【黄泉人討伐】 金房奪還

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月02日〜08月07日

リプレイ公開日:2005年08月09日

●オープニング

 若い修験者が京の町を歩いていた。胸の篠懸をゆらしながら山歩きのくせで短い歩幅、冒険者ギルドにたどりついた彼はものめずらしげに建物をみあげたあと、出入りの戸を越えたあともやっぱりきょろきょろあたりをみまわしている。しばらくそうしてから、
「‥‥ぼう‥‥冒険者ぎる‥‥」
「ええ、こちらが冒険者ギルドになります」
 切迫やら火急やらが日がなやすむことなく持ち込まれる冒険者ギルド。そこにつとめる手代も、人は見慣れていた。文法的に意味なく言葉をつまらせる、そういう口調が――わざとでなく芯からなのをさとり、せかさず先を待つ。修験者はていねいな手つきでふところから書状をとりだし、卓に置く。――達筆だ。では拝見、と、とりあげかけた手代がひとしきりうなったくらいに。そしておもむろに開封された書状の差出人を確認した彼の口から、また別のうなりがおちた。
「あなたは」
「‥‥私‥‥私は‥‥山城の天狗‥‥のつかい」

 ※

 黄泉人にとらわれたある人間を奪還してほしい。天狗からの書状はそんな内訳だ。が、それだけのことにいろいろと不可解が多かった。どうして天狗がただの人間の心配をするのだろう? また、黄泉人が人間を「とらえた」だけですませているのも――十八番の「なりかわり」や死人憑きを増産するための「殺戮」なしで――これまでにほとんど報告のない事例だ。
 それを尋ねると、修験者のかっこうをした天狗のつかいは、特にいきごむこともなしで冒険者ギルドに入ってきたときとおなじ口調で話をつづける。
「‥‥彼‥‥彼は‥‥『山城国金房』だから」
「山城国金房といいますと――あの、槍を得意とする鍛冶師の?」
「‥‥金房は‥‥私、私たちに‥‥槍を供給していた‥‥」
 なるほど、金房ぐらいの腕前ならば天狗に見込まれることもうなずける。黄泉人といえど天狗やその配下への手出しはためらうだろうが、人である金房ならばさらうぐらいいともたやすかったろう。しかし、手代のずれた感心はすぐさま絶句で霧消される。
「‥‥金房‥‥金房を返してほしければ‥‥黄泉の兵に与しろと‥‥そう云ってきた」
「それは――‥‥」
 つまり、このまま手をこまねいてみていれば、天狗勢力のひとつが黄泉人にながれるかもしれない、と。先だっての大戦でやっとそいだ勢力に、天狗という強力な助勢がくわわれば、亡者の軍は新たな驚異となって復活する。
「‥‥私‥‥私たちが動けば‥‥めだちすぎる‥‥だから‥‥おまえたちに‥‥頼む」
 手代はあたまをかかえた。そんな胃のいたくなる依頼なんぞ、仲介したくなかった。
「疑うわけじゃないんですが、あなたが天狗のつかいだという証明はできますか?」
 はなしがおおきすぎた。これが名の知れた人物からの密告ならば信用はできるが、目の前にいるのは好漢ではあるがちょっと蕩然とした普通の修験者で、万が一、ということもある。すると修験者は、そこではじめて人心地をとりもどした。人界からはなれた表情に、なつこい笑みを浮かべる。すっきりとした足取りでギルドを出た彼、その身が日を受けて染まるように、だんだんと黒ずんでゆく。突き出る三角はくちばしだ。
 烏天狗が、
 ――京の空を飛ぶ。
 あとに、濡れたかがやきの羽が一枚、宙をひらり、地にくるり、舞う。

