【京の人斬り/黒虎部隊募集】 内偵相馬屋

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:10〜16lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 81 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月25日〜03月02日

リプレイ公開日:2006年03月05日

●オープニング

 買った喧嘩は是が非に勝たねば意味がない。そうでなければただの徒労。大判小判は吹けば飛ぶよな塵芥といっしょ、塩がらい土地に花は咲かず、蔓は這わず、涙も血潮も飢餓をいやさずはかなくなる。
 だから商人はそもそも喧嘩なぞ買ったりはしないのだ。たとい売られても柳に風と吹きながすか、そうでなければ、なかったことにし無言で立ち去るか。
 けれども、武士は――剣を佩き鎧を帯び戦場を茵とする、血で血を洗う以外に他のまどろみを知らぬ、同床異夢のあわれなつわものたちは――‥‥。

 ※

 人斬りは続く。昨日も、明日も。
 やれ源徳の暗躍、やれ平織の陰謀、双方がみがみといがみあう、田舎のこけ猿だってもっと愉快な芸事を知ろう、そうこうしているうち海から山がのぞくようにぬぅっと浮かび上がるひとつのおもざし。
 西国だ。
 そもそも一連の事件をたんねんにひもといていけば、源徳、平織、どちらもそれなりに傷手を負った。比して藤豊はあまり懐をいためていないが、それはただ単純に構造の問題で、大阪を根城にする藤豊は源徳、平織ほどには京の政界に値を張っておらぬ。
「しかし、新撰組のほうでは四国や九州諸藩に目を付けたらしい動きがある‥‥。土佐の岡田以蔵や肥後の河上彦斎を容疑者として追っている、と、そういう浮評もあると聞いた」
 黒虎部隊隊長、鈴鹿紅葉はどうしてなかなか早耳だ。彼女自身はむろん平織の側のものだが、源徳の動向にもいちいち気をくばっておかねばならぬ立場だからか、あるいは源徳の下級武士が知らぬような上層部の動静まで察知していることが多々ある。
「‥‥このまま、こけにされてたまるか」
 つぶやく――というよりは唄をくちずさむようである、誰に聞かせるともなく。
「此度の事件、新撰組だけにまかせてはおけぬ‥‥」
 それは不信や不満ではない、権力争いの対抗意識でもなければ、もっとあさましくもいじましく――憐れで卑俗な――仇討ち。年末に鈴鹿は同僚をひとり喪っている、
「‥‥相馬屋という商店がある」
 ふと声が移る。あたらしい暦に入ったかのように、重苦しくばらばらに乱れた声差しが、常態の、一本通った横笛のような調子にもどった。
「九州の豪商、島井宗室の息のかかった――いや、そんな遠回しな関係ではないな。親と子、ほんとうに血がつながっているわけではないが、それほどに近しい。いってみれば、本店と分店の関係だ。この相馬屋をさぐってもらいたい」
 この相馬屋から人斬りに資金がながれたのではないか、と、鈴鹿はにらんでいた。けれど、清廉潔白な商売をしてるわけでもなかろうが、相馬屋には今のところ強引に権力をねじこめるような隙はない。そして、鈴鹿の自由になる下回りには内偵にむいたものがそろっていなかった。
 しかし、彼女の話に耳をかたむけるものの応対はうすい――冒険者らは権力争いからいちだん距離をとりたがる、いや、そうでありたいから中庸の冒険者をえらんだというべきか――鈴鹿はむしろ冷ややかといってもいい一瞥をながす。
「こういう物言いは好まぬが‥‥。もしも力を貸してくれるなら、黒虎部隊挙用の便宜をはかってもよい」
 人垣がざわりと波打った。
 京都の治安悪化にともない、新撰組が市井からひろく登用をはかったことは広く知られる。その波紋が見廻組などにもおよび、近々募集をはじめるらしい、という風評はたちはじめていた。
 降って湧いた立身の好機に飛びつくも、権威に目を背けて我が道を行くも、地図にはえがかれぬ新たな開拓にはげむも、お好み次第。さぁどうしよう――‥‥?

