●リプレイ本文
雨の降る日にツバメが低く飛ぶのは食餌となる羽虫が低く飛ぶからだ、といわれている。そして、羽虫が低く飛ぶのは翅がしめって重くなるせいだ、とも。
「でも、僕はちゃぁんと飛べるからね?」
思えば遠くに来たもんだ〜♪ 故郷離れてもう何十年〜(でも、見かけ10歳)♪と口ずさむ。虫じゃないもん、と主張する。茅峰帰霜(ea0262)の肩にとまったルーン・エイシェント(ea3394)は、彼の耳殻をくいくいひっぱる。帰霜はべつに気分を害するでなく、はいはい、と笑いとも困惑ともをつかぬ皺を頬にきざみ、さりげなく片手でルーンをはがした。
「飛びたいんだな?」
「うん。もう飽きちゃった」
帰霜がルーンの輿になってやっていたのは、べつに羽根妖精お気に入りの移動手段を自分も気に入っていたからというわけではなく、すわりのよい基盤を供することで代わりに後方の安全を得ようとしたのだ。もくろみは、ここまで何事もなく進めたのだから、ひとまず成功したといってもよいだろう。だが、ルーンは羽根妖精、平穏無事がかえってルーンの集中力を削いでいた。
「ちょっとだけだから」
「ちょっと、な。危ないと思ったら、すぐ帰ってくるとか大声をあげるとかしろよ」
「は〜い」
笠のひさしから飛び出ると、滴が羽翅にまとわりつく。ルーンはわずかに顔をしかめ、ふりはらうように羽翅の回転を倍にし、重苦しい曇天を軽やかにのぼっていった。
「はぁ。竹とんぼみたいだべな」
欧州ではめずらしくもない羽根妖精も、大陸とは月に一度ひらかれる月道でつながっているだけの島国ジャパンでは、やはりまだ数は多くない。それでもギルドでは通訳として働く姿がけっこう見受けられたけど、こうして晴れとはいかずとものびやかな戸外、そこらの立ち木のてっぺんより高いところへいっきに駆け上がる姿の鑑賞は、またちがったそぞろな爽快感がある。立身出世(とはたぶん、ちょっと違う)の思惑を胸に秘め、江戸にのぼってきたばかりの田之上志乃(ea3044)は、深々と感心の吐息をつく。
「だども、あれだばぁ濡れてすまう」
帰ってきたら自分の手ぬぐいを貸してやろう。と決めた。
そして、愛染愛(ea2933)の顔貌は帰霜のほうにむいていた。親しみ深い、とあらわすには、いくらか剣呑すぎる目の色をしていたけれど。
「やさしいねぇ」
「ふつうだろう」
「照れるな」
情の深いのは、うち、わりに好きやで。
「‥‥愛、なんかおかしなこと、云わなかったか?」
「べつに」
隊列の最後尾で、6尺と3寸ちかくもある帰霜からは、全体のようすがよくみえる。愛はというと、まぁおおかたはまじめに、そばの森林へ気を配ったりしていたが、ただときおり、秋波というか値踏みというか、そんなかんじの視線をあっちやこっちの人間に注ぐ。ルーンを放して手ぶらになった帰霜は、その意味を考えようか、と腕を組みかけたが、やめておいた。知らないほうが幸せ、という事態を知らないでいるには、すれた年齢なのだ。
逆に、最前列。
「わー、あるきにくぅ」
「秋樺‥‥」
天螺月秋樺(ea0625)が帰霜のそれを超える絶景を、心から愉しんでいた。秋樺のすぐうしろ、天螺月律吏(ea0085)は舌にのせかけたことばを、吟味する。冒険者だけならば多少口調を荒げようと気にはすることはなかったろうが、後続の老人のことを考えると、緊急時以外にあまり愕かせてもいけない気もする。
「‥‥こ、このへんは、馬なんかも通るんでしょうかね?」
「いんや。人もようよう通らんからのぅ。思ったよりは道はしっかりしてるようじゃが」
と、ひとしきり村長とありていの会話を交わしてから、失敬、とはずし、また弟に声をかける。
「どうして連れてきた」
