【黄泉人決戦】双頭

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月26日〜07月01日

リプレイ公開日:2005年07月04日

●オープニング

 新撰組五番隊の組長、野口健司は人にそばに立たれるのが好きでない。たねはあきれるほどにたんじゅんで、人に俯瞰されることを潔しとしない性格のせいだ。野口はパラだ。だから多くの新撰組の隊士は彼より上背があることになる、よって野口はおおよその時間をひとりですごす。
 隊士をわきにひかえさせて、急ぎの書簡――招状――に目を走らせる。そのようなときですら、彼の四辺には底の知れぬ懸隔がある。文をしまいまですっかり読みおおせた野口は、なおざりにそれを床に転がす。雁皮紙のすれる音は清き水のせせらぐにどこか似ていた。子どもが水に向けて小石を打つように、野口は深淵のなかぽつりと口を開いた。
「‥‥これはどちらのどのような趣向でしょうかね」
 組織としてみた神皇軍が一枚岩でないのは、わらべうたにだってそれとあらわせるほどにもつまびらかだ。時代の二頭、源徳家康や平織虎長のよる糸だけにはとどまらない。畿内の藩主たちは増援をはかり神皇軍内部の地位をあげるか、それとも手元の軍備を温存するか、目を皿にして機の熟すときを探っている。比叡山をはじめとする寺社勢力にめだった傾向はみられないが、世俗から隔離された内部世界ではなにがおこなわれているかようとしてしれない。たとえ新撰組の隊ひとつをあずかる身分であろうが、時代の趨勢と交渉をもたずにはいられない。自分にとどけられた下命もきっと誰か――おそらくは複数の思惑がはてまで絡まりあい正体をなくした結果だろう。
 野口は五番隊の隊士をふりかえる。
「通達がくだりました。奈良の決戦において五番隊は洛外における掃討を受け持つように、と」
 黄泉人の指揮下にあるからこそ、死人憑きは死人憑きとはおもえぬ系統だった動きをみせる。畢竟、かしらである黄泉人(いや、実際のところ、黄泉人をも統率する「もの」はいる)を失った死人憑きはたんなる雑魚の群れにすぎぬが、それだからこそ、正確な次の一手が読めなくもあった。根を断ってこそ雑草は朽ちようというもの。京への侵入を防ぎ、あらたな黄泉人の傘下に吸収されるまえに、叩く、消す。それが五番隊にあたえられた時務である。ただし、それは五番隊だけの仕事ではなかったのだが――‥‥。
 野口がたいぎそうに投げた文を、ひとりの隊士がとりあげた。
「組長」
「どうしましたか?」
「この通達‥‥冒険者との共同作戦、とあるように見受けられるのですが‥‥。冒険者たちへの連絡はいかがいたしましょう?」
「必要ありません」
 野口は云いきる。つまらないことをわざわざ口にさせるな。そういった、投げやりで冷めきったそぶりがことばからでなく、ぞんざいに組み合わせた指からすらうかがえた。
「冒険者とて子どものつかいでやっているのではないでしょう? でしたら彼らは彼らで、なんとかすることでしょう」
 得心いかないかおの隊士に、彼としてはせいいっぱいのおもいやりをふくみながら、野口ははなしをつづけた。
「即席の連携や協力をあてにして戦いなどできやしません。お互いが足をひっぱるまえに柳の葉として関わらないほうがそれぞれのためです。‥‥だいいち、いかようにして私が、」
 野口、ものうげにたちあがり、室内を閉じきる戸をはなしてよどんだ風を吹き流す。木の葉のように藻屑のように飛ばされる書簡。人の性ほどあっけない。――薄紙のはためく音だけが心崩してけたたましい。
「私が冒険者ごときを気にかけてやらなければならないのですか」

 ※

 ――へたすりゃ横から手柄をかっさらわれる。気をつけろ。
 冒険者たちに依頼をつたえた男は、新撰組五番隊組長・野口健司を、そのように評する。

●今回の参加者

 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea8837 レナード・グレグスン(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea8904 藍 月花(26歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1963 蘇芳 正孝(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2216 浅葉 由月(23歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