●今回の参加者

 ea0062 シャラ・ルーシャラ(13歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea2246 幽桜 哀音(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea8904 藍 月花(26歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9805 狩野 琥珀(43歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1822 黒畑 緑太郎(40歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1963 蘇芳 正孝(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 山岳というよりは丘陵にへばりつくようにしてある、ごく小さな村だ。そこを笛の谺がたなびき、蝶翅がやすむよう展開する。黒畑緑太郎(eb1822)をくるむ、真昼の月。声なき想話で、おたくはどこにいる? 見張りの動向は?
 ――しかし結果はおもわしくない。距離のこともあったし(100mは村全体を対象とするには、少々足りない)、なにより尋ね方の問題である。略取において、加害者は被害者への情報をできるかぎり制限しようとする。万が一のときの脱走の完遂をふせぐため――悪意と独善の論理展開。
「では、質問を変えてはいかがでしょう。金房さん御自身の様子をお訊きしては」
 怪我などはしていないか――伊庭馨(eb1565)の口添えのとおりにし、それを糸口に、緑太郎はふたたび苦心に没した。もうしばらくかかるようで、馨はここへ来るまでにもちいた、天狗からの地図をふたたびひらく。黄ばんだ半紙のうえの墨はわるく、指でするたび剥離した。しだいに希釈されゆく情報を、馨は汲む。みはるかす山紫水明の、まだらな、素因、おぼえるのといっしょに。
 冒険者たちの現在地は村から寸分はなれた小高いところで、蘇芳正孝(eb1963)もおなじように目をこらしていた。夏の風はそよともなびかず、皮膚によけいな雫をいくつも浮かばせて、だから愚痴、というよりはまごうことなき魂胆が、知らず知らずに流れてゆく。‥‥それとも、槍を得手とする彼の、金房への表敬なのかもしれなかったが。
「さすが亡者というべきか、往生際の悪い」
 しかし、大和追討軍に関わっていない彼らは知るべくもなかったが、軍のなかには決戦の勝利に疑問をいだく声もあがっていた。覚悟のうえの痛み分けではなかったか、という見解だ。それは知らない、知るわけがない。幽桜哀音(ea2246)の知っているのは、彼らが星霜の夢寐を抜けてまで、わざわざ生を荒らすことだけ。
「‥‥死んでいれば‥‥いいのに‥‥」
 夏日が仮借なく、彼らを焙る。水すら熱におきかわる。
 そうこうしていると、くさむらのひとつが打たれたように、ごそりとざわめいた。緊張は、けれど、あざやかな呼び掛けにとぎれて、
「みなさん、意外とはやかったんですね」
 藍月花(ea8904)。彼女は遅れてきたのではない。むしろ逆で、韋駄天の草履で先回りしたついでに、そこいらを探索していたのだった。それから、少数の罠の設置。狩野琥珀(ea9805)が、おつかれ、と月花をねぎらった。
「んじゃ、そろそろ移動する?」
「もう、か?」
 緑太郎は満足な成果をえられていない。琥珀は困り顔で指摘する。
「しかたないだろう。月花さんに見つけられたくらいだし、ただでさえ笛がいつあいつらに聞こえやしないか、ひやひやしてんだから」
 ‥‥べつに契印でもよいのだが、あえて横笛をつかうのが緑太郎の流儀のようだ。そのほうが月精の感度がいい、と、いつごろ収集してきたかもあやしい伝承といっしょに主張されれば、双儀の術は陰陽寮の秘法なだけに、そんなものかと了承せざるをえない、ジャパンの一般市民。緑太郎は我が意を得たりとばかり、どこか不穏に瞳をかがやかせる。
「嘘ではない。昨年の陰陽寮の統計によればな」
「ほんとうにそこまでにしておきませんと、黄泉人にけどられてしまいますぞ」
 やっぱりあやしげな数値をもちだそうとする緑太郎を、伊能惣右衛門(eb1865)はゆったりとした口調でいさめた。おなじく月の魔法をつかうシャラ・ルーシャラ(ea0062)は知っている。印と楽とで、効果がそこまで変わるわけはない。でも、
「シャラもおうたのほうがすきです」
 だからだまっていたのです。シャラはいい子だ。――ただ、ちょっと難はあったのだが。
 ほんとうは音響の調査、サウンドワードの呪文をつかいたかったシャラ、しかし緑太郎の笛が聞こえてるあいだは「それ」がいちばんあやしい音響だ。わざわざしらべる意味がない。ちょっとつまんないです、とおもう。いや、緑太郎の笛が未熟とかじゃなく――情熱は伎倆を凌駕して有質量に反映される、ときどき。けれど、さぁ、ともかくもって、
「ちょっと歩くか、来たばかりの月花さんには悪いけど」
「平気ですよ」
「向こうはどうだ?」
 いささか気がひかれる場所を正孝がさすと、「あっちならいませんでした」と月花がうけおった。黄泉人が、いないという意味で。移動はしめやかにおこなわれる。