ひそりと、あえて指示語をはずす。秋樺の視界の広さも無理はない、なんなれば彼は雷足の騎士、つまり濛雨のまっただなかを馬に乗ってほっこりほっこり進んでいる。だが、姉の苦言にも秋樺はけろりとしたもので、
「律史ねぇ、そんなに心配しなくてもへーきへーき♪ 沼地だろうと岸壁だろうとすぐれた戦馬は足場をえらばないとか、姉貴、いってたなかったっけ?」
「いったかもしれないが」
それはあくまで、幼かった秋樺を鼓舞するため、あるいは寝かしつけるための物語の一節でしかなかったはずであり、それに正確なことをいえば秋樺のは戦馬でもない(その分、泥水に強いのもたしかなのだが)。律吏がこめかみをもみしだいていると、クスクスと喉を鳴らす声が、左の前方から流れてくる。顔をあげると、自然、菊川響(ea0639)と目があった。
「すまぬ」
頭を下げなきゃいけない道理はどこにもないはずだが、生来の長女気質がどうにも良心をきりきりさせる。酒場において兄弟の顔なじみである響は姉弟の事情をおおよそ理解していたから、律吏の心労はうっすら伝わってくる。下手な慰めを口にするのは逆効果だろうと、響は事実だけを端的にあらわした。
「苦労するな、姉上は」
たとえば出発前に、こんなこともあった。余計なもの(菓子とか、玩具とか)を荷袋に入れてやしないかと秋樺の荷袋を検閲した律吏、心配していたような物品は見あらなかったものの、ある意味もっととんでもないものを発見したのだ。
「秋樺。これは何だ」
「俺の刀」
「見れば分かる。どうしてここにあると尋ねている」
「それ、腰に差したら重いんだよ」
どこの世界にそんななさけない理由で武士の命ともいえる刀をしまいこむ志士がいる――ここにいる、と得意気に胸をそらす愛弟をはたいたのも今となっては良い思い出、な、わけがない。考えるたび、病以外の理由による頭痛がひどい。
「菊川殿も何かあったら、遠慮なくしばいてくれていいからな」
「留意しよう」
もっとも響はそれどころでもなかった。けぶった山景のあなたを遠目に見やったり、猟師の経験は多少なれど他のものには認識しにくい悪所を直感にうながすので、他のことにまで手が回らない。
そうこうしてるうちに、雨でくずれたのか、小さめの岩が道をさえぎるように幾分積み重なった地帯にでたので、立ち止まった一行のためにニキ・ラージャンヌ(ea1956)はデティクトライフフォースを点灯させた。この世でもっとも輝光にちかい闇が瞬時にあらわれ、ニキを包み、またすぐに消滅する。御子柴叶(ea3550)の顔に、すなおな感動があらわれた。
「おつかれさまです〜」
ニキは曖昧な笑みで答える。世界を放浪するということは、各地の不思議を体感するということだ。華国のエルフ、しかも白の僧侶と、ジャパンにおいてジャパンのことばで会話する。すくなくとも、寺院にこもっていたのではぜったいに出くわさなかったであろう、てのひらにおさまるくらいの奇蹟。
「どうでしょう?」
「いぃひん、思う」
「それじゃ、次、僕の番です」
下手をうつと、12歳の志乃とあまり変わらないような顔つきをしていながら、叶の喋りはそこらの地元のものより達者だ。ぽ、と灯される、ニキのものとは対照的な輝きの光、ホーリーライト。足許をてらし、安全を確保する。
「‥‥あ」
「ニキさん、なにかありました?」
「あ、うん」
「?」
今。岩と岩とのあいだにちょっとおもしろそう(薬効がありそう、とか、使えそう、とかではなかったり)な葉っぱが見えたような‥‥。摘んでみたい。けど、そんなことを口にだして連中を停止させてしまうのは、意図するところでない。ニキはやはり心慮をあいまいにして、叶に返辞する。それがわずかに、叶の心底にたまる。気がかりになる。今回だけ、しんがりは灯りとりの叶がつとめたが、彼が岩を越えようとしたとたんに、
