●リプレイ本文
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寒の戻りの春時雨に洗われた、今年の桜、底を突くほどまっしろい。有限はいずれ分かれて無限沙へ。散々にすみきった空のあわいへ、火の粉をまねて溶けこんだ。
「見事なものだな」
榊清芳(ea6433)――幽遠の足付き。祭り囃子のように賑やかな一角を仰向いて、忍び寄る。果てるを知らぬ器楽の枝振り、ひゅうひゅうとそよぐ風が笛の音ならば、ぱっとあでやかに莟がさめるは鼓のめざめ。
かたちのうえは、下見なのである。
下ばかりでなく上も見ようと心懸けたはいいけれど、二心をうまくさばけず、そちらばかりが気になってふらふらと行き先がさだまらないのを、どうにか垂直をたもっていられるのは、伊庭馨に手を引いてもらっていたからで。
「しおりにあったから、だ」
そういえば酔狂にもギルドのお手製だという手引き書、『手を繋いで〜』とあった――余談ながらミュール・マードリック(ea9285)もひどく感心した、あれは、Oという人が作成されました。
あくまでそうするよう付けてあったから、そうしただけ、他意は、ない。小豆味の保存食にも姓名を律儀にも記した清芳、今日は花冷え。手甲があったら着たくなるくらいに。
馨の手があたたかいのは、そのせいだろう。
‥‥だけど、何故だろう。馨本人の表情はあたたかいというより、笑ってはいるけれど、どこか邪険なかんじもする。
「貴女から触れて来るとは珍しい。もう離しませんよ」
「こ、これは‥‥だから、しおりにそうあったから」
「こんにちは!」
と、邪魔虫、挨拶は零よりもっと低いところから。
いた。
井戸になりそうな竪穴の真下、図書寮の小僧こと西中島二儀。清芳はきまじめに会釈をする。
「こんにちは」
これだけくりぬくのに、どれだけかかったことだろう。清芳がかすかに顰をつくると、「おふたりは逢い引きですか?」無邪気に問いを重ねられ。
「あ、あっ」
清芳は、飛蝗がはねるように、腕を振り回す。ぐらつく、馨。
「こ、これは。しかたがなくっ。私はそのような不埒な料簡なぞ、これっぽっちも‥‥」
すると、はずみというやつで、
「あ」
落ちた。
ごろん、と、景気よく。
馨だけ、が。のこされた清芳が見下ろす――人をふたり呑み込んでまだ残りがあるくらいだから、けっこう奥深い。助けがいるだろう。清芳はくるりと踵を返す。
「すまない、伊庭さん。人を呼んでくるから、しばらく待ってくれ」
「いえ、助けはいりませんからっ。一生のお願いですからそこでじっとして――あぁっ、ちょっと、そんなーっ」
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「十三歳でしたっけ?」
悪魔を哀れむ歌。ゼルス・ウィンディ(ea1661)は、鶯の寄ってきそうなしんなりした碧の瞳、やるせなさげに深くする。
「あの歳で、そんな道に走るとは‥‥色々あったんでしょうねぇ‥‥」
「ありません」
佐紀野緋緒(eb2245)はかぶりつくようないきおいで首肯しながら、
「きっと、ぜったい、しゃきしゃきありません。あるとするなら、私との腐った縁でしょうか‥‥」
いらないんですけどね、と、緋緒は深紅の焦点をはるかにする。これでつなぐ糸が赤く、小指同士を結わえていたら――怖い考えになってしまった。
「では気がねなく。さっさと退いていただきましょう」
はじめから融通きかせるつもりなぞこれっぽっちもなったくせに、ゼルス、さぞ心を鬼にした、というふうに武士ならば刀に懸けるところをなかったから、とりあえず手近な蛇さん(二匹♪)でむににっと代用。すると湯田鎖雷(ea0109)も同様に、
「うん。重罪人にはきついお灸を据えてやらにゃな」
