【黄泉人討伐】 袋の根棲み

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:08月07日〜08月12日

リプレイ公開日:2005年08月15日

●オープニング

「どうだ?」
「うごきません。ネズミいっぴき出てきやしませんよ」
 ――‥‥そうか。それでいい。包囲を続けてくれ。
 では、もう一度、戦況を説明いたそう。
 水月末の決戦以来、なりをひそめていた黄泉人たちだが、彼らはただじっと闇に身をよせていたわけではない。失った手駒、死人憑き等を補填せんと、大和南部の各地へ散った。だが、そんな暴挙をゆるすわけにはいかぬ。そのために編成された大和追討軍だ、虎長様の指揮のもと、我々はのこる黄泉人の掃蕩につとめた。そしてその甲斐のひとつとして、この砦まで一体の黄泉人とそれの率いる死人憑きの群とを追いつめることに成功した。
 この、堡塁。諸君らの目の前にある、この、石造りの砦だ。
 近くの村のものの話では、この砦はもともと野盗が根城としてつかっていたらしい。そして、黄泉人がこの砦を占拠したときも、なかに十人ほどの野盗がいたようだ。
 ――‥‥あとは云わずとも理解できるだろう。野盗どもは、おそらくはすでに‥‥。しかしそれを今更語っても詮無きこと。我々は我々のなすべきことをするだけだ。黄泉人の殲滅という義務にて使命をはたすだけ。貴殿らに依願したいのもそれである。
 あれから丸一日がすぎた。しかし、黄泉人はこの砦に立てこもったきり、脱出するそぶりもみせずに沼池のような沈黙をたもっている。
 黄泉人の狙いは明白だ。籠城戦。利のあるのはかこむがわだろう――通常ならばな。しかし、あいては睡りも飢えもない不死者。長期戦になれば「生きている」吾らにはどうしてもすきがでる。こもったのがただ一体の黄泉人だ、というのも、逆に不利となったな。こうして緊張がつづいているあいだはよいが、そのうち兵には疲れがうき、とりにがす可能性が高くなる‥‥黄泉人もそれを見越し、内部からこちらの様子をじくじくとうかがっているにちがいない。そのまえになんとかせねばならぬ。しかし、多勢でのりこんでも、変身能力のある黄泉人が虚をつくのはたやすい。少数の精鋭にまかせるのが得策だ。
「‥‥閉所の戦闘に理のあるもの‥‥中途の雑輩にまどわされることなく、首魁をたおせるもの‥‥単純に手練れの数をそろえて送り込んでも無意味‥‥黄泉人の『なりかわり』をふせぐには互いに信頼のあるものがいい‥‥」
 冒険者を推挙したのは、私だ。各種の条件からこの作戦には冒険者が適任であると、判断した。
 さきに云ったとおり、死人憑きは放っておいてくれてかまわない。多少の疲弊はあれど、大和の軍にもそれくらいのちからはまだのこっている。狙うはただ一体の黄泉人の、命でなき命。諸君らに求めるのはそれだけだ。
 ひとつ頼みがある。
 砦を出るときには、黄泉人の首級をたずさえてきてくれ。それがしるしになる。誰もが黄泉人ではない、というな。

 入り口は向こうだ。一刻も早く。
 さぁ。

 ――鈴鹿紅葉、戦場にて。

●今回の参加者

 ea4687 綾都 紗雪(23歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6433 榊 清芳(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9771 白峰 虎太郎(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1798 拍手 阿邪流(28歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1963 蘇芳 正孝(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2602 十文字 優夜(31歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3272 ランティス・ニュートン(39歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

