【京の人斬り】 死角
|
■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 72 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月26日〜12月29日
リプレイ公開日:2006年01月05日
|
●オープニング
‥‥。
十一月二十五日夜。源徳排斥の運動を行っていた平織派の大納言、華山院忠朝が友人宅での宴から戻る途中に何者かに暗殺される事件が起こる。昨今の人斬り騒動を警戒して大納言は腕利きの護衛を雇っていたが、全員が死亡。目撃者は居らず、京の、とりわけ政治に関わる人々を震撼させる事件となる。
白妙の十二月に入ってからも、これに相似した残虐は発生。たとえば、源徳にちかしい堺の豪商、今井宗慧。ふたつの事件の共通は、標的が政財的な著名人であること、まるで鬼神が裁いたがごとき熾烈にして酷薄な手口だ。源徳に不利となる託宣をおこなった陰陽師・賀茂陽憲の周囲にもすでに衛護のものがつかわされ、そして、ここに、
「次あたり‥‥。黒虎部隊隊長がねらわれるんじゃないかっていうちまたの噂、知ってますか?」
さもありなん。「あれ」でも(「どれ」でも)鈴鹿紅葉は、京で名はとおっている。政治の中枢に関わっているわけではないが、その死は如実に平織のまつりごとに影響をあたえるだろう。
だからといって、それで鈴鹿はおとなしく奥向きにおさまる性分ではない。むしろ近頃は、人斬りを挑発するかのように――いや、おそらくは、してるのだろう――、供もつけず、昼夜を舎かずひとりで出歩いているらしい。
「囮になっているつもりなんでしょうが、人斬りの実力が本物ならば、それどころではなくやられてしまう可能性が高いです」
依頼人は、黒虎部隊の平の隊員。依頼内容は、鈴鹿紅葉の護衛。――‥‥といっても、影からのだけど。
本来ならば黒虎部隊の隊員でおぎないたいところだが、彼らには彼らなりに修練や任務があって、先日の神剣と狐、あれの始末で仕事は急増している、とてもではないが日毎鈴鹿ひとりに張り付ける状態ではない。
「どうして見つからないようにしてくださいというかといえば、警護がついていると知れば、隊長おそらくは、とんずらするでしょうから。大納言の事件では、護衛がすべて斬り殺されてましたからね。だから、今も、ひとりでふらふらしてるんでしょうけど」
他人を巻き込みたくないという志は高かろうが、惜しむらくは、鈴鹿には実力がともなわない。部下をはらはらさせてそれでほんとうに隊長なのかって、無間の泉の疑念は尽きぬ。
※
鈴鹿紅葉は、ふと足をとめる。
街中。路次。雑踏。噪音。いつもどおりがいつもどおりをけどっていつもどおりに進行している、いつもどおりが最善だと信じて。
――‥‥見られている、か?
確証は、ない。そういう心持ちが、するだけ。直感よりもあさく、印象よりはうすい。うつろう水に描かれた墨絵のような、「ある」というだけで「なくなってゆく」、そういうかんじのもの、なだけ。
「‥‥」
消耗戦でもしかけられてきてるのだろうか。が、人斬りが世に聞こえるような腕前のもちぬしなら、そんな安っぽい小細工など必要なかろうに。
「‥‥なにを考えている?」
が、鈴鹿の思考はけっきょく、推測のとばにすらたどりつかぬ。しびれる疲弊が、頭脳をおかしている。そして、彼女はまた、気のおもむくままの足任せに――だんだんと人気のすくない方角へまぎれてゆく。
●リプレイ本文
●その概略、忘れてました(本音)
妖怪退治の手練れをすぐった、黒虎部隊。その長をつとめる鈴鹿紅葉、常に冷静で、正義や平和のためであればどのような犠牲もいとわない性格は、敵味方を問わず恐れられている。
