【黄泉の兵】生存者
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 87 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月12日〜04月18日
リプレイ公開日:2005年04月20日
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●オープニング
陰陽寮にある、書庫の一室。高価な灯火のか細い明かりの元、陰陽寮の長官、陰陽頭・安倍晴明は、山のような竹簡の中から一つを手に取り、視線を走らせて小さくつぶやいた。
「ふむ、陰陽村、か‥‥」
「一体、どのような村で?」
「過去、我々の先達が作った村だと記されているな」
目を細めて竹簡に書かれた文字をたどりながら、晴明は部下の問いに答える。
「面白きことにその村は、飛鳥の宮の在りし、南に作られたとされている‥‥何か、におわぬか?」
「‥‥此度の亡者どもに、何か関係あるとでも?」
その問いかけに薄く笑みを浮かべて応えると、晴明と供の者は廊下に足音を響かせた。
京の都の南より現れる亡者たち。それはただその数に任せて押してくるだけのものもいれば、強力な力を誇り、ただ一体で村を滅ぼしたものもあった。
冒険者ギルドを通じて市井の冒険者の力を借り、いくつかの亡者たちには対処を始めてはいるものの、なぜ亡者が迷い出たのかの理由は、いまだ分かってはいない。
なんにせよ、南よりの災禍はまだ尽きる様子はなく、被害も、それを抑えるための依頼も数多くある。
そんな中、陰陽寮からの新たな依頼があげられた。
その内容は南に向かい、奈良にある陰陽村を探ること‥‥。
※
どうやら異形の気配は、去ったらしい。安堵のためいきを深々と、しかし周辺の注意はおこたることなく、少年はようやく人心地ついた。
右に左に大きくふらつきながら、それでも一度も転倒することなしに、少年は懸命に立ち上がる。ゆらゆら、と風に吹かれる葦のごとく、どこにも力のこもらぬ動きはむしろ幽鬼にこそ似つかわしいものであったけど、少年はいまだ生きている。粗い呼吸に合わせて上下する胸も、生々しいぬめりをおびた疵痕も、飢えた妖刀のようにぎらつく瞳も、それはすべて生き物のみが所有する証明と条件。だから少年は、まだだいじょうぶ、と考える。生きているかぎりは、なにがあっても、全然平気。
理解できぬことは、多すぎた。いったい何が起きたのだろう、とか、はぐれた母はどこへ行ったのだろう、とか。母親‥‥それを考えると悲しくなる。少年をかばおうとして、ねじけた枯れ木のような化け物の集団に、自分から飛び込んでいった彼女。生きているわけはない、という人もいた。少年が逃げまどっている最中に出逢った、数少ない生き残りのものたちだ。だからおいで、と彼らは付け加えた。いっしょに逃げよう、と優しく誘ってくれた。足手まといになりかねないか弱い子どもを。
けれど少年は首を縦に振らない。
ありがとう。でもオレは母さんを置いていけはしないから。
少年のそばに、父親はいない。今はすこし遠いところにいる。だからこそ、彼の人の代わりに自分がしっかりせねば。こんなときだからって尻尾をまいて逃げだすようじゃ、自分は男でない。幼い決心を唯一の武器に変えて、彼はそこを戦いの場とする。
破壊と混乱に溺れゆく村を、挑むように彼は見据える。
少年は生きている。
ただそれだけだったとしても、たしかに、少年は生きている。
※
「家の恥を打ち明けるようでお恥ずかしいのですが‥‥不徳の致すところで、女房を怒らせてしまいましてね。先月のことです」
よくあることでしょう? 依頼を持ちかけてきた中年の男性は、上目遣いに冒険者たちを見遣る。話をきくもののうち数人は、『不徳』の意味するところに思い当たるところのあるらしく、どちらかといえば内にこもった苦笑をつくった。
