【シ】 私
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:3〜7lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月12日〜10月17日
リプレイ公開日:2005年10月21日
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●オープニング
帰ろう。
帰ろう。
帰ろう。
体は重い。頭は痛い。人々は敵で、位置は険、空は灰色、明日は闇。
それでも私はあのなつかしい賤家へ、離れてひさしい故郷へ、きっとたどりついてみせよう。だって空耳がちかづく。帰りなさい、と、ささやく。漸進する侵入。交叉した苦悩と恕免。忘却という保存。宿怨がしはらった釣り銭は、運命をすりあわせる小刀によく似て、雨雲のごとく、にぶいしろがねにきらめいた。
私の四方が、けぶっている。
帰ろう。
※
捕り物、だそうだ。
ある反物屋の主人が殺害された。すでに下手人は判明している。そこの奥向きの用事にたずさわっていた、ひとりの少女。
「殺された主人ってのも、畳の上じゃ死ねないって評判だった、かなりのしわんぼうだったらしいからな。そうとう、むごいめにあわされてたってはなしだけど」
ついに逆上して刃物をとりだした。しかし動機や端緒はこの際、過去のことだ。
‥‥少々、おかしなことがあった。その女中は殺害後、すぐにその場を逃げ出し、返り血で真っ赤になって京の通りをさまよっているところを、見廻組だったかなんだったか、とにかく役人に発見された
「べつに、その子――あぁまだ十四歳の娘さんだが――特に武道を修学していたわけじゃないはずなんだよな。いったろ、主人はしわんぼうだったって。その下で、毎日のごはんさえまともに食べさせてもらえない年頃のおんなのこが、ろくな習い事させてもらっていたとはおもえないしな」
だのに、彼女は自分を捕らえようとした数人の捕縛のものをふりきり、遁走に成功したというのだ。
かといって、乱波のように身をかくす技術にたけていない彼女のその後の目撃談を収集することは、容易だった。場所のことなるいくつかの証言により、彼女のたどろうとしている道筋は推量される。
「どうやら彼女は、実家にもどろうとしてるみたいだ、母親と父親と彼女の幼い弟数人とがそこにいるらしい‥‥実家のほうも貧しい暮らしでな。食い扶持をささえるため、奉公にだされてたってわけよ」
彼女の様子について、他にも報告がされている。犬を一匹随従させていたようなのだ。殺害の数日前から、迷い犬に餌付けしていたというはなしもあるので、それではないかといわれている。
「けどなぁ‥‥こんな状況で、ふつう、犬なんかといっしょに動くものかねぇ?」
彼女の実家のある村は、そう遠くない。徒歩に換算して、約二日。彼女の移動はかなりゆっくりとしたものらしいから、なるべくこちらはすみやかに行動をおこして、先回りし、捕縛してほしい、とのこと。
――彼女の名は、との質問にかえってきたのは、しのぶ、やいばのしたのこころの文字。
●リプレイ本文
「たんま」
と、云われてすぐに止まれるものなら、人生、なにごとも苦労しない。
とりわけ、乗馬はずぶの素人にちかい佐々宮鈴奈(ea5517)「わっ。ちょっと待っ」――他のものはすでに制止の帳尻合わせている。待てていないのは彼女の騎乗する馬だけで、うろおぼえの作法どおりに手綱をひいてはみたが、つらにくくも愛馬はぷいとそっぽをむき、欲しいがままの全力疾走いましばらく。
鈴奈が馬を止められたのは、二十間以上も先へ進んでからのことだ。かろうじて落馬をまぬがれただけでも上等、なのかしらん。
「うー。怖かったよー」
「だいじょうぶなん?」
鈴奈がもどるより、同僚が追いつくほうがはやかった。紅珊瑚(eb3448)、韋駄天の草履つっかけた両足すべらし、鈴奈のところへ、珊瑚だってそれほど馬あしらいが巧みなわけでもなかったが、彼女のおおぶりな(というのは、ジャイアントだからというだけでなくって、胸元とか二の腕とか、そんなとこ)肉体に圧されたのか、鈴奈の馬は諾々として珊瑚にしたがう。
鈴奈はなにか云いさしたが、「怪我なかったか? もう安心してええからな」珊瑚のたたみかけるような気遣いに、やたら多めの肌と肌との触れあいに、口をはさむ機会を永久にうしなった。