「その隊長殿が後先考えず行動するだろうか?」
「するよ」
でなきゃあ、ドレスを作ってくれ、とかいった、とんちんかんなことを頼みに冒険者ギルドには来ないだろうし。レベッカ・オルガノン(eb0451)、備前響耶(eb3824)の推測、あっさり一言で打ち砕く。が、響耶はそしらぬふう、
「なんらかの策があるにちがいない」
「ないみたい」
ほら占いにもそう出てる、と、レベッカはタロットをひろげてみせるが、占術の素養などあるわけもない響耶は、「西洋の木札は豪華であるな」鑑賞してどうする。
「なんだか困った隊長さんみたいだね」
時羅亮(ea4870)、あぐねる、光る若草のよう、あどけない顔付きの眉をひそめる。
大神総一郎(ea1636)は依頼人に対して、熱心な聞き込みをおこなっていた。人斬りの出没地点から襲撃の地点をみちびけないかと考えたのだが、
「同一犯と思われる人斬りは、三件だけで‥‥」
たった三件の凶音からの推測は、無理だろう。つまり、鈴鹿のでまわるどこで遭遇するか、油断がならぬ、という事の次第。
そして、複数犯の行状を警戒した総一郎に、それは心配なかろう、と、請け負ったのはなんと、響耶。
「自分らの追っている人斬りは、多勢ではないはずだ」
もっとも最近の事変、賀茂邸襲撃、響耶はその場に同席していた。身内が目にとめた影は――たったのひとつ。しかし、その一意から放たれた鬼気は、つまらぬ逆心なぞまとめてなぐ、荒ぶる狂風で、彼の身内は手も足もでなかったという。
「『囮かもしれぬから、市内の警邏を厚くしろ』とただ漠然と告げても、汲み取りがたい。それはとっくにおこなわれていて、しかして手のまわらぬところがあるから、自分たちに依頼が来たのだ」
むぅ、と、シャラ・ルーシャラ(ea0062)いつのまにか、へたり、と溶けかけて、ぽっぽっと頭から輪が出ている。
「おはなしがむずかしすぎて、うにゅう、です」
蘇芳正孝(eb1963)、シャラから借りた小梅ちゃん団扇で涼風をおくってやる。真冬にそんなだから、たぶん、事態はよっぽど逼迫している(シャラにとってだけ)。正孝とて全容把握したわけでなく、総一郎らの内談へ首をひねったり、うなずいたり、がせいいっぱいだけど。
「とにかく、鈴鹿殿を守りとおせばいいだけだ」
知人が知らないうちに殺された、というのでは、あんまりにも寝覚めが悪い。正孝はそれだけのつもりで呟いたのだが。
総一郎は、はっと、虚をつかれる思い。――‥‥てのひらを大きくしたつもりが、指と指のあわいもひらけば、そこからこぼれて、砂をなくす。めずらしく、焦れたようだ。総一郎、眉を寄せて――己もまだまだ青い、と認めることは、嬉しいのやら悲しいのやら。
●二十六日、二十七日、
で、鈴鹿紅葉がどんな道筋をとおってたかといえば。
小間物・袋物屋、反物屋、ときどき菓子舗、――調べるまでもなかった。それもそばへすなおに寄るのではなく、道の反対側からじぃっとねめつけてるだけの、たちのわるい冷やかしだ。
「初めてのおつかいを尾行してる気持ちかな」
亮のためいきはともかく、
「‥‥紐なしで犬を散歩させている気分だ」
と、正孝の納得はどうだろう。
だが、もしも見失っても、行き先をみつけだすのはそう難しくはなさそうだ。志士装束の鈴鹿が興味をもちそうな店へ目星をつければよいだけ。
「女の子が幸せそうにしているのを見るのは、嫌いじゃないけど」
亮は道の端から目を転じ、手持ちの筆硯をさらさらとすべらせる。走り描きだが、よくできた。
さて、立ち位置をいったん整理する。鈴鹿を中心として、響耶は鈴鹿の前にまわり、亮は鈴鹿のうしろから追っかけ、正孝がそのまたうしろから追跡者の行方をしらべる。では、のこりの冒険者は?
