金魚道中
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月14日〜07月19日
リプレイ公開日:2004年07月26日
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●オープニング
「おねがいしますね」
壷‥‥というよりは甕。これが全部で4つ。大の大人ですら持ち運びを苦労する容積の須恵器のなかに、七分目くらいまで水がなみなみと注がれている。つまり、苦労するのは容積だけでなく、質量もだ。戯れにひとりの人間が持ち上げてみるが、腰の支点がさだまらず、ふらりふらりとよろめき仲間の苦笑をまねく。
甕の水はただの水ではない。それは命の水であるが、人にとって、という意味ではない。ちいちゃな淡水の貴石たち、赤いおべべの粒ぞろいのべっぴんさん。金魚。1つの甕におおよそ30匹ほどが仲むつまじく泳いでいる。
冒険者たちは、ほぅ、と感心したような吐息をつく。彼等の今回の任務は、これら金魚の甕の運搬と護衛なのだ。よりによって魚族の護衛‥‥と矜恃を刺激されたあなた、もうすこし話をよく聞いてほしい。金魚はなぜ金魚というか? 金色の魚だから、なるほどそれもそのとおり。しかし、もうひとつ、黄金のように高価な魚だから、という説もある。魚を食用ではなくただの鑑賞にするだなんて、子どもの遊戯か富豪の道楽のどちらかしかでなく、自然界ではけして生まれ得ぬ彼らを保護することは当然後者の範疇となる。
金持ちが安い魚を愛でるわけもない。一匹、一匹に、冒険者たちの深々とした溜息をまねくほどの金額がつけられている。冒険者たち、知らず知らずのうちに、我が身の身代と比べかね‥‥。
――‥‥閑話休題。
なにはともあれ、一度ひきうけた以上、仕事は仕事。冒険者たちは金魚の出荷を担当する商人と、最後の膝談判をすすめる。江戸のギルドでだいたいのところは聞き及んでいるが、念をいれるにこしたことはなかろう。
「金魚の世話ですが‥‥。1日半程度なら、特になにもしなくてもだいじょうぶなはずです。が、ムリは避けてくださいよ。熱湯につけるとか、毒をまぜるとか」
さすがにそれは常識の範囲だろう。冒険者たちが指摘すると、商人は「世の中なにが起こるか分かりません」とまじめな顔で説教をはじめる。いってることはまちがいではないが。
とにかく、金魚のはいった4つの甕を無事に江戸までとどけること。道程は普通にすすんで一日半(ここへ来るまでに一度通った道なので、冒険者たちもこれは熟知しているが)。ものがなまものであるだけに、とりあつかいには気をはらうこと。噂を小耳にはさんだ不埒な賊や小鬼がちょっかいをかけてくるかもしれないので、あるとしたなら、その撃退。冒険者たちはひとつひとつを心にきざむ。
「あ、金魚の餌はこいつです」
と、乾麩。
「人間が食べても、だいじょうぶですよ」
護衛たるもの、対象の毒味を買ってでてこそ、真の勇ある護衛だろう。と思ったかどうかはいざ知らず、冒険者のひとりがひとつまみ咀嚼する。
いまいちだ。
●リプレイ本文
●一日目の昼
すっきりとのびやかな青空の真下で、ふぅ、ふぅ、といたいけな呼気がちいさな螺旋をえがいている、やがてそれの最後尾に、ぴ、と涼しげな高音がひとつ、まっしろな翼のようにはためいた。
「――‥‥?」
天螺月たゆら(ea2679)は小首をかしげたあとに、ふたたび笛口にくちびるをそえる。これはほんとうにほんとなのかな、とつたない希望に淡やぐ期待をまぜこみ、するとどうだろう、やっぱり自分が音の中心にいる。
「できた」
たゆらは一歩前を往くシャラ・ルーシャラ(ea0062)の衣の裾を引く。
「シャラちゃんあのね。ふえがね 鳴ったの」
「うん、ちゃんと聴いてました」
「もっとがんばったら シャラちゃんといっしょにできる?」
「きっとできます。そしたら、ならった『いろは唄』をあわせましょう」
