《江戸納涼夏祭》 迷子札
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月24日〜08月29日
リプレイ公開日:2004年09月03日
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●オープニング
夏は暮れるが、江戸の祭りは今が盛りと萌える。綿の花しべ開く、処暑の初候。鼬雲のようにわきあがる喧噪からのがれ、冒険者はギルドの暖簾をくぐった。さて、その理由はなんだろう。人いきれにあてられてひとときの休息を求めたか、いつもは与えるものと与えられるものでごったがえす冒険者ギルドも、彼らが中心となって音頭をとる祭りのまっさいちゅうでは少しぐらい静かではないか、とほのかあわく類推したか。だとしたら迂闊であったとしかいえぬ。冒険者ギルドはあくまでも冒険者ギルド、親が死のうと槍が降ろうと、いいやそんな非常識が罷りとおればとおるだけ、冒険者ギルドというヤツは商売繁盛・子孫繁栄・交通安全、めでたしめでたしめでたくない。
ま、今回のことは、常時の騒乱にくらべればずいぶんと平和な代物であったのだが。
「よっしゃーっ! いいところに来たな」
気に入りの席を確保するかしないかのうちに、冒険者は番頭にひっつかまって数あるギルドの一室へとせきたてられる。いったい何事だ、の短い問いは、逆に、問いの体裁をとっただけの三段論法もどきに中和された。
「暇か、暇だな、暇だよな?」
否定も肯定もかえすまなく、ずいとなにかをおしつけられる。
「暇なら仕事を紹介してやろう。この子の面倒をみてくれ」
おぉ、これはまごうことなき、『子』。
一部の方の趣味にあわせた描写をとれば、『ょぅι゛ょ』。
3歳ぐらいだろうか。祭りにあわせてしつらえたらしい、あやめの柄の着物がよく似合って愛らしい。あまり人見知りをしない性質の幼女は、冒険者にたいしても愛想よく裏のない笑顔をふりまいている。が、色のうすいまつげには、かすかに涙のあとらしきものもみえる。
「この子、ギルドのまえで泣いてたんだよ」
「‥‥迷子?」
「じゃないか? 迷子札はつけてないみたいだが」
「って、それ、迷子じゃなく捨て子じゃあ」
「云ってくれるな」
どちらにしろめんどうな問題である。なんせ情報の網もろくに発達していないこのころの迷子はかならず親元にもどれるとはかぎらなかったのだから。捨て子ならば‥‥云うまでもない。かといって無視をつづけるわけにもいかなかったのだろう。江戸の町は通常のときでさえ危険が多い、かどわかしに連れてかれる可能性はおおきかった。
「じゃあ、しばらくおねがいする。俺はちょっとそこいらを見回って親を捜してくるから。なんならおまえたちで親を捜してくれてもいい、そのほうが効率がいいかもな?」
「あ、待って。報酬は?!」
「では、諸君、がんばってくれたまえ。さらばいだ!」
‥‥逃げられた。しかも、どこの言い回しだ最後のは。
まぁ、しかたがない。冒険者は腹をくくる。子どもに罪はないし、報酬の件はあとからきっちり問いつめてもいい。幸いなこと、なのだろうか、どうも素直な性格らしいから世話もそうむずかしくはないだろう。経験がすこしでもありさえすれば、だけど。
などと考えてるうちに、幼女は冒険者にとりすがり、あどけない一言を。ぐっさり。
「おとーたん♪」
「ぬれぎぬだー!」
●リプレイ本文
●迷子の迷子の‥‥
神聖歴999年、じつは迷子札という風習はそれほど江戸市中には浸透していない。読み書きのできるものはあまり多くなく、いたとしても富豪や武家などの子どもを軽々しく一人にはしておかない層に集中しているせいもある。アイリス・フリーワークス(ea0908)が代筆をたのんだ相手は、あまり効果は期待できないかも、とアイリスをいくぶん気の毒そうに見やりながら語った。
「えーっ」
ぐわぁん、と心の動揺ままに、アイリスは手製の垂れ幕を上下させる。てづくりの風にゆらゆら舞う。
「でも、やらないよりはぜんぜんマシですし」
そう、身の丈の倍の倍のながさの布きれを下げて飛行する羽根妖精がめだたぬわけがない。もしかしてアドバルーンならぬアドシフールなる商売がはやったりしてっ?(だから、識字率の問題が‥‥)。アイリスはちっちゃいこぶしをかためる。
「だから元気だすですよ。御両親はきっと見つかるです。おねーさんたちに任せるですよ」
