●リプレイ本文
「『以津真天』って書いて『いつまで』って読むの? おもしろいねー、って云ったら不謹慎かなぁ?」
「‥‥以津真天は野晒しになった屍から生まれる、と、いいます」
そういう伝承もあるというだけで真実とはかぎりませんが、とあらかじめ前置きして、和泉みなも(eb3834)は鳳翼狼(eb3609)に語り始める。以津真天の「イツマデ」という哭声は「いつまで供養しないのか」という呵責をあらわしており、だから耳へ響くと、人は懺悔のおもいにひきずられるのだ、と。はじめはめずらしい御伽噺に耳をすませる要領、翼狼は天衣無縫にいちいちうなずいていたけど、だんだんと首が下のほうへうなだれてゆく。
「なんだか悪くないやつに思えちゃうから、不思議」
「ですが、人の良心を文字どおり食い物にする行為は、許してよいものではありませんよ」
端からみればそれは役者をとりちがえた滑稽物のよう、あどけないみなもが身丈が二尺も上の翼狼を、母親のようないかめしさで教え諭しているのだから。けれど、木に竹を接ぐほど、ちぐはぐなわけでもない。みなも、これで三十はちゃんとすぎている。裙帯より飾り紐の似合いな見掛けでも、内面はちゃぁんと堂々、裳着を引いている。
「さすがは東洋の神秘といったところかしら? 私の知らないことばかり、興味ぶかいわ」
いつからから聞き取りにくわわっていたエリーヌ・フレイア(ea7950)は、真剣そうにはしていても、濡れるような鮮やかな青味の髪、まめに手入れをほどこしながら、である。こういう張りつめたときでこそ、きちんと身なりをととのえるのが、敵へも味方へも作法になると思うのだ。
いろいろと思うところにふけりはじめる翼狼そのままに、みなもはセレン・フロレンティン(ea9776)にむきなおる。
「残念ですが‥‥。言霊にレジストメンタルはおそらく無効です」
言霊と魔法は、性質がちがう。エリーヌの使用しようとしているフレイムエリベイション(正確には、それの巻物)はじかに精神へ支柱をあてがうから、絶対ではないものの幾分のききめはみこめる、だがレジストメンタルは雨だれはよけられても日差しは通す透明の傘のようなもので、生粋の魔法以外にはなんの甲斐もない。
ただ、メロディーを芯にすえる方法自体は、けして浅はかなたくらみではない。要するに、言霊には決定的なだんどりが存在しないので。
――‥‥では。
セレンがまず呪歌で鼓舞せねばならぬのは、観念・自我。それはただ他人へ歌いかけるより、なんて恐ろしく、なんて狂おしい。己を救えぬものが他を救えるはずはない、と、水鏡のむこうがわから挑まれる。
セレン、ぐ、と、リュートベイルを胸へ抱え込む。それは剣で杖で――頼もしき戦友、隣人で哲人。「がんばりましょう」いっしょに、と、おしまいの呼びかけは胸におさめる。
「ん。自分ですか?」
みなもは次に、アゴニー・ソレンス(eb0958)を呼び出した。みなもの継いだ言葉を聞き、アゴニーは目をまるくさせる。
「ほんとうですか?」
「私自身は朧車と相対したことがございませんので、確証はありませんが‥‥」
「俺はやってみます」
狂化したわけでもないのに、ハーフエルフ、アゴニーの双眸、意欲にごうごう盛る。
これでおおよその知識は、伝え終えたろう。みなもは笑って、閑寂なふくみ、ほんとうのところ小粒のおもだちには快闊さがくわわったほうが、ずっとふさわしいのだが、虹彩ちがいの双眸をはにかむようにうつむかせるのが、みなものやりかた。
「よっしゃあ。行っくで!」
ぱん、とてのひらとてのひら、紅珊瑚(eb3448)、こう、生粋の妖怪あいてどるのは、ひさしぶり。褐色の肌が生のよろこびに艶めいて、ゆらめくのは陽炎よりももっとたしかに、戦威。
ところで。
