●リプレイ本文
●こいこい
友愛ふれあい和気藹々。はぐくまれてしかるべきそれらにだって、時と場合と状況、用量用法をまもってただしくおつかいください――があてはまる。
地の精霊魔法、アースダイブ、あんなかんじに。あつめられた動物のなかの特に柴犬の一群に溺れて、極上の悦に入った御子柴叶(ea3550)、剣呑な薬を煎じたように歓楽境のどまんなかだ。
「ふかふか‥‥はぅ‥‥。あとはもう、柴犬王国の柴犬王になれれば思い残すことはありません‥‥」
未練たっぷりというのだそれは。叶が見果てぬ夢を追っているころ、アミ・ウォルタルティア(eb0503)も名もなき柴犬あいてに交流をふかめている。水にふやかした保存食をさしだすと、匂いをたしかめてから犬ははむはむとついばむ。ジャパンの犬さんかわいいです。アミは頑是なくうれしがった。
「よろしくおねがいしますです。いっしょにいっぱい遊びましょうです」
いや、遊ぶんじゃなくって。くらべうまっ。依頼内容の理解してなさ(それとも故意? 濃い?)、という面ではアミと叶、似たようなものかもしれない。叶が頬をおしつけていた柴犬が突如ひょいと体積と質量ををなくす。目の前からさしこむかっちりした人型の影。叶が仰向けば、片桐弥助(eb1516)、叶が首っ丈になっていた柴犬の頸玉をつまみあげている。
「ああっ。僕の柴わんこぉっ」
「いいや。これは俺の”疾風号”だ」
それも厳密には少しちがう、借り物だってば。けれど、これからのことを考えれば、わずかなあいまでも所有権を主張しようという心意気はかえってあっぱれ。弥助は真顔で問いただす。おまえは疾風号だな? 犬としては是も非も答えようはない。
「決まりだ。その名の如く素早い動きを期待するので宜しく頼むぜ、相棒」
「奇遇ですね」
人見梗(ea5028)、愛馬の手綱をひいて古き馴染みを引き寄せる。
「私の愛馬も”疾風”というのですよ。五つのときに父が贈ってくれた子です」
「お、じゃあ好敵だな。挨拶してやれ疾風号」
まだまだぶらさげられっぱなしの疾風号、お馬の疾風と額ごっつんこでご挨拶。叶はうらがみがましく「⇒ころしてでもうばいとる」なじだんだをふんでいる。やめておきなさいって。
「やだーっ。それは僕の‥‥えと」
通りすがりの柴犬の名前をかんがえているひまがあるんなら、おれのを優先してくれよ。そう言いたげな叶の柴犬が、冷めた瞳で主人を見透かしている。
●障害:餌
お日さま杲々そよ風さらさらの昼日中。うっとりと果実を咀嚼する愛馬に、リュドミーラ・アデュレリア(ea8771)は市女笠のつくる目深な影にくるまれて、声なき声で囁く。
「イーリア、好きなだけ食べていいのですよ」
オーラテレパス。しかし馬はどれだけの細馬であろうとやはり馬であるので、念波にかたちをかえても、人語はいまひとつ解さない。しかし得てして獣とは、己の利得となる現実にはさかしくなる。リュドミーラが認可をあたえるやいなや、下り坂の網代車のごとく、転がるように内腑へ甘露を取り込みはじめる。知らず知らず顔を紅くしたリュドミーラをどう思ったのか、竹の筒に入れた冷茶を天鳥都(ea5027)がリュドミーラに勧める。