「それまでもちょくちょく似たようなことはあったんですが、今回ばかりは、山の神、本気で腹を立てたみたいでしてね。子どもをつれて実家に帰ってしまったんです。いや、私もほんとうに心を入れ替えましたよ。しかし仕事がいそがしくってなかなか迎えに行けずじまいで、最近になって、ようやく暇をとることができたのですが」
最近の京都とその周辺の事情を知るものに、おまえは行かないほうがいい、と止められたのだそうだ。南のほうは、すでに素人の出る幕ではない。気が引けるだろうが、その手を専門にする御仁に頼め。
「おねがいします。情けない話ですが‥‥私の代わりに女房と息子を連れてきてくださいませんか?」
では、実家はどこか。冒険者たちの問いに、えぇと、といっしゅん惑ってから、依頼人は返答する。
「陰陽村」
●リプレイ本文
●彼らは現実を知らされた
陰陽村。陰陽寮との直接の関係は断たれた現在でも、有事の際の連絡、というとりきめまで失われたわけではなかった。しかし四風院白夜が陰陽寮まで出向いたところ、すくなくとも冒険者たちが京を出る間際まで、そのようなしらせが陰陽寮に届いた様子はない。便りのないのはよい便りというけれど、もし、遣いもやれぬほどの迅速かつ徹底した惑乱があったとするなら。
風説と変わりなかったものが、眺めがすさむにつれ、だんだんとかたちをあらわしてくる。霧の向こうの跫音のように。
「‥‥陰陽村は、壊滅したそうです」
途中の立ち寄りでそれらしい浮浪から話を聞くことができたのは、陰陽村までもう一息というくらいのころである。十六夜桜花(ea4173)は痛々しげに首を振る。おおよそは予期していたことだが、実際に突きつけられたもの、引き離されたものたちを思えば、娘の胸にとって鉛と沈む重さと冷たさがある。ことばを続けられない桜花をうしろに隠して、あとの応答は伊庭馨(eb1565)が引き取った。
陰陽村からの難民というその人は、依頼人の妻子のことを知っていた。娯楽のすくない村のこと故、嫁ぎ先を出てきた母子なぞなにかと噂の的だったのだ。
「いっしょに逃げられなかったんですか?」
無理だ、と即答。なかに頭らしい妖怪がいてそいつがうなりをあげると、もうあとはその場を逃れたいという衝動しか残らなかった。多分まわりも似たようなものだ。――全方位を対象にする言霊だろうか、道理で連絡網が杜絶するわけだ。馨は眉根を寄せる。
「春慶さんの報告を待ちますか」
「そう、期待しないでくれ」
南の空からの礫が土埃をあげて荒れ野をころがったかと思うと、やにわに起きあがり口をきく。烏に姿を変えていた東樂坊春慶(ea0722)が偵察から戻ったのだが、倉梯葵(ea7125)はいたわる代わり、すこし、あるかなきかに笑う。
「落ちるなよ」
「るせぇ。ちょっとすべっただけだ。それより、」
「ご主人と違って、素直でおとなしいお馬さんなら元気だ」
「だからうるせぇって」
葵の云うことは憎まれ口のようだが、実際、春慶の馬もいっしょに並べられた葵の馬も調子の損なわれた様子はない。けれどもひどくおびえている。見えぬ深紅をにじませる空気のせいだ。まったくの他人に馬を任せられるのも健常な村が残っているここいらが限度だろう、というわけで、大空北斗(ea8502)がその交渉にあたっているあいだ、周防佐新(ea0235)が手製の地図をひろげながら、春慶の話をまとめる。
「空からは何も見えなかったのか?」
「見えたことは見えた。生きてるヤツ以外だが」
「亡者か?」
「あぁ」
形も大きさも人に似て、数にすれば十を少し超えるぐらい。春慶はつと口をつぐむ。短い前髪を捲き込みがりがりと額を掻く。
「‥‥正体が分からん」
