【伊賀<煙りの末>】 鴉の、爪。

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月20日〜11月25日

リプレイ公開日:2005年11月28日

●オープニング

 時候が時候だけに、氏神様のところへ帯解を報せにまいるのが似つかわしい年頃の。
 切り火のような緋色の着物に着られるでなく自分の下にしたがわせている、鼻っ柱とへの字の口元が気丈な芯をあらわしている、そういう女の子。‥‥彼女は数日前からやに熱心に、冒険者ギルドへかよう。朋も供もなく、ひとりきり。駄々をこねる寸前の様子で誰それとなく冒険者ギルドの人員へからむのが、もはや日課になっていた。
「だぁかぁらぁおねがいー。お金はちゃんとはらうっていってるでしょ」
「だーかーらー。そのお金が問題なんだって」
 煮え切らない冒険者ギルド手代の態度に、少女がぷぅと頬をふくらませると、鳳仙花そっくりになった。指でつつけば、ぱちんとはじきそう。おもわず手をだしたくなる欲求をこらえながら、手代はいかにも億劫げにうそぶいた。
「それじゃ、ちょっと足りないんだよな‥‥。いや、足りないだけならなんとかなるよ。けど、元はといえば、その金子だっておまえの父さんと母さんが稼いだもんだろう? そいつで、両親をおとしめようとするのは、孝の道義に反するってもんだ」
「いいもん! だって、好きにしていいって父様も母様も云ってたもん。それに、悪いのは父様と母様だもの。千登勢との約束破るほうがわるいんだもん」
 千登勢、という少女は嵐の速力で言いつのる。対する手代がのろのろとなにか答えようとしたとき、少女のあたまへ大人の男のてのひらが、無造作なやさしさでのせられた。
「‥‥おもしろそうなことを、話し合ってらっしゃいますね」
「おや、千賀地さん。ずいぶんとはやい、伊賀からのお帰りで」
「私が金銭を用意だてしましょう。ですから、この子の依頼、受けてやってくださいませんか?」

 ※

 というわけで、依頼人と出資者がくいちがう、ちょっとねじれたこの依頼。
 依頼人、千登勢が冒険者のまえで、はい、はい、と、すばらしい健やかさで云いきることには、
「千登勢をさらって!」
「‥‥いや、そこ。みょうなふうに、かんがえるな。この子のいいたいのは、要は、狂言誘拐。商いでいそがしい父親と母親を、心配させてみたいんだってよ」
 千登勢の両親がいとなむ反物屋は小さいものだったけれど、最近ではゆるやかな右肩上がりで売り上げも上々、この激動の時代に、けっこうなことだ。しかし、忙しさがきわまったせいで、一人娘との約束を反故にすること、かさねて数度。ついに娘はむくれて、非行に走りました――もとい、冒険者ギルドにめんどうかけました、という次第。
「たまには犯罪に手を染めるのも、乙なものですよ。百年の大木より一年の若竹のほうが、横合いからの風にはつよい」
 なにやら物騒なことのははさみながら、くすくす、と無責任な軽笑をこぼす千賀地。が、彼は助言もおこなった。
 冒険者ギルドに足を踏み込む千登勢の姿は、すでに街のものにみられている。だから、いますぐこの依頼を実行するのは避けたほうがいい。ていちょうな打ち合わせのすえに、後日作戦を実行するほうが無難だ。そして、たんに数日いなくなりました、じゃ、ただの家出に思われかねないから、かどわかし、にみえるようなちゃんとした舞台設定も大事になってくる。
「それでは、かんばしい報告を期待しておりますよ。御武運を」
 冒険者の動向をしまいまで見届けることはせず、唇をうわむきにつりあげて、千賀地はギルドを去った。

●今回の参加者

 ea3880 藤城 伊織(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9460 狩野 柘榴(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0573 アウレリア・リュジィス(18歳・♀・バード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1861 久世 沙紅良(29歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2395 夏目 朝幸(23歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb2704 乃木坂 雷電(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb3609 鳳 翼狼(22歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