「今日は日射しが強いですものね。よろしかったらどうぞ」
リュドミーラがいくらか喉を退屈させていたのもほんとうだ。彼女はひとつ礼を口にして、すなおにそれを受け取った。
ふたり並んでそこに腰を下ろす。絹のなめらかさの緑がどこまでもひろがる平原。点在するさまざまな食餌が奇妙といえば奇妙だが、おおかたはのどか、はるけき戦火など夢の残り香のように。萌ゆる風に心をすすぎ、都はのんびりと一息ついた。
「イーリアさんとおっしゃるのでしたね。リュドミーラさんの飼ってらっしゃるのは」
「はい。国の言葉で平和と申しますの」
「すてきなお名前ですね」
都の愛犬の犬一郎さんは‥‥。リュドミーラのところと事情はおなじ、めったに口にできぬ上等の食肉をまえに浮きたつ飼い犬のため、こうして足を止めている。そろそろ切り上げてもいいかしら?と目を向ければ、
「犬一郎さん?」
ひとつの肉を右と左にはさみ、犬と猫とが対峙している。わたすものか、と全身の毛をさかだてて威嚇する白黒ぶち猫にたいして、犬のほうときたらやるせなくまごついている。犬はできれば半々に分け合いたいのだろうが、猫の強硬さにそれもかなわず、ついに尻尾をくるんと巻きすごすごと飼い主の元へと退却する。
「すみませぬな。うちのタマはなかなか強情で」
猫のほうの主人は、伊能惣右衛門(eb1865)だった。抱き上げてしかりつけたいところだが、規則上そうはいかぬ。ついに肉をほおばりはじめたタマ、惣右衛門が鰹節を投げてやっても知らん顔。どうやら、勝った、という事実のほうが彼女(雌)にとっては大きいらしい。
「いいえ、食べ物はまだあちらこちらにあるのですから。そうお気になさらないでくださいませ。――タマさんはお強いのですね。犬一郎さんは、どうもおっとりとしておりまして」
「優しい性格なのでしょうな、飼い主殿に似て」
「まぁ」
惣右衛門も都から茶をちょうだいした。すすりながらの四方山話は、いかにタマがネズミ捕りがうまいか、先日持って帰ってきた二匹がどれほど丸々としていたか。誇らしげに語る惣右衛門の顔から、彼がいかに愛猫の狩りをたのもしく思っているかがうかがえた。
「あれぐらいのネズミでしたかな」
と、惣右衛門が比喩にもちいたのは、イーリアがかじりついたスモモ。あんなすっぱいものまで欲しがるほど私のあたえた食餌はまずしかったかしら、と考えて、リュドミーラの頬はいっそう朱を濃くする。
――ところで忘れられているようだから強調しておきますが、これは「くらべうま」の一場面です。
●幕間その1
高遠聖(ea6534)はゆだっていた。回転を大量生産していた。要するに、犬と遊べない悔しさをばねにして、縄跳びしながら、参加者を追い掛けていた‥‥と書くとますますもってわけが分からない。
「では、そろそろ」
黒の僧侶が「やる」ときにゃ物理的な道具はいらぬ。ディスカリッジでちょいと気落ちを誘発させれば‥‥しかし聖、たいせつな条件を忘れてはいやしないか?
