煙羅煙羅と彼女
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月01日〜06月06日
リプレイ公開日:2005年06月09日
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●オープニング
「うちのお姉ちゃんに憑いている煙羅煙羅をどうにかしてください」
依頼人はとある農家の次女。依頼内容はいたって明快。
煙羅煙羅は煙霞の五体をもつ火の妖怪だ。紅蓮につらなる係累にしてはわりに気質がしずかで、人間に迷惑をかけることもすくない気のいいヤツである。ただときおり妙に物見高いものがいて、興をそそられた由緒をどこまでも追っていくこともある。つまり、依頼人のいう「憑いている」とは魔的な意味での「憑依」ではなく、ただたんに「まとわりついている」という意味合いでしかない。
「悪い子じゃないんですよ。いつだったか、泥棒が入ってきたときも教えてくれたし。ただ‥‥それとおなじノリで、お姉ちゃんの許嫁まで黒こげにしちゃったんです」
「‥‥生きてたんですか?」
「おかげさまで、なんとか。見捨てられないですみそうです」
本人たちはそれでいいみたいですけど、親戚連中はなにかとうるさくって。このままじゃお姉ちゃんが結婚できなくなっちゃうかもしれない。
「それに、なんだかんだいっても妖怪でしょ? うちのほうは鄙びてますけどいちおう人里ですし、うろうろしてるとやっぱりあぶないと思うんです」
自分たちがではなく、煙羅煙羅が。妖怪退治で名をあげようとする武芸者は、冒険者だけではないのだ。じつはめったに見れるものでもない煙羅煙羅を、群雄の過去にくわえたがるものがあらわれてもおかしくない。
「でも、あたしもね。ひとりで、なんとかしようとしたんです」
対策その一、説得。まったく、聞いちゃあいねぇ。
対策その二、脅迫。どうかんがえても、向こうのほうが強いっつーの。
対策その三、捨て妖怪。あいては煙なんですって。そもそもつかむことすらできません。
「‥‥万策つきちゃって」
なんだかいちいち莫迦らしい応対であるが、本人にとっては考えあぐねての行動であったのだろう。訴える目に懸命そのものの光。
「ええと、その、ひとつ、おねがいなんですが。さっきもいったみたいに、煙羅煙羅はお姉ちゃんとずっといっしょなんです。うちのお姉ちゃん性格が『お花畑』だから、煙羅煙羅に情がうつっちゃったみたいで、目の前で殺されたりしちゃったらきっとすごい悲しむと思うんです。なるべく穏健な方法でおねがいすることってできませんか?」
冒険者とて戦闘狂いばかりではない。平和的にすむなら、そのほうがよい。しかし、なるほど、依頼人の話をきくかぎり方法は少ないようだ。いったいどうしたものであろう――‥‥。
●リプレイ本文
「ふむ。今回は妖怪えんらこら、か」
「ぜんらぜんらですよー」
グレン・ハウンドファング(eb1048)と夏目朝幸(eb2395)がほがらかに「煙羅煙羅やっちゅうねん」にいそしむかたわら、
「なーんかけったいな依頼だな」
「話を聞かないというのはどういうことでしょうね。言葉が通じないのか、里さんの話しか聞かないということなのか」
「煙羅煙羅って心のきれいな人しか見えないってほんと? 俺、見えるのかな」
山内峰城(ea3192)、伊庭馨(eb1565)、狩野天青(ea9704)、角突き合わせて方針を語り合っているけれど、まとまった帰趨は得られそうになかった。なんせ誰もよく知らないのだから、御簾のかげの衣通姫について噂を交わしているようなもの。馨はわずかな救いをもとめるように伊能惣右衛門(eb1865)を見るけれど、それとて心当てなきことを再確認しているにすぎない。
「惣右衛門さんも見たことないんですよね」
「それなりに永く生きてはおりますが、わたくしもお目に掛かるのは初めてですじゃ」
煙羅煙羅は数のいる妖怪ではない。度合いで比較すれば、人参果(マンドラゴラ)とだいたい同じくらいである。もっとも煙羅煙羅は市場にゃでまわらないだろうが。
「考えてるだけじゃしかたがないよ。実力行使っ」
火澄真緋呂(ea7136)は、天衣無縫に言い放つ。と、にわか首寝かせて案じる素振り。
「っていっても、なるべく退治したくないなぁ」
「僕も。出来れば穏便に解決したいです‥‥」
ねぇ?と、大空北斗(ea8502)と頷きあう。八方まるくおさまるのが一番。どうしよっか? うーん、と、煩悶のとばりがおちる。話は最初へもどった。
