●リプレイ本文
●ここちよくも贅沢な逡巡
鈴鹿紅葉の内心。
七枷伏姫(eb0487)、
「各自で練った案からえらんでもらうのも、おもしろいとおもったのでござるよ」
と、雁皮紙に描きあげた図案をひろげる。たどたどしい筆致でえがかれた、肩と裾の八の字様のひろがりが特徴的な意匠は、それ故かえって、紅の濃淡がしみじみと水際たつ。
ほのぼのとあかつきが渓より顔をのぞかせるがごとく、ささやかな火種がやがて山をも越えて立ち上がるがごとく、内から外へ真紅は脈動する。
「西洋の大輪咲きの薔薇から題をとった」
「紅裾濃みたいで、いさましいな」
伏姫の滔々とした講釈さえぎるのは、しかし紅葉の無粋な一言で、紅裾濃というのは鎧の威(おどし)のひとつのこと「‥‥ドレスではなかったでござろうか」「あ、そう。そうだった」どうやら依頼人がいちばん依頼内容を理解していない。
結城冴(eb1838)、
「お菓子でもつまむみたいに、気楽に選んでくださいね」
彼のさしだしたのは、付け根まであらわな裾短、それとも、下裾をかるくさせるだいたんな切れ込み。
「これくらいのほうが動きやすいですよ」
みえる、みえない、くらいのほうが。とは、舌先だけのご内密。
冴の得意は別の見立てだ。陰陽師とは易断のみが能というわけでもなくって、暦の作成や天体観測、つまるところ時節の変遷に耳すますこともりっぱなおつとめのひとつなんである。
砂城のように転々する森羅万象を写すこと、それも彼らの重要な普請。
「着物の襲(かさね)に『紅葉』というのがあるでしょう。それを意識してみました」
と、紅・黄・緑のみっつあわせをさしだして、見本だからささやかだけれど、人一人分の大きさにしたてればさぞかし壮観だろうとおもわれた。
キルスティン・グランフォード(ea6114)、
「菓子といやぁ、嬢ちゃん『ふるぅつけいき』好きだったろ。持ってきたよ」
しっぽがあったら竜巻おこせるほど振りちぎってるだろう鈴鹿に、犬ころへ待てを教えるよう、片手ひろげて、
「でも、そのまえにこれを見てもらおうかな。描いてきたやつ。カクテルドレスってゆうんだけどね」
カクテルドレスは欧州では準礼装にもちいられるが、かといって格式ばらず、遊び甲斐がある。キルスティンの提示したのでは、袖無しの、両肩をあらわにした型、としるすと大胆なものにおもわれようが、本体が胸部いっぱいにたくしあげられているので、それほど卑俗さはかんじられない。ゆるめに交差した肩ひもで吊してあるのが、此度の要所だ。
「これならお菓子を食べすぎても、だいじょうぶだろう。‥‥あ」
‥‥ちょっと、泣いてる。ますます犬っぽくなってきたので、とりあえず持参の獣耳バンドあたまに載せておいた。
レベッカ・オルガノン(eb0451)、
「いいこと考えたー。みんなで鈴鹿さんちに行って、お茶のみながらケーキ食べようよ」
たしかにこのまま冒険者ギルドでわいのわいのやってても迷惑千万なだけだから、河岸をうつすのもよかろう。
エジプト出身のレベッカがもちだしてきたのは、現地では民族衣装のガラベーア、ざっくりとした、いわゆるワンピースは男女共通で着用される。
「こういうのもあるよ。イギリスだとエンジェルスリーブドレスってゆうんだって」
ガラベーアを欧風に仕立て直したそれ、着物のたもとにも似た袖のふくらみが、天使の双翼をおもわせる。『エンジェル』を知らない鈴鹿は、異国の使徒のありかたに感銘をうけるかと思いきや、
「西洋の烏天狗か」
‥‥だから依頼人が(略)。
御神楽澄華(ea6526)、
