【長州反乱】 両替町攻防 〜攻〜

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:5人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月23日〜11月28日

リプレイ公開日:2007年01月04日

●オープニング


 京都、両替町。
 冒険者長屋と知られるその一帯は、たんなる住居の集合とはまた異なる側面をもつ。そもそも両替町の名の由来、多くの両替商が軒を連ねたことに端を発し、そして、冒険者が多数居をかまえるようになった現在においても、両替商どもはあいかわらずいそがしくその地で商いを続けていた。
 関東において尊ばれるのは金だが、上方では主に銀。これらに銅貨をくわえて三貨の交換の他、預金の受け入れや金銭の貸し付け等、両替商の扱う業務は幅広い。いわゆる「銀行」のように利子の制度はなかったが、世間的に信用ある両替商と取引のあることを明らかにすれば、自身も信用の対象となり箔が付く。直接の商品をあつかうわけでない両替商もまた、経済の流通に大いに貢献しているのだ。
 さて、それはいったん横におくとしよう。
 長州が京において、叛乱を起こすに際して、のこと。彼等は様々な拠点への襲撃を企てた。その一つに冒険者長屋が組み込まれるのもごく自然の成り行きだろう。役所に直接雇われているわけではないとはいえ、外国の流儀を多く取り入れた戦闘力、上司の指示なくして自由に判断を機動力、等々、冒険者の各種能力はけして軽んじていいものでない。
 そして。
 金や銀、貴金属の類は何処であろうと、一定以上の価値で処置される。入手経路の足も付きにくい。これら2点を見過ごす手は、なかった。


 破壊してくれ、と、彼は云った。

 望月のごとくにありありと――いや、さほどに明瞭ではない、むしろ繊月でつくった倒影のように薄い人影だったが――ただその胡乱なこと、ずいぶんわけのありそうなこと、だけは、あまりにも明らかな。質の良さそうな刀を下げているところからみて、おそらくは、武士。目深に押っ被せた編み笠と、上下をくまなく厚い外套で被って、容色ははっきりとしない。
 が、身の上を類推することは可能だ。彼の言動の一つ一つをとりあげれば。彼は、依頼を受けようとするものを丹念に面接した。わけのありそうなもの、脛に傷ありそうなものを、選り好みした。銭金のためならなんでも、というものを喜んだ。冒険者ギルドの内部で表明するのを避けて、ギルドの建物よりずっと距離を置いた薄暗いところに呼び出した。付いてくるものの数も限った。そして、ようやく依頼内容が切り出される。
「両替町を襲撃してほしい」
 と。
 じゃらり、と、袋に詰められた貨幣が投げ出されるよう、面前におかれる。通常の報酬に、幾らか割り増しされているようだ。
 冒険者のことを知るのは、冒険者だろう。そんなことを、今更のように、付け加えて。
「‥‥成功すれば、報酬を上乗せしてもいい」
 その男の目は、赤い。瞳孔が赤いというのでなく、赤黒い血筋が、皹入ったように、眼球に幾本も浮き上がっているのだ。その一本一本は奇妙に艶めかしく、脈を打つ、毒蛇の蠕動にも似て。充血は覚悟の証。ここまで来て、もしも断れば――と、そんな目をしていた。

●今回の参加者

 ea3220 九十九 嵐童(33歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6769 叶 朔夜(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb2284 アルバート・オズボーン(27歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3991 フローライト・フィール(27歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

