いない、いない。
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:7〜11lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 45 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:01月20日〜01月25日
リプレイ公開日:2006年01月28日
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●オープニング
飛び込みの、依頼。依頼人はぴしっと、弦を打つように鋭い語調で、
「四日間!」
四、という数値を拇指だけたたんだ右手、で力強くしめしてみせる。
「追われてるんだ。でも俺、今はどうしておさえられるわけにいかねぇんだよ。だから四日間、俺が京都にいるように見せかけてくれ」
パラ。成人らしい。
種族としては、中肉中背。生まれつきのジャパン人のようで、黒髪黒目の、肌色は濃くもなく薄くもなく。
武士に似た、どこかはりつめた気味合いがある。腰に鞘巻きはあるが、大刀をさしているそぶりはない。代わって映えるのは、てのひらの弓懸、背なの矢筒、そしてもっとも目に付きやすい、ぞんざいにあつかわれがちの手束弓。弓遣い。
依頼人は聴かれてもしないのに、どことなく軽佻浮薄、鴻毛吹きながすよう、「今しかない」ゆきさつを語り始めた。
「だってさ、大白鷲だぜ?」
「‥‥は?」
「だから、大白鷲。南に出たんだって。出たなら、つかまえにいってやらんと、据え膳喰わぬは男の恥っていうし」
格言の使用、用量用法ともにまったくまちがっているのだが、それをあえて修正しないことも、また接客技術のひとつ。きっと。それよりも、と、ギルドの手代は依頼の遂行に要するとおもわれる素材を、ひとつずつ確かめることを優先する。
「見せかけろ、ということは、追っ手の正体は分かってるんですか?」
「新撰組」
「‥‥はい?」
そればかり、といった、ギルド手代の返しだが、依頼人は気にすることなく、やたらに仰々しい溜息で往生ぶりをしめしてみせた。
「だから、困ってんだって。人海戦術で来られたらかなわねぇし、いちいちひっぱたいてたら、時間だってもったいない。だから、適当にあしらっといて。でも、依頼はあくまでも『俺が京都にいるようにごまかす』だから。それだけは、忘れないでくれれば」
つまり、追っ手――新撰組――に不在をうたがわれて京都の外へでられたらそれでおしまい、ということだ。
「よし。じゃ、俺はもう行く」
冒険者ギルドに入ってきたときと同程度の慌ただしさで、出てゆこうとする。
「ちゃんと四日たったら、依頼料はもってくるから」
「あ、ちょっと。お名前は?」
「‥‥あぁ、そうか。ないと不便だな」
依頼人は肩をすくめて「日置正次」、言い捨てて、今度こそはと膝をあげて、駆けてゆく。野分は吹き荒れる寸前と直後が、もっとも静穏、そして鎮静。唖然と呆然は、まじめに思考する気力すら、人からうばう。
「ありゃあ偽志士ってのか? なんか違うような気もするけど‥‥。さて、新撰組との化かし合い、やりたがるやつがいるものかねぇ?」
●リプレイ本文
依頼人が去ったところであとはひたひた、こざっぱりとした静虚。しかし心まで凪いだわけでもなく、冒険者らは依頼の内実を沙汰するより、むしろ依頼人当人のほうに関心があつまっている。
せかせかした小男はどうも――と思いながらも、南雲紫(eb2483)は平時どおり、まばらな前髪の赤の下の青い瞳はおだやかにおちつくが、しかしひきしめた風合いが肩から腕に薄くまとって。
「‥‥とりあえず、日置という男の情報収集ね。でないと、ごまかしようもないし」
「たしかにな。なまじっか下手な代役たてるより、ひっかきまわすほうがいいかもしんねぇ」
こう、ぱぁっと。
蝶の見まねで、てのひら、ひらひら。
