●リプレイ本文
●佐新「手間がはぶけるのは、ありがたいが」
あきれたりあきらめたりしながら、周防佐新(ea0235)、湯飲みの白湯を臓腑にたたむ。
「ここに半日いるだけで、けっこうな量の情報が入ってくるってのはなぁ」
すなわち、冒険者ギルドの出入り口付近。京都をそぞろ歩きしてまで証言の収集にあけくれることはなかったんである。冒険者めあての美人局、というのがいるそうな。依頼の報酬に気をよくした類類の懐中は、大きくゆるむことも多かろう。
「ったく。こんなんがばれたら‥‥」
「ん? だれになにが露見するんですか?」
「かわいい子いる? きれいなおねえさんでもいいけど」
伊庭馨(eb1565)を掌で払い、レナード・グレグスン(ea8837)の質問もあとまわしにして、卓板にひいた京の地図にあつめた言質を付けてゆく。いくたりか錯綜してる感もあるが、しかたない、幾人かの下手人が同時に活動してる証拠なのだろう。そうこうしてるうち、死んだ魚が腹をみせるよにぷくりとうかびあがってくる小路。
「よ、ごくろうさん」
支度をととのえた片桐弥助(eb1516)、暖簾をはねてギルドの奥から姿をあらわした。紺絣の着流しに角帯・雪駄履き、すっきりまとめた江戸風の意気ができあがっている。伊能惣右衛門(eb1865)が、ほぅ、ところがす嘆息。
「よい男前にしあがりましたな」
「ありがとよ。伊能のじいさんの若い頃みてぇか?」
「あと二十年は必要でしょう」
「辛い」
たばさんだ地図をひるがえらせる、その仕草までキリリと決まった。
「このあたりかね」
「たぶん」
「さすがに顔絵は手配できませんでしたが」
馨、しょうしょう無念げに話す。情報の対象が複数なだけに、具体的な像の作成まではいたらなかったのだ。まぁ、考えようによってはそれも幸運。顔絵のできいかんによって、やる気をいちじるしく変化させそうなのがひとりいるかぎりは。
「‥‥どこの国でも男ってバカなのねぇ」
まわされた図面をすがめ、マコト・ヴァンフェート(ea6419)はしみじみ慨する。京の見取りは、直線と直線が垂直に乱れる様子はまるで早九字、しかし虫でもすくうたように警句があちらこちらに付けられると、神秘の欠片はこれっぽちもない。東樂坊春慶(ea0722)はしたりがおでうなずいた。
「ぼろい商売だからな」
「ふむ」
どうもそのへんのしくみが、蘇芳正孝(eb1963)にはよく理解できない。いや、美人局のやりようぐらいは分かる。しかし悪銭身に付かずというように、お天道様に顔向けできないような財産をどこにつかおうというのか、どんな価値があるというのか。
「そりゃあ、立って働くより食って寝る生活のほうが楽だろ」
「しかし案外つまらぬものですぞ。この老いぼれですら、じっと田舎にはこもれませんでしたからな」
「そりゃ、俺も山降りた口だけど」
春慶と惣右衛門の会話を聞き流しながら、正孝、考えてみようとするがやはりまだ納得できぬ。そうして時間をつぶしてうるち、全員に話がいきわたったことをみさだめて、馨は、出ましょうか、と、とっちらかった消費の場のかたづけはじめる。
「皆様、がんばってきましょう。純情可憐な男心を弄ぶ詐欺恐喝は許せません。全国の間抜け顔に代わってお仕置きよ☆」
「なんだそのやる気は」
●佐新「ちょうちょうだって、もっと慎みというものがあるぞ」
ひらりとふわりと、蜜競べにいそしむ蝶のよなといったらそれこそ蝶に失礼だ、かたはしから女性に声をかけてゆくレナードを片目にいれて、佐新はうんざり独語した。習得したジャパン語の半分以上はそれが占めているのではないかと思われるほどよどみなく、麗的な形容、讃辞、口説き文句になまめく甘言が次から次へと弄される。
