【狼説・新撰組五番隊】 弥五郎

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:8人

サポート参加人数:8人

冒険期間:03月16日〜03月21日

リプレイ公開日:2006年03月24日

●オープニング

●新撰組五番隊近況
 弓を引く。篠張にたわむ月形から、きりり、とこぼれる弓弦の吐息は憂いをおびる、真夜中のこらえきれぬささやきにもどこか似て。
 ――‥‥矧いだ矢は透きとおり燃え立ちながら、扇の的に受け止められる。虻のはばたくように暫時唸りをあげる切斑を、日置正次は心なく眺める。
「‥‥いまいち。やっぱ、停止してるもんは、つまらん」
 一矢、一投、それでもうたくさん。充足したのではなく、代替のないことをみとめざるをえなくなっただけだけれども。つまんだ矢筈を手遊びにかさかさ鳴らし、もてあましてから、元の矢籠へと返す。
 ――‥‥あぁ、つまんねぇ。外へ遊びに行きたいけど、小姑はうるせぇし。
 と、独語というにはぜんぜん気兼ねのない言質を散らかせば、とうの「小姑」がじぃっと、じったりと、三白眼ぎみの上目遣いで、値踏みの視線を遠くからくばっている。
 渡辺うさぎ、という名の彼女。
「弓だけは上手ですよね」
「上司を能なしみたいに云うんじゃねぇよ」
「他は?」
「人の約束をすっぽかせたら、連戦連勝」
「寝言は寝てから云ってください、永久に眠りっぱなしでけっこうですから」
 軽口をたしなめるような気楽さはなく、むしろ、倚門の望、焼け付くほどにそれを切願しているくちぶり。他人の不遇をねがってやまなぬその舌で、声柄に変節をはさむことなく、渡辺は話題を転換した。
「それより、どうするんですか」
 なんとなく、日置正次が新撰組五番隊の組長に就任してから、はて、幾日すぎたことやら。七面倒な現況の五番隊を引き受けたがる人材がみあたらなかったから、いっけん派手なようで、実際のところはまことに地味な変動だ。
 が、日置と来たらその後、なにをするというそぶりもない。あいもかわらず、のんべんだらりと、嬉々として他人に迷惑を配達している。新伍長の渡辺うさぎ、角を出して苛つくのも無理からぬところである。いちおうは、日置、渡辺の云うことに答えながらも、用具の熱をしずめるほうにとりこんでいる。
「あぁ、そんならだいじょうぶ。偽志士の炙り出しを引き受けたから」
 だいじょうぶ、誰がそんな無責任な応答を信じるものか。渡辺は日置に投げるいぶかしみの波を、さらに強く、深くしただけだ。
「私、聴いてませんけど」
「だから、おまえは留守居。ちっと京を離れるから、そのあいだ、琴でも三味線でも好きに弾いてな」
「‥‥できません、そんなの」
「知ってる」
 ――‥‥春も間近というのに、鼓膜に切れ込みが入りそうなほど、薄羽のごとく乾燥する空気。
「冒険者を傭う気ですね」
「しかたねぇだろう。うちは人手不足だし、俺ぁ弓取りだから、市街戦は苦手なんだよ」
「それと、私を連れてないことと、どう関係があるんですか」
「おまえ、冒険者嫌いだろうが。以前の伍長とおんなじで」
「関係ありませんから!」
 激昂。
 ――‥‥短い。
 白昼夢よりも、まだ淡く、はかなく。
 渡辺が息をあげたあいだ、日置は黙黙と道具の手入れをつづけていた。
「‥‥失礼。でも、ほんとうに関係ないです。それから、あなたは勝手にしてください。私は私で好きにします」
 女性にしては大股の歩幅で、肩をそびやかして場を辞す渡辺に、日置はそっけなく他人の見得。
「分かりやすくっていいよなぁ。俺も、そうだけど。さーって、お仕事しーましょ。でないと、鴨さんに怒られちゃう」
 しまう、すっかりたいらげる、たいせつでかわいい道具たちを、
「いちばん怒られたくないヤツにも、怒られるよな」

