【五条の乱】 新撰組五番隊/ひとり。

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月31日〜06月06日

リプレイ公開日:2006年06月08日

●オープニング


 新しい京都守護職の働きは宮中でも評判だった。
 京都の人々の目にも、彗星の如く現れた神皇家の若き皇子が幼い神皇を助けて京都を守ろうとする姿は希望と映っていた。事実、悪化の一途を辿っていた京都の治安に回復の兆しがあった。
 五月も半ばを過ぎたある日、事態は急変する。
「五条の宮様が謀叛を!? まさか‥‥嘘であろう?」
 新守護職に触発されて職務に励んでいた検非違使庁が、五条の名で書かれた現政権打倒の檄文を発見したのだった。下役人では判断が付かず、判官の所に持っていき天下の大事と知れた。半信半疑の大貴族達は神皇には伏せたままで五条邸に使者を送ったが、事態を察した五条の宮は一足違いで逃走していた。屋敷に残っていた書物から反乱の企てが露見する。
 押収した書物には、五条が守護職の権限を利用して手勢を宮中に引き入れ、御所を無血占領する事で安祥神皇に退位を迫る計画が記されていた。他にも源徳や一部の武家に壟断された政治を糾し、五条が神皇家による中央集権国家を考えていた様子が窺えた。
「京都を護る守護職が反乱を起すとは‥‥正気とは思えませぬ」
 騒然とする宮中に、都の外へ逃れた五条の宮と供の一行を追いかけた検非違使の武士達が舞い戻ってきた。
「どうしたのだ!?」
「都の北方から突如軍勢が現れ、我ら追いかけましたが妨害に遭い、五条の宮様達はその軍勢と合流した由にござります!!」
 ここに至り、半信半疑だった貴族達も五条の反乱が本気と悟った。五条と合流した彼の反乱軍は都に奇襲が適わないと知って京都の北方に陣を敷いた模様だ。
「寄りによってこのような時に源徳殿も藤豊殿も不在とは‥‥急ぎ、諸侯に救援を要請せよ!」
 家康は上州征伐の為に遠く江戸に在り、秀吉も長崎に発ったばかりだ。敵の規模は不明ながら、京都を守る兵多くは無い。
「冒険者ギルドにも知らせるのだ! 諸侯の兵が整うまで、時間を稼がねばならん」
 昨年の黄泉人の乱でも都が戦火に曝される事は無かった。
 まさかこのような形で京都が戦場になるとは‥‥。