罪状――アニキの乱獲及び迷惑行為防止条例違反。
へぇー、と、クリス・ラインハルト(ea2004)と琴線の揺れ、を言の葉に置き換えて。すっかり京になじんだゼルスはともかく、彼女はジャパンの地すらこの彼岸に訪れたばかり、ずいぶん面妖な文化だな、と考える。
「アニキって、そんなに大切なものなんですか?」
「大切ってゆうと微妙だけど‥‥」
年頃にしては幾分慎みぶかい肢体、縦もそうだけど主として胸元もそう、クリスは好奇と期待ではちきれんばかりに(実際にはふくれないのだけど)、アニキは京都の名物だ、と、ひのでちゃんこと、捧徳寺ひのでに教わったのだ、と打ち明ける。
「条例で保護されてるなんて、ものすごく貴重なものなんですね。お持ち帰りして、ひのでちゃんと是非いっしょに味わいたいです。お蕎麦と合わせるのが一般的なんですよね?」
誰も、何も、云わなかった。
京を幻滅させたくない、思いやりのあらわれだ、ということにしておこう。特に鎖雷、あんたはどこの陰陽寮の長かというくらい、かだましかったのは、みえなかったことにしておこう。のそりのそりとうしろから付く、ミュールがおもだちをひっそりとかしげて、アニキとはそんなものだったかな、と消え入りそうにつぶやく。蟷螂の斧のごとき、それがなけなしの良心である。
けれど、いつの世にも極悪には正義の鉄槌がくだされるものなのです。
「久方ぶりだなぁ!」
ごいん、と、鎖雷のうしろからかぶりつき、
「お前の顔が見られず寂しかったよ‥‥兄貴。パゲも大きくなったな」
近頃の鉄槌は新撰組一番隊隊士の形容をとっているらしい、おぉ、さすがは新撰組。白河千里、さも愛しそうに鎖雷のあたまうしろを撫で上げると、鎖雷は対して千里のわきばらをくすぐりあげる、友情はいつも、こんばっとおぷしょん・かうんたーあたっく。
「つうか、これはパゲじゃなくて」
「僕だよ〜☆」
「そうそう、ケヴァリム‥‥って」
蝶々シフールのケヴァリム・ゼエヴ、びたりと鎖雷のそこらにくっついておる。ケヴァリム、シフールだから小さいのはたしかだけれども、重みはそれなりにちゃんとある。それに鎖雷がいままで気づいてなかったということは――‥‥。
「そんなに、たくさんの頭髪を失ってしまったのか」
「湯田くん、かわいそう〜♪」
「しかし、励(はげ)め若人。激(はげ)しく求め合え。ハゲりん、いつかいいこともあるぞ!」
うん、いいことはたしかにあった。
すぐ近く。すぐそのとき。
順に、クリス(宝物を見つけたように瞳をきらきらさせている)、ゼルス(なるべく鎖雷と目をあわさないように)、ミュール(いつもどおり、しんねりむっつり)、そのころ緋緒は朱鷺宮朱緋といっしょに他人を決め込んでいる。
「京都はハゲも名物なんですね!」
「新撰組一番隊の相談役の私といえど、若ハゲは管轄外です。しかし、いつか伝説の養毛剤(あるの?)を手に入れたあかつきには、必ずや連絡を入れましょう」
「‥‥ハーフエルフの俺には、分かる。半端者と呼ばれる苦しみを。だから、若ハゲなぞで立ち止まらず、立派な全ハゲをめざしてくれ」
「まぁ待て、話せば分かる」
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あぁ、桜はそこにあった。
晴れやかに夢見の切れ端の散りばむなかに、ほんの少し藤色じみた妖気がにじむのは、とれたてぴちぴちの被害者の残照か――緋緒は我知らずおもざしの左を抑える。
桜と雪はよく似ているけれど、ひらつきも、冷たさも――しかし、桜と雨とは似ていない。似ていないけれど、それが忘れさせてはくれないから――そぼる花冠のたっぷりふくむ露、滴、そしてときどきのつんざくようなきいきい声は、西中島二儀。というか、あれこそ忘れさせてくれよ。
