十二年

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月23日〜08月28日

リプレイ公開日:2005年08月31日

●オープニング

 初めてあったとき俺は十一で、彼女は九つで、もちろん年齢のことだけど、ようするにどっちも子どもだった。子どもだからね、あまりたくさんのことは知らない。太陽にかさのかかるとまもなく雨になること、ぜったいに転覆しない笹舟のつくりかた、水切りするのにつごうのいい石はどこに落ちているか、そんなことだけよく知ってた。それだけ知ってりゃ大将だった。
 彼女は、スノゥは、かわいかったよむかしから。ってか、はじめの、俺の知ってるかぎりのいちばんはじめっから。だから、よく、いじめられてた。かわいかったからいじめるってゆうか、もう、そんなんじゃなくって、あいつらめだてばそれが理由になるとおもってんだから。それに、今もそうだけど、そのころつったらもっとエルフってめずらしかったろ? あいつらにとっちゃ、ちょっと毛並みの変わった捨て犬みたいなもんだったんじゃないかな、スノゥは。
 俺? そんなやつらの仲間にはならない。俺はスノゥを守りたい。守るってどういうことだかよく知らないけれど、それに、俺、そう強いほうでもなかったし。逃げ足だけは村一番はやかったけどね。
 とにかく、俺はスノゥを守りたかった。実行にもうつしたよ。スノゥがいじめられてるとこみっけたらさ、横からひっさらって逃げる、彼女の手をにぎってどんどん遠くへはしる。ほら、ほんと、俺、そういうのだけは得意だったから。あいつら、おあずけくらった犬みたいにきゃんきゃん鳴いてた。ざまぁみろ、岩でもかじってろってんだ。
 スノゥはうれしそうだった。スノゥがうれしいと俺もうれしいから、うん、踊りだしたいくらいすっごい気持ちがすきっとするの。スノゥはありがとうって云ってくれたけど、俺のほうが、そう頭さげたっていい。
「そうちゃんのおよめさんになってもいい?」
 って、スノゥは云うんだよ。そりゃ幼心の無垢と無知がそう云わせたっていったらおしまいだけど、スノゥはぜんぜん本気だったし、俺だってもちろん真剣で、俺は大きくなったらぜったいにスノゥを嫁にしてやろうと思ってた。そしたら、ずっといっしょにいられる。で、一生大事にする。きっと、いまより、たしかに彼女を幸せにできる。
 そう、信じていたんだけどね。

 けれど、十二年。
 あれから、はや、十二年。歳月のたつのは、どんな韋駄天よりはやい。流れる星を追いこして明日はやって来る。
 知らなかったんだよ、時間の限界を。種族の特性を。子どもだったから。

 俺は二十三で‥‥彼女は十三、になった。
 まだ、十三。たったの、十三歳。

 俺だけがおとなになってしまった。先に。彼女をおきざりにして、こっちへ、来た。
 俺ははやくおとなになりたかった。
 おとなになれば、なんでもできる、と思っていたのに。

 ※

 婚姻の真似事のてつだいをしてほしい、という依頼。
 安心してほしい、結婚詐欺の片棒をかつげ、というわけじゃないから。依頼人の草弥は、今度、仕事の都合で江戸にうつるのだそうだ。だから、そのまえに、たいせつな幼なじみに最後の贈り物をしたい。それが昔約束した、結婚ごっこというわけだ。
 なぜ、ほんとうの縁組みをしないのかっていえば、
「‥‥しかたないですよ。あいつ、まだまだ子どもですし。父親と母親が必要な年頃だから。引き離すわけにもいかんでしょう」
 草弥は二十三、草弥がうそっこの結婚をしたいという相手、スノゥは十三。‥‥このずれは、草弥が人間、スノゥがエルフだったことにより発生した。指切りをかわした当時、ふたりはだいたいおなじくらいの年齢の幼年だった。しかし、エルフの成長は人間と比較すれば、極端におそく、均一に時間をくることはできない。草弥が結婚適齢期となっても、スノゥは社会的な道義からみて、成年の庇護を必要とする少女のままであった。ふたりの年齢差はあとになればなるほど、開いてゆく。彼がためらい、「ごっこあそび」でお茶をにごそうという理由はそこにある。
「難しいですよね、種族のちがいって」
 だから、せめて、はなればなれになるまえに、かたちだけでもいいから小さな誓いをまもろうと。

 けれど、それでいいのかな?

