一本橋ぶるぶる

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月20日〜04月25日

リプレイ公開日:2005年04月27日

●オープニング

 江戸や京ならいざ知らず、喰えぬ草ばかりが多い地所を太くつらぬくせせらぎなれば、頑丈な丸太が渡されているだけまだ幸せなのかもしれぬ。そちらからあちらまでの、かかとで馴らした橋なき橋をおとなも子どもも上手く渡る。とん、とん、とととと、と走ったり、歩いたり、ときにはしゃぎすぎて落下したり。世に背負う名もなければ音に聞こえし景観もなけれど、田舎の一本橋はそういうふうに親しまれてきた。
 が、ここ最近のこと。
 橋を通ろうとするもの、ことごとく墜落するそうな。
 彼らは口をそろえていう。橋の真中にさしかかったあたり、ふいに、耳の中ぼそぼそと隙間風を吹き込まれたような心持ちがする。するとわけもなくおそろしくなり、すくみあがっているうちに、足場を見失い墜落する。下を流れる水嵩は豊富で命にかかわる怪我をしたものはないが、このままではろくろく高架の用を足さぬ。
 さてどうしようか、どうにかせねばならぬ、どうってどうする?

 ※

「‥‥そりゃあたぶん臆病神だな。あまり強くないし、それどころかなにかあったらすぐに逃げだすようなやつだから、危険性は低い。だからこそ厄介かもしれねぇけど。分かんねぇか? 話聞く限り、その臆病神はその場所を気に入ってるらしいから、下手に逃がしちまってもまた戻ってくるだろうよ。だから確実にしとめたいところだが、さっきもいったとおり臆病神は見切りがはやいうえに、一本橋の上という状況もこっちには不利にはたらくだろう。ま、なんとかやってきとくれや、あんたも冒険者なら。なぁ?」

●今回の参加者

 ea1543 猫目 斑(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3550 御子柴 叶(20歳・♂・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea6433 榊 清芳(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea8502 大空 北斗(26歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1963 蘇芳 正孝(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 朧の春の蓮華畑は、うつつに霞む夢くれない。その横すりぬけ、冒険者たち、ようやくぶるぶるの出る一本橋にたどりつく。と、ここらへんでは「臆病神」を「ぶるぶる」ということのほうが多いのだ。
「ぐるぐる?」
「いや、ぶるぶる」
 これはいちおう、一本橋を毎日つかっているという人から聞いた話の、一部分。大空北斗(ea8502)、小首をかしげて、ぶるぶるぶるぶる、と、こころもち唇が器用になったようです。いや、それがどうしたといわれても。――本題へ戻ろう。
「悪いところではないな」
 四半刻ばかり川のこちら、右へ左へ様子見し、蘇芳正孝(eb1963)はそういった。そっけないといえばそっけない言い分だが、片足反幅ぐらい川面のうえに足をのばしそうになったのは一丈下の沢蟹だけが見知の秘密。
 畔と畔をつなぐ一本橋は、ひっきりなしに人が通るわけではないが、逆にいえばいつなんどき誰が通ってもおかしくない。だからここへ来る途中、近隣の村に、しばらく交通を控えてもらうようつたえた。冒険者たちの貸し切りといってもいい静けさを囃す、草の箏、水の鼓、篳篥となる人の声。
「正孝様、今のうちから気をはりつめていては、肝心のときに疲れてしまいますぞ。どうです、一献」
「伊能さん、さすがにまだお酒はまずいと‥‥」
 備え有れば憂い無し、転ばぬ先の杖。これからよりはもっとあとの支度をととのえた伊能惣右衛門(eb1865)、悠々綽々、泰然自若、気構えは大きさは緑の海ほどにも。が、少しの年齢足らずが榊清芳(ea6433)をそこまで悟りきらせない。
 冒険者たちは待っている。ここへ来るまでに別れた仲間が、対岸から姿をあらわすのを。時間差の到着は予想していたが、待つだけの時間はうららかすぎていささかもてあます。事故にでもあってたらどうしよう、など不幸な想像すら頭をかすめ、いけない、と思い直す。今日の相手は言霊遣い、悪いことというのは考えるほどに叶ってしまうものだから、惣右衛門のようにおおらかな姿勢のほうがきっと正解なのだ。
 と、胡蝶の愁いを断つ、カッと蹄が土を擦る音にドッとそれを停める音、寒返りを漉したような馬の鼻息。
「到着したみたいですよ」
 ぴこんぺこんと跳ねながら、御子柴叶(ea3550)はあちらのほうに手を振った。
「お久しぶりです、元気ですか〜?」
「たしかに、一日の百分の一ぐらいには久しぶりではありますが」
 目くじらたてて修正を入れる必要もないと思い、伊庭馨(eb1565)は馬のうえからおとなしく手を振りかえす。手近な立木に愛馬をつないだ渡部夕凪(ea9450)は黙々と荷をおろしているが、その手がある一点に添えられたとき、止まる。臆病神がつかうという言霊を多少でも減じられるか、と、馨がしつらえてきた耳栓だった。
「どうしようか」
 夕凪たちも、少しの話は聞いてきた。お邪魔虫の様子はしかと分からねど、村のものたちもとおりいっぺんの対応――草を詰めたり等――は試みたらしい。が、それで墜落者が少なくなった様子はなかったのだ。言霊というやつは、耳骨よりもっと脳に近いところへ作用するようにできているのだろう。さんざ迷ったあげく、夕凪は手にした栓で鼓膜をふたすることを選ぶ。お守り代わりだ。
 さて、これで橋の両の端はふさいだことになる。よろしければはじめましょう。猫目斑(ea1543)は裏も表もなく笑み、叶の肩をぽふんとはたき、
「がんばってくださいませ御子柴様」
「え?」

