【五条の布令】 新撰組五番隊/水を注す
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■ショートシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:7〜11lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 13 C
参加人数:8人
サポート参加人数:10人
冒険期間:05月06日〜05月11日
リプレイ公開日:2006年05月14日
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●オープニング
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「なぁ、五条の宮って誰?」
と、ずけずけと言い出すのが言い出すのなので、聞かされたほうは――ギルド手代――座からてろりとすべり落ちてみたり。
「誰って、あたらしく京都守護代に就かれたお方でしょうが! 大饗遊宴をみにいってないんですか」
「あ、そう。なんかにぎにぎしいなぁって思ってたけど、そんなんあったのか。へー」
「‥‥いえ、それはまだいいんですけど。なんです、あなた。どうして勝手に帳面を閲覧してたりするんです」
「おもしろい依頼ねぇかなーって」
「やめてください、困ります」
「ケチ。いいじゃんひとつやふたつ、減るもんじゃなし、俺にもまわせよ。あーあ、でかぶつ退治がしてぇなー」
「だから減るでしょ、ふつーに」
――新撰組五番隊組長、日置正次。
パラという種族の天性もあるけれど、めずらしい博物誌をひろげるように夢中になって、卓にはいつくばるようにして依頼をまとめた帳簿をめくる格好などは、いみじくも成年のやるようにはみえない。悪童が次のしかけをこさえているような、すでにおさめたいたずらの成就を心待ちにしているような――‥‥、
どちらにしろろくなものではないのは、隠れたるより見わるるは莫し。
しかし、日置はまだまだぜんぜん云いたりないようで、
「‥‥で、その五条の宮が、どうしてギルドに依頼を持ち込んでんだよ。しかも、わたくしの用向きとも思えん、それなりにでかい山ばっか、ざくざくと」
「見廻組も人手が足りないのでしょう。山城を離れなければならないものもありますからね、京の警衛をおろそかにするわけにもいかないでしょうし」
「でもさ、依頼ったって、ただじゃねんだろ。こんないちどきにがばっとやっちまってだいじょうぶかよ?」
手代は口をつぐむ。そんなの知るわけないではないか。
「他に金まわさなきゃいけないところは、いくらでもあると思うけどねぇ。なんで、こう、世間的に「みえやすい」ことばっかやってんだろうなぁ?」
手代は、五条の宮の子細は知らぬ。――しかし、他に悟ったことがある。
この、日置という男は京都守護代・五条の宮へ向けて、
不信、か、
「おもしれぇな?」
――‥‥不快、をいだいているのだ。だから、わざわざ思索するのから、はずれた言い様をしてみせる。目元をぎらぎらしてみせる。唇をわざとらしくしめらせて、にたり、と空笑いをつくる。
「うん、おもしろい。おもしろい。みんなに教えてやろうっと」
「あ、ちょっと!」
ひらりと軽く駆け出す日置――遊楽をはじめるときのうきうきした足取りで、ギルドをばっと抜ける。その手に、ひらひら、茶色のつまみを一葉――「誠」の幟がごとくたなびいて。手代は残された帳簿を検分する。依頼がひとつ、切り抜かれていた。
●