片桐弥助(eb1516)の口ぶりは気楽だが、頭のなかみときたらじつに物騒だ。師走時の質屋みたいな性急さで、当てを込む。くみあがる白地図のあんばいに知らずほくそ笑めば、幼犬を抱き上げた緋芽佐祐李(ea7197)が、波打つ弥助の口元を、奇妙な興行でも見入るように眺めやった。
「この国もずいぶんと騒がしくなったみたいですね」
鷹神紫由莉から敷衍をうけたとはいえ、白だとおもったそばから黒にうつろうようなジャパンの顛末は悪い酒につままれるみたいで。酔いざましに佐祐李がかぶりをふれば、腕のなかの仔犬は抗議するよう、きゃぅん、と。
「依頼人の方の御自宅をしらべられないでしょうか。重病の為、人に会えない状態だというふうにつくるのは?」
「あるのかなぁ。新撰組の隊士って、屯所で寝泊まりする人も多いそうだし」
新撰組は追跡者の側ではないのか? 座の不言の疑問に答える、カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)。
「だって、たったの四日で帰ってくるって不自然じゃない。偽志士も何も、りっぱに新撰組隊士じゃないでしょーか」
「わざわざ日にちを指定して戻ってくるぐらいですから、前後になにかがあるのかもしれませんね」
伊庭馨(eb1565)が受けると、料簡うけがわれるのがうれしいツヴァイは顔をはなやかにさせる。
どうも新撰組というのは、佐祐李のかんじたのより、たちのわるいやつばらのようにも思えてくる。くらくらしているいるところへ、わきから将門雅(eb1645)が、後度突く首は重く、
「新撰組は担ぐんが商売みたいなとこやからな、気ぃつけんとあかんで」
しかつめらしく。まぁ、たしかに。新撰組はもともと偽志士を追い回すための機関なもので、たぶらかす・される・を行き交うこと、しばしば。
ともかくも、ギルドにたむろっていたところでしかたがないので、てんでにおもむく。
けだるげに裾を返す、幽桜哀音(ea2246)は南に。
四日。
たといば香山宗光(eb1599)は昨年不惑をむかえたばかりで、四十年という光陰がどんなふうにすばらしく、はたまた底抜けであったかを語るには、四日はあまりに短すぎ――‥‥。
その四日を、どういうふうにすごすべきか。香山宗光(eb1599)はしばし沈む、思考と懸念。
「拙者にできることといえば」
背なの荷袋から砥石などをとりだし、剣を拭き、晴れる銀ぴかを愉しむ。
――‥‥ちがった。
いずれにせよ、目の前の事案。どのようにごまかすか――このまま京洛をよろめくのが無難か。しかし、宗光は手頃に遊べる馴染みも知らない。依頼人の持ち物には弓に関する品が多かったというくらいだから、越後屋に寄ったこともあろう、なら――というところに声をかけられて、知己の。
「ヒマ?」
弥助である。ばさばさと、即席にあつらえたらしい読み売りの束で、この寒い中、体をあおいでいる。
「そうなような、そうでないような」
「じゃ、てつだってくれ」
あんなふうに、と、指先越して、めだつ姿はシーヴァス・ラーン。
「新撰組っぽいの見かけたら、なるべく自然に話しかけて、俺はあっちで営業してるから」
いきなり難しいことをもちかける‥‥と、思うまもなく、宗光にはいつしか読み売りがおしつけられていた。己のもちうる手練手管をあますところなく使いこなすというのは、立っているものは親でも使えに同値らしい。
「これ、俺が売ってたことにしておいて。で、情報源として役に立つように思わせる‥‥いいかい?」
「なるべく、前向きに善処するでござるよ」
「どうも」
云いたいことは言い尽くしたか、行こうとする弥助はしかしとちゅうで見返り、
「あまったら返してくれ、明日も配ってくれるってならそれでいいけど」
宗光が金打ちに誇りをいだくように、弥助も必定の道具は重んじるので。かぎりある資源をたいせつに。
「たしかに日置正次なら伊賀の柘植郷の武士ですが」
案の定。
馨は千賀地宅をおとずれていた。日置‥‥という姓に聞き覚えがあり、もしや、と何故か年中手透きの千賀地に質したところ、彼はこころよく馨をむかえた。