●今回の参加者

 ea0348 藤野 羽月(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1636 大神 総一郎(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2984 緋霞 深識(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4530 朱鷺宮 朱緋(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea5027 天鳥 都(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb0084 柳 花蓮(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2815 アマラ・ロスト(34歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

リラ・サファト(ea3900

●リプレイ本文

 異種族婚に対する禁忌は、ジャパンにおいても当然存在するが、それは非生産的な未来という前提においての制約だ。ジャパンの大多数の人々は、エルフと人間における「それ」がまた別の意味をもつことまでは承知していないだろう。
 すなわちハーフエルフの誕生――その本性を知らないものに咀嚼させること――‥‥。


「たいへんなんだろうねぇ」
 朱鷺宮朱緋(ea4530)に講説きかされながら、アマラ・ロスト(eb2815)、ひとくぎりごとにおとなしくうなずいていたが、ぼうっと、どことなく空心。朱緋はべつだん、アマラのなめしをとがめようとはしなかった。アマラは遠いところをみてるようで、朱緋はいっしょの方向に眺望くれてみると、糸蜻蛉、黄と青のつがい、視界をなめらかにわたる。
「たいへんでしょうね。ですが、弥勒様も『祝言ごっこ』のあいだは半跏思惟の瞳を瞑ってくださいましょう。善巧方便もときに、悪くないものです」
「う‥‥うん」
 浮かぶはずのない玉の汗、頬をすべった。ひとつも文節を消化できぬ、アマラ。がんばりましょうね、とか、天は自ら助くるものを助く(あ、それだと、ジーザス教)とか、いっているのだろう、と、強引に自分をなっとくさせる。
 それまで雲のようにただ沈黙していた天鳥都(ea5027)、アマラのあせりをかんじとって、ついほころぶ。ちっちゃい子が、いやアマラ二十九歳・実年齢では五十八、生まれながらに童顔・小型なだけども、そういう子(だから子じゃないって)がいじをはろうとしてる姿はあいらしい。が、笑いをとどろかせればアマラに失礼だとも思っていたから、横へ目をはしらせてみれば、
「夾竹桃」
 しげる緑のなかで紅がはじらう、八重の花、しべに露をふくんで白昼に咲く。

 着いた。ここが、スノゥの屋敷。


 草弥はごくふつうの男性だ。端座してむかいあい、藤野羽月(ea0348)はしごく冷ややかに彼を見透かす。べつに萎縮させようなどの旨意は秋毫ないが、連れ合いのリラ・サファト、それから大神総一郎(ea1636)、柳花蓮(eb0084)とともにかこんで四対一の図式のせいか、依頼人はへんにしゃちこばっている。
 だから、まずは事務的に。総一郎の、能舞をひとさし進呈したい、との申し出を、草弥はよろこんでうけいれた。囃子も地謡もなしの略儀だが、幽遠のひえさびは場にいろどりとおとないをあたえるだろう。
「‥‥話はまたべつになるが、」
 羽月の渺たるまなざし、つかのま、しめやかな波紋ひとつたち、あとはまた枝も鳴らさず凪いでいる。
「これは『依頼』ですから、お力になれるよう、私もできうるかぎりのことをもって務めよう。しかし、そのまえにはっきりさせておきたい。転居に関して、寸前まで報告するご意志がないないとは、ほんとうだろうか?」
 無言は肯定に対等である。
「――婚儀を執り行うとき、待っていてくれ、と、せめて貴方自身で告げることが出来ぬだろうか」
「私も同様のことを尋ねたい」
 総一郎、鳳笙がなげくよう、篳篥のうれうよう、淡い口調で、
「去り際の捨てぜりふとは、感心しないな。卑怯、姑息、汚名をおって江戸に行かれるのか?」
 じくじくと当惑に変容する、無言。
 そのあいだにも草弥の目がときどき泳いで花蓮を盗むのは、花蓮の風姿を気に掛けて休まらないからだろう。花蓮はエルフだ。そしてアマラとはまたことなる意味で、彼女の見かけも童女めいている。見受けるとおりならスノゥとおなじ十三歳(実際には見かけどおりじゃなく十六歳)の、水晶のような硬質の愁色にまぎれた影絵。
「‥‥それで本当に後悔されないのですか?」
 無意識にふるかぶりが、花蓮の銀髪を花のよう、輪っかに開く。
「‥‥私は私より短い人生を送るあなたに後悔してほしくないのです。結婚という形式でなくとも心を通わせることは可能でしょう。必要とあらば、私も口添えいたします‥‥」
 と、羽月の手の甲が、あたたかなものにおぼれてゆく感覚。たしかめるまでもない。リラの繊手が羽月のものにかさねられている。リラ、羽月のぬくもりを受けながらいうことに、
「肝心なときに子どもあつかいするのは、総一郎さんのおっしゃられるとおり卑怯です。なにがたいせつか、見失わないで」
 これまで。
 羽月はリラの手を離さないよう、しかし、すぅっと伸ばす背筋はぶらさずに、立ち上がる。結論を急かなければならないわけではない。これ以上は彼の領分、しかし非礼をあがなうことだけはしておこう。
「すまぬな、依頼人を責め立てるようなまねをして。しかしただ視界をふさいで、依頼を遂行するばかりが、冒険者ではないのだ」
「考えておきます」
 依頼人の返答は、ひどくそっけない、ふり、だ。



