●リプレイ本文
「鬼である事のみで其の存在が罪だとは思わん。罪か否かはその行い。主は正しき心全てを慈しまれる。良き心を持った鬼‥‥叶うならばその冤罪晴らしたかったが、妙案が浮かばん。非力な己が口惜しい‥‥」
言葉を吐き捨てるようにして呟き、ニライ・カナイ(ea2775)が悔しそうに拳を握る。
何とかして良鬼を助けたいとは思っているが、村の大人達が猛反対をしているため、このままだと難しい。
「人にだって良い人も悪い人も居るんです。良い鬼がいたっていいじゃないですか、友達になってもいいじゃないですか」
村の大人達を前にして、大空昴(ea0555)が鬼の中にも良い鬼がいる事を訴える。
しかし、村の大人達は悪鬼を警戒しているためか、決して昴達の言葉に耳を傾けようとしない。
「私には何が悪か善かなど、どちらでも構わぬ。聖も邪も、ただ過ぎ去る時間(とき)の瞬きに過ぎぬのだから。‥‥なればこそ。その瞬間に生き、また未来を築く子供らに此度の結末を委ねたい。その為にも彼らが『悪』と呼ぶこの憂いの塊を、全力で討とうと思う。憂いを晴らし、心静かに『良』と呼ぶものとの今後のあり方を考えて行けるように」
何処か遠くを見つめながら、葛城夜都(ea2901)が日本刀を握り締める。
村の大人達を説得したいのは山々だが、なかなかうまい言葉が見つからない。
「それじゃ、頼むぞ」
依頼の内容を伝えたため、村の大人達が少年を残してギルドを去る。
「事情が複雑ですが‥‥『悪い』鬼の退治は確実に」
少年の肩をぽふりと叩き、御子柴叶(ea3550)が小さくコクンと頷いた。
「約束だぞ! 嘘をついたらブン殴るからな!」
叶の事を睨みつけ、少年が拳を振り回す。
「それでは村に帰って帰りを待っていてくれますか? 連れて行きたいのは山々ですが、絶対に守りきれるという保証も出来ないのも事実ですから、ね。もちろん良い鬼は傷つけたりはしませんから」
少年を巻き込まないようにするため、限間灯一(ea1488)が説得し始める。
「なんでだよ! それじゃ、オレがここまで来た意味もないじゃん!」
不満そうに灯一を睨みつけ、少年が口を尖らせた。
「オラ達に任せるだよ、坊主。だどもお前ぇは、オラ達を信じてこの話をしたんだべ? したら最後まで信じて村で待つだよ。言っとくが、オラ達にゃ『悪い鬼』だけを退治してお前ぇ等に時間をくれてやるしか出来ねぇ。大人連中に『良い鬼』だとを分からせるなり遠くに逃がすなりするなァ、友達のお前ぇらの役目だべ」
納得のいかない様子の少年を見つめ、田之上志乃(ea3044)が自分の胸をぽんと叩く。
「‥‥そりゃあ、そうだけどさ」
しょんぼりとした様子で肩を落とし、少年が大きな溜息をつく。
「少し例え話をしてやろう。例えばお前が山で迷い、良き鬼が麓迄送り届けた姿を大人が見たらどう思う? きっとこう言うであろうな‥‥また鬼が来た! 殺せ!と。異種族間交流は悪い事では無いが今回の件で大人は過敏になってしまっている。それはお前たち子供への保護の心、親心だ。同様にお前が良い鬼の事を本気で想うなら山には行くな。‥‥が永劫の別れではなくお前が大人になった時、会いに行ってやれば良い。村に招き入れ己の子供等に良き鬼も居ると教えてやれば良い。その時こそ手本を示すのさ。それまでの辛抱。男子なら出来るであろう? 本当の優しさ、心の強さとはそういうものだ」
少年と向かい合うようにして座り、白河千里(ea0012)が優しく少年の頭を撫でる。
「山に居る良き鬼の存在を告げ大人に認めてもらおうとするのなら、説得が失敗した場合に鬼は殺される可能性がありまする。命と引き換えに名誉を守るか、名誉と引き換えに命を守るか‥‥覚悟をお決めくだされ。大人は分からずとも、貴方達だけは良き鬼が居るという事を知っている。理解されず悔しいと思うのならば、せめて貴方達が大人になった時は差別の無い世界を──再び良き鬼とお会い出来るよう、与一は願います」
落ち込む少年を見つめ、白羽与一(ea4536)がコクンと頷いた。
「分かっているよ。分かっているけど‥‥心配なんだ」
何か言いたそうな表情を浮かべ、少年が気まずく視線をそらす。
「それじゃ、『良い』鬼さんの棲家や山の様子を詳しく教えてくれますか? 出来れば『良い』鬼さんがあなたに頼まれてきた事を分かるものでもあれば、それも一緒に‥‥」