 それから、日が経って、月は流れて、人は眩んで。


 末梢でしかないこの身にすら、若き『前』守護代のかかげる理想はうつくしく見えた。さながら夕間暮れにずんと映える黄葉――錆びた薄暮の紫をすりぬけ、動かぬ枝と震えぬ幹は、脈状のからだを金無垢にきらめかせる。救いの手をさしのべるがごとく、か細くも清らかな枝を火点しの闇に張りつめて、純化の光熱を憂き世へふりまこうとする。
 だから、自分は共感した。行って、傍にあることを、願った。
 折れぬ槍でありたい。けれど、針の剣でもいい。せめて高みにいたる段階のひとつ、材料に使ってくれれば、と。
 だのに――あぁ、所詮は返り忠義の体たらく。私は今さすらって、際涯なく流亡する、糸をみずから断ち切った手前には帰るところもありゃしない。行くばかり、止まり木もなくひたすらに進むのみ。
「あっち」
 と、つたなく私に語りかけるのは、十にも満たぬ少女。一見すると脆弱にみえる、しかし、山系を生まれつきの箱庭とする彼女は、上手な歩き方を知っていて、すべるように歩いていく。
 私も、道連れとして。
 私はなにも答えない。云われたとおりにするのがせいぜい、まるで薬湯が食事の病身。否、私はとても丈夫だ。浅手が飾るように肌のいろいろを縁取るが、こんなのは大したものではない。ただとても疲れているのだ。獄舎を追い出された囚人のような、拓けてはいるが、行き止まりの、動悸。
 こうなるまえ――私がまだ幾分気勢を残していたころ、要するに、少女と出くわしたときのこと。不図の遭遇は、私からみればのぞましいものではなかったはず。辿り着けぬ私には、たいていの事柄が怨敵だった、それは少女も例外でなく、しかし私には手当たり次第害してやろうというような粗暴な勇気は、すでにもちあわせていなかった。どうにでもなれ、という、捨て鉢な心拵え、ここで枯れ草のごとく摘み取られるのもまた宿命、しかし。
 彼女は私をたすけるけぶりをとる。
「よいのか」
 よい、とも、悪い、とも云わず。彼女は私の先に立ち――‥‥、
 それから、こうしてともに漂浪をつづけて、さて二、三日。
 彼女は山をよく知っていた。水の場所、食べられる草、小さな獣の捉え方。私たちは飲み食いの支度をもっていかなかったが、彼女の知恵で当座の飢餓はどうにかしのげそうだ。しかし、これからは――どうなるのだろうか。私にはこれといった目当てはなく、ふらふらと、死ぬのとなんの違いもなくのらりくらり生きているだけで、なにかをはじめる気力も終わらせる決心もない。
 ――そろそろ、時刻は闇となる。灰汁のような暗がりがだんだんとたちこめる、少女はこのあいだにもっと奥へ行こうと云った。もっと人の来ないところへ、と。異存はない。
 私はうしろを振り返る。はるかな裾に火の手がぱち、ぱち、と小さく上がるのが見える。炎は人を滅するもの。焼いて燃やして焦がすもの。それだのに、ああして一抹があるだけで、そこいらが神経的に活きてくるようにおもえる。――やすらいだ。


「落ち武者狩りだ」
 ああいうことがあったあとにも、こうしていけしゃあしゃあと冒険者ギルドに顔を出す、そういう性分なんである。日置正次は。
 ――ひまなんだろう。だが、彼の今日の依頼は、いちおう、五条の乱につながってはいた。
「先日は散々だったな。で、俺の隊からもひとり脱走者が出た」
 一年前との黄泉人相手との動乱とはわけがちがう、京都守護代、京を守御すべき立場にあるものが醸した戦火は京の内外にあらゆる波紋を醒ました。先に五条の宮は世評をあげるべく、たとえば冒険者ギルドなどもふんだんに使って、自身の実力をあからさまにした――その結果、彼の叛乱に通じるものも各地であらわれ、のみならず、京都見廻組、新撰組、等々、京の警らにつく彼等からも背信、脱走、騒擾、信じられない不格好が混乱の最中へ生まれ落ちた。
「‥‥が、まぬけでな。っていったらいけねぇや、追っ手がすぐれていた、ということにしておこう。そいつは五条軍に合流すらできず、戦場をうろうろさまよっていたらしい。そうこうしているうち、とある野山にまよいこんだ。その近村の女の子を人質にとって、な」
 そこまで唱えると、ごくりと茶をあおる。ぷは、と、きもちよく冷たい息を、白っぽい薄暑に混ぜる。
「村の奴等はかんかんでな、見つけ次第殺すと息巻いて、山狩りをつづけている」
 今のところは、見つかってないらしい。けれど、
「そうは、させたくない」
 と、がたんと投げ出すように湯飲みを卓に据えれば、白湯があふれる。満ち足りた安穏からは思想をもたぬ斑気がこぼれるのと、それは少し似ている。
「あぁまでやっちまったら連れ帰っても詰め腹はまぬがれらんねぇだろうが、それと、名もなき村人の竹槍につらぬかれるんじゃ、ぜんぜんちがうよな?」
 どうせなら。
 咎人のように縄打たれて、土塊のように踏みつけられるくらいなら。
 ――武士として生まれたのなら、死に目をえらびたかろう。それはとてつもない蕩尽だけど、毎日の御膳も寝床も見つけられず潰える人々の多さをおもえば、なんと空恐ろしいわがままか。だから冒険者ギルドをつかうのだ、金銭と道具で人材を自由にする、辻道。
 あ、そいつの名前?
「上田作之丞ってんだけど」