「‥‥しまった」
じつはそれじゃ魔法がつかえないのだ。
呪文の詠唱と同時に、いわゆるホーリーシンボルをかかげるか合掌するかしなければ、畢竟、最低限、片手(と口許)は開けておかないと神聖魔法は発動できない。ふつうに縄跳びをすると両手がふさがってしまうんで――やりながらはちょっと無理。
けっこう初歩的なとりこぼしだった。体全体でうなだれて大地にてのひらとひざをついた聖のわきを、惣右衛門が不思議そうな顔をしてすりぬける。
「御気分が悪いのですか?」
「い、いいえ」
メンタルリカバーまでかけてくれようという惣右衛門の配慮が、良心に沁みる。聖、その後四半刻は天然のディスカリッジと健闘した。
●障害:小川
どんなにいいお天気でも、梅雨のひとときであることはまちがいなかった。用心、用心。梗、日頃若竹のごとくまっすぐ張った背を弓なりに曲げてまで、水場に気を配った。
「いませんね、ほんとうにいませんね、いたら怒りますよ?」
なにが、とは云わない。口にするのもおぞましい。誰に怒るか、は最初から決めていない。だけど梗、それだけは天へも譲れぬ一線として決めているのだ。あれが出たら運命すらたたっきってやる、と。
梗の疾風は小川の途中で立ち往生、行けないというよりは行かない。どこかの寓話の驢馬のごとく、涼の愉快にひたっているからだ。梗がなだめたりすかしたりしても、うんともかんとも応えない。と思えば、さきほど好敵と認めあった弥助の疾風号なんぞは、流水のなにが怖いのかいくらか腰が引け気味。弥助は指を太陽の沈む方角=来たところを、まっすぐ射るように指し示す。照覧あれ、彼らがねらうは上の上。
「疾風号、行け。こんなもん飛び越せ、カエルのように軽々と!」
「きゃあ、カエルっ?!」
それからの梗の動きこそ、カエルのようであった。旅装束を割った両足で、みごと五尺をひとっとび、振り返りもせずに一直線。じんじょうに迅走。主の最速におどろいたのかうながされたのか、疾風もあとから、とっことっこと。あ、梗の背に、さきほどの餌場からひろってきた果実がみえる。あれをめざしたのか。
「‥‥疾風号、俺なんかわるいことしたか?」
「わふ」
「してねぇよな?」
ということにしておく。弥助が梗の向かうさきへ手裏剣を放出すると、おもちゃだと思ったらしく、疾風号もそれを追ってようやく小川を飛び越えた。
●幕間その2
「今度こそ数珠はばっちり手に持ちました。いざあらためてディスカリッジを成功させんとっ」
さっくり。
「聖さん。あとでそれ持ってきてくださいですー☆」
「アミさん。投げつけた当人に回収を頼むとは、いい根性をしてらっしゃいますね」
額の中央から血をだらだらたらした聖、それでも云われるがまま、刺さった十字楔を引っこ抜いて袈裟の袂にしまう。
●障害:おともだち
「ふ、ふ、ふ。僕はこれを待っていたんです」
というより、待たれていないと思うんです。叶、柴犬大好き叶、おあずけをくらった犬だってもうちょっと理性はある、ぐらいに、息から目から口から、僧侶とはおもえぬ殺気じみた瘴毒をこぼしっぱなし。異様な雰囲気に、動物たちはうぉんうぉんにゃんにゃん騒がしい。
「最中は飼い犬にも触れられないなんて‥‥でもでも、ここならだいじょうぶですよね? 自分の犬じゃないならさわってもだいじょうぶですよね?」
そういえば、そういうことになるのだろう。叶、ハーフエルフでもないのに瞳がまっかになっているのは、たんじゅんに血走っているだけのことだ。あまりにも久しぶり――実のところ一刻もたっていないが、犬を目の前にしても触れられぬ時間は叶にとっては永劫にもひとしい責め苦であった。理性の声なぞあらばこそ。
さぁ、今こそちからいっぱい突貫とっかーん。ふかふかふか‥‥。
「あの‥‥叶さん‥‥それは私の犬一郎さんなのですが」
これはいったい、どういうふうに判断したものやら。もはや止めようもない叶の絨毯爆撃に、都の犬一郎までもが煽りをくらう。おとなしい犬だからされるがままになっているけれど。今邪魔をしたらアレはどうなるか分かりません、とりあえずしばらくは様子見をするしかないでしょう、お気の毒だけれども。そんなふうに、やはり叶の柴犬が透徹した目で都をながめる。
●幕間その3
「これが最後の機会です! 今度こそはディスカリッジの成功を手中に」
「おつかれさまです、聖さん。お茶はいかがでしょうか?」
「あ、これはどうも。さっきから喉をからして叫びとおしですから、すっきりしますね」
「ゆっくりと召し上がってください。犬一郎さんに呼ばれてますから、私はこれで失礼いたしますが」
「いえ、おかまいなく。‥‥って妨害相手からお茶をいただかれてしまいましたー(がーん)」
●障害:砂山→こいこい
はかなきものを喩えて砂上の楼閣ともいうけれど、ただのふつうの砂山ときたら、それとはまったく逆の頑固者である。ちょっと一足進めては、ざらざらくずれて元通り。これはなんとかしなきゃいけないです。アミは外套を敷いて犬にそこを渡らせた。
「うまい、うまいですー。‥‥え、もう終わり? 待っててくださいです、またやりますですから」
アミの目のつけどころはよかったのだが、これが案外せわしない。外套一枚で提供できる距離なぞはたかがしれているからだ。根気よく、敷く、渡らせる、お犬様が止まる、また外套を敷き直す、を繰り返すけれど‥‥単調作業の連続は獣よりも人間のほうによほど堪える。
「ふぇー、です」
「だな。やっぱ総括的にやらんと。ちょっと引いててくれ」
弥助の利き手が、旋風招来の印を刻む。「来やがれ竜巻!」高らかに解放を宣明するのと同時に、来る。
下から呼ばれた風が、無限の象徴の、渦を描いて天頂をめざす。砂を捲き込み、塵をも取り込み、ついには犬すらも軌跡の一部と化し‥‥犬?
