【五条の布令】 黒虎部隊/毒をまもる

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:11〜17lv

難易度:やや難

成功報酬:6 G 24 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:05月02日〜05月07日

リプレイ公開日:2006年05月11日

●オープニング

「犬鬼らを凶賊の手からまもってやってくれ」
「退治じゃなくて‥‥ですか?」
「そうだ。依頼するのはあくまでも、犬鬼の庇護だ」
「黒虎部隊の隊長さんが、いったいどういう風の吹き回しで‥‥?」
「陰陽寮の卦に出たからしかたがなく、な」
「べつにいいんじゃないんですか? よい犬鬼さんたちだからかわいそう、というのでもないのでしょう」
「そうではない。凶賊たち――むろん人だ――が犬鬼から毒物と解毒薬とをうばい、強請や殺しにつかう計画だとしたら?」
 ――‥‥ギルド員はゆるゆると目をしばたかせる。乱調があるのは、聞いた、ことだのに、見る、ところで今一度反芻しようとするのはよくかんがえてみるとおかしなはなしだけれども、まぁおおよその人間ってそんなものなんだろう。
 が、そうして天下の次元をあらためてはみても、黒虎部隊隊長・鈴鹿紅葉のおもざしは真剣そのものに硬い。ちょっとやそっとのたわむれではない、と。
「‥‥そんな手間のかかること、よくもまぁ考えつくやつがいるものですね」
 犬鬼らが鉱物毒をものにするのは、少し世慣れた冒険者ならばよく聞く街談だろうが、それが狙いのためだけに犬鬼をわざわざ襲撃するというのは、どうひいきめにみたってわりのあわないはなしである。毒があるということは、すなわち、毒をつかってくるということだから。闇市で劇薬を買い付けるほうが、よっぽど堅実だし、手間もかからずにすむ。鈴鹿は同意をしめすのに、目をかすかに伏せる。
「まったくだ。が、実際にそいつらに滅ぼされた犬鬼の集落は、ふたつやみっつですむはなしではない。それ相応の手練れであろうな」
 尋常ならばわりにあわないことを、易易と、飴でもひねるようにやってのける。
 それはそのまま彼等の実力と、そして、嗜好とを意味していた。
「‥‥目論見としては独創的ではあるな。やつらは犬鬼らの毒だけでなく、巻き上げた武器や日用品を故買商にさばいているようだ。これで資金も調達できるし、しかも、犬鬼どものつかう道具だってもとは盗品だ。そこまではなんの罪にもならんよ」
 が、それが娑婆の凶状へと推移するのなら、たしかな裁きをあたえてやらなければ。縄と刃と律令でもって。
 けれども鈴鹿は粛々と説きながらも、なにか、いまいちにぶいのである。みずからの喋る一計に気乗りしていない――そして、それを隠そうともしていない。
「私はこの案には反対したのだ」
 鈴鹿としては、地道な捜査をおしたかったのだ。なるほど、犬鬼の集落の風評(そう、これは仕組まれた囮であった。だから、陰陽寮の卜筮はほぼ正確な日付けを得た)をながし、やつらをさそいこむ。短期決戦のおもむき、これ以上、びたいちのさばらせないためには、よい仕掛けではある。
 だがしかし「犬鬼の集落を襲撃した」だけでは罪には問えぬ。もしも彼等をぶじに召し捕らえたとして、では、そこから先はどうするのだろう? 犬鬼らを屠るのにためらいのない彼ら、智慧もめぐらないとはいいきれぬ。
「私には五条の君が功をあせっているように思われる」
「かも、しれませんね。不遇のお人だったとききますし」
「‥‥だが、既に決定されたことに異をとなえても、しかたがあるまい。宮のおっしゃられることにも一理ある。捕らえたあとは、他の部署に任せるだけだ」
 どうも鈴鹿は五条の宮に対して、必要以上に、辛い。黒虎部隊は平織虎長の親衛隊という側面も大きかったが、あれできちんと亡き京都守護職・平織虎長のことは畏敬してたから、あたらしく上にやってきたのが志士にあらず、というところに反発があるのかもしれぬ。
 ――‥‥が、これが志士として順当な行状かというと、かなり疑わしいところである。五条の宮は神皇家の血筋を正しく引くものなのだから。志士がたっとぶべきは「神皇のお人柄」か「神皇家の血脈」か――まぁ、これはべつに依頼とはなんの関係もないことだけども。
「犬鬼らのなわばりは、ある林のなかにある。集落の周囲はまばらな木立ち、視界は上も横も少しばかりききづらい。無望の闇というわけでもないようだが。総勢十体ほど、戦士格はおらぬようだ。一仕事終えたばかりだからか、自発的に遠出するそぶりはない。賊のほうもそれくらいの数だな」
「集落への侵入は?」
「ほぼ全周から可能だ」
 では、煩雑さもひとしおだろう。賊らがどこからやってくるのか、みえぬのだから。鈴鹿もそれを分かって、はぁ、としずむように溜息をつく。もっともそれは犬鬼らへおくる煩憂ではないのだけれども。