「よく知らないのですが」
まろやかにはにかみながら、以前舞台で姫君を演じたおりの衣裳を思い返しつつ、自由に、のんびり、紙に筆をはしらせた。そのときのは、一口にまとめると「ひらひら〜ふわふわ〜ほわわわ〜♪」(←まとまってない)なもの。それへ、ジャパンらしく反物のはぎれをつかったをあしらいを、胸や腰などに付けたす。絵画の技倆を周知にさらすのと(注釈いれると、けして下手なわけではない)、過去の大役の記憶があらためて胸をよぎったのとで、澄華の頬にはそっとつぼみの丹砂がまかれる。
「その時分は、僭越ながら、お姫さまをやらせていただきました。もったいない思い出です」
「それはさぞかし華麗だったろうな。‥‥で、どんなものだろう? 気分はよいものか? お城はどんなだったか?」
根掘り葉掘り、おぼえがきをとらんばかりに、質問をかぶせる鈴鹿。だから依頼(再略)
御厨雪乃(eb1529)、
「可憐さ、かわいさ、に着眼してみたんだべ」
ことばづかいにくらべて、鋭敏であるも不適な宣言。雪乃は紅唇、王侯のような畏れしらずにひずませる。
「力作だべ!」
雪乃ののは、他にくらべて、ぐっと大人っぽくひきしめてある。ほとんどの案が基底を紅でひきしめてあるに対し、赤みがかった薄香にしあげてあるのもおもしろい。なにより「どう魅せるか」といういくぶん挑発的な発想をもとに、かたちをしあげてあり、歩行時のことまで考慮に入れ、かさねた更紗でくらました脚部、しかしときどきの影絵はなまめしかろう。
「胸のほうはおとなしめにしといたんだが‥‥だいじょうぶべか?」
たぶん、ちょうど、よい。
藤野羽月(ea0348)とリラ・サファト(ea3900)、ふたりなかよく、
「フラメンコ‥‥というのだったか。イスパニアの舞踊は。あの衣服はなんというのだったろう?」
「たしかそのまま、フラメンコドレスでよかったはずです。マーメイドラインが主流ですね」
襟首から小膝にいたるまでを体にぴっちりと沿わせたものがマーメイド・イン、裾野のあたりのひろがりが人魚の尾ひれを連想させるのでそう名付けられた。
「ジャパンの方は肌をだすのが苦手のようですし、長袖がいいですね。頸まわりは華国式に、縦襟のほうがよろしいでしょうか」
いつもならばおっとりとうしろから付いてゆくリラが、めずらしく率先して、ことのは夢幻とともに、ざんざんとはぶりよく描き散らす。今日、見入る側にまわったのは羽月だ。ときおり註釈くわえるだけで、あとは小さい生き物を眺望するよう、リラの手を楽しげに動かす様子にとろめている。
ただ、最後に関しては、ふたり折り合いがつかなかった。
「私は白がいいと思う」
「そうですか?」
羽月さんがそうおっしゃるなら、と、リラ、了解したつもり、しかしとがらしたくちびるへ本音が些少に浸みている。
「私は赤が良いと思うんだけどなぁ‥‥」
路傍の石くれに同じくそれきりだったつぶやき、しかし、羽月はきちんと拾い上げていた。彼はリラへ向き直り、そういえば、となにげないこと触れる口ぶりで、話しかけた。
「リラさんは白無垢で来てくれたな」
「あ、は、はい。そうでした」
「おぼえている。よく似合っていた」
なんにも、かざっていない。過去を過去として短く述べただけの言葉。だのにそれだけで、リラの頬は、かぁっとそれこそ、果実のような真っ赤になる。羽月、瞳の怜悧な蒼色、水で溶いたよう、やさしくなる。
おーい。還ってこーい。
●けっきょく、こうなった↓
「ぜんぶ‥‥」
「ムリ」