少年の機嫌をなだめながら、叶が必要な情報を得ようとする。
叶達には良鬼と悪鬼の区別がつかないため、少しでも情報を得ておく必要があるからだ。
そうしなければ間違って良鬼を殺してしまう可能性もある。
「‥‥オレだって分かるもの? そんなモンあったかなぁ? いつもオレが来ると分かっていたようだし‥‥。簡単に見分けがつくんじゃないか?」
心当たりがなかったため、少年が首を傾げて答えを返す。
良鬼と会う時に特別な事をしないため、何も心当たりはないらしい。
「んだば、お前ぇ等と同じ格好をしていれば問題なさそうだべな」
納得した様子で頷きながら、志乃が少年の着ている服の素材を確かめる。
「ところで良き鬼の名前などはあるのでしょうか? もしくは、よく使う言葉があれば良き鬼はそれを覚えているやも知れませぬ」
悪鬼の悪事については村の大人達から話を聞いていたのだが、良鬼についての話を全く聞けなかったため与一が少年に対して質問した。
「名前とかはないな。やっぱりオレも一緒に行くよ。絶対に迷惑をかけたりしないからさ。どうせ道案内が必要だろ?」
しばらく考えた後、少年が自分自身を指差した。
「足手纏いだ。それに貴殿を危険に晒すのは家族も‥‥鬼も哀しむ」
少年の頼みをキッパリと断り、ニライが真剣な表情を浮かべる。
「それじゃ、任せたからな。絶対に約束を守ってくれよ!」
今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、少年がニライに何度も念を押す。
「‥‥当然だ。決して約束を破ったりしない」
少年を不安にさせないため、ニライがすぐさま答えを返す。
(「‥‥誤解が解け人も鬼も共に生きていけたら良いと思う反面、そのような事は夢物語なのだと現実を見つめる自分が居るのです。‥‥与一は気付かぬうちに、子供心を忘れた大人になってしまったのでございましょうか‥‥?」)
そんな中、与一は複雑な表情を浮かべ、少年の背中を見つめるのであった。
「‥‥確かこの辺りだったな」
鬼に会うため山に登り、ニライが提灯で辺りを照らす。
草むらからは鈴虫の鳴き声が聞こえており、無数の蛍が辺りを飛んでいる。
「少年は眠れない夜を過ごしているんだろうな」
夜空に浮かぶ月を眺め、千里が少年の事を思い出す。
少年には悪い事をしてしまったが、危険が及ぶ可能性もあるため、我慢をしてもらうしかないだろう。
「皆さんを安心させるためにも、悪鬼の首を持ち帰らなくてはなりませんね」
不意打ちされる事を警戒し、与一が辺りを見回した。
「それじゃ、自分達は悪い鬼の棲家にむかいます。どうか、お気をつけて」
与一達に別れを告げ、灯一が悪鬼退治にむかう。
「私も灯一と一緒に行く。くれぐれも無理はしないようにな」
子供らの慕う心優しき鬼に光あれと想いをこめ、ニライが志乃に持ってきた笹舟を手渡した。
「竜胆は胃の薬になり、桔梗は引経薬と言い、他の生薬の薬効がより引き出される効能がある。両方持っていれば、どちらか育つ事だろう」
自らの思いを花に託し、千里が静かに目を閉じた。
良鬼が気に入ってくれるかどうかは分からないが、自分達の熱意が伝わればきっと分かってくれるはず。
「それじゃ、お気をつけて」
千里達に別れを告げ、夜都が良鬼の住処にむかって歩き出す。
良鬼に少年の想いを届けるため‥‥。
「‥‥コイツが悪鬼か」
悪鬼の振り下ろした棍棒を避け、ニライがホーリーを叩き込む。
露骨に冒険者の出で立ちでは警戒されると思ったため、山菜取りにやってきた村人に扮していた事もあり、悪鬼がカモだと勘違いしてすぐに襲ってきたらしい。
「私の歌に心を打たれてきたのかな」
冗談交じりに微笑みながら、千里が権兵衛に騎乗し悪鬼の事を挑発する。
悪鬼は凄まじい雄たけびを上げ、千里の事を追い掛け回す。
「凄まじい殺気でございますね」
悪鬼の視界を奪うため、与一が隙を与えず弓矢を放つ。
悪鬼は棍棒を滅茶苦茶に振り回していたが、全く与一には当たらず次々とダメージを食らう。
「こんな奴を良い鬼と間違えるとは信じられませんね」
松明を放り投げて注意をそらし、灯一がスマッシュを叩き込む。
悪鬼はバランスを崩して膝を突き、ブルブルと拳を震わせる。
「子供らの心を傷つけた罪、裁かれるがよい」
