●リプレイ本文
相次ぐ乱で世情緊迫した京を離れて、大仏ごと郊外に引っ越す和尚とそれを護衛する事になった冒険者達。
「仏尊まで都を発つとは‥‥物寂しいものであるな」
旅立ちの前に一行のひとり、老志士の阿須賀十郎左衛門暁光(eb2688)は苦笑した。
京都はジャパン随一の宗教都市である。奈良より遷都して以来、数百年、都を守護する諸宗派の名刹が立ち並び、その威容は新興の江戸や長崎の及ぶ所ではない。その仏が京都を捨てるようで、何やら御仏の加護を疑いたくなる依頼だが、火宅に生きる身は理屈だけでは生きていけぬという事か。
「長生きしすぎたか‥‥いやいや」
髪は真っ白、顎には見事な白髭。とうの昔の引退していておかしく無い十郎左衛門は、自嘲気味に口端を歪め、傍らの巨大な荷を見つめた。
「ふみゅー‥‥」
その大仏を眺めて妙な溜息をつくのは長身の女エルフ。
「おっきいですねぇ‥‥」
彼女、アミ・ウォルタルティア(eb0503)は心底感動している様子。インドゥーラ出身というから仏像そのものは珍しく無い筈だが、ジャパンのものは何でも感慨深いらしい。
「ともあれ、まずは拝みますですよー」
神妙に合掌する金髪碧眼のインドエルフ。これから数日間の彼女達の旅の無事を祈っておく。その様子を、イギリス人の傭兵レジー・エスペランサ(eb3556)が見ていた。
「大仏と坊さんの護衛って言うから、どんな抹香臭い仕事かと思ったが、どうして‥‥これも日頃の俺の行いが良いからか?」
むくつけき僧兵がぞろぞろと出てきそうな仕事だと思ったが、集った7人の冒険者に僧籍は皆無。更に言えば重い荷運びは無理そうな華奢な女性と老人で過半数。
「いやその‥‥大丈夫ですかな?」
依頼人の和尚は予想と違う冒険者の顔ぶれに戸惑いを隠さない。一時、全財産を預けるのだから無理もないだろう。
「心配はご無用。このように馬を用意してあるので、大仏の運搬に支障は無いと存ずる」
馬をひいてきた十郎左衛門が安心させるように言った。
「それとも、拙者のような老いぼれでは不服と申されるかな?」
老志士の迫力に、和尚は慌てて首を振った。見送りに来た者達に挨拶しようと和尚が席を外したのと入れ替わりに、熟年の女エルフが志士に声をかけた。
「困ったものね。和尚さんが心配してるのは大仏を運ぶ事だけではないでしょう?」
マーヤ・ウィズ(eb7343)は諭すように言った。
「‥‥ふむ。承知しているつもりだ。確かに、無頼の輩には絶好の鴨と写るやもしれぬ」
自分達の姿は賊にとっては狙いやすい老人に女子供ばかりの集団と見えるかもしれない。危険を避けようと思えば見掛けも大事だが。
「もし現れた時は、拙者がただの爺では無い事を証明してくれよう」
阿須賀は自信満々。実際、彼はこのメンバーでは主力の位置だ。佐々木流の豪剣を遣う。
「そういうのを、年寄りの冷や水というのでしょうね。年をとると、どうしてそう頑固になるのかしら」
マーヤはやれやれと溜息をついた。ちなみに彼女は今回の顔ぶれでは抜群に最年長、何歳かは秘密。
程なく準備は完了した。手伝いに来たクーリア・デルファと音羽響が荷物の整理に協力したので予定より早く済む。大仏を載せた台車のほかに、トウカ・アルブレヒト(eb6967)の馬にも皆の荷物を分けて載せた。そして台車には十郎左衛門と朝霧霞(eb5862)の馬二頭を繋ぐ。二頭立てにした事で速度に若干だが余裕が出来る。
道中の隊列は以下の通りだ。
レンジャーのレジーが先行偵察、十郎左衛門が台車の前方、アミとマーヤが側面を警戒し、霞とトウカが台車の後ろを守る。更に一行から少し離れて、カムイラメトクのアトゥイチカプ(eb5093)が後方を警戒。
レジーとアトゥイチカプは一行と関係ない風を装っているが、見る人が見れば物々しい警戒である。
「そうそう、私、以前の依頼で勉強したのですよ」
京都を発ってから緊張した面持ちの和尚を慰めるように、トウカが声をかける。
「ほぉ、何でしょうな?」
「オニギリとは中に他のものを入れて楽しむものなのですね。やはりジャパンのものがよかろうと、たっぷり詰めてきました」
顔をほころばせて弁当の包みを取り出すトウカ。中にあるのは、なるほど不恰好だが白いおむすびだ。
「よろしければどうぞ」
邪気の無い笑顔で勧められ、和尚も緊張をとく。礼を言ってトウカの差し入れを手に取った和尚は彼女を安心させようと、大きく口を開けてオニギリに齧り付いた。途端に、表情が凍りつく。
「どうですか? ウメボシというのでしたか、きれいな色で素敵ですよね」
オニギリの中身はぎっしり詰められた梅干。思い切りかじりついた和尚は答える余裕もなく、口から血のように真っ赤な果汁が滴り落ちた。‥‥何の罰げーむ?