時間も予算も、かぎりがある。じゃ、せめて皆の丹青だけでも、と、ふところへおさめてから、
「折衷案でよいか? 色は紅をおしてくれるものが多いようだから、そうしよう」
全体的にひだかざり(フリル)と面紗(ヴェール)を利用する意見がおおかったので、それらも融通する。生地は冴の都合してくれた草木染めをつかい、レベッカのたずさえてきたもろもろの材料(刺繍のローブ、ファーマフラー、羽根つき帽子)もつかわせていただく。さて、肝要は趣向だが。黄泉人対策についやすよりよっぽど苦悩してから、鈴鹿、一世一代の告白をするようにしかつめらしく顰めて、
「どれもこれも捨てがたいが。体格をあらわにするのはつつしみたいから、リラさんたちのものを参考にさせていただいていいだろうか?」
体格といえばねー。某秀吉さんのほうが、鈴鹿よりよっぽど細(←この情報は削除されました)。
――というような事柄を、ずっと獣耳しっぱなしでまじめくさる鈴鹿を、キルスティン、興味深げに見遣り、
「気に入ったのかい? そんなら、あげるけど」
「澄華殿から教えてもらったのだが、西洋のお姫様は王冠を頭にのっけるそうだ」
かぶりもの、ということぐらいは、共通してるが。
「私、ちゃんとティアラ持ってきたよ?」
「‥‥気に入ってるようだし、あのままにしておこうか」
おもしろそうだし。キルスティンの提案に、レベッカ「本人にまかせるのが、いちばんだよね」とあっさり引き下がる。
「ほだら、とりかかるべや」
雪乃、きりりとことば涼しく開始を告げて、だが、家政の腕前はそこそこ自負する程度はあれど、あれは汎用的なものだから。たとえば型紙といえば、立体縫製が主流の洋裁では布を切り取るための下地だが、和裁では型染め用の模様を彫りつけた紙をさすくらい、両者はかなりことなっている。
そういうとき、人は投げ出すか・おもしろがるかで、雪乃はといえば、新しい知識を得られることが玉手箱ひらく機会でもあるかのように、どきどきする性分なのだった。
「リラさん、洋服見せてもらえるべか? それで勉強させてもらうべ」
「はーい。‥‥人にお洋服をみていただくのって、すこしこそばゆいですね」
「よーし。じゃあ、私、ドレスにあうかわいい小物、しらべてきちゃおう」
洛陽は着倒れの都、数刻も歩きつめれば、入れ食いで、愛らしい小間物がたくさん釣り上がるだろう。鷹神紫由莉が案内してくれるというし、たのしみ倍増。たとえ所有の目的でなくても、女性にとって買い物とはいつでも心躍るもよおしで、特に宝飾品を愛するジプシーのレベッカは、頼まれてもいないのにその場でくるくる回ってみたり。
「占いしちゃおっかなぁ。吉方はどちらー、なんて。でも、紫由莉さんと反対の方角だったりしたらこまる」
「私もごいっしょしてよろしいですか?」
「うん! いっぱい買っちゃおう」
澄華もくわわった。
話はかわるが、レベッカのもってきた『どこでももみじ』、少しぐらいならともかく、おおきく裁断すると、やっぱりだめになってしまうらしい。
「残念」
「では、紅葉柄の端布でもえらびにいきませんか?」
「それいいねー。かわいいの、あるといいな」
と、かしましくでかける女性陣、の一部。
「羽月さん、お茶をありがとうございます。とてもおいしいです」
「そう云ってもらえるとうれしいが」
茶道をたしなむものにとって、素朴な感謝ほどありがたいものはない。冴の礼儀にこれもねんごろな礼儀で応じ、しかし、少々納得いかないものがある。自分は力仕事つとめているのに、どうして冴はのほほんとお茶を飲むだけなのか?
