抄 〜息ふきかけて、光なくして〜

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月08日〜11月11日

リプレイ公開日:2005年11月16日

●オープニング

 新撰組五番隊伍長・渡辺百合はなにもしていない。
 なにかするには、おあしがそろわぬ。先日、冒険者から二十両ほどまきあげたばかりだが(あれはぼろい商売だった、と、ひとつ悪どくほくそえむ)、そんなものはとうに使い切った。椿の油も柘植の櫛もまかなうまえに、あまねく木っ端に、なくなった。
「暇だなぁ‥‥どうしようかなぁ‥‥」
 瀬をはやむあぶくのごとき一言ですら、なにも生み出さぬ。鼻緒のちぎれた草履とて、すげかえればまだまだ余命。しかし、糸の切れた彼女はそんなものよりもっと生産なくして、今日という日をまっとうしている。昨日もその昨日もおなじ、ぞろりの垂れ髪が、終末ちかい秋にすくわれて、ぱたぱたとざわめく。
「‥‥たまには、お参りにでも行こうかな」
 お手水をもって献花をしたくして、町娘らしく着飾って。
 人喰い地蔵へと、向かおうか。

 ※

 そしてまた、阿国という名のエルフの少女も、なにもしていない。
 もっともそれは、次になにかすることを決めあぐねての順次だ。飛び初めの小鳥とて、空へ舞いあがるまでには、しばしのはばたきを必要とする。彼女もあたらしい止まり木をもとめ、運命の分岐のはざまに、とまどっていた。
 そだちのよいらしい陰陽師の女性に、云われたことがわすれられない。
『いずれ阿国様は日本を代表とする踊り手になることでしょうからね。幸せはそう遠くないかもしれませんよ』
 とても、うれしかった。面とむかっての感謝を述べそこねた自分を、五、六回なぐりつけてしかってみたくらい。
 それが彼女の将来の希望であり、目標でもあったから。この踊りでたくさんの人々を魅せてみたい、と、なかなか不遜な野望である。折良くこの京都で、出雲のほうから来たという芸能の一座が、彼女の舞踊を気に入って誘ってくれている。まだジャパン語はほとんどしゃべれないけれど、母親といっしょならなんとかなるだろう、なんとかしてくれるだろう、と、どこか理不尽な自信、期待。
 しかし、べつの銀色の髪の遠物見に云われた一言も、彼女にとっては重要だった。
『純朴な村の人たちは彼女がハーフエルフであろうとも受け入れてくれるはず』
 村、とは、阿国がそれまで滞在していた村だ――今は母親の療養もあって、京都にいる。
 彼女の云うことがもっともだということも、阿国にはなんとなくだが分かる。新しいところで、新しいことをはじめて、ハーフエルフの母親に心労をかけさせるのは忍びない。しかし、あの村にとどまりつづけることは、彼女のもとめる躍進にはつながらない。
 ‥‥いったい、どっちの道をえらぶべきだろうか?

 ※

 千賀地保長、彼は「何もしていない」をしている。
 伊賀への出立はそろそろであるが、支度はすっかりすませたので、とりたててせせこましい事態にはならなかった。だから悠然と「なにもしない」にふけられるというわけだ。石のごとくに、山のごとくに、世界のゆらめきをはすにかまえてながめている。
 ――なぁに。もうすぐ誰も彼もが、追い立てられる。波はせいいっぱいにのびあがって、あるいは横へとさわがしくひろがって、ちっぽけすぎる大地をあまねくさらってゆく。蝶の鱗粉が中有に舞うように、なにもかもが溶けてゆくだろう。

 ※

 では、あなたはなにをする?