「僕の耳を見ればどういう種族かは想像出来るよね?」
「耳の半分の、エルフさん」
「そうそう。僕ってこんなだから、木の枝へひっかける心配もなくって‥‥ちーがーうーっ。もしかして、新手のハーフエルフ迫害っ?!」
 みょうに東洋じみたしぐさ、アマラ、右手と左手を勢いよくあわせて合わせてスノゥの両親をおがむ。ここで帰されちゃかなわない。都はくしゃり、と、アマラの頭を梳いてやる。
「からかわないであげてください。この子も真剣なのですから」
「あ、あのぅ。たぶん、僕、二十一歳の都さんより年嵩だとおもうんだけどなー」
 そして、ちょっと視点を変える。外景に。
 朱緋がしゃがんで相手するくらい、スノゥというのはゆきすぎた幼稚な向きがあった。それだけたいせつにいつくしまれてきたのだろうが、毒が薬ともなるように、烈日の言を投げやらなければいけないとき、今。
「スノゥ様は草弥様とのお姿の違いを不思議に思われたことは御座いませんか?」
「あるよ。シュゾクが違うからしかたがないって、お母さんが云ってたけど、シュゾクってなぁに」
「水の流れが瀬により、ことなるようなものでございます」
 湖沼に浮かべられた笹舟はその場でくるくるまわっているだけだが、河川に流されたものはまたたくまに、人の駆け足すら抜かし、先んじる。低いところから高いところに、水は流れない。だからあいだはひらくばかり。
「草弥様と年の差は縮まらぬこと、ご理解できますか?」
 うちでのこづちは、みつからない。御伽噺を信じたいかもしれないスノゥにとっては、ひじょうに難問だ。きょとんとかたまったスノゥの、髪に付いた枯れ葉を、朱緋は手を伸ばしてのぞく。
「では、宿題にしましょうか。『その日』までスノゥ様なりにおかんがえくださいませ」
「終わったよー」
 家から出たアマラと都、スノゥの両親との交渉はつつがなく大団円、彼らもまがいの式に出席することになった。考えることにむだはありませんわ、と、スノゥに耳打ちしてから、都、また目をうつして、
「娘の子というのは案外しっかりしているものですよ。ねぇ、アマラさん?」
「すなおにうなずけないのは、なんでだろ‥‥。あ、スノゥたん(たん?)、僕とかくれんぼしよーっ」
 前半の疑問の回答は、けだし後半の声明のなかにあるにちがいない。が、付きが回らないというのはわりに果報で、アマラはおおげさに憂うことなく、スノゥとむじゃきなおっかけっこをはじめるのだ。


