『斬る』〜新撰組五番隊【ひとくい】〜
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:09月02日〜09月07日
リプレイ公開日:2005年09月10日
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●オープニング
このごろ都ではやるもの――人斬りだ。
つい先日、神皇の御所車が黄泉人に襲撃されるという大事件があったばかりだが、それとこれとはまるでようすを異にする。こちらの下手人はまったくの人、人間、だ。拿捕された幾人かの人斬りの素性からも、それはあきらか。べつに驚愕にあたいする事情ではない。京がみだれて益を得るのは、黄泉人だけでないのだから。むろん、官憲による捜査も開始されているが、人斬りの数はいっこうにおさまらず、どころかねずみのように増すばかりで、おまけに手口にも標的にもさほどの同時性がみられないとなると、複数の背景の存在が濃厚となってくる。もてあましぎみになるのも、むりからぬところであった。
さて、この事件には、新撰組がおおいにかかわってくることになる。
ありていにいって、一連の黄泉人争乱における新撰組のあげた功績は、それほど大きなものでもない。個々人においてそれなりの戦果はあげられたかもしれぬが、肝心要の梅雨時、奈良の決戦において新撰組の所属する源徳軍はさまざまな事由により前線にでることをしなかった。そして、後日編成された大和追討軍の主柱は平織であり、源徳麾下の新撰組はやりにくいことこのうえない。まして近頃の新撰組は、内部不協のうわさまでささやかれはじめている。人斬りをどうにかすることで威信をあげようとするのは、おそらく必定のながれだったのだろう。
そして、また五番隊も――‥‥。
※
「だから、顔がひろい人がいいんですよ。人斬りがよろこんで、殺しに来るような」
新撰組五番隊の伍長、渡辺百合のおもだちは並みの並みだが、唯一、うしろにたらしたぞろりと長い頭髪だけは人目を引く。ゆるく波打つ髪を一筋も結うことなくのばしっぱなしにして、ちっともみっともないところがないというのは、それなりにすさまじいことだけれど、いちおう剣客ともあろうものが、しゃれっけを優先させて自らの戦闘力を落とすようなまねでいいものだろうか?
『私、弱いですし』
そういえば、この冒険者ギルドに入ってきたときも、似たようなことばを吐いていた。
『私、とってもかよわい女の子ですから』
ですから、
『私がきもちよく横着できるよう、虻蜂みたいに死ぬ寸前までせかせか働いてください』
――閑話休題。
「人斬りのとりやすい行動って、有名人の暗殺なんですよね。これは、ま、なんとなく理由は分かります。平民なら連続で十人殺してやっとの大事件ですけれど、名の売れた人ならもっとてっとりばやく都の地盤をゆるがせられるでしょう? だからほんとはうちの組長ぐらい囮にしたいところなんですけれど、あいにく、うちの組長、新撰組内部のごたごたのほうが興味あるみたいなもんで。詰所にこもりっきりです。それで、私におはちがまわってきたんですけれど、ちょっと悔しいものだから組長に」
大和追討軍ぐらい行って手柄のひとつふたつかせいでくればっていってやったら、人斬りつかまえるまで帰ってくるなって部屋をおいだされちゃいましたー。‥‥追加の台詞、相好崩して、堂々と。こういうやつなのだ。冒険者ギルド手代も、なんとか、云ってやった。それでは、あなたはどうなんです?