●今回の参加者

 ea0062 シャラ・ルーシャラ(13歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea0352 御影 涼(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2751 高槻 笙(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6967 香 辰沙(29歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea8502 大空 北斗(26歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1963 蘇芳 正孝(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

天螺月 律吏(ea0085)/ 里見 夏沙(ea2700)/ シアン・ブランシュ(ea8388)/ 佐紀野 緋緒(eb2245

●リプレイ本文

「こんにちはです」
「ごめんやす」
「失礼します」
 冒険者らの来訪を、阿国は童女らしいはにかみでむかえる。シアン・ブランシュのこしらえた栗のタルトは、いっそこそばゆいくらいの香ばしさ。香辰沙(ea6967)がそれを、佐紀野緋緒は寺田屋で売り出されている月餅(辰沙が以前、考案したもの)をさしだす。折ぎ盆にならべて、白湯でいただくことにした。
 わびしい仮寓。人も足りない。御母堂は、との、伊庭馨(eb1565)の質問には、ちょうど買い物に出かけたばかり、という返辞。
 けっこうなあいだをおいての再会だったせいか、一行の茶話は裏通りぬけるよりたどたどしく、おっつけ行き止まると、阿国は例の案件を冒険者らにつりこんだ。
「どうしてお母様やのうて、うちらにおっしゃいましたの?」
「‥‥なんでだろ」
 分かんない。都合のいい文言だ、それで打ち切らざるをえないのだから。辰沙はほほえんだ。よんどころない強がりへむけての、はなむけ――は、みじかい。顔つきを、いつになくかたくする。「阿国様、」と折った膝をすすめる。
「それは『遠慮』いいますんや。お母様に迷惑かけたない、思われるんは、優しいお気持ちやけどな。相談することまで遠慮したらあきまへんえ」
 引っ込み思案なところを多分にもつ辰沙が、説教節を云いとおす。えがたい事象だ。
 辰沙以外の面々がものめずらしげな興味で見遣ると、気付いた彼女の顔色が、暁のうつりかわり、おもむろに濃くなる。ぽっと出の発熱をてのひらで抑えながら、辰沙、つづける言葉はいくらかすぼまりぎみ。
「え、あ、あの。一度、きちんと向かいおうて、お母様と話しおうてみやす。おふたりを縛り付けとった枷はとれたゆうても、ふたりをつなげる結び付きまで消えたわけやあらへんのやさかい」
「‥‥あのですね、みてください」
 辰沙の説諭が終わったのを見計らい、シャラ・ルーシャラ(ea0062)は背負い袋から、琵琶によく似た楽器をとりだした。銀の糸をつまびくと、樹木が枝葉を乗乗でひろげてゆくをまねて、倍音がかろくすずろいだ。
 クレセントリュート、というそうで。
 調律ははじめてだったらしい。思いどおりのまろびやかさにシャラは相好をくずして、鶴首をただしくもつ。すると、シャラがリュートをかまえているというよりは、リュートにシャラが取り憑いているかんじになってしまった。
「シャラがおうたとおんがくかなでるので、それに合わせておどってもらってもいいですか?」
 ――ほんとうは、おかあさんにもみてもらいたかったんですけど。リュートのおさめ方に四苦八苦しながら、シャラ、ようやく細指を管絃にとどかせる。
「れんしゅうしましょう。おくにちゃんのおかあさんがかえってくるまでに、いっぱいがんばって、いいとこみせたいです」
 ぺん、と、もう一度、弦月をひびかせる。音楽は翼よりもたしかな飛行で、横へ、天に、どこまでものびあがるだろう。そして、音楽にほろびはおとずれない。消えるでなく、溶けるだけ。阿国はごく自然に立ち上がった。