▽相馬屋
貴族や上位の武家をあいてに、めずらしい舶来品(ノルマン貿易で手に入れたもの)を商う商舗。
店売りはわずかのため、規模のわりに店構えは意外に小さい。典型的な京の町屋で、奥行きの長い平屋。入り口は前方(店側)と後方(住居側)にひとつずつ。両脇は隣家に近接しているため、窓もない。
依頼期間の四日めは休店日。主人の相馬屋五兵衛は店員の何名かをともない茶会に出席するため、相馬屋を留守にする。

●今回の参加者

 ea3210 島津 影虎(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3741 レオーネ・アズリアエル(37歳・♀・侍・人間・エジプト)
 ea4136 シャルロッテ・フォン・クルス(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5021 サーシャ・クライン(29歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea6114 キルスティン・グランフォード(45歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

真幌葉 京士郎(ea3190)/ 草薙 北斗(ea5414)/ ランティス・ニュートン(eb3272

●リプレイ本文

●黒虎部隊って?
「黒虎部隊への入隊は、異国人だと無理なのでしょうか?」
「現在は問題ない。体裁だがな」
 シャルロッテ・フォン・クルス(ea4136)の問いに、鈴鹿紅葉が返答する。
 黒虎部隊、というよりは、その下位組織である京都見廻組はこれまで、畿内の武家有志――侍や志士――のみを採用してきた。設立の当初から浪人をも積極的に組み込んだ新撰組より、なおいっそう保守的な方策だったわけだ。ところがその新撰組が黄泉人騒動をきっかけに拡張策に転じ、それは現在、ほぼ成功をみている。
 人斬り騒動で洛内の治安は悪化。くわえて新撰組への張り合いもあり、一般からも募集をかけることになったが――、
「武家ではないものが、だんどりを抜かして入隊すれば、内部からやっかみが起きるのは必然だろう」
「選良意識ですか」
 歴史に貯蓄がうめこまれたそのときから、いたるところ、人類は財産と地位で身繕いをはじめた。
 生国ならば、むしろシャルロッテはくだす側にまわっていたはずで、神聖騎士、領主の娘という秩序は羽布団よりあたたかく、彼女をよろってくれただろう。猫柳の和毛もほころぶ花時に透き間風が凍て付きを打ち上げる、シャルロッテが聖骸布を身へ寄せると、衣擦れが翼をうちおろすように響く。
「じゃあ、あたし!」
 サーシャ・クライン(ea5021)、ずいと鈴鹿に詰め寄る。
「あたしは風魔法がつかえるよ。あと、語学も得意。どう?」
「すこし弱いな。志士の頂点である虎長さまにおつかえする黒虎部隊だから、魔法戦力かけては充実しているほうなのだ。だいいち黒虎部隊は異人と接触するような任務はすくなくてな。もっとも、これからどうなるかは不明だが‥‥」
 今回は特別だ。だから黒虎部隊はうごかせない。
 ――‥‥これは私怨だから。死者をいたむ葬礼ではなく、摸索をいとなむ、身勝手。
「分かっているのね」
 レオーネ・アズリアエル(ea3741)はこつん、と、鉤に曲げた人差し指で鈴鹿の額をおうかがい。農夫が作物のできばえでもたしかめるような要領でこつ、こつ、と、二度、三度。
「なら、いいわ。ホントに危険なのは、大義名分をかざして自己欺瞞にひたってしまうことだから。鈴鹿さんなら、てつだってあげる」
「‥‥痛い」
「こっちは?」
 指のはらだけで鈴鹿をこづくと、かしらがゆらゆらする。あら、楽しい、とレオーネは心の赴くままにくりかえす。が、鈴鹿は日常の業務があるし、依頼のうちわけがうちわけだから、長々と冒険者らとは接触しないほうがよい。退出しようとしたのだが、
「あ!」
 と、サーシャがまぎわに呼び止める。
「お料理は好きだけど、それってどうかなぁ?」
 どうやらずぅっと「自分はなにができるか」について吟味にひたっていたようで、鈴鹿は、ふむ、と、浅くうなると、
「そちらのほうが、ありがたいかもしれぬな」
 ところでサーシャはたしかに好きとはいったが、その腕前にまで言及したわけではない。