「上野藩への出仕は辞して、諸国を遊学しているそうですが、あとの動向は存じ上げません。彼がどうかしましたか?」
「いえ‥‥」
曖昧にしておいたつもりだったが、伊賀は新撰組となにか確執があるのか、と馨が尋ねて、千賀地はなにやら勘づいたようだ。
「よくしてもらっていますよ」
ちかごろではずいぶんと風通しのよくなったような新撰組だが、いしずえとするところが武士の道であることは、そうそう変わらず、不足はどうしたって、出てくる。そこで、伊賀は情報を売り込み、必要ならば人手も貸す。いってみれば、冒険者ギルドと伊賀はよくよく近似していた。
「日置のことは私も気になりますから、なにか分かりましたら、こちらにもご報告いただけませんか?」
退散する道すがらに、馨はふと思う。もしかすると、情報を請いに行ったつもりが、逆に教えに行ったのではないか、と。
京へ出這入りする道筋はいくらもあるが、朱雀大路の南端、二重閣の、羅生門をくぐる人手がもっとも多い。
人が、たくさん。老若男女。
参着の安堵をくずした破顔におくのもいれば、やけにぎちぎちした顔付きもおる。その賑やかさときたら、目にも耳にもあふれんばかり。
だから、少々目を上向きに転じれば、太陽の角速度――東の揺籃から西の奥津城にかえるまで、哀音は夢心地に立ち尽くす。
――‥‥海岸線の一枚きりの貝殻。汐に忘れられ、砂にもまじれず。
「もし」
「‥‥ん‥‥?」
延々とたたずむばかりの哀音は、身なり以上に、まわりから浮いたように見えたらしい。浅葱の羽織に覆われたのに声をかけられたのも、だからだろうか。
「弓を持ったパラは通りませんでしたか?」
「‥‥見て‥‥いない‥‥」
哀音は、考えるそぶり。そぶり、のみ。
「けど、向こうへ走っていった人が‥‥そんな人だった‥‥かも‥‥」
その人は短く礼を切り、慌てはしないが急ぎはする。けれど、哀音にとってはその人は少々意外ではあった、ありえなくはないのだが。
「‥‥女性?」
「日置さんって最近、新撰組に入った人みたい」
ツヴァイ、一番隊の人の話だからまちがいないよ、と、枕で続ける言葉は、白河千里のもの。教えてやるのだからおごれ、と彼に云われれば、イリュージョンで今日一日をがんばってくれたシャラ・ルーシャラまではずすわけにもいかず、「お団子、五文分」と個数ではなく貨幣の単位で注文をするのだ。
「新撰組って各隊が分立して動いてるから、把握しづらいのもあるみたいだけど。名前ぐらいは知ってるって」
これは云っていいものか、どうか。日置は新撰組五番隊前組長・野口のつてで、入隊した、というおまけつきの伝聞。
「うちもそう聞いた‥‥」
ツヴァイを肯定する雅は、砂でもするように、歯切れない。
「兄貴じゃ頼りにならへん思ぅて、べつな新撰組のお人に訊いたんやけど」
雅の兄は、新撰組十一番隊の隊士だ。けれど十一番隊は設立して日が浅い、古参の隊士ということもありうる、と、わざわざ異なる隊士をつかまえようとして、だが隊士の親族であることを証すものがなにもないことに、そのお題目は向こうから解消されたのだが、その方法が方法である。
「似てるからたしかに兄妹やろ、いわれた‥‥」
「素敵なことじゃありませんか」
佐祐李は心底そう信じている。しかし、ツヴァイや雅の言質をまとめると、
「ほんとうに隊士さんだったのですね。けれども、隊士でない私が屯所にもぐりこむのは、たいそう難しいようです」
「‥‥ん?」
「それとも新撰組の隊士はほんとうに花街に行かれるのでしょうか。ツヴァイさん、ご存じでしょうか?」
「要するに、」
見かねて、紫の助け船。
「佐祐李は日置が花街にこもったっていうふうに見せかけたいのよね? でも、彼の住居は新撰組の屯所だから割り込むのはむずかしそうだ、そもそも新撰組の隊士が花街をつかうかどうかも分からない」
「えぇ」
「‥‥おかしくないかしら?」
「特に?」
佐祐李にとって、依頼は依頼で遂行しなければならないものであり、依頼人が誰かということはまた別の問題。それが忍びというものだ――嘘です。紫は残りの日付、紫よりも数段背高な彼女であろうとも、佐祐李といっしょにいよう、と決めた。