悪鬼の事を睨みつけ、ニライが容赦なくホーリーを放つ。
「早くトドメを!」
素早く弓矢を放って悪鬼の視界を奪い、与一が仲間達にむかって声を掛ける。
「分かっている!」
地面を滑るようにして走り、千里が怯んだ悪鬼めがけてバーストアタックを叩き込む。
「良い鬼の濡れ衣を晴らすためにも、悪い鬼には死んでもらいますっ!」
日本刀を振り下ろし、灯一が悪鬼の首を刎ね落とす。
悪鬼の首のコロコロと転がり、木の根元にぶつかって止まる。
「あとはこれを村に届けるだけですね」
風呂敷で悪鬼の首を包み込み、与一がホッとした様子で溜息をつく。
「これからが大変になると思うがな」
苦笑いを浮かべながら、千里が権兵衛の頭を撫でる。
「自分には子供達の言っている事が真かどうかは判りませんが、鬼には人に害を為す者だけではなく心の優しい者も居るのだという事を伝えておくつもりです。例えその言葉が大人達に届かなかったとしても、いつか互いの関係が良くなる事を信じて‥‥」
何処か寂しげな表情を浮かべ、灯一が少年の顔を思い出す。
今は駄目かもしれないが、少年が大人になる頃にはきっと‥‥何かが変わっているはずだ。
「良鬼との交流を絶つか秘密で交流を続けるかの判断は、子供らに委ねるしか無いのだろうな。子と鬼の友情、どうぞ護り給え‥‥」
そしてニライは黙って目を閉じ、祈るようにして呟くのであった。
「ここに良鬼がいるようですね」
良鬼に警戒されないようにするため、昴が日本刀を放り投げる。
すべては良鬼に信用してもらうため‥‥。
「‥‥やはり私達を警戒しているようですね」
自分の棲家から顔を出した良鬼を見つめ、夜都が悲しげな表情を浮かべる。
「ふふふっ‥‥、そんな事もあろうかと、秘密兵器を用意しておきました」
待っていましたとばかりに笑みを浮かべ、昴が懐からおやつに取っておいた大福を取り出した。
「言葉が違うくらい、気合でどうにかできます! ほら、あの瞳を見てください! 大福に釘付けです!」
大福を片手に良い鬼に近づき、昴がゴクリと唾を飲む。
危険がないと分かっていても、相手が鬼という事もあって緊張する。
「オラ達はおめぇと仲良くしてえだけだ。何にもしねえから、怯えなくてもええだ」
ニライから預かった笹舟を渡し、志乃が花のわっかを良い鬼に掛けた。
良鬼は訳も分からず首を傾げたものの、危険がないと分かったためか、ニンマリと微笑み頭を撫でる。
「‥‥頭からバリバリと食われてしまうかと思ったべ」
突然、良鬼に頭を撫でられたため、志乃が苦笑いを浮かべて汗を流す。
「どうやら危険はないようですね」
ホッとした様子で良鬼を見つめ、叶が身振り手振りで悪鬼の事を説明した。
良鬼は何となく叶の言っている事が分かったようだが、悪鬼にはよく苛められているらしく怯えた様子で首を振る。
「良鬼を悪鬼の所に連れて行かなくて正解でしたね。こんな状態で連れて行ったら、悪鬼に脅されて私達を攻撃してきたかも知れませんし‥‥」
お土産に持ってきた花を渡し、夜都が地面を指差し頷いた。
普段から子供達と接しているためか、良鬼もコクンと頷き花を植える。
「大人達がいつか鬼の住処を見たとしても、花咲く家に住まう鬼を悪い奴だとは思わないはずだ」
熱心に花を植える良鬼を見つめ、夜都が水の入った樽を渡す。
「そっちもうまくいったようだな」
悪鬼の首を高々と掲げ、千里がニコリと微笑んだ。
良鬼は腰を抜かすほど驚いていたが、首だけだと分かった途端ホッと胸を撫で下ろす。
「それを持って山を降りましょう。悪鬼を退治した鬼だと分かれば、村の大人達だってあなたを恐れたりはしないはず。私達も一緒に行きますから、怖がらなくてもいいんですよ」
一生懸命身振り手振りを使い、昴が戸惑う良鬼の説得を試みる。
「そんなに怯えるこたあねえ。村の大人達が何か文句を言ったら、オラ達が黙っちゃいねえ」
拳をぎゅっと握り締め、志乃が力強く頷いた。
良鬼はしばらく悩んでいたが、志乃達の熱心な説得によって村に行く事を決める。
「うまくいくといいですね。一緒に‥‥頑張りましょうね」
不安そうにしている良鬼の手を握り、叶がゆっくりと山を降りていく。
「あれは‥‥流れ星」
青く澄み渡った夜空を見つめ、夜都が流れ星に願いを込める。
良鬼と少年の事を思いつつ‥‥。
(代筆:ゆうきつかさ)