●リプレイ本文
祝祭に準えるには、悪辣すぎる。
儀式に見立てるには、下等すぎる。
――‥‥あとから振り返れば、そんな数日だった。
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やれやれ、日本に来たばかりでこれかよ。
アッシュ・ロシュタイン(eb5690)、心臓がしぼみそうに、深々と吐息を漏らす。彼はロシアからジャパン・京都へ物見遊山に訪れたばかり。少なくない数の冒険者が巣くうであろうひとまず長屋でも練り歩いて、道を憶えようかとしていたところ、こんな騒ぎに巻き込まれてしまった。
さて、どうしてこうなったのだろう。恨むべきは人災の担い手か、それとも、まるで災害に引き寄せるような苦労性の我が身の資質なのだろうか。検討は事後にまわすとして、ひとまず避難を呼び掛けようとしたが、彼の警鐘に耳を傾けようとせず――と、原因はほどなく自明した。つい、ゲルマン語を使っていたらしい。
「えぇと、こういうときはジャパン語でなんといったかな‥‥」
「あら、あなた。ゲルマン語を話せるの?」
かっかっと火照った身体を冷ます、爽涼な声だ。地獄に仏の喩えは、彼や彼女の素性にそぐわない。アッシュが声の主を捜そうと首を捩じると、私わたし、と、あちらの方からたわわな乳房を揺らして駆け寄ってくる。彼女は、セピア・オーレリィ(eb3797)。
「この通りには家を探しに来ただけのつもりだったんだけど、こんなことになっちゃって、どうしようかと思っていたのよ。あなた、道を知らない?」
「すまないが、俺も似たようなものだ」
「あら、ごめんなさい。じゃ、私たち似たもの同士ね。具合のいい、ってのもおかしいけれど、よければ御一緒しません?」
短めに刈り込んだ首を振り、アッシュが肯く。セピアは己の魅力を存分に心得た微笑を製した。
「じゃあ、決まり。セピア・オーレリィよ」
よろしくね、と、アッシュを見上げる。よろしく、と、アッシュ、こちらは少々ぶっきらぼうなかんじ、すでに心は別のところに捕らわれているらしい。月の光の冴ゆるのにどこか似た青い瞳を、轟々とくずれる人波に向ける。目を凝らして道を見極めようとするけれど、たしかに彼の視力はなかなかよろしいほうではあったが、別に透視ができるわけではないのだから、烏合の衆で塞がった道の行く末を見通すことはかなわない。
「私たちよりきっと、あの人たちのほうが道を分かってると思うわ。きっと外に繋がってるわよ」
たぶんね、と、セピアも肩をすくめながら見やった。騒ぎが起きているのだから、当然、騒動を収めようとする人物がいるはずだ。役人か、或いは自分達のような冒険者のような者が。まずは、そのような者たちと合流し、責任者が居れば指示を受け、でなければ一緒に対策を考えれば良い。
「あ、あそこを見て」
言いながら、セピアはアッシュの腕を掴んでそちらに引っ張っていた。
「落ち着いて下され、大火にはなりませぬ!」
両替町にやってきた神楽龍影(ea4236)は逃げ惑う人々を鎮めようと暴徒寸前の群衆のまえに姿を曝した。
「本当かい、逃げなくていいのか?」
さて人間誰しも火事や戦は恐いが、といって家を捨てて逃げるには躊躇いもある。間近な災害でも避難しない人は意外に多い。
「本当だ。これを見よ」
龍影が呪文を唱えると、彼の掌中にぽっと火の玉が生み出された。あっと驚く人々、更に龍影が呪文を呟くと炎は形を変えて空中を移動する。そのまま長屋に取り付いた炎が屋根を這うと悲鳴が上がったが、龍影が拍手を打ち鳴らすと炎は消し飛んだ。
「見た通り、私は炎を消し去る秘術を会得している。この町ならば他にも私のような者達が揃っていよう。この町が大火に曝される事は無いゆえ、皆落ち着かれるが良い」
龍影のパフォーマンスはとりあえずパニックに陥っていた人々を正気に戻す効果はあった。引き返す群衆に逆らってアッシュとセピアが龍影の側までやってくる。
事情を聞く二人に、龍影はここへ来る途中に聞いた話から自分の考えを話した。
「おそらくは、長州の」
「ちょーしゅー」
知らないな、と、セピアは肩をすくめた。
「それ、ってゆうか、その人たちって見た目だけじゃ分からないわよね?」