「なに? 急ぐんじゃなかったの?」
狩野柘榴(ea9460)は、疾走の術でほてった体をもてあましぎみ。立ち止まったはずだのに、機を織るような足踏みをやおらつづけている。大空北斗(ea8502)、こちらは堂に入った風体で鐙を蹴って、停止を発した倉梯葵(ea7125)へ小鳥のようにまんまるい瞳で問いかける。
「ちょっと、気になってな」
はらり、と、葵、自らの胸元から四枚折りをとりあげる。この界隈の地図、しかし。
測量技術の未熟な時代、地図は地物の関係をしめす役割が大きい。とりわけ田舎のほうともなると、ここいらが誰それさんの農地、などという情報が大半‥‥なんてざらだ。幾何的精度の低いこれにたよって初めてのところの近道まで知ろうというのは、少々、きつい。まして忍はもともとはここらの出身、地図のあずからぬ裏手にまわった可能性もある。
「‥‥途中で追いつくのは、くるしいかもしれんな」
「先回りしたほうがはやいでしょうね」
「わ!」
北斗が場違いにとんきょうな声をあげたのは、うしろから近づいた鷹神紫由莉(eb0524)がおとがいを北斗の肩にことわりもなくのっけたからである。紫由莉が、近い。たっぷりとはだけた肩付きやら、ふっくらと匂い立つ香やら、稜線をおもわせるくびれにふくらみ、そんなところが。
まるで猛獣に出くわしたかのごとく、怒濤に体を引きながら、北斗はつつしみぶかく襟ぐりを合わせた。
「い、いつのまに、こちらへいらっしゃったんですか!」
「たった今。みんな、鈴奈さんのお馬に目がいってたから、気づかなかっただけだよ」
紫由莉に代わって、アマラ・ロスト(eb2815)がへんににやけた表情で答える。知っててやらせたな、こいつ。ランティス・ニュートン(eb3272)の騎馬がしんがりからこれまた颯爽と追いついて、全員が集合した。
と、漏刻すすめるまえに状況を整理しておこう。冒険者たちはもちろん、追われる側の忍とおなじ方向に足をすすめている最中だ。しかし時間の偏倚がある――紫由莉やアマラやランティスがどうして遅れてきたかといえば、彼らは京で聞き込みをおこなってきたからだ。
「やっぱりただの犬じゃなかったみたい」
これまたアマラ、彼女は忍の抑留にたずさわったものたちに、話を聞いてきた。
「剣も槍もすかってばっかりで、牙のある柳をあいてにしてるみたいだったって。‥‥ふつうじゃないよね」
「忍さんのほうは、どうやら、ただ、守られていただけのようですね。あべこべに、忍さんのほうが犬についていった、というようなきざしすらあったそうです」
「邪魅って魔物がいるんだっけ、ジャパンには」
ランティスがやおら、変わった話題で掛け合いを断つ。知ってる、と、柘榴がこくりとうなずいた。
「このまえ、あいてにしたばかりなんだけど。似てるような気がする」
邪魅――けむくじゃらの犬に似たあいらしい外見からはどうして、美辞麗句を弄して人を冥府魔道へいざなう。北斗、ふぅん、と、いちずに聞き付けながら、少々気になることもある。
「あのぅ。邪魅って、人をあやつったりするのでしょうか?」
「‥‥どうだろう。弱い心につけこむのはたしかだけど、無理強いまではいかなかったと思う」
自信ないけど、とつけくわえて。邪魅と対面したのは一度きりだ、それですべてを把握したつもりになれば足下をすくわれる。ランティス、そうして誰かを失うのはもうごめんだ、と、常のはつらしたおもざしに、束の間、障子に落とした炎のごとくに、虚ろがゆらぐ。
「まだ見てもいないのに思いこんじゃうのも、あぶないしね」
と、柘榴。
でも俺、難しいこと考えすぎるの、きらい。少年を脱したばかりのてのひらで、前髪をかきあげる。赤毛が真昼の陽光すかせば、きらきらと、露こぼれるように一抹がむじゃきにはねあがった。
とにもかくにも、顔つきあわせてばかりいたってしかたがないのだった。忍を見つけ出すためにも、ふたたび、目を醒ますような追走をはじめよう、と思ったら。
「ねぇ。もう全速力だしていいんだよ?」
鈴奈の馬は路脇の若芽を摘むのに、夢中だった。
移動の途中のこと。
「人の恨みでもすする化けモンかと思ったら‥‥」
葵、人を堕落させる魔物と聞き、そんなものかと一時はおもった。
しかし、こうして風を切りながら流景に目をやつし、頭を冷やしてゆくと、どこかしっくりこない気もするのだ。
「じゃあ、何が目的で、とりついてんだ?」