●今回の参加者

 ea0348 藤野 羽月(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0352 御影 涼(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4329 李 明華(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb0406 瓜生 勇(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1963 蘇芳 正孝(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)

●サポート参加者

榊 清芳(ea6433)/ 堀田 小鉄(ea8968)/ 朱鳳 陽平(eb1624

●リプレイ本文


 五条の宮のしかけた謀叛は現神皇の側の勝利となった。よって、これは敗残兵の掃討となる。虫の付いた草木を焼き払うがごとき、どうしようもない偽悪になる。


 姫女苑を超えてゆく。白金銭の群生を過ぎてゆく。
 藤野羽月(ea0348)、ときどきちらりと斜に見、そういう時期だ、名のある花入れに名無しの野草を活けるのもまた美しい、もうすこし経てば露草の花色が鏤められてそこらは冷水に濡れたようになるだろう。
 人出を分けるのを提議したのは御影涼(ea0352)だが、わずかな異をとなえたのは李明華(ea4329)。
「班の数を分けすぎるのは拙いと思います」
 明華、真剣な提案ながらも絹に閉ざした口許は麦の波のようゆるりとほころび、涼は、ふぅむ、と形よく括れるおとがいの線を擦る。
「二、三といったところか」
「そうでしょうね」
 ひとまずは二班程度、捜し人たちとの出足の差をかんがみ直ちに山へ分け入ったものたちと、諸々の事情で麓の村へ寄ったものたち。前者は羽月や明華の他には、パラーリア・ゲラー(eb2257)、瓜生勇(eb0406)で、
「だいじょーぶ?」
 と、パラーリアが心に懸けるのは勇、山歩きの素養にもっとも乏しいのが彼女だからだ。字義は果敢だが勇は淑女である、が、慎み深い顔立ちには大粒の滴が沼のような光彩。
「はい」
 めだって疲労を浮かせることはないが、山歩きはやはり少々勝手が違った。陣羽織に包まれた起伏が熾烈に上下する。ムリしちゃだめだよ〜、という、パラーリア、だしぬけにぺたりとしゃがむ。三角の耳朶を判でも押すように、地べたへ添わす。
「はっけ〜ん☆」
 とて、とて、と、道を外れてパラーリアの背丈より大きいような宿根草を倒すと、鋭利な照り返しがいっしゅん冒険者らの領域をまぶしくする。
「あったよ〜、お水♪」
 湧き水のこんこんいう音を聴いていたのだ。
 勇、パラーリアに誘われて一口掬う。羽月も真似る。立ち居の始終きびきびと気持ちよく、身を屈めたのは隙間の出来事で、ふたたび立ち上がるころには元のような、度量衡の標本のような一文字の骨格とその腱。
 捜索の当て処の彼等は、ここを通ったのだろうか――‥‥。
 急いで来たため、聞き込みはろくにできなかったけれど、尋ねるさきの少女は山への立ち入りを禁じられていたらしい。遊び場にするには、あなぐらのようにどこまでも冷たく深い山。だから「村の逆様から調べよう」という、彼の魂胆は正解だろう。
「でも、よく来ていたみたいだけど」
 勇がそう言い切れるのは、志士の面目、グリーンワードを使ったからだ。「どこらの植物に問うか」に定めてなかった勇、けれどめったやたらに用いても応酬できぬのが大多数だろうから、パラーリアの猟師の勘と合わせようということになった。
「人の足跡もあるよ、ふるくないね〜?」
「えぇ。緑もそう云ってる。その人たちが過ぎてから、夜を一度だって」
「どんな具合だったか‥‥はムリですか?」
「それは、さすがに」
 明華の問いに、勇、ぼんやり首を振る。たいした視聴覚をもたぬ植物は遠隔までは見通せず、彼等がなにを目的とするかまではいまいちはっきりしない。
