●リプレイ本文
●準備だっ
江戸が災禍にみまわれたのは、十一月十日の夜分。金と朱、鳩尾をつらくさせる暗黒からなるその日を、江戸の民はけして忘れはしまい。
「そんなたいへんなことがあったんですね」
すこし急ぎで京にちかづいたために十五日の月道(イギリス・江戸間の月道だ)をつかったときには気付けなかったけれど、まさかそんな大事になっていようとは。セレン・フロレンティン(ea9776)、心をいためる。あの日、わずかでもあたりを見まわすゆとりがあったなら、もろびとの苦痛をやわらげてあげただろうか。
彼は、たった今、京にいる。あの惨事へじかに手をのべることはかなわぬが、京で、京だからこそのおとないがあるはずで、くったくないにぎわいが東都へもどればいい、と、願うことは祈ることの生き別れ。
「異郷の者同士、困った時はお互い様です。阿国さんの舞踏の興行、必ず成功させましょう」
レイムス・ドレイク(eb2277)も腕をふるうことを、騎士の十戒に、誓う。
――‥‥というふうに、出雲阿国のもちかけた概略に賛同したものたちは、まずは舞台の確保にそこかしかをあたっていた。彼らが目を付けたのは、社祠。真砂の数ほどにも神社仏閣をかかえる京、年の瀬と忙殺きわまるころでもなんとか場所を貸してもらえるところはないかと、七枷伏姫(eb0487)、阿国の一座をとおしてもとめたところ――わりにあっけなく見つかった。
神の鎮座ますところとて、無収入ではやってけまい。彼らは信仰で商いする。しめたもの、ということで。けれども、そういう見方をすれば、浮き世の皮肉、世相の灰汁、
「商家にたのむのと、あまり変わらぬのだな」
十代らしい潔癖で、蘇芳正孝(eb1963)、いまいち複雑。あくせく探し回る手間がなくなったのはうれしいが――いいや、今は、日裏より日向をみつめよか。その分、あいた閑暇をいくらでも他の用事につぎこめるのだから。
それに、これはこれで良い面があるのも事実で、そういうところは寄り合いの場としての施設もそなえている場合が多い。伏姫が話をつけたところも、粗末ながらちゃんと使える舞台があった。
「でも、これじゃあ独創性が足りないね」
ランティス・ニュートン(eb3272)、ナイトの誇りに幾分そぐわぬ、わんぱくめいた表情でそれを打ち見、片手の工具をくるめかす。せっかく、シフール通訳まで調達して(けっこう高ついた。建築の専門用語を解するシフールはかぎられている、その分、手間賃も上乗せになるので)やる気をだしているのだ。最高をめざさねば申し訳がたたぬ。
「‥‥やるか」
ランティスが腹をくくったころに、
「やるぞっ」
レベッカ・オルガノン(eb0451)は洛陽の中心で、覚悟をさけぶ。客引き活動はほとんどのものがなにかと兼任でやっつけていて、セレンはそれほど京には慣れていないから、レベッカの役目はいわば宣伝隊長というところ。
「呪子様一番お供(自称)の名にかけて!」
客層がかたむきそうな気がしないでもないが(しかも、微妙な方向へ)、まぁ、あつまりゃなんとかなるってことでさ。
「はりきりすぎて、たおれないでください」
「平気。私、健康いっぱいだから。そっちはなんだか大所帯だね。美人がたくさんで、花魁道中みたい」
「‥‥レベッカさん、分かっておっしゃってるでしょう?」
伊庭馨(eb1565)、ともに行動する高槻笙、綾都紗雪はたしかにどちらも器量よしだけど――笙も、馨も、りっぱに男性だ。どこに行くの、と、尋ねられて、馨は、当日は身を切るように冷え込むでしょうから、と、
「毛布をそろえられないかと思いまして」