「失敬。妖怪かんらかんらだったかな?」
「ちがいますー。あちらこちらですー」
そこまで戻らんでもええ。
実力行使、といいだしたのは真緋呂だった。だから真緋呂は腕っ節をつかわない実力行使を提案する、肘折り曲げて、掌固めて。
「僕、とりあえず煙羅くんのことを色々知るために彼とお友だちになってくるね!」
「だな。恋愛といっしょ。やってみなきゃわからない♪」
彼女いないけど、とは、ついすなおに付け足してしまった天青の告白。本人、蟻のようにちいさい独り言のつもりだったけど、そういうときばかり精霊のいたずらか青空丸く響き渡る。動揺した天青が「え、えと、将来的な計画。俺まだ十六歳だもん!」十六はジ・アースだとじゅうぶん一人前ってゆうか、自分にとどめをさしていた。ごほん、わざとらしく喉のいがらを強調したりしながら、ちらと横見。そこではあいかわらずで、グレンと朝幸が、
「では、えっちらおっちらに会いにいこうとしようか」
「なんだかんだですよー」
「あっち、は止めなくていいの?」
「どこまで続くやら、観察記録でもつけようかと思いまして」
「そうそう、あぶらかだぶらだったね」
「ぱんだこぱんだですー♪」
京都がほろびても彼らの線形はほろびないような、ってゆうか原型とどめてないし。
そんなわけで、一日め。
「ひっつきむしにはひっつきむしで対抗するのですー」
「僕、なんとしてでもお友だちになっちゃうからねっ。そのために野を越え山越えて、京都から出てきたんだから」
元気ハツラツゥ? 題して『チキチキ第一回・まずは平和的に・大観察大会』作戦で。
煙羅煙羅の行動範囲に、特別な制限はないらしい。といっても、つきまといの対象である里があちこちに出回るほうでもないから、彼女の行くところにひかえてふわふわやってるくらいが関の山なのだが。積もった家事をしたい、という里の意向をくんで、冒険者たちは立ち歩く彼女に付き添いながら、話を聞くことにした。こんなかんじ。
【<=進行方向=】
馨・天青 グレン、北斗(べつに付いて回る必要はないんだけど、なんとなく参加した組)
里 煙羅←真緋呂)ノ 朝幸)ノ =3
惣右衛門 峰城(ある意味、煙羅煙羅より真緋呂と朝幸を観察してるほうがおもしろい)
カルガモの親子みたい。いっそ鈴でも下げてやりたいくらい。
天青、手庇の下から煙羅煙羅をたしかめると、やった、と小躍りする。
「あ、見える。俺って心がきれい?」
「私にも見えますよ」
「なんだぁ。別に、雨後のぬかるみのように底の見えない心でも、やもめの万年床のようにかびがはえた心でも、見えるんだな」
「天青さん。放課後、ギルドの裏までいらっしゃい」
放課後っていつ、ってのはあとまわしにして、しょぼくれた天青の首根っこをひきずり、馨はお見舞いからきりだした。
「許嫁さんはその後どうされましたか?」
「はい。式の日取りには回復しそうです」
「それはよかったですな」
惣右衛門、いちおう事前に煙羅煙羅に断りは入れた。そんな真似をしていては里殿に迷惑になりますぞ、と。が、煙羅煙羅、惣右衛門の弁舌を聞いてはいるようなのだが、反応がうすい。何故迷惑になってるか、という概念が理解できないらしいのだ。つまり、おつむがあんまりよろしくないから、行為の意味や影響まで思考がおよばない。話を聞かない・悪気がない、とはそういうことだった。
「ぜんらぜんらさんがこっちを見たですよー」
「もしかして、にらめっこ? よーし、負けないよ。僕が勝ったら友だちになってもらうからね」
二人もいたって悪気はなかった。無邪気度なら、たしかに負けていない。ところで、朝幸、けっきょく「ぜんらぜんら」で落ち着いたのね。
「服を着てないから、ぜんらぜんらでいいのですよー」
‥‥煙に着衣しれ、ってのもかなり無体な気がしますけど。
真緋呂がとっておきの百面相をくりひろげているのに対し、朝幸はいささかむすっとしたおももちで煙羅煙羅をながめた。朝幸はちょっとだけ尾行が得意で、今はまだちょっとだけ、過去に尾行してるつもりが「お兄さんも君の事が知りたいなぁ」になったくらいには。今度はそうならないぞ、と肝を据えて、煙羅煙羅の急襲にそなえて気を張って――が、さすがにそれにはおどろいた。里のほうにしか集中していない、と思っていた煙羅煙羅がいきなりぬっと体を突き出してきたのだから。
「にゃああ!」
「わ!」