●相馬屋内偵
「通訳ってそんなにいらないものぉ?」
 サーシャ、えぐえぐ、すりあげるこぶしが忙しい。
 京都は国際都市とは云いがたい、異邦人の数も少ないほうだ。肝心のときに通訳は見つけにくいし、逆にみれば、恒常的に必要なら、すでになんらかのよすがで確保されている。
「自分が雇ってやるから、いいじゃないか」
 キルスティン・グランフォード(ea6114)、彼女は鈴鹿の仲介で、茶会の菓子をこしらえるお役の端に就いた。といっても鈴鹿は、キルスティンの怯懦のいっさいない口上を右から左に移しただけなのだけど。
 むろんキルスティンはジャパン語に不自由はしていない。が、サーシャのほうが流暢な弁舌をふるえることもふまえれば、ともに行動することはとりたてて負荷にはならないはず。サーシャは涙目になってキルスティンを見上げる。
「少しは分からないふりしてね」
「はいはい」
 誰かに似ている。そんなことを思いながら、サーシャのこうべをたなぞこでおしやる。
『相馬屋の四辺については、ほとんど調べがついておらぬ。関係の不明瞭なうちは、下手にさわらぬほうがよいと思うのだ』
 アクテ・シュラウヴェル(ea4137)が鈴鹿にだした提案――相馬屋を見張れる位置の民家を、当座の隠れ家にする――は、こうしてとりさげられる。それを聞かされた島津影虎(ea3210)が、細い目をことさらすがめて、
「近隣の調査も視野に入れたほうが、よかったですかね」
「どうですかな。あれもこれもと欲を張っては、二兎を追う者は一兎をも得ずということになりかねませぬ」
「まったくです」
 伊能惣右衛門(eb1865)の訓諭に、影虎がこまかくうなずく様は、早年が老輩に教えを請う図というより、ご隠居同士が茶飲み話へ興じる気配、たしかに惣右衛門はまごうことなく悠々自適だが、影虎は二十二歳、酸いものが甘くなるにはまだまだ年数がかかるだろうに。
「外堀は私がお引き受けいたします。相馬屋さんの評判を聞き及んでまいりましょう」
「おねがいいたします」
 影虎が深々と頭を下げる――影虎ひとりが恩誼をささげる必定はないわけど、そういう男なのだ、影虎は。惣右衛門も影虎を真似て腰を折る、きもちのよい会釈は、まるで吉兆、日ののぼる方角から今にもいいことがやってきそうに思える。

 相馬屋の店内に陳列される、絵画、楽器、羊皮紙綴りの書籍は現実を四角に切り取ったような素描の数々。
「ちょっと欲しいかも」
 でも、ダメだわ。ステラ・デュナミス(eb2099)は遣る瀬なく、吐息を落とした。相馬屋には値札をぶらさげるような無粋はなかったが、軽い気持ちでたずねた忌憚ない物価は、ステラの心臓へ黄金の釘を打ち付ける。
 相馬屋の店売りは本腰をいれた商いではなく、箔付けを目的とした展示場みたいなものだ。冷やかしはかえって、歓迎。話の種にしてもらえば、つまびらかな広告をうつまでもない。
「遠回りなご商売ですね」
 シャルロッテがとりあげるのはブローチ、帯留めとして使用するらしい。この手の装身具は見飽きていたが、着物とあわせる方法は、シャルロッテの赤い瞳をいっしゅんゆらめかせるぐらいには、彼女の気を惹く。
 一方で、色あざやかな博物誌に見入るステラ。現在、店員の関心はそれほどステラにはらわれておらぬ、もしかすると――‥‥、
「いいえ、それはダメよ。世界の理がどんなに矛盾に満ちていても、神様はそれだけはおゆるしにならないわ」
 利き手の指を逆の指できっちり戒めている――魔法遣いはこうすれば魔法をとなえられない――けれど、それを自己に課さなければ理由はあんまりない――と、カラン、と遣り戸をすべらせたとは思えぬ妙なる木霊がひびいて、木製のベルが鳴らした、入店をはたしたのはアクテ。アクテは晴天の色の瞳を淡淡と、店内のそこかしこに、おしまいには店員のひとりに。
「この店には武具はないのでしょうか?」
 云われてみれば。改めて店内をみわたす――どれもこれも、血腥さとは縁遠い品々。まっさきに気がついてもよさそうなものだったのだけれど、どうやらステラ、すっかりなじんでいてしまったので。
「なるべく置かないようにしているんです。どうしてもというなら、数日みてもらえればお支度いたしますが」
 それでは、依頼の期間を越えてしまう。アクテはかたちだけ、首を横にふった。
「けっこうです。ですが、もし、刀砥ぎの用事がございましたら、いかがでしょう? お力になれると思いますわ」
 住所と身分だけ言い置き、食い下がることなく――醜悪なやりかたは、アクテの流儀にはかなわない――しずしずと退去。相馬屋にそれがないのは、あらかじめ分かっていた。京の打物師を多く見回って、話を聞き及んだのだから。
 裏商売という案がないわけではなかったけれど、剣や矛はべつに御禁制の品々ではないのだから、なおのこと不自然だ。
「これはこれでしかたがありません。あとは、京士郎さんのてほどきを」
 真幌葉京士郎、なにか妙に気負っていた赤毛の侍。なぜかすなおに「おねがいする」とは云いたくなくなる。

