早乙女

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月06日〜05月11日

リプレイ公開日:2005年05月14日

●オープニング

 上位は南の亡者対策から下位は犬の散歩まで――職業に貴賤はないが、しかし背後事情の深刻・軽薄の別はやはり存在するだろう――冒険者たちの仕事ははばひろい。五色の錦のよにありとあらゆる奇譚・耳袋がとりかわされる冒険者ギルドにおいて、その依頼はごくふつうに思えた。いや、忌憚なく表現すれば、これ以上は地の果てからでもひっぱってこれぬかもというくらいに、地味、であった。
『代掻きを終えたばかりの田地にあらわれた夜刀神を退治してほしい』
 代掻きというのは、田植えの直前の段階におこなわれる作業のことをさす。水をはり泥地となった田をたがやし、土をくだいて水平にならす。これをすませた土壌でなければ、苗はしかと成長することあたわず。――‥‥つまり見方をかえれば、現段階では、そこにはなにもないということになる。実どころか、芽も根もない土地をあらす夜刀神というのもめずらしいが、たんに気がはやっただけかもしれぬし、ばかさわぎしなければならないほどの異変ということもない。
 まぁ、ほんとうに地味な依頼なのだ。
 だったはずなんだけど。

「ばかやろう、おまえはなんにも分かっちゃいない!」
「な、なんだ。いきなり」
「足りねぇあたまで、よっく考えろ。『代掻きをすませたばかりの田地』‥‥いいか。つまり現場にはみはるかすかぎりの泥土がひろがっている」
「それが、どうした」
「こんなところにふつうのかっこで入れるか? そう、着物をたくしあげなきゃなかなか前には進めねぇよなぁ‥‥」
「な、なに」
「気づいたようだな? ふとももだよ。ふともも、ふともも! 若い娘さんが向こうから遠慮なく見せつけてくれるってゆう、またとない好機なんだよ!」
「‥‥な、なるほど」
「これくらいで感心してちゃなんねぇ。まだまだ序の口よ。もうひとつ重大な要素を忘れてねぇか? 泥だよ、泥。どう考えても、こいつは戦闘ありきの依頼だよな? 刀ふりまわして魔法ぶっぱなして、そうこうしてるうちに泥がはねるよな? 娘さんのしみひとつない白い柔肌を無粋な泥が汚すんだよ、んでイヤーンってこすってるうちに、こう、顔にものびて、それに気づかない彼女がにっかりと太陽みたいな笑顔をみせてくれるときの瞬間ときたら、もう」
「貴様、極道だな」
「おまえもな。さて、〆とゆこう。‥‥敵は夜刀神だな? 夜刀神といえば実態はどうあれ、見かけは蛇。蛇といえば、にゅるにゅる、にょろにょろ。ちょっと小ぶりすぎるきらいはあるが触手といえないこともないかもしれないんだよ!」
「ふ、ふかい」
「どうだ沁みたか?」
「沁みたぜ兄弟。おまえの熱き思い、しかと受け取ろう!」