 ※

「ところで、こちらの冒険者に『兄貴は筋張っていて堅いから保存食だ』とおしえられたのだが、とすると『親仁はもしものときの非常食』だと思うのだが、いかがであろう?」
「申し訳ありませんが、その手の珍問はこちらではとりあつかいかねます」

●今回の参加者

 ea0841 壬生 天矢(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3741 レオーネ・アズリアエル(37歳・♀・侍・人間・エジプト)
 ea6114 キルスティン・グランフォード(45歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0524 鷹神 紫由莉(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2064 ミラ・ダイモス(30歳・♀・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

バーク・ダンロック(ea7871)/ 柳 花蓮(eb0084)/ 神哭月 凛(eb1987)/ 金剛 明美(eb4968

●リプレイ本文


「五条の宮様って言うと、巷では男装ツンデレ系美少女で通ってるあの方よね?」
「宮は歴とした男子だが?」
 鈴鹿紅葉はとまどう、レオーネ・アズリアエル(ea3741)の言説に。浮き世の煩悩は「守護代って「ない」らしいぞ」「あんな可愛い子が女の子のはずがない!」まっぷたつだが、鈴鹿はまだそれを知らぬから、正直に、真っ当に、訂正した。
 すると、
「鈴鹿さん‥‥見たの?」
 どこを、
「見たんでしょう。見たのね?」
 単辞のみをおしこむレオーネはふぅわり笑んでいるのに、甘雨に似る銀糸の髪ははらりと、花びら塗るようなやわらかな唇をつやつやさせて――鈴鹿はとてもめずらしいことに一歩二歩あとじさる。
「鈴鹿さんだけ、ずるいなぁ」
「あ、あの」
「だから鈴鹿さん、私にも見せてちょうだい♪」
「‥‥‥‥あー、楽しそうなとこわるいんだが」
 キルスティン・グランフォード(ea6114)は背高なところから、地表に臥せったふたりの首根っこ、よっこらせ、と、ばらばらにする。
「危篤だ」
 クロウ・ブラックフェザー(ea2562)が。
 鷹神紫由莉(eb0524)がかいがいしく付いてやるのは、火に油、顔は赤く、息は青く、祈るようにぬかづく姿勢。黒虎部隊隊士としての初任務、その責務、志気、以前に、彼は十九歳の青少年だった。
「同士討ちしてる場合じゃないだろうが。なんつーか、自爆って気がしないでもないが」
「はぁい。じゃ、鈴鹿さん。またね」
 壬生天矢(ea0841)は鳴り物入りの喧噪、どさくさ、より屏風一隻ひらいたくらいの間から、
「ところで、ひとつ尋ねたいんだが」
 鈴鹿に、
「俺は黒虎部隊への入隊を希望している。前回の募集で機会を逃してしまったのが悔やみきれなくてな。またどこかで機会をあたえてもらえないだろうか」
 話し掛けて。山嶺をひたひた走る水脈のよう清冽に。
「入隊希望か? しかし、」
「志士でないときびしいか?」
「‥‥たしかに、黒虎部隊は選良意識のつよいところだから、侍や志士以外はつらいだろう」
「ですが、以前紅葉さんにしても、異国の御仁を入隊させられたではありませんか」
 それが、クロウやキルスティンやレオーネといった、奇抜な黒虎部隊隊士を新生させるきっかけでもあったのだし、志士である紫由莉でさえ、混血だということで、部隊の内部から忌避する声もあったぐらいだ。
 そのときを知る伊能惣右衛門(eb1865)、恵比須顔というにはちと面長ではあるけど、笑みを切らさぬのはおなじなおもわを恐縮のほうに寄せる、といっても、よそからみれば陰影が深まったことすら察せられぬだろう。
「お気を悪くされたら申し訳ございませぬ。年寄りは昔にこだわっていけませんな」
「私もよろしいですか?」
 ミラ・ダイモス(eb2064)がふと片手をあげて、天矢と同一の意志であることを告げると、鈴鹿は怪訝な表情をむける。
「ミラ殿は以前は新撰組に希望をだされていたと、ぎるどのほうで耳にしたのだが」
「京の町の平穏を守りたい気持ちと、神皇家の血をひき、新しく京都守護職に成られた五条の宮様の力に為りたいと思い、尊き方のため戦うのは騎士の本分と考え、黒虎部隊入隊を希望しております」
「‥‥ふむ」
 唐紙をたたむようにぱきぱきと返答するミラに、鈴鹿は数刹那ほどの沈思のあと、
「しばし思案させてもらえぬか? 引き揚げるころには答弁がかなうようにする」
 それでいったん天矢やミラが了として下がったのに、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)がやけに一途に、千尋の深度の緑の目線をそそぐので、鈴鹿はいぶかしむ。
「アイーダ殿も御希望か?」
「いいえ、私は」
 ――端からみてるほうが、よっぽどおもしろいわ。無言の心情。とは、アイーダ、ついに口に出さず、
「弓騎士のアイーダよ。よろしく」
 左の手――利き手がそちらなだけである――を鈴鹿から順繰りに、撫で斬るように差し付けていった。