「私は凡々たる一隊士ですからねー。それに、荒事はあんまり好きじゃないです。髪、いたむから。だから代わりに、やっといてください。そのために来たんだから」
――あけすけ、といっていいのだろうか? 性格の補正はあきらめて、手代は今回の用件をまとめた。
「ええと、あらましはこんなところでよろしいでしょうか? 依頼内容は『人斬りの拘留』、現行犯で、できれば生かしたまま。具体的には、人斬りを挑発してあぶりだし、そのうえで捕縛してきてほしい。なお、新撰組五番隊からの依頼ではあるが、五番隊の加勢は期待できない」
「はぁい、おじょうずー。そんなものでおねがいします」
「どうして、そちらの隊士をつかわないのですか?」
「大和追討軍に兵を派遣して人手不足ですから、うちも。それに、私、こんなくだらないことのために、かわいい隊士をあぶないめにあわせたくないです」
こういうやつなのだ。そういうやつは、自慢の髪を指で梳きながら「あ、枝毛発見」などと呑気につぶやいている、そのあいだにも人が死ぬ。奈良でも京でも。
●リプレイ本文
強く深く刃で殺げば、人は血潮をこぼして死ぬだろう。だから人斬りはいけないのだ。
「黄泉人という脅威がせまっても、それでもまだ人の中で犯罪は絶えない。‥‥悲しいことだね」
「まことに。その功名心、黄泉人にむければよいものを」
寺田屋、青茶で一服(献立になかったような)。
ランティス・ニュートン(eb3272)、持ち込みの木製の西洋式茶碗めぐらすと、神哭月凛(eb1987)が急須をかたむけ、ランティスの無垢な正義感、すぐな公憤が萎れないよう、茶をそそぐ。‥‥ちと、熱い。ランティスは苦心して、茶をしまう。凛、花冷えするおもだち、ほのかにくちびる葉脈にひずませ、
「よろしければ、夜分はごいっしょさせていただけませんか?」
「もちろん、よろこんで。仲間を守れなきゃ、役立たずだもんな」
噂をまく。各々の意思のおもむくまま、不正への憤慨ぐらいを共通にして。が、依頼人である渡辺百合ときたら、呑気に爪梳し。七枷伏姫(eb0487)、なんだかな、とゆうか。五番隊は『いろいろな意味で』個性的だ、という、微妙な讃辞をすなおによろこんでいた彼女を、あつかいあぐねている。
――それより当面は、依頼、人斬り、だ。
「新撰組の名をつかわせていただきたいのでござるが」
どうぞ、と渡辺はかるい。もとより新撰組には人員拡充の外聞がたっている、それを故意に触れ回るのも興味深いと、おもしろがっている。新撰組、のひとことに、水神観月(eb1825)はしだれる髪にかくした耳朶を、ほんの少し、そばだてた。
「十一番隊発足の噂もございましたね。どうなのでしょう?」
「分かんない。近藤さんはそうしたいらしいけど、芹沢さんは別にお考えがあるみたいだし」
渡辺の口に戸はたたない。会話の端からいくらか内部事情を知れたらいいな、ぐらいに思っていた観月だが、この分では、より直截的な問いを投げても、機嫌をそこねることはないかもしれない。新撰組秘蔵の隠し湯なんか、どこかにないか訊いちゃいましょうか‥‥。たぶん、ない。
凛の心配したように人斬りの暗躍する時点は、夜間に多い。昼、もてあますほどはないけれど、てすきであるのも実際で、それがあかしに、アルブレイ・ハイアームズ(eb1525)はながながと口ずさむ、まじないがかった一部始終。
「人斬りは人を斬るから人斬り。なら人斬りが斬られると人斬られで、人斬りを斬ると人斬り斬り舞い。霧のなかで桐の箪笥を錐で伐る。うーん、日本語は果てしない」
「‥‥無窮なのは、どちらかといえば、アルブレイ様の包容力だとおもいます」
ムキュウの意味が分からないアルブレイは、ごく天然に、観月の云っていることをするりとながした。アルブレイ、眼帯でくくってない側の青い瞳、やわらかくたれて、渡辺にささやく。
「レディ。お暇なら京都巡りに付き合ってもらえませんか?」
