【伊賀<現在千方>】 非誕生
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:7〜13lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:04月12日〜04月17日
リプレイ公開日:2006年04月20日
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●オープニング
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彼女はうつくしく、それ故に彼女を愛でるものは後を絶たない。
ほんとうに、彼女はうつくしかったのだ。水晶からこしらえたしゃれこうべの置物のように。正味はからっぽだったけれど、星のひとつもまたたかぬ虚空に絶対の静穏をみいだすがごとく、空漠にかぶせられた皮膜はひよわで哀しい綺羅をしんしんとたたえる。
彼女は既婚者であるが、その美しさは生娘のときからちっとも風化せず、むしろ傍惚れにつきまとう咎の自覚こそ彼女の朱唇皓歯をきわだたせる。夫君は彼女をふかく愛した。彼女と夫君のあいだについぞ子は成されなかったが、夫君はそれを我が身の罪とし、忸怩たる思いから彼女の身持ちへとやかくくちばしをはさむことはしないでいた。
彼女のもっとも好んだ遊戯は恋である。ゆきずりのそれが、特に心にかなった。相手には事欠かずにすんだ、夫君の客人、出入りの御用聞き、打ち物大事のつわもの‥‥皆が皆、彼女を天女のようだと褒めそやす、無数のはなびらにおおわれるような礼賛と快楽のためなら肉体のひとつやふたつ惜しみなくくれてやった。
そんなとき、遊学者のエルフの青年と出会った。ジャパン人にはもちえぬ繊細な外観とあふれる博識は、彼女の嗜好によくそぐった。いつものようにすずしく秋波をしかければ、臆病な獅子が巣穴から一歩を踏み出すように、彼は彼女の手をおずおずと取り、そして――花は堕ちて水音が――‥‥。
――‥‥あれから、十ヶ月。
彼女はもう、恋をしない、それどころではない。腹にややをやどしたから。苦慮のいやます日毎に少々倦んではいたが、夫君の喜びようをみれば気が紛れたし、なにより空風が吹き抜けるほどがらんどうだった彼女の内側にも母性らしき双葉が生まれかけてきたので。
『なぁに、あんた知らないの? 人間とえるふのあいだには、ハーフエルフが生まれるんだよ』
だが、そんなときに彼と出会った。いつかの彼女もかなわぬほど、底知れぬ蒼然を眼球からこぼれんばかりに秘める男。
はぁふえるふとはなんぞ、という彼女の質問に、彼は、
『化け物さ』
さらりと答える。
しかし、
『うそだと思うなら、そこらの耳長の異人に尋ねてみるといい。ハーフエルフを知ってるかってね。知らないヤツはいないだろうから』
はじめのうち彼女は彼の云うことをなにも信じなかった。異種族とのあいだに子をもうけることなぞ、彼女の眇眇たる素養のなかではありえないことだったので。しかし、あんまり彼が熱っこく言い退けるものだから、町の異人に遣いを出してたしかめてみれば、まさにそのとおり。
そのときから、彼女の母性は恐怖にとってかわった。
日にちは――あぁ、おそろしいまでぴったりと合っている! だいたい良人とのあいだにはこれまでなにもなかったというのに、にわかに種から芽が出ることほうが、突飛といえば突飛にすぎる。彼女は確信する、彼女のやどした赤子がハーフエルフであることを。
『あんたは化け物を生むんだよ』
男は事細かに彼女へ毒を縫い込む。混血種の外道を。倒錯の迫害を。赤目の不幸を。
『‥‥それが、不義の懲罰だ』
だから、彼女は、
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「女性をひとり、至急捜索をおねがいします」
ギルドの暖簾を切迫した面貌でくぐったのは、エルフの青年と、平凡な中年の男性。
「身持ちの体なんです、それも十ヶ月を超えた。とにかく早く保護しないと、たいへんなことになる」
それを虫の虫の知らせというのだろう。
一度訪問した土地は二度と還らないという信条をたっとぶ青年が、なつかしい朋にみちびかれるように、何故か再び京の地をふんだ。そうすると恋しくなるのは、いつぞやの行きずりの濡れ事。彼女をさらって逃げる意気なぞさらさらなかったが、顔をみるぐらいはよかろうと住まいをうかがったところ、透きとおりそうに真っ青になっておろおろした彼女の亭主と鉢合わせする。
