『遮る』〜新撰組五番隊【ひとくい】〜

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月23日〜10月28日

リプレイ公開日:2005年10月31日

●オープニング

『新撰組一番隊とそれに協力した冒険者たちの勇猛果敢な活躍により、石舞台古墳に秘した黄泉大神をとうとう斃すことができました』
『おめでとう』
『さぁ、みんな凱歌をうたいあげましょう!』

 それはめでたい。ひじょうに、めでたい。
 けれど、絵物語なら、これでみんな末永く幸せに暮らしました、となるところが、そうは問屋が卸してくれないのが、この世、我らが生きぬく苦界。
 たとえば、大和追討軍を構成した大勢の平織派の兵士たち。彼らは長らく、大和から黄泉人たちを追い払うのに奔走し疲弊し摩耗してきた。ところが、京の人々の礼讃は、黄泉大神打倒の偉業を成し遂げた新撰組に集中したせいで、鳶に油揚げさらわれたよな立場におかれた平織兵は、平和をよろこぶきもちより源徳をそねむ悪心のほうがつのっていった。
(「某黒虎部隊隊長は、嬉々として怠業してたじゃないか」とか、「どっかの弓削さんが『酔狂』だの云ってた噂」とか、あっちのほうが特殊なんだから、このさい忘れろ)
 その源徳・新撰組の社中にしてから、あいにくとおだやかでない。
 民の好意や関心が新撰組へ寄せられるなか、新撰組のあらたな拡充策は、新隊の創設や新隊士の募集などの現行体制の伸張と決定された。ところがこれ、局長・近藤勇の推した案なのである。ないがしろにされることとなった、

 ところで、新撰組五番隊の組長の野口健司は芹沢派なわけだが。

 ※

「ちかごろ洛内で、黒虎部隊と新撰組とが小競り合いをおこす事件が、頻発している」
 ぶす、と、鈴鹿紅葉、それを口にするときはやたらに不機嫌。卓を食指で、とん、とん、とたたく、その調子がだんだんとせわしいものへとあがってゆく。
「‥‥こちらに非がないとは、云わぬよ。どうも大和の憂さ晴らしに、ちょっかいをだした不埒者もおるらしいからな。しかし、新撰組の強硬な態度も問題だ」
 よそんちの出来事とはいえ、京に一大勢力を張る新撰組の動向は、平織麾下の黒虎部隊にとっても関心浅からぬものがある。鈴鹿はわりに新撰組の内情にくわしかった。
「――‥‥黒虎部隊と衝突する新撰組隊士のほとんどが、芹沢派の息がかかったものだ。局長の芹沢鴨は、新撰組の人員を補強するより、新撰組そのものの権威をあげることをすすめていたからな。新撰組の主流はとれなくとも、自分らだけでやる分にはなんの問題もない、という次第だ」
 過程における、京都市内でのむりやりな捜査や牽制は、源徳への対抗心をくすぶらせていた平織のものたちをたきつけた。それによって引き起こされた、京の安寧をめざすものたち同士の不毛な衝突。
 黄泉の兵は去りつつあるというのに、世情不安は往時とおなじか、それとも明瞭な悪をみきわめられないだけ、性質はかえってひどくなっているかもしれない。
「さて、ここからが依頼の本題だ。身内の恥をさらしてなさけないが、黒虎部隊の隊員が三名、脱走した。彼らを発見し、保護してほしい」
 短気な隊員が新撰組による連日のいやがらせをとうとう腹に据えかね、実行を決意した。夜討ちをしかけようと思い立ち、制止される前に、と、黒虎部隊を出ていった。
 ‥‥で、そのいやがらせの主格というのが、五番隊なのだ。たしかにあそこの組長は、正面から暴力をしかけるより、ちくちくと背中から針でつつく性分だ。
「五番隊が、近々、大捕物をするという噂が、ちょうど私の耳にもとどいている。不逞浪士か偽志士か人斬りか忘れたが、潜伏箇所をみつけたらしい。出向きざまをくじいてやれ、と、思い立ったんだろうが」
 一息、吐き捨てるよう、
「いくら精鋭の黒虎部隊だろうと、たった三名でなにができる。斬り伏せられて、おしまい。運良く命拾いしたって、あとあとそれを口実に、難癖つけてくるだろうことは火を見るより明らかだ。そんな些末に、関わっていられる場合ではないというのに」
 そのとおり。
 鈴鹿つづけて曰く、
「つまり、五番隊が捕物をしようとする晩の彼らの夜討ちを、未然にふせいでほしいのだ。しかし、失敗や未遂程度ではだめだ。事件は何も起こらなかった、兆しすら発生しなかった、と、そんなふうにもっていってほしい。‥‥ほんとうは、京のどこかにひそんでいる黒虎部隊の隊員を事前に発見できればいいんだろうが、時間が足りぬ。ムリかもしれない。その場合は、五番隊にはりついていれば、きっと彼らはあらわれる」
 が、五番隊の性格からして、冒険者の同行はみとめないだろう。物陰から見張るしかない。