どうってことない、といえば語弊はあるけれど、とにもかくにも、ごくごく並みの小鬼退治。概貌にもそれほどけったいなところはみられぬ、植えたばかりの畑の種を散らかす小鬼がいる、日ごと日ごとに少しずつ場所をじらして、だいたい六体ぐらいだろうか、このままでは鍬入れもままならぬから、彼らをこらしめてやってほしい。
――‥‥に、呼び付けられたのは、なぜかそれなりに「冒険」にも手馴れたものたちばかりで。
「ええと、すまん。こっちの手違いでな‥‥厄介なことになるかもしれん」
けれど、それはまだ群付く不安ですらなく、糠雨のごとく、在ると無いを行ったり来たりするところの。
「べつに何もなけりゃあ、それでいいんだ。杞憂なら万々歳、病気の子どもはいなかったんだ。けどなぁ‥‥」
だから、くれぐれも気をつけてくれ、と。
――疫病神みたいな、ろくでなし。新撰組の五番隊の組長に用心しろ、と。
●
「いったいぜんたい、どうして、いまさら小鬼退治なんか行かなきゃいけないんですか!」
新撰組五番隊、の組長、日置正次が新撰組屯所へ出戻りってきたかとおもえば、真剣の容貌で「あー、出かけるぞ」そんな空言を言い出す。五番隊伍長、渡辺うさぎの反駁はしごく順当なところだ。
「‥‥ちょっとな」
だが、竹の花咲くほど物珍しいことに、日置はへらへらごまかすでなく、なにやら思案してみせる。それが気にはなったが、とにもかくにも渡辺は良識と理性をもちだして場を冷やさなければならない、それが彼女にあたえられた役柄だ。
「ひとりで行けばいいでしょう、いつもそうやってるじゃないですか」
「ダメ」
日置、いつもなら喜び勇んで単独行をやらかすものを、
「今日は、新撰組、じゃなきゃダメ」
のそのそと愛用の弓矢のしたくをはじめながら、心懸かりを深くする。
「考えて、み? 俺たちって、今、ちょーすげーかわいそーじゃね?」
「‥‥何語ですか」
日置、渡辺の冷ややかな指摘を、聞こえないそぶりでとうとうと舌をすべらせて、
「隊士が誰だったかに夜討ちされたりー? 見廻組がとうとう攻めて来たりー? ね、ね、俺たちマジやべーと思わねー?」
――言い様は横に置いておくとして、発言の正味にまちがいはない。現在の新撰組は、五番隊は、朝日の前の霜柱のはかなさ、けして盤石とはいいがたい。まぁ、「これ」が来てから尚更といおうか‥‥。
「いいか? 五条の宮は冒険者を中心にして、事件を解決していってる。五条の宮はともかく、そうして相対的に評判のあがるのは冒険者だろ? したら、俺たち新撰組ってなに? 近頃ただでさえ評判落としてんだ、今よりもっといらねぇ子あつかいされね?」
‥‥渡辺は、言葉を詰まらせた。
日置というのは、いつもこうである。野生児じみてて、じっとしてるのが嫌いで、実務系の、ささやかな、けれどもわずらわしい雑役はいつも伍長に押しつけて、やることなすこと無理を通して道理ひっこむ、小憎らしく、何事にも好奇心だけで先走り‥‥。
だが、時折、みょうに突き出す舌の剣が鋭い。
見ていないようで、見ている。音のない、暗いところを。
――そういえば、初めてあったときからそうだったな、と。渡辺はおぼろに過去をかえる。べつに新撰組なぞどうでもよかった、むしろ関わりたくなかった渡辺を舌先三寸にまるめこんだのは日置だ。もしかして、ずっとそのままなんだろうか。
イヤな達観になぶられながら、しかし、ひとすくいほどのあがきで、渡辺は詰まる所の反論を――実質的には肯定を、こころみる。
「でも、今すぐうごける隊士は少ないですよ。私とあなたと‥‥あとひとりがせいぜいですね」
「そりゃあ、しゃあねぇな。行けるやつだけでいいや。ま、小さいことからコツコツと。さっそく冒険者の功名、さくっと横取りにまいりきましょー。おら、とっとと、あのこっぱずかしい羽織もってこいや」