●日置からの依頼<偽志士・喜島周行>
 偽志士の捕縛をてつだってくれよ。ある村の庄屋の屋敷に身を寄せている浪人だ。
 そいつが何したかって?
 べつに。なんにも。そいつはただ志士を騙っただけだ。屋敷に住み着いたのも、べつに志士の威光をちゃんばらするようにふりかざしておどしすかしたとか、そういうんじゃない。誰にも迷惑はかけていないし、まわりのやつらもそいつが偽志士だとはまだ誰も悟っちゃいない。
 ――‥‥名は、喜島周行。年歯は三十過ぎぐらいだろうか、見掛けはな。俺も話を聞かされただけだから、よく知らないけど。
 偽志士ではあるけど、剣術の手腕は本物みたいだな。なにかのとき村にあらわれたごろつき三人組を木剣一本であっというまにのしちまったっていうし。――そうそう、そのとおり。ロハで投宿してるってのも、感激した庄屋が引き止めてるからだ。いいやつみたいだぞ? いばったところはちっともないし、細かい不都合にはまっさきに気が付いて、なにくれとなく老人や弱者にを手をさしのべる。喜島が里にあらわれて一ヶ月にも満たないくらいだけど、まるで鎮守の社へおそなえものをあげるみたいに、村の人から、喜島さん・喜島さんって慕われてる。庄屋のひとり娘と祝言をあげるんじゃないかって、どうやらそこまでいってるようだ。
 そんなぐらいだから、京にもそろりと風評が流れてきてな、しらべたら分かったんだよ。喜島周行なんて、志士はいない。
 喜島がどうして志士をなのったかって? 俺が知るかよ、そんなこと。逢ったこともねぇんだから。
 でも、これくらいは分かる。喜島の捕縛は苦労するだろう。喜島が凄腕だからってわけじゃない、喜島は絶対的な贔屓にまもられている。うすっぺらなものじゃなく、自らの尽力で勝ち取った信頼と尊敬からなりたつ親愛だ。新撰組の名をだしても、さぞかし苦労するだろうよ。もしかすると、俺たちのほうが偽者だと疑われるのかもしれないし?
 つうーわけで、てつだってくれや。

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▽日置正次
新撰組五番隊新組長。パラだった。
特技は弓矢、約束を忘れること。

▽渡辺うさぎ
新撰組五番隊新伍長、誰かに似てる。
今回、お留守番なのでたぶん出番なし。

●今回の参加者

 ea0352 御影 涼(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4687 綾都 紗雪(23歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6433 榊 清芳(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1963 蘇芳 正孝(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 eb3272 ランティス・ニュートン(39歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

シーヴァス・ラーン(ea0453)/ 大神 総一郎(ea1636)/ アデリーナ・ホワイト(ea5635)/ シーナ・ガイラルディア(ea7725)/ ジークリンデ・ケリン(eb3225)/ 茉莉花 緋雨(eb3226)/ 将門 司(eb3393)/ フィーネ・オレアリス(eb3529