沙汰はすでに流血を超えている。ほんとうに殺人が実行されていたなら、これ以上の「堕落」はないはずだのに。外道に渡世の義理があるとはおもえない、とうに忍を見捨てているか、もっとむごたらしいめに行き着いていたっておかしくはない。
「‥‥先走りすぎてもいかんな」
しかし、ころがした石は、どこまでも墜落する。葵、己のきびすに目を配った。紫由莉に借りた韋駄天の草履に、ちっぽけだけどもおそろしげな異形がまとわりついていたりなど、しない。
今にもぐしゃりとめりこみそうな、餓鬼によく似た骨ぎすの貧居。――の見えるところにつながる道はひとつきりで、そこも野の草すらよけて通るほど塩の気が多く、癒えぬ病、ひもじさややるせなさが真っ白に地を塗りたくっている。
がらんどうの土地。
「真っ赤よりはいいんだけどね」
心許なく、柘榴はつぶやく。‥‥血糊のおもざしはない。
家人に挨拶はしなかった。あとからでも遅くはなかろう。八人がかたまって潜伏できるような物陰はみあたらなかったので、どこから忍があらわれてもおかしくないように、と、目を散りばめて匿われる。
目の細かい砂でも撒いたように、からからに乾いた漏刻だった。
案の定、と、いおうか。忍――にまちがいなかろう、いくら田舎の小娘だからってふつうはもっと小綺麗にしている――は、道端へじかにつながる林落から、まろびつ姿をあらわす。立木につながれた冒険者たちの馬にいぶかる貌はしてみせたものの、かまういとまはないと判じたのか、足をひきずるようにして一軒家にむかう。
しかし、その歩み、実家からはよほど離れたところで、こごる。
「こんにちは」
アマラだ。
――やっぱり、僕、めだつな。話しかけながら、アマラはアマラを冷たく見下ろす瞳を外に用意する。銀の髪に茶の瞳、かすかに先のとがる耳朶を装飾で隠してはいたがそのふわふわ具合が、また、きっと、妙。京だって異人はすくないのだから、こんなところで下手な出方をすれば鬼だの妖だの呼ばわりされたってしかたがないか、と、アマラは他人の目線で現実を真下に見据える。
こういうときは、先に自分の定式へ持ち込んだもの勝ち。ハーフエルフのアマラはしたたかに、差別をのける術を身につけていた。
「ん? こんにちは、でいいんだよね。あれ、ごきげんよう、だったかな? ま、気にしなーい。お嬢ちゃん、どこ行くの?」
アマラを置いて道なりに進もうとする少女の、しかし、再び止まる。
どこからともなくあらわれて、瀬へ浮き草のながれつくように、一カ所にあつまる、少女の見知らぬ人々。冒険者たち。
「そんな汚れた体で帰っても、ご家族、びっくりさせるだけやん。そこの小川に浸かってからでも遅くないで、火ならこっちの兄ちゃんが貸してくれるはずやさかい」
「他人を親指でさすな」
まぁ、はなからそうするつもりだったが。もご、もご、と短く口ごもりながら、葵は夜色の瞳、うろをこじあけるぐらいに透徹させて忍を検見した。
珊瑚の云うように、垢や土やよく分からないものやできたなくしてはいたが、犯罪につながるような兆候はうかがえない。けれど、異常をきわめたものはかえって通常へ還元されたりもする。
そして、犬。
‥‥おかしな犬だ。これだけの他人に突如かこま哭れて、いきりたつも、おびえるも、しない。体毛にしずむ黒い瞳、爛々とさせる。小型の、愛玩そそられそうないでたちであるのに、うらざしでのど頚をなでられるような、心ざわつかせる不快しかおぼえられない。
どうやらおなじように犬へ目をとめていた紫由莉も、それから柘榴も、おなじ皮膚感覚にさいなまれているらしい。仏頂面が板に付いた葵、心と体がちょうどよく直結している柘榴はいいとして、紫由莉がわずかに眉を寄せると、不機嫌よりも悲愴にちかい顔つきになった。
「犬ちゃん。名前、なんてゆうの?」
「お口にあいますかしら。保存食ですけれど」
ふたりの言葉は、いっそ眠気をさそうほどにおだやかであったのに、反応、すくない。
犬は紫由莉の異国の水の色の瞳をうけて、ぬれた眼球をまわした。きゃん、と、どこか場違いな犬らしさで哭くと、忍はなりふりかまわず前方へかたぶく。おぼつかない手取りで腰回りあらためれば、まごうことなき掌大の刀刃が柄をやぶった。
「待ってください!」
