【水上夜宴】 あなたへあいにゆく
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 40 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月08日〜12月13日
リプレイ公開日:2005年12月16日
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●オープニング
京のギルドへ立ち入る依頼人‥‥にしては、文字どおり毛色のかわった風骨の彼。玻璃をくだいてよったような髪、夜明けのふたつまえの藍の瞳、夢みる異国の透いた肌。白皙端整の青年はギルドに入ってくるなり、ひとすじも迷うことなく言い放つ。
「もてなしてほしいお嬢さまがいるんだけど」
特にもたつくことない云いぶり、日本語に不安はなさそうだ。もしものときに待機させたシフール通訳の出番はなかろう。どんな方ですか、と問われると、
「んーとね、フィディエル‥‥川姫っていうんだっけ」
川姫とはどっかで聞いたような――物の怪、たしかそうだ――いいや、それだけじゃなくって、
「っていわゆる、精霊じゃないですか!」
冒険者ギルドの職員は陰陽寮から出向した人員でまかなわれていることが多いから、門前の小僧ならわぬ経を読む、で、陰陽師の知る精霊にもそこそこ詳しかった。
そういえば、近頃、物騒きわまる江戸ではなんだかんだで、めずらしい精霊がよく姿をあらわしている。神剣騒動の折には烙法天狗が冒険者のまえにたちはだかったという風聞で、つい先日の大火災のときには魃が市中を疾駆したという話もある。そしてとうとう、新天地をきざさんと、月代の麗姫かぐやまで江戸城の地下に降臨したらしい。
属性のちがいはあれど、川姫はこれらの強力な精霊たちとほぼ同格。いったいどうして、依頼人はそんな名前をもちだしてきたのだろう。
「そんなに難しいこと、云ってないつもりなんだけどなー」
場所はね、嵐山・大覚寺。大沢池。
――と、おかまいなしで、とんとんと勝手に依頼をかたりはじめる。
水ぬるむ季節には公家が竜頭鷁首の舟遊びでにぎわうそこは、しかし化ヶ原、冬となっては狐狸ばかりが栄える心細いところだ。
『川姫もずいぶんとひさしく、管絃や歌謡を耳にしておりませぬ。こころをなぐさめる話し相手もおらず、ひとりで寂しゅうときをすごしておりまする』
依頼人のはじめた川姫の物まねが上手かどうかは、誰にもわからない。だって、川姫に接見した経験のあるものがいないのだから。
『ですから、川姫に今ひとたびのたのしみをさずけてくださいませ。さすれば川姫は――‥‥』
川姫は――‥‥?
しかし、依頼人はそれ以上、話の穂をつぎたそうとしない。
川姫は水の守護者だ。清水を利用しようとするものに試練をあたえて、相手がそれにふさわしい資格をもつかどうかをみきわめるという。もしかして、依頼というかたちはとっているが、これは川姫の試練ではないのか? ならば、いったい彼女は何故こんなに回りくどいかたちで、試練をおこなおうとしているのか?
ギルドの手代はうすらさむい感情で、依頼人をみやる。依頼人はととのってはいるが、どことなく底の知れぬ戯笑を、淡々とかえした。
●リプレイ本文
●鳥
それは、鳥が跳ねたようにも思われた。
白縫がしなやかに飛翔する。ひらり、ひらり、と、金と銀はじゅんぐりに寄り添い、もいだばかりの果実のような瑞々しい真球が、水際のへりの宙にもちあげられる。
あれは――‥‥、
●華
情景は一双の屏風をひらいたようで、竜宮へとどく青鈍色は月の鏡をのせ、小波にしなり、さだまらぬ。
大沢の池はもともと、公家が月見宴楽にひらいたところ。季節はずれでしまわれていたのをととのえるのに少々おあしは出たが、
「良い船が借りられました」
綿津零湖(ea9276)は悔いることなく、ゆったりと愛でる。翠鳥の青い瞳のなか、船は高み低み替え、水にあるときとまったくおなじにゆらいでいた。
あまり大きくはない、竜頭と鷁首とが、一艘ずつ。アウレリア・リュジィス(eb0573)はものめずらしげにぺたくり、撫で回す。
「へー。こういうの、つかうんだ」
船遊びのそれはおだやかな湖沼に浮かべられる分、実用より趣味の優先された部分がおおきい。うにゃあ、と、さまざまに角度を変えて、処世にはあまりでまわらないかたちの、貴(あて)に雅(みやび)を検見しつくす‥‥いや「うにゃあ」ってゆうより「ちゅー」なのかも。なんならば、アウレリア、もうすぐさようならになる今年の干支を全身にかぶっていたのだから。
「だって、ねずみがのる船って沈まないっていわない? 私の故郷だけかな?」
うちのくにでもいったように思うけど、と、紅珊瑚(eb3448)、でも、
「万が一に溺れたとき、それやと逃げだしにくくならへん?」