 神哭月凛の筮竹によれば、その日、天気は薄曇り。
 ――凶は、西。
「身を護る為でなく、己が都合で人が鬼を襲いまするか。いよいよ末法の世でございますなぁ‥‥」
 たしかにこのころのジャパン、末法思想にとりつかれる野辺もあるらしい。苦痛を納得するための論法、それがまたいっそうの傷心をつくりだす、因果な輪っか。
「とは申せ。凶事を未然に防ぐ為とはいえ賊の捕縛に犬鬼を利用するわたくしどもも、同じ穴の狢やもしれませぬて」
 難儀ですなぁ、と、惣右衛門が知らず数珠つまぐり、観経みたいな思いを馳せるころに。
 林を駆ける軌跡、二筋、黒が先をとり銀はあとから。クロウと、アイーダ。小さく迷いと探索を経て到着するところは、獣じみた生活臭がふんぷんする。
 木立にさえぎられてか、風の回流はどうにも一定しない。ひときわ繁みの積もるところがあったので、そこを待機の場にさだめてから、アイーダが細かく検分し、クロウがブレスセンサーの教典に目と心を落とす。
「どう?」
「犬鬼の気配しか感じられねぇ」
 では先制の機を得たのだろうか。
 ――ならば、是非ともそれを生かしたい。
「独創的といっていいのでしょうか? 褒めそやしたいとも思いませんけれど」
 こう辺鄙では手遊みに、茶をたてるわけにもいかぬ。クロウと、アイーダが戻ったころ、紫由莉は湯飲み茶碗の知覚をなつかしんでいた。
 そして彼等はクロウらの見つけ出したところに向かう。
「それじゃ、まわりの草木から浮いちゃうわ」
 ミラが長躯を生かして折りとった若枝、と、アイーダがさっそく注文を付ける。天矢は厚着からわずかに剥き出しになる肌をさする。
「香木をくべて匂いをそらそうかと思うんだが」
「薫き物は自然の香りとはちがうから、つかわないほうがいいと思う」
 むしろ草だ、と、アイーダは云う。そのへんの草っぱの汁を身に擦り付けるだけでも大分ちがう。
 この手の細工事はクロウのほうが達者なのだが、アイーダは好きなのだ。言葉の修正力と制御力を、履行するのが。結果としてその場の進行はアイーダがになうようなものになっている。
 ――まぁ、やりたいやつにやらせとくのが一番さ。
 あと半年もしないうちにみそひとつ(‥‥あぁ。どっか、ぴりっとしたのは気のせいだ)になるアイーダのやることを、親愛めいてかわいらしくとらえられるのはキルスティンぐらいだろう(と、惣右衛門。もっとも彼の場合はなんとなく、別格、というふうに付けたい)。クロウは「女ってしゃあねぇ」と幼い洞察に至り、ミラは、まるで鼠のいいなりになる熊のように、そこまで尺の差があるわけでもないからたんなる比喩だ、黙々と偽装にはげむ。
 紫由莉は。
 工作のふとしたはずみにてのひらを土で汚し、吸い付くような湿っぽさと冷たさに、微少の驚きを得た。それが先ほど心持ちを寄せた焼き物の肌触りによく似ていたから、なにかを見透かされたようで。もっとも焼き物は土をつくねてこしらえるのだから、あまりに自然な感覚ではある。
 そのまま、馴染んだ作法を虚空になぞらえる。
 ――隠れるときの心持は茶を点てるときの気構えに似ている、と、感受したのが大地からも容赦されたようで、喜色が彼女をほんのり上気させる。
 待つ。二手に分かれた。クロウ、アイーダが犬鬼の集落のより近いところを西の方角に、穏形行に不安のある残りがそれより大分はなれたところから、こちらはおおよそ東か。
 待つ、待つ、待つ。
 賊等は――、
「こっちかよ?」
 さすがのクロウも血が凍る。身を隠したとはいえ、たまたま、賊どもが近くを過ぎる確率もないではなかった、それが現実の行進。アイーダがでんぐり返るように柴犬・小源太を追い(と記すとややこしいのだが、これはクロウの犬だ)、彼女はそれでよかった。しかし、クロウだ。凶賊らの兵数を知ろうと経巻をたぐる、それで身熟しが一拍おくれ――。