「んー‥‥って、あぁぁ!」
こけた。
袈裟の裾とおでこに、べったりと鈍色の染みがへばりつく。
「す、すす、すいませーん」
「しかたがない、誰にでも失敗はつきものだ。それに‥‥」
帰霜は仰ぐ。空をくるくる、ルーンの帰還。前後して、叶のながくとがった耳にも雨音の変調がとどく。緑と土の濃密な空間だからか、山岳の雨音はすこしこもって聞こえる。サァァァ、と絶えまない流動体、パラパラパラ、と葉脈づたいにはじける粒子、それにまじる、獣の息づかい。
左の山肌から、ゆっくりと。
「‥‥今の騒ぎで、呼び寄せてしまったようだな」
「たいへん、たいへん! むこうでガサガサ動いてる!」
仲間のもとにたどりついたルーンは、すこしだけたじろぐ、どこに行こうかな、と。けっきょくもとどおり、帰霜の肩口に舞い戻った。
「こんなときになんだが、ルーン、べつに俺でなきゃいけないってこともないんだぞ?」
「帰霜さんおっきいから、楯にしやすいの」
「‥‥あ、そう」
こんなに小ちゃくても、いちおうは異国の人。頼りがいがある、の言いまちがいだったということにしておいた。
「待ってたぜ! よく、おいでなすったな」
「秋樺、馬」
「はいよ」
姉に答え、秋樺はするすると馬の背から滑り降りる。鼻息をあらくしておちつかない愛馬は、おどろいてどこかへ跳んでってしまわないよう、縄で樹木にくくりつけた。やたらにはりきる秋樺に、響、冷めたような見透かしたような、表現のしにくい視線を投げる。
「秋樺殿」
「なんだ、響?」
「危ない」
響のことばが終わるか終わらないかのうちに、水溜まりへの背面飛び込み、を、意思に反しててぎわよくやってしまった、秋樺。
「ああ、やはりな。そこはさっき、叶殿ですらひっかかった場所だから、山慣れしていないおぬしは特に危なかろうと‥‥」
「そーゆーのは、はやくいえって!」
「でかした、菊川殿っ。‥‥あ、いや、その。秋樺、ぼーっとするな。とっとと立つ!」
なんだか、びみょうに、余裕がある3人だ。
「水もしたたるいい男♪ いますぐ飛んでって、あっためてあげたいところだけどー」
「ったく、こんの犬ッコロが! こっち来るでねぇだ!」
「志乃ちゃん、もうすこし時間をかせいでくれるか」
「分かっただ」
志乃は足元の小石を、せまる野犬どもに投げつける。彼女にまかせて、愛は荷袋から火打ち石を取り出し、かちかちとすりあわせながらたいまつに近づける。
「あー、しけってる。ったくもう」
この雨では最後まで炎が持つかどうかあやしいから、肝心のときまで使わずねばったのだが‥‥。案にたがわず、火のつきにくくなっているようだ。が、たいまつは多少の雨でも火はとませるようになっているのが、普通だ。愛はねばる。
ルーンも後方から犬どもの足をうろつく水を操作し、支援する。水溜まり程度では、マジカルエブタイドによる水位の調整はあまり意味がないし、氷の棺アイスコフィンはもっと敵を引き寄せてからでないとしかけられないので『近づけさせない』ことを目的とするなら、けっきょくはウォーターコントロールがいちばん使い勝手がよい。叶もコアギュレイトの印をむすぼうとしたが、範囲という点からすると、これもやはり最後の手段だ。ひょう、と響のつがえた矢が、ゆるやかに放物線をえがき、群れのまんなかに突き刺す。
「まだか?」
「俺はまだでもいいけどな! よっしゃ、今度こそ!」
「できたわ!」
奮起した秋樺が無茶に山をかけのぼろうとしたよりすぐ手前、とうとう愛のたいまつに火がついた。ぶるん、と肩をいからせて、懸命の投擲!