「‥‥だ、だいじょーぶだよ。こんなに、丈夫そうな船だもん」
アウレリアは、先ほどよりも少しだけ力を入れて、舳先をべしべしと、おや、とうとう、竜の髭がぽっきりと――‥‥。
「珊瑚さん。私たち何もしてないし、何も見てないよね?」
「あー、はいはい」
珊瑚は手持ちの造花を、折れた箇所に張り付ける。これでしばらくはごまかせるだろう。とんだところで、役に立つ。珊瑚、あらためて、渡る世間にはいろいろな人がいていろいろなことをしでかす、と感じ入る。
「人生、そういうのがおもろいんやけどな」
「私、べつにおもしろいことしてないよ?」
「‥‥自分、じゅうぶん素質ある思うで」
はからずも小ちゃい事件の目撃者その一となった山本佳澄(eb1528)、くすくすと忍び笑い殺しながら、珊瑚の飾り付けをたすける。ところでその一というからにはその二もいるわけで、藤野羽月(ea0348)は花卉を、こちらは作り物じゃなく庭園や道端からちょうだいしたやつ、枇杷は実によく似た甘い薫香をくゆらせ、寒木瓜のおとなしい出で立ちはおしゃまな童女をおもわせる、彼はそれを手際よく船のなかに詰めてゆく。
「女性ばかりで照れくさいな」
主賓の川姫も花のかんばせの持ち主だという話だし、みっともないところはみせられない。
――いつになくはなやいだ表情で、普段ならばけっして口にしないような能弁までしれっと吐く羽月に、リラ・サファト(ea3900)はぽそりと、云うともなしに云って、
「‥‥見とれちゃ、いやですからね」
「何か云ったろうか?」
「‥‥なんでもありません」
リラ、薄紙一枚あいだにはさんだふうなよそよそしいげに、羽月の積み荷に付き添った。かちこちの横顔で仕事をすすめるリラに、羽月はきちんと両眼を向け、生花を一度船縁に寄りかからせてから、
「心配しなくていい。私にはリラだけだから」
「聞いてたんじゃないですかっ」
リラはようやっと、羽月の正面へまともに向き直る。だけでなく、繊手を二本とも羽月の胸板にしずめようとした。おっと、と、羽月はのんきな気勢をあげて、一歩すさり、蜉蝣の羽のごとくかろやかなリラの手を彼の手でしっかりとおちつかせる。
「ほとりは、あぶない。特に、リラはな」
「ひどいです、私だってちゃんと気をつければまっすぐ歩け‥‥」
ちゃんと気をつけなくてもたいていの人間はまっすぐ歩ける、という、ありきたりの皮肉は、リラにはかすりもしなかった。云うはなからぐらりとかしいだ半身が、二艘のまなかの、つまるところは水の層へくぼもうとするのを、羽月はもう片方の手をのばしてリラの腰をすくめる。
「云ったろう? 私が手を握っている、だからリラはだいじょうぶだ」
「‥‥はい」
ごめんなさい、と、リラは縺れぎみの舌、それはなにも寒気が実行をうばっているわけにあらず。
ところで、渡月橋の縁起担ぎだが「男女二人で渡るときにふりかえると、すぐに別れがやってくる」というものなので、後ろさえ見返らなければ、平気のようだ。ここまで歩いて来た道は尊いけれど、ふたりで往く道までひきかえにして、けして守り通さねばならぬものでもないのだから。
●風
彼女は、すぅ、と波のまにまに立つ、水烟はかなくして。
「今宵は川姫の放蕩におつきあいいただきまして、まことにかたじけのぅございます」
「こちらこそ。水に関する名を持つ者として、水の精霊さんをお持て成し出来るなんて光栄です」
と、知らず識らず、嘘偽りのない胸懐をあかしてから、我に返った零湖の頬へ、夕映えに染まる浦のような、希有な朱が散らされる。これではまるで、がっついているようではないか。こんなときこそ己を制するものです、と、零湖はひそかに発心する。
「失礼いたしました。初めまして、綿津零湖(わたづ・れいこ)と申します」
「川姫です」
「華仙教大国から修行に来とる武道家の紅珊瑚(ホァン・シャンフゥ)いいます、よろしゅうに」
階級仕込みの零湖の作法をまねて、苦をなだめつつ体躯を折り曲げてから、かねての憂いをあきらかにした。
「おなまえ、あらしまへんの? 川姫様ゆうのも、エルフさん、ジャイアント君、ゆうとるみたいでおかしいやん」
「なのるほどの価値もない名前でございます。そのときに必要とあらば、打ち明けることもございましょう」
女性は秘密をかかえてこそうつくしい、とは、いうけれど。
水の精霊のたすけのせいか、羽月のくる艪櫂は空に線をすべらかすのとおなじくらいのたやすさで、船舶を池のなかばにおしだした。ここがよい、と、川姫の采配にこれまたぴしゃんと繋留する。
まったく魔法の夜である。
けれども、魔法は――起こるのを待つのでなく、新しい民が耕地を切り開くのとおなじで、己が手でつくりあげるものなのだ。
ほら、分かたれたもう一艘で、人という生ける装置にたくわえられる魔法は夢幻にひとしくて――‥‥。
鷁首の小船。
鷁、とは、瑞鳥。竜が水に耐えるのとおなじ理屈で、風を御する鷁は船舶の装飾としてもてはやされる。