壬生 天矢(ea0841)/ 鹿角 椛(ea6333)/ アンスヘルム・ヘルマン(eb5854

●リプレイ本文


 いつか長州は京都に弓引くであろうという取り沙汰が現実のものとなってはや数日。
 鹿角椛、アラン・ハリファックス(ea4295)らと散開し、フローライト・フィール(eb3991)、いや今日は『フロウ』だけど、は真っ白な端切れの絡む腕を泳ぐように切って、冒険者長屋の一角、両替町を流していた。そして二人は手近な通行人を捕まえ、かねがね心にしまっておいた言い訳、否、仮初めの真実、を叩き付けるように切り出す。
 曰く。
 彼らの質疑に応じない不審な人物がこちらに向かっていた、昨日今日の洛内のどさくさからいって、長州勢の手先かもしれない。次いで、両替町の南面、東面、の二方向から攻め立てる用意をしているようだ。フローライトはそれに北面での目撃情報も添加する。
 そこまで一気に聞かされた(といっても、二人ともまだまだ不馴れなジャパン語で、だが)男は、不思議そうに彼等を眺め遣る。
「冒険者ギルドからそんな依頼が出ていたのかい?」
「あ? あぁ、そうだ」
 危ないところだ、と、気を宥めるよう、アランは大振りの息を吐く。
 見た目からしてジャパンの生まれではないことが明らかなうえに、住人でもない二人が、長州勢の捜査をしているように見せかけるのは少々ムリがあった。冒険者にそのような権限は、ない。唯一言い抜ける方法があるとするなら、冒険者ギルドを通じての公的組織からの『依頼』とすることだ。
 あながち、まちがいではない。彼等はたしかに、現在、依頼を遂行している。違っているのは、依頼の内実ぐらい――もっともこれが肝心の――だ。
 幸い、と、云えるのか。ここは、冒険者ギルドに世話になってるものたちが多く住まうので、依頼といえばなんとなく説得力の出てしまう。が、そんなものはギルドでちょっと検証すればぼろが出るだろう、一日程度もてば充分だ。
 顔を憶えられてもいけない。そこそこに、待避する。アラン、
「よぅっ、久しぶりだな。髪は長〜い友達かっ?!」
「あ?」
 ――悪いものを見た気がする。喩えば、デビル。いや、そんなのよりもっと質の悪い伝染性の‥‥。
「‥‥考えないでおこう」
 なんとなく、なんとなくだ。アラン、これからのことを思えば、深く考えないでおいたほうがいい気がした。

 それが、昼前の出来事だ。
 もうすぐ、火が上がる。火種は爪の先程に小ちゃくて構わない、むしろそちらのほうが浮き上がらないですむだろう。盤上の捨て駒のごとく、日々の生活に埋没する赤。それが成長する。
「せいぜい女子供は逃げられるといいがな。‥‥ジャパンには、れでぃふぁーすとの風習がないんだったか」
「怖じ気付いた?」
「そうでなくってなぁ‥‥。分かれよ」
「分からないよ。見た目が儚いからといって、中身もそうだとはかぎらないから。実質を舐めてかかるのは他人以上に、自分にとって失礼だ」
 冷えた鉄のように落ち着き払ったフローライトは、どちらかといえば実際家の一言で。が、ふと何かを見出したように、案外とあどけなく表情をしならせた。
「でも、信じるものは『すくわれる』らしいよ。これって『救われる』んだっけ? それとも、足下を『掬われる』んだっけ?」
 アランは、派手やかな顔立ちを、苦笑、
「まぁ、全滅はしないだろ。そうしたら、俺もフロウも困る」
 長州は冒険者にいなくなってほしい。だから、冒険者を雇った。金銭という、天蚕糸のように細くも堅牢な義理立てで、冒険者は実行する。けれど、ギルドという仕組みまでが崩壊してしまえば、これらの機構は崩壊する。そこまでの、破滅はこの二律どころか、
「面倒だね」
 フローライト、けれど、どちらかといえば愉快そうである。

 アルバート・オズボーン(eb2284)はゲールハルトの名を付けられた鷲獅子のおとがいを、宥めるように撫で上げた。こんな御時世だというのに、どこからともなし、どこかの寺院に吊り下げられているのであろう梵鐘は義理堅く定刻を告げる。階層になってたなびく余韻。それがすっかりやむのを待ってから、
「そろそろ行くか‥‥」
 そして、乗り移る。すい、と、飛翔。
 ――即刻、金が欲しい。
 依頼人に告げたのと同じ台詞を心中に繰り返す。いかにも冒険者らしい動機。無論、金は動機ではあれど目的ではない。若きノルマン騎士が心の奥底で何を考えていようが、分からない。たとえ頭蓋を割って頭の中を覗こうと無駄である。
 重要なことは、金がほしいと言ったアルバートを依頼人が信じた。そして、ゲールハルトを操る若き騎士は両替町の上空を旋回しながら、淡々とした表情で、値踏みするように眼下の冒険者長屋を見ている。
「‥‥」
 狙いをつけておこうと目をほそめるが、良く見えない。高度を下げればいいのだが、地上の誰かに不信感を与えても拙いだろう。今は戦時、いきなり射掛けられないとも限らない。アルバートはゲールハルトを上昇させた。矢や魔法から狙われることのない十分な高さで停止する。
「なんだろ、あのグリフォン‥‥?」
 当然、地上の冒険者長屋からもアルバートの姿は見えていた。鷲獅子騎兵の正体は分からなくても、上空に留まるそれを不審に思う者もいる。
「もしかして襲って来たりしないだろうね?」
「誰か呼んできた方がいいよー」
 長屋の外で冒険者の妻達が口々に言うところへ、そこへ通りかかったドワーフのアンスヘルム・ヘルマンは意見を求められた。
「‥‥」
 ゲルマン語しか分からないアンスヘルムはしかめ面で首を振る。愛想の無いドワーフの事を話しかけた女性はすぐ忘れた。頃合を見計らっていたアルバートが町の南側に火のついた油壷を落し始めたからだ。
 グリフォン騎兵の爆撃により、両替町のあちこちで火災が発生した。同時多発的な火事に、すわ長州の襲撃かと町の住民はパニックを起こした。

