【黄泉隧道】 あなたへあいにゆく

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:9〜15lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:7人

冒険期間:02月20日〜02月26日

リプレイ公開日:2006年03月01日

●オープニング

「不安なのです」
 まるで心が虫に喰われたがごとく、
 と、美しい人がうちあける。
「三笠大蛇さまの御身におかしなことが起こるとは思えないのですけれども‥‥」
 襟首をおおう垂れ髪を桜色の爪で寄せる、その下から清水をくだいたような透ける白い柔膚がかいまのぞく、椅子にもたれた双脚をくずせば、あらゆる青を贅沢に尽くした小袖がふらりと波打ち、だが裾にかげる藍のなんともろくもはかなきことよ。
 ――‥‥水域の花、川姫。
 ようよう変わった、中身も外見もおかしな、客のおとずれることの多い冒険者ギルドだけど、精霊の美少女をむかえることはさすがにめずらしい。あいてするギルド手代ががちがちにこわばっていたのは人ならざる美貌に気後れしてか、それとも別の訳をかかえてか。
 昨年の暮れのこと。川姫は三笠大蛇に協力し、水にねむる異世界への扉を開け放った。しかし、一度は解かれた月道だが、時期をおかずして、ふたたび消失したらしいのだ。その後、三笠大蛇は幾度となく眩術を施行したが、しけった薪に着火するようなもので、なかばではおちつくこともあったけれど、ついにはふっつりと途絶えうんともすんともいわなくなり、けっきょく月道としてつかえる程度の固着はかなわなかったらしい。
「三笠大蛇さまはその事由を石舞台古墳に求められました。大原の池の月道はもともと、石舞台古墳の月道の代替としてつくられたものでしたから、あちらの因縁が大沢の池になんらかの余波をおよぼしているのではないか、と、推し量られたのです。もしや石舞台古墳に三笠大蛇さまも予期せぬ変事が起こっているのではないかと、おでかけになられたのですが」
 だが、石舞台古墳についての奇縁は、むしろ冒険者たちのほうが深刻であろう。あれは黄泉人封印の墓地でもあった。三笠大蛇ほどの精霊が、黄泉人あいてに後れをとるというのも考えにくいが――‥‥。
「川姫には水の鎮護というつとめがございます、京を長きあいだ離れることかないませぬ。どうぞ川姫の摂行として、石舞台古墳におもむいていただけないでしょうか?」
 まみえにきざまれる憂いは重く、
「‥‥杞憂であることをねがうばかりです」

 ※

 石舞台古墳、その地下をつらぬく隧道にて。
 こんこんと、うごめく闇は、たゆむ水によく似ていた。うねり、曲がり、地下へむかってひたはしる。その突き当たりの数歩手前、人の男性の婀娜めく容姿をとる三笠大蛇は、けれど、端整な器量を理不尽な瞋恚におおきくゆがめていた。
 彼の行く手前に、死の気配。
 墓場の逝者ならば、土の下におとなしくくすぶっておればよいものを――‥‥。
 ひとつ、ふたつ、みっつ――数えるのもイヤになる。しくじった、との念が付いて離れない。石舞台古墳がどういうところかは先刻承知であったはずだのに、大和の黄泉人の多くはどこぞへ失せたと聞いていたが、どうして、いるところにはまだまだけっこう存するらしい。
「三笠大蛇殿とお見受けします。‥‥いっしょに来ていただけますか?」
「僕を? どうするって?」
 しかし、彼は三笠大蛇である。
「地底をはいずり、生気をかすめ、人をまねる。世界をいたずらに食いつぶすだけの。そんな虫けらにも劣る死に損ねが、この僕をどうにかできると思っているの?」
「通常ならばすぎた願いかもしれません‥‥が、」
 呼吸ではない息つぎをはさみ、
「ですが‥‥どうして三笠大蛇殿はこのときにおいても、その姿のままでおられるのですか?」
 ち、と、舌打ち。
 みぬかれてやがる。たしかに隧道では、本性たる蛇身へは転じえない。三笠大蛇の長大すぎる体躯をへたに動かせば、石舞台古墳は音をたててくずれかねないからだ、それはまずい。なぜなら石舞台古墳は――‥‥。
 闇よりも昏い陰影が、はたり、とくずれた。役者をかえたらしい。三笠大蛇の青眼は、行く先と行く後にそれぞれ一体の不帰の猫・火車がふさがったことをとらえる。
 三笠大蛇は体をはすにし、腰をためた。人身では彼の最高の武器である爪甲はつかえず、魔法では火車にはたいして傷手をあたえられない。退却のみに集中するならたやすかろうが、三笠大蛇に逃亡の二文字は考えられなかった。どうしても進まなければならない、その果てをみとどけることこそ、彼が信ずる使命をしぬくには。
「このままで充分だ。来い。三笠大蛇と戟を交えられること、光栄におもえよな!」