「――は、げほ‥‥いやこれは、中々に味わい深いですな。‥‥所で、味見はされたのですかな?」
ようやく嚥下した和尚は、精一杯の笑顔で聞く。
「味見?」
怪訝な顔で聞き返すトウカ。どうしてこういう人々は自分を実験台にしないのか。何故か幾度注意しても直らない事が多いのは、不思議というより無い。
よく見れば赤く変色したオニギリも目立った。ここまで来ると、食べて身体を壊さないか保障の限りではない。トウカは新たな獲物を探して仲間達に声をかける。
「え、ジャパンのオニギリ? 勿論、頂きますですよー」
ジャパン大好きのアミは出された凶器を美味そうに頬張り、ひーひー泣いた。
「こ、これがジャパンの味なのですか? みゅみゅー、水をくださいですー」
ジャパン料理は激酸っぱいという間違った知識を得たアミだった。
さて、この極悪梅握りを完食したのは和尚とフェミニストのレジー、それに頑固爺の阿須賀の3名。朝霧とマーヤは任務遂行のため丁重に断った。
「うわ、すご‥‥。トウカさん、これ失敗」
そしてアトゥイチカプはハッキリと拒否った。直接言うのも優しさか。少し遅いが。残ったオニギリはトウカが自分で食べた。
泣きっ面に雨、夕暮れ前に小雨が降りだした。夜半には雪に変わりそうだ。防寒具を持って来ていないレジーとトウカは身体を震わせている。
「この寒さじゃ、野宿は無理だろ。少し遠いけど、今夜は宿場に泊まった方がいいよ」
アトゥイチカプの提案に、十郎左衛門が頷く。前半、多少距離を稼いだので遠回りしても日程は大丈夫だろう。多少の遅れより、体力の無い仲間達が心配だった。
「しかし、荷はこの量であるからな。旅籠には入らぬゆえ、守りは必要であろう」
不寝番は交代で行うとして、十郎左衛門は深夜から明け方を希望する。
「え?」
怪訝な顔で老志士を見つめるアトゥイチカプ。
「なに、年寄りは朝が早いのである」
十郎左衛門は淡々と言ったが、パラの次の言葉に顔色を無くす。
「‥‥や、でなくて‥‥腰、とかさ」
宿場に辿り着くと和尚には旅籠に泊まって貰い、冒険者達は荷の近くで野営する事にした。霞が台車の近くにテントを張り始めると、レジーがトウカとマーヤも和尚と一緒に旅籠に泊まるよう提案する。
「見張りは5人居れば十分だ。2人には、明日の為にゆっくり休んで欲しいと思う」
体力の無い二人を気遣っての事だ。京都の冬は寒いし、慣れていても不寝番は楽ではない。夜襲の危険もあるが、明日襲われる危険も同じほどにある。
「‥‥そうね。少し疲れたから、お言葉に甘えさせてもらいますわ」
といったのはマーヤ。ロシア生まれの彼女があっさり承諾したのは意外だったが、おそらくトウカを思っての発言だろう。トウカは顔に出さないよう、よく我慢していたが、体力の無い所に天候不良と防寒具の忘れがたたって調子を崩していた。
不寝番の順番はまずアミと朝霧、次がアトゥイチカプとカントとレジー、そして最後が阿須賀。ちなみにカントはアトゥイチカプのペットの光の精霊。
最初の見張りに立ったアミは寒さで手をこすりつつ、隣の霞に話しかけた。
「みゅー、ジャパンの夜は寒いのですねー」
「‥‥冬は寒いわ」
霞は口数が少ない。人嫌いでは無いようだが、必要な事以外は殆ど喋らなかった。ある意味、侍らしい侍である。気にせずアミは話し続けた。
「追剥ぎさん来るですかねー。あ、でも追い剥ぎさんて‥‥どこの国もやること同じですー」
自分の言葉にうんうんと頷くアミ。そんな他愛無い会話が交代の時まで続いた。