時節は、大雪(たいせつ)。お年寄りや子どもには長時間の観覧はつらかろう、だから顔のきく笙や、僧侶なるがゆえ寺社に融通のきく紗雪の助力で、数量をそろえよう、と。いかにもまわりのことを常に念頭におく、馨らしい気配りだ。
「いっぱい集まるといいね」
私も人手をいっぱい集めるぞ、と、レベッカは気合い充分、
「いざとなったら、呪子様にたのんで、幽霊のともだち集めてもらうから」
偏向とおりこして、沈没になりかけてるんですけど。
シャラ・ルーシャラ(ea0062)は時間のあいまをぬい、阿国と打ち合わせ。の、途中。
「おかね、あずかってきたんです」
これをぼきんするんですよー、と、じゃらじゃら、小判に銅銭、床へ散り乱す。そんなに無造作にうずたかい金銭をみるのは初めてだったので、目を丸くする阿国に、シャラはものすごいことをやれた気がしてなんだか誇らしくなる。シャラの虎の子の十両、天螺月律吏からあずかってきた四十両と、けれどもカヤ・ツヴァイナァーツのは、
「カヤさんはおかねをわすれたんです。だから、シャラがおかねをたてかえたんです。じゅうりょう(十両)です。カヤさんはシャラにしゃっきんしてるから、シャラはトリタテヤさんですー♪」←まちがい
がんばれ債権者(むしろ負債者が)。
●本番だっ
当日の客の出、これは少々妙なかんじになった。
レベッカの呼び込みが口にするのもはばかられる首尾をあげたのはともかくとして「なんで? たくさん集まってくれたし、みんないい人だよ?」えーっと(視線をそらす)、正孝が(強制話題転換)、万が一予定の舞台がダメになったときのために、と、念には念を入れて幾つかの大店へ交渉にあたった結果、土地は借りられなかったものの、それなりの知名度を彼らのあいだに浸透させられた。こういうのを、「えへん、シャラしってますです」、
「ひょうきんからくま、っていうんです」
「‥‥瓢箪から駒、だ」
くまー。
セレンのほうは――これはちょっと選択がまずい。彼は救い小屋の人々に頼ることを思いついたのだが――たしかに黄泉人に焼け出されたものもおるし、江戸からの支援をうけたこともたしかだが、そういう人ばかりとはかぎらない――救い小屋にいる人というのは、仕事がない、行き先がない、他人へ気をまわすゆとりのない、そういう彼らだ。町へ出てもまず己をたてねばならぬ、暖簾に釘押し、おもうような充実は得られなかった。
「ごめんなさい」
和泉琴音や久世沙紅良の援助を得てもうまくゆかなかったことが悔しくて、未熟さゆえに天から突き放されたようなこころもちで、泣き出したくなる弱音は江戸の人のほうがよっぽどつらいはず、と、優柔な強情がくいとめた。
「私も、あんまりお役に立てなかったみたいで」
祭具を借用しようと、洛外を中心にまわってみたが、いまいち信頼を得られなかったレイムス。ひとえにはレイムスの、異国人であることの証明にもつながる、ハーフエルフ然たる容姿。たとい貴族の礼儀を尽くそうとも、彼の言語能力ではそれを十二分に発揮できぬ。ファング・ダイモスもあいまにたってはくれたのだが、彼の人のやさしげな風貌をもってしても、完全な中和とはならなかったようである。
「いいえ、無駄ではありませんよ」
この時期、遠方のものも洛内へ出向く用事は多かろう。事前の根回し、とみれば、きっとどこかで実を付ける。情けは人のためならず、思いというのは環つなぎで、できている。馨はそう、引き立てる。
「俺はなんとかなったけどね」
シフール通訳をやとった甲斐はいかんなく発揮されて、ランティス、到達点に満足げ、しかし伏姫はなぜか頭を抱えている、
「‥‥拙者、あそこで司会をするのでござるか」
みずから云いだしたこととはいえ、務めをかぎりなく、いぶかしむ。
気の早い、聖夜祭仕様。
常磐の松を基調に、破れ銭、蝋燭、その他なんでもちっぽけなおもちゃを、即席の飾り付け。