 あぁ、まったくどこもかしこも。どうしてすなおに、幸せになれないやつらばかりなんだろうね?

●今回の参加者

 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6433 榊 清芳(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9460 狩野 柘榴(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0451 レベッカ・オルガノン(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb1241 来須 玄之丞(38歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1963 蘇芳 正孝(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3272 ランティス・ニュートン(39歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb3448 紅 珊瑚(40歳・♀・武道家・ジャイアント・華仙教大国)

●サポート参加者

片桐 弥助(eb1516

●リプレイ本文

 どうも、新撰組に関する事項は寺田屋を開始とすることが、多い。
 御多分にもれず、今回もあいそうなりもうします。

 久方歳三(ea6381)は、鈴鹿紅葉からわたされた紙束を、浪人らしくさばけた襟刳りにつ、と、おしこむ。人捜しをたのむくらいだから、当然、人相絵は用意されていた。彼らの嗜好や性格などもいっしょにもたらされ(ちなみに、平織麾下の黒虎部隊は、志士中心で構成されている。いなくなった隊員というのも、むろん志士だ)気をよくした歳三は、みがいた鏡面のよう、ひたりと澄ました瞳を鈴鹿にかけて、真正面から。
「大船にのったつもりで安心してほしいでござるよ。辛い心中お察しするが、なにとぞお気を強く保って」
「つか、あんたが理性をたもてや」
 小気味よい威勢とともに、紅珊瑚(eb3448)のおとした盥が、歳三の頭頂部を直撃する。五、六羽の雛が、右回り。歳三、張り子のべこのように、雁首ぐらんぐらんさせながらそれでも末期に言い残すことには――立派に生きのこっちゃいるが。
「いや、女性の手が寒さで凍えてはいけないから、両手ですっぽりとくるんでやるよう、祖父のまた祖父からの教えで」
「まだ秋やっちゅうの」
 ――‥‥要するに、歳三、鈴鹿をなぐさめるだんにいきおいあまって、彼女の手をみずからの諸手でしっかり握りつつんでいたのだ。両手利きの使い方ってちゃうやろ、と、珊瑚にべもなく、でも状況によってはこの釈明はつかえるだろう、と、じっと手を見る。自分の。
「どうして、あんなにかっかしてんだろ」
「分かんなーい」
 ランティス・ニュートン(eb3272)、きょとんと。彼にはべつに歳三のやってることが、それほど害悪であるように思えないのだ。一時の茶飲み仲間のレベッカ・オルガノン(eb0451)にも案定をうかがってみたが、レベッカは大振りの湯飲みから緑茶(ランティスの会心の組み合わせらしい。「宇治の玉露にね、番茶をこころもちくわえて‥‥」正直ギョクロとバンチャの何が違うか、レベッカにはさっぱりだが、ランティスがやけに熱心に勧めるものだから、まずくはないのだろうな、と、思っておく)を一口あおり、ほろ苦さとそののちの舌へしみこむ甘さに、首ひねるばかり。
 すっかり空になった茶碗の底では、小さな気泡が突いて吐いて消えて。これが琥珀の色の飲み物ならば、恋占いでも試みるものを。
 エジプト娘らしくしばしみとれて、そのうちレベッカは「あ、そうだ」なにかを思いつき、「鈴鹿さーん」とすぐそこにいるのに、腕を根もとからふってよこす。
「その三人の持ち物ってなにかあるかな? うちのラクスが匂いで追跡してくれるよ!」
 ジャパンにはめずらしい房毛の犬が、レベッカの足許、皿から水をなめとっている。主人に呼ばれて、ラクスという名の犬は、わん!と一声勇んでみせた。
「それはいいが‥‥。洛内を追跡するのか?」
 三人を一匹で?
「‥‥ごめん。ちょっと自信がないかも」
「いや、こちらこそ云い方がきつくなった。詰め所まで来てくれれば、なにか用意はできると思うが」
「俺もつれてってもらっていい?」
 ランティス、ふたたび口を挟む。粉をまいたよなきらきらする快闊の笑みに、以前鈴鹿がわたした(押し付けた、ともいう)茶碗をかかげると、だいじな腕輪が手首でまわって、滝が山肌にくだけるよう、カランと涼しく鳴った。
「その詰め所に、噂のドレスってやつがあるのかな? 見てみたいな、よく似合っているという噂だから。俺もいつかそれに負けないような、すばらしいドレスを贈れるよう、精進するよ」
 その後、ランティスとレベッカ、二人の異国人の手を引きながら黒虎部隊詰め所へ爆走する鈴鹿という、講釈の附しがたい光景が目撃されたそうだが、さしあたってはそれだけのこと。