 阿国の母は、まもなく帰宅する。
「おじゃましております」
 夢中になりすぎて賓の登場をきづかないふたりに代わって、馨が突然のおとないの無礼をわびた。と、先回りされたことも、同時に知る。彼女のたずさえる一丁、夕餉の食材か。
「湯豆腐屋さんに、お誘いしようと思っていたのですが」
 馴染みの店に誘おうと思っていたのだが、親子水入らずで食するのも、またいいものだろう。
 さすがにここへ至れば、シャラたちだって、真相を悟る。前触れもなしに見せておどろかせたかったものを、しかたなく、その場が急ごしらえの舞台装置になった。
 ――シャラの絃楽。
 ――阿国の舞踊。
 唐草を連想させる、からみもつれて寄り添う。見た目と聞く音と、感ずる肌と。馨は演奏の終了と同時に、ふぅっと頬をほころばせた。
 ずっと、これが、見たかった。
 汐さき、をとってしまって、申し訳ありませんね、と誰ともなしに心中つぶやき、阿国の母にはなしかける。
「もしかして、阿国さんがびっくりされることをおっしゃられるかもしれませんけど、それはべつにあなたを嫌ってのことではありません」
 目先を変えれば、阿国とシャラが、たった今の演目について、ああだこうだ、と語り合っている。職人気質なところがあったのか、ふたり、まだまだ納得してない風情。そうだ、これも。‥‥たくさんのものが見たい、これからも、ずっと。
「‥‥ふたりで、お決めになってください。陽の精霊が行く方をみちびいてくださいます」
 これで切り上げることにする。馨には他に行きたいところもあったので。そうそう、言い忘れたことがある、と、辰沙、阿国へむきなおって、
「今度は、きちんとジャパン語を使いましょうな」
 果たして辰沙は、黒たる僧侶なのである。

 ※

 大空北斗(ea8502)は酒色に病んだ人のように、よたよたと往還をたどる。
 ――‥‥僕にはいったいなにができるのでしょう。
 考えないようにしていても、具象をこそげおとした煩多の群衆は荒削りに耳をすすぐ。
 心をしずめよう、と、街へでたはいいが、目的地があるわけでなし。むしろ消えたかったのかもしれない。波の花のような、ああいうふうに誰にもふりむいてもらえないまま、なくなってしまいたかったのかもしれない。
 一歩を無明のまねくままに踏み、けれど、けじめをまたぐ寸前、
「落ちるぞ」
「‥‥あ、あ」
 すんでのところで鴨川に落ちるところを、鈴鹿紅葉がせきとめていた。引き上げられた北斗は渇いた喉をふりしぼり、
「あ、あの、お礼に、よければいっしょにお茶でも」
「申し訳ないが、寄らなければいけないところがあってな‥‥冒険者ギルドだが」
「そ、そうですね。おいそがしいですね、ごめんなさい」
 鈴鹿が冒険者ギルドにでかける用件といえばたいていはとるにたらぬ私事だが、そんなところまで気の回らぬ北斗は、前髪散らして平伏せんばかりにうつむく。
「悩んでいるのか?」
「‥‥いいえ。そんな資格すら、僕にはないんです」
「すまぬな、分かってやれなくて」
「い、いえ」
 なにか告げようとした北斗だけど、首をむちゃくちゃにふりまわしたとき、まなじりがぼんやりと熱くなっていることを知って、うしろをむく。‥‥ふいに、足が動く。
 泣いているのをみられたくなかった。衝動的な奔走だが、今度こそ行き先は決まっている。
 探そう。助けられなかった、人を。
 昔話であった。たあいない悪戯のせめぎで、穴のあいた甕で銀河を汲みつづけなければいけなくなった妖精。薄紙のような途を、ひた走った。