シアン・ブランシュ(ea8388

●リプレイ本文

●その日まで
 久世沙紅良(eb1861)、おや、と首をひねる。千賀地の家から、狩野柘榴(ea9460)がそろり、秋刀魚をくわえた猫の仔のように、おどおどびくびくした風情で出てきたからだ。
「柘榴くんは、どうしてここへ?」
「ちょ、ちょっとご挨拶に来ただけ。じゃね!」
 子どもは風の子、ならば柘榴は辻風か。爆ぜる火の粉のよう、駆け足で去った柘榴。沙紅良はなにか思考しようとしたが――どうせ野郎のことだし、追々かまうこともない。それにまもなく、千賀地が戸をあけはなって、彼を迎え入れる。
「いい天気です」
「ええ。冷えてくると、光がいっそう清むようで」
 火鉢にあたりながら、障子一枚へだてて冬ざれの嗄れ寂びをおもうことの、幸せよ。けど、幸せがあるからには、不幸せもある。
「くしゅん」
 くしゃみいちほめ、というくらいだから、悪いことではないですー、と、夏目朝幸(eb2395)はそれをすてきにした。
 いや、今は朝幸ではない。おかしな人。ふつう自称するものではないが、今はそれをめざしているの途中。ところは――千登勢の両親がいとなんでいるという呉服屋にちかく、朝幸でない朝幸、逆三角のおもだちと釣り目の瞳がいつもとは不吉な印象のある男が、不自然な裾捌き、褄ぐりで、これというあてもなく拾い歩きする。そんな彼へ、ぽん、とかけられる挨拶、
「朝幸さん、おつかれです」
 と、伊庭馨(eb1565)。
 しかし、朝幸はすぐさま返事をしようとしなかった。建物と建物のあわいのすきまに、馨を声もなくひきずりこむ。
「(しゃべっちゃうと、ばれちゃうのですー)」
 銀鈴ふるよな、高い声。人遁の術の最大の弱点は、それだ。おなじ成人の変装なら女性のほうが合っているかと思われるが、
「や、です」
 そっぽをむかれちゃ、しかたがない。
 馨、まずは朝幸をねぎらった。彼はこれから客として、千登勢の店をおとずれるから寒さはしのげるが、朝幸はしばらくはそのままだから、言葉ですむならいくらでもかけよう。ただ一点、とても気になっていることがある。
「朝幸さんは忍者ではないのに、人遁の術をおつかいになられるのですか?」
「‥‥これは、最近あらたに開発された、饂飩の術と申しましてー」
 これ以上は追求してやらないのが志士の情け(←まちがい)ですね、と、馨は思う。