盗賊が来るか来ないかは正しく天のみ知る事だが、来てもおかしくない状況ではあった。金目の物を持っていそうな寺社の疎開。それも人目をつく大仏つきで、護衛の冒険者は老人と女子供ばかりとあっては‥‥まるで襲ってくださいとお願いしているようだ。
襲撃は、翌日の正午だった。
お誂え向きに暗い林の中で、鋭敏な感覚でそれに気付いたレジーが仲間達に危険を知らせる。後方のアトゥイチカプにも知らせて、面々は油断なく前進した。
ひゅーっと風を切る音がして、右の暗がりから矢が撃ち込まれる。同時に左側で叫び声が上がった。賊は左右から撃ちかけようとしたのだが、潜んでいたレジーが左側の射手を撃ったのだ。
「ぬうう、仏を射掛けるとは何たる不心得者!」
十郎左衛門は賊の矢を受けたが、構わず刀を抜いた。それに応じるように、前方から手に手に武器をもった野盗たちがぞろぞろと現れた。
「7、8人って所か。撹乱してくる、荷車は任せたぜ!」
台車の陰に隠れていたアトゥイチカプがエペタムを構えて飛び出す。
「任されたわ」
二天一流の霞は小太刀「微塵」と大脇差「一文字」、二刀の業物を抜き放って台車の背後に陣取る。前と後ろを2人の武士が防ぎ、アミ、トウカ、マーヤは荷と和尚の護衛だ。
前方から来る野盗が台車に肉薄する前に、マーヤの呪文が完成した。黒い重力波が一直線に飛び、数人の野盗を薙ぎ払う。
「よ、妖術使いがいやがる!?」
野盗達の間に明らかな動揺が走った。精霊魔法の普及が制限されているジャパンでは、この手の魔法への畏怖も強い。賊のレベルも高くない事が知れた。
「いきます!」
一晩休養して体調の戻ったトウカが、ファイヤーコントロールを使って松明の炎を操った。意思を持つもののように炎が台車と冒険者達を守る。
「おかしいぜ、こいつら。‥‥まさか、罠?」
「なんだってぇ。そうか、俺達を捕まえるために、都の奴ら‥‥」
機先を制されて動揺したせいか、後ろ向きの思考に陥る野盗たち。それに追い打ちをかけるように、
「私もやるですよー」
懐からスクロールを取り出したアミはどうしてよいか分からず立ち止まっている賊にサンレーザーを浴びせた。日光を遮る林の為にダメージは僅か。しかし、それが後押しになり、賊は踵をかえして逃げ出した。
「お、おい」
「盗賊狩りだぁ、勝てねぇよ。逃げろー」
十郎左衛門や霞と打ち合っていた賊も仲間が逃げ出してはどうしようも無い。野盗達は呆気なく退散した。
「追うか?」
「いや、深追いは禁物であるよ。それに‥‥腰がな‥‥」
「は?」
「まだ荷台は空いておろう? 悪いが、荷の傍らに積んでくれい」
賊が見えなくなるのを確認してから、腰を抑えて蹲る十郎左衛門。
ともあれ、野盗達は本気で逃げ出してしまったのかその後は襲撃もなく、冒険者たちは夕暮れの前に目的地の庵に辿り着いた。庵に大仏を運び入れるところまで冒険者達は手伝った。
「皆様のおかげで仏様も私も無事でございます。この御恩は忘れませぬ」
深々と礼を言う和尚に、アトゥイチカプが聞く。
「普段世話してくれてる人とか居るの?」
先程の野盗がお礼参りに来ないとも限らない。そういうと和尚は思案げに頷き、近くの地侍に相談してみると言った。
都よりここの方が安全だろうと越してきたが、どこにでも賊は居るものである。
和尚に別れを告げて、冒険者達は混乱続く京都に戻っていった。なおこれは余談だが、ぎっくり腰の十郎左衛門を運ぶために和尚から台車を借りた。
(代筆:松原祥一)