「まーま?」
‥‥各国の幼児語に比較的よく出てくる音のひとつに『マ』がある。イギリス語で『マム』といえば『おかあさん』、ジャパン語で『まんま』といえば『ごはん』。つまり、なにがいいたいかというと、だ。アイリスの羽翅がかじられかけている。
「あら、いけませんよ。おなかをこわしちゃいます」
そのまえにアイリスの飛行能力の心配を。大宗院鳴(ea1569)が子どもをアイリスからひきはがした。
「らんちゃん。アイリスさんを困らせたら、め、です」
「らんちゃん?」
「ええ。この子がそう紹介してくださいました」
らん‥‥女の子らしい名前だと思うだろう、ふつうは。
たしか、ジャパンの冒険者ギルドのギルドマスターの愛称が、風の噂で『らんちゃん』だったような。
怖い考えになりかけていた大空昴(ea0555)は、頭をふりかぶる。実際、ティーレリア・ユビキダス(ea0213)は「かわいい名前ですね」とやわらかにほほえんでいるし、手塚十威(ea0404)は「よく云えました」とらんの頭をなでている。穿ちすぎ、ではなかろうか。
「これがおとなの達見というものでしょうか。私も日々成長してるのですね。そ、それともおばさんがよけいに気を回しているだけでしょうか。ははは‥‥」
昴、のぼせたりおちこんだり、みょうにいそがしい。
十威はかがみ、らんと視線の高さを同じくする。
「らんちゃん、お父さんかお母さんがどんなお着物を着ていたかおぼえていますか?」
「こんなのー」
狩野響(ea1290)の服をにぎる。ようやく合点がいった。よくよく響にじゃれていたようだが、巨人族の胤にはみえないからおかしいとは思っていたのだ。ところが、田之上志乃(ea3044)はそれを別の意味にとったらしい。
「ほだら、かんたんだべなっ。響どんとおんなじかっこした女の人がおっかさんなんだべ」
おもわず、想像した。響とおそろいの服を着た巨人族の女性が、らんをなかだちに、3人なかよく手をつないでいるところを。
「‥‥志乃さん、この子のいってるのはそういうことではなくって」
「ふぇ? 響どんがてておやだべ?」
「それがまず、誤解なんです。たぶん」
次、らんに質問するのは、ティーレリアの番だ。ティーレリアの愛らしい独特の意匠のスタッフに気をとられているようなので、好きにさせてやる。アイリスのときとおなじように今にもかじりつきたそうなのは参ったけれど、おかげで会話は流暢にすすんだ。
「らんね、とーたんといっしょにえどへ来たの。かーたんはおうちでおるすばんなの」
「江戸におうちがあるわけじゃないんですね」
「うん。とーたん、どこでも好きなところ見てきていーよって。だから‥‥」
急に口ごもる。黒い瞳が嵩を増したかのよう、ぐずりと揺れる。里心がついたのか。響かないはずのギルドの建築のなかで、突如、わんわん、と反響する号哭。ティーレリアは今度こそほんとうによわってしまう、なんだか手に負えない罪悪をしょってしまった心持ちがする。天螺月たゆら(ea2679)もいっしょになって慰めてくれるが、いったん盛った大火はなかなか鎮まろうとはしない。
「泣かないで」
ティーレリアのスタッフも、ギルドに申し訳ていど用意されたつまみも、たいした効果はみられなかい。八方手詰まり、たゆらが、けれど、ふと思いついてティーレリアに耳打ちする。
「私 ちょっと長屋にもどってきます」
「はい、どうぞ」
「すぐに帰ってきますから」
ちょっと待っててね。たゆらはティーレリアや他の冒険者たちにむかってひとつお辞儀をし、らんには「だいじょうぶだから」とそこを離れる。駆け足。草履の鼻緒が切れないといいな、と思う。たとえ徴であっても、不幸はなければいい。
●あなたのおうちは‥‥
ほどなくたゆらが冒険者ギルドに戻ってきたころでも、らんの痙攣めいた嗚咽のやむようすはない。しかし、たゆらの新しい装いに興はひかれたようで、たゆらもはにかみながらその場で半回転してみせる。
「すこしおそろい です」
たしかに『すこしだけおそろい』だった。こざっぱりした仕立ての浴衣に染め抜かれた、らんのあやめとたゆらの菖蒲。ティーレリアが、はうぅ、と仔猫が啼くような息を吐いた。
「たゆらさん、かわいいですぅ」
最後の『ぅ』が小さいことが要である、ティーレリアの吐息が桃色がかっていたのとおなじくらい。全員が用意したのを見計らって、十威が告げる。