ノンジャ・ムカリ(ea5273)/ 津上 雪路(eb1605

●リプレイ本文

●虎口侵入
 思いのほかあかるい、というのが一同の共通した印象だった。おもての真昼とはくらぶべくもないが、救いのない闇黒におちくぼんだわけでもない。一定の間隔にあけられた矢狭間から、斜角にきりこむ太陽光線が、床へときどきの方形を置き去りにする。
 抑揚のない日溜まりを、拍手阿邪流(eb1798)は踵鳴るほど踏みつけた。日陰のできるのはここぐらい、してみると、持参の照明は手放せないようだ。めんどくせぇ、なんでいねぇんだ、と云いさす。本来の提灯持ちが――首をめぐらせば、神木祥風(eb1630)とゆきあう視線。提灯を携帯している、彼。
 ‥‥きまずい。阿邪流はあとのぼやきを、声音を変えて復唱する。
「いねぇなぁ」
 亡者が、ということで。
 それでも、祥風にはなんとなく真意がつたわってしまったらしい。祥風が左手をささげると、竹ひごの骨堂におさめられた灯心が、旅立ちをまよう綿毛のようにいちどばかり大きく振れた。
「角灯は私がもつといたしましょう」
「あ、たのむ」
「索敵はおねがいしますね」
「はいよ」
 すでに綾都紗雪(ea4687)がディティクトアンデッドを発動させていたが、かかる存在はないようだ。かといって、瞠目をおこたっていい、という理屈でもなし。阿邪流は普通ていどのやる気をだす。紗雪は、ぽつり、といいよどむ。
「まちかまえてるかと思ったんですけれども」
 砦というやつは「外敵をせきとめて、内側から滅する」ための施設だから、しくみはだいたいどれも似たようなものになっているはず。そして目的から分かるように、砦のいちばんの急所は出入り口だ。だから、すぐのところに大きな横道をもうけたりして、侵入者のわきばらをつきやすくしたりするのだけど、冒険者たちが角をぐるりと曲がってもなんの気配もない。騙し絵にとじこめられたような、奇妙な暗示がさきばしる‥‥。
 歩行と解説とをいちどきにおこない、呪文の詠唱もまじえて、それでも棒をあてたがごとくちっとも背筋のぶれない紗雪に、榊清芳(ea6433)は、ほぅ、と全身つかって息を吐き出し、納得した。
「よく知っているな」
「と、書物にあったとおもうんです」
 じつは砦の構造――建築に関する知識だけなら、ランティス・ニュートン(eb3272)のほうが上回っている。が、ジャパンに来てまもない彼は、興味のつきない瞳で四方をながめやる。亡者に破壊されたのか、おおきくえぐれた箇所がある。ここではないところで非線形ををつぎほする水音。――‥‥――‥‥。
 沈滞や緩慢のほうがより、五感をまどわすときもある。遠いところへ来たのだな。ランティスが郷愁に似て非なる思いにひたっていると、清芳が紗雪へ語りかけているのが、しらずしらず聞こえてくる。どうも黄泉人について、らしい。
 ランティスは黄泉人へじかに遭遇したことがないので、関心がそそられた。清芳は黄泉人の能力について、不愉快をとなえていた。どうも黒の神聖魔法に似ている、と。そうだろうか。
「いや、むしろバンパイアじゃないかな」
「え?」
「あぁ、失礼。俺の国にそういうモンスターがいるんだ」
「もんすたー‥‥」
 妖怪とか魔物とか、そういった意味だっただろうか。魔物はやはり魔物で人間とはちがう、と、ランティスはそう云ってくれてるのか。清芳が判じかねていると、蘇芳正孝(eb1963)の警戒が、草笛のように響いて、ひたすら曖昧だったあたりを一変するどくさせる。
「来たぞ!」
 いまさらであるが、ここで砦の内部構造をさらっておく。通路は細身なうえに狭隘で、三人が武器をかまえるのがやっとの幅、進行方向左に窓、右に壁、正孝は冒険者の列の最後列にいた。それらが来たのは、前だ。正孝は見返った。それまでの用心が功を奏したか、はさみうちは、ない。再び、前を見る。葦の髄のような通路に、みっしりと詰められた死人憑き――おかしみのあるようで、ない光景。
 最前列。よ、と、駆け出しかけて、十文字優夜(eb2602)はなにか思い出したように、たちどまる。するりと絹の波打つように、体をまわして阿邪流をみた。