●その日から
 冷たさ身に沁む、柑橘の酸いが口恋しい日頃。
 アウレリア・リュジィス(eb0573)、沙紅良をともなって、例の呉服屋おとなった。――いや、彼女が出入りしてたのは依頼の一日目から、シアン・ブランシュといっしょにおのぼりさん(という表現を異国の方にあてはめてもいいものやら不明だが、織物の妙を心から楽しんでいたことだけは、事実である)よろしく、反物をひろげ、きゃっきゃと少女らしいたわむれにいそしんでいた。
 その日も敷居を一歩またぐと、アウレリアの視線は正月の晴れ着にしたてられると聞いた友禅にうっとりとそそがれかけるが、そこをぐっとこらえ、「これ、そこで変な人からあずかってきたんですけど」と、一葉の書状をてわたした。なかは「お宅のお嬢さん云々」とおさだまりの文面がつらねてあるはず。
「沙紅良さんが書いてくださったんだから、すっごく怖い脅迫なんだろうなぁ」
「アウレリアくんになら、書いてあるとおりのことをしてあげてもいいよ」
 それも、とうに過去のこと。
 店の主人――つまり千登勢の父親だ――は怪訝な顔で書面をひらいたが、どちらかといえばの赤ら顔が刷毛でもおしつけられたよう、さぁっと青ざめてゆく。ここが肝心、と、アウレリアはだめおしをぐぐっと。
「しっかりしてください。私は冒険者です、お力になれるとおもいますよ」
 が、
「冒険者‥‥?」
 千登勢の父親はまたいぶかりにもどるどころか、あからさまな不信すらのぞかせる。
 べつに冒険者は、街の自警組織ではない。「金銭でうごく胡乱な何でも屋」、それがあまりにちょうどよく向こうからおしかけてきたのだ。不穏なたくらみをかんじとられても、しかたがなかろう。アウレリア、右にかかえた簗染めのハリセン、羽虫を追うようにぱたつかせる。
「あ、あのっ。私は妙なかっこうしてますが、人間は見た目じゃないっていいますし、私は人間じゃなくてエルフですけど。‥‥わーん。自分でも、なにいってんだか分かんない」
「信じてあげてください」
 みかねた馨の助け船、たまたまのぞいた客のふりをついにといて、彼は名告りをあげる。志士という身分をあかしてなお、あまりの都合のよさに偽志士のうたがいまでかけられて、沙紅良が陰陽師であることをたてて、やっと彼らは納得してもらえるぐらいである。でも、陽動という意味でなら、この騒動はむしろ良い方向にはたらいた。朝幸をなかだちに、千登勢を住処から連れ出すのは、積み木かさねるように気楽な仕事であった。
「楽しい?」
「楽しい!」
 じゃあ、これでいいんだろうな。鳳翼狼(eb3609)は千登勢をあいてにして、そう思う。
 犯人たちは、冒険者長屋で一段落。寝て立ってがせいぜいのせまい長屋、翼狼はせめて退屈はさせまいと、翼狼は千登勢をあれやこれやとかまいつける。
 ‥‥もっとも、翼狼、千登勢の遊び相手になっていたつもりだけど、むしろ立場はゆるやかに入れ替わっている。家のなかの遊びに関しちゃ、少女と老婆にまさるものはない。そして翼狼は、あどけなさやたあいなさに対して皮肉にかまえる青年ではなかった。
「でもさ、お父さんお母さんを心配させるのって、気が咎めない?」
 しかつめらしく云ってみるが、手はしっかり次のおじゃみ、二個はちゃんとまわせるようになったのだから、次は三個だと。
「千登勢ちゃんにさみしいおもいをさせるお父さんとお母さんもたしかにちょっとは悪いけどね、二人を悲しませるのも悪いことだと思うよ」
「‥‥ちょっくら行ってみっか」
 藤城伊織(ea3880)、真鉄の煙管を、カツン、と火鉢にたたきつける。灰におちる火珠は、数珠のように光っている。
「心配させてみたかったんだろ? んじゃさっそく、様子を拝見しないと時間がもったいないじゃねぇか。‥‥どうした、柘榴」
「あ、ん、んー?」
 先日は猫のようだった柘榴だが、今日はまるでひなたぼっこにうつつをぬかす老犬のように、ぼーっと気がとおくなっている。
「うーん、今、行くよ。と、そのまえに」
 えい。柘榴はおもいきって千登勢のほほをつつく。‥‥やわらかさがあたたかいって、なんだか、不思議。

 ※

「‥‥ちょっと待ってください。肝心の受け渡しのときどうするか、誰も考えていなかったっていうんですか?」
「そうだったみたい。俺らどうやって、この子、返そう?」
 壮快に笑い飛ばす伊織、こめかみに疼痛すらおぼえる馨。
 ――‥‥両親の愁眉をみせてやれば、冒険者たちは千登勢がそこで依頼を撤回するとおもっていたのかもしれない。が、冒険者ギルドにのりこむだけあって、千登勢という童女は情張りなところがあった。傷ついたようなそぶりはしたが、両親が身の代をほんとうにしはらうか最後までやってみなければ分からない、と、主張し、依頼人がそういうからには冒険者たちとて、
「やるしかないじゃないですか」
「がんばれ、馨」
「あなたも行くんですよ、伊織さん! あなたのお子さんでしょう!」
「俺にあんなでっかい子どもがいてたまるか! 俺はそんなヘマははたらかねぇ」
「おとーさん、おなかへったですー」
 千登勢よりももう少し年かさの朝幸が伊織にぴたりとすがりつく。「やっぱりね」分かっていながら、馨は伊織にジト目をくれた。