 鳥獣をおびきよせるための招鳥(おきとり)転じて囮(おとり)の語が生まれる。でも叶には翼なく、その代わりに両腕をせいいっぱい水平にのばし、ぴよぴよ・よたよた・のてのて、進む。ひとつの動作が極限までにひきのばされるその様子は、鳥というよりは生まれたての羊を連想させる。そういえば羊とは生贄の獣でしたか。
「ふみゃーあ」
 景気づけの掛け声までもがどことなく羊っぽい。黎明のごとくほのぼのと、斑は思う。とても楽しそうでよかったですね。‥‥うしろからは、叶の顔まで分からない。いいや、きっと平気だ、惣右衛門がかけた幸運の呪文がきっと叶の道行きを支えてくれるだろう。
 でも、もし。
 斑はふとした思いつきを口にする。
「臆病神の出るまえに、叶さんが落ちたらどうします?」
 こんなにあたたかい日なのに。花冷えが、つるりと、彼らのあいまへ忍び込む。
「もういちどやりなおししてもらえばいいのではないでしょうか?」
「そうだな。最後までやりとおしてこその尽力だ」
 実直に年輪をかさねた惣右衛門らしい提案に、努力家の正孝が納得する。交代という案の生まれる余地はない。
 記述が前後するが、便宜的に『こちら側』と称する位置の冒険者たちにとって身をひそめられるような場所は一箇所しかなく、そこは一本橋よりほんのわずか下へいったところの木立だが、五人の引くことの一が隠れるにはやはりいくらか狭すぎて、押しくらしながら全員なるべく等しくしようとしている(ちなみに、斑はちゃっかり樹上を確保して快適だ。だからこその、引くことの一)。
 もっともそこだとてわりに川岸、つうかちょっとした断岸、にはちかい。人の外周にはじかれた北斗がなにげなく目をやったさき、足元の元、深い木賊色が滾々と、不定の波にゆらぎながらたまっている。はぁ、と北斗は心からの溜息を投げてみる。動く水に輪は描かれない。往く水はけして還らないのと、少し似ている。もしかすると「ぶるぶる」がそこか、と半分身をのりだすようにするが、映える光が針の刺激でしばしば眼球を瞬きさせるので、これぞというものがなかなか入ってこない。
 その隣。清芳、同じように目をこらすも、こちらはちらと見ですぐに地上へ戻し、ぽつりと発言する。
「見えるものならできるのだが」
 気を張りつめようとしていた清芳。ところが、殺気感知というのはすでに存在を把握しているものに害意があるかないかを判断する手練で、いないいないばぁの熟練になるのとはちょっとちがう。かといって、素直にあきらめるのもなにか惜しい。しかしこうして下ばかり見ていると知らないところに連れて行かれそうな気がして、あぁ別に怖いとかいうのでなく、じっとしておられないだけだ。どうしたものだろう――‥‥。
 そういえば、発つときだったか、馨が助言していた。
『一本橋や足場の悪い場所を渡るには、すぐ足元を見るのではなく、少し先を見て歩くのがいいそうですよ』
 ‥‥よし。
 場面を少しゆずる。川面の『あちら側』の、最前線を夕凪にゆずった馨、さて向こうはどんなものでしょうとはからずも視線を移すと、ひたと行き当たる。目が、ただ合うのではなく、凝視されている。清芳だった。
 しらず尋ねる。
「私の顔になにかついてますか?」
「え、い、いや。少し先を見るのがよいのだろう?」
「‥‥あの、私ごときの意見を信じてくださってうれしいのですが。それはいささか先すぎるのではないかと」
 うぅ、とか、あぁ、とか、短くうめいてから真っ赤になってうつむく清芳。今度は近すぎる、という指摘がされないのはきっと仲間からの思いやりなのだろう。ただひとり、北斗、なにかを思いやって、
「こういうのは慣れですからね。僕、昔はずいぶんと姉上にやらされました。無理やり綱渡りさせられたり、二十尺竹馬に乗らされたり、底なし沼の深さを調べろと叩き落されたり」
 遠い目だからそれ。そして惣右衛門まで、
「なに、それはまだ序の口ですよ。わたくし過去に、拝見したことがございます。目隠しされたうえに口もふさがれて両手をしばられてゆだった釜のうえに吊されてる方を」
 すでに別物っぽい‥‥。世界はとっても遠いなぁ。
 ――ところで、なにか忘れているようだ。
 叶だけど。
 もちろん叶は孤独に、平衡の試練をつづけている。這えば立て立てば歩めの親心をさかさにしたぐらいの遅々とした進行、だがひょっとしてこういうものは一気に駆け抜けたほうがよっぽど気易いのじゃなかろうか‥‥。それに気づいたとき、ちょうど叶は一本橋の中心に来ていた。馨の忠告もむなしく、ほんのちょっとした好奇心から下を覗けば、たゆたう水、水、過ぎる流動の旅客、ぴしゃんと伸びやかな弧をえがく水音に鼓膜をうたれてしばし感じ入ったときに。
