●リプレイ本文
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王笑猫(ea0240)に安堵のときはない。ギルドを発って二日と少し、ジャパン語を修得していない彼はあいだにいちいち代理人をたてなければ意思表示もままならず、それがいかにもまだるっこしい。おまけに、肝心の通訳が「オンボロ船にのった気分で、どーんと構えてください」こんなのだから。
クロウ・ブラッキーノ(ea0176)、俺様崇拝教の教祖を名乗る男。
笑猫はボロ寺のつぎはぎだらけの壁をみやり、それからあたりをみまわした。
「人、すくなくねぇか?」(人がすくなくありませんか?)
「あ。昼のうちにやれること、やりに行ってんのか」(まぁ、私にはたったひとりいてくれればいいですけど)
「ま、任せるわ。俺、みてのとおりことばも通じないし、頭脳労働も苦手だから」(きゃー。クロウ様かっこいいー、今すぐ私を信者にしてーっ♪)
「すこぶる、待て。あきらかに『クロウ』とか聞こえたぞ。あんた、まじめに訳してんのか?!」
「しかたがありませんネ、私はまだ華国のことばは習いたてです。そんな細かいことを気に病んでると、おニャンコさん、立派なおとなになれませんよ」
「おニャンコゆうな。それに、俺ぁちっちぇーけど、立派なおとなだー!」
「やぁ、すっかり仲良しさんだね」
ことばがわからないってすばらしい、山内峰城(ea3192)は教祖と信者のあつき抱擁、という名のどつきあいを、被害のでない場所から生暖かく祝福する。たといことばが理解できたも、おなじように見守ってただろうって? 云わなきゃ分かんないって。
ところで言語といえば、
「いったい何なんだ、このジャパン語は!」
例の木簡を一目見たとたん、そんなふうに燃えていた天螺月律吏(ea0085)の姿が見あたらない。ガーディア・セファイリス(ea0653)は焔刃瞑軌(ea0236)に話しかける、村や寺の人間とのかんたんな打ち合わせを終え、退屈をかこっていた瞑軌はよろこんで応じる。
「どこに行ったんだ?」
「裏の山だよ」
「なんで、また」
「木簡つくりに」
「は?」
「正しいお手紙講座をひらくのに、必要でしょ?」
「‥‥‥‥そうか。春慶もいないようだが」
濃い、煮詰めた蜂蜜のようにどろどろしてるメンツのなかで、比較的まともとおもわれた東樂坊春慶(ea0722)に、一縷の望みをたくすガーディア。だが、瞑軌はうっすら笑みをうかべていた口元を、さらに花と咲かせて答える。
「やっぱりお山に」
「だから、どうして」
「まだ納得いかないって、筋肉をもうちょっと鍛えてくるんだって」
「‥‥つまり、おばあさん(=律吏)はうらの裏へ木簡を切り出しに、おじいさん(=春慶)も裏の山へ修行を積みに。川に向かうのはおらんのか、川は!」
や、そうじゃない。そうじゃないんだ。ガーディアだって分かっちゃいたが、止まらない。
「分かった。あの仏像が泥棒もみんなもおかしくしてるのだな? ならばいっそのこと、この私がたったいま斬り捨てにっ」
「あー、それはさすがに」
ばたんばたん、二人もつれあったところへ、寺のまわりに鳴子の設置を終えたヒエン・ラクシャ(ea0375)の帰還、挨拶、妙に騒がしいとは思ったけどみずからはけして騒がないのが彼女のいいところ、
「ただいま」
「あ、おかえり。さっそくで悪いんだけど、この人なんとかしてくれない?」
「では、さっそく」
スマーッシュ! しかも、EX!! ズンバラリももちろん静穏のままで。
「とりあえず、後頭部をどついておいた。しばらくは寝ているだろう」
しばらくどころか、夜まで寝ていた。その日、ガーディアは夢を見た。詳しくは倫理規定により割愛するが、ただ一言、激しかった。
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初夏のあかるい夜、中天の月燦々と。日付の移動するほんのすこし手前。
光をさえぎる雲もない。梢をゆらす風もない。冒険者の門出を祝うにふさわしい。そして、屋根のおともにはクロウ・ブラッキーノ、100人のってもだいじょーぶ。
寺の庭の垣根の影に待機していたヒエンの脳裡に、奇妙な図像がななめによぎった。100人のクロウ集団が、あるものは直立しあるものは正座しあるものはしなをつくって、HAHAHAと高笑いの合唱‥‥。
「クロウ、とっとと泥棒を見つけろ」
「はいはい」
と、クロウ「目からビーム!」「出せるのか?」「出せません!」と印を結ぶ。
♪ 闇のまにまに命の紅が〜♪
♪ ふたつならんで咲いている〜♪
「もう、いるみたいですが」
「なに?」
「そこ」
クロウの指さす先、欅が一本、大きく高い。その上方へ。ふむ、と目視したヒエン、ロングソードをおもむろに構えて、おしだした。
スマーッシュ! また逢えましたね、EX!!