●今回の参加者

 ea2751 高槻 笙(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5480 水葉 さくら(25歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea8802 パウル・ウォグリウス(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea8820 デュランダル・アウローラ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2535 フィーナ・グリーン(32歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

藤野 羽月(ea0348)/ 花井戸 彩香(eb0218)/ タケシ・ダイワ(eb0607)/ 伊庭 馨(eb1565)/ フェクニル・オールセン(eb1848)/ 李 麟(eb3143)/ アレックス・ディーゼル(eb4515

●リプレイ本文


 神の似姿とされる人倫が、熟れた柿の実に形似する。苦い蜜をたっぷりとくるみ、爛壊しかけた真っ赤な果物――だけど表皮にまだらに散った純黒は虫害のせいではなくて、たとえば眼球、いったんこじあけられた瞳孔は死の沼の泡沫のごとき破片へばらされるときまでも、ついに何物も反じない。
 パウル・ウォグリウス(ea8802)は薙ぎ払いつづけた玄翁を、一度、肩先にとどめる。うっとりとのぼせる半身へ、散らし髪が血飛沫のような五月雨に舞う。
「戦術も戦略もあったもんじゃないな」
 命中率の大幅な減少がパウルの仕方の短所であるはずだのに、目を閉じてむちゃくちゃにふりかぶっても、なにかを挽く――ありがたいとはとても思えぬ。それだけの非業がどこかでおこなわれたというしるし。
 振り上げた鉄槌はいつか下ろすために、肉を打つために、骨を砕くために。そして、ふたたび上げられぬために。
「来いや。おまえらに微塵でも人の魂が残っているというなら、この俺の侍魂、殲らせるものなら殲らしてみやがれ!」
 そして、上着一枚、白布の厚みで不死者の爪を避ける久方歳三(ea6381)、と、着いた先の足裏で肉塊が、質量にたえかね悲鳴もあげずにひしゃげる。胆汁が、ぴちり、と跳ね、歳三の着物がふたたび野暮な顔料に汚染される。
「わわ」
「慌てるな、たかが死人憑き。おそれることはない」
 たかが、と、云いきってからまるで骨をつかまれたように戦慄とする。人は誰でもそうなる可能性のなかに生きているのだ。しかし、デュランダル・アウローラ(ea8820)は畏怖といおうか躊躇といおうか、針でついたような微細な軫憂を相貌の結晶にしまう。幸い――ろうか。死人憑きは血潮のはたらきによって動いているわけではなく、身幹を二つに折られてもだらだらとしまりなく液状をあふれさせるばかりで、デュランダルの狂化を呼びさますことはなさそうである。
 石英にきらめく戦牌のかげ。デュランダルは薄暮のしわざにして、白い器量をわずかな陰鬱にくゆらせた。
 寸刻の夢。――‥‥睡郷のしとねにすら愛されぬものたちへ、束の間、代償の愛情をくれてやっただけだ。
 はなだの雷霆が水葉さくら(ea5480)が懸命に伸ばしたかぼそい上肢から打ちだされ、ウィルマ・ハートマン(ea8545)の投じる征矢は銀の飛礫、織り姫のつむぐ蓮糸の乱れを思わせる。
 不死者どもとの戦端は、遙かな異国の物語めいて、ひらかれる。