すとん、と、真緋呂はうしろに倒れて腰をしたたか打った。朝幸はとっくに十間ほど先に逃げている。同志のうらぎりを非難するでなく、真緋呂は足についた土を払ってからおもむろに立ち上がる。
「やだなー。にらめっこで脅かすのはずるっこだよ」
「あら、すっかり仲良くなったようですねー」
「そうですか?」
馨の目にはあまりそうは見えないのだけど、天青には別の見解があるらしく、煙よりほわほわした里の意見を全面的に支持する声明、
「人の云うこたぁ信じろよ。心が曇ってっから目も曇るんだぞ」
「天青さん。月のない夜は気をつけましょうね」
夜まで待つ気のなかった馨は、天青の首筋を押さえる手にさらに力をこめて、しかし天青もがんばった。「煙は風にのせて流すのが一番!」どこから調達してきたのか木板でばっさばっさと扇ぎ‥‥いや、肝心の煙羅煙羅にはまったく変化はなかったんだけど。
「ここで負けを認めたら、なんか親父にまで負けたような気がする。だから俺は負けないんだ!」
「お二人も仲良しなんですね」
「はい、仲良しなんです。そういえば許嫁さん、泥棒とおなじように黒こげにされたということは、忍び込んで‥‥?」
「やーい、むっつりすけべ。だから心が曇って」
「(ギリギリギリ)仲良しです」
ちなみに、馨の質問はそう的はずれでもなかったようだ、とだけ記しておく。
が、馨の台詞に感銘をうけたのは、別にもう一人いた。グレン。ふむ、と同意の首肯。
「忍び込むか‥‥」
その手があったね、とひとり了承。奸計の神聖な光が、青い瞳のおもてを横切った。
とりたてて進展のなかったその日は一晩泊めてもらい、そして翌朝、おはよーございます。
「なんなんですかこれはーーっ」
爽やかな絶叫があじさい色した空をかきまわす。朱の袴の折り目は乱さないように白衣の襟刳りは翻らないように‥‥このネタもう飽きましたか? 己の異変にきづいた北斗は、寝覚め一番、澄ました顔で朝食をいただくグレンに詰め寄った。
「どうして僕が巫女服着てるんですか!」
「私の仕業だというのかい? 神様がちょっと気を利かせた贈り物を、いつもよい子の北斗くんに置いていったのかもしれないじゃないか」
「ぜったいに思いません! 昨日、僕に女装して煙羅煙羅をくどけっていったのグレンさんじゃないですか!」
「しかたのない子だね。そうだよ、私がやった」
北斗があまりにもいやがるから、夜中に寝所へとこっそりと赴いて、北斗の姉からわざわざ借りてきた巫女服を着せた。これも神の試練だよ、とグレンは凛とした声で断言する。要するに眠りこけていた北斗が悪い、と。
「私は北斗くんの将来が心配だね。あんなことやそんなこと、まして○×なことをされても起きないなんて」
「い、いったい。グレンさんどんなことを!」
「それは『夜這い』というのですよー。朝幸はお勉強したのですー」
「いいや。朝幸くん、私は立って行ったのだが?」
「たったらもっとあぶないのですよー」
――そろそろ、ギル倫。
「巫女さんかぁ。僕に云ってくれれば、やってあげたのに」
むしろ喜んでやったのに。真緋呂が口をとがらせると、グレンは慈悲に満ちた微笑みを真緋呂に送る。
「私は女性に無茶を強いることは好まないのだよ」
「なんで無茶?!」
「どぅどぅ」
峰城、いちおう形ばかり止めてはみたが、内心、北斗の女装とグレンの丸焼きではどっちがおもしろいかな、とはかりにかけている。‥‥前者のほうが始末に面倒がなさそうだから、とりあえずそちらを支援しよう。
二日めの作戦は『現場百編、冒険者は足で稼げ』作戦。煙羅煙羅の出現場所を徹底的に捜索してなんらかの手がかりも探す。昨日は煙羅煙羅へ直接はたらきかけることもできてなかったから、それも。
「そういや風呂から出てきたんだったな」
正確には、風呂というより、風呂のかまどからから。ってことは? 実った種子が果房からはじけるように、峰城の直感がひらめいた。
「ひょっとして○も○×放題で○×しちまってるんやないか?」
甘いぜ、おまえさん。○×は○×ものだ。
「健全な新婚生活を迎えようとする娘さんに取り付くのは許せん! 俺にとりつけや! んにゃ、むしろ俺が煙羅煙羅になったる! そんで○×をいますぐ○×に○×」
峰城は真緋呂を抑制していた、はずだった。
つまりその手がゆるめば、真緋呂だってしたいほうだいになれるわけで。
撲、とか。バックアタックとか。とか。
「これ、本人の希望どおり火葬にしてもいい?」
「せいぜい土葬じゃないですか?」
「それではわたくしが経文をそなえましょうぞ」
そこそこ。気軽に死亡判定ださないよーに。
つか、煙羅煙羅は?