エルフの青年は舌をもつれさせながら、焦慮が彼の咽をせきとめている、己を叱咤しながらようよう注釈をつづけた。
「俺の子をはらんだと思ってるらしくて‥‥それだけならまだよかったんですが、」
「妻は、いいえ私もつい最近まで、ハーフエルフというものを知らなかったのです。そんなこともあるのですね‥‥異種族とのあいだに子孫をのこせるなぞ、まったく考えがおよびもしませんでした。妻は混血をみごもった重罪におびえ、わけもわからず、どこかへのがれようとしたようなんですが‥‥」
と、青年の語りをうけついだ中年が、科白を追い継ぐ。彼がしめしたのは京都近郊のとある山麓の中腹、そこへぽっかりと刳り抜かれた、まっくらな岩屋。
「目撃証言もあるから、まちがいないでしょう。妻はその岩屋のなかへ入っていったようです、年中じとついたところで、内部は蜘蛛の巣のような複雑な枝道がひろがっており、数種の化け物のねぐらともなっているらしく、しっかりした装備なしではまず生きて帰ってこられないとききます」
そんな人の境界をはずれたような場所を、いまだ生まれてこぬ子をかかえた女が、たったひとりでさまよっている。しかも、話をきくかぎり、どうやらまともな精神状態にはない。
迅速な手段、万全の検討、優先の事案、むろんそれらだけでいいわけはなく――火急の用事にもとめられる要素は、数尽きぬ。
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彼は、嗤う。
白面の人形に筆でつくられた仕立て顔のように、おもてがわだけで、浅くもなく薄くもなく、ひたすらに嗤う。
――‥‥彼の告げた岩屋に、彼女はなんの疑いもなく這入った。いいや、それだけの理知はとうに、彼女からずるりと抜け落ちていたのだ。この岩屋に白溶裔や大蛇が栖息していることはすでに調査済みだったが、それを諭したところで、きっと彼女は、かつては絹糸にもたとえられた髪をふりみだして、そのまま盲進したことだろう。
「どんな味かねぇ、はらぼては」
俗語を吐き捨てるとき、いまわしく曲がる彼の口元にほんのいっしゅん、憎悪ともつかぬ嫌悪ともつかぬ――空ろな闇が映りこむ。
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【「伊賀忍」申請ルール】
・「忍者」であることが、最低の条件。
・伊賀忍は他に忠誠をちかわず、金銭上の契約によって行動するのが特徴です。ですから、「〜に忠誠を誓っている」という設定をお持ちの方は、回避したほうが無難です。できないわけではありませんが。
・実力者は「中忍」(隠れ里の長クラス)も名乗れます。隠れ里は十人くらいの規模で、「実はジャパンを裏側から支配している」とかでないかぎり、だいたい自由に設定できます。どこかしらの上忍についているのが通例ですが、べつに中立も可能です。
・上記の補足。中忍のすべてが上忍の部下なわけではありませんので。どちらかといえば、中忍のなかでも特に力(=権力)をつけた三人を上忍と呼称したというかんじです。
●リプレイ本文
非誕生リプレイ
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「エルフやハーフエルフの方々は、身重の期間も人より長かったりするのでしょうか?」
「そんなことないよ。ねぇ?」
「えぇ。人間のかたとおなじく十月十日が目安です」
だから、生まれ来るまでは、彼もしくは彼女が何者であるか誰にも判じえないのだ。現在のジ・アースでは。
カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)とジークリンデ・ケリン(eb3225)、ハーフエルフである彼等が躊躇なく云いきるのから思い違いはあるまい。高槻笙(ea2751)は、ほぅ、とたっぷり息の根を吐き尽くし、
「‥‥やはり産み月なのですね」
「産婆がいるな」
やけに淡泊に応じるのは雪守明(ea8428)。冒険者の面子のなかで頼りにするとしたなら逢莉笛鈴那(ea6065)ぐらいが、そのすじからもきちんとおねがいしたい。ギルドに産婆の当てを尋ねたところ取り次いでくれたのは、駿馬をとばせば一刻ぐらいか、のところ。じゃあ行ってくるよ、と、言伝たあとでおもいついたように、
「手間賃は依頼人につけられるだろ?」