「ジャパンの女性はきれいな髪をしてるよね‥‥俺? 月みたいだって? ありがとう、あなたのほうこそさわやかな夜天のようだね。さわってもいいかい?」
――‥‥そういえば、髪をさわるって行為は意外と事後にあるものらしい。
ついとよぎる思案は、すすった茶といっしょに胃へおさめる。
佐新が居着いたのは、通りに面した水茶屋のひなたの席だ。囮の片割れであるレナードを他に尾行するは佐新の他に、惣右衛門と正孝。二人の様子はどうかと目を遣れば、京という寺社仏閣を大事にする街柄のせいか、惣右衛門の存在は通りによくなじんでいた。信心深い老女にほどこしまで受けている、これも人柄のなせる技。
くらべてどうも正孝のほうは、いくらか危なっかしい。身の丈を超す長槍片手の彼はどうしても浮く。本人も隠れきれていないことを自覚していて、物見遊山をけどろうとはしてるのだがみょうに堅くぎこちない。このへんは技術というより性格の問題だろう。どうしようもなくなったら手を貸そう、と決め、もういちどレナードをみやれば、
「あぁ、俺たち、月と夜で相性がいいのかもしれないね。からめてみようか? 髪だけじゃなくて体も全部」
進化してるよ。
マコトと馨、いっしょの追跡は京案内を隠れ蓑に、しかし実際このあたりを歩くのは初めてで、往来をただにぎやかすつもりが真剣になることしばしば、気を取り直して馨の腕をとって恋人同士を演じようとすると、どのくらい折り曲げてもいいのかしら、などと考えはじめて肝心の目的を忘れそうになる。で、再びの取り繕いも、弥助に目線を戻す途中、目に入った鼈甲の櫛がたいそうかわいらしいせいで、ふりだしに戻る。
たしかに男はどこの国でもバカなんだろうが、女性の買い物へのあこがれもそれほど変わりはないらしい。どこまでも屈託のないマコトに、馨は口と目と心をゆるませた。
「何か欲しいものでもあるんですか」
「え、いいの?」
「そのほうが、らしいでしょう」
この場合の「らしい」は「恋人らしい」の「らしい」。マコトが手を拍つと、ぱん、とふっくらした音がする。
「じゃ、遠慮なく。これをおねがいしてもいいかしら」
「紅ですか」
「女性にrougeを贈るのってずいぶん意味深だと思わない?」
馨はゲルマン語を知らない。だが前後の文脈から、意味も意義もはかりとれないほどの鈍い男でもない。すくむ馨に、マコトは微笑んだ。
「やだもう、冗談よ。ありがとう、すっごいうれしい」
マコトは馨の腕を引っ張って――組むのでなく――ずかずかと歩く。どうも色気がなさすぎのようだが、こんなものでしょう。
それで、いうまでもなくひとりみの春慶が、弥助とマコトと馨のあとから「心に隙間風が‥‥」しずしず歩く。
先頭の、行列つくってるわけじゃないけど、立場の位相としてはたしかに真ん前。レナードと囮の対をなす弥助はあたりに人の減じた機会に、肩を回して凝りをほぐした。
「意外に難しいもんだわ」
ぼやきの形式をとってはいるが、結果がともなっていないわけではない。女性たちに幾度も投げたからかいの成功を思い、にまり、くちびるゆがませかけて‥‥消失する。それが問題だった。ふつうに向こうが乗り気になってしまったのだ。素人の下心くらい、弥助はじゅうぶん看破できる。これはねぇな、と思っても、そこで断ればますます不自然になるだけだから、かくしてのんびりとお茶すること三回。そこそこに切り上げてきたけれど。
「すぐに当たりくじ引けるたぁ思ってねぇよ」