「あれはどうみたって、死人憑きよね」
「においでもかいで確認しろってかよ。勘弁してくれ」
 骨格にようよう筋やら肉やらしがみついてるだけでなりたつそれは、できそこないのかごのよう。しかし優夜が、それじゃあ、というまえに、白峰虎太郎(ea9771)のひるがえす剣圧がさきへでる。立錐の地なくひしめく死人憑きのなかへ、弓張り月の軌線は、強引におしこまれた。石壁がせめられて怪鳥の声で哭き、横一文字の傷をあとにのこす。ノンジャ・ムカリの追撃は、死人憑きを力任せにたたきこむ。
 剣波を追うようにして死人憑きのまえにたった優夜、木刀でひっぱたいたり、片足をはねあげたりして、やる最中、ふたたび思い立ち、次なる剣戟をくわえようとした虎太郎へ、話しかける。
「虎太郎さん、このなかに黄泉人はいるかしら?」
「‥‥分からぬ」
 死人憑きと黄泉人。おおよそのちがいは把握しているつもりだが、けっきょくのところどちらも人型の不死者、視界のおぼろななかで判別はつきそうにない。いや、もしかすると‥‥十の死者のなかに一の生者、その可能性も‥‥。
 こうゆうときは、ディティクトアンデッドの融通の利かない性能をうらむ。紗雪は一度たしかめてみたのだが、仏は亡者のあつい岸壁を指示するだけで、そこにほんとうの命があるかどうかまではふれちゃくれないのだから。けれど、そこでじれたのは、紗雪でなく阿邪流だ。
「みんな下がってろ。祥風!」
「承知しました」
 祥風がせいっぱいに灯明をかざしたのを機に、阿邪流の呪法は誕生する。それのおしえる先の先、幽幻のへだたりのような光と影の境を中心に、まきあげて散開する。砂地を驟雨がめぐむがごとく、ただよう粉塵があとへぱらついた。
「‥‥強引だな」
 夾撃を心配しなくてすんだのはいいが、後列の正孝、すると出番がない。むりやり前に出ることも考えたが、どうも前列の攻撃が「範囲的」なものが多いのが気になってくる。味方の攻撃にまきこまれるという、ありがたくない可能性だ。それは清芳もおなじで、金剛杵を片手に、決めあぐねている。実際のところ、幾人もの人間が扇形にひろがれる事態ではない。
 峠の尖端で、東の旅人と西の旅人が行き当たってしまったようなものだ。両者は互いに一歩もゆずらず、俺のために道をあけろ、と主張する。どこからなだれてくるのか、数だけをたのみにした死人憑きの群衆は、そばだつ壁に負けじの頑強と堅牢をほこり、このまま盲目的な前進をつづけても消耗戦に尽きることは目に見えている。
「結界をはりましょうか?」
 ‥‥しかし、雑魚といえ複数の死人憑きの一撃は、祥風の障壁をくだくていどには威力がある。時間稼ぎにしても、もう一歩たりない。
 にぎる短刀のゆきばしょも見つからず、あせりを壁にあずけようとして、正孝、それがたよりないことにはたと気が付く。あなぐらをさぐるよう――いいや、比喩でなく、そのものだ。戦闘の昂揚で気もそぞろで、みのがしてしまっていたが、たくみに隠された横道がある。
 首をいれて、たしかめた。死人憑き、どころかなんらかの動体すら、まったくかんじられない。
 罠かもしれない。そうじゃないかもしれない。
「行こう」
 やはり戦列にくわわれずにいたランティス、正孝と清芳のあとからそこをたしかめた。
「俺が順路をおぼえる。追い込まれるかもしれないが、でも‥‥」
 強引な所見。だが、わかる。いくらがんじょうにできてるとはいえ、このような戦いぶりをつづけていては、消耗戦どころか、崩落が先にやってくるかもしれない。
「紗雪」
 清芳はいつもどおりの声量で友人を呼ばう。狂騒のちまたで、清芳の声は、竹林のなかで雀のさえずるように、紗雪へとどいた。紗雪は首肯する。みじかく「皆様、」ときりだし、それをしめした。‥‥緊迫の糸を切る、契機。
 冒険者たちはこぞって、おなじ方角へかけだした。荷の整理によりみがるい冒険者たち、対して、もともとが鈍重、くわえて窮屈で、自由に身動きのとれぬ死人憑き。ふりきるのは、あまりにたやすい。道のゆきづまりには、部屋があった。
 正確には、戸口だ。閉ざされているが、手動でなんとかなるようである。
「あぁ、いい。俺が行く」
 と、阿邪流、推せば――‥‥。

