●リプレイ本文
●柱に端は幾つあるでしょう?
意味ありげに仄めかされたリュー・スノウの暗示の言を、篠杜観月(eb7046)は考える。
「それにしても妙な託宣よねえ。神サマってば何でそんな面倒な事させたいのかしらぁ?」
梔子陽炎(eb5431)の揶揄めくにも耳を貸さず、
「自らのお住まいですから、色々こだわりがおありなのでしょうか。」
すでになにごとか悟っているらしいトウカ・アルブレヒト(eb6967)の心得顔も見ないふりをして、
「ほんと、意地悪ですよねー。んーっと、真上から見て、あの形にすればいいと思うんだけど‥‥」
東郷彩音(eb7228)のほとんど解決に等しい独白にも耳を塞いで、石を煮るように、じっくりじっくり考える。アキ・ルーンワースも、そういえば、彩音のと似たようなことを呟いていたっけ。三人でできる外形、陣形。渡部不知火からの差し入れはたしか『保存食』であったはずなのだが、思索と推量にはたいへんな精力が必要とされるらしく、保存の間もなく観月の食道へ、まるで魔法で挫いたかでもしたように、どしどし消えてゆく。あともう少しで、分かりそうな気がするのだ。もう少しなのは、どちらかといえば、不知火の差し入れであろうが。
分かり、そうな気がする。
あの問いは、敢えて何事かを抜かしているらしいから、それを補ってやればいいので‥‥と、まるで行き成りの流星にぶつかったように、観月ははっとひらめく。
「三本で六箇所、三人じゃない。三角!」
柱を俯瞰して三角に組む。それぞれの頂点に一人が、二辺に手をかけるようにして持てば、託宣どおりになる。せやな、と、飛火野裕馬(eb4891)が満足げに賛成する。
「そうやな、普通に考えればそうなるわな」
観月はさほど上背の低い方ではないし、体付きもそれなりにしっかりしているほうだ。けれど、裕馬が彼女を見守る青い目はにこやかで、弱いものを慈しむ思い遣りに満ちている。まぁ、彼の場合、女性のやることなすことに、女性だからという理由だけで、たんに脂下がってるだけやもしれぬが。が、河童の斑淵花子(eb5228)に注ぐ目色までまったく同等なのは、褒めていいところなのかもしれぬ。
「他には、なんぞある?」
「はいはい。あたしは別回答を考えましたです」
花子、薄く皮膜の張った手を挙げて、しゃっきりと。彼女の考えたのは、こんなふう。三人がそれぞれ柱を一本ずつ抱える。託宣はべつだん、首尾一貫そうしろ、などと言い付けてはいないのだから、各各が道の途中で取り換えてやれば、これで、一人が二本執ったことにはなる。陽炎、化粧をはじめるように、紅付け指をついと唇に添わせる。
「私も、考えたわよん。一人が一本をとにかく運んじゃうの。そして、柱を担いだまままた元の場所に戻る。そしたら、持つ柱を変えてもう一度村まで運べば、謎は解決よねぇ♪」
「それもありな気がするな。‥‥どないする?」
「私個人は三角だと思ってましたが‥‥」
結城冴(eb1838)、あぁ、やっと振ってもらったか、というかんじである。ことさら蔑ろにしているわけでもなかったが、裕馬にとっては野郎の意見なんぞは、どんじり合わせでじゅうぶんなものらしい(それを蔑ろというのだ、という向きもあろうが)。冴は、託宣を実行できるようなら、なんでもかまわない。人がいろいろと思案をめぐらす模様も、存分に堪能させてもらったことだし。冒険者らの集うそこはすでに柱を受け取る基点の位置であったのだが、ここまでの道のりをたしかめてみたかぎりでは、道幅も充分にありそうだ。裕馬もまた、考える。花子の言った案が、いっとう、苦労は少ないだろう。しかし。
が、狙いのために骨を折るのも、それはそれで。
裕馬の恣意は、いつしか、するりと彼岸にそれる。群がる敵(でも、小鬼)をばったばったと薙ぎ斃し、癒しきれぬ浅い傷(だから、小鬼)を負って村に戻ると、神の柱を持ち帰った彼のところへ、村の娘らが喝采をあげて駆け寄る。そして、彼の怪我にかわいく叫び、誰が介抱するかで身内同士で揉め合う、ところへ裕馬がまぁまぁと仲裁に入り平等に全員を相手にするからと――そんなに、数いたか? 村娘?
