らしをする鼎とて、それなりに、切っても切れない縁がある。刹那の酒や寝床のためには、働かなければやってはいけないのだ。‥‥まぁ、気に入らなきゃ、しまいに蹴飛ばすだけだが。思いもかけずしんみりしたのを人に知れぬところで恥じ入って、鼎、取って付けた様なかんじに汐先を傾ける。
「薔薇の下に葬るように、か。下手に触れば茨で己が傷つくだけってか」
 鈴鹿の言を思い出して呟くと、あぁ、それなら、と、ミラが言い足す。最後の荷をどっかと据え置きながら、だから、ずいぶん器用だ。
「本当は、西洋のことわざですね。秘密の恋愛、と、そういう意味だった‥‥と、聞いたことがあります。ミンネですね。女性へ捧げる騎士の忠誠は、無言をつらぬく奉仕の精神によっておこなわれなければならず、見返りはもとめるべきでない、そんな風刺だとか」
「なんだい、感傷的じゃないか」
 ミンネ、といわれてもぴんと来ないが、そのようなところだろう、と、当たりは付けられる。男女のあいだの秘め事かい、と、思えば、なんだか、気恥ずかしさが増した。実際には、艶事と少々異なるのだが。このあたりについては、騎士であるミラにとっても説明のしにくいところだ。まぁ、今の彼女の仕える先は伊勢の斎宮
「ま、ミンネだろうとアンネだろうと、なんでもいいよ。そろそろ出ようか」
 鼎呼び掛けの音頭も、自然、大きくなる。おぅ、と、穂狼が応じ、
 道中は、やはり、穏やかだった、その日の天候の具合にもよく似付き。朝夕はもう一枚羽織りを増やしたくなるほど、だいぶん寒気が増していたが、昼日中は今が一番過ごしやすい。天高く、雲は抜け、風はひらりと絹より軽い裳裾をひろがえらせる。一番の悩みの種の、秋の湿りも今日は見られず、立ち木の枝先に光る露の玉にわずかに名残をとどめていた。腕自慢のミラにとっちゃ、退屈のしほうだいだろう。それでも始めのうちこそ、飢狼のごとくぎらりぎらりと四辺に油断ない目線を配っていたミラだが、さすがに、こうも錦絵のように美しく流れるばかりの風景にはかえって神経をやられるらしく、ついに、あふぅ、と、あくびを一つかみころす。その点、馨は懸命‥‥と云おうか。はなから警戒にはあたらず、隠された情熱のごとく奥底からしんしんと燃えきざす木々のほうに、興味は尽きない。
「京から離れれば少しは紅葉がみられるかと思いましたが、まだ早いようですね。紅葉の一枚でも土産に持ち帰りたかったのですが」
「楽しみです。待てば待つだけ、きっと美しさも増すのでしょうね」
 と、こぼすトウカもまた、赤い目を木々に向ける。自身の瞳の色を名に宿す葉が、
 太陽は、まだ、高い。

●周布
 ミンネとは似て異なる思いに突き動かされる、志士一人。神楽龍影(ea4236)。彼の目的は、二つ。
 第一に、鈴鹿の依頼を周布殿に気取らせない。
 第二に、長州の人物や内情に関する情報を探る。
 ――‥‥第三を付け加えていいとするなら、鈴鹿にたまにはよいところを見せる。「身体も心も、所詮は道具」と割り切っても、滅私冷徹を刻んではみても、その懇願の焔の芯はそうそう掻き消せず。
「何かあったら手伝うけど」
「それでは、私の代役で女性のなりをしていただけませぬでしょうか?」
「帰る」
