●リプレイ本文
●
「黒虎も近頃は政治遊びで忙しそうだ。鬼退治のほうが気が楽とみて、油断したか?」
「そのとおりだな」
雪守明(ea8428)の、言葉の綾ならぬ針、鈴鹿紅葉はとりたててはむかうこともせず。
そもそも冒険者にすがらなきゃいけない理由からして、妖異、人為の脅威がいやましたからだというのも真実だが、黒虎部隊の自律にみだれが生じたから、というのもある。故・平織虎長は平織氏躍進のきっかけを成した秀優な武将だったが、その手腕は独裁の色合いが濃かった。虎長の手綱をはずされた今、黒虎部隊のみならず――平織の影響下にあった大国・近江でさえ例外ではなく――平織は行く手さだならぬまま朝令暮改をくりかえす。
人のためにあるべき執政がずしりと沈めて人をしがらむ、陋拙な泥濘。
と、伊能惣右衛門(eb1865)、みよしをかたむけるよう、すいと話に割り込む。
「その後、人斬りはどうされましたか?」
「虎長様亡きあと、御所は藤豊殿の采配でどうにかもっているようなものだからな‥‥。当下はそれどころではない。貴殿らの砕心をいたずらにするようで、申し訳ないとはおもっているが」
明はひどく退屈げに、鼻を鳴らす。べつだん平織だの藤豊だのがどうしようか、さらさら興味はない。が、彼等が権能の椅子をあたためているのはもはや動かしようのない現実で、彼等の思惑は紛う方なくジャパンの心臓を鋭くつらぬく、それが実にくだらない――酒精を欠く宴のように興ざめだ。
彼女は、断髪をかきあげる。それが列島をからめる策動の繰り糸であるがごとく。
「斬った斬られたでは国はやつれるばかりだ。刀で国は良くならんわな」
「沈下させるのは、容易だがな。虎長様を討つ剣も、きっと一本で事足りたことだろう」
「べつにうちは、なんだっていいけどね」
御堂鼎(ea2454)、なみなみにした杯をこっくりあおぎ――正味の出所は分かっていた。鷹神紫由莉(eb0524)のたずさえた神酒『鬼毒酒』の一口だ。が、「味見ぐらいしとかないと、ねぇ。人間様がイヤなもんを、鬼どもがかっくらうわけもないし」からからと快闊な――だけではすまされぬ、不敵なしたたかさ――笑みの真中に、また啜る。
「今日は、酒代かせぎに来させてもらったんだ。労銀どおりのことはさせてもらうさ」
でももし黒虎部隊がなくなるようなことがあったら、と京の大路では口にするのもはばかれる凶事を、豁達に言いのけて、
「そのまえに是非、新撰組の宴会部とトンデモ対決をしてほしいもんだねぇ」
「では、私が、茶請けと酒の肴をあつかうお店を御案内いたしますわ」
屈託のない牧歌さえずるような、ころろと微笑み、紫由莉――べつに鬼毒酒のほうはそんな気にかけてないらしい――‥‥となると、甘味食い放題か。いける。
楠木麻(ea8087)はやる気溌剌、以前より黒虎部隊帰属をねがっていたこともあって、がんばるまえからがんばっている。
「よっしゃー! いきますよー! 神皇様に代わってお仕置きよ!」
数珠十字を鎖分銅のようにぐいぐい引き回しながら(注:変身しません)、たいせつな偶像がこんだけ粗雑にあつかわれていることを知ったら、ジーザス教徒は卒倒するのではないでしょうか。
愛騎の鷲獅子で追い込みをかける、バイブレーションセンサーで鬼の位置を補足する、おおまかにはこんなような一計。鈴鹿は静聴していたが、はたと継ぎ足して、
「楠木殿。バイブレーションセンサーは、飛行中はつかえぬぞ。あれは媒介をとおしてゆるぎを『感じる』ものだから、媒介にまったく接触していない状態では、無意味だ」
「はい?」
麻は、じりりとあとじさる。
くるりと身を翻し、
「まっさかー。伐折羅(バサラ)に乗ったまま、バイブレーションセンサー打とうとかおもってませんでしたよ。では、ちょっくら探りを入れてきまーす」
逃げた?