ちゃっかりしている。いや、それより問題は別にあって――‥‥、
「しょいこもいるんだったね」
ランティス・ニュートン(eb3272)、どこから持ってきたのか背負いばしご。しかし、これをおぶって背嚢も、というのはできたもんじゃない、ギルドへあずけてゆくことにする。過重のせいで一歩すらままならぬジークリンデも、なかからひとつだけ抜き取り、右にならった。しかし、ギルド員は歓迎とはいささかことなる渋面。
「非常の依頼では、荷をしぼって身軽を確保するのは、常識です。はじめるまえからそんなてんやわんやなところを依頼人にみせるのは、ちょっと感心しません」
しかし、ギルド員の愁えるほどには事態はひどくはならなかった模様、来須玄之丞(eb1241)が依頼人と話し込んでいたから。
「つまり、分かんないんだね?」
ぼんやりと余所耳風情だった雨宮零(ea9527)、天敵にめぐった甲虫のように、成年未満の五体をこわばらせる。
が、当の玄之丞ときたら平然としたもので、念を押すように語尾をきつくさせると、ふたりの依頼人は逡巡のあいだ顔を見合わせ、重々しくかぶりを縦にした。
いったいどちらのややか。前記したように時期では区別できないのだから、あとは当人たちの告白、で見分けるしかないわけだが、この期におよんで嘘もなかろう――玄之丞のうすめの、しかし、きつい活眼は、そう見分けた。
「じゃ、半エルフのことをあんたらに教えたのは、どこの誰だ?」
「私はこの人から、こうなってから聞かされました。女房のほうは、さぁ誰やら?」
「僕はあの人には教えたことはありませんね‥‥。口説き文句にするにも、悪趣味すぎますし」
話を聞いているだけなのに、何故か、とても心臓にわるい。
左の胸をおさえる、零。
ここのところが杙を撃ち込むようにどかどかする――玄之丞の談判がきわどい導線へおそれもせず近付いてからはいよいよで、零はおもわず嘴をいれ、といっても、それは黄色なうえにとてもひかえめなものだけれども。
「あ、あのぅ。もうそろそろ出たほうがいいんじゃないでしょうか?」
「だね」
玄之丞は、固執しない。引き際は夏の雨脚のように、疾く。
のこった聞き取りは神哭月凛にまかして、結城冴も京をしらべてくれるというから、彼等は冒険者ギルドを発った。零はいちばんあとから――、
「‥‥悲しい結果には、絶対にさせませんから」
言い置く。相槌を待たず、火足のごとき性急さで敷居をまたぐ。
玄之丞がさっさと引き下がったのは、時間がないというのもそうだったけれども、すでにある程度の推測ができあがりつつあったからだ。
「半エルフのことを聞かされただけで乱心するってのは、どうも、すっきりしないねぇ」
――その場を見たわけでも聞いたわけでもないから、今はまだ、頭蓋のなかの霧時雨にすぎぬ。が、物量の幻影をともなうほどのずっしりした曇り模様は剣では払えぬ、手ではどかせぬ。理だけが唯一、光条をとどかせることがかなう。
おなじ教えるにしたって言い様というものがあろう、と思うのだ。彼女の心が折れぬよう可及の精進をなすことはできたはず――逆効果となったこともありうる、が、それならそれで、どうにか後始末をつけるとするだろう。薄氷へ踏み出すような成り行きにはならなかったのではないか、と。
悪意。
「あぁ、俺も。なにか最後の一押しがあったんじゃないかって、そんな気がするよ」
しょいこは仔馬の彗星にのっけて、ランティスは星詠を馳せる。奔馬のなせる疾速に引かれて、紅がさかまき、若い風になり吹き抜ける。
●
それぞれが馬を駆り、或いは神速の移動を用立てたので、が、思わぬ落とし穴がひとつばかり。
ジークリンデ、飼い犬らをつかって捜索をしたかったのだけれども――‥‥。
おらぬのだ、二匹とも。影も、形も、濡れた鼻面はいわずもがな。
七里靴の速さに追いつけず、途中の道でふりはらわれてしまったらしい。今ごろは、ギルドのまわりを、しょげかえって飼い主をもとめていることだろう。
「じゃ、僕が調べるよ」
順繰りに錆色と空色の検証のあと、が、ツヴァイは首をひねった。
実をいうと、白溶裔は、ブレスセンサーやバイブレーションセンサーでは知覚しにくい。
まずはブレスセンサー――これは白溶裔にかぎったことでないから、ジークリンデの卓見にまかせようか。
「ジェル系の幻妖は、私たちのように進化した呼吸器官をもたず、皮膚呼吸のみですませているんです。だから、ブレスセンサーでの探査はできるにはできるですが、小さな生物の塊のように誤認することも多いらしいです」