●リプレイ本文
もしも渡部不知火(ea6130)がパラならば。リュー・スノウ、五番隊組長の日置正次と彼女の夫との比較の果てにゆきあたったのは、鵝毛ひとひらのようなよしなしごと、それは思い付きの意味にふさわしくいたずらな稚気に充ち、意相をするるとくすぐりあげる。
「どうしたの」
「いえ、別に」
くつくつとほころびるリューへ、不知火、彼女の前髪を指ですきあげるが、笑い上戸はそうあっけなくにはとまらない。休むのを忘れた小鳥のように喉をふるわせつづけるリュー、不知火は悪い水でも舐めたかといぶかりの目を投げるが、何故かそれがいよいよリューの戯笑をころころとふくらますのだ。
しかし、今日。不知火、なにをしにギルドを訪れたかといえば、
「小鬼を退治すればいいんだよね?」
アルヴィーゼ・ヴァザーリ(eb3360)の云うとおり、である。ただそれに「新撰組」という、ある意味での京都名産が横入りしてくるだけで。じゃあ、新撰組ってなんだろう。そもそも五条の宮って誰? 依頼人です。アルヴィーゼ、新撰組っていったらさ、等とつやっぽく襟髪のほつれを掻き上げる、むきだしのうなじ、終わりの桜より白い。
「趣味悪いキモノ着て、殿中でござるって他人に抱きつく人たちだっけ?」
「‥‥うむ」
「あれ、違ったかなぁ?」
「‥‥少々」
が、どこがちがうのだろう。蘇芳正孝(eb1963)は、変調を明晰にしてやれず、うむ、うむ、と、有耶無耶なふうにうめく。自分はいったい新撰組の、とりわけ五番隊の、なにを知っているのだろう、と、アルヴィーゼに答えながら、己に問う。更に、問う。
――教えてやろう、と、声を振り立てながらギルドを去ったという五番隊組長。
香山宗光(eb1599)、床机に腰を据え、打ち粉をまぶした刀剣を拭う最中である。光で切れるほど研磨した鎬に面容を転写する、四十をとうとう一つ越したばかりの宗光、金属のおもてに芽吹きたての年輪を見出した。
まぁ、それはそれ。雑念を刃で塵とし、自分が彼なら――と、想像をぐんと羽ばたかせる、爪先立ちする蔓植物をまねて。
「依頼の横取りしか考えられないでござる」
だから、なるべくなら先行したい。では裏道は、と、その探索のため、藤野羽月と榊清芳はギルドへ地図を請うたが――そんな道はない、と頭ごなしに否まれる。
「馬を楽々と走らせられる舗装路っていったら、相当な代物だぞ。たかが田舎に何本も通っていると思うのか?」
都のように往来が充実するところで暮らしていると、道というのは山や川にも等しい共有の財産だ、ということを、つい見過ごしがちになる。難路ならばあるかもしれぬ、が、速度を落とさずそこを駆けるには相当な腕前が必要になるだろう。だから、「彼等にだまって追い越すのは難しい」とあらかじめ忠告されていたのだ。
「‥‥要するに、正攻法が最速なわけですか」
伊庭馨(eb1565)、困ったように、ほとほとと肩を落とす。
花東沖竜良(eb0971)とジークリンデ・ケリン(eb3225)が七里靴で進むらしいが、彼等とはじめから分けて進むのは万が一のときを考えると避けたいし、乗馬組はあやつれはしても、騎馬を限度まで追い立てるまでの技量にはいたらず。しかも中途で聞き込みの計画もあるというので、ひょっとすると、追い付くことすら得難い。
「しかたがないわね、馨ちゃん。ほんわか行きましょうか」
「ほんわかはダメだと思いますよ」
かりかり行こう、というわけにもいかないけれど。