こんなところで挫折したら江戸っ子の名折れだと、そこまで考えたわけじゃないが、弥助は懐に入れた手を拳にかためて、
「うっわ、おめぇさん別嬪だなぁ。どうでぃ茶の一杯でも」
はなやぐにぎわいへ、駆けていった。
「ねぇ、いいところ連れてってあげようか?」
今の己はただの遊行の徒――そればかり考えていたものだから、なかなか気がつかなかった。水を向けられていること。正孝はぼうっと生返事。
「あ、ん、好きにすればよかろう‥‥。え?」
振り返ってそこに見いだす人影は、ひらいた襟のあいまからしどけなく肉をかおらせる女性。己を指さす正孝に、彼女は婉然と笑む。
「他に誰がいるのかしら?」
いる。ふたりも。だがそんな内心を発するわけにもいかず、あわあわと首を横に振る。助けを求めるように、それとなし、目をあたりにひたはしらせるがレナードは例の調子だし、惣右衛門の良心に賭けてみれば、
「(南無阿弥陀仏――祈られてるっ?!)」
訳すれば、これも仏のお導き。すなおに連れてかれてください。
「(それは分かってるが。ほんとうに助けてくれるのだろうな?!)」
唇の開閉だけで意志を表現しようとする努力は、どこまでむくいられたものだか。ひきずられてゆく正孝に惣右衛門がおくった詞は、「騙され身包み剥がれるのも、何十年も経ってみればそれもよい思い出ですよ」と、はるか蓬莱にいたる悟りの域だった。
「‥‥あっちにひっかかったか」
「きわどいやつだったからな」
のこされた冒険者たちは佐新の呼び出しにいったん集合する。どうしたものだろう、といっても着いていくしかないわけだが、ちょっとした課題があった。
レナードがまだそのまんま囮を、いやもう囮でもなんでもないけど、続行している。満面の笑みで。
――‥‥まばたきするほどの逡巡。冒険者たちの心は、今、ひとつに溶け合う。
「あいつもおとなだし、ひとりでなんとかするだろう」
「いざという場合でも、現金でおとしまえがつくことでもありますことですし」
「楽しそうなとこ、おじゃましちゃワルいわよねー」
「若いうちは何事も経験ですじゃ」
どことなく未必の故意を期待するようななげやりがただよっているのは、四月の気候がみせた陽炎のしわざにしておく。
●レナード「(だから続けてる。体全体で)」
逃げたい。星をも超える速度でこの場を去りたい。‥‥しかし「騙されやすそう」「おのぼりさん」――やはりそう見えるのだろうか。たしかにもてたことはないが、自分がそんなに隙だらけだとは思いたくない‥‥。
「聞こえる?」
「なんとか。女の声ばっかだけど」
もし心まで聞くことのできる能力があったなら、弥助の鼓膜は正孝の慟哭でいますぐにでも破裂していたろうが、現実にそんな奇跡は当然ない。正孝の連れ込まれた平屋の薄い木壁におしあてた耳朶にとどくのは、無理無体に気を引こうとする、空回りした女性の誘惑ばかりだ。馨がついと首をかしげた。
「いつ踏み込みます?」
「やられる前だろう」
「どの『やられる』ですか」
ほこづくり、けものへん。ふたつの漢字がマコトをのぞいた全員の胸をよぎる。即答がないのは選択に迷ってというより、選択を口にするのをはばかってのことか。沈黙の光陰をやぶるのはありきたりのドタバタ音劇、「なんで逃げるのよ」「こ、心の準備が」「体さえできてればいいのよ♪」、十六歳には刺激の強い展開がおこなわれているであろうことは想像に難くない。どうしよう、と、マコトが不安げに問い直す。
「まーだまだ。お客さんがそろってからでねぇと」
「ちょ、代われ弥助。俺もけっこう耳はいいぞ? いい場面は俺にも分けろ」
「さすがお若い方は展開がはやいですなぁ。私も昔は‥‥」