「乙女の勘は莫迦にならん。今のうちから観念してったほうがいいかもな」
 川姫の切願にまじめくさってうなずくパウル、彼を見やる高槻笙(ea2751)の鈍色の瞳がつくづくと不思議に塗れた。
「パウルさんが、乙女ですか?」
「や、俺じゃあなくて。‥‥待てよ、ありかも」
 本腰をいれて検討をはじめるパウルはさておき、笙は川姫へ体の向きをなおし、武人らしくおっとりしながらも油断のはさまぬ一礼で、彼なりの表敬をささげる。
「黄泉人が三笠大蛇様に変化していた際の見極めの一つとして、御身のおしるしをなにかお借りできないでしょうか? 石舞台古墳、暗き闇の中で疲れて荒んだ三笠大蛇様のお気持ちも、清浄に癒されるのではないかと愚考する所存にございます」
 いつか彼女をもてなし彼女から礼をうけた藤野羽月、そして伊庭馨が、笙のあとを継ぎ、深々とこうべをたれる。川姫はいくばくか思いを巡らせたあと、繊手から円環をひきぬく。
「では、こちらの指輪を」
 波を立てそうに青い石が、笙のてのひらに落とされる。それに鎖された礼拝と敬愛と信用をおもえば天を支えるよりもなお重く――笙の手のぬくもりが移ると、石はかすかに生物の微動をともなったような――それはただの錯覚であったのだけれども。
「ご安心くださいませ。三笠大蛇様はわたくしたちが無事にお連れいたします。そのまえに、一杯いかがでしょうか?」
 郷に入りては郷に従え。煎茶は煎茶で、心と舌を少しずつでもほがらかにしてくれる。が、アデリーナ・ホワイト(ea5635)が茶器をあつかう仕草は、椀というよりはカップに相当するものにちかく、まるで英国の昼下がりが筺に詰められてやってきたようである。
 フィーナ・グリーン(eb2535)はアデリーナから勧められた茶で桃唇をしめらせると、気品そなわるおもだちをくわっと決意に上気させ‥‥ハーフエルフである彼女、別に飲茶で狂化したわけにあらず。
「えぇ! 三笠のわんこさんはぜったいにお助けいたします。どーんとまかせてください!」
 ――‥‥わんこじゃない。三笠大蛇。
 アデリーナは他のものにも、おなじように、茶碗をくばる。場末のギルドには不相応な、優美で風雅な茶会のひととき。
「わたくし、黄泉人を存じませんの。どなたかご教授いただけません?」
 念のために花井戸彩香や李麟がギルドの資料や陰陽寮の文献などをあたってくれる手筈だが、直接対峙したものの体験談がなにより彼等の志気を豊かにするだろう。デュランダルは明日の天気をうらなうように過去を見て、おもむろに告げる。
「黄泉大神を倒す際は、怨霊や死霊侍などに苦労させられたな」
 他にも不死者の係累とおぼしき存在は――死人憑き、餓鬼、怪骨等々――あげてゆけば、名称だけで百鬼夜行の書物がいっちょうできあがるぐらいだ。
「‥‥そろそろ出立するとしよう、遅れれば遅れるだけ差を付けられる」
「は‥‥はいっ!」
 個人の名を呼ばれたわけでもないのに、さくらがまるでわんぱくを見とがめられた悪童のようなはしこさで、行李をかかえてギルドを飛び出る。「夜な夜な子を産む」という流言もある、見るたび数を増やす七色の帯紐が、刀の鞘、秦皮の木杖、両の腕首、さくらが豆粒のようにころころころがってゆくと、そのたびにふさふさと、来たる早春の揚羽を感じさせる角度にはずむ。
「川姫殿、行ってくるでござる。なーに、拙者の義キョウドウで、キョドウ不審な輩はめったうち――‥‥」
 理性に満ちたたなぞこが歳三をギルドからひきずりだしたので、人類はあまねく精霊に対し、恥をかかずに――手遅れだった。