ほら、こんなふうに。琵琶に撥をあて、シャラは自分で節をつけたという「いろは唄」を吟じはじめた。諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽――47文字でかたどられた世界観の意味をシャラはよく理解できない。けど、ものさびしいくせに、しぼんでしまわないなにかがある、これらのことばづかいは嫌いじゃない。たゆらは勿論あるていどは分かったようなつもりだけれども、頭のなかで空文字をひっくりかえしているよりは、シャラに唄ってもらうほうが素敵だと思う。
シャラの唄が終わりに近づくころ、打楽器の低音が一度きり、天と地を紙のように大きく震わせた。
「おおあたりーっ☆」
それ、なんだか、まちがい。
であることに気が付かない田之上志乃(ea3044)が、誇らしく、所有の太鼓をふたたび打つ。打楽器の響きは寝た子を醒ます鳴動であり、大地をうがつ震動であり、世界の活動のいったんである。空につづくまっさらな空間がぐるぐるしている、目をつぶっても肌がその代わりになって感じられる。あぁ、夏がすぐそこに。
気分最高潮の志乃は、
「ハァ〜ァア〜ァ〜会津磐梯山は宝のやぁまァよ〜♪」
シャラのものとはまた異なった唄を歌い出す。それは‥‥なんともはや描写がしにくいが、とりあえず聞き手の心をうつものであることはまちがいない。どういうふうに打つかは、たしかにこまかく書き込まないほうがよさげだが、焔刃瞑軌(ea0236)の感性にあるひとつの感慨をよびおこす。
笛を吹く手を一時解放し、瞑軌は腕を組んだ。
「むぅ、負けてられないね」
しかし、彼に不利な条件はいくらもある。ありすぎる。たとえば道々たちどまっては傍らの草をしゃりしゃり喰む、彼の愛馬。それの手綱を握っているから、瞑軌は本来の腕前を発揮できず、簡単な旋律を奏するだけにとどまっている。
ほんとうは誰かにあずけようと思ったのだけれど、ただの馬をひくにもそこそこの技能は必要で(というより、だからこそ、というべきか。馬はわりに理性ある獣だから、手綱の引き手の力量を見極めて態度をつくる)素人にまかせるには危険すぎ、あるていど慣れたものでも1人1頭がおおよその限界で、じゃあ他に手はないか、頭に手綱を巻いてみるか‥‥それはやっぱり引きずられるだろう。だから瞑軌は、馬への直接交渉をこころみる。
「おまえ自分で勝手に歩けない?」
や。
「そんなこといわずに」
やだって。
「ほらぁ。わがままいわずに」
やだったらやだったらやだったら、やだ。
「‥‥深識よ。なんか俺には、ヴェントリラキュイとかいう魔法をつかって、馬の分の会話もひとりで担当しているように見えるんだが」
「安心しろ、俺もそう見える」
緋霞深識(ea2984)はリューガ・レッドヒート(ea0036)の肩を万感の思いでたたく。尽きせぬ一部始終をむりやり言語になおすと、あきらめろ、とか、べつにこれがジャパンの全部じゃないぞ、とか。
二人の彼ら、どうもその他の彼ら彼女らに負けている。どこがどうとはあらわしにくい、が、視覚で確認できないところがとことん敗北を喫している。
「勝とうともおもわないけど」
リューガ、ひとりごちる。これが仏教のいう、悟りの境地というものだろうか、違う気がする。
金魚とはどんなものかをたしかめたくってちょっと顔をだしたはずが、ここまで来て只帰りする気か、と移送の面子にくわえられた、そこまではいい。こんなめだつものを運ぶのだから、このさい、とことん派手な格好でゆこう。そんな結論がくだされたのも、まだ許せる。深識がそれ用にと天狗面をこしらえてリューガに渡してくれた(ちなみに深識が自分につくったものは狐面、文字どおりの荒削りだがリューガはけっこう気に入っている)、これに関しては、ありがたいとさえ思っている。けれど、
「しかたがねじゃ。衣裳を貸してくれるところがなかんべから」
江戸はそこまでひらけていない。だから、てづくりで我慢するしかないのだ。腰に手をあて、あまったてのひらの人差し指を横に振って、ち、ち、とリューガを教え諭す、志乃。
こぼれる小さな白い花の群れ。若葉のいきいきしげる枝。ありったけの装飾、ただし無料で手に入れられるもの。全身をそれらで飾り付けられたリューガは、深識にむかい、尋ねる。