ひゅーん、細く長い風をつれて、なにかが上から堕ちてくる。風が大地へだきついた瞬間、ゆるぎないジ・アースの地盤が数瞬のあいだに数回跳ねた。転がる人型2つ、ヒエンは近寄る。彼らの回復は早かった、すくなくとも樹木を攻撃した犯人をすかさずヒエンだと見破るくらいには、意識はしっかりしていた。
「いったーっ。遅刻したら悪いと思って人が待機してたら、なにするの!」
「その言い分だと、おまえたち、木簡を投げ込んだ日からずっとそこに待機してたのか?」
「そうだけど」
予告状って、そこまでして遵守しないといけないものなんだろうか。
とはいわないヒエン、逆に言葉を発したのは屋根の上の高笑い師、クロウ。正確には、ことばではないけれど。
響け、哄笑。叩け、哄笑。砕け、哄笑。
クロウがやらねば誰がやる(←たぶん、誰もやってほしくないです)。
「あなたたちに私を褒め称える権利をさしあげましョう! 私の名はクロウ・ブラッキーノ。遠くない(近くもない)将来、伝説になる(予定は未定で不定な)男。私の名をきくだけでゴキブリは逃げまどい、イムモシはひれ伏し、シロアリは恐怖に噎び泣いたと、はるか未来の歴史書には記されるのです!」
「クロウ、降りて来い。今のすきをついて、泥棒が逃げた」
「はい」
そりゃ滔々と演説を聴かされるまがあったら、ふつうの泥棒は逃げる。しかし今の場合は、より正確を記すと、わざと逃がしたのだが。こんな愉快な――もとい――不快な存在、ふたりだけで片づけるのはもったいなすぎる。
二人組の盗人は寺の正面から入り口に飛び込んだ。横に滑るでなく、扇のかたちにかしいでいく戸、蹴倒された結果である。
だけど本堂の奥にに鎮座ましますは、仏像、なぜだか豪勢に2体も。
一つが、うおりゃっ!とやれば、もう一つは答えて、せいやぁっ!というかんじの仲良しさんっぽく、むかいあわせでたっている。
「え?」「えぇ?」
「はい、よくいらっしゃいましたー☆」
そこへ盛大な拍手、峰城がひょっこりと本堂の柱のかげから顔をだす。
「すごいよね、この仏像」
「あ、うん」
「まるで魂を得たみたいだ。見て、見て」
盗人たちは、見る。
「本日、私たちが自信をもってお勧めいたします非売品は、こちらの仏像くん25歳」
見る。
「前面もよし、背面もよし、まさに新時代にふさわしい仏像といえるでしょう」
じぃっと見る。
「さらに今回は、無償で回転台をおつけいたします。放っておいても自動で回転、これは便利!」
見る。
動く。仏像くん。峰城のいうとおり律儀に、一回転。どの角度からも確認しやすくなって、背面もばっちり。仏像くんのいまにも動きそうな背の髑髏紋、つか、どっからどうみても足許がかさかさーって、回転台とかなさげだけど?