「くらえ!」
動物がもっとも本能的にきらう光熱のかたまりが群れの中心に投げ込まれたことで、彼らもようやく生存本能が発動したようだ。キャンキャンと哀れな声とともに、撤退を開始する。
「あ、あーあー。俺の獲物!」
むしょうにくやしがる秋樺。けれど、それよりもっとおかしな反応のものがひとり。
「どうした、愛」
「‥‥しもた」
愛、手を病的な振動にまかせ、なんだか非常な衝撃にうちふるえている。
「ああああ。なんでうちがおいしいとことってもうたんや。うちが勝者に祝福のベーゼ(←ゲルマン語)贈る予定やったんに、うち自身が勝者になってもうたら意味ないやん! こ、こ、このさい‥‥。な、なぁ、誰か怪我してへんの?」
「うみ? あ、分かったです☆ あのー。僕が魔法で治療できますから、わざわざくちびるで消毒しなくてもだいじょうぶですよー」
「――‥‥叶、かまうな。行くぞ。って」
最年長の努め。出発の号令をかけようとした帰霜、が、幾人かが道とは反対の方向へ移動したのをみて、足を止める。
「何してる」
「乾かせば、まだ使えるし。もったいないし」
「ものば粗末さするど仏様の罰があたるだ」
「そうです。お米一粒には仏様が7人やどるんですよ」
「‥‥え、えと。いしょう‥‥貴重品やさかい、えっと」
それぞれ、しれっと投げたたいまつを拾う愛、おなじく手裏剣を胸をはって拾う志乃、怪しげな教義を説く叶、少女めいた顔を赤らめて背中をまるめるニキ。響は無言で矢を回収している。
酒場の出入りにも苦しむ冒険者たち、経済観念の発達は必然にちかい。はやくしろ、と優しい語気でつぶやきながら、帰霜は自分の財布に思いを馳せる。
質量をともなう記憶もあるようだ。軽いことが、重い。
無事にたどりついた水門。
「村長さん、てつだったげるね。マジカルエブタイド〜♪」
ルーンが水位を下げて、応援する。全員が力をあわせたことで、予想よりははるかに短い時間で作業は完了した。
冒険者たちは、蓑、笠、借りた雨具を村のものへ返す。逆に村長は、携帯懐炉の温石を志乃へ返した。
「おお。これ、ありがとな」
「どういたしまして。じっつぁまこそよかったべなぁ‥‥と」
は、と途中の決心を、志乃は思い出す。ちょいちょい、と羽根妖精を手招く。
「ルーンどん。体、冷えてねか?」
「ちょっと?」
「せば」
問答無用。で、手ぬぐいで体をおおう。
村長の家では、ニキが事前に仕込みをしておいた料理が竈でたぎっている。ジャパンではなじみのうすい香辛料をつかったそれは、味は刺激的にすぎたが、大きいものたちの体を内側からほこほこ温めた。だが、響だけは背を向ける。
「菊川殿、どこへ行くのだ?」
「ちょっと空の様子を見てくる。俺の分は勝手にしてくれ」
「んじゃ、俺がもらう」
「おまえは遠慮しろ!」
いまさらながらにどつかれながら、腹八分目の講義をうけるどこぞの弟へ救いの手はさしのべず、響はおもてへ出た。顔をあげる。
赤から紫へ。七色の斜光が厚い雲のすきまから、色ごとに違う角度で地上へ降りている。梅雨のあいまの五月晴れ、まだ完全な快晴とはいかないが、
「まぁ、たまにはな」
こういうのもよかろうて、誰にも聞こえないところでつぶやいた。
さぁて。江戸への帰路につくころ、空はいったいどんな色をしているのやら。