それはほんとうに武士道かっちゅうか‥‥。
まぁいい、と鈴鹿、彼女が気に懸かるのはむしろ手許の実質、もこもこ。
緊急時のとき、里に鬼が迷い出たときのために残るよう、鈴鹿に告げたのは鼎と惣右衛門だ。が、それならちょうどいい暇つぶしがてら、と、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)が仔柴を紅葉にあずけたのを皮切りに、あれよあれよ、と、積もり積もって五頭三匹(ぐらい)。
「いいじゃん。なんか似合ってるし。小源太、おとなしくしてろよー」
「‥‥よろしく、頼む」
ミュール・マードリック(ea9285)、墨染めの衣に包んだ人身をさも狭っ苦しげにふたつに折る。クロウが小源太の喉元を掻い撫ぜると、仔柴は催促するようにかしらを飼い主に擦り付けた。
「いい子で待ってたら、御褒美みつくろってきてやるからな」
なら手遅れだ、と、鈴鹿は思う。鈴鹿の羽織には、小さめの歯型がとっくにいくつも押し抜かれていた。
●
心霊の手業ともまごう華奢なそよかぜにすら竹の葉はうらをみせて、さわさわと銀色にざわつき、どことなく竹林は船底のような。
では、それらはずみに落ち込んだ彼等は鱗魚か、もやいを外されただようはしけか。
――紫由莉は霞の刀をとりあげる。
断ち斬りは、とてもあっけない。けれど、生きてはおらぬはずの仕掛けの断末魔は、ひゅっ、と、たとえば鼠のくびをひねるときをも連想させて――今際の綴じ目は、生にも死にも、さほどのへだたりはないのだろうか?
「これで幾つめでしょうか?」
「数えてねぇや。いっぱい!」
――まだちょっと苦手意識のクロウ、紫由莉にあてるわけにもいかぬいたたまれなさを、あ、なんとなく義兄弟のヒースクリフ・ムーアの苦笑まで浮かんできてような――おもむろに八つ当たり。
クロウがさっくりと小刀を入れると、はためくことすらせず、網はしょんぼらとうなだれる。出掛けにアクテ・シュラウヴェルの仕立てた刃は、触れぬものすら裂きそうなほど、はっとすばらしい切れ味。
罠の解除といっても、機械的な仕事を入り用とするものはほとんどなく、入り際のところはすでにトール・ウッドが始末しておいたから、ただし、問題は落とし穴のたぐい。浅いものでもきちんと埋めるとなると、かなりの時間を浪費する。緋芽佐祐李の発案で白布でかこむなどの工夫はしたが、せいぜいが応急処置。
「里の方はふだん追い込み猟に使っているそうですが」
狩猟用の罠とはたいていそのままさしおくのではなく、追跡や待機の最終的なしあげとして用立てる。惣右衛門が聞き及んできたかぎり、そんなふうにつかっていた。
「しかし、ここらには鬼の気色がうかがえませぬなぁ」
細工の配置はある程度法則にのっとっているだろうから、それをたぐってゆけばミュールは考えていたのだけど――だがしかし、どうも、手慣らしや手慰みの一環までもそのままにしておいた模様。が、おおよそだけれど、新古の別はつく。こちらは少々古めのようだ、と、ミュール。が、新しいのをさぐりだすのも手間がかかりそうなので。
「では、せっかくですからお呼びいたしましょう。けっこう張り込みましたわよ」
くす、と悪戯めき、紫檀色の肌をひずませて、紫由莉、荷袋から血糊とそれ以外――臭気――をふんぷんとしたたらせるのをたばさむ仕草まで臈長けて、それから、さきほどの鬼毒酒を一本。
雄飛、麻。
碧空を打ち抜く黒影。真鳥の一対は打ち下ろすたび、自由を叱咤し、雄壮を汲み出す。
麻からあらましを聞かされたとき、鈴鹿はこういうふうにも云った。