「これはなにか違わないか‥‥?」
自信はいまひとつ、ジャパンはこれが普通なのだと答えられたらどうしようか。
深識は巧みに目をそらした。たしかに世の中、努力邁進でほとんどの障害は越えられるかもしれない。が、そもそも、その努力すら喚起しないほどの険しい峠もある。女性の無邪気に勝とうなどとは、とても、とても、
「深く考えるな」
世の不思議は語り尽くせぬ。
そのころ、大空昴(ea0555)は、
「さ、魚‥‥。魚の護衛‥‥。武士への道はきびしいものだなぁ‥‥。って遠い目をしている場合ではない、皆に置いてゆかれるではないかっ。ふむ、しかし、綺麗な色をしておる。喰ったらどんな味がするのであろう。‥‥って、そんなこといってるまに、皆がどんどん先へ行くーっ」
もだえていた。
●一日目の夜から翌日にかけて
そのころ、大空昴は、
「節約大事。私は野宿で我慢します、そのために毛布もきちんと買ってきたんです、ってしまったっ。毛布のほうが宿代より高いではないかーっ」
やっぱり、もだえていた。
●二日目の朝
旅人の朝は、はやい。夜に灯りをともして無理矢理行程を進めるより、天然の光源を活用する経済的な方法をたっとぶのがこの時代の常識だ。安くもなければ高くもないそれなりの宿(木賃宿ではないのだから、たぶん、ちょっといいほうだ)に一夜の休みをもとめた冒険者たち、鴇色の空に明けの明星が輝くよりはやく、出発の準備にとりかかる。
おはよう、おはようございます、と朝の挨拶を交わしあう。ゆうべは順繰りに甕の見張りを交代し、最後の担当の瞑軌はいまだ、意識を半分どころ夢の国においたまま。甕のまわりに棒でひっかいたようなあとと小石をならべてつくった印は、ライトニングトラップのおおよそのめじるしの範囲。
「踏んじゃダメだよ〜。むにゃ」
「いや、そろそろ効果はきれてるだろう」
たしかに深識がそろそろと足を踏み入れても、なんの変化もない。リューガはあたりいっぺんに目を走らせる。
「女性がまだひとりも来てないな」
「子どもばかりだったからな。疲れてるのだろう、寝かせてやれ」
「ご、ごめんなさいっ。おそくなったですっ」
そんな会話をはじめた途端に、ととと、と縁側をかける音。板張りをきしきしいわせながら、シャラが琵琶を片手に、もう片手にたゆらの手をひっぱって走ってきた。
「金魚さん、げんきですか?」
「あぁ。そりゃお兄さんたちが夜のあいだ、一生懸命、見てたから」
「たゆらちゃん、げんきだって」
てのうらでねぼけまなこをこすりあげていたたゆらも、金魚、ということばにはじかれて目を醒ます。
「ほんとうだね」
「いっしょに朝のお世話をします?」
「うん」
シャラが麩をちぎり、たゆらがピュアリファイの呪文で水を清めているあいだに、残りのものが続々‥‥というほど多くはない‥‥やってくる。珍しくもかったるげな昴は、たゆらとシャラ以上にはれぼったいまぶたをしている、寝起きのわるいほうにはみえないのだが。
「遅れてすいません」
「やけに眠そうだな。野宿はきつかったか?」
「きつかったのは野宿というか、寝心地というか、ええと夢をみまして。大判小判に金色の鱗と赤い鰭が生えて、ひらひらと空を逃げてゆくので追っかけていたら、いつのまにか朝になってまして。夢のなかで体を動かしていたせいか、いまいち疲れがまだ体にのこっているようです」
「‥‥そうか」
見張りをしているあいだに昴の煩悶のうめきごえを聴いた深識は、昴の夢の原因を知っているように思った。リューガは、酒がないのに酔っぱらえるなんてめずらしい、と思った。――そりゃあたしかに珍しいだろう。
で、リューガはつと背に、冷気のような殺気をかんじる。
すわこれが賊か、とふりかえる。が、もう少し彼に余裕があったなら分かっただろう、それは殺気とは似てまったく異なるものであること。べつに金魚が目当てでないこと。それどころか、リューガ自身に焦点がさだめられていたこと。
いい匂いがしたこと。
「リューガどん、今日のお花はこれだべ。さ、今、つけてやるべから屈んでしてけろ。黄色い花は赤い髪に似合うだべ」