 クロウの精霊碑文学の読み込みの精緻はそれほど高くない、が、そのときはただの一度で成就した。
 それが、徒になった。
 経巻はいわば魔法を凝結させたようなもので、だから溶解すれば、発光するのだ。魔法と同等に。
 ブレスセンサーに伴う散光は、緑の近似。自然界にあらぬ明かりは、朦朧で寸刻とはいえ、蒼然たる林のなかではまるで浮き上がり、賊らのただなかに、動揺と警戒のどよめきの波をたてる。
「クロウさんが!」
「しっ」
 寝かせた膝をたてかけたミラに、アイーダは人差し指をのばす。魍魎狩りで鍛えた視界では、クロウの受ける屈辱がうっすら展開される。
「‥‥やつら、クロウさんを今すぐどうこうするつもりはないみたい」
「犬鬼狩りを優先するつもりなのでしょうね」
「そして、自分たちがここにいることはまだ気付かれちゃいない‥‥」
 紫由莉が推測を語り、キルスティンが補填をする。気付かなざるをえない。
 このまま口をぬぐい見遁すことが、かえってクロウの奪還の可能性を高める。
「見守る‥‥しかございませぬなぁ」
 惣右衛門、のんびりしているようでも、声音、張り詰めすぎた弦のように、微々たる細動にふるえて。
 天矢、武具を帯びぬほうの手で、隠身の勾玉を握る。漆黒の貴石。明日の届かぬ谷底から切り落としたような色は、ふさわしい冷徹を彼に与え、精神をいくらか削るのと同時に、彼の気をこの世からへだてて――。
 幽鬼のような心持ちの中で、見る。彼等は聞いたとおりの唾棄をはじめる。惣右衛門が鈴鹿に尋ねたところ、のこされた犬鬼の死屍からは短刀の痕が多かったといっていたが、威力よりはしこさを先んじたようで、だが衰えぬ殺傷力が彼等の実力をあかす。
 ――けれど。
 ところへ、苛烈な双翼が舞い降りる。
 天矢の愛鳥、華。凶賊のひとりの脳天に蹴爪をひとたびくれたかと思えば、ふたたび天蓋に帰還する。と、ふぃーっ、と、アイーダの囃す呼子笛が、光のさすように切り裂いた。
 すでに血は捲かれていた。犬鬼の血だまりは、黒かった。彼等の業をうつして、暗かった。
 そこへ、打撃。
 重剣士ミラ。ぶん、と、獅子吼のようにがなる鉄槌。賊らは軽装であったが、それすらなけなしの木っ端にして、的中と引き替えの過重の横殴りは、賊の腹部を、牙ある獣がごとく、突いた。
「逃しません、覚悟しなさい!」
「用があるのはお前達にではない!」
 天矢、直剣を結び、しかけながら、鋭利な偏向の視線から探求する。
 頭目格。
 ――殲滅は此度の目的ではない。検挙のための、第一歩の、捕縛である。
 しかし、あたまをつぶされれば機動がきかなくなるのはどこも一緒。それらを巧みに忍ばせる術を講じる。冴える直覚にもうったえる気風がない。
 それがなんの強圧もないとは知っていても、覚えず、キルスティンは犬鬼を蹴たぐった。キルスティンの身丈からでは、犬鬼の寄りつきは虫を払うようなもので、こうしたほうが袈裟斬りより手軽な気すらしたのである。
「犬鬼はあとまわしでは?」
「分かってるんだけどな」
 紫由莉にとがめられ、キルスティン、もう一度おおきく蹴ってから魔力の片刃を引ききる。その紫由莉は、蛍火を全身に沿わせ、光の精霊のようになりながら、分銅の足される鎖を電荷とともにおしだす。
 そこを搦める惣右衛門のコアギュレイトが糸ならば、アイーダの応射する矢羽が針かもしれぬ。レオーネ、中東の剣技は狭霧の刀により綿帽子のようにかろやかにとかれる。冒険者ら、犬鬼、三者、思いの乱れる。予想されたような、混戦だ。しかし――‥‥。