 ※

 てまどったにしろ、黄泉人たちがいるであろう目処はついた。
「あそこに火をくべたような跡が‥‥。まだ新しく見えるのだが」
「じゃあ、私、ちょっと行ってきます」
 正孝の観察を、月花が偵察にゆく。心配しないでというように、とん、と足の草履をさす。数分後、すれすれの険呑とひきかえに入手した確証を、緑太郎経由の金房の証言が補足する。
 分かってみれば気が抜けるというか、それは村でいちばん大きな、おそらくは庄屋のつかっていたであろう屋敷。見張りのうすくなる頃合いをねらいたかった馨だが、そんな時刻のないことを、金房から知らされる。そういえば、そうだ。
「亡者が休憩をとるわけが、ありませんよね」
 すでに死んでるのだから、疲労だってない。特殊な事態でもなければ持ち場をはなれないだろう――その「特殊」はこちらがつくってやらねばならない。つくづくとめんどうな彼らの性質を思うと、目のくらむような気持ちがするのをこらえて、馨は惣右衛門を呼び止める。
「惣右衛門さん、こちらをおねがいしてもよろしいでしょうか」
 ほぅ、と惣右衛門は嘆息する。それを間近でみたのははじめてだ。烏天狗がのこしたという、黒羽。濡れ羽色のことばそのままに、陽光を吸って黒檀の艶をはじく。金房の監禁されている場所は窓のない部屋らしく、これを外部からさしいれてやることはできない。少しでもはやく安心させてやるには、まっさきに金房のところへむかう面子にたくしたほうがいい、と馨はかんがえる。
 惣右衛門の他に、ともに金房にむかうは、琥珀と緑太郎。ウォールホールの呪符を手にしながら、緑太郎は妖気ただよわせてほくそえむ。
「これがあればどんな石壁でもすりぬけて‥‥」
 『木』の壁だ。だって城塞や堡塁ではない、ふつうの民家だから。
「俺が裏口さがしてやるから、な?」
 もはや憐愍以外のなにものでもない感情で、琥珀は緑太郎の肩をたたく。

 昼顔の蔓が寂々とのび、所在なくたちんぼうの死人憑きの脚を捕ったかとおもえば、くつがえす。一体の死人憑きの身の上におこった異変は、べつの死人憑きを呼ぶ。それだけでなく、彼らの領袖ともいえる黄泉人までひきよせた。
「おじゃましますね」
 べつに聞いちゃいないんでしょうけれど、と馨は冷たく内心でつけくわえる。金房からの内部情報があてにならない以上、けっきょくはみとおしのつけやすい正攻法でゆくしかなく、彼らは表口をやぶった。集結する亡者どもは五人で相手する。
 戦闘は終始、あっけなくすすんだ。
 交代が必要ない、ということは、それだけ要員(まぁ死人だけど)もすくなくてすむ。死人憑きは彼らの予想していたよりずいぶん菲薄で、それなりの経験をつんだ彼らにとっては蟻をつぶすにももとる、単調な作業であった。いささかおかしなことはあったけれど。
「あれぇ?」
 シャラはのんびり首をかしげた。死人憑きには、黄泉人もだけど、魔法がきいたようすはない。あとでそうえもんさんにきいてみましょう、と思った。僧籍の惣右衛門ならば、亡者の性質にも心得があるだろう。――‥‥その、惣右衛門の知識が、あとで肝要になるのだが。
 しかし、やはり、黄泉人は強梁である。
 哀音が剣をかわした黄泉人は、帯電化をこころえていた。黄泉人の胴を月露の短刀がかすめるたびに、哀音の骨身を金属質の苛烈が過ぎて、皓歯の根までがガチリとふるえる。それをおくびにも出さず、哀音は短刀を薙ぐのを続ける。銀の髪先で、電子は麦粒に似た光となり、はねる。
 けれど小さな手傷も積もれば次第に、四肢の連結をにぶくする。痛痒を感じぬ黄泉人の挑揺する爪は、いっかな鋭さが衰えぬというのに。哀音がたたらを踏み、それをにらんだ黄泉人が凶爪を降ろすその瞬間、正孝が黄泉人の足を横から打ち据える。ゆるんだすきに、月花の爪が淡い光輝とともに黄泉人をはじき、バチン、と電気の音をさせて、ようやく沈む、一体。
「ひとりでたおそうとおもっちゃダメですよ」
 月花は、哀音に、笑う。