柳 花蓮(eb0084

●リプレイ本文

 冒険者と新撰組、戦うものたちの運命は逝くも孵るも――ゆきあたらずにはいられない。違う夢を見んがため、体を裂いてまで別れながらも、絡み合うことが宿命の、双つ首ある蛇のように。

●洛外・戦渦
 突き出す拳に不快感。生きていればそれなりに弾力のあるはずの皮膚が、くわえられた衝撃のままに折れ、ひずみ、たわんで、よじれる。藍月花(ea8904)は隠微に眉をひそめたが、それは平時の彼女からすれば無表情といってもいいくらい、ごくごく些少の変化であった。
 ハーフエルフにとって戦闘とは、沸点に接近する可能性の高い、もっとも危険な執行である。にも関わらず、月花はひどく沈着で、喩えるなら火に咲く氷の花。レナード・グレグスン(ea8837)のようにわりきれる性格ならまだしも、月花自身にすら、この、顔のない空虚は奇妙であった。箱に荷を詰めるよう自動的に、鉤爪をときにすべらせときにねじり、偽証の命数に方を付ける。
 爛熟といえるまでの腐蝕をかかえた死人憑きども。黄泉人に命を奪われたものが死人憑きになるまでの幾日か、そして夏半の湿度と温度が彼等を清潔から遠ざけ、体の四半分ちかくを液化させたものまでもいた。平野にしがみつく穢汚。誰もがえづきたくなるそこで、けれどウィルマ・ハートマン(ea8545)だけは、ひたすら昂奮を迸らせる。
「こうでなくちゃ!」
 ウィルマは立て続けに銀矢を二度つがえる。弓引くごとに歓喜に応えて、祖よりつたえられし勲章が鎧の表で跳ねあがる。
「おきれいな着物もかぐわしい薫香も、そんな欺瞞は必要ない。ねんねの時間だよ、おしゃぶりでもくらいな!」
 まるで吸い込まれるように、死人憑きの眼球を鏃が貫く。一筋のあがきもなく縫われた死人憑きの腿を、蘇芳正孝(eb1963)の槍が払う。隙をおかず、二度。脚をなくせばろくに歩けもしないはず――正孝の目論見は半分だけ成功した。片足のちぎれた死人憑きはもんどりうってまろびるが、匍匐の要領で両の腕をずるっと這わせ、なくした足の引き替えにと正孝の足を盗ろうとするのだ。なんと果てのない妄執だろう。それを一幅で避わし、正孝が思案しかけた、そのずっとうしろ、かぼそい願いが芽を出した。
「殺してあげて」
 浅葉由月(eb2216)。傷ついた獣の目をしているのは正孝のせいではなく、己が口にした台詞の棘に。
「ずっとそれじゃあ、可哀想」
 亡者どもの根源は生への憎悪と、死による責め苦。痛痒のない死人憑きといえど、正孝の考えるように上手いこと局所をつぶせば感覚は劣化させられるが、だがそれは死人憑きにとって究極の恩寵である終局にはつながらない。正孝は首肯する。長槍の穂先が死人憑きの胸の裏をえぐれば、形だけの心臓から黒い膿汁がしたたった。