「‥‥ですな。訛りならば、違うておりますが」
「あー、やっぱムリだ。そんなの聞きわけられるほど、ジャパンの文化に詳しくないのよ。今更おさらいするくらいなら、助けられる人を助けたほうが早そう」
道理だと龍影も頷く。避難誘導は彼女らに任せ、龍影も長州兵を撃退するためにその場を離れようとしてその足が止る。
「長州‥‥自ら義を棄てるのか!?」
反乱の是非はこの際、問わない。しかし、京の町を戦場とし、武士でない無辜の民を攻撃する行為に正義があろうとは思えなかった。
「許されぬことを‥‥」
一方で、主君の命であれば、同じ事をするかもしれない己を龍影は意識せざるを得ない。立ち尽くす女志士、面の奥で苦悩に歪む彼女の顔が見えるようであった。
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紅葉が空が徐々に色付いてゆく。夕暮れを映しているわけでなく、火の粉に炙り出されて、一際大きな欠片が否、それは、きちんと知性のある生命だ。
「た〜い〜へ〜ん〜〜★」
愉しくて★が付くわけではない。ちかちかとする視界に悩まされつつ、長屋から飛び出したシフールのケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)は両替町の上空へと上昇した。
「うわーっ」
古より続く京都の街が燃えていた。あちこちから上がる火の手に、おもわずケヴァリムは感嘆の息を漏らしたが、愉しんでいる訳では無い‥‥おそらく多分。
「ユダくん、なんだか大変なコトになっちゃったんだな〜」
一通り周りを見回してから部屋に戻ったケヴァリムは湯田鎖雷に外の様子を詳らかに語る。
「火事だよっ。まちじゅうで火が出てんの、‥‥なんでっ?」
身振り手振りで説明するケヴァリムは、話すうちに理由に気付いた。火事は両替町のあちこちで起きていた。おかげで住民は大パニックだが、普通ならもっと前に気付く筈だ。同時多発的に起きたのだとすれば理由は一つ。
「放火だっ!」
「それしか無いよ、な。‥‥長州か?」
湯田は昼間見かけた友人の事が頭を掠めたが、今はそれ所ではない。町を守るため、ケヴァリムに助力を申し出た。
「ユダくん、ありがとー! 恩にきるよぅ。それじゃー、まず動物さんを避難させなくちゃっ」
目の付け所は悪くない。冒険者長屋には冒険者が飼う多数のペットが居る。ペットと言っても愛玩動物なんて生易しいモノじゃないので、火事でこれらが暴れ出したら、深刻な二次災害に発展しかねない。
「まさかこのような事に‥‥弱りましたね」
両替町の友人宅を訪れていた宿奈芳純(eb5475)も騒動に巻き込まれたひとりだ。状況確認のために近くに居ると思われる友人にテレパシーを試みた。
『何の騒ぎですか?』
『知らんっ! とにかく火事だ、自分の目で確かめてみろ』
念話は相手の都合に配慮しない。天の声の如く有用な情報を囁いてくれるなら話は別だが、騒ぎの最中は少々鬱陶しい。話し相手が同じ場所に居ないので、見れば分かる事でも一々説明しなくては伝わらない。
表に出た芳純は町のあちこちで突然火事が起きたらしい事を知った。
「付け火? とすれば、狙いは両替商の金、でしょうか‥‥」
そう推測した芳純はひとまず両替商に向った。その途中で避難する人から、町の外に出る橋が燃えているという話を聞いた。
両替町の東側にある橋が燃えていると聞いたのは、この町に家を借りているカムイラメトクのシグマリル(eb5073)だ。
「隣人達が傷ついていくのを、黙って見過ごす事はできない」
法螺貝を手にしたパラの青年は自宅の屋根に上り始める。
思えば、昼間から不穏な噂は流れていた。長州勢が両替町の金を狙って襲撃してくるという噂。話だけはもっともらしいが、長州軍の蜂起後、洛中には様々な憶測、流言が飛び交っていたし、その兆候は見られなかったので重要視はされなかった。それが逆に、いざ事が起きた時にパニックを誘発したのかもしれない。
「‥‥」
屋根の上に立ったシグマリルは深く息を吸い込むと、ありったけの力で法螺貝を吹き鳴らした。
ぶぉぉぉぉぉっ!!
