赤ちゃんはどこへゆく?
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月16日〜11月21日
リプレイ公開日:2005年11月24日
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●オープニング
「しばらくのあいだ、赤ん坊を世話してもらえるだろうか?」
「短期間なら、かまいませんよ。いろんなやつをとりそろえているのが、冒険者ギルドの取り柄ですからね」
そういう質素なやりとりのすえに、では、と黒虎部隊隊長・鈴鹿紅葉が冒険者ギルドへ抱きかかえてやってくる、ほおずりしたくなるしっとりした布地にこしらえられた、すやすや軽やかな寝息をたてているのは。
冒険者ギルドの手代は、それ、そのなか、を穴の開くほどじっくりたしかめてから、おもむろに鈴鹿へ向きなおる。
「‥‥云いません。もちろん、どなたにも秘密にしておきます。黒虎部隊の隊長が、豚鬼の隠し子をもうけたなんて、一大醜聞ですもんね!」
「ちがうーーっ。何故に私が、豚鬼と祝言をあげなければいけないのだ!」
いや、なかにはめだたない人もいますし、それにあなたはもともとけっこうふっくらとした体格だし、とゆうかもしかして神剣騒動のアレをひきずってるの?――と、云ってはいけないことを切り出すまえに、すでに地にたたきつけられていた冒険者ギルド手代。それほど腕前におぼえはないとはいえ、さすがに素人を組み伏せる程度の力量はあるのですよ(しかし、冒険者ギルドの手代って、げんみつには素人ともいえない気がするの。こんなんばっかと、面接させられてたら)。
まぁ、とっととお話をもとにもどしましょう。
唐突な熱気の息をととのえてから、彼らは平常の話し合いへともどっていった。鈴鹿紅葉、両腕で豚鬼をゆすりながら――あんまりうまくない――語る。
「先日、妖怪退治に行ったおりだ。暴れる豚鬼を抑える程度のそれほどむずかしくない任務だったのだが、すべての豚鬼がたおれたあとにはその子がのこされていた。その場で始末するのはたやすいがな、槌もまんぞくにかまえられない赤子を討つのは、さすがに良心がとがめる。おもわず持ち帰ってしまったのだが‥‥」
「でも、いったいどうするんですか。その子。いくら赤子を育てたからって、豚鬼が人間になつくとはおもえませんよ。第一、どうやって養ったらいいか、さっぱりです」
「承知のうえだ」
鈴鹿、ほぅ、と中継ぎの嘆息。
「だから、五日間でいい。五日ぐらいなら、造詣がなくともなんとかならないか? そのあと、べつの豚鬼の里に行くものがいる。彼らに託そう。いくら豚鬼とはいえ、同族の嬰児を無碍にあつかいはせぬだろうし、豚鬼は豚鬼によって育てられるのが、やはり一番であろうしな」
「‥‥なんだか、むなしいですね。その用事って、けっきょく豚鬼退治でしょう? じゃあ、この子も、大きくなったら人間を襲うようになるんじゃないんですか?」
「‥‥否定は、せぬよ」
そうならないうちに、この子の息の根をいまのうちに止める、という選択肢も、親切なのかもしれない。しかし、見た目は人の子とまったく違ってるとはいえ、あふ、とぎこちない吐息も、新芽のようなやわらかな握り拳も、未熟よりもまだ未熟な、たしかに守ってやらなきゃはかなくなる子どものもの。
だから、五日間なのだ。それは執行猶予でもある。逝くにしろ還るにしろ、道標を決めるための。
「‥‥ところで」
ふと、手代、思いついたことをそのまま口にする。
「鈴鹿さんはどうやってあかんぼうをつくるか、知ってます?」
「む、むろんだ」
鈴鹿、なにやら頬が、護摩でもくべたように、ぼぅと赤い。続く言葉はぼそ、ぼそ、と、呪言に似てひそやかだ。
「愛し合う男女が初めての共同作業で、真剣唐竹割りをするとだな。切り口から玉のようにかわいい赤ん坊が、おぎゃあと」
「おーい。誰か。おしべとめしべの解説してやってくれ」
●リプレイ本文
●あばばばば
「ライトってんだぞー。それとも、サンレーザーでぶっとおされるほうが、好みか?」
と、御崎陽太(eb2149)、指先のともしびを蜻蛉まどわす要領でくるくるさせると、豚鬼の赤ん坊は‥‥いやがってはいない、しかしさすがにキャッキャッといった漆盆をひっかくような歓呼はあげない。鼻翼をひろげる、フガフガ、と不格好な息づかいはしたけれど。