「行ってみるしかありませんね」
 草が嘘をつくわけないでしょうし、と、明華、くずおれる亜麻色の髪さらりと掻き上げ、皓歯をひそめて嫣然と。
 ――さて、そのとき。
 蘇芳正孝(eb1963)は、めずらしく――機会でなく相手だ――気圧されている。
「落ち武者狩りに拙者も尽力したい」
 と、村人に申し出たところへすさまじい反感を買ったことに、ずっと途方に暮れていた。
 落ち武者狩り、とは、結構な懸賞の期待できる「旨味のある仕事」でもある、まして相手が新撰組の元隊士ともなれば。それに余所者をくわえてくれ、というのは、すわ報酬を掠める気か、と取りちがわれてもしかたがない。
 ――そういうやりようもあるのか。
 人殺しを退引きならぬ一種の義務のように考える正孝にとっては、裏街道を歩むわけでもない人々が平然と殺戮を唱えること、わりのいい鳥や獣と同然にみなすこと、いささかならぬしっぺいをおぼえる。凶状の裁きはいつも役人にゆだねられているわけでもない、京から隔絶すれば、彼等の警察は彼等自身が負ぶっていかなければならないこともある。
 な?と、日置が同情の目をながす。正孝は敢えてそれに気付かないふりをとる。上田を差し出す、との言質をとらなかったことに、小賢しい理屈へのちくりとする自己嫌悪があった。けれど生活への執念は、はるかにそれを上回る。麻の布でも咬まされたような、やりきれなさ。
「まぁまぁ、蘇芳様はべつに略取の目的があって、云ったわけではございません」
 つい口がすべっただけですよ、と、見るからに好々爺の伊能惣右衛門(eb1865)、僧門の彼があいだに入れば、怒気をはらんだ敵視もねちっこくは続かなかった。
「皆様方も田植えで忙しい時期でございましょう? なに、分け前をすべてひっくるめよう、というのではございませぬ」
「あぁ‥‥。それに対峙者が新撰組の隊士であるのは、すでに聴いただろう?」
 御影涼、連続する。
「ここに、その組長がいる。ことわりなく弑すれば、後日こじれかねん」
「‥‥俺を悪者にしたてるなよ」
 ぼそ、と、反駁めくぼやきが小耳にとどいたようだが、気にしない。都の流言はおよぶ地のことで、新撰組のともすれば無理を通して道理を引っ込めんばかりの所行も下聞きしていたか、ざわり、と、人垣に波が立つ。ここだ、とばかり、涼、舌鋒鋭くする。
「功利を優先するべきでない、まずは救出だ。人出はあったほうがいい」
 漆に紅殻を累ねるように問いを上乗せ、感情論は毛羽立ちながらもいちおうの決着をみる。伊庭馨(eb1565)の欲していた知らせの大部分もようやく手に入れられる。姿を消した少女の年恰好他や、山の気色、これまでの捜査のあとさき。山に出没する動植物のたぐいも知ろうとしたが――これは馨の学識が追い付かなかった。村人は、新前にも分かりやすく説き明かす方法までは、心得ておらぬ。
「学問所で学問のやりかたを習っているわけではないでしょうし」
 では無辜の民にも読み書きを行き渡らせるには、と、よく磨いた鏡のように井然な顔立ちをしかめて壮大な検討、識らずにしかけた馨だが、それはまたの機会だ、現在は目前に専念する。
 地図ともいえぬ――地元の人間ならわざわざ図版を用いるような真似はしない、彼等は涸れた露地に棒でひっかくようにして略図をあらわす――それを眺めわたし、さすがにこれだけの規模となると、デティクトライフフォースの使役も怪しい、榊清芳の好意は山歩きの際の注意事項ぐらいが限りか。
「じゅうぶんですよ」
 自分を案じ、真っ当な親切で関係してもらえる。――それだけでじゅうぶんありがたいではないか。雨上がりのあとでゆずられる乾布のように、あたたかく。
 ところへ、
「見てきましたー」
 折良く堀田小鉄が体をぴこたん上下に揺らしながら嬉しそうに――不謹慎ではなく、涼の役に立つのがそうだから――下見をしてきた山々の案配をはきはきと報告し、それが終わりかけるや、涼、ぽんぽんと小鉄の頭をなでる。
「急ごう。――こてっちゃんおつかれ」
 が、逆らうのが二人。
「私はここに残りますじゃ」
「俺も」
