赤い瞳

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月07日〜07月13日

リプレイ公開日:2004年07月16日

●オープニング

 古来より、鴉はひかりものを好むという――ときにそれは生物の瞳をも対象とする。

 ジャパン。月道の開通により、この地へ新たに流れこんできた種族は多い。ドワーフにシフール、エルフもそうだ。
 江戸より3日ほど離れた村において、エルフの夫妻が居をかまえた。ここにいたるまで紆余曲折、いろいろと複雑な事情もあったろうが、それをこの期におよんでえぐるような非情はすまい。村のものも最後には彼らを受け入れたし、ふたりのあいだにはかわいい赤ん坊も生まれたのだから。
 両親はともに碧の瞳をしていたが、この赤子、ぱっちりとした瞳は夕陽のような赤い色をしていた。エルフでは白子もめずらしくないし、夫妻の親族にも赤い瞳は多かったから「きっとおじいちゃんに似たのね」と、幸福な赤ん坊は心の底から愛された。
 ――しかし、その瞳をねらわれるものがあらわれた。
 この地を旋回する大鴉の1羽が、彼の収集物に赤子の瞳をくわえようと、ねらいをさだめたのである。
 いくら鴉がひかりものを好むといっても、その延長上で生き物の瞳をねらうことはひじょうに稀なことである。ただ、ここいらはやまあいの棚田をたよりとした小さな僻村で、鴉の嗜好にあった絢爛な存在にとぼしい。また、ジャパンではたしかに、赤い瞳のあるものはすくないし、こんな田舎ともなればなおさらだ。そこらへんが、無力な赤ん坊がねらわれた原因であるのだろう。
 村のものは最初のうち、総出で赤ん坊を大鴉から守ったが、彼らにも彼らの生業がある。いつまでもそうしてるわけにもいかない。また、両親もおなじ。働かなければ、日々の糧を得ることができぬ、赤ん坊につきっきりでいることは無理だ。
 村のものは冒険者ギルドに助けを求めた。
「赤ん坊のため、大鴉を倒してください」
 と。

 さて、この依頼、受けてみるかい?

●今回の参加者

 ea0250 玖珂 麗奈(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0555 大空 昴(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1488 限間 灯一(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4185 カイン・ミナエフ(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4379 弥勒 志乃(28歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea4530 朱鷺宮 朱緋(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea4536 白羽 与一(35歳・♀・侍・パラ・ジャパン)

●リプレイ本文

●鏑矢
 るぅと青葉をひるがえらせる風の響きも、かっと照りつける火輪の黄丹も、はてなく、ゆるゆる蕩揺するのみ。ここにある鼓膜と瞳は唯一さえあれば、と、他をひたむきに排除する。
 限界にいたるまでつがえぬのは、離れにふさわしい瞬間を待つためだ。矢は離すのではなく、離される。機をつかみにゆくのではなく、おとずれるのを自然な体でのぞむ。
 髪をふりたてて顔をあげる、ともすれば荒くなりがちな仕草でさえ白羽与一(ea4536)がやると、気品とまろみがふちどる。さりげなく視界に入れた空では、大鴉がのんびりした声色で、カァ、だがそれの震わすところは、小さな祝福の存在基盤。
 ある瞬間から鴉はぐんぐんと下降を開始する。しかしそれでも、与一は矢羽にふれた指をいくぶんこわばらせただけで、かまえようとはしなかった。まだ、まだ、そろそろ。
 狙い撃ちを可能にするには技術を必要とし、たとえばそのひとつを西洋の言語で、シューティングポイントアタックとあらわす。
 準備はととのった。来い、守護をあたえよ。環のようにすべらかな射法八節。
 放て、と、形なき力におされ、
「弓の与一、参りまする」
 放つ。