 さて、ここまでにあらわれなかった二人、というか一名、は、
「俺は今、まっかな宇宙を手にしている‥‥」
 やばかった。
 気息奄々あおむけ大の字で、こういうことを本気で云いだす男は、そこらの鬼よりよっぽどたちのわるい。しかし伊能惣右衛門(eb1865)は常の磊磊そのままで、緋霞深識(ea2984)(←危険な男)のだまをうかべる額を空布巾でぬぐってやる。
「おつかれさまでしたじゃ。どうです具合は?」
「うん‥‥あっち」
「ほほぅ。よくここまでしあげましたなぁ」
「そりゃもう。つうかね。徹夜続きで喰うものもとらず、ひとりぼっちで作業してると、職にあぶれて女房にも逃げられた百日鬘の‥‥気分‥‥」
 なぜ自分の台詞に傷ついている、深識。惣右衛門はぱちぱちっと大きく目をしばたかせた。
「しかし‥‥」
「なに?」
「これだけのもの。当日どうやって運ぶのです?」
「惣右衛門さん。深識、一生のおねがいっ」
 深識、人格が変体するほどの憂き目をみているようだ。


 送秋の異名をもつ虫たちの時雨がやかましい。よく晴れた日だ。
 したくはすっかり整っていた。場所は京からそれほど遠くはない、淡水区域。一昨日から、羽月がそろそろ朱を散らした綿の花を生けて季節を演じ、水の志士の都は「失礼しますね」と石木に目礼をかけてそれを凍結の入れ物に閉じ、陰陽師の花蓮は経巻のたすけで飲み物やらを冷やし、アマラは花蓮に付き添って「これ、なんての?」と料理の名をいちいちたしかめ、深識は馬もいやがる大荷物をなんとか運び終えて、そのあと現場の石をのけようとしたら、まっさきにそこに倒れたのは自分自身でまぁ平らで怪我もなし、めでたし・めでたし、オチた。
 ちっちゃい花嫁さんと、おっきな花婿さん。雛人形みたいになかよく、雛人形みたいに硬い顔。
「あまり緊張なさらないでください。こちらもこれで忙しい身で、紙のような顔色をされては、冠婚葬祭、どちらをしにきたのだか合点がゆかなくなってしまいます」
 進行――というのもなにかおかしいが、ともかく今日という日の先頭に立つ――惣右衛門のたわいもない軽口、それに沸かされた人々の抱腹で、はじまりになる。
 冒険者たちはあまり儀式ばらない祝言をすすめることにした。形骸化はおそるべきこと。といっても最低限の作法をふまえてこそ精神の充実はなされるものだから――と、これは、惣右衛門の弁。
 もちろん、こだわるところはこだわっておく。女性とはいくつだろうと、身だしなみを最高にしておきたいものだ。朱緋は一年に一度袖をとおすかとおさないかの、おとっときの晴れ着の着付けをたすけながら、スノゥに語りかけた。
「宿題はおすみですか?」
 すなおに首肯する、スノゥ。髪結いをてつだっていた都は、朱緋から簪をうけとって、羽月の助言の花を添える。
「それでは、ご褒美です」
 羽月のえらんだのは、朱緋も好きな沢桔梗、あまり髪飾りにそぐわないそれを手利きに糸でつないで止める。
「きっと草弥様もびっくりなさいますよ」
 そして、現在、草弥はまぶしいものでも見るようにスノゥを見ている。惣右衛門のとりなす三三九度もぎこちなく、あと一息でむせる。
「花婿殿にいたっては、気もそぞろでならないようですな‥‥。それではひとつ、愚僧の説法でも」
 つくったいかめしさで、咳払い、からっと、
「『二世(にせ)の契りを結ぶ」という言葉を御存知ですかな? 祝言即ち夫婦の契りとは、現世のみでなく輪廻の後の来世にまで繋がる縁(えにし)を結ぶこと。現世で別れ別れになったとていずれ廻り会い‥‥その時には真似事でなき祝言を挙げらるるよう、御仏が取り計らって下さいましょうて。‥‥退屈させましたかな? 今度こそは本当のお楽しみが待っております。総一郎殿」
 隠れたところから、真っ赤な髪の、人型の獣。海の魚が空をみるように。
 都の笛、鏑矢に変じ、乱のはじまりをつげる。『猩々乱』。酒好きの獣が、人のよい酒売りを祝った舞踏。
 深識が一生懸命ならしたとはいえ、野外のじぐざぐは、能楽師の専門外の領域だ。基礎の摺り足からしてままならない。その欠点は、動きの激しいこの演目でおぎなう。もっとも、だからこあおこれは、難易度も高く、体力をそがれるが‥‥。
「おみごと」
 まっさきに杯をかかげたのは羽月、寿ぐ思い出を酒といっしょに体にかけめぐらせて、その顔はあたたかい血の色に染まっている。総一郎は讃辞に浮かれることなく、朱い面をはずした。
「‥‥この場をもって、もう一度、草弥殿に申し上げたい」
 海から出てきた獣は、面のとれるのといっしょに海へ還った。すべてのわずらわしさ引き連れて、では、
「夫婦として向かいあってみるのもよいのではないかな」
 もう、笛も消えた。
 全部溶けてったような、沈黙。
「‥‥俺、スノゥに云わなきゃ」
「あのね、草ちゃん。あたし、ずっと、ほんとに、草ちゃんが」
 それをふたつの声で十字に断ち切ってる、すき、惣右衛門がとんとんと深識をこづく。
「深識殿、そろそろ」
「あー。んー? あ、そうそう」
 眠気覚ましの言い分で、いやふつう効果は逆、祝いの酒をちびちびとやっていた深識、ぐびりと最後にいっきにあおると、布をかぶせてあったそれ「ら」のもとへちかづいた。これが連チャン徹夜の理由。必死で、今日にまにあわせるため。けど、しあがったことはしあがったが、全部が全部おもいどおりだったわけでもなくって――‥‥。
「ええっとな‥‥。いや、俺だってほんとは本物の桐箪笥つくりたかったんだって。でも、でっかい木材は高いんだよ! 悔しいから、量で勝負した」
 そんな、深識の指さすところ。
 スノゥと草弥のかわした数ほど、シフールの集団がくさむらからこっちを見るように、おもちゃの桐箪笥がたくさん横列にならべられている。