「位置と数が分かれば充分だ。行って確かめるしかあるまいよ」
「ええ。はやく参りましょう」
百合月源吾(eb1552)が結論づけて、日下部早姫(eb1496)が補う。依頼人にどことなく己を重ねる源吾の憂いも、また、早姫の焦燥も妥当である。しかし春慶にはまた別の不安もあった。
偵察に気づかれていた。
寂滅に続くがごときがらんどうのくぼみから仰がれる気分は、けして愉快とはいえない。だけど春慶が感じていたのは単純な嫌悪とは異にする、開け放しの脇腹に付け込まれたような居心地の悪さに近いものだ。見咎められてはいない、と思う。あれらはすぐに妙な態度をとるようなことはなかった。ただじぃっと、春慶が去るのを見るともなしに見ていただけ。
見られていただけ――‥‥。
●滅びた村の入り口の
破壊に言葉を尽くす必要はない。熱くもなければ冷たくもなく、明るくもなければ暗くもないのだから。経緯。状況。帰趨。の、ひとつ。それだけ。‥‥そういうふうにわりきれれば、よかったのに。
佐新があたりを見渡す。
「綺麗すぎないか?」
馨がうなずく。
「私もそう思います」
短いやりとり。呑み込めない残りのものに、佐新が刀の鞘の先、輪を描くように指してみせる。
「下、だ。やつらがただやみくもに殺し回っただけなら、もっと肉片や血糊がちらばっていてもおかしくないだろう」
冒険者たちは視線を落とす。云うとおりだ。一見したところ村は戦場のごとき荒廃だが、足元は思ったより汚れていない。気配りや後始末が実践されたとは思えないから、なるべくしてなったということになるが。
「でも妖も見あたりませんね」
「喜ぶべきことだろうが‥‥。こうまで静かだと、逆に疑いたくなる」
騒ぐ風籟に応える鳥の声もなく、なびく海棠にしたがう蝶もなく、どこかの童が忘れていった風車がカラカラと骨を合わせるように、鳴る。
そういう村のひとつ奥へ、源吾が足を踏み出す。まだ生き残りがいるとするならそこだろうと思い、比較的骨組みの崩れていない宅の戸板に手をかけたときだ。
開けようと意識もしないうち、ガタ、と揺らぐ。識らず退ると、家の内側から人一人分の重量とともに発生する死臭。源吾がなんらかの構えをとるさきに、それは右腕の名残のある棒で殴りかかってきた。
「源吾様、失礼します!」
うしろから見ていた桜花が、源吾より一歩、先んじる。
練気をおびる剣を溶解しかかった肉へ振り落とす。気を取り直した源吾も大薙刀を手に取り、桜花の横から突き出した。鋭き二本を集めた体は、あっけなく倒れてそれきりになる。
「春慶、おまえが見たのってこれか?」
「いいや」
それに、
「これは」
できうるかぎりの安全な進入を試みた。だのに、今の出現は、まるで待ち伏せされたように正確だった。
見過ごしていたもの、初めから考慮に入れなかったものが、牙をむく予感。腐りながら爛熟する。源吾が入ろうとした家の後ろから、それらは無遠慮の体で現れた。そして次に発せられた人でなき声こそが、冒険者たちをふたつ驚愕させる。
「烏にしては大きすぎるから、気に留めてはいたのだが。やはり人か」
一つは、もちろん、それが口をきいたこと。
二つ、内容。冒険者たちの来訪をあらかじめ予想していたとしか思えない口ぶり。
これらから導かれる結論――彼らには人に匹敵する知能がある。おそらく春慶の変わり身が人のものであろうと気がついたときから、帰って行く方向を観察し、それとなく警戒の態勢をとっていたにちがいない。偵察とは逆手に取られる可能性をはらんだ博奕でもあるのだから。
死人憑きや怪骨では叶うべくもない、多様の計略をこなすものたち。これぞ真の『黄泉の兵』。
「あなたがたが、この村を」
早姫も知る、村の荒れよう。死者が苦痛を発散しただけなら、念仏くらいは唱えてやろう。けれどもこれは、冷徹に、残虐に、計算された蹂躙にすぎない。一滴の憐憫もふくまぬ感情が、彼女の皮膚を淡くふるわせる。