驚いて屋根の上のパラを見上げる人々に、
「あなた達は京に聞こえし冒険者だ!」
普段人々を見上げて過ごすシグマリルが一喝する。
「この程度の危地、冒険者であれば今までに何度もくぐり抜けて来ていよう。今必要なのは逃げ惑う事ではない」
多少酷な事を言っているのは承知の上だ。
冒険者といえど人の子、己の家と家族が窮地に遭えば取り乱しもすれば逃げもする。またこの混乱は指揮系統の無い雑多な集まりである冒険者稼業の弱みとも言えた。
この時、シグマリルと同じく屋根の上に登っていた冒険者がいる。
江戸から来た客人を出迎えた直後に騒ぎを聞きつけた一条院壬紗姫(eb2018)の行動は早かった。生業の習性が働いたのか即座に屋根に手をかけてよじ登っていた。
「襲撃!? ‥‥まったく、義兄様の御友人が訪ねて来ている時に!」
遠物見の壬紗姫の目は居合わせた冒険者の中で一番だ。実は同じ稼業で彼女より目の良い白河という男も居たのだが、彼は気付かなかった。
「‥‥何ですか、あの鷲獅子は‥‥」
両替町の上空に、鷲獅子騎兵が居た。騒ぎの様子を見に来た冒険者にも思えるが、壬紗姫には動きが不自然に思えた。そして目で追ううちに何をしているかを知り、顔色が変わる。
「‥‥なんと卑劣な!」
その鷲獅子騎兵は上空から火のついた油壷を両替町に落としていた。壬紗姫は抑えきれぬ憤怒に身震いする。剣士である彼女には鷲獅子騎兵を止める術が無い。アレを落すには、凄腕の弓兵、或いは遠距離攻撃が可能な魔法使いが必要だ。
「私は彼奴の事を皆に知らせます。ですが、火事だけが目的とは思えません。天堂殿、加賀美殿、助太刀をお願いできませんか?」
「もとより、そのつもりだ」
天堂蒼紫、加賀美祐基に情報収集を頼んだ壬紗姫はその時、シグマリルの法螺貝を聞いた。
長州兵は両替町の南側、それに東側から攻めてくると噂が流れていた。
事実、先に南側、続いて東側で火事が起きて噂の信憑性を後押しすると、住民の退路は西側、北側に集中してパニックに陥った。北側の騒ぎは龍影が収め、西側はシグマリルが説得した。
それに重なりセピアとアッシュ、芳純の避難誘導で住民達の動きが整然とし始めた。避難誘導していた冒険者同士が長州の間者と勘違いして争う場面もあったが、幸いにこの場所で死者は出なかった。
「なあ、そんな所で見てないで手伝ってくれない?」
ペットの避難活動を進めていたケヴァリムは上空の鷲獅子騎兵に近づき、攻撃された。仮面をつけた騎兵のレイピアは鋭く、地上の仲間達が気付いて援護してくれなければケヴァリムの命は無かったろう。
壬紗姫とケヴァリムに捕捉された鷲獅子騎兵は逃げ回ったがシグマリルの妖精の弓、そして芳純のムーンアローを受けて退散する。放火が止んだ後、各所の火事は龍影の魔法や住民達の働きにより何とか消火。橋も落ちずに済む。
逃げ遅れたり、或いは避難せずに火事で死亡した人々が十数名。また火事場泥棒に襲われた両替商が三件。
それでも町を守った冒険者達の活躍に住民は感謝し、原因である騎兵を見つけ、追い払った壬紗姫とシグマリルには感謝の品が贈られた。
(紺一詠&松原祥一)