「じゃ。小間物屋さんに、案内してもらおっかな」
どこかよい道場はないものか、と渡辺に尋ねたのは自分だ。来須玄之丞(eb1241)、顰めた眉に、噛んだ奥歯に、桃木の剣をつかんだ手に、苦々しい本音を夜明けのごとくあきらかにした。
「‥‥ここは、道場じゃあないだろう」
いや、道場ではある。ただ玄之丞の推定とずいぶん違っていたが――新撰組屯所の稽古場だ。やに熱心な推挙を信じてみればこんな次第。相手に不足はないのもたしかだが。
乱稽古の勝率は四割、負け越し。片側が入れ替わり立ち替わりなのにくらべて、玄之丞が身ひとつで受け続けていることを考慮に入れればわるくない数値だ。だが、
「負けは、負けだ」
模範試合ならば、それでもよかろう。しかし彼女は武芸者であるとともに、冒険者でもある。渡辺が手を回しただけあって、稽古場をしめる隊士のほとんどは五番隊がほとんどで、無言のわだかまりが屋内全体で冬の雷火のようにはじけてまたたくのを、眼球よりもくらい部分で見つめた。冒険者は生存を第一の誇りにこれぐらいを切り抜けられなければ、たとえば業火の戦場、孤立させられても還ってこられまい。
十六人めの対手を表切上にしずめ、引き上げようとしたとき、彼はあらわれた。
五番隊組長――野口健司。
「私では御相手つとまりませんか?」
綾都紗雪(ea4687)が人斬りの被害者の面会を申請すると、渡辺がはじめて渋面をつくった。ちょっと難しいかも、と。顕職ともなれば、斬られたことを汚辱ととらえ、隠蔽したがるものも多い。紹介できないわけではないが、裏口から内々が関の山だろう。
「上様の横意地じゃろう。‥‥矜恃だけで実はならぬというに」
秀真傳(ea4128)、冷ややかに告発する。肯定もできず訂正もできず、紗雪、おぼろげに微笑んだ。
それで、事実、そのとおりだったのだから虫唾が走る。紗雪たち、追い返されることこそなかったものの、やるなら勝手にやってくれ、こちらは忙しいから――死者を捨て置く、功利の唯我論。
辞して、戻り路、
「‥‥イヤなものを見せてしまったかのぅ」
「傳様のせいではありませんわ」
それに、
「焼香も誦経もできましたから」
――とむらいはすませられましたから。
紗雪、行きのときとは全然ちがった、日向の、響き合う琴音のよう、盤石のある笑みをかたどる。つられて傳も頬をゆるめる。
なんにせよ、こちらからの資料集めは困難、ということだ。市井の噂をかつがつ拾ってゆくほうが、まだ確実性があがるだろう。
「どこも使えぬからのぅ‥‥」
傳、新撰組、というよりは渡辺にたずねていた。あるだけの情報をわたしてほしい、と。
「何も知らぬならば仕方ない。京都見廻組や検非違使の方へ尋ねるしかないのう?」
「‥‥うちの組長、よろこびますけど」
けつまづきかけた。
「あの人の座右の銘なんです。乱世こそ立身出世の機会あり、ってねー」
一理ある。が、文言の妥当をみとめるのと、正義の理非を問うのとは、まったく異なる問題である。
「それこそ、世の人斬りとおなじ理屈ではないか」
いちおう、情報は手に入れられたものの、おさまらない中身にくらくらする。それが専門の警察機構ですら、一貫性をみつけられていないのだから、しかたがないが。
「玄之丞様のお噂もひろめなければなりませんし」
紗雪の示唆、あぁ、それもあった。傳を空を見た。くさまくら夕風までだいぶん時間はありそうだ。
御代は私が、とアルブレイが申し出ると、骨角の笄をねだられた。覚悟してたよりは安い。それじゃ御駄賃、と、アルブレイに渡辺から給されたのは、新撰組御愛用の鉢金。アルブレイはひょうきんなしぐさでさっそく巻き付ける。
「似合いますか?」
「似合う、似合う」
似合わないとは思いませんが、似合ってどうするとは思います。