「しかも、今なら送料・手数料は、仏像くんが勝手に負担するそうです!」
「そこまでは、しん(by仏像くん25歳、ちょっと我慢の限界)」
「そこ、しゃべらない。というわけで、まるで魂がはいっているように(本日の、とってもぼーよみ)すごいこっちは偽物じゃないぞ」
「そっちの全自動も惜しい気もするが、とりあえず、当初の目的を果たさせてもらうとする」
「あ、ばれた」
ま、ふつうな。ふつうはばれるよな、そりゃあ。
「しゃあないな。ほな、遠慮はなしや!」
最初から遠慮なぞする気はなかったものの、いかにもしかたがないというふうな口上は、志士のやることだろうという疑問は明後日へ、いいんだ相手はどうせ盗人だから。峰城の合図を皮切りに冒険者たちはひそんだ物陰から飛び出す。
たっぷりの睡眠をとって英気をやしなったガーディア――なんか別に理由もありそうだが省略しよう――は、意気揚々とロングソードをふりまわし、気合い充分。だが、それを上回る冒険者がいる。
毎日、御山で鍛えてるのに。
今日の昼間だって、怠けずに走ってきたのに。
誰にもいったことがないけど、ちょっと自慢の背筋・腹筋・大胸筋だったのに。
でも「ごめんなさい」されてしまった、仏像くん25歳。ほとんどの原因は売り込み文句のせいじゃないかって気もするが。
「なにか、微妙に、許し難い」
見た目よりも傷つきやすかったらしい仏像くん25歳、おそらくこれをお読みの皆様はもうお忘れのことでしょうが、本名は東樂坊春慶といいます、はミミクリーを解除し、身につけてもいないはずのオーラをゆらりとただよわせ、数珠を片手に力尽くでの布教をちかう。もちろん仏教のですよ、筋肉じゃないですよぅ。
「じっくりと拝み倒させてやろう」
だから、仏教の、であって。きっと。
そして、事態は半混戦状態にもつれこんだ。相手はさすがに泥棒をしようとする輩だけあって身が軽い、春慶が締め付けをはかるが、するりするりと逃げられる。
「んーっと」
で、笑猫は手持ちぶさただった。
「手伝っていいやら、悪いやら」
ちょっと苦労してるなぁ、というのはみれば分かる。手を貸してやろうとは思うのだがことばが分からないので、ほんとうにそうしていいものか最終の判断がつきかねる。ふと横を見れば瞑軌もおなじく手を出していないし、機をうかがうべきなのか、とも思う。身ぶり手ぶりで、笑猫は瞑軌との交流をこころみた。
『なぁ。いいんかアレ?』 ※ 以下、しばらく華国語は『』であらわします
「(にっこり)そうだ、お夜食もらってきたんだよ。どう?」
『(あ、食い物)ま、とりあえず、そっち行くぞ』
「あ゛。ちょっと待って」
『ん? って、にゃ゛にゃ゛にゃ゛にゃ゛(ビリビリビリビリ)!』
「あぁ、ごめん、ごめん。さっき罠(ライトニングトラップ)かけなおしたとき、ちょっと移動させておいたんだよ。言葉が通じないから、伝え忘れちゃった」
『その本心は?』
「せっかく仕掛けたんだから、このさい誰でもいいからひっかかってくれたらちょっとおもしろいかも、と(本日の、真剣と書いてマジと読む)」
『猫パーンチ!』
ことばは分からないながらも、心はしっかりと通じ合っていた。よいことである。
そこへ遅ればせながら闖入、クロウとヒエン。
「お待たせいたしましたネ。主役は最後にあらわれるものなのですョ!」
「いや、嘘だ。こいつが屋根にのぼったはいいが降りるに降りられず、たんにそれで時間を食ったんだ」