 老骨は足手まといになりますからのぅ、と、村人らの苛立ちは仮象的におさまったにすぎず、それなら私が引き受けましょう、と、おちつく惣右衛門はともかくとして、依頼人である日置は依頼の方針からいっても同行が条理だろうに。
「剣は苦手なんだよ。まかせた」
「‥‥それに、ひとりでは手に余るかもしれませんからのぅ」
 惣右衛門が視線を投げるほこさきは、冒険者らがここを訪れるのにつかった騎馬やら、なんといってもめだつのは――‥‥、
「ちろは、ダメ?」
 さて目まぐるしくもふたたび、現実は天へ寄せた側に。パラーリア、山慣れしてるといってもパラで、同行の人族らにくらべればはるかに体力は落ちる。へふぅ、と、気の抜ける息吹を、網でもひらくかのように吐いて、今度は水を探すわけでもないのにやっぱりぺしゃんと膝を付ける。羽月は言葉付きわずかに苛いで、諫止する。
「もういくらかふさがっていれば、それもよかったんだが」
 樹木の生え具合。
 歩きには不便、空を仰ぐにはなかなか見晴らしがいい、そういう半端な山嶺である。
 パラーリアのいう「ちろ」とは、つまり、ジャパンにおいてはあまりにも珍奇なロック鳥。
 ここいらの人間なら目新しい野禽にただただ新種の幻妖かと腰を抜かすだけだろうが、京に在住していた上田なら冒険者のなかに巨鳥を繰るものがいたことも――果ては五番隊仮隊士のパラーリアの駆る――目撃と同時によけいな連想をまわしかねない。
「しかたないよね‥‥」
 今頃なにしてるかなー、という物寂しさのほうが先に立つ。おなかすいてないかなぁ(←空いてる。組長をねぶるように見やるほど、空いてる)、おみやげないかなぁ、と、両手をぺたりと地に張っていると。
 ざわ、ざわ、と。
 あと四半時もすれば行き着いたであろうところから、炳然に、獣の吼えるのとはまったく異なるざわめき。複数。着火したように、どぎつく険のとがった。
「先をとられました?」
 村のものたちの制止は他の班に任せていた‥‥だが、先に出立していたものたちがいたのだろう。明華、とん、と、鞠の跳ねるように踵を大地で蹴り上げる。と、風に溶けて、身は燃えるように。パラーリアが慌てて腰をあげ、他のものたちも追う。
「何をしてるのですか?」
 男女、大人と子ども。とりかこむように。
 凛、と、横へ切る明華の活眼に臆したように、烏合の衆は一度うしろへ引く。が、ふたたび前へ出るときは邪険さがいっそう増している。
「人質をとられては手も足も出ないでしょう。退きなさいな、子供は無事に助けます。私たちにお任せなさい」
 お任せ「ください」ではなく「なさい」と上段の構えのような、らしい明華の言い様、
「上田さんですね?」
「そうだ」
 遠雷のような山間の受難の騒動は、後発のものたちにとってもちょうどいい目印になる。涼をはじめ、正孝、馨も次々に追い付いて、馨はさっと思いも顔ぶれさまざまな、けして情交をあたためるためとは思えぬ集い、見渡す。少女は怯えたように
「‥‥場違いだが、尋ねたいことがある」
 涼が青く光る若い瞳で、前方を見据える。
 砂の一粒すら取り落とさぬよう、線の視線は世界の面を杓うように。
「俺の身内が十一番隊を追放された」
「十一番隊‥‥あぁ」
 朱鳳陽平、過去の隊士。現在は十一番隊を追放された身の上の、
「貴殿に薩摩方面と最近接触があったか、どうかおたずねしたい」
 だが、
 水銀にひたしたように、質量の込められた沈黙の後、
「薩摩だけに気をとらわれていると、足下を掬われかねない」
 上田の相槌は、涼の思うところとはまったく別な方角から、打ち抜くようにぎらりとする穂先で突かれた。
「この戦のあとで薩摩はどう出る? では薩摩以外は?」
 それを見極めろ、と。
「‥‥俺のように、見果てぬ夢におちいらぬように」
 ここが潮時だ、と、そして、上田は、
「どこへ行くつもりだった?」
 断崖に落下する遭難者に手をさしのべるような、羽月の問いには短く、
「死に場所へ」
 とん、と、馨の方角へ少女を押し出す。馨が体重をかろく抱き留めるやいなや、ぬくみ、生きているぬくみ、馨がそれに心を蕩かされた、
 そのすき、