 ずっぱりと、誇大広告。

●今回の参加者

 ea2984 緋霞 深識(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9032 菊川 旭(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9679 イツキ・ロードナイト(34歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb0503 アミ・ウォルタルティア(33歳・♀・レンジャー・エルフ・インドゥーラ国)
 eb0601 カヤ・ツヴァイナァーツ(29歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb1529 御厨 雪乃(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1963 蘇芳 正孝(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2074 不破 和馬(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●はじめるまえの
 十二の害獣。畔からたたずみながら菊川旭(ea9032)は思う。あれらはどうしたのだろう、どこからか開墾のためにでも追い払われたのか、と。
 あれらとは夜刀神で、そこに、ある。
 鋭角的にきらめく鱗。銀やら茶やらが交代で跳ねまわり、のっとした腹をひるがえらせている景色には絵画のように行儀のよいうつくさが備わっている。それを毀そうというのだから気の毒な気もした。が、誰かがやらねば、農民たちが来年をまかなえなくなるのもまた現実。旭は片付け顔のまま憐愍をほのぐらい心の淵へ沈め、他のものは、とみかえれば、
「触手というよりは、うなぎみたいだな‥‥」
「田んぼに出るのはドジョウだと決まってんべ」
「こんな泥だらけのとこに作物を植えるの? ジャパンの農業って不思議だね」
「でもおもしろいですよー」
 さのみに、にぎやなご一行。順に、不破和馬(eb2074)、御厨雪乃(eb1529)、カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)、アミ・ウォルタルティア(eb0503)。
 いっとう無邪気なのが、無類のジャパンびいきのアミ。安い仕事をどう言いくるめられたのだか「ジャパンのお米作りの様子が見られるですねー、わくわどきどきです」って、いや、まだぜんぜんはじまってないのですが。碧の瞳を白黒させて喜んでいる、ほのかな矛盾。そのあどけなさからはとても暦年齢九十歳とはおもえな‥‥シュッ(←流れ矢)。
 えー、次々。カヤじゃなかったツヴァイが和馬に話しかけて。ええ、ツヴァイですとも。
「追い立ててから、まとめてやっつけるんだよね」
 それが今日の大筋の作戦。実際、和馬はうずくまり、持参の投網をていねいにひろげている。投網といっても、今日は投げては使わない。追い込み漁のほう、ただし田んぼで、投網は目が細かくできているからこういう小ぶりな作業ではむしろ使い勝手がよかろう。
「そうだな」
「うん、がんばってね」
 会話打ち止め、六十のしじまののち、再開。
「――『俺』が、がんばればいいんだな」
「だって僕よごれたくないし。てつだってはあげるけど」
「和馬さん、おらもてつだうだべ」
 こちらはとっくりと、やる気いっぱい。たしかに雪乃はたぎっている。これまたギルドに言いくるめられたんだろうか、ギルドをおん出たそのときから、装束の下をたくしあげて膝上できっちりと絞り「小股の切れ上がった」の修飾どおりで、がてらに、襟元をおおいにふくらましている。それを横目で、よかったよかった、と、イツキ・ロードナイト(ea9679)は、ひとり完結する。
「さすがにこればっかりは、僕じゃどうしようもないからね」
 男の自分がやってもつまらないから、これでギルドの皆さんもご満足でしょう。や、律儀に誠実なのはいいけれど、そんなところにまで気をつかわなくってもいいよ。おかげで蘇芳正孝(eb1963)は、目のやり場に困りっぱなし。路傍の羅漢さんと抱き合ったり、なんでもない用水に片足一本贈りかけたり、鬼神ノ小柄+1(不幸が二倍らしい)を驢馬に負わせているはずのイツキより事故遭遇率が多いという奇天烈でした。
「なにごとも精進だな」
 緋霞深識(ea2984)から貸された手ぬぐいで足をぬぐっていると、くしけずられてなぐさめられる。そういう深識は雪乃をみやって思案顔で「重畳」などとつぶやいてみる。おっとな。

●はじめます
 それら、とは、じゅうぶんに距離をたもった位置から扇状に散開する、四人。のこりの四人のうち、弓使いのアミとイツキは和馬の張った網のうしろ、田所の角に待機して、ツヴァイの立場は遊撃班というところだろうか、いくらか所在なく立ちつくし、となりで旭がときを待つ。異変を察した夜刀神の気道から、折れた竹笛をとおすような、心もとない呼吸がまろぶ。
「一、二の三、でいいか?」
「お好きに」
 ツヴァイに託されたから、というわけでもなかろうが、和馬が、日本刀を拝するがごとく真正面にかかげて、北辰流、静と動に封ぜられた円環を裂くよう、鮮烈なる軌跡にて。
 打ち下ろす。
 りゅうりゅう渡る風は爪月の波動、気勢に捲かれた飛沫はつたない靄にかたちを変えて、声細くざわついた。
 それが鳴箭、彼らは一丸、龍の疾駆し‥‥ごめん、ちょい嘘。さすがに足元がおぼつかないので、突貫にもいまひとつ気迫はない。ってこれもすこし嘘で、ひとり別なかんじに迫力の人が、いた。
「ほーれ、どんどんいくだよ〜♪」
 雪乃だ。
 足をおおうわらづくりの足袋のおかげで、気軽というか身軽というか。はねる泥が、露出しているしていないにかかわらず、あらゆる部分に染みをつくってゆくのもものともせず、中棍棒をまわしながら前進するようすはほとんど回転水車だ。あとにしがみつく痕跡が、わだちでないのがいっそ奇妙なくらいに。
 それから一拍おくれて続こうとした深識は、つと顔をむけたさきの正孝の異状をみとめてとどまる。彼はわずらうよう、顔をうつむけていた。
「どうした?」
「いましばらく考えたいことがあって」
 正孝の表情は真剣である。だから深識も真剣になった。なにかの見落としを正孝が知ったのかもしれない。けれど、正孝からの返辞は意外なことに懐疑であった。
「まえに行くのとあとにいくのと、どちらのほうが刺激がすくないだろうか」
 なんの刺激かといやぁ、だから、ただいま全速前進中のお人なわけでして。ほんと、当人には死活問題だし。真率な腹積もりには真率をもって応じるのが、人としての礼儀であろう。深識は充分な見当を答える。
「‥‥先じゃないか? 振り返りさえしなければ、見ないですむだろうに」
「そうだな。かたじけない」
 礼をいわれるほどじゃないな、と、思ったけれども、はっとしたときには居直った正孝が第二の水車と化しているので、声をかけるよしもない。まぁ、いいか。深識はきりかえる。和馬よりはいくぶん独創性ある輪郭からくりだされた和馬とおなじ技を追って、堆い物寂びた水の柱を蹴り出す。走る。