が、羽月、そういうところを追求する性格でもないのだった。それよりは縫い物にいそしむリラ、まちがって指を針で突かないか、に心砕くほうがより利のある行為におもえて、だまって引き下がる。それで冴は、作業風景を見張りながら、鈴鹿と、だけでなく伏姫もいる、三人でお茶を、という、かなりおいしい立場をのんびり味わうことができるのだった。
「楽しみにしていてくださいね。異国の乙女たちが、結婚式、にも着るような軽やかで心華やぐドレスですよ」
けっこんしき、のあたり、珍妙な強調が付加されている。それに、フラメンコドレスはふつう結婚式はないと思うが、どうせ、鈴鹿そこまでわからない。
「ところで、結婚式といえば、紅葉殿はどのような男性がお好みでしょうか?」
「良人か‥‥。おちついて考えたことはないからよく分からぬが」
一拍おいての返答、彼女が志士だということを考慮すれば、自然というか、仰天というか、「神皇様」の一言。
神皇様 → 御年・十歳。
「‥‥そういうご趣味が」
「ち、ちがう。ことばのあやだ!」
糸からむように、語尾、もにょもにょと。神皇さまにめとってもらえば、お姫さまになれるから。
‥‥神皇と婚姻をあげても、なれるのは皇后などだ、と指摘しておくべきか、冴、当然しないほうを採る。
「結婚でござるか」
伏姫、己にあてはめてみようとしたが、うまく直観しない。知っているかぎりの男性をこもごも、定式にあてはめてみたが、だいいち己の高島田からして白日夢にすらえがけないのだ。しかたがないので、別の追想にふけってみるしばらく。
そういや、現在江戸へ出張中(なんか、ちがう)の虎長殿が、「西軍で活躍したものには鈴鹿を嫁に」云々発言していたが、鈴鹿は知ってるのだろうか?
昼と夜の追いまわしを数度ののち。
「嬢ちゃん、できたよ」
六日という日程をかんがえれば、ドレスは神速で完成した。「まだ仮縫いだけんどな」との雪乃の注も耳に入らず、キルスティンに声かけられたときから鈴鹿は人心地ない。おとなしくしてなきゃ針がさせないだろう、とキルスティンが獣耳ひっぱっても、なにやら足まわりおぼつかないでいる。
「でも、あれ」
「あれは、アレ、ですよね」
キルスティンと冴は意味深げにうなずきあった。前記したとおり、マーメイドラインは襟首から膝下まで、しょうしょうきつめの布で覆う。ということは、鈴鹿のはしゃぎっぷりと性格からして、変動予測というより、確定事項だ。
ころがった。
「おけがはありませんか?」
他人事とはおもえず、澄華、しゃがんで手を伸ばす。菩薩のごとき慈悲深い相貌で、
「さすがは黒虎部隊隊長さまですね。みごとな受け身です。あぁ、でも、穏形は苦手でしたでしょうか?」
たたみかける、
「たいせつなドレスです。仮縫いのうちに傷めては、なにもなりません。ご自愛なさってください、他人様のものになるお体なのですから」
あ。
云っちゃった。澄華、きっぱり云っちゃった。
澄華と鈴鹿、ひとしきり顔をみあわせる。そして生まれた、宇宙の片隅のようなおそろしい沈黙を、リラは天然なる祝言、まちがった、祝福にくるむのだった。
「幸せになってくださいね!」
「あぁ‥‥。ええと、拙者、江戸で現場に出くわしたでござる」
伏姫がつけくわえていうころには、鈴鹿、やっと現実を理解したらしい。赤、というより、青にちかい顔色で、いきなり起立し、それから疾走な失踪。どっかに出てった。
「待つべよーっ。今うごきすぎると、布がやぶれてしまうべーーっ」
と、それをあとから追いかけて雪乃、針子の矜恃、ごりっぱ。
そのあと、江戸からのシフール便「とくに鈴鹿を嫁にほしいという冒険者はいなかった」という報がもたらされ、喜んでいいやら、悲しんでいいやら。
「あぁ、はいはい。また『ふるぅつけいき』作ってあげるから、泣かない、泣かない。ドレスはちゃんとできあがったんだろ?」
ところで、鈴鹿んち、今でもみんなの絵図でいっぱいに飾ってあるそうだ。