 囁かれる。
「ひゃっ」
 やはりとゆうか、いくばくか、足りなかった。
 浮遊と落下、意外によく似ている。どちらも落ちている最中には、体にまきつく地の鎖は感じられない。天地の区別さえつかなくなるくらいだ。だけどやっぱりふたつは別物で、落下はいずれ衝突へ行き着き、叶はみずく。欠ける月のよな冷たさが足からはいあがり、しかし叶の肝をいちばん冷やしたのは他でもない、いまだこだまする、くじゃけた語彙。
 北斗の予想どおりであった。臆病神は、下から、来た。
 騒々しい水鳥のような叶を横目にして――してるのだろう、半透明の全身はどこになにがあるのか判然としないが――うろうろと戻ろうとする。しかしその臆病神の体の芯、突き刺さる。矢声もなしに。夕凪の射だ。
 夕凪の弓はつよい。その気になれば、この小さな川を横に十ならべても射越すぐらいの芸当は可能だ。もちろん夕凪自身の腕もあったが、それ以上にものをいったのは目であった。ぬめった日だまりの飴のような臆病神の胴は、ともすれば明媚な風光と同化しそうになるが、いちど把捉した夕凪の眼光からはのがれられぬ。
 ひゅっと第二射。的中こそしなかったものの、臆病神の逃亡経路を確実にたわめたことを知った夕凪は、威嚇と攻勢を使い分けながら追い詰める。どれだけの強弓とはいえ、ひとりでしかけつづけるにも限度がある。人数の多いほうに追いやったほうが策も増えようというものだ。臆病神に刺さったままの一矢が目印がわりにもなったことだ。
 くわえて、夕凪といっしょの『あちら側』の馨、いちどは唱えかけた水晶剣創成の魔法をひっこめている。どうやら臆病神より、気になるものができてしまったらしい。
「夕凪さん、この場をおねがいします。私は叶さんを助けてきますので。‥‥いまにも溺れそうですし」
「承知した。‥‥というか、こんなときにすまない、思ったんだが。もしかすると、耳栓は叶さんこそ必要だったんじゃないか? あれじゃあ耳に水が入るだろう」
「‥‥私もちょっと考えました」
 命に関わるほどのことではあるまい。わりきり、のばした蔓植物をプラントコントロールで固定し、馨は川面へ降りていった。
 視点はふたたび移る、『こちら側』対岸で。
「えいっ」
 夕凪の矢の数にも限度がある、北斗は石を撃ち彼女を補佐していた。風そのもののような放埒な動きは目でも追いにくく、だからせめて上へは逃すまいとする。それで反応が遅れた。同行のものたちが具体的になにをしているか、いや、こんなときに悪気が発生するわけがないのは分かっていたけど。
「届く!」
「よかった! ‥‥み?」
「あら、まぁ」
 順に説明する。はじめの気合いは正孝のもの、ぶんまわした長槍の穂先が臆病神のぼやけるはじをひっかけた、己の領域に敵をとらえたことをよろこぶもの。次が、北斗。正孝の成功をすなおに祝うもの、正孝の挑戦を讃賞したもの――線の攻撃のまぐれあたりをまだるっこしいとかんじた正孝は、点の必撃にかける。キリキリと引き絞る発条となり、人的な飛躍、それをめがけて。
 その英雄的行為は、賛嘆に値する。ただ、ちょっと、想定外の犠牲がともなった。このうえもなく臆病神を見つめすぎたせいで、踏み切りのとき、己がなにを台にしたのかまで気を払えなかった。蹴りこんでいたのだ、北斗を、ちからいっぱい。川に。
 で、最後が斑だ。なにが起こったかを知らないまま背中から征く北斗と、原初の漁師のような勇敢さで突いた臆病神を水面へ持ち込まんと重力をまかす正孝、おなじ墜落なのにまったく違う表情のふたりを見比べ、ついつい感嘆したもの。臆病神は正孝の槍に縫い止められた。ためしに斑は矢を放つ。ふたつ、みっつ。射抜かれるたび、臆病神はあわれに蠕動した。
「よかった、べつに特殊な武具を用意する必要はなかったみたいですね」
 そんなふうな雑感を抱くゆとりまであった。
「えーと」
 清芳、呆然。すきあらば臆病神をしばってやろうと手にしていた縄は、彼女の気力とおなじく、ぐんにゃり萎えている。
「これは下の人間に降ろしてやったほうがいいのだろうか」
「そうですねー。伊庭様だけじゃきびしそうですし」
 馨、実際にどうしてるかというと、
「わーん、こわいよですよぉっ」
「叶さん。気を楽にして草につかまってくださ‥‥わああああ、ちょ、わざわざこっちに走って来ないでも、抱きつかないでも! 惣右衛門さん。どうにかなりませんかっ?」
「すまぬですのぅ。まだとどかないようですじゃ。こちらへ連れてきてくださるかな?」
 元気。