だが、今はすべてが向こうに有利な状況だ。こうして罠を仕掛けられる彼らのこと、油断はできない。依頼のこともある。唇を咬みながらも引くしかない。
「どうします?」
「‥‥初めの案どおりにいきますか」
苦しげに馨が吐く。二手に別れる。戦力の分散は一か八かの勝負だが、一瞬でも混乱をきたすことができるかもしれない、それに賭ける。
「一、二、の三で」
「約束どおりに」
振り切ろうとして、
●逃避行であり探索行である
「足は遅かったようですね」
馨が植物の障害を張ってくれたこともあって、冒険者たちの半分――早姫、北斗、葵、桜花――はその場を逃れることができた。しかし安堵はひどく苦い。引き替えにしたか、という後悔の味。今度こそは安全らしい住居のひとつ。薬で傷は癒せても、節くれだつ気色まで滑らかにできるものでもない。
「生きて、いるんでしょうか」
形ばかり食料をかじり、まるで精神をなだめられない休息のあと、桜花がぽつりと漏らした。誰、とは云わない。もしかすると、桜花自身も特定の人を想定していたわけではなかったのかもしれない。それぞれの心をそれぞれの銀の茨が絡める。潰れる、いっしゅんまえに、払う、高らかな宣言。
「だいじょうぶですよ!」
残りの三人から一斉に人差し指の警告を受け、北斗は両手を振って失態を取り消そうとする。吸う、吐く、大きく。三回。言の穂を、こらえきれない吐息のように潜ませて、継ぐ。
「ごめんなさい。だけど、悲しいじゃないですか。ずっと、もう、こんなふうなのを最後にして逢えないなんて。そんなの、僕は、ぜったいに」
「じゃあ、あんたらも人捜し?」
「え?」
かぶった声。北斗とおなじ少年のものだが、もっと幼い。冒険者たちは声のしたほうにそろって視線を走らせる。土間によりかけられた木材の束のうしろから、這い出てくる子ども。どこかで見たような、というよりは聞かされたかんじの外見。
桜花が依頼人から訊ねた名前を口にすると、少年は惰性のように首を垂れる。母親は?の質問にはいっこう答える様子なく、あるいは沈黙こそが彼のいちばん云いたいことなのかもしれない。長い長い数刹那のあと、ふたたび少年が問う。
「あんたら人間だよな?」
「妖怪に見えるか?」
皮肉ではなく冗句のつもりで葵は云ったのだが、少年の反応は極端だった。
「分かんない‥‥」
震えている。‥‥――泣きだす顔をしている。それをようやくこらえている。
「俺たちを信じろ。おまえの大事な人の名前に誓ってやる」
葵が依頼人の名を出すと、ついに少年ははじけた。抑えながらの爆発。泣きじゃくる子の髪をすく葵を斜めに見やって、早姫は閉め切った窓のすきまから、じきに夜が明ける。
「行きましょうか」
「え?」
少年の代わりに北斗が惑う。少年の代わりに北斗が質す。
「この方の母上はどうされるんです?」
「佐新殿らと合流してからでも、遅くはないですよ」
己の欺瞞を早姫は知っている。無理だ。短い交わりだが、彼らの実力は承知した。みがいた策を用意してようやく勝てる『かもしれない』敵。しかも、おそらく彼らはすべての手の内を見せたわけではなかろう‥‥首領格とおぼしきものはまったく動いていなかった。だけど早姫はたとい首筋に抜き身をあてがわれても、それを口にしないだろう。今は、今だけは。
一日の理どおりに世界が白むなか、おずおずと閉じた戸を開ける。敵はいなかった。目配せの合図のかわりに、桜花がふと、こぼして、
「生きていて欲しいんです」
再度、略された指示語。だが――それは北斗もおなじ思いだったから。北斗は少年の代わりに諾する。うなだれて隠れたおとがいを、朝露をあざむく滴がつたう。ほんの束の間、光る。