今回の依頼は、安倍晴明による御所への呼び出しが、その発端だった。当代随一の陰陽師である晴明の宿曜が凶事をさしただけで、警備を厚くするじゅうぶんな理由となる。【神剣強奪】だと判明したのは、つい、先ほど。
つまり、今回の依頼は寝起きに水の、だしぬけの事件である。
だから今、明日でも昨日でもない、たった今、どうにかしなければならないのだ。よって現場を下調べするいとまもなく、冒険者らは追いやられる。
「道返の石をもちいるのも、無理そうですね」
神木祥風(eb1630)は、無念そうに石をかたした。冒険者たちの出発はおそれおおくも御所の内側から。たかだかほんの少し動きをおさえるためだけに、御所のなかに亡者どもを招き入れるわけにはいかない。
どこにいますか、との問いへは、行けば分かる、と。
天子のみくらへの第一歩。大内裏外郭十二門の一つであり大内裏南面中央の正門・朱雀門、その南方を太くつらぬく朱雀大路は、ふさわしい真紅、もっとも、その鮮明は鉄銹めくけれども。灯明をうけててらてらとかがやく血池は、紅玉のひとむらか、夕暮れ空の切り抜きか。
ところどころ、千切れた手足、こぼれる臓腑、脂肪のの白、さえなければ、それは浄土の蓮の池にも見まごうような、無上、美しさ。
「しかし、これに値をつける莫迦がいるとは思えないですけどねぇ」
ヒューゴ・メリクリウス(eb3916)の吐き捨てる調子のとりなしも耳をすぎて、祥風、知らず、膝が笑う。
――‥‥いつか絵巻でみせられた焦熱地獄が、わだかまる。しかしあれはあくまで絵巻、二次元のつくりごとだった。
そして、くねったくちばしで脳漿をすいあげていた以津真天、くるりと冒険者らへ頸をめぐらせかと思えば、
『イツマデ!』
そこらじゅうに針を突くような哭き声と、悪夢から醒めた祥風がやおら打ちだしたホーリーの輪光は同時に組み違う。互いは互いを生かしも殺ぎもせず、雲雀のような自由さで、侵略に。
――どうしておまえは唄うのか、と、問われて。
セレン、弦楽器にあてがった指が、鳥の肢のよう、ぎこちなくこわばる。
歌謡は誰かを救うのか? 餓えて、渇いて、死にゆく人々へ手もさしのべず。夏の蟋蟀のように、ただ呑気に喉を鳴らしていていいのか?
「それでも僕は‥‥」
――‥‥生まれくる子どもたちには、花束を。
「俺は‥‥」
罪にしめあげられて置物となった指を、セレン、ならば置物のままでいい、と、音程もなく律動もなく、ただ、どちらかへ動かす。動く。
「歌わなきゃ」
――いつまでと問われれば 刹那に過ぎ去りし刻まで
――今このときまで己が罪に囚われることはない
水晶を金剛石にたたきつけたような、清んだ破裂が、皆の精神を決潰させる。
「あ‥‥そうでした!」
アゴニー、方向感覚をとりもどす。五歩先まで迫り来る朧車、の、右側へ体をすべらせた。車軸へむけて槍の穂先をつきこむ。なにも考えず、がむしゃらに、横へ引く。電子的な不快感が肩の神経をおかすが、神話のようにこらえて。すると、抵抗は突如、雨上がりのように空白をぬける。
「やりました!」
みなもは云った、べつに朧車が魔的とはいえ、物理法則がまったくねじまげられるわけでもない。もしかしたら、動転は可能ではないか、と。
アゴニーはそれを信じ、実行した。技倆というより乱暴な部分がないわけではなかったが、ともかくも、彼は朧車を転覆させるのに成功したのだ。翼狼が、よぅっし、と、腕をまくりながらいうことには、
「このなかから本体の女性、かっこ(あえてそのまま音にする)、きっとすっごい美女、を引きずり出せばいいんだよねっ?」
「‥‥いません」
「あう」
「うち、なかから黄泉人が出てきたん、見たことあるわ」
「はぁうっ!?」