●村景
 赤ん坊のふくふくとしたてのひらが、迷いながら空中を二三度行き来したあと、突き当たった肌色を握りしめる。それはおなじてのひら(大きさはかなりちがうけど)で、握力のずいぶんな強さがつかんだものへの親しさをしめしている。
「わ、わ。握手してもらいたんだ」
「かわいー♪」
 田之上志乃(ea3044)がどぎまぎしだしたすきに、大空昴(ea0555)はちょんっと赤ん坊の鼻先をつついた。強情なのか気さくなのか、赤ん坊は真紅の瞳をきょとんとさせるだけで泣き出そうとはしない、それがまた昴の愛情あふれる悪戯を刺激して、志乃の半熟の母性をかっかさせる。
「いじめるでねだ」
「いじめてません、いっしょに遊んでるだけですよ。ねー、みやちゃん。おねーちゃんが守ってあげるからね?」
「そ、それはオラが先にいおうとしててたことだっ。みやちゃん、オラもがんばるだよ。べろべろばぁ〜」
「ってそれじゃあ、おどかしてるし」
 彼女らからいくぶん離れたところで、限間灯一(ea1488)は視線をやわらげながら、しかし口元はすなおに笑っていない。
 じっとしていられない、というか。この村に来る道程ですら女性ばかりに囲まれておちつかなかったものを、当座の警護の対象である赤ん坊でさえ女性ときては、なんともはや。まぁ、さすがに赤子にまで気後れすることはないし、同行の女性陣も、色気や艶事に臈長けたたぐいでないけど。
 もっとも、カイン・ミナエフ(ea4185)のふうに、極端にかしこまられるのもやりにくい。
「カインさん、痺れるでしょう。もっと気楽にしたほうが」
「いいえ、私は」
 声をかけても、かたくなに部屋のすみ、彼女にはつらいであろう正座の姿勢を固持したままだ。灯一はべつだん気にしなかった。旅程の経験から、彼女が異性になつかない性質なのはうすうす理解していた。だから、供された茶を一口すすり、はきだした湯気を今のことばの代わりにした。
 ここは、例のエルフの夫妻の閑居。赤ん坊とその両親に挨拶に来たついでに、旅の疲れをいやすかたちになっている冒険者たち。
「そろそろ開放してあげてはいかがでございましょうか」
 潮時だろう、と、朱鷺宮朱緋(ea4530)が志乃と昴のじゃれあいをかるくたしなめる。おくるみのなかの赤ん坊は半目にうとうとしかけていた。
「赤ん坊は睡臥が生業ですから。傍らで騒がれては、寝た子を起こすも同然でしょう」
「へー。いいお仕事ですね〜」
 夢みる瞳、黒真珠。弥勒志乃(ea4379)の頭蓋では、ものすごくのどかな光景がくりひろげられている予感。冒険者ギルドの告示掲示板にただひとこと『お昼寝』とはっつけられた看板があがっている、とか。
 そこへ、帰還のにぎわい。建て付けのわるい戸がつっかえつっかえ横にすべり、
「ただいまぁ」
『ただいま』の『ま』のかたちに口をこおらせた玖珂麗奈(ea0250)は、そのまま利き手の人差し指をくちびるに添えた。静かに、静かに。おっかなびっくり息を殺していろりのそばにあがると、朱緋がやさしくいたわりの声をかける。
「おかえりなさいませ。具合はいかがでしたか?」
「うーん」
 麗奈は罠や武器につかうつもりの毒草を探しに、そこらを出歩いていたのだ。しかし、もともとあてどない探索だったので――。
 手持ちの枝をくるりと反す。これの繁る葉に麻痺作用のあることは知っている、だがそれは『人』が『いちどきに大量に摂取』して『5、6時間後』くらいにようやく効果をあらわすていどのものだ。ここから毒素だけを濃縮・抽出できるほどの手練を麗奈はもちえない。
 では、武器につける薬をつくるのはあきらめて、鴉をおびきよせる餌にまぜこむのはどうかというと‥‥。これも難しい。効きめがでるまでに時間がかかるだけならまだしも、口にしたとたん毒の存在に気づいて逆上の可能性もなきにしもあらず。
「んだば、トリモチのとれる木ってあっただか?」
「それは私じゃ無理。猟師さんに訊かないと」
 う、と田之上の志乃はめずらしくしょげる。
 いったん話題の接ぎ穂をみうしない、場はなんとなく静まりかえった。そこで、あの、と、カインは思いきって(けれども、やはり小動物めいた震えが、カタカタと外套を揺らす)かねてより胸に抱いていた策を口にする。
「‥‥ねぐらに夜襲をかけるというのは‥‥どう、で、しょう?」
「よしたほうがいいですよ」
 意外なことに、赤ん坊の母親がカインをいさめる。彼女の言い分は、こうだ。鴉は集団でねぐらをつくる。いくら、鳥目の生き物とはいえ、1対8ですら手こずるものをそれ以上の数をいちどきに相手にしたとして、勝率があがるかどうかあやしい。
「それに、問題のある性癖の鴉は1羽だけですから」
 10羽の鴉を討ち果たしたとして要の1羽を逃がせば、目標は不達成となる。
 カインは未熟を恥じ入るように真っ赤になったが、冷静になってみればこの場にいる全員とも、野生の動物の生態に関してはあかるくない。地元の人間がそうだというのだから、そうなのだろう。
「自然をなめちゃいけないってことですかね」
「なめても甘くないですよ〜」
 灯一がうまくまとめかけたのを、弥勒の志乃がうだうだにしてしまったが、もちろん悪気は、ない。