一方の残りの四人だがほうほうのていで逃げ出せはしたものの、状況としては、葵たちよりもさらに悪い。負の生命に効果的なオーラ魔法をつかえるものもなく、多くない回復の薬も使い切り、これ以上追い打ちをうければ撤退すら保証できない。約束の場所にむかうのがせいいっぱいだった。
「どこかに母子の手がかりは落ちてないかの」
「いいから、生き残ることを考えてくれ」
爪先立ち分大きな源吾の頭をはたいてうながす佐新だが、そういうことができるのも、そろって地面に目を落としているからだった。せめて往くまでに何か得られればいいと、わずかの望みに目と耳をこらす。しかし湧き上がるのは、先ほどとおなじ疑問ぐらいだ。
「屍体も、ない」
まったくないわけではないが、村の規模からいって数が少なすぎる。理由を推定できなくもないが‥‥拙い希望を塗りつぶすほど、それはあまりに昏すぎる。
枯れ葉のように皺の寄った佐新の地図のとおりにたどり、そして遂に彼らはたどりついた。村の境に立つありふれた老柳、しかし今は神木のように鮮やかな光輝を放ってみえる。べつに天陽を背負っているだけが理由でなく、むしろ美しさは黒点のような小さい影のほうにある。覚えのある人のかたちが、大小とりそろえて五つ。
「達者だったか」
「おかげさまで」
恩誼の欠片も感じられない挨拶を皮切りに、冒険者たちは合流した。息は切れ切れ、髪は汗と埃で逆立ち、お互い悲惨な様相ではあるがとにもかくにも命はある。佐新、いちばん小さい人に目を留める。
「見つけたようだな」
「一人だけですが。そちらはどうでしょう?」
「‥‥すまん」
何も。しかたがない、それはあまりに分かり切っている。なにせ始まりが悪すぎた。俯瞰では相手の知力まではかることはできないのだから、春慶にも罪はない。しかし全員がひとしく罪悪感の黒雲に呑み込まれようとしているとき、隙を見た子が離れようとして、
「待ちなさい」
依願ではなく、厳命が響く。馨だ。いつともなしに少年の手を握っている。楔のように硬く、強く。
「申し訳ありません。なんなら、恨んでくれてもかまいません」
馨はあえて圧する口調をえらんだ。縛りたいわけではない、だが。手を握る。繋ぐ。人と人との温度を結ぶ。それはまるで祈りだ。少年が母を捜していたように、あるいは馨が乞うたように。
「‥‥ええ、ぜったいに連れ帰ります。あなたは、あなただけでも」
「さて」
と、源吾が懐に入れた手を引き出し、それをふってようよう動くのをたしかめる。
「行くかな」
「どこへ」
「村に。たしかにこのままでは坊主がかわいそうすぎるからな」
「源吾さん、僕も!」
「無茶ですよ、いくらなんでも」
そんな場合でないのに、戯れじみた、しかし真摯な揉み合いが始まろうとした、そのとき。早天を裂いて、くろぐろとした咆哮がとどろく。――村の真ん中の方から。
稲妻、いいや、春雷のような太くも優しい芯はどこにもない。ただ、ただ、怨嗟、それとも呪詛か。とっさに耳をふさいではみたが、朝の清冽を強引に断ち切り、それはどこまでも追いかけてくる。
ふと見れば、死を賭した逃避のなかでも笑うことすらできた仲間が、青ざめた顔で肩を抱いている。今、平気のそぶりをしてみせた源吾までもだ。馨、往きに云われたことが頭をかすめる。
「‥‥あの人が云っていたのは、これですか」
「引こう」
それしかなかった。
これは余談であり、後日談になる。陰陽村でのいくつかの疑問に手がかりをあたえるかもしれないことを、京で少年は激情しながら語った。
「知ってたよ、俺は知ってた。母さんが死んでたかもしれないって。でも俺はあんなやつらのなかに残しておきたくなかったんだ。‥‥見たんだよ、あいつらが隣のおっちゃんをからからにしたところも、入れ替わりみたいにあいつらが人間みたいになってくところも。ただ殺すよりもっと酷いことするやつらんなかに、追いてきたくなかったんだよ!」