 と、和久寺圭介が一日もせずにいなくなったので、龍影は伊能惣右衛門(eb1865)と二人だけで、周布の相手をする。惣右衛門、こちらはいかがですかな、と、親指と人差し指で猪口をほのかに暗示してみせると、別に嫌いではない、と、ぬるい返答。惣右衛門が水を向ければ、訝りもせず、同行をあっさりと承知した。だから、龍影、いつものように(と、入れなければいけないのが悲しいところだが)、面は脱ぎ、更なる偽りをかぶり、蛹を脱いだ蝶が色めくように身拵えして付いていったのだが――‥‥。
「長州の御方は豪儀ですなぁ。話を聞くだけならば酒屋に一日もおれば事足りましょうに」
 惣右衛門の、まなじり下げて、豪気矍鑠な笑いで、幕が上がる。
「宮の御謀反以降、都では然程大きな出来事もございませぬなぁ。精々が、新撰組が局中法度を定めるかどうかという程度にございましょうか」
「新撰組も、つらいところだな。先達ての戦では、ろくな報奨もなかっただろう。貧乏くじを引いただけだろうし」
 龍影にとって意外なことに、周布は部屋での飲み食いを断った。大衆と同様に、場末のむさくるしい卓をとり、安さが取り柄のどぶろくを好んだ。つまり、龍影の目論見は、いきなり挫折の曲がり角をむかえることになる。衆目のなかでは、周布もそうだが、龍影とてできることがかぎられてくる。
 ――‥‥人気の少ない頃合いだったとはいえ、店内は、彼等以外の客がいないわけではなかった。人以外も、いた。ジャパンには珍しいボルゾイという犬種が「引っ掻いていい? じゃれついていい?」と爛々と目を輝かせ、龍影の着物をよじのぼろうとする。いいわけ、ない。
「時に、周布様は黒虎部隊の紅葉さんと懇意でいらっしゃるのですかな?」
 惣右衛門は周布に話し掛けながら、ボルゾイ・シロを龍影から引き離すのにも、腐心する。
「いいや。だが、こちらに脚を向けることも多いからな。名と顔ぐらいは承知している」
 話すよりは聞くが得意の惣右衛門だが、周布もどちらかといえばそっちのようだ。鈴鹿の依頼が何だったか、という点には固執せず、あとは操作を挟む真似もせず、惣右衛門の誠実な話しぶりに耳を傾けているばかり。だが、これでは、それが向こうの依頼であるとはいえ、一方的にむしられるばかりだ。えぇいままよ、と、龍影は科を作って「薩摩が少し、動いてるそうですね‥‥」とほのめかす。
「薩摩は都での権勢を増したいのかしら‥‥?」
「薩摩か。そういえば、見廻組の設立に動いていたという話だが‥‥」
 秘密であるはずのそれをあっさりと口にされ、看破されたか、もしや自分でも気付かぬまにぼやいたか、と龍影は内心狼狽するが、どうやら、うっかりしたのは向こうのほうらしい。それも未だ自覚はないようで、龍影と目を合わさず、猪口を手挟む手をぼやっとぶらつかせる。
「‥‥甘い、」
「え?」
「と、某の知る男なら云いかねんな」
 甘い?
 虚を突かれる。龍影の知るかぎり、薩摩のやり口は十二分に強硬だ。見廻組の設立に、いったいどれだけの細工を弄したというのか。しかし、それを立て板に水で述べ立てるわけにもいかず、薩摩が甘いならば都は腑抜けの塊ですわ、と、つん、と唇を演技にのっとって尖らせる。
「では、長州には頭の切れる御方はおりませんの‥‥?」
「いるぞ」
 これも気負うところのない、あまりに律儀な返答であった。羽毛のように軽いが、浅くもなければ薄くもない。着地の加減を心得た、はばたき。
「吉田とかな。それから、高杉が、京に来ている。頭が切れるといったら、俺よりヤツだろう」
 ‥‥推薦を聞きたかったわけではない。いや、これはこれでまったくの無益とも思えなかったが。誰が来ている、だと?