 冒険者たちは外に出た。
「あぁ‥‥。おつかれさまでございます」
「与一さんもお茶ぐらいいただけばよかったですのに〜」
「いいえ、与一はここでけっこうでございます」
 みなさんのお声でなぐさめられましたから。そおなんですか〜? 与一と弥勒の志乃がのんびりやりとりしている横、帰ってきた田之上の志乃が、こまねずみのようにくるくる立ち働いていた。
 立ち木のあいだに糸を張る。用意しておいた光り物をひっかける。
「ひとーつ人よりちからもちー♪」
 労働にはずみをつけるための鼻歌が、いつのまにやら独唱・独断場になってゆく。
 太陽に煌々輝く品――神聖騎士であるカインの十字架。朱緋のたいせつにしていた銅鏡。意外にあるものだ。そして、
「いよいよこれを使う日がやってきましたっ、来るとはまったく思ってなかったんですけれど」
 聞くも涙語るも涙の経緯(一部始終:「夜も眠らず傘張りしてですね、三食とも一汁一菜のまずしい食生活をしてですねっ」「三食? 一食減らそうとか思わなかったの?」「‥‥育ち盛りですから」)でようよう入手したらしい昴のかんざし。
「来るなら来いっ」
 ぐさっ。そんな音が五里四方までひびきわたりそうなくらいに、ちからいっぱい髪にさしこむ。が、そばで麗奈が不思議そうに、小首をかしげている。
「昴さん」
「はいっ?」
「そこまで深く刺してしまうと、肝心の金具の部分がみえなくない?」

           〜〜〜〜 風一陣

 いそいそととりはずし、
「ちょ、ちょっとした洒落ですよ」
 あらためて、わずか浅く、丁寧に、飾る。

「?」
「どうかなされましたか、灯一様」
「いえ、ちょっと」
 妙な不安が、胸に。それはわずかのすきに尽きてしまったのだが。
「取り越し苦労だと思います」
 灯一と朱緋は、エルフの夫妻の家にのこった。他の冒険者たちが出て行ったあと、四方の戸や窓などはきっちりもれなく閉じる。まぁ、ジャパンの田舎のちいさな家がたいていそうであるように、どうしようもない隙間から光がほそくさしこんでいるけれど。
 赤ん坊はもう完全に朱緋はいつ赤ん坊が起き出してもいいように、泣きあげてもいいように、両親からおしめなどの育児用品を手元においている。
「準備万端ですね」
「いいえ。私のやっていることなど所詮はまがいものです故。ほんとうのご両親には力およびませんが、せいいっぱいお世話させていただこうかと存じます」
 朱緋のやさしい瞳。やはり、全力で守ろうと思う。灯一。
 女性と赤子、どちらを傷つけてもジャパンの男児の名が廃る。それにいつかは自分だって、武芸に邁進してすっかり失念していたが、跡継ぎを得ることもあるかもしれない、もちろんそのときはかわいいお嫁さんも。
「そ、そそそ、そういえば、昴さんはどーしたんでしょーね?」
「どうされましたか、灯一様。お体の具合でも?」
「い、いやいやいやいや、なんでもありませんっ」
 と、どたばたと、
「ご、ごめんなさい。鴉にあんまり腹をたてた(そして、かんざしを堂々と使える歓びにひたっていた)あまり、立ち位置まちがえましたっ」
 せっかく封じた戸がななめに倒れる。
 不安の起因、灯一はいまさらながら把握した気がした。

●開始
 必中する。
 標的を狭く絞ったことにより逆に低下した命中率、数値の呪いを、与一は越えた。左の羽の付け根にささった鏃。ギャアとあきらかに変化した声が、周囲一帯に不吉な季節はずれの雪のように舞った。
「与一さん、お借りしますね〜」
 あいかわらずの口調、だが弥勒の志乃の選択は迅速だった。与一からあずかった油壺を、正確にはその中身の一部を、星の速度で墜落する鴉にむかってぶちまける。くわえて、田之上の志乃が投げつけた「そんなに欲しいならやるべ」銅鏡をごとんと投げつける。
「どだ!!」
 完全とはいかなかった、さすがに相手が大きすぎる。ひろげた翼と翼で巨人の大人ですらすっぽりと覆えるくらいの怪物だ、だがその動きが鈍くなったことはまちがいない。
 ――‥‥大鴉は事態をあらためて見当している。いつもの道をいつものように旋回していつもの獲物の様子を見に来た。そうしたら、いつもと違うけれど、とても彼の興趣を刺激するぴかぴかするきらめきがあったから、試しに降りてみると――はじかれる生存本能の結論、戦うしかない。
「ダメだってばーっ」
 麗奈はむちゃくちゃに腕を回す。しなる先から、ひゅん、と水の切っ先。