「しかし、こうしてふたりきになれるのは僥倖だったのやもしれませぬなぁ」
 はからずも居残りのふたりがそろって、惣右衛門に日置、冒険者らの置いた動物たちの世話をする。
「なに、気持ち悪いこと云ってんの」
「いいえ。そうではございませぬ」
 惣右衛門は、語る。――いつぞやの黄泉人との遭遇、前組長とおなじ顔を持った黄泉将軍。
「なぁ、それって黄泉人が関わってたんだよな?」
「えぇ。黄泉人は人の姿を写しますから‥‥」
「知ってるか? 千方ってのは伊賀の言い伝えに出てくる領主だ。狂言にもなるくらい、にな」
 伊賀を出たけれど、伊賀の国内ではそれなりの名家にあった日置は(もっとも京に出てくればたいしたことはない)、伊賀の伝承にもそこそこの造詣はある。四鬼をしたがえ中央政界を向こうに回した千方は、一種の英雄のようにも伝えられる。
「大和とは隣り合わせだからな、ま、ありえんことじゃねぇ。もしよかったら、これからもなんかあったら教えてくれよ。俺もできるかぎりは話すから」
「僧俗にそんなお気遣いはいりませんよ」
 話したいから話したまでです。
「たっだいまー☆」
 そこへ、パラーリアが帰還、むろんパラーリアだけではないけれど「ちろ〜♪」と大熊にじゃれるようにちろの胸元へふわふわの頭をおしこむが、「どうだった?」と日置に問われると、
「あのね、んっとね」
 喉に咳、目に涙、ねじるようにからませてようよう訴える。
「どうにかなんなかったのかな?」
「俺にもムリだ。組長がみずから破っちゃ決まりがつかんだろ?」
「局中法度というのでしたか?」
 勇が志士となった時分は、かつての京都守護代・平織虎長の威光が志士につよく波紋をあたえていたころで、源徳の新撰組とは敵対とはいかないまでも、友好でないのはたしかだったから、新撰組の隊士には興味があった。
 ――けれど見せつけられたのは、ただすさまじいまでの、武士の生き方、死に方である。それは武士たるもの、どこにあっても変わらない。勇とて。むしろきちんとした躾を受けた分、骨身へ彫金されるようにずっしりと染み着いて。
「‥‥依頼は、果たした」
 正孝は言い切る、愛用の長槍をとんと縦にして。血の濡れぬ、石突き。今日はほとんど使われることもなく、野次馬の人だかりを制するのに役だったばかりの。
「だな」
 この件でパラーリアは上田と入れ替わりのように、本隊士への昇格を果たした。
 ――最後の食事を提案した明華の手には、上田の鉢金がのこされた。その思いやりに、これを売れば少しは賞金の足しになるだろうと。
 馨には。
 彼にはただ行き場のない、浅はかな意趣が残された。彼等が助けようとした少女は、彼等を責めた。どうして行かしてやらなかったのか、と。
 馨はそれに答えるすべを知らない。泣くように歯噛みはするけれど、けして泣きはせず、少女のまったく攻撃のていをなさぬ脆弱な握り拳をぼかぼかとくわえるのをいなしもせずに、腹と腕でとり。
「彼がいったい何を考え少女とさすらったかは知らぬが」
 それは知る必要のないことで。
 ――それがこの国のゆがみなのだろうか、と、涼は、
 けれど、ゆがみは――翼のごとく湾曲する。翼のようには、飛翔しない。三次元の有様などなまぬるく彼をくくる、鎖、楔、それはきっと上田と捕らわれていたのと同断な。

 どこかで道徳が、泣いていた。