「おもしろいならおもしろいって云ってくれねぇと、わかんねぇって。ほーれ。陽太兄ちゃんかっこいい、もついでに」
陽太、耿々をおさめた十指で外皮をべろりとつまみあげると、フガフガはフゥフゥとどこか焦りまじりに代わって――あれ?と疑問符おぼえるときには、榊清芳(ea6433)の金剛杵、陽太の後頭にきもちよく決まっていた。
「無茶をしいるな」
「なにすんだよ」
「遅ればせながら。誰もつっこまないようだから」
それどころじゃなかったんである。十文字優夜(eb2602)は「‥‥ふぅ、目が疲れた。でも、もう少し」と端布をつくろうのにせいいっぱいだし、クリス・メイヤー(eb3722)は――外出中だった、しかし折良く返り咲き「たっだいまー!」ギルドの暖簾が異国の陽気にひとしきり揺らぐ。
「目についたもの、かたっぱしから買ってきた!」
簪、だるま、土笛、独楽、どぶろく、梅干し、鰯の乾物、紅小鉢、――‥‥。
紅珊瑚(eb3448)にたのまれて買い出しに行っていたはずの、クリス。しかし、卓上にぶちまけられたそれらの内訳は、どうみたって、
「赤ん坊には必要なさそうなもん、ばっかりやん」
「そう? おいら、ジャパンの品物ってどうやって使うか、まだよく分からないんだ」
珊瑚の指摘にも、クリスは爪の先ほども悪びれず、にっかりと唇くずしてみせるのだ。
山内峰城(ea3192)は、陽太からとりあげた例の赤ん坊、丸みをつくった腕にかかえる。不衛生な暮らしに染まっていないからか、豚鬼にしては体臭はうすめ。けっこうな抱え心地。
「おーよしよし。おかあちゃんがたいへんな人で、おまえもさみしいなぁ。けど、あんまおかあちゃんに似てへん」
ランティス・ニュートン(eb3272)がひょっこり横からのぞきこむ。
「そうかな? 俺はけっこう紅葉さんにそっくりだと思うよ。この鼻のあたりなんか、特に」
「お。ほんまや。穴が二つ開いとるところ、とか」
「それは全人類共通の生得だろう!」
――省略―― どうみても鈴鹿紅葉です。ありがとうございました。
ところで赤ん坊は間際に、優夜がとりあげていた。肉質のあついたわわな果実にはさまれて、いたく満足げ。‥‥弱いものを、生殺与奪を他人におもねるしかない小さいものを、まかせられること。それは抜き身の剣をにぎるより、猛々しい竜虎にはさまれることより、ときに戦慄よびさます。花びらの朝露にふるえる、よう、優夜は笑み、
「鈴鹿さん。コモミジちゃんは、元気よ」
「コモミジ?」
「名前がないと不便だろう? 鈴鹿さんがひろってきた子だから、コモミジ」
鉄火場もなじみの昨今、復活ははやい。ランティス(←なぜか平気)がをまとめながら原案を披露すると、御厨雪乃(eb1529)が異を唱える。
「きーちゃんのが、ええべ。鬼のきーちゃん」
「‥‥私も、きーちゃんが」
「ほれ、鈴鹿さんもああ云ってる」
鈴鹿と雪乃の思惑には東と西ほどのズレがあるにちがいなかったが、「きーちゃんもきーちゃんが、ええべなー?」可決も否決なかったので、名は「きーちゃん」とさだまった。
「按配はどうだ?」
「任してけろ」
依頼人としての鈴鹿の当然の問いに、どん、と胸をたたいてから、雪乃、しかしそれだけで不充分だとしたか、これまでを立て板に水、まくしたてる。
「ただ、どんなもんで育つか、さっぱりだべなぁ。牛だの馬だのの乳もらってきて、あげてみとる。ただ、ジャパンって農牛ばっかりだから、都合よく孕み牛がみっかんなくって。それだけじゃ不安だべ、重湯もやってみたべさ。そうそう、もう歯も生えとったし、煮崩した野菜や粥も用意してみよ思っとるべ。‥‥どしただ?」
――‥‥鈴鹿紅葉、知恵熱寸前。
「う、うむ。その調子でたのむ」
「そうそう。おねがいしてたもんは、どうやろ?」
こんなふう・あんなふうに、依頼者やら冒険者やら有象無象がひっきりなしに出入りする冒険者ギルドは、人目がありすぎる。だから珊瑚、鈴鹿にもう少しおちつける幽居をさがしてもらっていたのだが、鈴鹿もちょうどその件でギルドを再訪したのだ。
右京へ避難がいいだろう、と。治安には難があるがうしろぐらい人間も多いから、滅多なことではさわがれない。これだけの人数で交替で見張りをたてれば、万が一も避けられよう。
「じゃ、通用口からこっそり出るか」
「このために頭巾つくっといたのよ。うん、我ながらかわいい」