「はじまったようでございます」
「え?」
「私はすこしばかり耳がよいものですから」
 大鴉襲来とともに、火のついたように泣き出した赤子を、朱緋は生命の鼓動で揺する。改めて閉じたはずだから、外の様子は完全にはうかがえない。
「そうですか」
 どうやら光り物の罠にかかったらしい。それを聞いた途端、灯一がへんに忙しなくなった。事態は有利にはこんでいる。だが、彼の態度は勝利を待ちきれない、というものではなかった。――朱緋は、こんなときだというのに、くすりと笑いをこぼした。落ち着いているつもりでも、ぎりぎりの場面でにじみでる年下の少年の本音がおかしかった。
「灯一様、ここは私と昴様でじゅうぶんですわ」
「うん。私、けっこう強いですよ」
「すまない」
 御免。灯一は戸を蹴破る。

 しぶとい。さすが、熊とはるといわれているだけのことはある。たとい地に堕ちた鳥だとしても、嘴で、爪の足で、突破しようとする。
 他人を傷つけないよう務めたカイン、だがその彼女の疵がいちばん多い。他人を癒すに必死になって自分にまで手が回らないのだから当然ともいえる、リカバーの発動は接触を前提とするからカインは狭い戦場を動き回らねばならなかった。地に墜としたことで、事態がいくばくか乱戦の方向にむかっていたのもある。田之上の志乃の得意な、睡魔を呼ぶ術もつかえず、補助なしの真っ正面からの戦闘が中心だ。
 カインは腕を蛇のようにつたう血をぬぐった。クルスソードにぬいつけられた十字架を汚して、申し訳なく思う。その一瞬のすき、彼女の目のそば、鴉が羽をふりしぼるようにしてゆがんだくちばしをおしあてようとしていた。
 冒険者たちが鴉の動きをおさえることに一生懸命であったように、鴉もひとりをつぶしにかかったのだ。
 が。
「女性だけを闘わせて、ぼんやりしているわけにはいかないのですよ」
 なぎはらわれる、翼ごと、鴉。
 カインはそのときはじめて鴉のもくろみに気が付いた、そして灯一に微笑まれたような気がした、そんなわけはない、戦闘中だ、実際それはいっしゅんのことでたしかな証拠はなにもなかった。
 灯一は標的に向き直る。今だ。上段からのかまえこそ、新当流の真であるから。
 全体重をおしこんで、鴉の腹に刃を深淵までめりこませる。
 
 終結が、訪れた。

 みながはっと意識をとりもどしたのは、ようやく開かれた家屋の方角から、昴の呼びかけを聞いたからである。
「おめでとーございます。ねー。まだ、日は落ちてませんよね?」
「うん」
「私、ちょっとねぐらを探してきますー。なにか溜め込んでるかもしれませんから」
「あ、ずるいだっ。オラも行くだよ」
 似たもの同士かもしれないふたりが、村の人間からききだした同じ方向へむかって抜きつ抜かれつ、駈けてゆく。
 で、その後、からっぽのねぐらから見つかった藤のかんざしに、あやめのかんざし、どちらがどちらをとるかで一悶着あったとかなかったとか。

 朱緋が赤ん坊をだいて、家から出てくる。戦いの疲労で浮かんだ汗をぬぐいつつ、なかば呆然としていた与一の横に、彼女は立った。
「与一様、抱いてみませんか?」
「はい?」
「もうすぐ避難されていたご両親が帰ってこられるでしょう。そのまえに、勝利の祝福を、どうぞ」
 悟られていた。ほんとうの両親に気を遣っていたことに。与一はもう遠慮せず、すなおに小さな生き物をかかえる。
「‥‥あなたを守りきりました」
「私、私。私も精一杯やったですよ〜」
 弥勒の志乃がぴょこんと顔をつっこむと、まるで与一の愛馬の名のような(それを『漣』という)笑いを、赤ん坊はころころとたてた。

 話は、定番の、めでたしめでたしで結末をむかえる。