●リプレイ本文


「毎度、ご贔屓に。こんなんでええ?」
 合わせて五本、監房の銹の、くたびれた色彩の銀の鏃、ぎらり、と。
 が、日置の持ち合わせは八両将門雅(eb1645)の督促する額面にはほど遠く、のわりに日置は余裕綽々、なにやら赤茶けたものをとりだして、
「骨董をおもとめのあなたに御用意いたしましたのは、なんとびっくり素焼きの埴輪! これであなたのお部屋は、今日から前方後円墳!」
「実家に帰らせていただきます」
「俺が悪ぅございました」
 さしあたり、と日置は三本だけを選り抜くが、まだまだ。不要の雑品を融通するから堪忍しろとの口舌に、雅はひとしきり――行商人にとっちゃ長考はただの無駄遣いだから、電撃またたくぱっとの間――かしらをかたむけ、やがて思い切ったように、大きく首を縦に振る。
「しゃあないなぁ、お初さんやし色を付けたる。けど、矢って消耗品やろ? 銀の矢ぐらい、鍛冶屋に云うてつくらせたらどないなん」
「組長ったって、そんな偉いもんじゃないって。だいいち上司が散財してたら、目下にかっこつかんだろ」
「しんせんぐみもたいへんなんだね〜」
 パラーリア・ゲラー(eb2257)、木の実のまなざしくるくるさせて日置を「見上げる」。パラの日置に接したときそうなるのは、おなじパラの彼女ぐらいだ。
 にせししほばく。パラーリアは、いま少しなじまぬジャパン語を、舌でころころさせる‥‥「にせしし」って、らいおんさん?←獅子 「ほばく」ってちんちろりん?←賭博
「えーっとぉ。喜島さんって人をしらべて、そんで反源徳の人だったら、報告すればいいの?」
「報告はほしいけど、反源徳云々はどっちでもいいぞ。そこの兄さんもそうだろ?」
「‥‥俺は、」
 志士の御影涼(ea0352)、冷厳なおもざしに、かすかに苦りをはしらせる。志士という身上で――往時の志士の統括・平織虎長がつとめた京都守護職は現在でも空位であるとはいえ、「平織」の外聞がもつ権柄は依然さしおけるものでなし――日置の言質を真正面から否定することもしかねたが、源徳派閥の新撰組所属のやつばら(つまるところ、日置だ)の手前では肯定もしづらい。
 涼は、平生どおりの雪嶺の面相で、すらすらと言ってのけた。
「俺は、俺だ。臣民の安寧へのたゆまぬ奉仕が、武士の本分だろう」
「んー? まぁそれでも、いいんじゃねぇか?」
 蘇芳正孝(eb1963)は黙して――云いたいことがないというのではなく、奥まるところの汲みだす杓を持ち合わせておらぬだけ――青みの瞳を、日置、涼、それから伊庭馨(eb1565)(馨も志士だから)へ順繰りに向ける。武芸者として、冒険者として、勁健なよすがを持ち合わせずに日々を信ずるままに生きる正孝は、体面のある彼等とはちがい、いってみれば根無し草、しかし、それ故に自由ではある。
 はしけのように、ほしいまま。右へ曲がるも左へ寄るも、そのときの随意で――といったって、水が荒れれば流される。風がなぶれば、ひっくりかえる。
 そういえば、あれ、も、突然の時化のようなものだった。
 ――‥‥過去と現在を切り離すはさみをもたぬ正孝は、自嘲や自棄でそれをまぎらわせることもできず、ひたすらに己の未熟を恥じる。それは廉恥という感情で、うつくしいものは傷つきやすいし、やわらかなものは折れやすい。
 さて、冒険者の呈した案は、喜島の調査と按検にじっくりと手間をさく――慎重論だ。日置はとりたてて反駁はとなえず、人員を整理する。
「赤毛の兄ちゃんと茶色い髪の兄ちゃんが、しばらく京に居残るんだな?」
「きちんと名前で読んでほしいかな」
 俺はランティス・ニュートン(eb3272)だ、とランティスは気を悪くしたふうはなく、あらためて名前を披露する。彼等ふたりにそれからシーナ・ガイラルディアも足して、捜査にとれるのは一日ちょっとがせいぜいだ、とは日置の忠告。
「全員で京で聞き込みしたあと、また全員であっちでも聞き込みしようってなると、時間がかかりすぎてしゃあない。『おもに』『どこ』で聞き込みをしたいか、で、手分けしようや。先行班と後行班ってとこか。俺は先に村へ行く」
 雅、パラーリア、綾都紗雪(ea4687)、榊清芳(ea6433)、と、女性陣はなべて先行班に組み込まれる。紗雪はきちっと、定規のような正しさで日置に接する。
「目的の場所へ向かいがてら、周辺の方々におはなしをうかがうことはできますでしょうか?」
「とおりいっぺん、なぞるくらいならできるだろう。でも、あんまり期待しないほうがいいと思うぞ。移動しながらなにかするってなると、どうしても時間がとられる。目当てに出くわすまでねばるってのは、ムリ」
 紗雪は京の道場で喜島の知己をさがすよう提案したが、それはもはや移動のついでではない、と、日置に諭され、それをしたいなら後行の誰かに託すように云われる。
 涼は少々意外な感慨で、日置をみつめる。
 なかなか手際がいい。シーヴァス・ラーンや大神総一郎に教えられたかぎり、日置の風評に関しては、弓術の技能が先行する――というより、それ以外はまったくの役立たずのようにもみられていたのに。
「噂というのは、案外あてにならぬということか‥‥」
 それとも、わざわざ噂をねじまげたのか――散策の道をたどるよう、つらつら思いながら、ふと気付く。
 あぁ、この依頼も風評が発端だったのだな、と。