 事実関係の甲斐を、いったんまとめよう。
 ランティス・ニュートンが一日足を棒にしてまわってくれていたが、どうも京では島井宗室の風評はないに等しい――なんせ島井は九州の人物。京に住まいながら京都守護職の名すら知らずに、一生を終えるものもいるぐらいなのだから。
「それでねぇ」
「‥‥レオーネさん。嬉しくないとは申しませぬが、わたくしにそういうことをされても利鞘のあるとは思えませぬ」
「ごめんなさい。悪癖ね」
 レオーネは、通草の切り口のように濡れて光る彼女のくちびるを、しならせる。惣右衛門は苦笑でなく、ただ静かに首をふった。
 惣右衛門は先に云ったとおり、王道といっていいのか、御近所などをまわったり、公家屋敷の台所などを行脚僧をけどりながら何件かをたずねた。
 対してレオーネは、まったく別の意味で王道というか、人生における無限の搦め手といおうか。色仕掛け。春めくししむらを惜しみなく柔らにしたり、固めたり、それを相馬屋の店員におこなった。
「相馬屋さんのお得意様は、藤豊のお殿様をご贔屓なさる方が多いようですな」
「あら。道はちがっても、おなじことにいきつくものね。私もそんな話を聞いたわ。茶会というのは、その振興を深める一端みたい」
「茶道というのは、権力の品定めにもつかわれますからな」
 惣右衛門が、まだ口にしていないことがある。相馬屋の出入り先は、みょうに薩摩藩のおもかげがちらつくのだ。薩摩藩といえば藤豊の尖兵と名高いから、そう奇妙ではないが――‥‥。
「‥‥解せませぬなぁ。もしもそうだとして、人斬りへの荷担が露見すれば、お取りつぶしは当然でしょうに」
 そこまでして人斬りに入れ込まなければならぬ理由はあるのだろうか?
 鈴鹿の見込み違い、というのもあるかもしれない。惣右衛門はそういう立場に立っていた。沈着を着込んではいたが、鈴鹿、もしほんとうに頭が冷えているなら畑違いの捜索などにはそもそも手を出さないはず。
「ま、明日を待ちましょうよ」
 そう、とうとう明日になる、相馬屋の出掛ける茶会の日は。

 カタリ、と、床板が徐々にあげられる。一対の眦がとがった八方睨みを放ってから、胴体をひきあげる。
 相馬屋の警備はゆるい――熟達した忍びの影虎の目からみれば、という註釈付きではあるが。が、ただの民家と影虎もすこしあなどりがあったのかもしれぬ。携帯食をもち相馬屋の日陰、天井裏にひきこもったはいいが、そこには生命を循環させる水がなかった。草薙北斗がすきまから、飲料をさしいれてくれなければどうなっていたことやら。
「こんにちはー。‥‥今日はおやすみ?」
 おもてから陽光とともにさしこむ挨拶、ステラが店員を引きつけている、今のうち。
 無人ではないが、これくらいの人影なら、幽霊にまみえるのとおなじ。散歩にでかけるような足並みでひょいひょいと他人の家をまたぐ影虎だが、武道に沿った歩はこくりともどよめかず。
 ここ数日の観察で、影虎は家屋の見取り図をつくりあげた。建築の素養があったなら、もっと細部までどうにかなったろうが、贅沢はいえぬ。
 影虎は気になっていた箪笥のひとつに手をかける。ここ数日、相馬屋が熱心に見入っていた半紙がどこかに――‥‥。
「これは?」