そして白溶裔は、ふよふよと空をただようこともしばしば――飛行はバイブレーションセンサーの範囲外だ。興味深い知識ではあったが、玄之丞、苛立ったように語勢を研ぎ、
「奥さんのほうは、いそうかい?」
「それは分かった」
「移動していただろうか?」
「バイブレーションセンサーに引っかかったってことは、そうだと思うよ。僕の魔法のぎりぎりぐらいの距離。ちょっと遠いね」
喜ばしい報せだ、と、ランティス。
――生命は活動に還元される。彼女は、まだ、生きている。
「素人だろうし、その精神状態じゃあ、移動の痕跡はしっかりと残っているだろう。‥‥急ごうか」
そうこうしているうちに用件をすませて――明の到着。単独ではない。
「じゃあ、ここで待っていてくれ。ついでに、馬の面倒もみてくれると助かる」
声をかけるきっさきは同士らではなく、彼女の連れてきた、というかほとんど力尽くでさらってきたといってもいい、産婆。料金外の家畜の世話までおしつけてるのだから、明、もはやちゃっかりというよりはがめつい。
「あぁ、手間賃はあとから工面するから」
金銭ではなくって、そういうことをくりかえしていると、冒険者おことわりの看板が増えるんじゃないかなぁって――まぁいいか。
鈴那は陣列の末尾にまわろうとしたのだが、零が、子どもが探検をためすように、小心翼々の足取りで彼女のあとへ付く。
「どうかしたの?」
「いいえ」
「でも、雨宮さんが先のほうがいいんじゃない?」
いくら後方を支援するからって、灯りとりの零が真ん中に近いところへいるほうがいいに決まってる。が、零はたとえば戦陣をひらくときの抑揚、いっそ依怙地といってもよく、丁寧さだけは起き伏しどおり。
「僕はこっちでいいです」
女性にしんがりをまかせるなんて、できません。
――とは、ついに云えない。
鈴菜はちょっと考えるそぶりで、短い号とともに塩嘗め指をたてると、煙霞がどろりとわきあがり、おさまったとおもったときに、
蝦蟇、が。
でかいし。
「ガマちゃんがいるから、だいじょうぶよ。だから雨宮さん、ね、前?」
「はい、そうします」
大蛙に見張られながら歩くのはちょっと‥‥害がないと分かっていても‥‥。
――とも、やっぱり云えないのである。
「おふたりとも、かわいらしいですね」
ジークリンデは、ちゃあんと云える。ふ、と、気品けぶる笑みで年嵩と同令を、そう、評する。
誘い込まれる隧道は空っぽの胎内と同じに、暗く、ねばって、湿っている。
血も、肉も、骨もある。――‥‥そして、鼓動も。
玄之丞は、ぽぅ、と新たな手燭を卸す。
零のはじめの光明は、わりとすぐダメになった‥‥白溶裔の酸にやられたのだ。灯光が彼等の核だと未熟な本能で悟ると、抽象の恰好を蓋のようにつかい、零の提灯を蔽うようにしてくる。
が、幸運――いいや、実力と布石の勝利だ――は彼等に凱歌を添えた。
少々夜目のきく零を灯りもちであったのが、まずひとつ。消し火にまどわされることなく、彼は凛烈に白き障害を切り落とす。そしてふたつめ、ジークリンデがインフラビジョンにより視野をとっていた。彼女の警告にしたがい、ふいの暗澹はどうにか切り抜けられる。
そして冒険者らは、何度めだかの分かれ道に出る。
「‥‥こちらのようです」
走査、ステインエアーワード。
笙が一方向をさすと、それを合図に、零が日本刀を岩盤にすべらせる。人界に戻るための矢印は、糸のようにともしい、筋。
魔法での走査は、確実ではある。が、歩きながら使えるほどに器用なわけでもない(高速詠唱があれば別)。闇の澱が告げる間隔は確実にせばまってはいたけれども、方向を決めるたびにけずられるのは時間だけでなく――笙の心神はあぶられる――醸成される焦心は決潰も間近、だが、そこへ――‥‥。
冷たさに呼ばれて、は、と、気をもどせば、綾都紗雪が出しなにわたしてくれた数珠がべたりと粘性を帯びている。手汗がこびたようだ、上着の袖で丹念にぬぐう。
彼女を安らげるために持参してきたはずのものに、どうして私はすがっているのでしょうかね――‥‥。自嘲は、けれど、甘かった。
と、
「あ!」
ツヴァイがだしぬけに指剣をつきだし、
「いたよ!」
いわがねにもたれている。しかし、ジークリンデの魔を含む青眼は、それへ巻き付こうとするよこしまな陰影をもみとめる。
「大蛇です、彼女のすぐそばですわ。一匹です」
ツヴァイに提灯をおしつけながら、玄之丞は鞘を抜きはらい、炎に照らされる刀身は日輪がごとき柚色で。