馨、声をかけてきた不知火とその奥方に目をうつしてみれば、あいかわらず差しつ差されつと云ったところ。しょうがないですね、と口中ぼやいたあと、なんとなく、いまだ羽月とともに順路図とがんばる清芳を見やった。なんとなく、なんとなく。
実は、抜け道はわずかながらあったのだ。もっともそれには、掛け値なしの幸運と伝手が入り用だったのだけど。
――陸がダメなら、空がある。
「いた〜っ♪」
腕をいっぱいに伸ばしても飽きたらぬ広やかな斜影が、日の目をお行儀よく切り取る。はっと三騎の悍馬が前脚をあげる正面に、それは、自然をあざむく大柄に似つかぬ随分おだやかな仕草で降り立つ。
「にゃ〜す☆ くみちょ〜さん、久しぶり〜♪」
パラーリア・ゲラー(eb2257)と、彼女の繰る巨鳥。パラーリアはよじよじと、棚雲のような猛禽の背から匍い降りた。
「あのねぇ。おはなししたいことがあるんだけどぉ」
いい? 亜麻色の目がほんの小高いところを見張る。
日置や渡辺と、ちろ(パラーリアのロック鳥の名だ)といっしょに当の村まで行こうとしたけど、さすがに馬までは回収できまい。というより、見かけより繊細な馬らはすっかり巨鳥におびえていた。なので日置は先行をうながす、入り口で落ち合おう、と。
「は〜い」
ひらり、と、空に、誠の一字が舞い上がる。パラーリアが新撰組の屯所にわざわざ詰めてまで、支度してきた旗幟。
そして、浅葱色。空にちかい、しかしけして空となじまむ、藍。日置がパラーリアに貸した羽織は大分だぶつき、余剰は吹き流しそっくりにうしろへたなびく。
パラーリアがふたたび大空の勇士となったのを見届けてから、日置は連れのひとりを見返る。
「渡辺、おまえは後から来い」
正孝の思考したこと――冒険者の妨害を五番隊がたくむ旨を新撰組の上役に上申する――を実行したのは鳳翼狼だが、けんもほろろ門前払いをくらわされる。
「正義であるか否かは、組長の判断にゆだねられること。仲間の始末は仲間で付けろというなら、そちらこそ、冒険者の自衛は冒険者でするがよかろう」
そっけない機構である。
いや、むしろ、こうだったのかもしれぬ。無益な手出しをして稚拙をとったとき、落ち込むのはひとつでよい、と。
はふ、と、竜良はまるで十年越しの気疲れのような息を吐く。かたわらのジークリンデも、波打つ銀糸がふらりとやわく身じろぎ、似たような風情をたたえる。
魔法の七里靴、負荷を減耗させてはくれるのだが、喪失までの面倒はみてくれぬ。試練のような道程を抜けると、志士としてそれなりに体のできている竜良はともかく、ジークリンデ、魔法使いらしく膂力に欠ける彼女の全身はぼぅっと上気し、さながら姫行灯に火を入れたがごとくに染まる。くわえて、霊験あらたかな単衣ですら覆い尽くせぬほどの公憤が、朱に紅をしのばすように、射していた。
「おかしいですわ、小鬼退治ぐらいで新撰組と冒険者が険悪になるだなんて。窮しているのは村の人々ですのに」
「そうですね」
そのへんは竜良も異存のない。乗馬組がいないのは彼等が聞き込みをかぶったので(騎乗の案配をみながらだったから、というのもある)、竜良たちのほうがいささか汐先をとったようである。竜良たちはふたり、ふたりきり、楚楚と道先をすすむ。
そこへ――、
「意外にはやいお着きでしたね」
武士のあしらいの婦人。
みとめるまえに、ぎらりと突き付けられる一刀。白刃。
それを目先にひきだされてまで、村人ととりちがえられるわけもない。竜良はさっそく低く、かたちばかり鞘からそろり剣を引き、波紋そっくりの輪を描く。閑かな――ひたひたと、閑かな。
「ここで五条の宮様の依頼で来た俺達たちとぶつかりますと、新撰組の評価がさがると思うのですが日置組長――じゃないのですね、あなたはどうお考えですか?」