「それじゃあ、出かけましょうか」
強面の連中が遠慮なく行き来する冒険者ギルドは、それなりに愉快なことは山積みだけど、長の遊び場には適さないだろう。志乃がうっとりと、手に届く楽園を夢みる瞳になる。
「楽しみだべなぁ。オラこんなでけぇ祭りは初めてだァ」
御輿、山車、屋台に踊り。それから、えっと、何があったか。ひとつをあげるごとに志乃の頬ががとんとん上気して、夏の炎の朱それとも橙にちかづいてゆく。
アイリスが飛ぶ。ひらひらと前進する。
「らんちゃんを冒険者ギルドで預かってます〜。お心当たりの方は冒険者ギルドまで御連絡くださいですよ〜」
すると、道行く人が物見気分でたずねてくる。
「冒険者ギルドって、いつから迷子預かり所になったの?」
「たまたまですっ」
ムキになってになって反論するも、
「冒険者ギルドで迷子をあずかっているんだって」「迷子を見つけたら冒険者ギルドに連れてけばいいの?」「冒険者ギルドが迷子の子どもをひきとって育ててるって?」
「ちがうですったらぁ」
「じゃあ、迷子を連れてっちゃダメなの?」
「ええと、ダメということはないですけど、冒険者ギルドは皆様のお役にたつためにあるですけど」
アイリス、まるでほんものの広告塔のようになっている。ダメか?と念をおされるとダメじゃないと返したくなる、本能からの親切心。しまいにはなにかに洗脳され、
「冒険者ギルド〜え〜迷子〜〜」
迷子を大安売りしていた。
「人の多すぎないところにしましょう。鍛えぬいた冒険者でも、ぎゅうぎゅうの人込みはまた別の難敵ですから。子どもさんにはひとたまりもないでしょうし」
「それもそうですね〜」
鳴が昴にむける視線からは、ごくすなおな讃辞と敬慕がかんじられる。昴は照れるように、はは、と空笑いを浮かべた。
「私、これでも鳴さんより5年も長生きしてますからそれくらいは‥‥。がぁん、5年はけっこう大きい」
そしてまたひとりで気落ちしている。らんの右手をつかむてのひらがゆるんだが、流しそうになった左手を鳴がおぎなう。鳴たちをふりきってどこかに行きたがるのを、鳴は意識的にらしくなく、ちょっと眉を逆ハにしてみせる。
「また迷子になるおつもりですか? そうしたら今度こそ、お父様には逢えなくなってしまうかもしれませんよ」
「‥‥むー」
ちょっとおどかしすぎたかも。いけない、お姉さんの気分も難しいものだ。
「あ、あそこがいいと思います」
これまたらしくなく、ティーレリアが大きめの声でさわがした理由は、すぐ知れた。たしかに彼女らのねがうようにそこそこ面積のある敷地であったが、それ以上の遠因として、そこはとある屋台の隣だったからである。ひよこ屋。ほんのちょっと江戸を離れればあまり珍しくない生き物だが、たしかに江戸にはすくない。さっきたゆらの着物と見たときとおなじように、ティーレリアのなかでなにかが切り替えられている。
「ふわふわ‥‥ぴよぴよです‥‥」
ほぅ、と最後に吐く息が地に穴を開けそうなほど、深い。
地の利としてはよいほうではなかった、なんせ隣からの鳴き声がけたたましすぎる。が、売り買いには関係のない彼女らは、あまり贅沢もいってられない。なにより重要なのはティーレリアがひどく気に入ってるんだから、それでいいんじゃないか、ということだ。
「うん。オラはかまわないだよ」
志乃は賛成を行動でしめした。ずんずんと先行きして、荷をおろし、隣近所に挨拶、
「おぉ、忘れるところだっただ。そのまえに」
いくばくかの銭、を巾着からさらさらとりだす。
「腹が減っては戦ができぬ。美味そうなもん買うてくるだよ!」
もっともっと賛成。
出かけよう、とはじめにいいだしたのは十威だけど、彼は皆とは離れて別行動をしていた。彼女らの十代の少女ばかりとはいえ、5人の冒険者がかこんでいるのだから危険なことはなかろう。
彼の向かったさきは雑踏のどまんなかだから、らんや鳴たちとは逆の方角といってもいい。人が多くなれば活気づく、視覚や聴覚への誘惑も増える。乱暴で陽気な呼び込みや陳腐なはずの品物が黄金よりも輝いてみえるいっしゅんが、重なる。
「兄ちゃん、いいかげんに決まったかい?」
「‥‥‥‥あ」
記憶をとりこぼしている。気が付くとずいぶん長くひとつの店の前にいたようで、迷惑をかけたか。
「す、すいません。これをおねがいします」