「亡者ども、全部ではらっちまったのか? それはそれで、なんか不安だな」
「では、せっかくだから、そこの柱の影でも爆発させておこうか」
 緑太郎、できなかった。ってより、止められた。
 豪農らしく大きなつくりの家屋だったが、それほど複雑な構造ではないし、死人憑きが玄関にむかっていったのを逆にすすめばいいだけだ。戦闘よりも金房の救出を優先させた三人は、あまり迷わずに金房のいる部屋へたどりつく。惣右衛門はしばられていた金房をてばやく介抱する。念のための治療を、金房は丁重に固辞する。それより急ぐべきだ、といって。まったく同感であったから、冒険者たちはすぐさま脱出をはかる。いちおう用心に、琥珀が金房にしたがった。
 すべては順調にみえた。
 屋敷をぬけた彼らが戦闘をおこなっていた残りのものに、逃亡をうながそうとしたとき、それは起こる。
 虜囚の身となっていたわりに、萎えのない足取りの金房をみて、惣右衛門はいつぞやならったふと知識をおもいだす。「生」のない亡者には「生」の根幹ともいえる精神がなき故、精神系の魔法が適用されない。シャラがとなえようとしていたイリュージョンがそうだし、メンタルリカバーもそうだ。
 金房は、精神回復を、ことわっていた。
「琥珀殿!」
「ん?」
 めったにない惣右衛門の大呼に、琥珀は、珍しいこともある、とゆるゆると顔をあげる。
 けれど、もう、おそい。