↓台風なみに瞬速↓
「あぁ、思った通りだね。ほんとうに僕と君はよく合うみたいだ。でも、これだけじゃ物足りないだろ? 指も舌もぜんぶつかわないと、つまらないよね?」
『おらおら俺の女になにしやがる!』
「今だ!」
弥助のはなった喚起(ちなみに春慶は最後まで場所をゆずってもらえなかった)を皮切りに冒険者たちは狭い屋内へ疾風迅雷になだれこむ。しかしそれからあとも電光石火、とはいかなかった。ならずものたちはともかく、事情を知っているはずの正孝までぽかりと口をあけて彼らをみあげる。そこにいたのは様々に雁首そろえた強の者、なかでとりわけめだつのは、
「個人的にゃあ怨みは無いが、悔しさに夜も眠れぬ被害者に代わって貴様らを成敗してくれる。春慶頭巾とーじょーーっ!」
――協議中―― 質問代表、周防佐新。
「春慶、俺は他人の趣味にケチをつけたくない。が、あえて云おう。なんで三角頭巾なんだ。正義の味方やるんなら、せめて普通の頭巾つかってくれ!」
「これしかなかったんだって」
「いや、ぜったいにそっちのほうが入手困難だろう?!」
「かまってんじゃねーって。被害者の恨み骨髄に増す、ってな雰囲気がでるだろう」
わー、うだうだ。半裸の正孝が服を身にまとう寸暇があたえられた分、よかったのかもしれないが。
しきりなおし。
「と、とにかく。そいつは俺たちの仲間だ。返してもらう。たぶらかした罪もつぐなってもらう!」
佐新、腰に佩いた日本刀へと手をすべらせる。正孝も見習いおなじく槍の柄に手をかけ、しかしその動きが中途で止まる。長槍は室内の戦闘には不向きだ、間合いが遠すぎる。あきらかに焦りの顔になった正孝に、敵は余裕の顔で強攻を開始した。正孝は槍を捨てた。向かってくる男の下腹部に、そのまま空にした手筋をたたきこむ。停滞した空気が苦しげに啼いた。
「北辰一刀流‥‥見くびらないでもらおう!」
槍がつかえないなら、素手になるだけのことである。ひゅう、と弥助の吹いた息が、よろめく男の脇をかすめる。
「やるねぇ若いの」
弥助、別な男の打擲をはすっぱな片腕で止め、のこした利き腕で超える痛みに追いやる。こうした限定状況の戦闘、大義ある忍びが遅れをとるわけにはいかぬ。みごとな返しに、マコトが拍手を送った。
「では私が祝福の嵐を、ここで御披露〜♪」
「それだけはやめて。みんな捲き込んじゃうからっ」
ストームはいわゆるひとつの範囲魔法ですんで。
なかでいちばんいかつい男が背中をみせたとき、惣右衛門の唱える縛を借り、春慶は彼を首ごと締め上げる。
「今だ。やれ、佐新!」
「南無三、恨まないでくれよ!」
「‥‥ちょい待て。今、春慶頭巾を本命に斬り下ろそうとしなかったか?」
「‥‥ふ(遠い目)」 ←たまってる
閉所での戦闘に慣れぬものが多かったせいで、全員捕縛というわけにはいかなかった。それでも、下っ端をひとり逃がしただけならたいしたものだ。うらめしげなツラをそろえる有罪者どもに、マコトは指一本たててみせる。
「私たちみたいな優しいヒトに捕まったのを機に、足を洗って頂戴ね?」
「仲間を巻き添えにするところだったくせに」
「今ならいくらでも魔法つかえるわよ、外だから」
●で、
レナード「おかえり。どうだった?」
春慶「無事だったんか‥‥ちっ」
佐新「ってレナード、いったい今日は何しに来た。肌をつやつやさせに来ただけかっ」
マコト「あのね、蘇芳サンがやられちゃったのよ」
惣右衛門「これでまた一歩おとなに近づいたということですな」
馨「まぁまぁ犬に噛まれたと思って」
弥助「継続は力なりってな。いい店紹介してやろか?」
正孝「ほんとうに未遂だーー!」