●洛中・移動
「挨拶ぐらい、一度しておいたほうがよいでござろう」
「ですな。礼を尽くすのが筋というものでしょう」
 久方歳三(ea6381)の意見を伊能惣右衛門(eb1865)があとおししたとき、結論は決まったようなものだった。無禄の身とはいえ歳三は士分まで放棄したわけではないし、作法はきちんと心得ている。また、頽齢の惣右衛門の至言には耳を澄ませる価値がある。
 そういう経緯で伊庭馨(eb1565)は志士の象徴ともいえる陣羽織をたたんでいるのだ。源徳配下の新撰組と平織の管轄する志士とは、基本、相性が悪い。そんなこともあったかしら、とやはり志士である由月が多少鷹揚にかまえているのにはわけがある。
「新撰組に志士がまったくいないわけじゃないから」
 由月は過去に、二番隊の組長・永倉新八と面会したことがある。火をつかう永倉は志士だったはず。豪放ではあったが、芯から悪い男ではなさそうだった。そして新撰組の組長格にはもうひとり、人格者の志士がいる‥‥。
 レナードは身繕いをするでもなく、だらだらとひまをつぶしている。月花に声をかけたいところなのだが、彼女は柳花蓮との打ち合わせに忙しい。よいのですか、と惣右衛門に尋ねられたレナードは億劫そうに、
「新撰組の組長って男だろ? 近よりたくないって向こうが云ってるのに、どうして俺のほうからわざわざ行ってあげなきゃいけないんだか」
「ですが、隊士のなかに女の人がいるかもしれませんぞ?」
「さぁ、みんな、なにをぐずぐずしてるんだね。うるわしき婦人を待たせては失礼ではないか」
 話を聞いていた誰もがそれなりに転けるなか、惣右衛門だけが磊落な笑みをふくんで、レナードの支度を見守った。
 ――で、レナードの期待がどうなったかといえば。
 待ち合わせの場所は新撰組宿舎でなく某小料理屋で、とりついだ五番隊伍長は渡辺百合、女性。レナードを彼女にあずけて、一行は案内された部屋へのとば口をくぐる。円坐に脚をたたんだ野口健司は冒険者たちに席を勧めるわけでもなく、
「手短にすませてください」
 ‥‥挨拶もなしだ。あからさまな侮りの態度は、聞く気がない、にくらべればマシなのかもしれないが、それでも冒険者たちをむっとさせるに充分だった。
「捜索地域を別けませんか? 友人に簡易の地図を用意してもらいました。参考にしてください」
「死人憑きと人との区別がつかなくなってもいけますまい。わたくしたちは朱布を腕に巻いていきます、ご承知くださいますかな」
「仕事は仕事だ。筋ぐらいは通せ」
 だから、つい冒険者たちもむきになって、一気に用件を披露してしまったわけだが。月花や惣右衛門の具申はともかく、ウィルマの鼻白んだ物言いははなから揉めることを前提としている。馨はあわてふためき言い足した。
「申し訳ございません。彼女は外つ国のものですから、日の本の礼儀には詳しくなく」
「そうだよ、こちとら郷じゃあ貴族のはしくれでな。ジャパンの武士は貴族よりえらいと聞いてきたが、たいしたことはなさそうだ」
「‥‥冒険者には異邦人も多いそうですが」
 どうやら野口は「冒険者」ではなく「異邦人」ならばいくぶん興味を持っていたらしい。物珍しくウィルマを見遣るが、しかし当人は知らん顔。やれやれ、と馨はこっそり嘆いたが、野口のすこしばかり軟化した様子に、機は今なりと質問をたたみかける。
「情報を分けてはいただけませんでしょうか。死人憑きの数や洛外の様子など。さすれば連携をとるまでもないでしょう」
「死人憑きは日がな数を増やしてますし、こちらも正確なところは把握できませんね。様子については、どうもそちらのほうがお詳しいらしい。さて、私たちは、本日、午の刻付けで京を発ちます。くれぐれも遅参することのなきよう」
「そちらも同様に」
 それまで沈黙を保っていた正孝が、始めて口をひらいた。野口を見る目にねぶるような品定めの光、しかし正孝の眼光ではまだまだ深窓を射止めることはかなわない。薄くあざけって野口は冒険者を送り出した。