「ちかごろ新撰組をお辞めになった方はおられますか?」
「他の隊はどうか知らんけど、五番隊は、いる。辞めたいって云ってきたやつは、俺が辞めさせたし、あとの職も世話してやった」
 向かう道すがらに、馨は日置に尋ねる。
 否応なしにとどめてもしかたがないから、との返答に、馨、ふぅむ、とうなずく。
「生死は問わず、とおっしゃいましたね」
「まぁな」
「もしも、もしもですよ。それこそ、なにがしかの思惑どおりだとしたら」
 喜島に追われたというならずものたちか、それともひょっとして、隣を行く新撰組か――の企みの一環だとしたら。
 喜島を失なわぬ、村は途方に暮れずにすむだろう。そして、馨は剣に手をかざさずにすむ。いや、むしろ馨はそれをのぞんでいたのかもしれぬ。天秤がかたむくように、誰もが傷つかなくてすむ未来へ、ゆらごうとしていたのかもしれぬ。日置は馨にじかには答えず、
「臆病だな、俺んとこの伍長みたいに」
 馨がどういう意味かと聞きただすのをはぐらかすかのよう、日置はななめの憐愍の表情で、
「もし第三者を殺してほしくて噂をながすようなヤツがいたとして、『善人の偽志士』なんて中途半端な言い分でひっこむか? 俺だったら『実はその村へ来るまえに、赤ん坊まで残らずみなごろしにしたことが』まで付け加えるけどな」
 そうこうするうち到着して、京を離れるごとにいや増すふっくら温かな土の匂いが、ここでは小山のごとき高みへと達している。梅花ほころび、姫君のようなかぐわしさ、清芳も花をまねてほころんだ。梅は、よい。梅の酸味と甘味は、極上のとりあわせだ。だから、よい。――むろん、花付きも、よい。
「おっじゃましまーす。わ、牛さんだー」
 土色の家畜が鋤をひきずり、野良仕事への途中のところを、パラーリアは本気とも遊戯ともつかぬ風情、手を伸ばしてぱたぱた駆け寄った。

 紗雪の案も考慮に入れ、ランティスは猟犬のような真剣さで京洛をめぐったが、残念ながら喜島の素性について特記しなけりゃならないような流言は聞かれなかった。もし京都で本気人ひとり捜そうとしたら、手許に生き写しの似絵があったとしたって、一ヶ月以上の猶予でも、できるかどうか怪しい。
「うん、まぁ、やれるだけはやったんだから悔いはないよ」
 が、ランティス、水を浴びたようにすっきりとして、
「情状酌量の余地があればいいと思ったんだけれども‥‥。そういう巡り合わせだったんだろうね」
 一方、涼は喜島には関わらなかった。彼が新撰組の屯所のまわりを――五番隊、日置のいないそこには、伍長が残っている。
「妹やっちゅうこった」
 どこから聞き及んできたか、涼に教授したのは十一番隊の隊士・将門司だ。
「わりと近頃、新撰組に入ったみたいや。だから、これまでそう噂にならんかったようやで」
 渡辺うさぎ。彼女には、悪評が付きまとう。が、それは渡辺うさぎのふるまいがどうのこうのというのでなく「五番隊を覆滅に追いやった妹が、その五番隊の伍長におさまった」という事実への、下種の勘繰りといったものがほとんどだ。もっとも、渡辺のなにごとにもつっけんどんな物腰が、批判をさらに焚き付けていたのは事実ではある。
 まったく噂とはあてにならない。シーナもそう云っていた――ちなみに、彼の聞き込みも思うような結果は得られなかった、京は首府、「胡乱な噂をふりまきそうな、ごろつき三人組」なぞ升で量り売りしてもしたりない。
「悪かったな、全部まかせて」
「いいさ。気になったんだろ? 俺も心のつかえがとれたしね」
 急ごう、と、愛馬・星詠(フォーチュナー)の手綱を引くランティス、涼はいささか異なる手付きでけっきょくはおなじことをする。彼等二人は馬があったから、遅参もまにあう、ということになったのだ。馬は、走る。悪意でも善意でもなく、走れといわれて、走りたいから、風を切るのだ無心に。

 紗雪と清芳が喜島への面会を申し出ると、いくらかいぶかるような容貌はされたけれど、尼僧と尼兵という組み合わせからしてたしかに珍しくはある、が、べつだん断られはしなかった。喜島は部屋でひとり、木刀をぬぐっていた。
「失礼します」
 ここは自然に、あたりさわりのないはなしを――と、切り出そうとし、清芳、はっと気が付いた。
 いったいなにをもって、あたりさわりのないはなしとするのやら。
 明日の天気――赤の他人を訪ねて何故いきなりそんな相談をもちかけねばならない――京の情勢――それもおなじ――このあたりの名物はなんでしょう――おかしい、ぜったいおかしい。
「えっと‥‥大食い大会に出場しませんか?」
「突然の非礼、おわび申しあげます。旅の途中、良縁相整いめでたく御結婚なさいますとのこと、小耳にはさみまして、祝辞を献上に参じました」
 それだ。
 清芳は賞讃のまなざしを一途に紗雪へそそぐ(自分の発言は、即刻埋葬する)。喜島は皺の多い顔立ちを、やさしくくじゃけた。
「それはそれは、おあしをみだしてすみません」
「いいえ。これも神仏のおみちびきですから」
 紗雪はひといき、たださえまっすぐな背を、夜陰を裂く光芒がごとくぴしりとして見据えた。
「喜島さまは志士でいらっしゃるそうですね?」
 ――はるか仙界から碁を打つ響きすらとどきそうに、静寂、おさえつけられて、清芳は耳の裏から己の脈拍をかんんじる。
「‥‥ついに、いらっしゃいましたか」
「ええ、そうなります」
 紗雪は喜島から、一度も目をそらさなかった。それを先にしたのは喜島だ、つらそうにうつむき、
「たったいま腹を決められるほど、私は人間ができておりません。晩――四ッ時までお待ちいただけますでしょうか?」