二羽の鷁が互いにしかける、あるいは、あいてを思いやる。抜いて、待ち、右にまわれば、左へ流れて、答えのない問いとおいてけぼりの結果、透明と沈黙と制止をばねに最高まで。
八方塞がりのときだけ用意された、とっときの出口。
リラが縁からそれをのぞき、零湖はそれに身を入れた。
乗りあげる、新世界へと。
「‥‥昔々」
アウレリアの琴の音をしたじきにする草紙は、そんな幕開け。
「昔々あるところに、人魚族のお姫様が嵐の夜に助けた人間の男性に恋をしました。
人魚のお姫様は同族の反対を押し切って地上へ行き、
男性は実は領主の息子で婚約者がいる身の上だったのだけど、」
そこでアウレリアはいったん口を切り、川姫の顔色をうかがったが、水の色はずっとそのままで、珊瑚に目を転ずると、片拳をあげる。不安ない、と、云っているらしい。アウレリアは、よし、と己を奮起させ、
「いっぱい、たくさん、これでもかって、悪いやつがいたり悲しいことがあったり厭なめにもあったりしました。でも、」
魔法は自ら構築するもので、けれどもひとりだけのために為されるわけでなく、
「ふたりでいれば、絶対にのりこえられるんです。だって、たいせつなものがすぐそばにあるじゃないですか。何かのため、未来のため、邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえ、です。‥‥あ、いっけない。死ぬ、なんて云っちゃいけないや」
そういえば、あんまりにも熱を入れて語ったものだから、ファンタズム等をもちいての効果をおこなうのを忘れていたわけだが、
「そ、そうゆうときもあるよね」
「寒ぅありません、川姫さん?」
珊瑚の心配を、川姫は首をふって否む。水中での生活すら可能(というか、そっちが本拠)な川姫、はかなげな外見に比し、寒冷は地上の生き物たちよりずっとしたたかにできている。
どちらかといえば、本式にいららいでいるのは冒険者らで、佳澄のもちこんだぬくもりの酒類は次々と空になっていた。
「みゃ〜ん」
‥‥本人、ふくめて。いつもやわらかな身構えの佳澄がくしゃりと崩れると、ほどけた着物のあいだからしどけなく豊壌の丘がまろびで、またもリラをはらはらさせる。
「では、いらぬ世話であったろうか。茶を煎れてみたのだが」
だが、とうの羽月は涼やぎ変えずに、川姫へ茶碗をさしむけた。沸かしたてとはだいぶんぬるくなった粗茶は、しかし、腑よりも奥底までをくるむようにぽかぽかといきれる。
「リラも綿津さんも疲れたろう、しばらくはゆっくりしてくれ」
「‥‥え、でも」
伊勢物語、それをぜひとも川姫につたえたくて。
リラ、「芥川」「東下り」のうつくしさを聞いて欲しくて。悲しいすじだけども、それでしまいでないことを知って欲しくて。
「ムリはするなよ?」
竜頭の船から、羽月はリラを眺めて、それから月を。今にもあかるい月が落ちてくるようで――‥‥。
「皆様のお心遣い、川姫、いたく心を打たれました」
「いいえ。すこしでもお心をなぐさむことができましたら、幸いです」
と、やっぱり真っ先に云いきった零湖、ふたたび頬に明かりをつけた。いけない、いけない。零湖が自腹をきったことを知った川姫は、それでは悪いから、と、水妖の指輪まで零湖にわたしてくれたのに。期待にこたえられなくとも、彼女の気持ちへ少しでもかかるところがあれば、零湖はそれで不足のない。
「皆様は川姫の試練へこたえてくださいました。では、川姫もお約束をまもらなければいけませんね」
「約束?」
冒険者ら、きょとん、と、頓狂な顔をつくる。
そんな約束は、したおぼえがない。するとしたら‥‥。
●月
「そういえば、依頼人さん。どこ行ったのかな?」
実は、アウレリアは幾分、依頼人と会話をおこなっていた。船に積み込む御馳走の予算は用意できるのか、とかけあえば、
「しかたがないね。僕はキミには弱い」
「え? もしかして、ひとめぼれ? ‥‥って、そんなわけないですよね」
「いいや、そうかもしれないよ? でも僕にとってより大事なことは、キミが異国の楽士だってことさ」
あの言葉がいったいなんなのかたしかめようとしたときには、もうどこにも見あたらなかった。
――‥‥つと、川姫が、はるかな水面を指でしめす。釣られて冒険者らがそちらへ目をやると。
燐光がちろ、ちろ、とたゆとう。それはあっというまにひとつところに集いはじめて――‥‥。
兆しのなく呼び覚まされた異変に、一同はあっけにとられる。アウレリアがいちはやく反応したのは、バード、それにもっとも近しい賦質の持ち主であったゆえか。
「月道だよ!」
しかし、そうだと云いきったアウレリアすら、なにかに化かされたような心持ちでいっぱい。その夜は、望――満月ではなかったのだから。
そして、姿を消していたはずの依頼人が、仲冬の遊糸のような人身を月道の真下にあらわしている。