 ※

 人喰い地蔵へいたる路地より、一間てまえ。
「‥‥先日はお世話になりました」
「ご壮健の由にて、なにより」
 と、会話のうえならしごくのんびりだのに、断たれた弓弦のようなちぐはぐな逼迫感があるのは、御影涼(ea0352)と渡辺百合、濡れ手に粟の被害者と加害者の関係だからでしょうか。と、高槻笙(ea2751)は思う。もっともその笙とて、蚊帳の外をきどれる立場にはない。
 新撰組を象徴する浅黄の羽織をぬいだ渡辺は、ごく十人並みの娘だ。だから彼女を茶店へすすめるのに、涼はいっしゅん、いつもと変わらぬ日常の延長でそうしているかのような錯覚をおぼえる。が、ふと意識をたぐれば、寒気は穂先のごとくするどく身を切り、ときおり舞い込む木の葉が腰に佩く鞘にからむ。今日は昨日より冬にまぢかい。
 あつい甘茶で体をあたためながら、彼らは小さな会談をおこなった。
「例の彼がどうなったか、ご存じでしょうか?」
「死んだ。しかたない、いちど咎に関われば」
 涼にも笙にもべつの見解があったのだが、ここで諍いをはじめる気にもなれない。苦々しい沈黙を気に病むふうもなく、渡辺は訊かれたことを、吐きつづける。
「あ、『ひとくい』自体はなんとかなったんだけどね。あそこにいただけで全部ってわけでもなかったみたいだし、まだなにかあるかも」
「渡辺さんは野口さんにおとがめをうけなかったのですか?」
「しぼられましたよ、そりゃもうたっぷり」
 遊べたからかまわないんですけど、と、にんまり顔をゆがめて。その軍資金がどこから出たかとおもうと、なんだか目の前がくらくらしてくる。できあいのめまいをしのぎながら、涼は黒虎部隊と新撰組の確執――平織と源徳のすれちがい、といいかえてもよい――について思惑をたずねると、意外ともいえることのは。
「‥‥人殺しは嫌いです」
「では、打倒平織には反対と?」
「どっちでもいいや。野口についちゃ、あれ、たんに芹沢さんのいうことだからってめくらめっぽうやってるだけです。平山さんほどしゃんとした信念があれば格好がつくんですけどね」
 ちなみに、「芹沢」は新撰組局長の芹沢鴨で、「平山」は四番隊組長の平山五郎をさす。
 涼が野口への面会の仲介を依願すると、渡辺は櫛をわたした。割り符代わりにつかえ、と。そしてお開きにしようとして、なにかの拍子で笙がこれから馨とともに「人喰い地蔵」の調査行きをもらすと、渡辺は顔をあげる。
「図書寮なんて埃っぽいところ、行く必要ないって。私に訊けばいいのに」
「では、お伺いいたしますが」
 笙は思い切った。かねてからの懸念、それは疑惑というにもいやしい、微少の。
「人喰い地蔵とは、『崇徳上皇』を祀ったものなのではありませんか?」
「御明察。『すとくいん』がちぢまって『ひとくい』になったわけ」