「俺たちも行こうか」
 人遁の術、すっかりと他人の風貌で九十九嵐童(ea3220)が叶朔夜(ea6769)に話し掛ける。
「‥‥」
 朔夜は無言で頷いた。この二人は騒ぎが始まるまで、ずっと息を潜めて姿を隠していた。その辛抱強さは驚くべきだが、熟練した忍びである彼らにとっては昼寝をしていたに等しい。
 事前に東と南から長州が攻めてくると噂を流していた事もあり、騒ぎが起きた当初、住民の非難活動は西と北側に集中した。住民を西側に集める為にフローライトが北側に不審人物の噂を流していたが、これは効力が薄かったようだ。
 嵐童と朔夜は予め目星をつけていた屋敷の前まで来ると、手ぬぐいと頭巾で顔を隠した。そうしておいて足音を消した二人は中の様子を伺う。複数の人の声が聞こえた。どうやら逃げなかったらしい。手で合図を送り合った二人は影に融けるように屋敷内に侵入した。
「へへっ」
「あっ‥‥」
 いきなり目の前に現れた嵐童の姿に、両替商加賀屋の主人は短く声を出すのが精一杯だった。次の瞬間には小柄の柄打ちを急所に受けて意識を刈り取られていた。ろくに悲鳴をあげる暇も与えず、家人3人を次々と昏倒させた嵐童の腕前はさすがと言えよう。
「あとは頼んだ」
 最初から上首尾に気を良くした嵐童は笑みを浮かべて、見張りの為に外に出た。
「‥‥心得ている」
 残った叶は金箱を探した。叶は後始末も滞りなく済ませて加賀屋を出た。
「よし、次の店に行こう」
 呆気ないほど簡単な仕事だった。連続して三件の両替商を襲う。冒険者長屋が立ち並ぶ場所で実に大胆不敵な犯行だったが、二人はこの火事場泥棒を遣り遂せる。
 そして仕事を終えた嵐童達は避難民にまぎれてまんまと町を脱出した。言い訳を考えていたのだが、荷改めをされる事も無かった。
 この成功にはアランとフローライトが影から二人を助けた事が大きい。アラン達は避難誘導する冒険者のフリをしたり、直接邪魔する事で二人の仕事を守った。両替商の襲撃は結局、騒ぎが収束した後まで誰にも気付かれなかった。
 だから、嵐童が両手の鬼神ノ小柄の重さに打たれたのも全てが終わった後だった。
「‥‥殺した?」
 九十九は店員達を全員気絶させたつもりだったが、彼が周辺警戒に外に出た後、朔夜は止めをさしていた。気絶ではいつ起きるか分からないし、ひとりで縛り上げる手間は惜しい。万が一にも証拠を残す訳にはいかなかったし、依頼人の望む打撃にもなると考えた。
 逆の立場なら朔夜は気付いただろう。優秀な忍びの嵐童には欠陥も在る。
「気にいらねえな」
「‥‥」
 嵐童の怒気を朔夜は無言で受け止める。卓越した技を持つ二人の忍びの、相違点。暫く睨み付けた後、赤髪の忍者は微笑を浮かべる。
「ひとまず依頼は完遂、か‥‥次は長州の喉元にでも噛み付くかね?」

「なあ、そんな所で見てないで手伝ってくれない?」
 避難活動に働く褐色のシフールがグリフォン騎士に近づいた。
 アルバートが何をしているか気付いた様子は無いが、邪魔者には違いない。幸いひとりだ、返事をするフリをしてアルバートは神速の突きをシフールに放った。彼のレイピアはケヴァリム・ゼエヴの身体を捉えたが、傷は浅かった。
「う〜わ〜っ! 何するんだよ!」
 逃げるシフールを追う。スポード勝負なら、グリフォンの方が上だ。しかし、仕留める前に下から射掛けられた。どうやら地上の冒険者達に気付かれたらしい。しかもこの射手は凄腕だ。
「ちっ」
 シフールの始末を諦め、上空に逃げてやり過ごそうとしたが、月光矢でうたれて考えを変える。ムーンアローは拙い。アルバートは逃げた。南と東は十分な戦果を出した。北側の目標を残したが、今ならまだ正体までは知られていないはずだ。

「‥‥よくやってくれた」
 依頼人の男は冒険者達の仕事に満足し、全員に特別報酬を出した。
 両替町の被害は壊滅に至るような物ではなかったが、多数の死傷者を出した。


(紺一詠&松原祥一)