●一室昏迷
 空転。乾坤がさかしまになる錯覚。悪意に満ちる酸雨が、いっせいにたちのぼる。
 ――ライトニングトラップ。
 体じゅうについた火花を散じんがため、阿邪流は床へころがった。
「阿邪流殿!」
「‥‥俺の服‥‥穴あいたじゃねぇか。これはボロだから片脱ぎしてんじゃなく、趣味でやってんだ!」
 九割方、平気だろう。そうじゃなくって。
 正孝は本能的に戸を、閉ざした。咄嗟だったが、それが正解であることをまもなく知る。室内には冒険者をのぞく十二の人影。おなじ彫匠によってほりだされたかのごとく、そろって人相がすれている。しかし、丈夫どもは、これまた一様に、瘧にかかったように体をふるわせている。
 一拍おくれて、鼻腔を突く――死臭。黄泉人と数度の相対を経た正孝は、目をおくらずとも、それの正体を理解した。清芳は口をおさえる。紗雪は泣くようにまなじりをさげる。水気をすっかり喪失した屍、ただしこれは、じりとも動きだすようすはない。
 虎太郎は彼らをねめつけた。このなかのひとりは、おそらく、黄泉人だ。電位のとらばさみはうつろいやすい。それがこんなに具合よくしかけられていたこと自体、一種の証拠である。
「云え。どいつが黄泉人だ?」
 けれども、あとに引くのは無言だけ。代替的に、ひらたく蔓延するのは、怯懦。
 正孝は了解した。野盗が砦から出てこなかった理由。黄泉人はここへのりこんですぐ、能力を存分にふるい、恐怖で支配したのだろう。
「おっしゃってもらえないようですね。しかたがありません。失礼します」
 今日、何度めだろう。祥風は、更紗ひらめくように、あわせたてのひらからめぐる光はいっしゅんで、閉じたまぶた、ふちどるまつげ、ふたたびひらかれたあと、もたらされた啓示はすべてのものに心外である。
「――‥‥おりません」
「まさか」
 紗雪もおなじく光明をてらしだす。返答はおなじ、この部屋に不死者はあらず、と。黄泉人の変身は、そこまで完璧につくろうことができるのか。優夜はせきこみ、右にそなえたそれの尖端を、床をおしつける。
「いったいどいつよ、もう!」
 どん、と震動のように、音が立つ。ことわりなしだったから、その場にいるものすべて、いささか、びくついた。しかし、虎太郎はひとり、すましている。耳にはいるのは、相違のかだましさ、小さいけれどとても近い。
「合点した」
 虎太郎、野盗のものどもの、真ん中に近いひとりをさす。指摘でなく、額の左から、睥睨で。
「その男。十文字の剣を見て、呼気がみだれた」
「これ‥‥木刀?」
「そうだ。あぁ、また口をゆがめたようだな」
 虎太郎の点示した男は、気圧されて、あとじさる。彼の背中をせきとめたすぐそこの壁が、なにかのからくりじかけかであるかのように、彼は身をうつしながら、前方に跳躍した。
「ちくしょう、桃なんか持ってきやがって!」
 語るに堕ちた。木刀の材質なぞ一目でみわけられるものは、そう、いない。
 ――聖木を嫌うものは、逆説的に、なによりも聖木にさとくなる。
「容赦しないからね!」
 八分割の手裏剣がひらめく。優夜の投げた破邪はすっかり正体をあらわした黄泉人の大腿部を裂き、彼がふたたびつくりかけた雷陣をはばむ。次は蹴りでもお見舞いしてやろうか、優夜の士気はしかし中断せざるをえない、黄泉人には徒手でむかってもしかたがないのだから。
「ランティスさん。こっちおねがい! あし、なまあし!」
「‥‥うん。すぐにやるから」
 ナマアシの意を理解できるまで、ランティスがジャパン語に通じていなかったのは、きっと幸運に類すべき事象なのだろう。だからそうでもなくって。ランティスは自身のオーラをまず、優夜に付与する。己にあたえる分は右手と左手のふたつぶん、しばらく余裕が必要だ。
 はざまは、紗雪のおった呪縛がこじあけた。室内、よこざまに輾転し、黄泉人のかたわらに着陸した正孝、銀の小刀で方陣を黄泉人に刻む。三条宗近の護りのもと、虎太郎は質量ある願いと祈りを上からたたきつける。
「できた!」
 長もの短もの、桜色をそれぞれにひきずらせ、ランティスは剣をあわせた。
「時間稼ぎのつもりだったのだろうが、そうはいかないさ‥‥お前の悪巧みもここまでだ!」
「迷わず受けとるがよい。仏のなす裁きを」
「一切衆生におけるなさけぶかき慈悲を、あなたに」
 黒の光と白の光。彩はちがえど、邪を、魔を、滅すべき絢爛が、清芳から、祥風から、そそがれる。ただひとつの目的にむかい。苦界より放逐される、旧套の残夢。