適当にさしたと思ったそれが、幼子が好みそうな丸っこい輪郭のうさぎの面だったことを知り、ただ惚けていたわけではないと十威は安堵した。品物をわたされるのと交換に、これが本命だった、迷子の報せをおねがいする。もし迷子を捜している父親がいれば、冒険者ギルドまで連絡をつけてほしいと。
「よろしくおねがいします」
礼を言って立ち去る。今度はどこへ行こう。無意識に脚をさばいたつもりであったが、そちらは確実に甘味のにおいのする方向であったことに十威は気付いていない。
腹持ちが気分の充実度にあたえる影響のほどを論じるのは、また別の機会にゆずるとして。
「志乃さん、ありがとうございます」
「なァに、オラ、たゆらどんや鳴どんよりもひとつ年上になっただからな。ほれ、どんどん食べて、どんどん大きくなるだよ」
昴(17歳)(志乃は13歳)は、
「(むぐむぐ)ほんと、ありがとうございます。これで3日は水と塩だけで生きられます!」
‥‥注釈を、避けよう。
で、今度こそ、ほんとうのほんとうに路線を修正する。
瞬間の爽緑、それから6分の白、ときどき青。精霊魔法ライトニングアーマー。鳴の体をつつむ光。音――そちらは魔法の結果ではない。志乃が太鼓を打つ音、たゆらが笛を鳴らす音、ティーレリアの歌。
ティーレリアはときどきつっかえる。おぼえたての異国の言葉で即興するのは難易度が高い。が、志乃が心から嬉しそうに桴をふりあげてるのや、つたないながらもたゆらが笛をとぎれさせまいとしているのが見えると、自分もやらなきゃ、と思うのだ。続けることがまじないのような気がする。できうるかぎり努めれば、無音でも天に声がとどくような気がする。
予感というより、願望に近い、希望。
だが、それは当たった。人混みを割って背の高い男性がひとり近づいてくる。あ、とらんが声を高くする。父親にまちがいない。彼はちょっと愕いたような顔で、彼女らに告げた。
「私も用事があったもので。てっきり祭りの主催の冒険者ギルドで、子どもをしばらくあずかってくれるもの、と思いこんでたのですが」
――それか、そういうオチか。
「しかし、子どもさんになんにも説明していかなかったのは、ひどいと思います!」
昴の憤りは道理がとおっている。それが誤解をいやます根本的な原因だったのだから。
「今度そんなひどいことをすると、私がこの子を引き取って育てますよ!」
「志乃さん 塩と水で育てるの?」
「‥‥はっ」
たゆらの的確なツッコミははともかく。何はともあれ、一件落着だ。
「でも、ちゃんとお父様が見つかってよかったですね〜」
鳴がそれまでの苦労を忘れたように、礼や侘びを云いながら立ち去る親子を見て、感慨深げにつぶやいた。異存はない。たゆらはちょっと残念だった。最後に髪を結ってあげられる余裕がなかったから、でも。
「また ね」
今度ね、といったらんの言葉を信じる。そのときのために新しい櫛を買えるよう、お金をためなきゃ。
ふたたびの冒険者ギルド。一足さきに帰還していた十威は、卓におめんやらなにやらを拡げながら、彼女らを出迎えた。
「へぇ。そういうことがあったんですか」
「すみません、おみやげをムダにしてしまったみたいで」
「いいえ。皆さんでどうぞ」
僕はもう充分たのしみましたから、というのはとっくにふくれた腹をなでながら、ちと秘密にして。残りのひとりのアイリスはどこまで行ったのだろう、と皆がぼんやりと疑問におもったのとだいたい同じころに、ただいまぁ、とへろへろなものが暖簾をくぐる。
「頭がぐるんぐるんしてます」
「ど、どうしました?」
「よくおぼえてないです‥‥」
風の向くまま気の向くまま、左右の店に呼び込まれるまま。もともとアイリスは空間把握が得意でない。そのうえ今の江戸は祭りの混雑でしるべになるようなものも見つけにくいし、洗脳(謎)されてたし、で、いつのまにやらとんでもないところに流されてたらしい。しかもそこでのことが、ほとんど記憶にないのであった。
「あ、お菓子があるです。いただきます☆」
そういうときは、もっと自身に対して疑心暗鬼になってもいい。が、十威のおみやげを見つけるやいなや、瞳を輝かせて元気をとりもどすアイリス。だから他の者も無事なようならそれでいいや、という気持ちになったのだが。
後日。まぁ、予想どおりといおうか‥‥。
「えーん。おかーさーん」「あの子がいじめるーっ」「おなかすいたぁ」
「どこの誰だ。江戸中にふれまわって、冒険者ギルドが託児所であるような宣伝してきたヤツは!」
――‥‥羽根妖精。