『それでは、竹林に被害が出ないか?』
『そうですな。里の方々には、竹取の翁ならずとも竹林は日々の糧を得る場所となりましょうしな』
そうそう人の遣り方にけちをつけぬ惣右衛門までもがどことなく渋いことをいって、筍、旬の味、などと具体例まで出されれば、麻とてそりゃ大事だ、と思わずにはいられない。が、けっきょく完全な打ち消しはされなかった。
『竹は繁殖力が強いから、寡少ならば、やりくりできよう。くれぐれもやりすぎないようにな』
「失敗できないってことですね」
鷲獅子を従わせて麻は悠々滑翔する、しかし彼女の目はあまねく人の恋する天空ではなく、ひたすら鬱蒼たる地表へそそがれる。
いた。
ひとしきり息をしずめてから、麻はやおらに射る。万物は佇立する、林檎は落ちる、それら摂理にほころびをしるす波濤を、ひとつ。
が、
「れ?」
たしかに、グラビティーキャノンは鬼をとらえた。が、鬼らは蚊にはたかれたように少なく顔をしかめただけで、何事もなく歩行をはじめて――否。速い。駈け初め。
鬼族はもっぱらぼんくらなように解されているが、それはあくまで人のそれと比べての話で、牛や馬などよりはよっぽど勘がいい。
人喰鬼たちはこの竹林にたてこもったのは、黒虎部隊の追撃を逃れるためだ。そんなところへ空からわざわざ人影をみせつけてやれば、鬼でなくとも過去へ因果をつなげるのは容易。――手の届かぬ空の敵をわざわざ相手する愚をとる必要はない。
「ちょ、ちょっと待って」
麻は二度めの波動を放つ。そして、そこでようやく悟った。鬼どもは一体とて、脚をもつれさせる様子がない。グラビティーキャノンは闘気を糸にして肉体をぐらつかせるもので――闘気というのはだいたい膂力のあるものほど、右肩上がりで、高い。つまり、彼等をたわませるのに威力は足らず、なおかつ横転はかたちをとらず‥‥。
まるで麻の気持ちをあべこべにしたかのように、鬼らはまるで思ってもいない向きへとどんどん流れてゆく。麻はしるしに編んだ指をほどき、騎乗用のおもがいを今一度にぎる。
「待ってってば、お兄さんたち、ご奉仕するからーっ」
いっぺんは横合いからの殴打をななめに透かそうとしたミュール、けれど、熊鬼闘士のかたちある鬼気――さすがに戦斧の厚刃のまえには、やはり防具をかまえぬわけにもいかぬ。
「こちらは、おまかせを!」
戦斧のえがく弧をさらい、紫由莉、刀身を熊鬼闘士の具足へ叩き込む。蜘蛛の巣をひろげるように、火花が寸暇、煮える。
が、熊鬼闘士はもう一体ある。
明をふさぐようにぬぅっと立ちはだかるそいつへ、彼女は負荷と練気をおびる直剣を振りかぶる。薄紅は意志のいろどり。桑色の頭髪も冷たい灼熱に火照り、揺らめいた。
鬼毒酒にやられてなお、それとも、毒をふくんだという憤りが熊鬼闘士の戦意をふるわせたか。
熊鬼闘士は明の戦技と寸分たがわぬ一心を、明の右肩ちかくへ袈裟に掛ける。
灼熱、凍寒――どちらともつかぬ、それも道理で、もとよりどちらにもたたぬ――痛みであることを明がみとめたのは、二の腕の肉をいくらかもってゆかれたあと。殺げた箇所からかすかに蒸気がたち、人の熱のありかをつのる。
「よけろ!」
クロウが軽弓から引き絞る矢、一閃の鉄条をなぞって、具足の亀裂を縫い熊鬼闘士の毛皮へ忍ぶ。そのあいだに薬水を咽へ押し込み、返す刀で、明は熊鬼闘士の脚を払う。ぎちり、と、金属質の手応えが癒えたばかりの手にやたらと沁みた。
のこるは、人喰鬼。
「さっきは手柄を譲っちまったけどね。今度はだいじょうぶさ、安心してやっとき」
「あぁ‥‥」
鼎の声差しを種火に、ミュールは戦士へと返る。