「ええ、まったくです。けれども、」
渡辺は、芯から同意、といった顔付きで首をふる。
「上司命令ですから」
直降する雲雀の剣筋を、竜良、軍配ではねあげる。片割れの長曽弥虎徹は刃先を閉じ、峰で攻めをしのぐ。不殺の構え。剣の先をとるのでなく、うしろから、痕跡をなぞるように。高みをめざすものには本意とならぬ、どちらかといえば露払いを覚悟するものの構え。
四辺にわだかまる真昼よりも鮮烈に、打ち合う剣光、地を焼く雷火がごとくとどろいて。
しかし渡辺はそれでも新撰組の伍長をつとめる撃剣、欺し欺しの糊塗で着せきれるものでもない。こらえるのも苦しく、竜良、とうとう獲物を手放しかける寸手に――、
ぱたりと、
だしぬけに、渡辺が前のめりになる。寝息が足元で、ほのぼのと。
「ありがとうございます、おかげで法帖に気付かれずにすみましたわ」
スクロールをみられたらそこでおしまいですものね――と、ジークリンデ、片側だけで器用にあどけなさを演ずる。そうこうしているうちに遅ればせながら他の者も追い付き、
「この人だけ?」
寝てるね、いたずらしちゃおっかなー、と、アルヴィーゼ。やめておくのが無難ですよ、と、馨。
「おかしいですね、隊士は三人とおうかがいしたのに」
「あっち行ってみない?」
不知火の誘うのは小鬼の出現するとされる白田、寝入った渡辺をそのままにしておくのもためらわれたのでずる、上等な馬をもってるのだから、と、その役目は馨に押しつけられた。渡辺を鞍に追い上げる馨、碧の瞳、懐疑にぱちんとまたたいた。――彼女と私のどこが似ているのでしょう、と。
そのころ五番隊組長と五番隊仮隊士は、
「それでねぇ、江戸で信康様に会ったんだよ〜☆」
「そりゃすげえや。でも信康様って怖くねぇ?」
おもいきり、なごんでいた。
「‥‥何事ですか」
そこへ、冒険者らもめぐりあう。
総勢、これっぽっちも頭になかった安穏な風景。膝が笑うようにふぬけてしまったので、面子に代わって馨が糺すと、日置はへらりとおもざしをゆるめ、
「や、ほら。交流をあたためようかなーって。あとね、俺、退いてやってもいいぜ」
「あらん」
不知火は数寄言のほうで切り回す、芸妓の手振り。
「どういう御加減かしら。おまんまの食い上げかと思って、からからになるくらい急いできちゃったじゃない」
「しらねぇよ。でも、俺は今すげー気分がいいんだ。あと、勘違いをただしてやりたくってな」
どうやらパラーリア、成り行きを日置に吐露させられたらしい。しかし、彼女の名誉のために添えよう、「仲良くしよ〜よ、ねっねっ!」を日置が受け入れ、嘘付いたら針千本を十回以上反復させたのちのことであったことを。
「おまえらは必ずしも俺らにいどむ必要はなかった、ってな。俺がどうして羽織なんか用意させたと思う? 村人に『新撰組が』小鬼退治したよう見かけから思わせるため、既成事実をでっちあげるため、だ。それを逆手にとりゃあよかったんだ、聞き込みのあいだに『あれは冒険者の仮装』ぐらいにおもわせるとかな。だから、」
と、指でさす――、
「逆効果だ」
竜良の額。
あ、と、竜良はてのひらでかぶせる。――誠の鉢金、新撰組の隊士が好んで着用する具足だ。パラーリアも付けている。
「あ、あの、」
咎められたような気も刹那して、だがけっきょく竜良はまどわなかった。おもりを底にしこんだ絡繰りのように、突風にゆらめかされても、回帰の地平を知っている。
「何故こんなことを‥‥?」
「俺は、妖怪退治のが好きなだけ。人類は厄介だしなー」
それで得心のいったわけにあらず。
が、竜良はしりぞく。ささくれだった応酬に這い込み、ことさら神経を発火させるのは好まなかったので、その点は日置も同感なようで、すでに竜良への感心を失ったように、パラーリアへ向き直る。