優夜がそうして、嬉々として縫い合わせを赤ん坊にかぶせるのは、まだ分かる。けれど、陽太が、峰城(←ものすごく、重傷「なんじゃ、この差は」)は敢えて低めた声調でたずねる。
「‥‥陽太、そっちはなんだ?」
「出口」
ちがいない。ただし、陽太がおもむく先は今日も今日とてあぶくのようにごったがえす大路につながる、クリスがさきほどくぐったばっかりの、つまるところは表口。
「ったく、ギルドって分かりづれえな」
「そっちは、物置」
「んじゃ、ここ‥‥」
「厠!」
と、陽太と峰城、息のあった連携、これがいちばん赤ん坊をよろこばせたようだ。
●あぶぶぶぶ
それは向こう側が透けてとおる、梔子の色。糸を引いてねばるのさえ、うつくしい。
ねぶる。うっとりと、甘い。‥‥もう一口。一口。
「‥‥味見は、ええじゃろ?」
「あ、す、すまぬ」
固形は喉をつまらせる可能性もあるから、哺育には流動のほうが向いている。こころみに購入した水飴を試食していた清芳、押し付けるようにして雪乃へ手渡すと、二間しかない露の宿の、奥の部屋によろけるようにおもむく。
「では、私は仮眠をとらせてもらう」
「ゆっくり寝てな。その分、夜がんばって起きててもらうし。‥‥隣の人、なんやの?」
珊瑚に名を問われば、はたして伊庭馨。
「子どもの作り方について一晩じっくり、清芳さんに寝所でご教授しようかと思いまして」
こうやって、と、手取り(取った)足取り(取った)腰取り(取った‥‥「馨さん、邪な気配をかんじるのだが」)、「髪をなでるのは事後にとっておきましょう」と、もったいぶって。
「出てき、ほれ男衆も全員いっしょに」
ぺし、と、馨だけでなく、珊瑚はその場の男性をすべてつまみだす。
「みせるわけには、いかへんやろ」
だんだんと赤ん坊がものを、受け付けなくなってきていた。衰弱とまではいかないが機嫌がななめらしく、雪乃が手ぬぐいに乳や重湯をふくませても、ぎゅっと口元をひきむすんで顔をそむけるのだ。だから、駄目元でいっちょ、乳房でもふくませてみよか、と。が、峰城はだんぜん不思議そうに首をかしげる。
「優夜さん以外に、みる価値のある胸板っておった?」
成人男性によく似たなにか、を寒風吹きすさぶ屋外に、つまんで棄てた。珊瑚、ぽん、ぽん、と手をはたいて、一仕事のよごれをおとす。
赤ん坊、とうとう、むずかりはじめた。――‥‥といっても、人の仔がそうするように、呱々、と、身も世もなく泣きじゃくるわけでもなくって、まるで吶喊のおたけびをそのまま小さくまるめただけの、けれど雪乃にはなんとなく分かる。泣くことでしかあらわせられないけれど、怒っている。同族に守られないことの不条理さに。
弟らも、そうだった。あの小さな体のどこにそんな鋭敏な感覚をやどしているのか、きちんとかぎづける。母親と自分のちがいを、まぁ、何度か世話するうちになれてきたけど。
なつかしさは記憶の底から破顔をよびさますけれど、安穏とひたっているゆとりなど、あるわけがなかった。
「ほら、泣いたらあかん。男の子じゃろ」
「もしかして、おしめちゃう?」
「それは、ないべ。とりかえたばかりだぁ」
雪乃のきびきびとしたよろずの手配に、落ち度はない。が、なにを尽くしても、赤ん坊の苛々とした態度に変化はなかった。これはもしかして、豚鬼特有のなにかがいるのだろうか。が、そんなのこれから調べるにしたって‥‥。
と、さえずり。
子守唄。
――すずろにおもてから、かぼそい糸をつむぐよう、たわむれにくちずさまれて、冬の光、冬の風、そのなかで結晶するようにきらきらと。
「あ‥‥泣きやんだみたいや」
雪乃と珊瑚、顔を見合わせて苦笑いした。
ちょっと実用に追われすぎてたかもしれない。べつに餌や排泄にかぎらなくったって、愛情はあたえられたっけ。
いつのまにか寝息にかわったそれを、頬押し当てるようにして聞き取ってから、雪乃、物語るようにして、
「よしよし、起きたらいっぱい遊ぶべ?」
※
物心つかないうちにおぼえた唄は、懐旧ばかりが先へはしる。だから、聖母神をたたえた文言だ、ということぐらいで、ランティスはその唄の正式な題名を知らない。
ランティスの生まれはビザンチン帝国、黒の信仰を第一にする国家だから、これは少しおかしなことだ。けれど、彼がそれを知っているという事実までは変えられない。聖なる母が不承のつくりものをいつくしむように、彼の母が幼かったときの彼にその唄をあたえた――という記憶まではなくせない。