そこで、総一郎。いかにも能役者らしい音を立てぬ足取り、すぅっと鈴鹿に近付くと「折り入って、お話が」打ち明ける。近頃、妙な付きまといにたかられて戸惑っている旨。鈴鹿はしまいまで話を聞くと、名案がある、と、胸を張り、
「私が、冒険者ギルドにかけあってやろう」
「え?」
これは、予想外。が、それほど風変わりでもなく、どだい個人の警備は、役人の仕事ではない。賀茂陽憲・今井宗慧の場合のほうが特殊すぎるくらいの特例なのだし、つまはじきにされた個々の苦慮をすくいあげることで、冒険者ギルドの経営はなりたっている。
「金子の心配か? 少しならば、私が用意をたててもいいが」
この調子では今すぐでも、総一郎は冒険者ギルドへ「依頼人」として連れ込まれかねない‥‥さすがに冒険者ギルドにまで口止めは頼んでいない。「いえ、結構」と、冒険者ギルドへでかけるそぶりだけしていったんはその場を辞すと、入れ替わり、どこからともなくあらわれたちんまりエルフ、シャラのことだ、は、てん・てん、危なっかしくよたついて、鈴鹿のたもとにぶらさがり。
にぱ。笑った。
鈴鹿が、にぱ、と返すと(下手だった)、シャラは新たなご挨拶がわりに、もいちど袂をひっぱる。
「このおふく、きたことがあるのです。ちっさくして、ごめんなさい」
「あぁ。いつぞやの。どうした?」
「ねえさまをさがしてるのです。いっしょにさがしてください」
湿っぽくなるシャラの面作り、焼けぼっくいでもすりつけたように、まぶたが腫れぼったい。
「シャラ、ねえさまにあえないと、さみしくてかなしくてくるしくて、しんじゃうのですー。このままだと、シャラ、きっとおばけになっちゃうんですー」
「‥‥分かった。付き合おう」
端からみればどこをきっても嘘八百だが、口にしたシャラは心の底から「おばけになって、あしがなくなるのはやですー」と信じてるし、鈴鹿は鈴鹿で「小さい子が妖怪になるのはいけないな」‥‥信じられないことだが、信じていた。
鈴鹿とシャラの妖怪撲滅運動――なんか違う――二十六日はそんな具合に明け暮れた。
二十七日は、レベッカの担当。レベッカは凶相そろいぶみのタロット、鈴鹿の目前、堂々とかかげる。
「でね、鈴鹿さんといっしょなら、その災いが避けられるって出たの」
「う、うむ。しかし」
「私とじゃ、イヤ?」
レベッカの、冬を割るように冴えた碧の瞳に霜が塗られて‥‥昨日のシャラと、おんなじ。女性という種族は、じつに的確に、己の武器をこころえている。鈴鹿、しどろもどろ、
「イヤというわけではないが」
「じゃ、こうしよう。美味しいお団子屋さんがあるんだけど‥‥行かない?」
「‥‥‥行く」
物陰でその会話を盗み聞いた亮、手にした筆が、ごぎゃっと折れる。
「黒虎部隊の隊長が、泣き落としにひっかかったり、お団子で懐柔されたり。京都の平和って、どうやって守られてるんだろう」
それはこっちが知りたい。
――‥‥いいや、安寧はとこしえに閉じこめることなぞ、できやしない。それは手品の小鳥のように、どんなとこからでも破れて羽ばたく、暗黒は、たとえば亮のほんの、隣で。
正孝はひとり離れて、道をたどる。レベッカにあらかじめ予定の道順を聞いていたから、置いてけぼりをくらうことだけはない、と、幾分やすらかな心持ち。鈴鹿たちが立ち寄った店へ、遅ればせながら調べの目をはしらせることもできたくらい。
乙女ならばいかにも心をつかまれそうな、色はあでやか、形ははなやか。今日は追跡組にまわったシャラが恍惚と見蕩れている。この努めを済ませれば付き合ってあげるのも一興、と、あてどない思いを散らせているところへ、ひとつ。
影。
寂静より重く、破滅より黒い。
たちはだかるものの輪郭をみとめられず、正孝は忘我する。片腹からはじまる昏倒は、誕生以前にとてもよく似ている。
「おいしかった?」
「うむ。すばらしく」
「じゃ、次はお饅頭屋さん」
あからさまに志士のいでたちの鈴鹿と異国の褐色の少女・レベッカ、異色の組み合わせがめだたぬわけはない。派手な衆目をあつめながら、ふたり、たぶん仲良く進んでいたあるときである。
待たれよ、と、声を掛けられる。
レベッカは肩をこわばらせた。人目の多いところを選んできたつもりだったが、声の主は周囲にかまうことなく、ふたりの前を横切った。
「なに!?」
「おぬし‥‥」
と、その人は鈴鹿でなく、レベッカを呼ばおうとした。レベッカがそれを疑う寸前のこと。隠匿を解いた響耶が霞の刀をかまえて、釣り込まれた亮も、慌てふためきといった風情だが、とにかく剣をさし向ける。
「貴殿、十剣党の手の者か!?」
「わしを愚弄するか!」
野太い一喝が、響耶の秋水をはたく。戸板返しの刃は亮の十手に獰猛に食らいつき、横様にはじいた。
「大河原鋼三、誇り高き黒虎部隊の一員である! 下郎のものたちと同列にしないでもらおうか!」
――‥‥はぁ?