みなもと珊瑚のたたみかけにずたぼろになりながら、翼狼、それでも御簾に手をかけたのは、なくてもちっともかまわないたぐいの意地。――‥‥けっきょくなにもなくて、安心したのやら、無念がったのやら。
「ちゅうか、さき、以津真天やろ!」
「せっかく私がつくった空隙、邪慳にしないでくれる?」
エリーヌ、アグラベイションを折りたたむ。
しかし、珊瑚の重藤弓から繰り出す一矢、一撃は、以津真天の翼の尖端をかすめるのみ。まにあわせの腕前では、身軽な浮遊力にはとどかないらしい。ち、と、舌打ち、弓をなげうち、卒塔婆をおぶった。
「あかん‥‥しゃあない、うちの力貸す。頼むわ!」
「おまかせを。水霊よ、我が手に集い氷の刃と成れ!」
情熱の秘色と連帯の鴇色がまじりあう、みなもの投げすました氷輪は戦神の加護を得て、翼あるものの翼を裂く。翼狼の拳は昇る龍となりて嘴をくだき、エリーヌの二重の雷鳴は棘のある鞭となりてしなり、以津真天の首を刻む。それで、しまいだ。
このあと朧車へどうしたかは、述べるべきことは多くない。機動をうしなったそれへは、手段と意志さえたしかならば、虎が蟻を踏みつぶすようなものだから。聞きとめることがあるとするなら、ヒューゴの次の一言か。
「ふぅん‥‥。朧車にも視界はありそうですね、僕のインビジブルに付いてけないんですから」
無は無へ、
死は死へ、
闇よりの光が、光を病む闇を、しとめる。
そのあとは、ただ、落莫と。忘れ去られた山の奥の湖の静けさで、命綱をかかえるようにリュートをすくめていたセレンの肩へ、珊瑚はぽんと手を置いた。
「御苦労さん。おかげで、なんとか勝てたみたいやで。仲間がいるから前に進める、なんてかっこつけすぎかいな?」
「‥‥ありがとうございます」
ぽきんぽきんと首をまわしているのは、エリーヌ。以津真天をめがけて、あちらこちら飛び回っていたものだから、あらいざらい髪がすすけた。はやくお風呂に入ろう。ジャパンは温泉が有名だというし。
だが、そのまえに。ところで、と、打ち明ける。
「狐ってなんのことかしら? 別にこれ、狐狩りというわけではないようだけれども」
ノルマンから着して日の浅いエリーヌ、首尾をまったく把握しないまま、なんのきなしに率先して人助けをしていたらしい。水際立つ器量でも、さすがシフールといおうか。そういうときこそお坊さんのお役、と、ばかり、祥風がおしだされて、
「ええと、この国は去年の夏頃から、九尾の狐にねらわれていまして。でも神皇様は筆頭萌えで」
「京は神皇様の都です。ですから、神皇様が萌えにおいても筆頭なのも、また当然のことなのです」
――‥‥わけがわからん。真摯な顔つきで、けれど、びみょうに錯乱してないか? みなも。
そういえば、と、ヒューゴは少女めいたおもだちをにごらせ、思いついたように言葉を足す。
「神皇様といえば、神剣のほうはどうなったんでしょう。神剣っていうからには、高価なんでしょうね。ちょっと、強奪したくなる気持ちも分かるかも」
「こらーー」
「やだなぁ。ソエルのもとでは悪さなんか、はたらきませんよ」
そうですよね、と、アゴニーはなんのことわりもなく、ばったり前のめり。緊張の糸が、切れました。
‥‥なんだか終わってからのほうが、前途多難が多発してるなかで。
折りを見、祥風は石を――道返の石を、そこへ、おく。
手を合わせる。祈りはすでに、実効をなさないが。朝になれば、この凄惨な情景にも、手が入ろう。だから、今で、明日の来るその手前。
はらり、と、落ちる。雪のひとひら‥‥でなく、綿のような羽毛、御所をおそった狐どものなかには鳥へ姿を転じるものいたそうだから、それらの忘れ形見か。
降り積もる白が、濃いも薄いもない血だまりを消すが――祥風はいつまでも赤へ目を留めて、戻らない血を、消えた命を、思った。