「俺の云うとおりよく勉励してきたな。本隊士なる?」
「ん、と」
「決めらんねぇ? じゃ、次でもいいや。もう資格は充分みてぇだし」
つらかったんだろ、ならやめてもいいぞ、と諭されて、パラーリア、いちどは抑えた泥のような重荷をぐっと呑みかける。
――うん。他の冒険者をだしぬくようなふるまいは、ほんとうは、イヤだったのだ。でももう、仮だけど隊士だからって思って、がんばろうって決めて、なかよくしてほしいなぁってねがって。
「うち、こういうの多いから。好きにしろ」
ぐいぐいとパラーリアのお日様色の髪を掻き撫でる日置、どうも彼はパラーリアにだだ甘い。
正孝は、そういう日置を、見た。
よくみがかれた鏡がするように、奥まで光りそうに青い眼球は世界、左右のみを組み替えて反射する。
正孝、これまでの筋道から五番隊に対して、負けたくない、と。それを内心に規定してここまで到着し、たしかに五番隊は撤退を決めたが――これでは「譲ってもらった」の感がつよいではないか。
すると日置まるで見通すように――正孝の底光りをさらうように、彼のそばでうすく嗤い、
「‥‥俺はな、ぜったいに五番隊をつないでみせる」
――つなぐ、
「かわいい仮隊士もできたし、あいつの作ったところだからな」
――あいつ、
「日置殿、あいつとは」
「じゃ、俺は帰る。そっちも、急いだほうがいいぜ?」
と、日置のうながすのが符牒だったかのように。
晴天をつんざく、勇ましい大喊。
宗光だ。――難しい話にかまけなくとも、そのあいだに事が済んでしまえばよいのではないか。道徳をたっとぶ宗光にしては不義な履行であったが、実際に小鬼に苦渋を味わう村人をおもえば、それくらいは毬を呑んだとおもって寛容する。
しかし、アルヴィーゼはかぼそい身をすくめるようにして、用心深い。
「ほんとー? 背中からぶすりってやんないよねー?」
そんなことしても僕には分かるんだからね、と、荷袋さらったあげくは、
「ほーら」
――藁人形。こんにちは。
「これでいじめちゃうからね?」
「本気で撃つぞ?」
「きゃー。僕に怪我させたら、高いんだぞ」
ドナシアンがいるから、慰謝料がすっごいんだぞ。ちなみに、ドナシアンとは毛利鷹嗣に寄せた、彼の兎馬の名である。
「‥‥どちらもどちらかもしれません」
幽艶たる桃色の口唇を割って吐かれるジークリンデの独語、なかなか辛辣だ。
小鬼退治ついては、多くの表装をかけてもしかたあるまい。五番隊の退いた今となっては、もしかしたら宗光ひとりでも事足りる、ひよこの頸を縊るほうがずっと苦労のかかる所行におもわれたる。翔ぶようなたたら踏みながら、宗光、ひとつ、またひとつ――閉じるころには、刀剣、またも血煙にすっかり白くけぶる。
そして、野畑はあるべき静寂をよそおう、虫のざわめき、草のさやぎ、それらをいっぱいに甘受する。
不知火、政治絡みな思惑に村人を巻き込むな、との指図をねじこもうとしたのだが、日置はいったん引くとなったら、晴天下の水だまりのように、きっかり姿をくらました。つまり、パラーリアのほんとうのお願い事まではとどかなかったことになる。
冒険者だけでも充分埋められる仕事。協力を得られなかったのは残念だが、ちっとも致命的ではないのだが、けれども、
「ったくよ。追い回されたのはこっちじゃねぇ?」
宗光が欣然として、不知火の霞刀をさするのを好きにまかせる。刃紋には、空の下の、空。手元の青はひとぬぐいごとに不安そうにゆらめき、しかし、ついに物語る方法を得ず、ふたたび醒める日まで――流血をしぶかせるときまで、昏いしとねに戻された。