「そのとおりです! 誰ですか、私の大切な(理由:信者だから)おニャンこサンに手を出したのは」
たぶん、そこの、志士。なんだが、傍目には笑猫が瞑軌を理由もなく襲っているようにもみえる。もしくは、じゃれて遊んでいるようにもみえる。
「あぁっ、ちょっとジェラシーですネ」
「気色わりぃこといってんじゃねぇやっ!」
せっかく本堂に入っておきながら、手伝わないし。
「‥‥‥‥。あんな濃いのと組まなきゃいけないのも、昼間にみた夢が忘れられないのも、酒場のモツ鍋が高いのも、ぜんぶおまえたちのせいだーっ」
ガーディア、律吏と協力しながら、泣きださんばかり「ソードボンバー、ソードボンバー、ソードボンバー!」の勢いでついに盗人たちをおしだすことに成功した。
「エチゴヤの物品が高いのもっ、月道の通行料が高いのもっ、予約が高いのも浜旗も!」
「ガーディア。あとは私にまかせろ」
用意した木簡を片手に律吏は呼びかけたが、転がる石に苔はつかない、赤信号急には止まれない、壊れたガーディアはすぐには終わらない。
「バーストアタック!」
カラ、と泥棒たちの装束が壊れていく。月影にあらわになる素顔。そこで初めてガーディアは止まった。
「え゛?」
「‥‥女性」
いや、じつは、最初から声をきけばすぐに分かったはずなんだけど。
でも、泥棒の性別とか、誰もそこまで注意をはらっていなかったので。女性は苦手なガーディアにとってこれは不意討ちも当然、しかし反対に律吏にとっては、
「許せん」
逆に、火をつけられたらしい。
「ぜったいに許せん。女性だとぉ? つつしみとかたしなみとかいったものはどこに置き忘れてきたんだ。文法と言葉と時候の挨拶もふくめて、私がいちから叩き直してやるっ」
「どしたんですカ、律吏さん?」
「さぁ? 同じ女性として認めたくない何かがあったんじゃねぇか?」
「自分だってあまり女性らしいとは‥‥。あ、この塩煎餅おいしい」
「はい、お茶もあるよ」
「しかし、律吏の気持ちももっともだ」
仲間割れしてたやつらは、してなかったのも含めて、いつのまにか仲良くお茶をしていた。だから手伝ってやれよ。
「でも。月明かりだけじゃ、書を書くのってむずかしくない?」
「いいや。律吏はやる。見ろ、短刀の反射光を利用して」
「発明だねぇ」
手伝え‥‥いや、もういいです。
「どれ、書けたか? 『排敬』――だいぶん合ってきたが、まだちがうっ。それが終わったら、次は時候の挨拶だ。今ならさしずめ『梅雨の折から、皆様にはますますご健勝の事と‥‥』懸賞じゃないっ、特賞・温泉ご招待などはない」
延々と続く。
延々と。
「‥‥‥‥お茶、きれたね」
「煎餅も」
朝まで。
白々とした静寂。いつのまにか月は消えている。
律吏は夜に強い。根気もある。ものおぼえのわるい泥棒たちにとことん付き合う気力があった。だから付き合ったのだ、それでも盗人たちのものおぼえのわるさにはさすがに辟易したが。
「しかたがない、拝啓と敬具をちゃんと使い分けられたら解放してやろう‥‥ケーキじゃないと何度いったら分かる(べしっ)!」
それから。
「けっきょく盗人逃がしちゃったけど」
「まぁいいんじゃないか? 最後、へろへろだったし。俺たちもだけど」
「とっとと帰るとするか。ん、東樂坊は?」
「まだまだ修行不足だから、江戸まで走り込むって一足先に」
「死ぬぞ、それ」