――いいかげん、この糸はたちきらねば。
そのためには、きっと、関わらないのが一番かすてら二番(「いいや、かすてらこそが一番だ!」と鎖雷、はいはい、それはまた今度ね)。後へ引き下がる。
「みなさん、おまかせました」
はぁい、分かりましたよ、と、クリス、かわいいひのでのためには何だってやらかす所存である。しかし、それをゼルスが制する。経書をころころひらきながら。
「まずは、私がから」
そう云いつつはじめるのは、まやかしの招来、束の間の夢心地――「申し訳ございません、沖田組長。京のため世界のため、ひいては私個人のため、しばしその見目をお貸しください」穴の出入り口ちかくにぐらりとはだかるのは、今は不明の新撰組一番隊組長・沖田総司。
しかし、
「ぶっぶーっ。沖田組長は細すぎます。だいいち、においがしません! アニキはもっとかぐわしい分泌液を年中ただよわせています!」
卑しん坊をなめちゃいけませんってことで。ゼルス、ち、と舌打ちした。
「手強いですね」
「あれで、図書寮では、魔法の書物の案内も仰せ付かってますからね」
意外と魔法のあつかいにきびしいのですよ。と、緋緒、言い切ったあとで微妙なへこみ。なぜ自分が解説係まで受け負わにゃならんのだ。これじゃほんとに女房役ではないか。と、朱緋が仁愛と憐憫のあふるるやさしい笑みを、緋緒にたむけて、
「佐紀野様が受けなのですね‥‥。新しい世界を垣間見れば、これまでの気苦労もまぎれてよいやもしれません」
「朱緋殿、いつ私の思考を読んだのですか?」
とにもかくにも二番手は「はいっはい!」吟遊詩人のクリス、得意の念話でくどこうとしたけれど、ただちょいとばかり問題もあって。テレパシーを通常の会話と幻覚させるのは不可能だから(それができるのはオーラテレパスです)、テレパシーに声色をあてがうってのはちょっとできない。
「むぅ。残念ですねぇ」
「ふつうに呼びかければいいのではありませんか? ミュールさんの後ろにまわれば充分大きいですから、隠れられるでしょう」
「あ、そうですね!」
と、いうわけで合体変形発進。よちよち。
ミュールは本物だ――ハーフエルフにしては超然すぎる錚錚たる体躯、頑丈な大工道具のような、それをぬぅっとさせば、深部に濃い影をきざす。奥をみつめる碧はもっと暗く、悲しく、
「俺はアニキではない驢馬だ。名もなくマードリック村のミュールと呼ばれていた」
「(クリスいっきまーすっ)『坊や‥‥そんなところにいないで、桜の下で俺と乱れてみないか?』」
「お前は何を求め、騒動を起こす‥‥?」
クリス、むろんミュールの声音を模して、ふたつ合わせた結果、ミュールがとんでもない人格になっている。ミュール、おや、といぶかしむ。意外といけるかもしれないぞ、と。ソンナトコロ‥‥と、自分でもためそうとしたとき、するっと足首あたりに滑らかな感触がとりついた。
植物? 蔦? これってもしやプラントコントロール? 二儀が揚揚、下から叫ぶ。
「中の人と取り決めたんです! 代わりの人を引き込めれば出したげるって!」
「‥‥埋めよう」
「埋めますか」
「榊さん、すいません。お連れの方の救出は失敗しました(故意に)。帰る頃には回収いたしますので、」
はぁ、とまるめこまれて清芳、こっくりと首をうつむける。こういうのを、実に、貞操死亡判定といってな(←いわない)。
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穴も埋めた。自動的に、罠もつぶしたことになる。
桜が散る、春の終わりへ一直線に細くなりながら。
「ゼルスさん」
――‥‥袖引くように名を呼ばれて、ふと我に返るゼルス、クリスがいつもの興味を津津とたたえる湖面の双眸でゼルスをのぞきこんでいた。