はたの観月、そろそろ付いていけなくなっている。アルブレイと渡辺を組み合わせると、いっけんお調子者なところが合うのか――しかし、両者どこまで本気だか――ごうごう賑やかしい。まさか騒音罪の廉で斬られたりはしませんよね――それじゃ死んでも死にきれない(死ぬ気ないけど)、せめて死に目に銘酒を一杯、と、観月違うほうに思考が走っていくのを、アルブレイはけげんにみやった。
「観月さんも欲しかったかい?」
「私は鼈甲のほうが‥‥なんでもありません」
「そうだね。歩き通しでつかれたよね。そろそろ甘いものでも舐めて一休みしようか」
――‥‥アルブレイが云いたいのはべっこうあめだろうか? それも違うのだけど反対する理由はありませんね、汗もかきましたし、と観月は考えた。観月のうしろを付いてゆくボーダーコリーが舌を出しながら、荒い息遣いをくりかえす。
店舗を品定めしていくうちに、辻占に模した凛と行きすがる。夏の残り火くすぶる明昼、銀髪を編み笠のなかへぐるりとまとめると、屋根瓦の反照にすらうちまけそうなほど繊細にみえる。秘色の瞳、いきなりの知り合いに話しかけられると、鞆音のようにさわりとゆらぐ。
「どう、様子は?」
「え、えぇ」
目を合わせにくい。
この京に人を斬った刀をもつものはいないか――サンワードが指導したのは『彼女』だった。渡辺百合。‥‥だからといって、彼女が人斬りであると即座に断定はできない。冒険者だって必要と許可があらば、なかろうと、人を斬るから。この洛陽は、日輪あまねく宝珠の都市でなく、禽獣の赤い目光る安達ヶ原とたいして変わらない。
ちなみに水館わらびがべつにパーストを行使して探ってくれようとしたのだが、これもあまりよろしくない結果に終わっている。
「い、いっしゅんすぎてなにがなんだか‥‥」
‥‥あらかじめ、目的をしぼっておかないと。
凛と別れ、渡辺らがはいった飯屋で、またまた偶然の再会がある。玄之丞が大盛りの白飯と御味御汁を、氾濫したようないきおいでかっこんでいる。しかしその人目を引くのはなにより、頬に朱い蒼い、斑紋だ。
「これか? やられた。一、二日もあれば引く」
「もしかして」
「‥‥いや、そうじゃあないんだ」
しくじったのは、事実だが。――‥‥あの場面で斬り下ろしたのは、まずかった。野口の体の小ささ、つまりあてにくさなら、威力より確実をたっとぶべきだった。
これで、自分のでなく知己の矜恃や面子をかけていたなら、玄之丞、なお勝敗にやっきになっていたかもしれない。けれど純粋な仕合だとわりきっていたから、最後の一口をかじりおえたときも、そこそこ楽しそうな雰囲気はあった。
「明日はどこ行こうかねぇ」
「新撰組は?」
「飽きた」
剣術三源流でもめぐろうかね。玄之丞は食後の煎茶をすする。
「体を動かすと、気持ちがいいね」
と云うと運動のあとのようだが、ランティスがほんとうにしていたのは、京の町をかけずる捜査だ。成果は‥‥一朝一夕であがるものでもない。六尺一寸の骨身を海辺の塔のようにどこまでもまっすぐにする、手首でころりと回る腕輪、土の鈴をふるような音がした。
一休みしようかな。ランティスがふたたび寺田屋にもどると、伏姫がどこか疲れたような雰囲気でいた。
「どしたの」
「見られているような気がするのでござるが」
殺気とは違う、もっと幼い興味かやっかみ的な悪意か。伏姫は申し出どおり、新撰組の名を十二分以上に利用していた。自分は近々その腕前を認められて新撰組の一員になる。最近人を斬って名を上げようとする輩が多いが、ここは一つ返り討ちにでもして入隊の手土産にでもしてやろうか。等々。
人斬りのなかには、偽志士くずれもいる(偽物にくずれもなにもないが)。そんな輩には伏姫の大言壮語はさぞ、鼻についただろう。ただ伏姫が弱っているのは、洛中を歩き回ったからというより、なじめぬ手前味噌に精神さきばしってくたびれたから、という理由のほうが大きい。
「新撰組の名は偉大ということでござるか‥‥」