「‥‥三角でやっちゃうか」
「はい、です。それでは、」
無事を祈って、南無南無南無南無。
裾野に向けて、突如、すさまじくいいかげんな経を詠み上げる花子。なにか妙な波でも受けたのかと思いきや、村に置いてきた荷の中に小型大仏像があったので、今更ながら、願掛けをはじめたらしい。
――神様のためのものを運ぶとき、仏に祈っていいかどうか、というのは、ひどく繊細な問題だ。
●そして、運ぶことになりました。
運び手は、四人。冴、裕馬、花子、観月。男性二人、女性二人、とはいっても此度の冒険に集まった一同はどちらかといえば力業は不得手なものが多く、陰陽師の冴にしたってどちらかといえばそっちだけど、彼より更にひ弱なものにさせるわけにはいかないから、と、精進を決めたようだ。
帰りは、下り。背の丈の違いを入れて、男性陣が二人、手前、一人の女性が後方。
「がんばってくださいね!」
で、彩音はひたすら声援に徹することに決めたらしい。ただ黄色い声を上げるだけでもつまらないから、と、道の半ばで拾った葉付きの見事な枝を、神事の幣帛のように振り回す。
「フレー! フレー! 皆様、頑張ってくださーい。あ、そういえば、フレーフレーって元は英語らしいですよ」
「あら、そこ。石ころがあるわよん」
「きゃんっ」
運び手が引っ繰り返らないよう、陽炎、道の有様にも気を配っていたのだが、どてっ、と、つんのめったのは彩音。ちゃんと周囲にも気を付けていたはずだのに、どうやら、応援のほうがおもしろくなって夢中だったらしい。
「こ、こんなの痛くないです。ぜんぜん、だいじょうぶです。気合ですよ、き・あ・いっ!」
「じゃ、小次郎はいらない? 気休め程度だけど、舐めてもらうおかしら、と、思ったんだけどぉ」
陽炎の忍犬、小次郎。飼い主と飼い犬は似る、とよくいうのに、陽炎の扇情に上塗りされることもなく、小次郎は罪知らずのつぶらな黒目。
「‥‥ちょっと、揺れます」
観月が借り出した茣蓙で包んでいるから、思いの外、手の窪に掛かる負荷は少ない。冴の、働きの沁みていない手にも、じん、と、引き攣るような重みがあった。が、観月に代わってもらった間に、実際に目をやってみると、紅潮していても、荒れや腫れとまではいっていない。
「自分が弱いと言われているみたいで、なんだか、ひどく、イヤになりますね‥‥」
「酷いですか? しばらく一休みいたしますか?」
「えぇ、いや、」
トウカの屈託に、まだまだ疲れていませんよ、と、返そうとした冴だけど、まの字も言い終えぬのに「おぉ、丁度ええ。休もうや」と、何故だかねつっこく裕馬が嘴はさんで、有耶無耶のうちに、疲れていることにさせられてしまった。
「俺、ホンマ、もうへとへとやねん。『色男、金と力は無かりけり』ってよういうたもんやなぁ」
‥‥まぁ、いいですか。くすり、と、笑む。秋の山を観照する機会をいただいたのだ、と、思えば。
紅葉にはあと一息かかりそうな、けれど、秋ざれの山だ。
歩き始めた稚児のように、ほんの僅か、端節を染め始めた木木。赤や黄、そして、いまだ山々の大部分はありとあらゆる緑の帯。その向こうに液体のような蒼がはためく、秋空。竜田姫の錦が織り上がるまではもう少しかかろうが、このような中途の風景にも、未完成の美しさがある。京の街にこもっていては見られぬ、佳景。無償の贅沢。これを拝見させていただけただけでも、ここへ来た価値はありますね、と、冴、月の輪に相似の瞳ではるかな景色を見霽かしていると。
いかがですか、と、ずいと何かが押し付けられた。
「これが、ジャパンの代表的な携帯食だというはなしをお聴きしましたから、」
トウカからの差し入れ。竹の葉がほろり、と、分かれて顔を見せたのは、炊いた米をまとめただけのおむすび。まぁ、海苔を巻くというのもけっこうな贅沢品だから。それに、トウカ、これを完成させるまでにとても一生懸命に手を尽くしたのだ。まず、ジャパンの御弁当の手本がよく分からない。そう込み入った調理ではないから、と、ウィザードらしく又聞きした知識だけで握ってみたのだが、炊きたてで熱々のうえにべたつく米飯をどうこうするのは、思っていたより難儀で――‥‥。
おおきに、と、率先して、裕馬が手を出してほおばる。むしゃむしゃ咬み下すなつっこい顔付きが、何故か、中程で凍り付き。
「‥‥具、は?」
「『ぐ』ってなんですか?」
ぐぅ。これ、ですか? ほんとうです。おむすびに似てますね。
トウカは、ぐぅ、と、拳固を裕馬に突き付ける。
「‥‥あ。堅さが足りないってことでしたか? す、すいませんっ」
エルフでウィザードのトウカ、たしかに、けして力のあるほうではない。が、それと、料理の加減とは、また別。はは、と、
「いや、そーゆーことちゃうんやけど、どっちかというと堅めすぎて潰れて膠っぽくところもあるんやけど、まぁえぇか。うん、けっこう美味いで」
「はい、美味しいです。だから、あとちょっと、がんばりますですよ」