「さっきの人が沖田さんっていうんですか?」
「あぁ‥‥」
「やさしそうな人でしたね」
やさしそう? 表向きはたしかに。けれど、ゼルスの知る沖田は容赦がなかった。やさしいところがあるのかどうか知るまえに、彼は消えた。だから、ゼルスは――沖田組長を一番隊に連れ戻すことを、人知れず、誓う。
来年は一番隊の皆で、満開の桜の下で花見をしに来ます。その時は、また美しい花を見せて下さい
「ゼルスさんは何を願掛けしたんですか?」
「ないしょです」
「むぅ」
「人にものを尋ねるときは、自分から切り出すのが礼儀じゃありませんか?」
「あ、そうか。ボクはねー。子どもたちの微笑みは決して翳らせない、って誓いました」
ゼルスの物言いはたんに場をつくろうためのごまかしだったけれど、えへへ、と、笑いをすりあげながら、クリスはおとなしく訴える。
「もう二度とノルマンでの悲劇はくりかえしません」
「おなじですね」
「ん?」
「‥‥いえ」
ゼルス、も。
あのときのように、放り出されてなにもできず、拍手もゆるされぬ観衆でしかおられなかったこと、二度とはしないと誓う。
――ミュール、桜のぐるりをめぐる。それ以上のくぼみはつくられてなかったけど、その代わり他のなにかもなかった。たとえば置き手紙、たとえば待ち人。
ほぅ、とつく吐息が槍のようにどこかをずくりとえぐる。
これでよかったのだ。
けれど、現実とはわりきりにくい。五を三で除算するぐらい。ミュール、ぽつりとつぶやくの、
「今まで縁の合った彼らの希望と想いが彼らが望むモノに引き継がれるように――」
口にしてから、なんとはなし照れて、誰も見てはいないというのに、クリスに指示をもらってからのほうがよかったのかしらん、と、などとも考えてみる。すると視界の付き合う、鎖雷。なにを誓ったのかと尋ねると、
「ん、んん? 『三度の飯より、かすていら』」
いや、ほんとうはもうひとつある。けれどそれは人目を忍ぶ夜にしようと思ってたから、云わなかった。
『この命を賭けてもいいと思えるものを掴むまで固く操を守り、己の心を偽ることなく行動する』
――月下美人のように、人知れず、漆のような夜降ちにぼんやりと艶めく思いがあってもよいではないか。
しかし、ミュールはどこをどうとったのか、彼の誓いは「今までに縁のあった彼らの――‥‥、
「では、俺がおまえの代わりに、ジャパンを圧する全ハゲの成就を誓ってやろう」
「ごめんなさい、勘弁してください」
「‥‥伊庭さん。保存食はいるだろうか?」
「どちらかといえば、薬湯をおねがいします」
「雪華、ごはんが食べられなくて残念でしたね」
私的にはこれでもちっともかまわないんですけどねっ。
緋緒、にじにじと埋め土をかかとでこづきまわし、がじがじとかためて、たいへんそつのない。彼の肩に留まる鷹が、亡くした人とおなじ名の鷹が、くぱ、と退屈そうに小あくび。
「雪華、貴女の眠る京の地は必ず護り続けます」
ほら、たったいま、こんなふうにして。京の(アニキの)平穏は守られた!
「‥‥ですから、貴女と途切れた縁の先が、某図書寮の小僧に繋がっていない事を祈って下さいっ!」
だしぬけに、右の手首をまとう組紐をさすっていた緋緒の目線が、つ、と、剣呑となり、横へ流れて、
「この際、雪華(鷹)。二儀殿でさえなかったら、あなたでも‥‥」
猛禽は、ぴゅーと飛んでった。
●おまけ♪
「ひのでちゃん、残念ながらアニキはおみやげにできませんでした。でも、あの場所にアニキの種は埋まってますから、来年の今頃、大きなアニキが収穫できますよ!」
「わぁ。さすがはクリスさんです!」
「それから、新たな名物も教えてもらいました。これからの季節は、ハゲが京都で旬らしいです」
鎖雷、京の一位は目前だ。