「俺の一両」
「‥‥」
「い・ち・りょ・お」
「やかましい」
 制裁発動。来須玄之丞(eb1241)のしこんだ拳固が、狩野柘榴(ea9460)の頬にくいこむ。一間ほども全身なぞえにずらしてから、柘榴はうずくまり、しくしくと悲痛な裏泣きを連鎖するのだった。
「俺はぜんぜん、おなかいっぱいになんかなってないのにっ。一食のお代が一両ってなにごと?!」
 たいていの巡り合わせにはおおらかでおおまかな柘榴が、そこまで拘泥するくらいだから、やはり一両というのは微塵でない。
 ‥‥柘榴、五番隊が捕り物をやらかすという店を、いちおう、役立つかもしれないから、と偵察してきたのだった。こうゆうときは正面から堂々と入ってゆくのが、実はいちばんあぶなげない。それで「僕はもう、とってもおとなです」みたいな顔をしてきて、見るものは見ました、と出てゆくときに、とりあげられた虎の子がきっかり一両。
 だから柘榴は十九歳というより九歳になって、自家の湿気で京都を冷え冷えさせるのです。
「きっとさぁ、神皇様のおやつだってもっとささやかだよ。ぼったくり反対。人斬りよりも物価をまもれーっ」
「わけのわからんこと云ってないで、静かにしな。清芳さんに迷惑がかかるだろうよ」
 その榊清芳(ea6433)は、背なを壁にあずけて、うつらうつらと心覚えるか覚えないところに名前ねじこまれて、はっとする。休めるときにはかたちばかりでも休んでおくのは、徹夜を覚悟するときの盤石。清芳はほのかに血汐さすまなじりを、手の甲でぐしりぐしりとこすりあげる。なんだか百年も雲に駕していたよな、心映え。
「‥‥だいじょうぶだ。かえって心配をかけたようで、すまぬ」
「謝る必要はないよ。騒ぐほうが悪いんだ」
「俺は騒いでるんじゃなく、大声で権利と自由を主張してるだけ!」
 それを噪音と世間では評するのだな、と、蘇芳正孝(eb1963)はこころしずかに考えるものの、暦数では年長あつかいの柘榴に面とむかって伝えられるわけはなく、居候三杯めにはそっと出し、なふうに(べつに誰にも扶持をたよっちゃいないのだが)、ようやっとの本題に。
「店の様子はどんな具合だったろうか」
 それで柘榴も、ようやく職務をよびさます。視線は伏せ気味に、けれどほんとうに考えている時刻は一よりすくなめの刹那。
「ふつう。お客さんはすくなかったけど」
「他には‥‥」
「あとは、いなくなった隊士の住処やお馴染みものぞいてきたけど、なんの気配もなかった。まぁ、お約束ってやつ? さすがにこれくらいは、誰でもしらべるところだし」
「では、狩野殿とおなじように、見回っているものはいなかっただろうか?」
 脱走した黒虎部隊の隊員が五番隊をねらっているというなら、その五番隊がねらっている人斬りについても情報をあつめようとするのではないか、と。
 しかし柘榴はゆるゆると、さも口惜しそうに、唇を波打たせてみせた。
「‥‥それは俺も、気をつけてはいたんだけど」
 しかし、今日は見つけられなくても明日は見つけられるかもしれないし。また明日、そのまた明日‥‥ではちょいと遅いが。
「がんばろな。次は新撰組を見てくるっ」
 どこまでも天衣無縫をつらぬく柘榴は、えいえいおー、と、朱槍かかげるがごとくに利き腕を突き上げて、だから正孝も明日こそは、と思う。明日こそはなんとかなるだろう、と、思われる。