「ツヴァイ、それ持っててくれ。こっちは見なくていい、だけど絶対にそれは落とすな」
「うん」
「やぁ、おでましだ」
玄之丞にならいたいまつ譲って、明は、にたり、と。白溶裔戦はつまらなかった、対空を相手どっては彼女の得意の袈裟懸けは通じない。待ちわびていた。
横合いからはばまれ、怒りでいっそう太さを増した鎌首がそびえる。幽鬼と化した柳じみ、牙をたずさえる幹が鞭のしなやかさで打ち下ろされる。
「悪いね、その人はこっちが先約なんだよ」
ねらいを定めるは、蛇腹。
段段の線へ交わるように剣を入れると、邪的な十字が悩ましく波打つ。
が、玄之丞の腕前では、手数がかかりすぎるのだ。こういうときに先達であるべき明はというと――
「なにをしている」
「すまん、すまん」
明の刀剣が撫子の花色にきらめく。また、彼女自身も。
オーラエリベイションとオーラパワー。ちなみに、明の実力ならば、そんなものがなくとも大蛇ぐらいはどうにでもなるのだけど――‥‥。
「人間様は忙しいんだ」
続きは、冥界でな。
――おぼえててやらないけどな。
●
「人影はないみたい」
五歩ほど奧をたしかめてから、でも、もしものときのために、と、鈴那がふたたび呼びおこしたガマちゃんは、ぎろりと円ら(すぎる)瞳を八方に放った。
彼女は蛇の毒気に魂をやられたように、眼窩はまるでうつろにして、その場に凍っている。ランティスが声をかけると、光がもどる――狂気の刃の反射。
闇に獣の絶叫がほとばしる。
弱っている体からとはおもえぬほど、絶望の悲鳴はひときわすさまじく、聞くものを千々に裂こうとする。
「おちついて!」
鈴那は彼女の肩を抱く。
いさめたって聞き入られるかどうか、分からない。スリープの一本でもちょいとかけてやれば、ことはあっけなくおさまる――しかし、云わずにいられなかったのだ。
「半エルフは怖くないの。ただ混血ってだけ! 子どもがあたえられるだけいいじゃない、私の恋人は異種族だから絶対にそんなのはのぞめないのに」
叫ばずにはいられなかったのだ。
針を刺されたように、彼女のうごきがいっしゅん止まる――と、崩れた。ジークリンデのスリープのスクロールが、彼女を安らぎのとばりにくるんだのだ。
「ごめんなさい、もっとお話をしていたかったですか?」
「うぅん。のんびりしてられないもの」
「さ、俺の出番かな」
よいしょ、と、ランティスが彼女をしょいこにのせる。笙のかけた毛布に、笙の持たせてやった数珠を、ぼんやり握って、そうしているとまったく害はない。
「この方、どうなるんでしょう」
零は云ったあとで、まるで、流人にかけるようなことばをつかってしまったな、と思う。
玄之丞は、さぁね、と肩をすくめて、
「さぁね。あたしらは、助けた。やるべきことは、やった。あとはこのおなかの子が決めることさ――母親でも父親でもなくね」
ただ、この子はきっと「母親」を必要としてると思うけど。
――云いながら玄之丞が目を移した先は、ツヴァイ。
ツヴァイは玄之丞の言い付けをきちんと守っていた。守り通した、と、いってもいい。
占い札の老人のように、ともしびを持ち上げる。それだけを、していた。見ることを、していた。青い瞳につくりものの像がぼぅと浮かび上がる。いつか見せられたセーラ神にちょっと似ているかも――と、またたきのまでも考えてしまったことが、癪で、悔しくて。
「どうして、神様は僕らをつくったのだろう」
他の種族では、何故かしら、絶対ダメで。
人とエルフだけが、どういうわけだか、子をなせる。それならどちらかにしておいてくれればよいものを、できるものは知性体ではあったが、火をくべすぎた陶器のように「ゆがんでいる」とみなされる――それでも、陶器は陶器だ。水は汲めるし、果実は貯められるのに。
「どうしてだろう。僕らは化け物?」
ツヴァイは、問う。
絶え間なく、問い続ける。
神様のすげなさは、五十年間に身に沁みたけれども。砂漠に臥し、水をなくし、地平へしずむ星となる。そのときまで星のように問い続けるだろう。
しかし、母親へはきっと問わない――だから、彼女にかけることばももたなかった。
●
「‥‥これでおしまいか」
彼はずっと一部始終を見ていた。
ほんとうにずっとまえから――『また』冒険者だ――今日は餞別代わりに引き下がろう。それに、遊びは終わらない。夕暮れの鬼ごっこは、日が開ければ、なにごともなかったようにはじめられるのだ。新しい鬼と新しい子で。
「赤んぼうが生まれたら、ね」