 二本脚立ちするものらのなか、最後までのこったのは、黒虎部隊と冒険者である。

 しかし、賊ども全員捕縛とはいかなかった。どうやらクロウの捕縛時にある程度腹を決めていたのか、賊らの撤退の潮合いは冒険者らの念頭を上回っていたのである。狙いだった頭分の捕獲も、もともと見出しにくいのもあったが、彼が指揮をしていたので、逃げられてしまう。
「上々だ。クロウ殿も満足に戻ってきてくれたことだし」
 が、鈴鹿は充足している。
「ですって、よかったわね」
 レオーネは縄でぐる巻きにされた賊の鼻をちょんと押し、むろん本人にとっては、ちっとも、どこもよくはない。


 この場は留保させてくれ、と鈴鹿は云った。黒虎部隊入隊の件である。
「一度締め切ったものをたやすく撤回するのは、以前の呼びかけに集ってくれたものたちにも失礼に当たる――と、私は考える。だが、再度の募集は検討しよう」
「よろしく頼む」
 天矢は、に、と朱を刷く唇をひねる。歌舞いた礼法。威容もあって年嵩にみられるもしばしばだのに、そうしていると隻眼の若獅子はどこかあどけなくもある。‥‥愛玩動物っぽくなるときもあるらしい。
 そして、
「ミラ殿が守護代に忠義を捧げるおつもりなら、黒虎部隊というところは不向きであろう。もし宮が――そのようなことのないのを望むが――平織の閥を不遇に処することがあれば、黒虎部隊の面々は反感をいだくだろうし、最悪、分裂の危機もある。それを踏まえてくれ」
 火種を守るように、背信の芽をいだく、黒虎部隊。
 宮仕えも複雑でございますなぁ、と、惣右衛門のつぶやく。京の幹線はととのった碁盤状だが、そこを住まう人々の思想は末梢神経のような枝分かれを繰り返し、血筋のように粘りついて惑う。
「紅葉さんにしても、お上が何方であろうとご自身の志さえお変わりにならねば、それで良いのではございませぬかな? ああ、いや。年寄りはつい説教じみてしまっていけませぬな」
 痛快ではないか。
 この肉体の内側でさえ、化かし合いがあると考えるのは。
 キルスティン、不思議なにやけ方をしながら、体をひねる。ずいぶん暴れたはずなのに固まったような幻想があるのは、薄闇に閉じこもっていたからか。
「ま、これで自分らの任務は終わりってこった。嬢ちゃん、おつかれ」
「私はなにもしておらぬ。任せっきりで申し訳ない」
「いいって。嬢ちゃんに、泥いじりは似合わん」
 と、親子らしい会話をしてるところに、すぅとレオーネが忍び寄り。
「ね、鈴鹿さん。犬鬼にやられなかったりしなかった?」
「いや、私はぜんぜん」
「ほんと? おなか痛くない? 検診してあげましょうか?」
 それでクロウは久々に重症におちいり、天矢「ガキだな」うすく皮肉り青い空へより青い瞳をあげる。

 クロウは彼に焦慮を感じた。
 紫由莉は信頼すると云った。
 キルスティンはお手並み拝見とかるく構え、レオーネは判断保留の意外に慎重な立場をとる。
 ――京都守護代、五条の宮。
 その後、賊の取り調べが終わるまでかなりの時間がかかりそうだ。けれど、柳花蓮が一日とはいえそちこちの薬師たちに話を聞いてくれたから、案外と決着はすぐにすむかもしれない(ちなみに、犬鬼の毒は一般人には使いにくいからなかなか流布しないそうだ)。

 ところで行きはまともだった紫由莉の馬が、帰り、ぺたぺたと水掻きをひきずっていたのは、犬鬼の毒のせいではないはずだ。