 枸橘の棘でひからびる、百舌鳥の速贄。
 あるいは、野茨が立ち木をからめるように。

 金房――であったはずの黄泉人の爪が、琥珀の喉を裂く。
 黒羽が黄泉人の足元ににじられるのを見て、馨は悟った。いっそ滑稽なくらい大袈裟な舞台装置の存在を。

 ※

 替え玉。

 べつに金房とまったくそっくりな人型を用意する必要はない、金房の見目をよく把握していない冒険者へは似たような背格好のものでじゅうぶんで、それがたまたま黄泉人であっただけのことだ。だから緑太郎が思念送話をおこなったとき――そのときは本物の山城国金房をあいてにしていた――符牒なりをさだめておけば。いいや、しょせんそれは黄泉人が金房でないヒトをまねただけの、認証の機はいくらでもあった。
 黄泉人の長ずるは、戦技よりむしろ、人にちかい頭脳と人そのものの偽装を利用した、すりかえであったはずだ。冒険者たちの動揺を見越したように、黄泉人はかわいたくちびるいとわしげに、ゆがめる。
「金房は奥の部屋だよ‥‥。小天狗どもの来襲にそなえたしかけだが、人が来るとはな」
 黄泉人のあざけりをしのぐように、哀音は顔色を変えないままで、剣の柄に手をかけた。黄泉人は一体――なんとかなるやもしれぬ――己を犠牲にすればあるいは、と、しかし黄泉人は嘲笑を加速する。
「オレを殺すか? だが断言してもいい、それよりおまえたちが仲間の死を目撃するほうがはやい、と。今はオレが先手をとったとはいえ、この男も腕が立つ。たのもしい吾子となるだろう」
 ――‥‥死人憑き。彼らはなきがらの、あばらぼねの一本までもむさぼりつくす。
 それは、哀音のねがうものとは、ことなっている。
 水泡のはぜるのに似た異音が、場の静寂をくずす。腑から逆流する血液に、琥珀がむせていた。こらえきれず折れた膝は、しかし地へはとどかない。のどもとを黄泉人の爪に縫われ、琥珀は短冊のようにちからなく吊されている。
「疾くこの場を去るというなら、こいつを返そう。寛大な処置だろう?」
 とりひき、にみせかけた、一方的な通告。月花は瞳に疼痛をかんずる。紅。許さない、とくちびるがうごく。許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、と、くりかえす、つながれた犬が遠吠えだけするように、幾度も。

 選択は、なかった。

 ※

 琥珀の傷は見た目よりは浅かった。惣右衛門の治癒の呪で、完治が可能だったのだから。が、流れた血の多さが、彼から体力を根こそぎうばっていた。馬にのせようとしたのだが、歩けるから、と琥珀はひとりで行く。
「それは、金房さんをのせるためのもんだろ」
 惣右衛門がしっかりと地図を写して道を頭に入れていたのと、月花がしかけた罠がめじるしがわりにもなってたから、進路はあんがいはやかった。
 予定よりも一人少ない帰路。
 それに、くわわるもの、あらわれた。予定外の、空から。双翼をはためかせて。
「‥‥失敗‥‥したか‥‥」
 烏天狗、小天狗とも呼ばれる彼のくちばしのある容貌からは、激昂も失望もうかがえなかった。報酬だ、とことわりをいれて、布袋を地面に置く。こんなときだというのに、シャラは烏天狗の翼にみとれていた。純正は一枚羽よりさらに深々と、星空のように広大なかがやきで、ずっと見ていてもちっとも飽きないと思う。だから尋ねずにおられない。
「よみびとのとこいっちゃうですか?」
「‥‥おそらく‥‥おそらくは‥‥主が決めることだが‥‥」
「天狗様ですか?」
 馨の問いには答えず、烏天狗は琥珀へ一瞥をくれる。そして己のもつ槍を彼の方角へころがした。
「‥‥杖の代わり‥‥」
 長槍だ。無銘である。しかし黒光りする穂先は怪童のようにどこかふてぶてしく――琥珀はにぎって確信した。「山城国金房」ではないがおなじように、この槍には魔性を断つ力がそなわっている。
「おい!」
「‥‥つかえ‥‥」
 烏天狗の翼が、ひとかかえの気をつつみ、羽音を打ちおろす。彼の体はたちまち上昇し、砂粒ほどにも小さくなる。琥珀は背嚢から紙包みをひとつとりだすと、ちからいっぱい投げ上げた。
「やるよ!」
 本来ならば、金房にわたそうとおもっていたはずの菓子。雇われ人が雇い人に進物を投げる。さぞおかしな構図だったろう。
 ふと正孝は村のほうをふりかえる。行きにあんなにねがった煙が、悠々とあがっている。黄泉人はなにを燃しているのだろう。用なしになった死人憑きの破片か。細長いすすは夏空をおどけた軌跡でひるがえる。
 月花は反対に、烏天狗の消える末をいつまでも見つめている。琥珀の菓子はいつまでも地面に落ちてこない。それの意味を考えている。
「どうして‥‥」
 黄泉人に、味方したいわけではないでしょうに。
 月花のつぶやきに応じるものはなく、空は青く、道は白い。それだけだ。

 京へつづく道程はところどころで蛇行して徒労をさそい、路傍の石を踏みしだけば空回りする糸車の音をさせてきしる。

 敗走だった。