「志乃さん、それを採りに行ってて遅くなったんですかいっ」
つまるところ、両の腕に本日の花をいっぱいにかかえた志乃が、うふふふ、と満面の笑みを浮かべてそこに立っていたわけだが。
「やっぱ似合うだわ、リューガどん。お姫様みたいだべよ。お面かぶせるのがもったいないべ」
「‥‥なぁ、深識。これって」
「いや、だからだな。それはたぶんジャパン流の褒め言葉であって、俺もよくは知らんが。すまん、きっと俺の勉強不足だ。だから深く考えるな、リューガ」
今日も、元気でいけそうだ。
●それから、すぐの、
「おい、荷物を置いていけ」
「お。おまえとうとう喋れるようになったの? えらいねー、じゃ今度は自分であるいてみよっか」
「‥‥いや、瞑軌。それは馬じゃなくって、盗賊」
そもそも馬が喋れるようになったとしても、仮にもご主人に対してそんなご無体な台詞は口にするだろうか、それとも心当たりがあるのか、といった疑問は、かるくなかったことにされる。
「ん?」
目の前につきだされた馬面、瞑軌はとくと眺める。とくとく。しばらくして、ぷいっと突き放した。
「‥‥かわいくない」
「かわいいほうが問題だろう」
「金魚さんより――?」
「金魚さんよりかわいいとうぞくさんですか?」
「ほえー。江戸はやっぱり広いんだべなぁ。そんなおっとろしいもんもおるんべか」
「深ー識ーーっ。俺はやっぱりわからん。あれ(具体的にいうと、肝心の盗賊を目の前にして『金魚よりかわいい盗賊』という話題でもりあがれるあたり)とどうやって素面でつきあったらいいんだーっ?!」
「あぁ、よしよし。だから俺に助けを求めないでくれ。というか、リューガもだいぶんなじんでるぞ」
盗賊のことを放っておいて、親友に泣きつくところが。すこし。
「‥‥許せません」
一方、昴は燃えていた。
「人が朝早くから眠いの我慢して、お魚を守ってるのに、あなたがたはなんなんですか。横からかっさらおうだなんて、はしたない。そんな考えだから、いつまでたっても貧乏なんです!」
義憤なはずだが、ことばにしてみると、どこかすこし違っている。
瞑軌は深識に馬をあずける。
「待っててくれる? すぐに終わらせてくるから」
来た、見た、勝った。
そんな言い回しがありますが。
あらわすべきことは、多くない。冒険者たちは盗賊をかんぺきにしりぞけた。旅のあいだの厄介者ときたら、その1回だけだった。冒険者たちはその理由をひとりにもとめる。
「やっぱリューガどんが綺麗だからべよ」
「うん、きれいです」
「金魚さんみたいです」
リューガはすこし、泣きたかった。帰ったら浴びるほどの酒を呑もうと思った、そして意識をあの青い空のてっぺんまで飛ばすのだ。深識が親友を気の毒そうにみやる。
「付き合うぞ」
「とことんまで、付き合ってくれ」
面の礼にわたした酒の瓶、深識はとん、と蓋をたたく。うるわしきかな、友情。志乃は太鼓をたたくばちを空をつきさすほどたかくかかげて、
「よーし、ふたりを祝してどんどん唄うべーっ」
「頼む。お願いします。勘弁してください」
●江戸到着
「やっぱりむりですか」
「ごめんね、売り物だから」
金魚を分けてもらえないか、と、たどりついた先にたのみこんだシャラとたゆら、あきらめ半分におねがいしてみたところ、思ったとおりに断られて、がっくりと肩を落とす。たゆらは全財産をおさめた小さな財布を手に、
「ずっと見ていたいな」
けれどそれはできない。たゆらには帰る家がある。金魚はいまから家をもらう。なら、せめて、
「――お唄 うたってもいいですか?」
金魚さんに、お別れの唄。シャラがにっこり微笑み、琵琶を荷袋からとりだす。笛はざんねんだけど、まだそれほどの腕じゃないから。だけどいつかまた出会えたときには、もっときれいな旋律を聴かせられるかしら。
そのころ、大空昴と田之上志乃は、
「おさかな、おさかな。喰ってやる♪ おじさん、この焼き魚くださーいっ。はっ、これはっ。労働のあとの食事はなんとおいしいのだっ(愕然)」
「いいなぁ、昴どん。分けてもらった金魚の餌(麩)とすこし交換しねべか? 」
「いやです」
いやしかった(しかも、オチだった)。