芸術品ではあるが、うーむ。
「うーむ」
本番にまぢかくなっても、伏姫はやはり苦悩していた。いまさら責任をうっちゃるつもりがないのは無論であるが、それとこれとは、ちょっと論点がちがうとゆうか。好きか嫌いか、そういうことでもないとゆうか。
「どうしてもイヤなら、交代しよっか?」
稽古のときに阿国の代わりをつとめていたくらいなので、レベッカ、始終の進行はおおよそつかんでいる。やってやれないことはなかろう、ただ、やはりしきたりにはおぼつかないのがこころもとなかったが。
伏姫はレベッカをみはった。阿国とともの剣舞を約束したレベッカは、腰回りがむきだしの、寒いなかをもっと寒くなりそうないでたちで、同性ながら目のやり場に困る。が、妙な気骨で伏姫は真正面からみすえて、おもむろにじっくり、返答を。
「拙者がんばるでござるよ」
その決意こそ天晴れであれ、なはずだが、片手に木刀ふりしめながらだと、また異なる危ない系の決意にもみえるのが難点である。
「いいですかー?」
あんまりにも下のほうから聞こえたものだから、野の草が寒さをこらえかねて、文句をつけにきたのかと思った。もちろんそうではなく、シャラがランティスの募金箱に銅銭を釣り込もうとしているのだ。
どうぞ、と腰をかがめると、にゃむにゃむ、と、シャラは教わったとおりのお祈りのかたちで、ちゃりんちゃりん。ここは神社だから、柏手のほうがよいのではないか、と、正孝の素朴な疑問は、そこの純粋なジャパン人が彼だけだったので、むくわれることはなかった。
「たくさん、ぼきんがあつまりますように。それから、カヤさんがあしをあらって(正孝「それはたぶん、耳をそろえて、ではなかろうか」)おかねをかえしてくれますように」
「――‥‥いまのうちから金銭のやりとりをしっかりするのは、悪いことではないと思うが」
「そろそろ、支度をはじめないといけないんじゃないですか? がんばってくださいね」
レイムスもランティスをまねて、シャラのてっぺんをかいぐりすると、シャラはようよう刻限にきづき、月兎がはねるように舞台のほうへもどっていった。
絹糸を縒りきるように、笛の音がさっとあがる。ところへわぁっとかぶさる、まばらな潮はたちまち底からさらう高波になって、会場の拍手は鳴り物総出にうちみだしたよう、眠る虫まで起こすぐらいの大きい囃子。
大役を終えたセレンが、笛口からはなれて静かにほほえむのを、馨は人の垣根をはさむ遠くから眺めやった。――自分の道を見いだしたようだ。胸、なで下ろす。
ここで、阿国はいったん憩う。次はシャラが竪琴をかなでて、レベッカの国元の舞踊、三人の豊壌の女神のために舞踊を披露する。
阿国はシャラの側にちょこんと寄って、よく似たふたりがそうしてると、今日は衣裳まで合わせたからなおさらだ、真冬の胡蝶が二羽か、それとも陸上の緋鯉と真鯉、どちらにしたって贅沢な話である。
「‥‥楽しませてもらってばかりで、申し訳ないですね」
という馨だって、ちゃんとまわって、警備にいそしんでいたわけだが。けれど、借りてきた毛布がちゃんと使われてるか気になって、「冷えるようでしたら、熱いお飲み物でもおもちしましょうか」と声を掛けたり、用心よりはねんごろのわりあいのほうが高くなっているのは性分というものだろう。
正孝が縄をぐるりとめぐらせて、張ってくれている。あれでじゅうぶん――というわけにもいかないけれど。ほんとうはああいうものが不要で終わること、ねがってるだろう。
不要じゃなかったんだが。
こうして、京の募金活動は大成功をおさめる。
それはちょうど、ひとりひとりの持ち寄る小さな種火も合わせればふくらみ、山や空すら焦がすほど大きくなるのとよく似ている。