人にしてはだいぶ大きいミュールの上背よりもまだいかつい人喰い、得物
「鬼殺しの鉞、とくと味わって冥土に土産にして逝きな!」
鼎は地を這い、犬狼がごとく。
ミュールは抜けた、隼がごとく。
不動明王にささげる真言が、ほんのそばから、けれども天から地へくだされる慈雨のように、遠く、やさしく場を鳴らした。惣右衛門の成す三界の首枷にとらえられ、こごった人喰鬼の胴を、右から左から、剣と斧にて、裂いて咲く。
――‥‥やれやれ、と、人心地つく。これでどうにか半分なのだ、もう一戦あるのだな、と、冒険者らは兜の緒を締めようとするが、それは意外な方角からゆるめられる。ざぁっと麻の着陸が、積もる竹葉をまきあげる。
「あのぅ‥‥」
「どうした?」
墨をこぼしたように言辞をにごす麻に少々いらつくのを抑えようと、ふと明は胸をみおろした――血糊が牡丹のようにひらいている――手荒に片手ですりあげる。
「これはただの返り血だ」
「あっちに逃げられちゃって‥‥そのぅ‥‥」
おそるおそる麻が指をのばして、冒険者らもようよう顛末を悟る。
しかし、冒険者らが総出で追いすがろうにも、地の利を心得る人喰鬼ども、あちこちにしかけた計算をも借り、すでに冒険者らのまにあわぬ遠方へと跡を晦ましているのだ。
繁栄と繁殖がため――再びどこぞで人をむさぼるために。
●
「取り逃がしたか」
捜索の布石を打ったあとに、鈴鹿は冒険者らにむきなおる。
「もともと、こちらの後始末を押し付けたようなものだからな。が、約束だから報酬は引かせてもらう。しかし、黒虎部隊への仕官は、別に図ろう。まずは鷹神殿におねがいする」
「ありがとうございます。御期待に添えるよう、精進いたしますわ」
問題は、ミュールとクロウ。どちらも異邦からの訪問者。すでにうっすらと黒虎部隊内部で反感もたちはじめてるなか、これ以上の登用はとるにたらぬ鞘当てを生み出す、と断られるかと思われたけど――‥‥。
「革新の風を送るのも、また一興。よい、私が引き受けよう」
「ども。やるからには真面目にやるからな! 」
「‥‥世話になる」
ぱぱぱぱらっぱー♪
「なに、今の?」
クロウが首を捩じ向けてみれば、ミュール、草をついばむ驢馬のごとく、黙黙と剣の汚れをぬぐっていた。
「楠木殿だが‥‥努力は認めよう、実力も身分もまったく申し分ない。だが、楠木殿も気付いていようが、此度みえる功績をあげることができなかった。今一度機会があれば、そのときこそはどうにか繰り合わせる」
「はぁ、乞う御期待ってやつですね」
「楠木殿はまだお若い。これからいくらでも機宜はございますじゃよ」
二度も黒虎部隊の考査を間近にしたからか、惣右衛門は、孫をもつ祖父というより弟子を諭す師範の気分で、惣右衛門は麻の肩をたたく。せっかくですから鍛練ついでに、これから黒虎部隊の皆様の治療をてつだってみませんか。
そんなこと(黒虎部隊)はどうでもいい、と、明、鬼の遺骸の処理を申し出る。そのなかには鬼らの道具の浄化を寺院への依頼もふくまれていたが、それより手っ取り早い、と、鈴鹿が提言したのは、冑割りの技法で木っ端に潰すこと。坊主をやとえば金がかかるが、これなら無償だ。鼎もいるし。
「あーん、うちかい? 瓢箪ひとつで一個だよ」
むろん器はただの喩えで、芳醇なる中身のほうが肝要だけど。
明の発案はだいたいが通った。市井にまかせるのはすまぬから、と、鈴鹿が手当てしたから、明は懐をいためないですんだわけが、それで得心いってもおらず――予定の数値にだいぶ欠ける獲物。
それがあまりに無念であり、一同の意相へ黒点をうがつ。