 夜刀神とて、真相は煙に巻かれているにしろ、零落した神の窮みだとうたわれることだけのことはある。逃亡ができぬとあらば、と。腹をくくった数匹は数匹を楯にして、小さい体の内奥にある呪文を結晶化する。燃え立つ飛翔、いきりたつ翼をひろげる蛇。すごーい、すごい。ツヴァイは石英の剣を創成しようとしていた旭の腹をこづいた。
「見て見て。謎の未確認生命体だよーわーかっこいいー」
「‥‥ウィザードが他人の詠唱を邪魔するな」
「ええー。僕はただ‥‥気をつけてって云おうと思っただけなのに」
「え、あ、す、すまない。俺も気が立っていたから」
「ん、許したげる。がんばってきてねー♪」
 旭が謝罪の意をこめて、目をふせたそのとき。横合いからの力で、突き出される。とん、と軽やかではあったけれど、てのひらふたつぶんの加重はあった。あっというまもない。旭の本日の服装、裾はたくしあげて、火消し装束の股引――これなら恥ずかしくないだろうという、その心遣いは全身への泥被りという結果で帳消しにされてしまった。逆にいえば、恥ずかしがる必要もなくなったわけだが。
「‥‥あいつ」
 今、自分がただしく殺すべき対象は、夜刀神とは別種の生き物ではなかろうか。たとえば、ちょっと、耳のとがった。物騒へかしぎがちの思考を、正へ引き戻し、旭は今度こそ中断された魔法をしあげる。
 一方、ツヴァイはツヴァイで、そこまでの悪気はなかった。良心があったかとなると、話はかなり微妙だが。でもくよくよしててもしかたがないので、やれることをやっておきましょー。飛翔には浮遊で対抗しちゃる。レビテーション、に、グラビティーキャノンを上乗せて。
「(今は亡き旭のためにも・って亡くなってない)ツヴァイ負けない!」
 落としたのは、あんただ。

 二度つまびいた弓弦から手を放し、次の矢羽根を背嚢から取り出し、ねらいを見据え、ふたたび番える。イツキの攻撃の手順が冗長である理由は、矢を背嚢に入れておいたせいだ。今日のように余裕のある迎撃戦ならそれはあまり問題ではないが、敵の所在も不確定な緊急時には致命的な場合もあろう。気をつけたほうがいいですよ、とアミが忠告する。
「でないと、あぶないです」
「‥‥」
「どうしました?」
「ジャパンには昔から、ボケとツッコミという伝統的な分業があるみたいで」
「なんですか?」
 ボケの担当だと信じていた人からツッコミを受けるのは、ちょっと悔しいかも、とそれだけのこと。イツキが改めてふりかえってみると、呪符のたぐいもしまいっぱなしだったりするし――ええ、もしかして、僕ってアミさん以上のボケ担当? きっと、このままではおそらくそうなってしまう。これがほんとうの鬼神ノ小柄+1の所持効果? 強制的にボケを決定する? なんと恐ろしい呪いだろう。
 ――ぜったいに、ちがうからおちつこうね? だいいち驢馬にあずけっぱなしだし。
「イツキさんがおかしいですー。どうしたですか?」
「ちょ、ちょっと混乱しただけだよ」
「たいへんです。そゆときは冷たくしたほうがいいです」
 そんで、どたん、ばっしゃーん、とばかり、墜落の悲劇が繰り返される。もののあわれ。