●脱出外層
 外にでた途端、苛烈な太陽が眼球をじかに灼いた。生き残りの野盗からべつの隠し通路を聴き出した冒険者たちは、死人憑きに遭遇することもなく、砦を抜けることに成功する。鈴鹿紅葉は軍勢をうしろにひかえさせて、出迎える。
「見せてもらおうか」
 冒険者たちは、あるものは布をまき、あるものは腕輪のかげの、草の汁でえがいた×印をさらす。
 かねて、九字、臨兵闘者皆陳列在前の符合。
「こいつも、ほら」
 血糊のように瘴気をしたたらせながら、阿邪流は、それ、をうちやった。黄泉人の首級はなかなか重量がある。轍の響くような鈍い音を横にして、虎太郎は重く布達した。
「‥‥俺たちは俺たちの責務を果たした」
「もちろん、感謝はたえない。これよりあとは私たちの仕事だ」
 追討軍に数度の指示をだすと、紅葉は清芳と紗雪にむきなおる。
「しばらく待機してくれ。掃蕩が優先だ」
 僧籍のつとめはあとにしてくれ、と。内部には、いまだ、多くの死人憑きがとりのこされている。殺さなければ、死ねない彼ら。砦からの矢声に、経文のようなあえぎがときどきまじる。紗雪はうすくうつむき、ささやかな諷経をそれにながした。ちなみに、紅葉は後方指揮の担当なので同行しない。
「んじゃ、待っているあいだ、みんなでお茶しよう。紅葉さん」
「俺もまぜてもらおうかな」
 ランティスは、ジャパンのものには馴染みの薄い握手で、紅葉に挨拶を求める。
「もし、また何か起きたときは声をかけて欲しい、どこにいても必ず駆けつける。それが、人々の平和と自由を護るためならね」

 でも、だからといって、約束の形見代わりと、越後屋印の湯呑みをおしつけるあたり(はっきりいってジャマ)が、鈴鹿紅葉。
「ま、いいんじゃないかな?」
 木製の安物を片手に、優夜、どうしよっかなぁ、と空にかざした。茶と青と、ふたつの色の対比がきれいだった。