五日めになって、弥助はもう、くたくただ。言い換えれば、義理堅く付き合った宗光がそれ以上にへとへとになってもおかしくない、ということである。
「俺はもう、紙をばらまく予算がない」
そこか。
紫は弥助を哀れっぽく見る。紫は佐祐李をともない、京をねんごろに動き回った。久方の京に楚々なおもだちをやぶる祐李を案内しながらの道行き、世話好きなところのある紫にとっては、疲労がぎゃくに気持ちいいくらいである。
それとは対照的に、昏く、苦虫つぶしたような表情をしているのは、馨。
「大白鷲を知る人が、見つからないんですよ」
「そっちのがふつうじゃない。みんながみんな興味もってるわけじゃないだろうし」
ツヴァイの云うとおりなのだが、妙にひっかかる。
「‥‥来た‥‥」
馨がじっくりおもんばかろうにも、冒険者ギルドには、これからもう一波乱がある。それは哀音の目線だけの方向指示で、あぁ、そっち。一身よりも大きく、真っ白な鷲を背負い、弓を合わせて、依頼人。
云いたいことは各自あったろう。が、発見者の功労、哀音がはじめで。
「大白鷲‥‥どうだった‥‥?」
「あ、これ。楽勝」
「‥‥食べるの? ‥‥鍋?」
鷲を、か? いかにもまずそうだが――‥‥。
「鍋になんかさせてなんか、やんない!」
いや、だからきっとおいしくないって。ツヴァイは総員の心の中身を看過する。
「これは僕の甘味代にもらっとくんだから」
「あ、俺の紙代も」
「あまったらね。って、それより。なんだよ、あなた、新撰組の人だったんじゃない。だったらどうしてそう、先に云ってくれないの」
「やっぱりここに、いましたね」
そこへ日が差すように、声が横入りして。
パラ、と聞いたときから、ある意味では、当てどおりだったかもしれない。しかし、これほどまでに分かりやすく、視角にうったえられるとは夢にもみていなかった。
哀音は、先日の、と思う。ツヴァイ、馨、は驚愕に、心臓に刃をつきたてられる思いがする。彼女は――一月のはじめに、馨たちの前で命をたった女性とおなじ顔立ち、鏡像をはがしてきたかというくらい。
「行く先々で不自然にするどい気配が多い、どうも『冒険者』が一枚、噛んでいるようだと途中で気付きましたが‥‥遅きに失したようですね」
けんけんとした物言いまでが、
「‥‥その、日置は、まだ拝命してませんが、新撰組五番隊の次期組長ですよ。それが新撰組をぬけだして黒虎部隊の手柄を横取りしに行ったなんて、しゃれにならないから探し回ってたのですが‥‥やられましたね」
――‥‥唖然と、した。皆。
日置が新撰組関係だということまでは、なんとか予想がたったが、そういうふうな事情まではさすがに気が回らなかった。ひとり日置だけが、つまらなそうに、舌をうつ。
「偽志士は、空飛ばんし。俺の性に合わないんだよ」
「とにかく! おとなしくしててください!」
パラほどひきずりやすい種族もこの世にないわけで、背中をいざってギルドを連れ去られる日置に、これだけは、と、雅は喇叭のてのひらごしにせいいっぱい叫ぶ。
「入用の事があったら将門屋(しょうもんや)をご贔屓にー」
「はいよー。銀の矢でも手にはいったら、横流ししてくれー」
もちろん用意しときます、と言いかけて、雅はくちをつぐむ。
「‥‥むずかしなぁ。けど、お客はんの希望やし‥‥どしたん、みんな?」
「強い、と思ったのでござる」
宗光、もう身も心もぐったりと。依頼人がそうするわけは知りたかったところだが‥‥知らなかったほうがよいことだったかもしれぬ。
一方、
「‥‥賀してよいことなのでしょうか、次期組長のお目見えは」
以前の組長とはまるでちがった人柄と、別に、瓜をわったようにそっくりのものと。馨は考えようとして――けれど、つないだ糸はどこへたぐるべきか――‥‥。
「依頼がぶじに終わったことなら、祝っていいんじゃない?」
でも、もう団子はよしとこうよ。ツヴァイは蒸し饅頭を馨に勧める、大白鷲をひらつかせながら。