 ※

「そのような謂われがございましたか」
 秋の種はとうに立ち枯れて、手向ける花の束は濡鷺に真薊、鶏頭がゆれる、むずかる赤子に似る。伊能惣右衛門(eb1865)、それをとうの「人喰い地蔵」にもたらせた。
 笙に打ち明けられたのとおなじ口外を、渡辺は人喰い地蔵をおとなった惣右衛門たちにも、のこす。本人は「あんまり好きじゃない」とよく分からない言い訳を口にして、さっさと辞去したけれど。
「わたくしはてっきり、地蔵尊の慈悲にひかれてお出でになったのかと」
「そういうのは信じられないです。でも、来なきゃいけない義務ってものがあるから」
 が、惣右衛門と蘇芳正孝(eb1963)は、めだった動機もなくその場に残った。
 どうりで周辺の住民をたずねても、すべての返答が茫としていたわけだ。雪原におとした羽毛をたずねるようなもので、時代が古すぎる。それでも土地と人々が密接に結びつく農村などなら伝承は色濃く伝えられようが、枢都の京は、激流とまではいかねど人の出入りはそこそこはげしい。正孝と手分けしての実地見分は、むなしい因果をむかえていた。
「来し方の上皇さまでございましたな」
 正孝の記憶にはなかったが、崇徳院、とまで聴かされれば、惣右衛門、さすがに心当たりはある。皇藩体制の時世に、政争に翻弄されたひとりの上皇。彼は死後に怨霊となり、わざわいをなした‥‥と、つたえられるが、それが真実であるかの証明はされていない。惣右衛門の知るのはこれまで、正孝は惣右衛門の口上を一字も逃すまい、と、全身全霊で耳をそばだてる。
 ――‥‥短い話が結末をむかえたとき、過去の偉人がちっぽけな石像に収斂される、それが歴史だと知り、正孝は、はぁ、と溜息をしぼった。
「これであの夜叉の言質も、理解できる」
 悪魔は怨霊に転じえないのだから。たしかに、それは人の領域。
「『これ』に怨霊が封じられているというのか?」
「それにしては、あまりに気安い。封印というのはもっと、しっかりしたものを想像しておりましたが」
 注連縄も狛犬もないのだから、神域としても、中途半端だ。
 彼らはなんとなく、申し合わせたように共振したしぐさで、目を上げる。‥‥実入りのすくない聞き込みだったが、なにも知れなかったわけでもない。もっとも多く聴かされたのは、地蔵よりもこの老木――神木に関してだった。傷つければ祟りがある、と、ありふれた言い伝えだ。ただし、その祟りの内容はまちまちだ。親の死に目にあえない、子をなくす、火と水の災難にあう‥‥。
 つまるところ、誰もほんとうにはその祟りに遭遇しておらず、古色蒼然の口伝だけが生き残っている、というのが、結論らしい。
「身のうちに封じ込め祀らるる品はままありまするが‥‥」
 祟りへの誘導を実行にうつす、という、手も考えた。しかし、なぜだか、そういうことさらな非情をもちだす気になれない。優しい樹だ。常緑を縫う木漏れ日を、なにひとつ隔てることなく、まばらな模様で地上に分ける。
 木の下闇ということばがある。
 悪鬼のつけいる闇こそが「ひとくい」なのかもしれぬ、とも、かんがえた正孝にとって、それとこれとはおなじものに思えない。
 正孝はずいぶん考えたすえに九寸五分をかたづけて、来たときとおなじく惣右衛門の荷を手にする。すると、なだめるように、常緑がさらさらと葉を擦れさせる。
「おや?」
 みまちがえかと思った。木枯らしと反対の方向へ梢がさざめくのを、ほんの刹那、惣右衛門は見た。

 ※

 一度は神皇の地位にもあった崇徳院は、しかし末期において神皇家をまっこうから否定し、狂死した。御霊信仰というかたちで稀釈されなければいけなくもなったわけだ。
 もののついでに、と、渡辺は別の弁も。人斬りの「ひとくい」の名は、崇徳院の怨嗟を、彼らにとって都合よく解釈したところからとられているようだとも。
 調べる必要はなくなったようだが、裏付けはとったほうがいい。指針ができた分、作業はすくなくてすむだろう、と、馨は表情をあかるくしたが、笙はどうも釈然としない。
「あれは、嗜みとしての素養を超えていますよ」
 笙ですら、その名は漠然としか知らなかったものを、渡辺は始終をすっくと言い通した。
「‥‥人間が怨霊に興味をいだくのは、どのような感情をもつときでしょう?」
 笙の問いに、馨は答えられない。
 ――協力し活かしあう道を築いていけたら、誰も傷つかずに済むのに。真実は、おそらくは、笙の願いをあざむく方向へ邁進している。剣刃のうえで、素足の舞踏。

 ※

 切っ先が跳び、対峙の剣をはねあげる。と、間髪をおかず、それは何かに突き当たったように上空から三角に墜落し、ひらけた箇所を突く。
「‥‥俺の勝ちですね」
 涼は木刀をひいた。
 剣をまじえて分かったが、野口は未熟でもないが、きわまった剣術があるわけでもない。涼の技倆ならば、十本に三本はようようとれる。
 が、
「俺は食らいついてみせる‥‥」
 涼が礼のあとに再び腰をおろすと、野口は小さく舌打ちをし、あたらしくかまえた。
 ――野口は迷える剣士か? それは、否。ただ、彼はほとんどのことを、箱に小さく片づけただけのものだ。迷うことすら放棄して、決めたもの以外を信じることをとりやめた。
 涼は、
「俺は‥‥」
 迷うか?
 それとも?
 カァン、と、よく通る音がして、次の一本は野口がとった。