ぱく、ぱく、と、嘴を器用に直角に割って食料を流し込む花子は、ほんとうに、楽しそうだ。そして、裾野でまた仏様に南無南無するのですよ、と、花子、仏像の御利益をてんから疑うつもりはないらしい。のわりに、殺生を築く武器をなくしたのはよいとして、妖蓑などという、いかにも仏様の厭がりそうな怪奇な雨具を着込んでいたりするのだが。
「私にも分けてくださーい」
と、身を乗り出す観月、不知火からのは、えぇ、とっくに食べきりました。けれど、そんなの押し隠して、知らん顔。これに勝ったら私の分のお昼もあげますよ、と、拳遊びを持ち掛ける、当然、技は。
「ぐぅ、ですねーっ」
――‥‥さて、腹もくちくなりましたので、運搬の再開を。あいもかわらず二人の男性が前で、一人の女性が後ろ。えっちらおっちら、肩や腕が突っ張るのもあと少し、というところで、ガサ、とそばの茂みが揺さ振られる。ようやっと来たようで、お客さん。
「いけない子。小次郎、見てきてちょうだいねぇん」
と、陽炎が忍犬をけしかければ、まるで小鬼たち、それを合図のように棍をまわしてくりだしてきた。つたないながらも知恵のある彼等は、骨休めの最中を狙うより、憩いの直後がもっとも気のゆるむときとみたのだろう。小賢しいが、それなりに理はある。が、そこはそもそも、裕馬によって小鬼がよく悪戯を仕掛けてくるところ、と、見抜かれていたので。ぶんっ、と、トウカが細い肩をくりまわして、飛礫を更に小分けしたようなものを幾つかばらまく。その大半は見当違いの弧をえがいてよそにずれていったけれど、運の良い一枚が、ぱしりと小鬼の鼻っ面をひっぱたいた。軍鶏の首根っこをへたくそな手際でねじけたような、甲高い悲鳴。ヒートハンドで温めた(そして、ちょっと、溶けたみたい)小銭を、投げつけたのだ。
「じゃあ、じゃあ、私もサンレーザーいっきまーす!」
「うぉっと」
「わ」
「ととと」
彩音、何かを受け取るようにまっすぐ腕を押し遣るけれど、本当は何かを噴き出すために。十秒の詠唱のあとに、ぱぁっと打ち出される、棒のごとく貫くサンレーザー。むろんは彩音はちゃあんと気を遣った。山火事になってはいけないから、と、草や木のある方角を避けて、牽制に仕掛ける――が、肝心の運び手は、そこにいたりして。声明のおかげで、たたらを一度踏んだだけで、日射の線から離れることはできたけど。
「き、気を付けてくださいね」
「あ、あはは。つい、うっかり」
「今のうち、すたこらさっさですよー」
そうそう、特別、小鬼にかまってやる必要はなかったのだ。冒険者らは、逃げた。柱を抱えているから一目散、とはいかなかったけれど、陽炎のもう一匹の柴犬が、新しい追いかけっこかと喜び勇んで、抜きつ抜かれつ、そんなふうに走っていった。
●運搬、終了。
おつかれさまでした、と、伊庭馨が出迎える。八人の彼等が不在のあいだに社を清掃していてくれたとかで、水にでも浸けたように綺麗さっぱりした光景がそこにあった。花子の仏像も、危なげなく、印を組んでいる。してみると、たしかに、御利益はあったのやもしれぬ。御利益――‥‥は、と、何事かに気付いたらしい裕馬、首を振って探し求める。
「ほな、俺の待望の村娘さんはっ!」
いない。
‥‥そりゃ、まったくいないわけではなかった。が、数人はことごとく野良仕事に出ているとかで、残念ながら裕馬の帰りを甲斐甲斐しく出迎えてくれる器量よしはいなかった。
「ま、まぁ、ええんや。今日はいっぱいの姉ちゃんと出掛けられて、楽しかったし。みんなで宴は」
「‥‥あのぅ。お昼はもう食べ尽くしましたから、私と馨さんの支度したものしかありませんが」
男だ。
えぇと。
「あら、私が御酌してあげるから、そんなにがっかりしなくてもいいんじゃないのぉ?」
陽炎がちょいちょいとつついて、ようやっと再浮上する裕馬。
「ほんま? 別嬪さん、嬉しいわぁ」
「私も男前さんと差しつ差されつできて、嬉しいわよん。もうちょっと小作りだったら、なおよかったんだけどぉ」
じゃ、本当に酒宴の用意を引き出しちゃいますね、と、そそくさと立ちかけた馨がふと振り返る。
「そうそう、どうしてこんな託宣をなさったか、心当たりがないか、村の方に聞いてみましたよ」
「意味、あったんですかー?」
ただの意地悪じゃなかったんですね、と、興味津々の彩音に、えぇ、と、馨が首肯する。
「三人――三、というのは全員の暗喩ですね――で協力しなさい、と」
‥‥へぇ。
ただのこだわりじゃなかったんですね。トウカ、素直に感心した。もうちょっと始めから分かりやすく云ってくださいよ、という気もしますが、神というのはどこもかしこも分かりにくいんでしょう、と思うと、理解は出来る、納得はしないが。冴から分けられた菓子に、トウカ、小さい口を大きく開けて齧り付く。やっつけの往復に疲れた身体に、優しい甘みが心地好い。
秋の日は釣瓶落とし。
流動する黄金が山の彼方に溶けかけている。