 出立後、移動中の一コマである。
「百合ってきれいな響きをしてるね。花の名前だよね?」
 レナード、よく一刀に伏せられないものだ。あれから女性伍長にずっとつきまとっている、渡辺はろくに相手もしなかったのだが、レナードは辛抱強く口説き文句を列挙する。その粘り強さはいつか大事に発揮されるだろう、と信じたい。
 歳三は野口の傍――といえるほど傍ではないが、まぁ、近く――を陣取っていた。機会を逃し続けていて、なかなか口にできないでいる質問がある。ようやっとこれ、という時機に逢ったのは、野口が行進の脚を止めた瞬間だった。ずっと遠くに目を奪われている。おなじ方向を眺めれば、こちらと似たような――新撰組の幟まで掲げてるところまでいっしょな――集団が一叢、だけど進行方向は逆だ。あれはなんだろう、と尋ねる前に、歳三はかねてよりの心づもりを発言する。
「死人憑きの群れは、黄泉人の陽動の可能はないでござろうか?」
「ないでしょう」
 即座の、野口の返答。冒険者への反発かと思えば、違うようだ。
「先程のは六番隊組長の井上源三郎です。井上は黄泉人の討伐に向かっていたはずです、もし黄泉人の陽動があったとしても彼が始末しているでしょう」
 意外だ。
 ずいぶんと素直な予測に、歳三は少々面食らった。そういえばギルドからの忠告を受けるだけで、五番隊の市井の評判をかきあつめるまではしなかった。けっきょく彼はどんな男なのだろう。
 まぁ、いい。焦る必要はない。京をとどろかす争乱は淵に沈み眠る泥土までも巻き上げる、それに流されぬものなどいるわけがないのだから。

●洛外・遭遇
 停滞の日。剥き出しの土に溜まる日射しが澱になる。小さな羽虫のせわしないはばたきが、不動の地にわずかに対流を喚ばう。そこへ動きをなすものが、本来は不動にあるものたちが。
 求めたのか求められたのか、五番隊と別々に行動を起こした直後、それらはすぐさま姿をさらけだす。十、二十、あるかないか。班に完全に分かれられるほどの時間はなさそうだが、役割分担と考えれば、意味はあるだろう。
 ゆるめのつちくれともおぼしき屍の群体は、殺意ばかりが先行する。握る・掴むだけならたやすいが、溶けた肉の脂が河床のごとくぬめり、いくらか確保を難くしていた。歳三は死人憑きのもげかけた肩を体ごとからくも上に捨て――ふぅ、と息つく暇もない歳三のそばへ、ひょこっと顔を出したのはレナード。
「オーラいる?」
「いいや。この腕一本があれば充分でござるよ!」
「がんばるなぁ」
 レナードは素直に感嘆した。動きの阻止に全力を尽くす歳三、それはとどめを誰かにゆずるという意味もふくまれているわけで、じゃあその期待に応えないとね、と、落ちる死人憑きの爪牙を長剣のしのぎに咬ませ、返すときには錬をたずさえ胴を分かつ。
「五、たぶん!」
 直後につい辺りを見直し、ほんとうに数えきれるのか、と、やけにつらい気持ちになったのは少し秘密で。
 多数と対峙する場合、もっとも怖るべきは包囲されることだろう。いくら協力が念頭にない死人憑きだといっても、それ程度の知識はある。が、彼等は前衛をこなせる人間がやや多めなので、完全な包囲網を敷かれるまえに一角、二角を砕いて捌き、場をこじ開けることが可能だった。足止めを兼ねて投げを狙いに行く歳三に突出のきらいはみられたが、惣右衛門のコアギュレイト、馨のプラントコントロール、二つの牽制を上手に使い分けることにより幾度となく彼を危険から救い、それを新たな制御へと転訛する。が、戦闘の苛酷は戦略のみで語りきれるものではない。
「‥‥つっ!」
 とうとう月花の二の腕を一本の傷がうがつ。動脈を裂いたか、くらんだ月花はいったん退く。いつも悠然をくずさない惣右衛門が、袈裟の裾を交互にはためかせながら月花に寄る。合掌を中心とした薄明が月花に添うように花咲き、彼女の傷みを彼岸に溶かした。謝意とともに立ち上がり、月花、だが駆け出すことはしなかった。もののついで、というのもおかしいけれど、月花は惣右衛門に尋ねる。
「私、目は赤いでしょうか」
「いいえ。すてきな空色の瞳です」
 やはり自分はいつもどおりなわけで、それはどういうことなのだろう。月花の気持ち、惣右衛門はやはり青いままの瞳から見いだしたのだろうか。
「わたくしは鎮静もかないますよ」
 メンタルリカバーはハーフエルフの狂化にも有効だ、もっとも根本的な原因をのぞかなければ、続けざまに狂化が復興するだけだろうけど。いざというときは、という台詞を月花は封じる。
「いえ、たぶん」
 いりません、と拒否をあきらかにするのは礼を佚しているように思われたので、首を横に二度三度ふってそこから離れる。惣右衛門は呪を発動させるためでなく、純粋な祈りのために、ふたたび手を合わせた。
 月花だってほんとうは、自分の思惑ぐらい、なんとなく分かっているのだ。
 彼等を永久の褥へ送りたい。死臭吹き付ける悪路でなく、乳と蜜のあふるる楽園へ。
「哀れですね‥‥」
 日本刀で討ち合っていた馨だが、折を見て、地の補助をたずさえた石英の剣に切り替える。水晶剣の威力は絶大だ。蛍火のようなはかない燐光をこぼしながら、薙ぐたびに、亡者どもの行き場のない怒りをなだめてゆく。その光景は、死者にそなえられた手燭が揺らぐようでもある。
「あなたがたに何の罪もないのは充分、理解しているつもりです」
 死者にたむける花の代わり、風の波にうねる刃を、亡者の喉元へ打ちこんだ。砕ける波濤が亡者の灰汁というのは夢のない話であったが、敢えて馨はそれを受ける。引かず、逃げず。月色の頬に、だまが浮かぶ。
「ですから、こんな三文芝居を長引かせるつもりはない。迅速に終わらせましょう」
 由月の撃つ氷輪が馨の慟哭をすくって、亡者の嘆きを断つ。正孝の槍頭はもはやなんの躊躇もなく、死人憑きのあらゆる箇所を斬り、突き、割って、地に止める。
「おしまい! 十六、自信ないけど!」
 レナードの宣告が、冒険者たちがすっかりこの場をたいらげたことをしめした。それぞれが不揃いの荒い息を吐く調子に、いつしかそろいの跫音が混ぜ込んでくる。見れば、ようやく新撰組がばたばたと駆け付けていた。
「おそい」
 景気づけにひとつ、いや、ふたつみっつ射ってやろうかい。臨戦しかけたウィルマを他のものがすかして、それでほんとうに戦闘は終了となったのだ。