北斗は魂の重さごとぶつけるようにして、ひそかに握っていた日本刀を、不殺の弧へよぎらせた。二束三文のこしらえだ、と、かんじたので、武具撃破の技のみでもって、忍の手元へ活人の剣を落とす。氷くだくようなあっけなさ、と、いっしょに、忍の小柄は星の群れへと散った。しかし、忍はとまらない。だから、北斗もとめられない。剣を投げて、忍のうしろから腕を回して、彼女を縫った。紫由莉が代わりに、呼びかける。
「行ってもつらくなるだけですわ。私たちといっしょに京へもどりましょう。役人には私から話を‥‥」
「放して! そうじゃないの!」
紫由莉に抱きつかれたとき(ちと、ことなる)とは真逆に、必死で彼女を抱きすくめようとする北斗。しかし、窮鼠が猫に噛みつくように、信じられないくらいの力強さにふりまわされそうになる。
忍がどなる。
「私は父さんと母さんを殺すために、こんな、なにもないところに戻ってきたんだ!」
――そらおそろしいほどの。
虚無、絶無、完全放棄、そんな沈黙がかりそめに地上をぬぐう。
「どうして私だけが、ひとりで苦しまなくちゃならなかったの! みんな殺して、私も死ぬんだ!」
「そうだ、殺せ!」
咆吼。
蟇をつぶしたような、げたげた、とみにくい嬌声のあいまに、この世の情けにも薄まらにどすぐろさが渦巻いている。
「おまえを捨てた母を、おまえを売った父を、姉がどんなつらいめにあっているかも知らず、ぬくぬくと親の庇護をむさぼっていた弟たちを、殺せ!」
歓喜である。祝福である。宣言上のこととはいえ、悪徳の栄えたことへの。
かたちだけ、犬、であるもの。悪鬼・邪魅。
「やっぱり!」
鈴奈は数珠をかまえる。三拍ほどの神への訴えのあと、鎖の呪、なる。邪魅は、うめいた。
同時に、桜色の影護のこる双剣を、ランティス、高らかにふりあげる。縛にがんじがらめの邪魅のわきに、さしこめば、手応え、たしかに。
「‥‥おまえたち、俺がその子を丸め込んで、主人を殺させたとおもっているだろう? 俺は教えてやっただけだ、次はなにをすればいいか。真にさばかねばいけないのは誰かってことを、だから、」
「黙れ」
ずる、り、と、飛沫にならぬ血。
一片の慈悲もあたえてやるつもりもなかった。いずれ地獄道をさまよいでた悪鬼のすずろごと。ランティスは、深く、強く、払う。あれだけさわいだ邪魅の最期は存外に静かで、木の葉一枚、寂々にたえかね、葉脈をそっとふるわせた。
「‥‥泣いていいんやで。おもいっきり、泣き。聞いといて欲しくないなら、耳ふさいだる。聞いて欲しいんなら、日暮れまで付き合ったるし」
彼女の動機を知ってもなお、珊瑚は態度を変えようとはしなかった。はじめに声をかけてやったことを、まったく手順を変えずに、いちいちきちんとおこなう。着替えまでついてゆくことは北斗にはできなかったから、じぃっと、見送る。
珊瑚のおおきなてのひらにしだかれて、まなじり、うすくぬらしていた少女。あとからいっしょに泣いてあげよう、と、思う。
けれど、もはや家へ帰す気にはなれなかった。
「‥‥聞こえたのか、なぁ」
柘榴はあばらやに目をやる。ひしゃげかけた建築は、しかし、娘が泣いてたときもわめいたときも、ちっとも動揺しなかった。
あの家には、きっと、家人の誰かがいたことだろう。娘が殺意をたずさえて帰ってきたこと、空耳にでもとどいたはず。まともな再会になるかは、むずかしい。
私だけ、と叫んだ少女は、邪魅の去った今でも、その主張をひるがえしてはいない。殺人の記憶も、彼女のうちにまざまざとある。
悲しいね。
ぜんぶがぜんぶ、悲しいよ。
大好きな天へあおむきながら、しかし、両手で顔をおおった柘榴に笑いかける天体はない。
「それが、あの、邪魅のくわだてか」
「ああ、もうっ。死んだあとまで憎々しい! ピュアリファイとかで、やっつけられちゃったらいいのに!」
葵、自嘲気味にそばの木肌のこぶしを投げて、アマラはもっとわかりやすく石をぶつける。家族の崩壊、あわよくば娘による剿滅まで。後者は阻止できたものの、前者のあいだの見えぬ罅が、彼らの足下まで延びたかのような、目のくらみ。
もっとも、彼らの受けた依頼はあくまで「忍の逮捕」だ。そこまで責をかんずる必要はないのだけど。
「でもね、私はきっと光があるって信じている。きっと‥‥きっと、いつか許されるよ」
役人とか役所じゃなくって。
きっと彼女がいちばんすがりたかった人たちに。
鈴奈は、ほほえんだ。秋の風よりはかなく、しかし、秋の実りより黄金にちかく、あぁもうすぐやって霜月が来る。彼らの今日も、やがては霜柱に閉じこめられ、そして冬をむかえるのだ。