 といっても、しょせんは夜刀神なんである。重力波でころばされたり、突風で飛ばされたりしても、読者様にご奉仕するのだと思っておとなしくこらえて、しとめてやればそう難しくはない敵である。‥‥いや、どうも二名ほど、仲間内が原因で泥王子になってるような気がするのはさておいて。
「た〜まや〜〜♪」
 どっかーん、どかん。歌うように雪乃が棍棒をふりまわす。紙の折れる音をさせて、くずれる蛇腹。
「ほうれ、深識さん。勝負だべ!」
「勝負って‥‥」
 つまるところ異世界でいうほーむらん勝負とかそうゆうかんじ? などと暢気に解説してる時間は、実のところ、あんまりない。雪乃の棍棒に弾き飛ばされた夜刀神の口から、最後のあがきとばかりにはき出された魔力が、深識を飲み干そうとしていたので。
 そういえば、茶色だわ。あれ。
「ローリンググラビティー?!」
 ご名答。咄嗟の判断にしては最高だ、深識。
 *によく似た格好で深識は大空へ舞い上がった。高く高く、雲雀のように、落ちてくるそのときまでも雲雀にそっくりの速やかな進行で、*のかたちで大地に突き刺さる。
「じょーがい! で、雪乃さんの勝ち!」
「やったべ♪」
 審判:ツヴァイ(上空からまんべんなく見渡せるから)。つか、きちんと退治しんかい。
「‥‥あとすこしだし、おふざけは大目に見よう」
 和馬がつぶやくどおり、実際、のこりは少ないものだ。黙々と屠って屠って、こちらの手傷もそんなに深刻なものではない。むしろ最初からの懸念どおり、泥土のほうが厄介なくらいに。泥んこ遊びと、大差はなかった。
「お次は正孝さん!」
 雪乃の新たな指名をうけて、正孝はぴしり、と背を伸ばす。来るなら、来い。勝負感にはたらきかかけられて、ついつい相手してしまう。‥‥そもそもそれがまちがいなのだけど。弾丸の銀の蛇からくりだされる、次なる魔法はチャーム、魅了。ふ、と正孝がなごんだ、ときに。もうひとつ、異なる衝撃ががこんと正孝の肩口にあたった。ぼんやりした正孝のうしろから、わぁっと雪乃が抱きついたので。
 さて、前述したように、雪乃は別の意味でしっかりとした容姿をしていたわけで。
 雪白の肌。女性らしいふくいくたる芳香。
「へっへー。びっくりしただ? ‥‥あれ、正孝さん? どうしただ? わしの魅力で悩殺ちしまったべか?」
「どっちかっていうと、撲殺?」
 興味深いよね、と、ツヴァイ。サイコキネシスではこびだして調べようか? こういうときの死因って萌死っていうのかもしれない。が、学術的探求はむくわれなかった。正孝が息を吹き返したので、論議する暇がなくなっただけのことである。

 終了、おつかれさまでした。旭は人為的に泥だらけの体を払いながら、はぁ、と溜息しぼりだす。
「クリエイトウォーターをつかえるやつでも残しとけばよかったな」
「残ってますですよ」
 はい?
 声のした方向に、アミが夜刀神をつかんでいた。そういえばアミはレンジャーで(イツキもだけど)、獣のあつかいには慣れていた。にしたって。
「お水がこんこんです。ジャパンの蛇さん、いい子ですね」
「いや、違う」
 なんか、こう、うまくいえないけれど、いろんなところがいろんなふうにまちがってる。しかし旭はついに、その違和感の名称をさぐりあてることができなかった。ただ「‥‥どうも」と曖昧な謝礼を述べるだけで、今はそれでせいいっぱい。

●おわりました
「借りていいか?」
 アミと旭のやりとりを横から指さして中断させたのは、他人の手を借りてなんとか*から還ってきた深識だ。彼が欲しがったのは、いうまでもなくぴちぴちとれたての夜刀神である。
「先に浴びるのか?」
「いや、ちょっと試したいことがあってな」
 借り受けて、アミから教わったとおりの、安全な持ち方。そのままえぐるように、名酒「うわばみ殺し」の入ったとっくりに漬け込むべし。
 ごく。
 ごく、ごく、ごく、ぷはっ。
 げいんっ。
「‥‥こいつ、普通に俺の秘蔵酒、呑み干しかけやがった」
「だからって、後頭部(?)をグーでどつかんでも」
「それ、きっと無理だとおもう。夜刀神ってたぶんエレメント――精霊って一般の生命法則からははずれてるものだし」
 精霊は酩酊しない。「うわばみ殺し」がどれだけ強壮であろうと魔法の域とまではいかない以上、その基本原理を曲げるまでにはいたらないのだ。と、イツキの解説が正解である。よかったね、イツキ、これでちゃんとアミよりかはツッコミだよ。ばんざーい。とかやってるうちに、するり、夜刀神は深識の手から這い出す。よたよた、とにじるようにして、畔の草むらへ逃げ込んだ。
「ありゃ」
「まぁ、一匹くらい、いいだろう。水つくりだすぐらいしか能がない蛇だろう? 悪いこともできんさ」
 ――むやみな殺生はごめんだ。
 肩をすくめる深識。頭から泥をあびたそれで、硬ゆで卵は似合わない。が、旭もそこまでは追わなかった。はじめに見た鱗の光を思い出したから。
 田植えのてつだいもしてかえろうかと思ったが、これから水抜きをしなければならないとかで、また後日になってしまうらしい。その代わり、農家らしく水は豊富で、行水の用意はしてあるそうだ。この状態では、それがなによりの贈り物。すなおに受け取りましょうか。
「まぁ、みんなで泥だらけというのも長閑で良いかもしれないね」
 自分の泥の由来は気になるところではあったけれど、深くは追い詰めないことにして、イツキが笑みを萌す。
 こうして、初夏の心は琥珀の虫のようにひたひたと燃えてゆくのです。