●洛外・事後
 合流した新撰組の、野口をはじめとする隊士たちも無事であった。が、冒険者たちは彼等のなりに不審を感じる‥‥無事すぎるというか。衣装にすら、たいした汚れがみられないのだ。そう考えれば、おかしな点は他にもある。冒険者たちの熾烈な戦いが静寂にくるまれていたとは考えにくく、離れてたとはいえ、戦闘の途中にいつでも駆け付ける機会はあったであろうに。
「これはなんの根拠も裏付けもないのだが‥‥」
 風を読んでもそれが望ましくない風ならばどうする? いずれ来るであろう期を待つだけ、つまりそういうふうに。正孝は彼の恣意に近い推察を、冒険者のみに公開した。
「いわゆる『おいしいところどり』をもくろんでいたのではなかろうか?」
 あぁ、そういうこと。ひじょうに説得力のある説だ。とすれば冒険者たちの奮励は、彼等のたくらみを自然とおざけていたことになる。冒険者たちは苦笑、あるいは失笑を浮かべるが、惣右衛門はいつもどおりの破顔を保つ。
「ですが」
 それは五十路の老爺の声とも思えぬほど、朗と高らかに、すがすがしい風となって五番隊の元までも渡る。
「皆様、怪我らしい怪我もなくようございましたなぁ。これで民草も救われましょう」
 惣右衛門には自覚がなくとも、それは危急のときまでもの人の勝手を揶揄する、強烈な皮肉であった。ウィルマが自分の十八番をとられたようで、少々憮然とした顔をつくる。
「まぁ坊主にゃ墓場を世話してもらわないといけないからな」
 我ながらのりきれてない、と思った。