「み、三笠大蛇さま‥‥いらっしゃいますか‥‥?」
「三笠のわんこさんーっ。いらっしゃいましたら、お返事くださーい」
「‥‥み、みかさの‥‥わ、わんこ‥‥わんこ様‥‥わん?」
 フィーナの呼びかけにつられ、さくらの認識も動詞の活用のごとき変移をみせる。――‥‥ちがったような気もしたけれど、対象の知己であるフィーナがそう云ってるのだからそうなのだろうと、なんとなく押し込まれる。
 韋駄天の草履履きの補助で先行したパウルの斥候によって、黄泉人の軍勢の存在は冒険者らの知るところとなった。それに対し、黄泉人どもは三笠大蛇にかまけすぎたのか、人間の来襲をほとんど想定していなかったらしい。彼等は彼等の実力を存分に発揮できる乾屍の体でそこにいたので、冒険者らのふりかぶる剣戟には髪の毛一筋ほどの迷いもはさまれなかった。
 フィーナの運ぶ燭灯が、優しげですらある薄闇のなかへ、丸い目通しを落とす。はるか後ろのほうで、わー、と、児童のたわむれのような、しかし、生死を紙一重で分かつ干戈の嘆き。
「鳴弦の弓をたずさえてきたのですが‥‥」
 静寂は地下の冷気だけでなく、冒険者らの壮志までも凍えさせる。それを離すようにアデリーナがぽつりと隻句を、しかし、鳴弦の弓の音響が不死者にあたえる不遇は、ほんの数刹那。あとは魔法も剣も使えなくなる――それほどの手透きのある冒険者は他にはいない。だいいちアデリーナの荷重は彼女の許容できる負担よりだいぶ上回っていたので、彼女は背嚢をまるごと石舞台古墳の入り口に置いて進まざるをえなかった。
「どうなってるのでしょうね‥‥」
 まかせた後ろは。
 ――‥‥後方の戦線は遅速を入れ替えながら、じりじりと、砂をあぶるように邁進する。
「あいもかわらず生臭いね。丸薬だよ、これで腑を作り直しな!」
 ひょうと直線をなぞる箭は、黄泉人が呪文の詠唱にひらいた口からするりと飲み込まれ、嘔吐となんら変わるところのない叫喚とともに嚥下される。くっとウィルマが狂鳥のごとく喉を鳴らすかたわら、笙は風の波紋かたどる手数をいったん留める。
「‥‥前方が気になります。ウィルマさん、こちらの援護はおねがいしてもよろしいでしょうか」
「好きにしな。俺はどっちでもいい」
 黄泉人よりよっぽど悪辣な笑みでしかけるウィルマに肩をすくめてみせ、笙は墨染めの衣をたなびかし、黄泉人どもを横薙ぐ奈落の黒嵐となり、走り抜ける。模擬の暮夜にて刀刃は涙のように濡れて、一閃きらめく。
 だが、笙の疾走は中途半端な地点で停止を強いられる。
 さくら、フィーナが呆然と、しかしやや希望の宿る色の瞳を、太陽の差さぬ空へあげている。聖骸布の下からアデリーナが神助をこいねがうように、両腕をさしあげると、光を先んじた水塊が、ある瞬間に四散する。
 銀髪の人型――三笠大蛇が、火車と、蜂の舞いを交わしている。