 ここでもやはり、光をあてられるのは薩摩藩なのである。
「中村半次郎? 誰だい、そりゃあ」
 子持ちのキルスティン、しかもそのでっかいお子さまが彼女のうしろから付いてくるのだ、生んだおぼえも育てたおぼえもないウィザードが。キルスティンの思惑からは少々はずれてはいたが――たぶん珍獣あつかい、おもしろがられたのだろう――茶会の裏方の面子にいちおうはなじんだ。
 茶会の主催は相馬屋ではなく、中村半次郎という男だという。薩摩藩の藩士。薩摩ねぇ。どっかで聞いたな、と記憶をさぐっていると、ついでのように茶会の目的も知らされる。薩摩見廻組設立の根回しらしい。
「薩摩見廻組? 薩摩をみまわるのか?」
 否。薩摩藩の在京藩士による、京都の警邏組織。建前は薩摩藩邸の保安だろうが、薩摩藩といえば、薩摩・大隅・日向の三国を支配する藤豊派の大大名。それが京都にかまえる編成だ、源徳、平織の勢力図に一手を投じぬわけがない。
「薩摩藩に藤豊か。なんだってかまやしないけど」
 二者択一より三者三様のほうが、見た目から愉快に決まってる。ほくそえみかけたところに冷や水ぴしゃり。
「つーやく」
「あー、ニホンゴムズカシイデスネー」
 なんてこと、云わせる。キルスティンはほぼ真下をねめつけるが、悪びれない破顔がニンマリ返ってくるばかり。
 京士郎の奮闘むなしく(でも、楽しそうだった)、たった一日の吶喊工事では、アクテにシャルロッテ、茶会への潜入はむずかしかった。要するに、茶会というのんびりした字面とはうらはらに、それほど真剣な討議も水面下でおこなわれている。
「遊びじゃないってことか」
 自分だってそんなつもりではない。
 ――‥‥そんなつもりではないのだが、はたからは、そんなつもりにもみえるのだけど。

●それから、
「相馬屋の見取り図、それから薩摩藩への資金の流れ、中村半次郎との接触の痕跡‥‥上々だ」
 けっきょく人斬りと相馬屋をつなげるものは出てこなかった。つながっていない、という、証左も。だが、薩摩藩との関与の証言だけで、鈴鹿はそれなりに満足したらしい。
「それで、黒虎部隊の入隊の件だが」
 ごく、と、唾を呑む音。渇く。
「今回のはたらきから、レオーネ殿とグランフォード殿におねがいする。申し訳ないが、隊士の心情をおもうと、異人を多く引き込むわけにもいかぬ。シャルロッテ殿はまたの機会におねがいしよう。他の方々も、よくやってくれた。鈴鹿紅葉、心から礼を云う」
「きゃあ、ありがとう」
 今日は指先と遠慮せず、真正面から抱き竦めるレオーネ、それに注意をうながすべきか否か、同輩を思うというよりは雛を心配するように、キルスティン。アクテはしたり顔で、銀の髪を指で梳く。今回のことは残念だった。が、鈴鹿はアクテの生業に関心をもったようだし、それはそれでよしとしよう。武器屋らしく。
「鈴鹿さん、よろしいですか?」
 しかし喜びの多い中、惣右衛門はいつになくけわしい様子で、鈴鹿に向き直り、
「此度の成果をいかがいたしますので? 民人の安寧の為ならば、わたくしは以後の協力もおしみませぬ。されど怨み憎しみよりの仇討を求むるならば、其は無間地獄の第一歩と思し召され」
「‥‥悪いようにはせぬよ。だが、私は」
 しんしんとひたぶる、
「私は黒虎部隊隊士のすべてに、責がある」
 しん、といっそう極まる寂寞へ、こん、とキルスティンがしがらみを落とす。それは波紋に似て、いくつもいくつも円をひろげた。