「ふぅん。おいらの集落には、こんなんがあったよ」
と、クリスのあげたのは、パセリ、セージ、のおまじない。もっとも、イギリス語。ひさしぶりに堂々と人前で口にする故郷の言語は、クリスに少しだけ里心をつかせた。
「‥‥あの子、どうなるんだろうね」
おいらの育った集落にはモンスターがいなかったから(まぁ、たしかに普通はいない)、と、クリス。しかし、知見の探求者・ウィザードである彼は、そう言い訳するばかりでなく、ついついその彼岸にまで考えがおよんでしまう。このまま育てたら善をもつにいたるのか、それを実証するための数量・日数の検算とか。
ぜんぶ、もしかして、のはなし。できるわけがない。墨で線引きしたわけではないが、そこに禁猟の領域があるかぎり。
有識をのぞむ、といった立場では、似たもの同士の陰陽師、陽太、いつものような粗雑さをちょっとだけなりをひそめる。
「なるようになるだろ、きっと」
陰陽のみちしるべは、あまねく平等にさししめす。
そして、そのかたわらで「アイスコフィンで自分を閉じこめると、すくなくとも今よりは、あったかくなるのではないか」と身ぐるみはがされた志士がひとり、悶々としている。
●五日めの朝が来る。雀が、啼いた。
つなげて五度の寝ずの番、たとえ仮眠をとっていたとしても、生活の変調は思わしくなく、清芳はふわぁと欠伸をかみころす。それも、勝手のつかぬおもりとあらば、なおさらだ。珊瑚たちに教えられるまま、さんざつとめてみたが、不慣れな手つきは夜泣きをすすめるだけのこともあって、ほんとうにくたくただ。
なにごとも修行だな、と。
――‥‥馨がいつでも付き合ってくれる、といってくれていたが、それはよしておこう。
「おつかれさん、ちょうどお迎えも来たみたいや」
寝ずの番その二の峰城(服は返してもらいました)がまねいたように、鈴鹿紅葉、
「引き取りに、来た」
そうだった。これで、おしまいなのだった。
猫を拾えば、三日もすれば情が移る。ましてや、五日。疲労困憊だって、もう少しでへっちゃらになりそうなのに。でも、しかたがないものはしかたがない。
「これ返したほうがいいかなぁ」
「豚鬼にか?」
「ううん、鈴鹿さんに」
優夜、さしだしたのは豚鬼につかったおしめの一枚。なかなかよさげな絹、なのも道理で、もとは鈴鹿の肌着だったものだ。鈴鹿はまっかになって、おしかえす。といわれたって、優夜だっていらない。だから、優夜はなんとなくそれを豚鬼へもどした。
「あと、これも。おそくなっちゃって、ごめんね」
疲れを増長するだけの夜なべをするわけにもいかなくって、けっきょくぎりぎりまでかかってしまった。おがくずをつつみ豚の子にまねたもの。‥‥あぁ、ほんとうはもっと遊んでやりたかったな、と思う。
それは他のものにも共通らしく、たとえばクリス、買ってきた独楽が不発に終わったことが、ちと不満。
「ま、いいや。もし、また逢えたときに遊ぼうやっておもえば」
――‥‥さぁ、お別れ。
これからその子がどうなるか、誰にも分からない。めじるしはないし、みまもることはできない。人を襲うな、と命じることもできないし。‥‥ただ、
最中はほんとうにひどいめにもあったが、終わってみれば苦労もめでたさのうち。峰城(しかし、たいがいのことは身からでた錆だというかんじがしないでもない)、けれど、これだけは親として――いや、鈴鹿紅葉を生んだ記憶も生まれた記憶もないが――云っておかねば。
「これに懲りて、めんどうみきれんならもう拾ってきなさんな。気持ちはわからなくもないんだけれども」
「どうしてもがまんしきれなかったら、拾うんじゃなく作るほうが、めんどうかけずにすむかもね」
悪ノリして、くすくす、ほくそ笑むランティス。しかし、表情は瞬時に反転する。鏡をとおりぬけるように、取り澄ます。
「‥‥鈴鹿嬢。君もやっぱり、あんな風にいつか自分の子をあやしてみたいと思うかい?」
「あ、つむじ風」
別れはいつも突然に。
●そういえば、鈴鹿紅葉の誕生観はこうなった。
「夜も更けてどこからともなくとんでくるコウノトリに(このへん、清芳)頭巾をかぶせたのち(このへん、優夜)をアイスコフィンで凍り付けにし(このへん、峰城)一晩じっくりライトであぶる(このへん、陽太)‥‥と聴いたぞ?」
「‥‥いや、そうなるかなぁって予感はあったんですけどね」