どんな感想いだいていいのか。ランティスは伏姫ながめながら、蜻蛉玉みたいな瞳、くるくるさせた。
「悔しいかも、な」
俺だってがんばったのに、目を付けられたのはそっちか。云うほどは悔恨なさそうに、おつかれ、と伏姫にむけて付け加える。
弓張りにはひとつふたつ足りない月は、子の刻には姿をかくす。観月のひろげた気象は、冷酷に、京をみおろしもしない。鷹神紫由莉の蒔いた種は不義のまぼろしをいだいて芽吹く。
五日の夜夜中。
遅くまで営業するある飲み屋を去った伏姫のあしどりは、稚児のようにあぶなっかしかった。広小路からは距離のある店で、彼女の陰影は、横からの大いなる暗がりにすぐさま呑まれる。
歩く。右。
歩く。左。
‥‥裂帛はなかった。ふりかえるのと、同時に来たる、すさまじい膂力。
少々、連絡網が密すぎた。色の白い伏姫はけして強靱にはみえない、が、仲間がいることを知ればそれなりの用意はしよう。が、
「拙者には同志がいるでござるよ!」
弱みは、強みだ。
折れる寸前までしなる木刀をかえし、息をひとのみして整わせると、脇にひそんだ紗雪の緊縛のまじないが透徹の籠に人斬りを入れる。そして蜂の飛ぶように、それぞれの場所からぱらぱらと姿をあらわす冒険者。アルブレイ、金属のつやつやする手で人斬りたたいて、
「女性を傷つけちゃだめってお父さんおじいさんに習わなかったんですかね」
「それ以上、動くでない」
縛の融けかけた人斬りのまえ立つ、傳は人斬りでなく空をみる。
「きれいな星空じゃ。やかましい天雷でみだしたくない。‥‥のぅ?」
「おぉ、どうもどうも」
けっきょく渡辺は一から十まで、アルブレイと京を散策するか、観月と整髪剤の当否を語り合うか、だった。白井蓮葉が五番隊に情報流したものそれは逆の意味で放置されて、捕り物ですらめんどうがった彼女は、冒険者たちの捕獲した人斬りをみて手を叩く。おそるおそる、紗雪は彼女をうかがった。
「新撰組に渡した後のこの方の命はどうなるのでしょうか‥‥?」
「こうします」
渡辺はアルブレイからちょうだいした笄を握り直す。と、やにわに、それを人斬りの指の爪にさしこんだ。冒険者たちが呆気にとられるなか、躊躇なくそれをねじる。
「私、非力ですから。これくらいしかできなくって。‥‥てめぇ、どこの諸侯にたのまれてやった」
しまいの台詞はもちろん紗雪にむけられたものではない。神経の集中する箇所の激痛に、人斬りはたえだえのあえぎのなか、訴えるように絶叫する。
「誰にたのまれたわけでもない。俺は志士だ。魔法は使えないが、俺こそが真に世相を憂いているんだ! そして吾らが『ひとくい』こそが」
「‥‥つまんねぇ。狂漢の戯言かよ。これはこれで使い方ありますけどねー。そいじゃあ、おつかれさまでした。もらってきます」
渡辺は「これ、縛りが甘いですよ」人斬りをひきずって、寺田屋を去る。まっしろな冒険者たちをあとにのこして。
「あ」
いいようのない唖然に、ぽん、と墨落としたのはランティス。
「握手してもらうの忘れた! なにかあったらまた呼んでくれって云いたかったのに」
「したいか?」
玄之丞、あんなことがあっても無邪気をつらぬくランティスに困り笑みをおくった。凛、いつもの静粛な表情をものがなしくさせる。
「笄をあんなことに使うのは感心しませんね」
時がたてばあれとて、よい骨董になるかもしれない。それに無駄な血をぬりつけるなんて。贈り物をした当人のアルブレイは、見たところ、わりに平気の平左だが。‥‥それよりは紗雪である。前触れなしの折檻が、よもや、自分の責任でもあるように紙のように色をなくした顔。
もちろん、そんなことはない。ただのきっかけだ。しかし紗雪の、やわらかいところに珠瑕はしらせたのもほんとう。傳、おそい怒りをふつふつとたぎらせてはみたが、
「さすがにアレには紫電はやれんしのぅ」
ただ、てのひらだけ、呪の刻印きどらせて。
と、
ぱっ、と青白い火花、遠い闇に点描をうがつ。