 京をぐるり出歩いていたのは、柘榴だけにとどまらない。歳三も、珊瑚も、なぜか同じところにすだくのはきっとお釈迦様のご愛敬。
「もし。でかくてごつくて乙女な御仁を、どこかでお見かけしなかったでござろうか?」
「あんたの隣」
 歳三、町の人にすらりと答えられて、
「なぁ。そんな黒虎部隊、ほんま、おったか?」
「いや? 今尋ねたのは、わしの友人でござるよ」
 歳三、珊瑚に、ものっそ直になぐられる。

 ‥‥‥、

「けっきょく見つからなかったか」
 そして二十五日、臥待ちの夜ちかくになっても、三つの黒虎は猫の影ひとつなく。
 穏形は苦手なはずの彼らが、なぜかレベッカのサンワード、お日様のおしらべにもひっかからない。どうしてなのか、と、首をひねってはたとひらめく柘榴。ささやかな、悪い予感。おそるおそる、まるで開けたら目のつぶれる宝箱のぞくように、目元をぎゅっとしながら発言した。
「誰か、聞き込みのときに、口止めはたのんだ?」
「私はちゃんと、お金の取り立てだっていったよ。だって黒虎部隊って、ばれたらまずいんでしょ? でも、口止めまではしてなかったなぁ」
 ごめんね、と、手をあわせようとして、レベッカ、しかし他のものは彼女と目を合わせようともせず、急に腕輪をいじったり鏃の手入れをそわそわはじめたりしたのを見て、なんとなくいきさつを察した。
 ――‥‥つまり、人目の引きやすさではおそらく随一のレベッカがそれ故にはらった気苦労を、他のものはすこしばかりおざなりにしてしまい‥‥。
 ちぃっと、おおっぴらすぎたのだろう。
 あなたらしい人を探してる方が来ていましたよ。それはどんな? えぇ、これこれこんなかんじで‥‥。つまり、なにをやってもけっこうめだつ冒険者らのおとないは、そのまま黒虎部隊にながれていたかもしれず。向こうだってそれなりの注意を払える、というわけだ。
「この分じゃあ新撰組だって、あたしらのやってることに気づいてるかもしれないねぇ。いいじゃないか、悪いことしてるわけじゃなし」
 くつくつとふくむ、玄之丞。正孝は彼女を横目にながめて――悪いこと、か。
 どれをもって、悪と判ずればいいのだろう。正孝、十六つに足りないほうの人生でも、二律にとどまらぬ背反を種々みせつけられてきたけれど。黒虎部隊、新撰組、どちらも京の武家なる身分にとっては最高にちかしい出世街道。それがこんな児戯に等しい騒動おこして、門外漢とか無頼漢とか呼ばわりされる冒険者らに、迷惑をかける。
 ――‥‥すこしずつ、分からなくなってきた。
 誘惑を断ち迷走を斬り、ただ一心につとめることを最善だと信じてきたが、そうやって行きつくところが、これなのか。しかし、わずらいに長々とさく時間はなさそうである。
「しかたがない。五番隊にはりつくしかないだろう」
 清芳の用心、むだにならずにすんだのは、もしかしなくても悦ばしいことでなかった。
 月のない晩刻、気配も尽きるとはかぎらない。猫はなぁごと火花を打って、飛鼠は羽毛のない翼を闇へ溶かし、そして人は――人は夜そのものだ。見えるが見えない、見えないが見える。清芳はためしにふたたび、まぶたをひっぱりあげてみたが、夕さりの波間で京の人々は笑ったり泣いたりしているのはいつもどおりで、まるで幕切れを承知の木偶芝居に興じているようである。
 なぜかしら、唐突な庇護欲が、胸のうちで灼かれた。