「おや。近頃の犬は空も飛ぶのですか」
惣右衛門が空を振り仰いでのんびりつぶやくけれど、もちろんそんなわけがなく、あれは弥助の疾風号だ。どうやら名前のわりに意外にとろい犬だったらしい。きちんと弥助のうしろをついてまわったのが、かえって仇となったのだろう。竹でつくった羽のように、今度は下向きの螺旋を沿って落ちてくる。
「うわああ、すまん。疾風号!」
リュドミーラ、いくつかの失敗、人為災害を目にし、今度は私の番かしら、と悩む。
「しかたありませんね、やってみます」
「して、どのようにして?」
「ええ、このようにして」
剣をもたぬ手に闘気を集中した。熱となる寸前に、三日月のきっさきを放つ。鋭敏なさざなみは彼らの行く手の砂礫をとろかした。
「いかがでしょう?」
「見事なものですじゃ。それでは私がためしに第一歩を」
踏み出した足許から、さく、と、鳴る。この一連の流れで誰が得したかといえば、やっぱり惣右衛門ということになるのだろう。労せずして道を手に入れたことになるのだから。体重の軽い猫にとっては、砂山もそれほどてごわい障害ではない。これは自分の陣地だとでもいいたげに、タマ、砂山の頂点でにゃーうと一啼き。
しかし、最後に今回のくらべうまを制したのはリュドミーラであった。馬という優秀な連れを確保していたせいもあるが、自身の装備にも気を払っていた点が大きい。次点が惣右衛門、最後の砂山での追い上げの結果だ。以下は省略で‥‥げべたこ、叶。そりゃ‥‥無駄に体力つかってるし。半死半生の叶、終着もほとんど飼い犬にひきずられてであった。これも微妙だけど、いちおう反則ではないわなぁ。
「でもっ。僕もがんばったと思うんです。だから妨害賞かなにかが欲しいかなぁって」
そんな聖さんにはホーリーシンボルとしても使える錫杖をどうぞ。ちなみに優勝賞品は勝利の象徴・軍配となりました。成長促進の餌はちょっと入手不可だったので、これで我慢してくださいませ。
「おや。聖さんはどうされましたか?」
「錫杖を抱いて泣きながら地平へ駆けてゆかれました」
そんなに錫杖がうれしかったのだろうか、と、梗はまじめにとったが、聖の身の上にふたたび天然ディスカリッジが押し寄せているとは知るよしもない。優勝こそできなかったけれど、おなかいっぱいに果実をおさめられて、梗の疾風はとっても満足。愛馬のみせる意外にちゃらけた?一面に、梗は眉をしかめてうなる。
「でもまさか京菜より好きなものがあったとは‥‥次こそは対策を練ってかかりませんと」
え、またやるんですか? それは、いつか、お貴族様のお気が向いたら。