「けっきょく着替えをする時間ももらえないんですね‥‥」
「似合ってるからいいじゃないですか」
「そういうことじゃあないんです‥‥」
「分かった。もっとかーいいのがよかったんだな?」
「それもちがいます」
馨と天青のずれたなぐさめをもらいながら、同じ状況で見えてくるものがあるかと、馨に教わりながら北斗はかまどの火を焚く。未練を断ち切れるかと、一度、天青が徹底的に煤払いしたあとのかまどは火が付けにくい。つっかえつっかえで燃えさかった炎は、薪を割りながらじょじょに侵食をはじめる。しゅ、しゅ、と獣の吐息のような音をたてて煙がたなびきはじめた。
「これでまた、煙羅煙羅が出てきてくれれば、里さんのことも忘れてくれてめでたしめでたしになりそうなんですが」
が、先述したように、煙羅煙羅はわりに稀少なのだ。さすがに二体めの偶然を期待するのは二匹目の泥鰌よりもはるかに無理がある、といえなくもない。
「里さんがかまどを見ていたら、今の煙羅煙羅が出てきたんですよね。では北斗さんなら」
「僕なら?」
「きっと巫女服萌え系もしくは女装少年萌え系のもっと困った煙羅煙羅が‥‥どうしたんです、北斗さん。泣きながらどこへいらっしゃるんですか?」
北斗を追おうとした馨を、天青が止める。
「で、さ。今、風呂って誰が入ってんの?」
あ、そういえば。湯煙にまみえる、うっすらとした人影。
「も、もしかして里さん?!」
と、ときめき・逡巡・身を乗り出して、桃色の興奮がざわざわとわきあがり、けれどそれを吹き消すよう、響く。
「いやあ。朝風呂とは豪勢ですな。この老骨のため、わざわざありがとうございます」
その声、惣右衛門だ。
「期待してなかったですよ。別に。ええ、損だとは思ってませんよ」
いいことしたじゃないかっ。すっごくっ。
一風呂浴びてさっぱりした惣右衛門がかまどにまわると、どこかぐったりした顔の冒険者たちがいた。さすがにいろいろ試しすぎて、考え疲れが講じてきたらしい。
「どうでした?」
「ぜーんぜん。煙羅煙羅にさっぱり動きはありません」
「でしょうな」
どうやら惣右衛門、あらかじめ結果は予測していたらしい。
「いえ、わたくし考えていたのですが。里さんより興のそそられたものがあれば、自然とそちらに移るのではないでしょうか。お里殿の話でも、どうも光り物がお好きだという話でしたから」
「それは俺も思った」
なんとか生きながらえた峰城が、昨日の観察の結果を話し始めた。たしかに里につきまとってはいたが、目線はちょっとずれていたようだ。具体的にどこを見ていたのかというと、まだよく分からないのだけど。それ、今朝、まっさきにいえばあんなめにはあわなかったんじゃないかしら。
「では、話は簡単だ。もうひとりの『お花畑』をさしだして様子をみればいい」
「やっぱり僕ぅ?!」
お供え物さしだすように、グレンが巫女服仕様の北斗を煙羅煙羅に突き出すと、煙羅煙羅はいぶかるように北斗のまわりをぐるりとまわったあと、あたまにさしてあった簪を煙の手で上手につかむ。里のしていた、許嫁からもらったという里のお気に入りのそれとよく似た意匠のものだ。なるほど、これが気に入ってたから煙羅煙羅は里につきまとっていたのだろう。
「今度こそーっ。にらめっこは僕が勝つよ!」
おっかけっこは中途半端になってしまったけど、それだって負けないんだから。渦状に空へ還る煙羅煙羅にむかって真緋呂が手を振ると、煙羅煙羅はまるで真緋呂に答えるかのように、ひときわ大きな回転の曲芸をみせる。さよなら、またね。また逢えるといいね。逢えるよね。
【追伸】
「グレンさん、僕の依頼料がすこし足りないんですけど」
「煙羅煙羅にあげた簪だけどね。私の持ち金だけじゃ足りなかったら、北斗くんのも借りさせてもらったよ」
「うわあ?!」