「では、あらそわなくてすみそうなのだな?」
 正孝は、胸をなでおろす。ゆぅらりと村をみまわってきただけに、喜島に関しての美談も耳へ釣り込まれたところだ、無体は避けられると聞かされ、まるで心の棚からどうしようもない荷をひとつ去ったように、事々しく安堵した。
 四ッ時なら、人目は少なかろう。涼らも追いつき、では、四ッ時まで一休みか、となるかといったとき。
 が、パラーリアは、見たものも聞いたものもいくらか他のものらとは異なっていたらしい。それは「結婚のお祝いを分けてもらいに、」村へ入ったからかもしれぬが、
「えへへー。花嫁さんにあっちゃった☆ ジャパンの花嫁さんも、きれいだねー」
 人生で「花嫁」であれる日はほんのわずかだ、その日以前は娘でその日以降は妻で、つまりその日だけが――‥‥。
「嫁さんのほうに、俺らんこと気付かれたんじゃねぇの? で、急いで式をあげちまおうとか」
 もしかしたらやけぼっくいに火が点いて、駆け落ちしちまうかもよー、と、日置が無責任にあおるので、冒険者らはいてもたってもいられず、とってかえす、時刻はおおよそ暮れ六ツ、たっぷりした橙の光、硝子の欠片となって中空をただよう。

 そうだ、はたして喜島とその花嫁は向かい合い、腕を回し、抱き寄せて――はやすぎる婚礼衣装に身をくるみ、彼女は彼に組み付いていた。
「じゃましたら斬り殺してもかまわんぞ、って云われてたっけ」
「いくら新撰組やからって人の命を簡単に扱うもんやないで!」
 けどたしかにやっかいやなぁ、と、ぼやき、雅は武装をたもとにかくした。武器をちらつかせるだけで、彼女らを挑発することになりかねない。ランティスも、双手に包む盾の剣、やりばをなくし、本来の動線ではないところでまごつく。
 当て身をくらわせるには、それ相応の場をねらわねばならぬ。が、身を寄せ合ったふたりは、ちょうどそういうところを蔽ってしまうのだ――意識してやってることではなかろうが。それに、たいした障害ではない。紗雪が数珠をつまぐり、緊縛の糸をひろげれば、彼女はたちまち絡められ、そこを引き離して握り拳をのめりこませば、吹けば飛ぶよに邯鄲の夢のまなかへはじかれる。
 喜島はやはり、抵抗をみせなかった。喪神する彼女が頭を打ち付けぬよう、気を回しただけで、だからランティスは問わずにおられない。
「騙らずとも今の生活は手に入れられただろうに‥‥何故だい?」
「昔、この人が、志士のお嫁さんになりたいと云ってたんです。でも、私は苦労したけれど、志士にはなれませんでしたから。‥‥ちょっと夢みさせてあげたかったんです、莫迦ですね」
「あぁ、莫迦だ」
 涼は、はっきりと、
「が、首をかけねばならぬ莫迦はもっと他にもいる」
 断罪の席へたつものがごとく、はっきりと、告げる。
「日置さん、この人の罪はどれくらいだ?」
 清芳は日置へ熱心に語りかけるが、べつに日置はそしらぬふうに、
「‥‥知らねぇよ」
「都へ連れ帰っても、身の安全は保証できるのだろうか?」
「わぁった、わぁった」
 日置が不承不承いかにも大儀そうに、がっくり首を垂れるとき、馨は――清芳は京を出て以来、初めて見た気がする、馨の口唇、朝日のような笑みが刷けていた。白々と、桃色の。

 さて、折りをみて日置に「仲間」を申し出たパラーリアであるけれど、
「うーん。もうちょっと勉強がいりそうだし、じゃ、仮隊士な。これで屯所は出入り自由だし、学問所代わりにしろよ」
「えー? またおべんきょーなのー?」
 むぅ。パラーリアはずいぶん深く考え込んでから、まいっか、といなおった。
 おべんきょーってのは、要するに、ちょっとめんどうなお遊戯。御遊戯なら好きだもんね、と、そういうことにした。