 ※

 そして、沙紅良がそういうふうにしたためたから、朧月が液体になっておちてきそうな晩刻なのである。
 待ち合わせは、町内の誰が発心したか、かたわらを粗末な地蔵尊がたつ、四つ辻。――‥‥地蔵菩薩は幼少のみぎりの彼らを守り、救うという。
 先にそこへ着いたのは、――被害者の側。夜目のとおるアウレリア、碧翠で見えるなかに、闇を折りとる人影はない。来て欲しい、来て欲しくない。両方ともが真実の焦燥。
「犯人たちは、どんな凶悪なつらをしているのだろうねぇ」
 が、沙紅良は綽々で、アウレリアに「憂いもまた、似合うけどね」とちょっかいをだす。けどアウレリア、肩におかれた沙紅良の手をはらう余裕もなく。
 そして、彼らもまたあらわれる。千登勢をいっしょに。
 やりとりをはじめようとする、が、ここで、千登勢の父親は冒険者らの誰もが思ってもいなかった行動にでた。
「我が子をさらったにくいやつらを、このまま返してなるものか!」
 なんと伊織たちに、つかみかかったのである。さすがにこの突拍子もない決断には、みな、すぐさま対応を決めあぐねた。ようやっとアウレリアがとりなおしても、
「あ、あの、違うの。あの人たちは」
「やっぱり! おまえたちも仲間だったのか!」
 ぬぐいきれなかっていなかったのだ、はじまりの疑念は。こんなに血の気ののぼった頭に何を云っても、もはや聞き入れてもらえない。唯一、この場の誤解をとけそうな千登勢といえば、父親のみせる激昂に心を打たれているらしく、なにもいわずにつったっているだけである。
 しかたがない、と、アウレリアがイリュージョンを発動させようとすると、刻をおなじくして。
 まるで、紫電が鋭刃を麦畑へつきさすように、
「こっち!」
 ヒヒン、と、高らかな嘶きが、すべてのものの胸をふるわせた。
 馬?
 乗り手は、翼狼。彼の繰った駿馬が、斬り刺し奪ういきおいで、彼らのあいだへわりこむ。翼狼は手綱を反転させて、めあてをしめす。‥‥これに乗じるしかない、冒険者らは、老若男女をとりあわせて全員その場を這々の体で逃げ出す。
「もう、誘拐はこりごりですよ」
 誰ともなく、しみじみした本音が、こごった宵にぽかりと浮かんだ。

●その日のあと
 さすがにあんな顛末の翌朝では、冒険者らは平気の平左の顔だしできるわけもなく。代わりに千賀地がしらべだして、報告をしてくれる。千登勢は両親にすべてを話したそうだ。そして、店のてつだいをする決心もつたえたという。じきに、冒険者ギルドには詫び状がとどくだろう。
「よかったですー」
 朝幸、笑む。伊織にしかけたようなやつではなくて、きちんと他人の幸福をたたえて祝う、ほがらかさ。千賀地はつづける。
「ほんとうに、おつかれさまでした。おかげさまで私の懐もあたたまりましたし」
 ‥‥え?
 冒険者らが呆然と千賀地をみやるなかでただひとり、きりきり痛む良心をかかえたのが、ええ、柘榴はちゃあんと知っていた。
「伊賀の未来のためですよ」
 と云われりゃ、柘榴は弱い。しかも細工は粒々の暗器までにぎらされた、とあっちゃあ。
「あなた方、冒険者をなのって、商舗にのりこんだのでしょう? だから、私があなたがたの代わりに依頼料をいただいておきました。『煙りの末』設立の資金が足りなくなっていたところなので、助かりました。ありがとうございます」
「わー。千賀地様、ぬけめないですー」
 ぱち、ぱち、と、朝幸が、朝幸だけが表彰する。翼狼は沙紅良に耳打ちする。
「こんな人なの、千賀地さんって?」
「こんな人、だね」
「‥‥ま、もう、いいって。終わったことだし。それよか、明日は、千登勢んちに皆で行ってみねぇか?」
 伊織がたなびかせる紫煙に、彼は昨日の千登勢のかんばせを写す。たいせつな店をなおざりにせざるをえなかった両親をみたときの千登勢の表情‥‥あれが今はどんなにあかるいものになったか、たしかめるのも悪くない、と、新しい煙で昔を吹き消す。