 今回は、こうなった。草弥は待ってくれと云い、スノゥは待つ、と。
「異国との交流が盛んになるにつれ、増えていくのでしょうなぁ‥‥」
「僕は『思い出』にしとくのが、一番だとおもうけどね」
 惣右衛門の呟きに、ハーフエルフであるアマラ、ふぅっと濃い溜め息。半端者に見えるもの、見ざるをえないもの。それは彼女のなかにだけあることで、他人にむりやり分からせようとは思わない。そんな義理もないし。
 花蓮は、そんなアマラを羨ましいような哀しいような、かぎりなく境目のうすい気持ちでながめている。アマラにとっては過去で現在である問題は、花蓮にとっては可能性の問題だ。花蓮はいつのまにか、心のどこかをスノゥに共振させている。誠実に生きろ、と草弥につたえた。じゃあ、自分は? 自分は自分に誠実になれる?
 アマラ、くぃっと首をまわす。
「ま、いいや。それぞれの勝手だもの。さぁって、お仕事終わったことだし、お酒もらってもいい? 僕さぁ、狂化条件が飲酒だったりで」
「あげません」
「ハーフエルフ差別だー」
 羽月はにぎやかな打ち上げ(?)にくわわらず、さっそく用済みの花をかたずけている。客に分けたが、かなりあまってしまった。誰かに頼んで魔法で冷やしてもらえば、帰還するまで朽ちさせずにすむだろう。
「‥‥余所の祝言のあまりものが土産で、すまないが」
 しなやかな一本を片手でゆらしながら、夜明けの夢に置き忘れたやじろべぇのよう、羽月の贈る人は、ひとりだけだ。はやく京に帰りたい。そして、京の妻に顛末を報告してやろう。禁断、かもしれない。しかし、彼らは「想い」までは忘れようとしていない、それをなにより自分の口からおしえたい。
 まっかな宇宙。まっかな天体。夕さりの舞台が開いてゆく。