「叶様、臆病神にどんなことを云われたんです?」
「なんだか急にっ。世界中の柴犬が合体して超巨大しばわんこになったらすごく怖いなぁって。あ、でも、すてきかも。小山みたいにおっきい柴犬がお手したり伏せしたり」
 ‥‥しあわせそうじゃないか。
 惣右衛門のメンタルリカバーによる治療は必要なさそうだ。斑の質問にはきはきと答える叶、ようやっと引き上げられたときにはすでに回復していた。むしろ必要なのは落ちてもいないのに川みずくの馨‥‥合掌。
 そういうわけで、局地的な水害の被害者は四人となった。そこへいたる過程はまったくちがったが、濡れてしまえば似たようなものだ。惣右衛門があらかじめ準備していてくれてた焚火に寄って、すすりあげたり犬の仔のようにふるえたり、
「みぃ」
 鳴いたり。
「北斗さん、みぃじゃなくってわんに変えてもらいます?」
「わん?」
「ぜったいそっち。そっちのほうが似合いますよ、柴犬みたいですよ」
「え゛」
 臆病神の言霊がまだ叶を荒らしているか? そんなはずないんだけど。北斗、女顔とはいわれることはたびたびだが、さすがに「柴犬」形容されるのはそうない。どぎまぎしているうちに手までつかまれて「わんですね、わん!」‥‥なにをのこしていったんだ、ぶるぶるよ。
 そう、手。
 はたらきの濃く刻まれた手を合わせて祈っている。
「里へと下りること無くば人と交わる事も無く、退治られることもありませんでしょうになぁ‥‥」
 ぶるぶるであろうと、臆病神であろうと。亡くしたものは悼もうと、惣右衛門、北斗の積んだ石に黙祷をささげる。斑のしこんだ雑煮のだしのかんばしく香るなか、そばで、蓮華畑、夢くれないに揺れている。