双方は睨み合ったまま、しかし挙動をゆるさぬ静謐な空隙が、はじからはじまでふくらむ。緊張を裂いたのは響耶である。大河原と名告った壮年に寄り、袴の埃をおとす。
「知らぬこととはいえ、このたびはたいへんな失礼をいたしました。つきましては次回の人事で、この備前響耶、なにとぞ御推挙をおねがいいたしたく」
「待たんか。そこの、ちゃっかりもの」
つまり。
鈴鹿を追っているのは、なにも人斬りのみにとどまらなかった。むべなるかな、きっかけは依頼だが、冒険者たちとてあとを追った、別の視点からも同様のことがおこなわれていてもおかしくはなかったのである。
彼の名は、大河原鋼三。黒虎部隊の重鎮のひとり。加齢のため近年は事務方にまわっているものの、若いころはかなりの剣巧手としてならしたそうな。
大河原は、平隊士が冒険者ギルドに依頼をだしたことを知らなかったらしい。それで自ら発起し、冒険者らとおなじことをはじめた‥‥と。
「ほんとうに迷惑をかけどおしなんだね」
それもこれも隊長思いから出たこととはいえ、こうまで、黒虎部隊内部で認識のずれがあるとは思わなかった。呆れというよりは哀れみの視線で、亮、鈴鹿をみやると彼女は手まりほどにも縮まっている。
こういうときのためのもの。レベッカはわざわざ背嚢からハリセンをとりだすと、それで軽く鈴鹿の額をぺちぺちしたが、鈴鹿はおとなしくされるがままになっている。
「もう絶対にこんな無茶しちゃダメだよ。鈴鹿さん。隊長なんだから」
「善処する」
「善処だけじゃ、ダメ」
約束げんまんしてくれなきゃ、お団子もドレスも紹介してあげない。と、これはてきめん。
「鈴鹿さんがいなくなったら、私も悲しいんだからね」
大河原は亮の、人目をそらすための小道具につかった、鈴鹿を描いた戯画を所望した。立ち会いのときに亮が落としたそれを、気に入ったようだ。そして、これだけの冒険者がそばにいればまかせられる、と、大河原はひとり去る。
――‥‥おしまいだと思われた。
シャラが正孝をひきずって、その場にあらわれるまでは。シャラは小間物屋を出たところで、臥せる正孝を発見したのだ。正孝は絶え絶えの息の中で、話を聞き、それだけをつぶやき、再び意識を暗闇へ。
「否。拙者が当て身をくらったのは大河原殿ではない」
大河原ならば、響耶たちとそうしたように、嘘偽りのない斬り結びで決着をつけようとする。正孝は直感する。
「大河原殿はどこへ行かれた?」
●剣鬼
正孝の心掛かりは的中した。亮の絵を握ったまま、変わり果てた大河原を発見したのは、翌朝、二十八日。唇を咬む総一郎、赤が紫になり、ついには青と化しても、彼は自責を止めぬ。
「やはり囮だったのか?」
「いいや。それにしては、陽動がなかった‥‥。おそらく人斬りのねらいは私と大河原殿の両方同時、であったのだろう」
冒険者らの意識が鈴鹿に集中したから、死角の大河原のみをねらうことで、ひとまず人斬りは下がることにした。逆に、冒険者らが鈴鹿の護衛よりも人斬りさがしに熱中していれば、死体となってあがっていたのは鈴鹿だったかもしれぬ。
正孝はわきばらをおさえる。みぞおちにねじ込まれた拳の重み、こめかみにまでかけのぼる。正孝は――大河原と異なる、生きている。斬る価値もないとみなされたからか。
一方、響耶は、大河原の骸をあらためる。
同一の剣刀、同一の剣技‥‥同一の剣鬼。賀茂邸を襲撃した存在と。響耶たちを易々と伏せた大河原は、刀を柄から引き抜くこともできず、真正面――正々堂々の対峙の結果、流星のなぜるようなうつくしい一刀のもとに絶命した。
「僕の絵をもらってくれると云った人を、いったい誰が殺したの?」
亮の問いは、けれど、底なしの泥沼のようにわだかまるだけで。
筵をかぶせられた大河原は、たいして嵩をふくらませぬ。死とはそういうものだと――たいしたものではないのだと、どこかで酷薄の仮面が、にやつく。