「よっ。邪魔するよ、」
 と、龍影が耳新しい氏名について思いめぐらせたとき、ギルドから聞いた、と、店の暖簾を分け入ったのは、クロウ。遅れたわけを「どっかの商人さんの荷運搬の手伝い」と簡略に告げながら、心許り、顔の片側が顰めっ面になる。うわ、ここもかよ。充満する左党の様子にうんざりとしてみせながら、店内を突っ切る。
「報酬少ねえんだよな。最近こんなのばっかしだ。ま、平和ってことか」
「それは、なによりだ」
「だな。そだ、平和っていやぁさ。五条の宮サマって、長州に居るんだよな。どんな様子かとか分る? 病気とかしてないか?」
 ふむ、と、周布は――いや、そっちには関知していない。だが、険悪な報せに触れたおぼえもないから、悪い急変があったということもないのではないか?
「そっか」
 と、了承の素振りはしてみたものの、納得は出来ない。が、それがクロウ
「まぁ、惜しいよなあ。地位と血統とそれに見合う才能持った人なのに。罪滅ぼしって言うなら、あの人ならまた重要な責務を背負う事で、ジャパンの為に尽くす事で果たしても良い気もするんだけどな」
「では、ジャパンの為、とはどういうことをいうのだ?」
 反駁のほとんどなかった周布が珍しく、からかい半分といった調子で混ぜっ返す。クロウもそこまでしっかりした考えはなかったから、あぁ、うぅ、と、喉といっしょに脳もさんざんひねったあとに。
「‥‥街のゴミ拾い」
「‥‥そういう意見は、個人的には嫌いではないが」
 さて、周布はそろそろ気が済んだらしい。帰る支度をはじめる。いかがでしたかな、と、惣右衛門がとぼけて問えば、更に人を食った返辞で。
「長州の不審を聞かされたら、どうしようかと思っていたよ。京が平和というなら、ないのだろう。安心した」

●港
「よく帰ってきた、馨! この埴輪を返して欲しければ、こいつと同じ目方の酒を今すぐ用意し‥‥」
「残念です、たったこれっぽっちの『おいしい』(強調)お酒しかなくって」
「すいません。お返ししますから、少しでいいのでください」
「じゃあ、荷を船に積むのを手伝ってください」
 それから、皆で荷を船に揚げた。丁寧にな、と、呼び掛ける穂狼、いかにもジャイアントらしい、性別をあざむく、筋骨たくましい大柄な身体が繊細な手付きで船荷をつくる。港をめぐる。途中で小耳に挟んだところ、瀬戸内に海賊が多くなった、というのは、本当らしい。ただ、経済被害が多くなった、というわけでもない。目撃が増えた、だから数も増えているのだろう、状況証拠程度におさまっているらしい。
「‥‥ふぅん。そういう腹に一物あるような態度が、一番気にくわねぇな」
 が、此度の依頼の範囲では、倒しにいけるわけでもないのだ。冒険者ってのはつくづく後手に回るね、と、そこでようやく、自分が本日一度も鼻歌に遊んでいないことに気付く。――考えすぎると、くさくさしそうだ。船の船員をつかまえて、瀬戸内海図を見せる。傍らでは、龍影が馨から聞いた名を高槻笙に耳打ちしていた。
 けっきょくほとんどが空のやる気に終わったミラ、拍子抜けした気分で、船のできあがっていくのを呆然と見る。
「あの船はあの方のおられるところに行くんですよねぇ‥‥」
「あ、ん? そうさねぇ」
 具象を出せないもどかしさ。気のない素振りで、鼎は手に入れたばかりの酒で、唇を湿らせる。どんな紅よりこれがいっとう艶々来るのだ、と、はみ出る雫をぺろりと舐め取る。
「‥‥無事に帰ってくるといいですね」
「くるだろ」
 そういえば、馨は、夏色を辛くもとどめる青い楓を持ち帰ってきていた。
 ――‥‥これが朱く染まる頃には、あの船は、帰ってくるのだろうか。

 血の朱。
 不吉な暗示を呑み込むように、鼎はもう一杯を胃の底へ流す。