 結論からいえば、冒険者らはすこしばかり戦役へ熱中しすぎた。じり貧の黄泉人の軍勢を後退させてしまったのだ――つまり、出口とは反対の方角、黄泉平良坂へ。そして、ほんとうは三笠大蛇のめざした向きもそちらであった。
「でも助かった!」
 冒険者らの一瞬の加勢を百人力の助けとし、三笠大蛇は火車へ渾身の一撃をくわえる。それは、火車の首を掻くにはいちだん足りなかったが、二体の動きを凍結させる。
「おいで! 僕といっしょに地上へ行こう!」
「きゃあ!」
 ぐい、と、アデリーナの腕をとり、フィーナを支えて、まだるっこしいと思ったのか、一番小柄なさくらを抱え上げて自らの背中へおとす。
 ――‥‥笙はなにもされなかった。川姫の指輪をみせると、あぁうん、と生返事を受けた、それきりだった。
「まぁ、私も男の背にはのりたくありませんし」
 が、どこか釈然としない。帰還の途中で残りの冒険者らと合流し、道をもどる。半日ぶりの日影との遭遇は、彼等のまなざしに一様に熱い涙をにじませた。歳三はむさぼるように目をこする。
「たどりつけなかったでござるな」
 そういうふうな事情で石舞台古墳深奥へはたどりつけなかったものの、三笠大蛇の表情は存外さっぱりしたものだ。
「しかたがないね。だいたいあっちの予想はついてるしさぁ」
「予想‥‥?」
 それはいったいなんでしょう、と、尋ねようとしたフィーナ、だがいまさらながらにはっとする。笙のさしだした指輪に反応をしめしたから三笠大蛇だと断じたものの、彼がまちがいなく黄泉人でないと確定するには、方法としてはぜんぜん甘い。でもいったいどうやって――‥‥、
「お手」
「わん」
「みなさーん。この方は三笠のわんこさんにまちがいありませんっ」
 いいのか、それで? ってゆうか、そこの三笠大蛇、びみょうに自己嫌悪におちいったようだけど、それでもいいのですか?
「気にしないでよいでござるよ、三笠大蛇殿。男はことごとく、女性の走狗のようなものでござるから」
 歳三のこれまたびみょうな慰めに、三笠大蛇はじったり、熱病のような上目遣いで応じただけだ。歳三が月道調査のてつだいをもうしでると、つまらなさそうに首を横に振る。
「野郎はいらん」
 歳三だけでなく、その場にいた男性陣は友情よりもあついつながりで、三笠大蛇を円陣でぼこる。救出された、という借りがあるからか、おとなしく鼠叩きをうけたあと、涙目で三笠大蛇(ぼこってるうちに、尻尾が出た)はぼそりと訴えた。
「‥‥僕は石舞台古墳の封印を見に来たんだ」
「そんなものがあるのか?」
 釈然とせずにデュランダルは首をひねる。封印などという便利な機構があったならば、そもそもこれほどの苦労はなかったはず。
「たぶんダメになっちゃってるとは思う。けれども、誰がそうしたとか、封印の『礎盤』は今ごろどうなってるかとかで、事はぜんぜん変わってくるでしょう?」
「そばん?」
「石舞台古墳は黄泉人の墓標。でも、なんせあれだけの黄泉人を閉じきるからには、普通の護符をはっつけるとかじゃダメなわけ。石舞台古墳の礎盤は青い剣だよ。あれがここに残されてたら、月道は復活できたんだけどなぁ」

 不意にデュランダルの胸をよぎる、あの日の記憶。
 かつて石舞台古墳の向こう。黄泉大神を打ちほろぼさんがため新撰組一番隊組長・沖田総司のふるった剣は――宵の口を映したような真っ青な剣ではなかったか?

「シープの剣ってゆうんだけど。石舞台古墳はシープの剣の力を借りて黄泉人を封緘してたわけだけど、それは同時に、シープの剣の絶威をおさえる役目をもってたの。強大すぎるその剣は放っておきゃ、かえってわんさと妖怪呼び込むだけだったし」
「もしそれが、世に解き放たれたならば、どうなる?」
「大暴れするだろうね。いったん石舞台古墳を離れれば、もう僕にだってどうにもできない。シープの剣は使い手の意志を、慈愛も宥免もいっぺんもふくまぬ、純水のような正義に染め上げる。そして、もし、使い手を離れるような事態になれば――‥‥」

 剣は人の子だけでなく、天下の妖邪を悉く引き寄せるだろう。
 ただでさえ不安定なジャパンの情勢は、正義と悪の戦いに恰好の舞台となる。
「嬉しくない話だよね。僕は剣がここにあるなら、その力で月道を復活させるつもりだったんだけど‥‥。もう外に出て暴れてるなら、僕には制御できない‥‥月道の方が破壊されるかもしれない」

「はんっ。月道が?」
 静謐をやぶるのは、ウィルマの、他人を貶める嘲笑。
「いいねぇ。精霊の贈り物ぶって、厄介者をあちこちにばらまくあいつが砕け散るザマなんて、考えただけで痛快じゃないか」
「そんなこと云うなよ。僕は‥‥僕なりに」
「泣かないでください、きっとなんとなりますわ」
「フィーナさんはいい子だよね、この根付けかわいいからあげる。ってゆうか、女の子にだけあげる」
 デュランダルはフィーナほど楽観的な立場をとれやしない、とれるわけがない。現に間近で見たのだ、青い剣が黄泉大神をせめぐ瞬間を。そのとき、沖田総司の白皙は――‥‥。
「‥‥帰ろう、京へ」
 デュランダルの誘引を、パウルが首肯する。ちょうど一番隊と約束がある、このことを伝えるのがまにあえば――‥‥。
 しかし、運命は既に回り始めて。

「んじゃ、僕は女の子たち、おもちかえりしていーい?」
 そのとき、フィーナとさくらをそれぞれの腕に横抱きにしていた三笠大蛇は、歳三によって京の方角へむかって投げられる。