 浅黄のだんだらが夜半を直通すれば、先導する赤い提灯の訳知り顔。地をむしる沓音をのぞいて、陣列はとても無口だった。ことばをもつことを禁じられた古代の人々のように。
 けぶる曲線が、それを横から光ってのぞいている。獲物をあたためる肉食獣のやさしさで。待っている。近づくときを。静寂をくだく寸前に、不正確にゆらぎながら、すこしずつふりあげられていって‥‥。
「あんさんら、何しとるん?」
 帯刀した黒虎部隊をまっさきに発見したのは夜目のきく歳三と清芳だったが、声をかけたのは珊瑚である。こんなときでさえ鬼面頬を付けっぱなしの彼ら、いちど見かけてしまえば、あとは見逃すこともなかった。聞き分けのない幼子をさとすように、珊瑚はゆっくりと語る。
「あかんなぁ‥‥。黒虎部隊の隊員はんともあろうお方が、隊長はんに迷惑かけたら。今やったら戒告ぐらいですむで。意趣返しなんてつまらんこと放って、うちといっしょに帰ろうや」
 まっすぐ帰るのがいややったら、付き合ってあげてもいいさかい。珊瑚は、くい、と親指で飲み屋のそろった明るい方角をさす。目に見えて、隊員たちはうろたえたようだ。三人はおたがい、めくばしを交わし合う。――了解、とはいかなかったようで、おだやかならざる思念が満ち、と、脱兎する。
 そばにかまえた歳三が、腕をのばす。
「待たれよ!」
 だが、もともと量より質の黒虎部隊。ひとりで相手するのは、荷がおもすぎる。歳三のいっしゅんつかんだ肩口は、鮎でもさわったように、つるりとすべらかされる。冒険者たちのいささか統制のとれていない包囲網は、三人とはいえ黒虎をかこむには、甘かった。――せめて、道筋の確認でもしておけば、沿った作戦でもたてられたろうに。
 壬生狼への接近をゆるす。
 終わりか、と、あきらめが支配しようとしたとき、ふたつの人群のあいだへすべりこむ影がひとつ。
 玄之丞だ。彼女はあごそびやかしながら、五番隊の先頭の野口へ、
「こいつらぁ、あたしのダチさ。ちょっと呑みすぎてね。わるふざけがすぎた」
「ほぅ。鬼面の友人とはめずらしい」
「だろ? これから河岸を代えて口直しに行くんだけど、交ざるかい?」
「‥‥けっこう。用事がありますので」
 野口は立ち去るそぶりをいっしゅん見せてから、
「おぼえておきますよ」
 玄之丞にすさまじい流し目をくれたあとに、吐き棄てられる。予定外の手間をとられて、ほんとうに急いでいたのだろう。かつかつと、切り口するどい拒絶をひるがえし、野口は消えた。触れなば落ちなん、といった世界に、玄之丞、はただ片眼をつぶってみただけだ。
「ん、ま、終わったな」
「終わったーっ」
「お酒ーーっ」
 レベッカがばんざいすると、柘榴もまねて手を挙げた。ことさらに酒類を主張してみせたのは、玄之丞のせりふをうけてのことだろうが、
「‥‥柘榴殿は、二十歳前ではなかったか?」
「いいって、いいって。お疲れ様会なんだから。いっそのこと正孝さんも」
「ダーメ。俺がお茶を煎れてあげるから、未成年組はそっち」
 ランティスは「あなたたちも」と、黒虎の三人へむきなおった。
「依頼は終わったけれどね、話し合いたいことがあるから、飲酒は御法度だよ。特に、武士道についてじっくり云いたいし、聴きたいことがある」
「あたしは弥助と話すことがあるから、先に行っときな」
 片桐弥助のほうへとしりぞく玄之丞をのぞき、けっきょくは全員が居酒屋へむかった。全員だ。ことは無事に済んだのに、ひとりも帰ろうといいだすものはいない。酒をたのしみにするのとはまったくことなる、険呑な空気が下のほうからただよってくる。
 終わったはずの依頼が、ふたたび、ひらきそうである。地獄の釜があくときとは、もしかすると、こんな具合なのかもしれない。

【おまけのその後の酒屋】
「いいか。討ち入って気を晴らすばかりが最良でなし。花が花として咲くように、その時々に人それぞれが出来るもの、与えられるものがある。下で支えるものがあってこその栄華で‥‥定価はものの売値‥‥」
「‥‥なんで、清芳さん、黒虎だけじゃなく俺たちまでしかってんの?」
「よ、酔ってるのかしら。もしかしなくても」